モデルは、実際のお金持ちの知人の家です。
楽器のメーカーとか機材の名称が出てきますが、なるべくマニアックにならないようにしたつもりです。
では、どうぞ。
11 葉山隼人は見せつける
放課後、葉山の家にバンドのメンバーで集まっていた。
案内されたシアタールームは20畳ほどだろうか。ドラムセットとキーボードが置かれ、壁際にはベースとギターが何本か立て掛けてあった。隅にはアンプも何台かある。普段からバンドの練習に使っているのだろう。
「うわー、すごいね。ね、はちまん」
「貸しスタジオの料金もバカにならないからね」
何言ってやがる。こないだ入ったスタジオよりも部屋も設備も良いじゃねえか。よく見れば、並べてある楽器もFenderだのGIBSONだのRolandだの、誰でも知っていそうな一流がずらり。
向こうにあるのは…Ovationのアコギか。
バンド一式分揃ってるじゃねえか。お、あっちにはミキサーの卓まである。
ま、金は正直厳しい。毎回貸しスタジオじゃ破産してしまうし、ここは葉山に甘えよう。
「毎日夜八時までは使わせて貰えるから、短期集中でみっちり練習しよう」
「あー、と。その前にバンド名を決めないか。曲目も決まったことだし」
「そうか、提出の期限って明日だったよね、はちまんっ」
楽器や機材を眺めてときめきがキラキラと零れまくっている戸塚を見る。ショーウィンドゥの中のウェディングドレスを見るのと同じ目をしてる。いや俺にはそうとしか見えない。
「そうだね。どんな名前にしようか」
「そうさの、我は…」
葉山の問いかけに意気揚々と胸を張って話し始めるバカ将軍に掌底を食らわせると、げふっと醜く鳴いた。
「おまえはいい。マニアな名前になりそうで怖い。戸塚、何かないか?」
しゅんと沈む材木座を尻目に戸塚に案を出すよう促すが、可愛くモジモジするばかり。
「何にも案がないなら…リーダーの戸塚の名前でいいだろ」
それから、何だかんだ、すったもんだあって、バンド名が決まった。
『SAI:CA』
「ぼくの名前がバンド名…ちょっと、恥ずかしいな」
頬を真っ赤に染める戸塚に、他の男子全員が息を呑んだ。どこかが間違っている。
「よし、やっぱりLOVE SAICAに変えよう」
からかうように言うと、戸塚の顔の赤みはさらに増した。材木座の鼻息も荒くなったが触れずに捨て置く。
戸塚がリーダーで良かったと思う。戸塚がいなければ、俺と葉山は反りが合わず、材木座も孤立しただろう。ていうか、そもそもの言いだしっぺは戸塚だっけ。
「さあ、とりあえず一曲練習しよう」
一時間ほど練習したあと、小休憩を取る事にした。
久しぶりのギターは指先が痛い。しかしまあ、本番までには少しは指先の皮も厚くなるだろう。あとテレキャスは重い。肩、腰が痛い。インドメタシンとかロキソニンが恋しい。
独り考えていると、葉山が飲み物を差し出してくる。
「どうだ、最近」
冷やされたMAXコーヒーを受け取る。意外にこいつ出来るな。
「そんな抽象的な質問をするな。答えられん」
缶を掌で弄びながらつっけんどんに返す。
「じゃあ、ちゃんと聞こう。雪ノ下さんと結衣、どうするつもりだ」
思わず噴きそうになる。いきなり核心を突いてきやがった。やっぱこいつ嫌い。
「葉山らしくない質問だな」
質問には答えない。ただ相手の急所を突く言葉を打ち返す。
「俺らしくない…か。自分らしさって、何なんだろうな」
MAXコーヒーを爽やかに飲んで、葉山は俯く。
「そりゃ、人それぞれ持ってるイメージってのがあるだろ」
一般的な回答でお茶を濁す。お茶じゃなくてマッカンだった。うめぇ。
「俺は、その他人から見たイメージに縛られて行動してきた」
品行方正。誰にでも優しく、ヒーローであり続ける。それが葉山に対するイメージだ。
「でも、君を見ていたら…馬鹿馬鹿しくなった」
椅子から足をだらんと投げ出し、背中を丸めて天井を見上げる。
周囲の抱くイメージとはかけ離れた、だらしのない葉山が、そこにいた。
「君は、捻くれてはいるが自分の意思で行動出来る。傍目がどう思うかを気にせずに」
「だから、俺も」
不意に向けられた笑顔。海老名さんがいなくて本当によかった。
「君に対してだけは正直でいようと思う」
「それ、聞き方を間違えれば告白だぞ。海老名が喜びそうな」
「ははは、そうかもしれないな」
おい、否定だけはちゃんとしろ。じゃないとボク…。
「安心してくれ、俺にその気は無いよ。ただ、君に対しては本音を見せないと失礼だと思ってる」
「俺に本音を話したら後悔するぞ」
「大丈夫。君の優しさは知っているつもりだ。だから…まだ選べない」
飲み干したマッカンをぶら下げて、言葉を続ける。
「君は、色んな人に気を遣い過ぎなんだよ」
「お前が言うなよ」
葉山の自嘲めいた、乾いた笑い。
「相変わらず辛辣だね。でも本当にそう思う。だから言わせてくれ。俺は…」
葉山が言いたいことは予想がついた。何せ小学校から一緒で、ずっとあいつの近くにいたんだ。
「俺は…雪ノ下雪乃が好き。だった」
予想がついていたことなのに、実際に言葉で聞くと胸にくる。
「本当に過去形なのか?」
そんなことを聞いてどうする、俺。葉山に不戦敗の、俺。
「それは間違いないよ。彼女を助けられなかった時点で、俺の初恋は終わったんだ」
本心だと感じた。そして、解る気がした。
好意を寄せている相手に対して自分の無力さを知ったとき、人は諦める。
「それに、彼女の気持ちは一人にしか向いていない。君はわかっている、だろう?」
葉山の視線が痛い。まるで積年の恨みを込められたような視線だ。
「お前…本当はまだ雪…」
「それ以上は言うなよ。本当の俺は短気なんだ」
初めて見る、葉山の殺気めいた表情に気圧される。
「わかった。とりあえずお前に気を遣う必要は無い、ということだな」
「ああ、その解釈でいいよ」
シアタールームの入口で戸塚が呼んでいる。
「さて、練習再開するか」
お読みいただきありがとうございます。
第11話、いかがだったでしょうか。
いや~、お金持ちさんっているんですね。
自宅にスタジオとか、うらやましい限りです。
一応、作中の注釈を。
Fender、GIBSON、Ovationはギターのメーカー。
Rolandはキーボード等の電子楽器のメーカー。
ミキサーは、マイクやギター、ベースなどそれぞれの音をひとつにまとめる機材です。
そんな感じで、ではまた次回。