「んだよ~、まだ時間あるんだからいいじゃんかよ~」
「いいわけがないでしょう? 次の試合までそんなに時間はありませんよ」
大地に引きずられる形で空は歩いている。
「試合までには間に合わせるから、だから、なっ?」
「だ・め・で・す!」
大地は空のお願いを却下し、呆れ顔で空を引きずっていく。
空と大地が今いる場所は、全中大会の会場より少し離れた場所にある某会場。そこの正面入り口には大きくこう書かれている。
――全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会
高校バスケットの3大大会の1つである、通称、インターハイの会場である。
全中大会は2日目を迎え、星南はつい先程、決勝トーナメントの初戦を戦い、83-66で勝利し、ベスト8に進出した。次の試合まではいくらか時間があったため、空はこっそり抜け出してこの会場に来ていた。
空がいないことに周りが気付き、長年の付き合いがある大地だけが空の行き場所に心当たりがあったため、この場所に来たところ、会場に入ろうとしていた空を見つけたため、拘束…連れ戻している。
「ちょっとだけどいいから! この試合だけは見させてくれよ!」
「ダメです! あなたのことですから、試合に夢中になって時間を忘れるに決まってます」
手を合わせて懇願するが、大地はうんざり顔で却下し、引きずっていく。
空がこうまでして観戦をしたがるのは理由がある。それは、会場の入り口すぐ横の立て看板に記載されている――
――海常高校 対 桐皇学園
この試合を見たいがためにこの会場にやってきたのだ。とはいえ、大地も本音を言えば自分も観戦したい気持ちがあるため、空をきつく叱ることが出来なかった。
海常高校は黄瀬涼太。桐皇学園は青峰大輝。10年に1人の逸材と呼ばれるキセキの世代を獲得した高校同士の戦い。バスケに興味がある者、ひいてはバスケを志す者ならば是非とも直にその目で見ておきたい試合である。
「知り合いに試合を録画してもらってますから、後でゆっくり見ればいいでしょう?」
「……はぁ、仕方ないか」
空はようやく観念し、少々不貞腐れながら会場を後にし、ベスト4を決める試合へと臨むのだった。
※ ※ ※
「ほえ~、でかい会場だな~。俺ちょっと探検でもしてこようかな」
とある集団の猫のような顔をした1人が試合会場を目の当たりにし、ポツリと感想を漏らす。
「ほらほら。バカなこと言ってないで、さっさと会場に入るわよ」
先頭に立つ女子高生が急かすように会場入りを促している。
「まあまあリコ、試合まではまだ時間があるし、少しくらい歩いて回ってもいいんじゃないか?」
「んな時間ねぇよ、だアホ!」
集団で1番の長身の男に、眼鏡をかけた男が怒りを露わにしながらツッコミを入れる。
「短剣片手に探検。キタコレ!」
「伊月黙れ。そして土に還れ」
一見してクールそうな面持ちの男から飛び出すダジャレに眼鏡の男が不機嫌にツッコむ。
その後ろには寡黙な男と糸目の男が並んでおり、その後ろにはそれらの下級生と思われる3人が会場の大きさに圧倒されている。
彼らは誠凛高校バスケ部のメンバーであり、創部されてまだ2年。昨年は1年生のみでインハイ予選の決勝リーグまで進出。今年は東京の三大王者と呼ばれる正邦高校と、同じく三大王者であり、キセキの世代の1人、緑間真太郎を獲得した秀徳高校を破り、決勝リーグに進出した。
しかし、決勝リーグ初戦で同じくキセキの世代の1人である青峰大輝を獲得した桐皇学園に大敗。その試合で火神が以前の秀徳戦で負傷したを足の怪我が再発して出場できなかったことと、キセキの世代の幻のシックスマンである黒子テツヤが大きく調子を崩したこと、そして、チーム全体が敗戦のショックから立ち直りきれなかったことが原因で残る試合を全て敗戦し、インハイへの切符を逃した。
その後、怪我でインハイ予選を辞退していた、無冠の五将の『鉄心』、木吉鉄平がバスケ部に復帰し、三大大会の1つである、冬のウィンターカップに向けて、合宿所で猛特訓。合宿終了後、海常高校と桐皇高校の試合の観戦にやってきた。
「黄瀬と青峰の試合か…」
その集団の最後尾を歩く長身の男。誠凛高校の大型新人である、火神大我が険しい表情で試合会場を睨みつけている。
火神は黄瀬涼太と青峰大輝の両方と試合経験を持ち、黄瀬涼太は黒子テツヤとの連携によって僅差で勝利をしたが、青峰大輝はその型破りなバスケに対応出来ず、最後は秀徳戦で痛めた足の怪我が悪化し、ベンチへと退いた。
会場に来るまでに両方と戦った経験からどちらが勝利するか予測したものの、その答えは出ていない。
改めて試合の予想をしていると、その数メートル横を、一方が一方を引きずりながら歩く2人組が通っていく。
「っ!?」
火神が一瞬ハッとした表情を浮かべながらその2人組の方に振り返る。
「…火神君、どうかしましたか?」
「っ! 黒子か」
その様子に気付いた影の薄い男、黒子テツヤに話しかけられ、一瞬驚くも…。
「……いや、何でもねぇ」
「…そうですか」
火神の返答に、黒子はやや腑に落ちないものを感じながらもそれ以上の追及はしなかった。火神は改めて先程の2人組の方に視線を向ける。
「(…一瞬、あいつらから黄瀬や緑間や青峰に似た臭いを感じたが……、気のせいか)」
直感的に2人からキセキの世代と同じものを感じとり、改めて2人を見たが、多少は出来る臭いを感じたが、彼らには遠く及ばないものであった。
「火神! 黒子! 早く来ないと置いてくぞ!」
「あ、すいません!」
主将の日向に促され、火神と黒子は会場へと入っていった。
※ ※ ※
『おぉぉぉーーーっ!!!』
試合は既に終盤を迎え、盛り上がりは最高潮に達している。
――ダムッ…ダムッ…。
空がボールをキープし、チャンスを窺っている。
――ダムッ!!!
空がチェンジ・オブ・ペースからのクロス・オーバーで相手PGを抜き去る。そのままのゴール下に侵入し、レイアップの体勢に入る。
「「させねぇーーっ!!!」」
得点を阻止しようと相手ブロックが2枚入る。
――スッ…。
空はボールを下げ、ゴール裏から咄嗟にパスに切り替え、左アウトサイドで待ち構える森崎にボールを渡す。ボールを受け取った森崎は3Pの体勢に入る。
森崎をマークしていた相手がブロックに飛ぶ。
――ダム!
シュートを中断し、飛んだ選手の足元にワンバウンドさせながらパスを出す。ボールを受け取った大地は背中につく相手ディフェンスを高速のスピンムーブで抜き去り、シュート体勢に入る。
再び相手Cがブロックに飛ぶ。大地はトスするようにボール放し、田仲にボールを渡す。
――バス!!!
田仲は落ち着いてゴール下を決める。
中から外。そこから中、さらに中できっちり得点を決める星南。それぞれハイタッチしながらディフェンスに戻っていく。
「くっ! 1本、1本返すぞ!」
相手PGは1本返すべく、ゆっくりドリブルしながらボールを相手コートに進めていく。
「こっちだ!」
森崎のマークをスクリーンでかわした相手SGがパスを要求。即座ボールを渡し、ヘルプにきた大地に掴まる前にPGにリターンパスを出す。
――バチィッ!!!
だが、そのパスは空によってカットされ、スティールされる。
ターンオーバーとなり、ボールを奪った空はそのままドリブルでボールを進め、3Pライン手前で止まり、そのまま3Pシュートを放つ。
『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』
それと同時に試合終了のブザーが鳴り響く。
――ザシュッ!!!
ボールはリングを潜り、星南に得点が加算される。空が見事にブザービーターを決め、試合が終了する。
星南 89
松本 60
星南は20点近くの点差を付け、準々決勝の試合を制した。
『ありがとうございました!!!』
互いに礼をし、後に握手を交わし、健闘を称えあう。星南はベスト4へと駒を進めた。
※ ※ ※
「…」
「…」
星南のメンバー達は、試合終了後、観客席へと向かった。同じくベスト4への進出を決める他校の試合を観戦するためだ。
『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』
大きくブザーが鳴り、試合終了が告げられる。
「……強い」
「まさか、こんな結果に…」
星南のメンバーは試合を目の前で目の当たりにして驚きを隠せないでいた。
帝光 112
東郷 48
かつて、地域予選の優勝をかけて星南が戦った相手、東郷。79-62で降した相手だが、決して容易い相手ではなかった。
「…あの東郷相手にダブルスコアの100点ゲーム…」
「改めて、帝光中は強い…」
帝光中の強さに息を飲む星南の面々。
「…やっぱり、今年の帝光中は気に食わねぇ」
「えっ?」
空が試合を見て険しい表情でポツリと言葉を発する。
「整列だってのに、誰1人礼をしてねぇ」
試合終了後の整列。東郷のメンバー達は涙を流しながら礼をしたのに対し、帝光中は誰1人頭を下げず、ヘラヘラしながらメンバー同士で雑談している。
「相手への敬意の欠片もありませんね」
これには普段冷静な大地も苛立ちを隠しきれないでいた。
「あいつらまであと1つ。待ってろよ、帝光中…」
星南中のメンバー立ち上がり、席を後にした。
※ ※ ※
この日の試合が全て終わり、宿舎へと向かう星南中の面々。会場の入り口を出ると…。
「…おっ?」
「……あっ」
そこには、先程試合を行っていた東郷中のPGである三浦がいた。
「よう。なんつーか、惜しかったな」
「いやいや、完敗だよ」
空は自分がマッチメイクしたPGの三浦に声を掛けた。
「約束、守れなくて悪いな」
約束…、それは、全中大会で再戦しようと言う約束のことだ。
「気にすんなよ。全中でなくても、バスケ続けてりゃ、またやる機会なんざいくらでもある。そん時に改めてやろうぜ」
申し訳なさげにする三浦に、空は笑顔でそう告げる。
「…それじゃ、またな」
空達はその場を後にする。彼はその目を赤くし、その頬には何かが伝った跡があった。つい先程まで涙を流していたのだと容易に想像ができた。
彼は敗者で自分達は勝者。これ以上は嫌味なり、余計に彼らを傷つけるだけと判断し、早々に会話を切り上げ、その場を後にしようとする。
「……決勝まで必ず辿り着いてくれ! そして、あいつらを…帝光中を絶対倒してくれ!」
東郷中の三浦は背中越しに空達に自分の今の想いを叫ぶように告げた。それを聞いた空達は立ち止まり、振り返った。
「あいつら、俺達のことなんか眼中になくて、試合中に誰が1番点を取るか。味方同士でただそれだけを競ってるだけだった。悔しくて、絶対に勝ってやろうとしたけど、結局…」
三浦は悔しそうに歯を食い縛る。
「あんな奴等に負けた事が悔しい。こんなこと頼まれる筋合いはないと思うけど、絶対あいつらに勝ってくれ!」
三浦は再び涙を流しながら星南中の者達に自分達の無念を託す。
「…言われるまでもねぇよ。帝光中は俺達がぶっ潰す」
「あなた達のその想いと無念は受け取りました。必ず、彼らは私達が倒しましょう」
他の者達はその言葉に頷く。
星南中はかつての競い合った強豪の想いを背負い、明日…全中最終日に臨むのだった……。
続く