混濁した意識の中、汗で湿った手を無意識のうちに握りこむ。決して寝苦しくない気温の部屋で、僕はうまく眠れないまま布団の中で寝返りを打ち続けていた。自らのついた嘘は確かに自分自身の精神を蝕んでいる。
……当たり前か。僕はそれだけのことをしでかしたんだ。
『おめでとう!』
僕の脳内に、高坂さんの嬉しそうな声が反響する。
唇をかむ。少しだけ、血が滲んだ。
ぐちゃぐちゃな脳内が、なぜか少しだけ落ち着いた気がしてそっと体を起こす。
僕は南さんの提案を受け入れて、彼女と付き合うことになった。
それはお互いが、お互いの望みを叶えるために必要な嘘。
僕は、その代償を早くも支払うことになる。
***
僕と南さんは一度別れて、それぞれの友達に挨拶をして回ることになった。何といってもその日は卒業式で、僕らは僕らの世話になった先生や友達に挨拶しない訳にはいかない。
幸か不幸か。自分達がついてしまった嘘の重大さをお互いにまだ理解できていなかった二人は、すぐに輪に溶け込む事が出来た。
何してたんだよ! おっ、第二ボタン誰にあげたんだ?
そんな軽口にも、特に苦労することなく答えることができる。
もちろん、南さんと付き合うことになったことは誰にも言わなかった。
言ってはダメだった訳でもないし、むしろ言った方が良かったのかも知れない。そうすれば僕の周りに集まってくれた友達にいい話のタネをあげられたかもしれないから。別に、秘密で付き合うわけでもないため、彼女から止められてもいなかった。
――でも、僕はそっとその事実を飲み込んだ。
それは誰かに遠慮したわけでも、隠したかった訳でもない。
分からなかったのだ。
どんな顔をすれば良いのか。
そして、どんな気持ちになれば良いのか。
もし、伝えてしまえば、僕は笑わなくてはならないだろう。
そうだよ、さっき付き合う事になったんだ、って。少しだけ恥じらいながら、幸せそうな表情で。
でも、そんな事は出来ない。誰かを好きになって変わったことがバレバレだった事実から、僕がどれだけ演技などとかけ離れた位置にいるのかは自明だ。
だとしたら、なぜあんな選択を?
そう聞かれたら黙る他ないけれど……。
きっと、あの時の僕は……僕たちはどうかしていたのだ。その嘘が、どんな結末を招くのか、周りにどんな印象を与えるのか。これから先どれだけの苦労を強いられるのか。そんなこと少し考えれば分かったはずなのに。
でも、そんな簡単なことが見えないくらい高坂さんの放つ輝きは、僕のこの目を眩ませていた。
きっとそういう事なのだろう。
「ね、挨拶は終わった?」
友達と一通り写真を撮り終えて、一息ついていた時のこと。ふと学生服の袖をつかまれた。鈴のなるようなかわいらしい声と、優しげな女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。振り返ると、少しだけ照れたように笑う南さんの姿があった。
「うん。一通りはね。南さんも?」
「ことりも丁度。これから時間はある?」
「特に予定はないかな。どうしたの?」
「……穂乃果ちゃんと、海未ちゃんに報告しなくちゃだから」
「……そうだね」
僕はぎこちなく頷いた。
「うまく、演技できるかな」
少しだけ不安になって、そうこぼす。なんとなく、南さんは飄々とそういう事をこなしそうだけど、どうにも僕には自信がなかった。それを察したのか、南さんは頷きながら励ましてくれる。
「大丈夫だよ。二人とも、恋愛とか、そういう事に関しては経験がないから」
「でも、僕もどういう感じで行けば良いか」
「ふふ。そうだね、あなたは嘘が苦手そうだもん」
「う……、どうやらそうみたい。この数時間で気付かされたよ」
「でも、だからこそ素敵なんだよ?」
彼女はそう言ってまた、恥ずかしそうに笑った。
きっと、彼女なりの努力。僕はそれが分かって、そって視線を外した。僕にはまだ南さんの好意をまっすぐに受け取るだけの器量も、覚悟もなかったから。
あいまいに笑って、小さく頷く。
卑怯者の常套手段。
「普段通りでいいのかな?」
「うーん。二人のことだから、いろいろ聞かれるかも。今日はあんまり時間ないから大丈夫だろうけど」
「う……そうだよね。親友の恋人には興味も出るだろうし」
傍から見てるだけでも彼女たち三人のつながりはとても深いように見える。一緒に過ごしてきた時間も、お互いへの思いもきっと僕が想像できないくらい大きいはずだ。そんな二人。ましてや高坂さんを僕は騙せるのだろうか。
おそらく、今日のところは大丈夫だろう。クラスごとに打ち上げがあったりするのでこまごまと馴れ初めや好きになった理由などを聞かれることはないだろう。しかし、これから先そういう事を問われるタイミングは必ず来る。
そう考えて途方に暮れていると、南さんがちょっとだけ悲しそうに解決策を出してくれた。
「ことりのことを、穂乃果ちゃんだと思って答えてくれれば上手くいくんじゃないのかな」
視線は合わせてくれない。
気のせいかも知れないが、少しだけその瞳が濡れているように見えた。
「えっと、それで大丈夫なのかな」
「うん。嘘がつけないなら、本当のことを言えばいいんだよ」
「でも……」
「そんな顔しなくて良いんだよ、気にしないで? ことりがそうしたら良いって言ったんだから」
僕を好きだと言ってくれる南さんを前にして、高坂さんへの思いを、あたかも南さんへの恋慕であるように話すなんて。それは本当にやって良いことなのだろうか。
「僕は……」
「それで、嘘がつけるならことりは大丈夫。だって、あなたさえうまく話せればことりがボロを出しちゃうことはないし」
その言葉の意味。それは。
「だって、ことりのあなたへの気持ちはホンモノだもん」
だからといって、平気なはずないことくらい分かっているのに。
彼女の台詞に頷いてしまう僕はきっと、最低なのだろう。
そして、僕らは高坂さんと園田さんの元へと向かった。
楽しく談笑する友達は僕らを引き留めることはない。たった一人だけ、意外そうな、それでいて寂しそうに僕らを見つめる女の子がいた。その手には先ほどまで僕の胸についていたボタンが一つ。
彼女が、今の僕の置かれている状況を知ったとすればどう思うだろう。
幻滅するだろうか、嫌いになるだろうか。
そんなことはわからないけれど、後ろめたいこの気持ち自体が、僕自身の選択の過ちを示しているのかもしれない。
それでも僕は……。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
隣を歩く共犯者。
違うかな。一番の被害者だ。
もちろん、加害者は僕。
「えっと、穂乃果ちゃんたちどこにいるんだろ。ここらへんで待っててって言ったのに」
「あそこじゃないか? あの花壇のそばの」
「あ、本当だ。 穂乃果ちゃーん!」
「あー! こーとーりーちゃーん!」
南さんの声に反応して、相変わらず元気の良い声が返ってくる。僕の友達は彼女を暑苦しいって言ったり、うるさいって言ったり、女の子らしくないなんて言ったりするけれど……やっぱり高坂さんはとても眩しかった。
「海未ちゃんもいるよ! ……見つけるの、早いね?」
「……たまたまだよ」
僕たちは小走りで二人の元へと向かった。高坂さんは元気よく、園田さんは僕を気にしてか控えめに手を振っている。
「ことり、どうして?」
なぜ僕が一緒にいるのかと聞きたかったのだろう。別段いやそうな様子はなかったが、おそらく男自体があまり得意でないらしくあまり僕と視線を合わせようとせずにそう言った。
「うん。ちょっとねっ」
少しはぐらかすように言葉を返す。園田さんは軽く首を傾げながら南さんを見つめていた。
「そういえば、君とまだ写真撮ってなかったよね!?」
「あ、うん」
いつものあの笑顔で高坂さんが走り寄ってくれた。彼女の手には、おそらく親御さんから渡されたのだろう、中学生には少し似合わない銀色のデジカメが握られている。
「一緒に撮ろうよ! 今日のためにお父さんからデジカメ借りてきたんだぁ」
「そうなんだ。いいね。僕は携帯しか持ってなくて」
「うんっ! どうせなら綺麗な写真がいいでしょ? また印刷して渡すから待っててねっ。海未ちゃーん、撮って撮ってー!」
「穂乃果、いいですけどどうやって渡すのです? スマホの方が後々楽ですよ」
「あ~、そっかぁ。君とは別々の高校に行くからもうなかなか会えないもんね」
寂しそうに彼女は呟いた。
そう、高坂さんはこういう人だ。別に嘘や、演技でなくこういう事を言ってくれる。好きとか好きじゃないとか、そういう事じゃなくただただ自分と関わる人間全員へ平等に想いを配ることができる。
だからこそ、僕は彼女を好きになった。
でも、僕は。
――そんな『平等』を、変えたいと思う。
だからこそ、嘘で固めた足場に乗っかるのだ。届くはずもない太陽へとこの手を伸ばす。
「いや、これからも会えるよ」
静かに返した。
南さんと視線が交錯する。
「どういう事でしょうか? いえ、別に会いたくないという訳ではないのですが」
「えっと、ことりちゃん?」
自分たちと同じように、疑問の声を上げなかった南さんを不思議に思ったのか高坂さんが彼女の方を向く。南さんは僕の横まで来ると、そっと僕の背中に手を当てた。小さな手がわずかに震える。
その動揺の理由が僕にもわかる。
優しい彼女が、初めて自分のためだけに親友二人に嘘をつくのだ。
「あのね、穂乃果ちゃん、海未ちゃん」
一呼吸。
「私たち、付き合う事になったんだ」
***
僕はその時のことを思い出して、ベッドに腰を掛けたまま深くため息をついた。
『おめでとう!』
予想していたことだ。分かりきっていたことだ。
彼女が僕に興味がなかったことくらい、十分承知していたはずなのに。
彼女が紡いだたった一言は深く僕の心を切り裂いた。そこには僕が南さんと付き合う事に対する戸惑いなどはなく、純粋な祝福だけがあって……少しでも残念な顔をしてくれたら、なんて勝手な感想を抱く。
園田さんは初め不安そうに僕の方を見ていたものの、隣に立つ南さんの顔を見てそっと頷いた。
僕はどちらかというと真面目な方で、特に悪い噂だってなかったから彼女も親友の決めたことなら、と納得してくれたのだろう。
ことりを泣かせたら許しませんよ、と少しだけ凄んだだけで、微笑みかけてくれた。
泣かせたら許さない、か。
寝苦しい布団の中から這い出して、カーテンを開けた。時刻は午前六時前。普段なら白み始めるはずの空も、今日は雲に覆われて陰鬱な灰色に染まっている。
僕が、南さんを泣かせない未来など存在するのだろうか?
全てが上手くいって、高坂さんと両思いになれたのなら、彼女は人知れず涙を流すだろう。うまくいかなかったとしても、僕はきっと彼女を泣かせてしまう。南さんには悪いけれど、今の僕には高坂さん以外の人に好意を持つなんてこと出来そうにない。
僕は小さくため息をつきながら、充電途中だったスマホを手に取る。
今は四月の下旬。少しだが、学校に慣れ始めた僕たちは久しぶりに会うことになった。
点灯するライトに、つい先ほど届いたばかりのメッセージ。
いやに早起きだな。もしかしたら彼女も眠れて居ないのだろうか。
『今日、午前十一時に駅前のカフェの前で待ってるね』
可愛らしいスタンプとともに、デートの誘いが入っていた。僕はそれに行かなくてはならない。なぜならそれは、彼女と交わしたルールのうちの一つだから。
南さんと付き合う事になってから、丁度二日後。僕たちは初めて二人だけで出かけることになった。
それはデートなどではなく、これからのことを決める大事な話し合い。
そこで僕たちが決めたルールは次のようなものだった。
僕は南さん二人で会う時間を確保して、その代り、南さんは僕が高坂さんと会う機会を作る。
別に何も難しいことはない。南さんと僕の両方が平等に自分の望みを叶えられるように定められた決まり。だからこそ、僕は今日、彼女とデートをするのだ。
天気は曇天。僕たちの初デートには相応しい。
***
「ごめーん! 遅れちゃった……」
集合時刻から十分ほど遅れてだろうか、南さんが慌てた様子で姿を現した。なんとなく、集合時間は厳守するようなまじめな子だと思っていたせいか、少しだけ驚く。もちろん、十分やそこらで目くじらを立てる人間ではないので、むしろ抜けてる可愛いところもあるんだなぁと軽く微笑んだ。
会っていなかったのは卒業式の二日後から今日まで……大体一か月くらいだろうか。どうやら僕らの歳の一か月は大きく人を変化させるみたいで、彼女は僕の記憶の中の姿から何倍も可愛らしくなっていた。
中学時代、ほとんど見ることのなかった南さんの私服。
彼女のセンスが伺える。本当によく似合っていた。真っ白いブラウスに、紺色のフリル付きのスカート。派手すぎず、それでいて可憐な彼女の服装は、僕のような女の子に耐性のない男子が憧れる類のものだろう。
事実、僕は確かに彼女の可愛さに目を奪われた。
先月までは全くしていなかったはずの化粧にも慣れたらしい。どこか大人びた印象も受ける。時折、通りすがる男性の目を引くその姿。
しかし、僕は何事もなかったかのように返事を返した。
「いいよ。僕も今来たところだから」
可愛いよなんて、言いはしない。
その気遣いは僕たちの間に必要はないだろう。
「それじゃ、まずお昼食べよっか」
「そうだね、どこがいい?」
「ことりのお母さんがおススメのお店を教えてくれたんだけど……」
「うん、いいね。そこに行こうよ」
僕はそう答えて、歩き始めた。
せめて、友達としては彼女に楽しい時間を過ごしてほしい。僕はそう考えて、できるだけ楽しい話題を隣を歩く南さんに投げかけた。弾む会話、こぼれ出る笑い声。一生懸命人との話し方を勉強した僕にとっては造作もないこと。
高坂さんの為に身に着けたこのスキルを、南さん相手に使う。そんな罪悪感を頭の隅に追いやって、僕は話を続けた。
ふと、会話が途切れる。
急に南さんの注意力が散漫になったのだ。
会話は相手の反応や動きが大事。僕はいち早くそれを察知して、沈黙を守る。
どうしたというのだろう?
優しい彼女は、一生懸命自分と会話を楽しんでくれている相手をないがしろにするような人ではない。きっと、何か訳があるはずだ。そっと、彼女の表情を伺った。その目に浮かぶのは、躊躇い、そして……羞恥。
「あの……手、繋いでも良い?」
「……手を?」
「うん。いや、かな?」
「嫌じゃ……ないよ」
嫌ではない。
それでも……。
「だって、恋人だから」
「……うん、そうだね」
僕はそう答えて、優しく彼女の右手をとった。小さく、そして柔らかい華奢な手のひら。南さんは少しだけ強めに僕の手を握り返してきた。
僕たちは恋人だ。
僕たちはその嘘を守らなくてはならない。
彼女が望むのならば答えなくてはならない。
それが、僕が高坂さんを求める代償なのだから。
僕たちはいろんな話をした。
ご飯を食べているときも、街を歩いているときも。
どうやら、南さんたち三人は無事新しい学園生活に慣れ始めているようだった。聞いた話によると、例年より入学した人数が少なかったせいかクラス自体はかなり減ったらしい。が、その分生徒同士の結びつきが強いみたいで、特に不満な点はなさそうだ。
相も変わらず高坂さんは園田さんや南さんに迷惑をかけているらしいが、それだけ彼女が南さんたちに心を許しているのだろう。楽しそうな三人の思い出話を聞いて、なぜか少しだけ嫉妬してしまう。
僕も今のところ学園生活は順調だ。
中学が同じだった連中も何人か来ているし、新しい友達もできた。それに……。
「彼女がいるって、みんなに言ってるの?」
「うん。その方が、いろいろと楽そうだから」
初めからそう公言してしまえば、厄介なことに巻き込まれることはないだろう。別に、僕が同じクラスの女子から好きになられる事を予想したのではない。もちろん、それも考慮に入れてのことだが、一番の理由はそういう話を未然にシャットアウトするためだ。
僕には彼女がいる。
その一言は、誰かから行為を向けられること、逆に誰かに好意を持っていると噂されること。いろんな可能性を未然に防ぐ事が出来る。初めは話のタネがないせいかよく追及されたりもしたが、一か月もたてばもうそんな話はされなくなっていた。
「ことりはまだ、二人にしか言ってないよ」
「女子高だと話は変わりそうだしね」
「うん。きっと、放課後になっても返してくれないよ~。いまだに穂乃果ちゃんや海未ちゃんからいろんなこと聞かれるし……」
「そういえば、今日は」
「うん、夕方に海未ちゃんと穂乃果ちゃんがうちにくるよ」
「そっか」
僕は別に後日で良い、と言ったのだが不平等なのは良くないと、南さんは僕が高坂さんと会う機会を作ってくれた。先の二人も、僕と会って話す事には当然興味があったらしく、二つ返事でOKしてくれたらしい。
現在時刻は午後四時。
僕たちは南さんの家の前まで来ていた。
「はい、遠慮なくあがって?」
「おじゃまします」
綺麗に掃除がされた玄関を入り、連れられるまま階段を上がる。カギを使って家の中に入ったのを見たあたり、親御さんは今家にはいないはずだ。もちろんそんなことを気にする意味などないのだが。
しかし、なんとなく落ち着かない気がして問いかける。
「えっと、お母さんとかは……」
「お母さんは仕事で出かけてるよ。学校の経営が最近芳しくないらしくて。今日も遅くなりそう」
「そうなんだ。そういえば音ノ木坂の理事長さんだっけ」
「うん。やっぱり、今年私たち入学者が少なかったのは大きな問題らしくて……」
「大変そうだね。うん。今は大丈夫だけど、来年あたりかどうなるか」
そんな話をしながら、僕は案内されて彼女の部屋に入った。
女の子の部屋らしく、白を基調とした可愛らしい家具が揃っている。
「つまらない部屋でごめんね? 遊ぶものとかは置いていなくて……」
いつも、遊ぶ時は穂乃果ちゃんの家だったから、と彼女は申し訳なさそうに言った。
「いいよ、僕の家も似たようなものだし。少し散らかってるけどね」
「そうなんだ。綺麗好きそうなのに」
「うーん。男にしては綺麗好きかも。でも南さんの部屋の方が断然綺麗だよ」
「昨日頑張ってお片付けしたんだ」
「ははっ。 だろうね」
「もぅ。だろうねって酷いよぉ」
ぷくっと頬を膨らませて見せる南さんに微笑みかける。
中学生の頃は真面目で優しい女の子だって印象が強かったけど、意外とこんな表情も見せてくれる。そういえば、僕たち男子の中では高坂さんより南さんの方が人気があったなぁ、とふと思い出した。
「どうしたの?」
そっと、僕の隣に腰を下ろして問いかける。
急に香る女の子らしい匂いと、服越しに感じる柔らかな感触に視線を泳がせた。
「いや、なんでも……」
「そっか」
少しだけむず痒い、まるで本物の恋人のような雰囲気。
僕が彼女の手さえ握れば、それは間違いなくカップルの絵になるだろう。
肌と肌が与え合う体温。
寄り添う身体。
二人だけの世界。
でも。
「嘘……なんだもんね」
南さんは、そっと僕から身体を離してそう呟いた。
僕は静かに頷くと、机の上においてあった写真へと目を向ける。
高坂さんと、南さん、そして園田さんが笑顔で映っていた。
思わず手を伸ばす。僕の視界には一人しか入らない。
「……」
「……! 南さん!?」
ぼぅっと写真を眺めていると、再び南さんが肩を寄せてきた。そして、なんの躊躇いもなく僕の左腕に抱き付く。先ほどとは比べ物にならないほどの暖かさと、柔らかさと耳元にかかる吐息。
「今のことりは、写真の中の穂乃果ちゃんにも勝てないんだね」
「……」
「ズルいよ……」
ぎゅうっと、少しだけ強く抱きしめられた。
彼女の視線は僕の横顔に。
僕の視線は写真の中の想い人に。
そんな歪な光景を、インターホンの音が崩す。
「ことりちゃーん、お邪魔しまーす」
「こら、穂乃果! 勝手に入ってはダメですよ!」
僕は静かに顔を上げる。
――嘘を、つかなくちゃ。
されど彼の目には映らない――了