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1 由比ヶ浜結衣はひとり気を吐く
入学式当日に事故で入院という波乱の幕開けを切った俺、比企谷八幡の高校生活は三年目の秋を迎える。
この時期になると、進学組はみんな挙って予備校に通い、来年明けの入試を見据えている。
それは、俺たち奉仕部の面々も同じであった。
いや、正確には同じだと思っていたのだが、例外が我が部にいた。
「ねえヒッキー。今年の文化祭ってどうする?」
その例外とは我が奉仕部が誇る巨…ムードメーカー、由比ヶ浜結衣だ。
「どうするも何も…俺たちは受験生だぜ。そんな暇は無いんじゃないのか。特におまえ」
国公立文系志望の奉仕部部長、雪ノ下雪乃は相変わらず定期テストは学年一位、途中から私立文系から国公立文系志望に変えた俺も苦手の数学を克服しつつあった。そんな中、未だに呑気に携帯ポチポチいじりながら文化祭の話って。
おまえ私立の文系ならどこでもいいのかよ。危機感って言葉、知ってる?
「ひっどーい。ゆきのん、なんか言ってやってよ。」
参考書片手に問題集を解く雪ノ下に助けを求める。
「由比ヶ浜さんには申し訳ないけれど、今回ばかりはヒキガエル君が正しいと思うわ」
そう言いながら、こちらを向いて左目を瞑る。
「あー懐かしいなそれ、お前と出会った当初の罵倒の言葉だな」
あの頃の光景が走馬灯のように甦る。思い出が罵倒の言葉って悲しすぎる。
ペンを置き、参考書を伏せた雪ノ下が、俺を一瞥してから由比ヶ浜を諭すような目で見つめる。
「私としては、今年も依頼が無い限りは奉仕部で文化祭に出ることは考えていないわ」
「ま、部として出展する物もないし、受験もあるし、な」
高校生も、三年の秋ともなると大体が受験の一言で片がつく。いわば水戸黄門の印籠みたいなものだ。誘いや用事を断るときに限っての効力だが。
「んー、そっかぁ。去年のバンドとか、楽しかったけどな~」
去年、文化祭実行委員長の相模南が閉会式の直前に姿を消した。結局俺が屋上で見つけたのだが、その探す時間を捻出してくれたのが雪ノ下や由比ヶ浜たちの急拵えのバンド演奏だった。
「そうだったな。俺は最後しか観られなかったけどな」
「うん、だから…今度はヒッキーにもちゃんと観てほしい。あたしたちのバンドを」
え、俺観客側なの。オーディエンスなの。青春の一ページとして一緒にバンドやろ~とかじゃないんだ。誘われても高確率で断るけど。
「面白そうではあるけれど、由比ヶ浜さんは練習時間をとれるのかしら」
私は全然余裕なのだけれど、といわんばかりに雪ノ下は由比ヶ浜を見遣る。
「放課後に二時間くらいなら…大丈夫かな」
由比ヶ浜は自分の学力よりも上のランクの私立大学を志望している。雪ノ下や俺が志望する大学の近くにその大学があるからなのだが、そんなことで一生を左右しかねない大事な決断をしていいのか、由比ヶ浜の人生観を少々不安に感じる。
だから尚の事、由比ヶ浜の勉強の進捗度合いが気になる。それを察したのか、雪ノ下も由比ヶ浜にはバンド云々は諦めて貰う方向で話を進める腹積もりのようだ。
「本来のバンド練習は、短期間で何とかなるような簡単なものではないわ。個人で担当する楽器を練習して、それをメンバーで合わせるだけでも二ヶ月は欲しいところだわ」
文化祭まであと一ヶ月。毎日普通に練習できても厳しい。しかし、こんな事で挫ける由比ヶ浜ではなかった。勉強はすぐ挫けるくせに。
「え、そうなの?だって去年は…」
「去年は、時間を繋ぐ為の急場しのぎだったのよ。何も準備せずにそこそこ上手くいったのは、それこそ奇跡に近いわ」
尤もな意見だ。
だが、高校生活最後の文化祭、何か思い出を作りたいという由比ヶ浜の気持ちも理解出来た。
唸りながら下を向く由比ヶ浜の様子を見て、雪ノ下は一つの提案をする。
「まあ、そのバンドのメンバーが全員楽器経験者なら、短期間でも可能かも知れないわね」
このところ雪ノ下は由比ヶ浜に甘い。以前から甘かったが、最近富にその甘さは加速している。
その雪ノ下の提案に表情を明るくした由比ヶ浜。まだ何の解決法もないのに。
「そうだな。高校最後の文化祭だ。やってみるのもいいんじゃないか。勉強と両立できるなら」
どうせ俺はバンドには参加しないし、という含みを持たせて言う。
「ひ、ヒッキーもそう思うよねっ」
俺が肯定することで奉仕部全員の賛同を得た由比ヶ浜は、小さくガッツポーズをする。まるで散歩に連れてってもらえると判ったときの犬みたいに可愛い。わしゃわしゃしたい。
「ヒッキ-、今すご~く失礼なこと考えてたでしょう、もう」
何故だろう。最近よく思考を読まれる。由比ヶ浜や雪ノ下に限ってだが。あと妹の小町もか。
「いいや、何にも。とにかくだ、頑張れよ。『ガールズバンド』」
暗に「俺は参加しない」旨を含ませつつ、彼女達のバンドの成功を祈った。
いかがでしたでしょうか。
アドバイス、添削等、何かお気づきの点がありましたらご教授ください。