黒子のバスケ~次世代のキセキ~   作:bridge

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投稿します!

今回はあまり注目されなかったオリキャラと謎に包まれたオリキャラにスポットを当てました。

それではどうぞ!



第66Q~それぞれの想い~

 

 

 

ジャバウォックとの激戦が終え、三杉と堀田がアメリカに帰国して1ヶ月が経とうとしていた。

 

 

――キュキュ!!!

 

 

花月高校の体育館にバッシュのスキール音が響き渡る。

 

『ハァ…ハァ…!』

 

バスケ部の部員達が息を乱し、大量に汗を流しながら走っている。

 

「おらー! 足を止めるな! お前らは経験でもテクニックでも劣っているんだ。足りないものは相手の倍走って補え!」

 

『はい!!!』

 

監督、上杉の激が飛び、選手達は腹から声を絞り出し、足を動かした。

 

全国のバスケ部の中でもひと際厳しいと言われている花月高校。三杉と堀田が帰国してからはさらに厳しさを増していた。

 

「…」

 

上杉が腕を組みながら練習風景を見つめる。最強の矛と盾がいなくなった花月高校。それは、先に迫る冬の激戦の前に致命的な戦力ダウンを意味していた。

 

攻守において絶対的な個がいた夏は、連携不足があっても個人技で押していくだけで勝ち抜く事が出来た。だが、その個がなくなった今、夏と同じ戦い方では勝ち抜く事は愚かまともに戦う事すら出来ない。

 

そこで、上杉がこれから全国で戦うに向けて考えた新たな戦術プランは、空と大地を始めとする、スピードとスタミナを生かしたラン&ガンである。

 

この戦術プランは昨年に誠凛が全国を制したプランであり、その効果はお墨付きだ。だが、昨年誠凛がこれで全国を制する事が出来たのは、2年を費やして練度を高めたのもあるが、黒子テツヤの力によるものが多い。つまり、誠凛と同じでは戦う事が出来ない。

 

上杉は、ボールを絶えず動かす誠凛とは異なり、ボールではなく、選手が動くラン&ガンを目標とした。その為、その下地を作る為、練習は体力強化を中心に行っている。

 

「よーし、1分休憩!」

 

この号令により、選手達は水分補給に入る。

 

『ぜぇ…ぜぇ…』

 

ある者は床に座り込み、ある者は床に大の字になって倒れている。傍から見ればオーバーワークとも言える猛練習。だが、文句や不満を言う者は1人もいなかった。今のままでは全国の…特に、キセキの世代を擁するチームには絶対勝てない事を皆理解しているからだ。

 

「…」

 

上杉は腕を組んで思案する。

 

花月にとっての悩みの種はさらにもう1つある。それは、昨年のウィンターカップは記念大会ということでIHの優勝、準優勝校が県予選を戦うことなくとなったのだが、今年からそれが正式に実施されることになった。つまり、今年にIHの優勝校である花月高校と、準優勝校である洛山高校は県予選無しで出場出来ることとなった。

 

だが、花月にとって、これは喜ばしいことではなかった。一見、試合をせずに本選に出場出来て幸運に見えるがそうではない。

 

チームとしての完成度が高い洛山であるなら、体力的な面やデータを隠す意味合いで有益とも言えるが、1年生が主軸でチームとしての完成度が低い花月にとって、実戦をこなしながらチームを熟成させる機会を奪われるのはかなり痛手である。

 

「…」

 

本選開始までに多くの試合をする必要がある。それも、実力のあるチームとの試合と。だが、静岡県及び、隣県のウィンターカップ予選参加校は試合を組んではくれないだろう。だからといって、県予選に出場出来なかった高校と試合をしても得られるものは少ない。

 

「……よし」

 

組んだ腕を降ろし、顔を上げると、上杉は決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

「お疲れさまでしたー!」

 

外はすっかり暗くなったところで練習は終わった。部員達は部室に戻り、それぞれ帰り支度をしている。

 

「…」

 

その中1人、帆足がベンチに座り、俯いていた。

 

「帆足、着替えもせんでどうかしたんか?」

 

その様子が気になった天野が着替えながら声をかけた。

 

「天野先輩。……いえ、何でもありません」

 

「?」

 

一瞬、何かを言おうとした帆足だったが、口を噤み、着替えを済ませると早々に部室を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・

 

 

「…」

 

夜道を1人、帆足は歩いていた。

 

 

――帆足大典。

 

 

空と大地と同じ1年生である。

 

彼は高校に入って初めてバスケを始めた初心者である。だが、経験者や体力自慢ですら逃げ出す花月高校バスケ部において、ここまで生き残った1人でもある。

 

帆足が徐に鞄に手を入れ、1枚の紙を取り出す。その紙にはこう書かれている。

 

退部届…。

 

もともと、体力を付ける為に入部したバスケ部。バスケ部を選んだ理由は、たまたまその数日前に目に付いたバスケットの雑誌を読んだ事が理由だった。

 

だが、いざ入部してみれば、その練習は地獄とも言えるものだった。過去にスポーツ経験もなければ特別体力に自信がある訳でもない。そんな彼には、練習量全国一の花月のバスケ部はこの世の地獄だった。

 

入部当初は何度も吐いた。同学年の1年生は日を追うごとに1人、また1人と辞めていった。帆足自身も、何度も辞めようと考えた。だが、それでもここまで辞めることなく練習に付いていった。

 

そんな彼が、辞めようと思った理由とは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・

 

 

それは、数日前のこと…。

 

いつものように部室に向かおうとする帆足の前に、クラスメイトの1人が話しかけてきた。

 

『これから部活か?』

 

『うん。そうだよ』

 

『バスケ部だっけ? 確か夏に全国優勝したんだよな? すげーな』

 

『僕は試合に出なかったけどね』

 

『練習メチャメチャキツイみたいだな。1度覗いてみたけど、見てるだけ吐きそうだったわ』

 

『実際僕は何度も吐いたよ』

 

『マジかよ…』

 

『ホントだよ。…ところで、それ…』

 

『ん、これか? ラケットだよ。ラクロスの』

 

『ラクロス? …でも確かラクロス部は…』

 

『ああ。随分前に廃部になってた。でも、俺と友達で人数集めて復活させたんだ』

 

『そうだったんだ』

 

『なあ帆足。お前も来ないか?』

 

『えっ!?』

 

『バスケ部のことは分かってる。けどさ、バスケ部って、中学時代に鳴らした奴ばかりなんだろ? 正直、このまま続けてても試合に出れないんじゃないか?』

 

『それは…』

 

『ラクロス部は大半が素人だし、人数もギリギリだ。まあルール覚えるのは面倒くさいだろうけど、あのバスケ部でここまで続いた帆足ならすぐにレギュラーになれるぜ』

 

『…』

 

『ま、考えておいてくれよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・

 

 

クラスメイトによる勧誘に、帆足が内心で思っていたところを揺さぶられた。

 

入部当初こそ、三杉や堀田、空と大地を見ても、漠然とすごいとしか思わなかった。だが、練習を続け、バスケの知識や基本が身に付いてくると、そのすごさが明確に理解出来るようになった。

 

そして、自分とは才能が違い過ぎることも理解出来るようになった。

 

バスケ部に所属する以上、試合には出たい。だが、今年の夏を制し、冬の連覇を狙う花月高校で、自分の出番が回ってくることはないだろう。

 

同学年に4人のスタメン候補がいる。来年にしても再来年にしても、中学の猛者が入部してくる事を考えると試合に出る事は0に等しい。

 

1度そう考えてしまうと、このままバスケ部に居続ける事に疑問を感じてしまう。当初の目的である体力を作るという目標はほぼ達成しているし、それはラクロス部に移籍しても達成させる事が出来る。

 

「……うん。そうだよね」

 

決断するなら早い方がいい。帆足は踵を返し、学校へ引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・

 

 

「ん?」

 

学校に戻り、顧問のいる職員室に向かおうとすると、体育館にまだ明かりが付いていることに気付いた。恐る恐る体育館を覗くと…。

 

「よっしゃ! 次行くぞ!」

 

「ええ。いつでも来てください」

 

空と大地が1ON1をしていた。

 

「…っ、…っ」

 

傍らでは、生嶋がスリーポイントシュートを放っていた。

 

「こんな遅くまで練習を…」

 

時計の針は既に20時を越えている。部活の終了時間を2時間も過ぎても尚、練習を続けていた。

 

「なんや忘れ物か?」

 

唐突に背後から声を掛けられる。振り返るとそこには、天野の姿があった。

 

「天野先輩…」

 

「暇やったら一緒に茶でもしばかんか?」

 

天野は右手に持っていた缶飲料を帆足差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・

 

 

体育館から少し離れた場所に設置されているベンチに2人腰掛けた。

 

「……辞めるんか?」

 

「えっ!?」

 

突如、天野に確信に迫る言葉を掛けられ、帆足は激しく動揺した。

 

「どうして…」

 

「そりゃ、辞めていった奴を何人も見てきたからのう」

 

飲み物を口にしながら答えた。

 

「ここの練習は殺人的やからなあ。そらしゃーないで」

 

ケラケラと笑いながら言った。

 

「練習は確かにキツイですけど、それが理由じゃ…」

 

「分かっとる。ここまで続いて今更練習が理由とは思えんからな」

 

「…天野先輩は辞めようと思ったことはありますか?」

 

「あるで。というか、練習辛すぎて1回逃げたわ」

 

げんなりしながら帆足の質問に鍛えた。

 

「どうして戻って来たんですか?」

 

「そりゃバスケがおもろいからや。自分はどうや? バスケ」

 

「…それは」

 

つまらなかったわけではない。それだけに言葉に詰まった。

 

「バスケはな、サッカーや野球とちごーて点がぎょうさん入るスポーツや。試合に出ればコートにいる全員得点出来る。打ったボールがリングを潜っためっちゃ気持ちええねん。帆足も今日紅白戦で決めてたやろ? どやった?」

 

「っ!?」

 

尋ねられた時、帆足の胸が鳴った。シュート練習で決めた事はあっても試合で決めた事がなかった帆足。パスを受けてミドルシュートを決めた時、未だかつてない程の興奮を覚えた。

 

「あれ知ってもうたらバスケ辞められへんよ。まあ、実際の試合じゃ俺はディフェンス専門やから得点する機会少ないんやけどな」

 

ハッハッハッと笑い声を上げる天野。

 

「帆足。このままバスケを続けても、お前がスタメンに選ばれる事は多分ないやろ。けどな、試合に出るチャンスはあると思うで」

 

「っ! 試合に…」

 

知ってか知らずか、退部を決めようとした理由の確信を突かれ、動揺する帆足。

 

「空坊や大地は確かに才能がある。イクやマツも相当や。けどな、それでも冬、全国で勝ち抜くには足らん。キセキをぎょーさん起こさんと勝てへん。それが分かっとるから、今も必死に練習しとる」

 

「…」

 

「俺かて、また優勝したいからのう。俺も足掻く。お前はどうする?」

 

「…俺は」

 

「俺は止めへん。決めるのはお前や」

 

「…」

 

「さて、俺はもう帰るで。お前もほどほどになぁ」

 

それだけ言って、天野はその場を後にした。

 

「…」

 

天野が去り、ベンチで1人考え込む帆足。きっかけは大したものではないにしろ、ここまで続いたバスケ。天野によって、バスケが好きなんだと認識させられた。それだけに揺れる。その時…。

 

「あー、今日も練習したなー!」

 

自主練を終えた空を始めとする面々が部室から出てきた。

 

「すっかり遅くなったな。店まだやってるかな?」

 

「どうかしましたか?」

 

「バッシュに穴が開いた」

 

空は穴の開いたバッシュを大地に見せた。

 

「これで入部して3足目だよ。小遣いが底を尽きそうだよ」

 

「バッシュは高価ですからね。…確か、駅前のお店は21時過ぎまでやってますから、急げば間に合うと思いますよ」

 

「マジで!? 今から行ってくるわ。それじゃ、また明日な!」

 

空は大急ぎで走っていった。

 

「やれやれ…」

 

「くーの体力ってすごいね…」

 

呆れ顔で大地と生嶋は帰路に付いていった。

 

「……3足目…、俺はまだ1足目なのに…」

 

入部に応じて購入したバッシュを今も利用している帆足。空と自分の練習量の違いを思い知る。

 

空も大地も、才能ではなく、たゆまぬ努力によってあの実力がある。自分はどうなのか。無理だと言える程やったのか…。

 

「俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

翌日…。

 

時刻は早朝6時前。

 

「っしゃぁ! 今日も気合入れて行くぜ!」

 

「朝から元気ですね」

 

「もはや尊敬ものだな」

 

ハイテンションの空に、大地と松永は呆れ気味だった。

 

「ん?」

 

体育館に入ろうとすると、中からボールの弾む音が聞こえてきた。中に入ると…。

 

 

――ダムッ!!! …ダムッ!!!

 

 

コーンを並べ、ドリブルの練習をしている帆足の姿があった。

 

「帆足? 速いな」

 

「うん。もっと上手くなりたいから。もっと上手くなって、試合に出て、ゆくゆくはスタメンを選ばれたいからね」

 

額の汗を拭いながら笑顔で言った。

 

「へえ、それは負けられないな」

 

「私も同様です」

 

「ハハッ」

 

「ふっ」

 

空、大地、生嶋、松永も、釣られて笑顔になった。

 

 

――帆足大典。

 

 

経験者や体力自慢も逃げ出す花月高校のバスケ部に所属する1年生唯一の素人。

 

彼もまた、挑戦する道を選んだのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

数日後…。

 

バスケ部は変わらず、ウィンターカップに向けて猛練習をしていた。

 

「…」

 

ボールを持つのは空。目の前には真崎。現在、3ON3を行っている。

 

「よっしゃ!」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

「くっ!」

 

一気に加速し、ドライブで真崎の横を抜ける。そのまま切り込んでいくと、今度は松永が待ちかまえる。

 

「行かせん」

 

「へっ! このまま行くぜ!」

 

構わず突っ込み、クロスオーバーで松永に仕掛ける。

 

「ちぃっ!」

 

遅れずに松永は食らい付く。

 

「やる! けどまだだぜ!」

 

ここで空は反転、バックロールターンで松永の逆を突いた。

 

「読んでいるぞ!」

 

これを読み切った松永が空を追いかける。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

「なっ!?」

 

松永が追いかけるべく1歩踏み出した瞬間、松永の股下からボールを通し、再度反転して松永を抜きさった。

 

 

――バス!!!

 

 

そのまま空はレイアップを決めた。

 

「よし!」

 

拳を握って喜びを露わにする空。

 

「よしじゃないでしょ。何やってるの!」

 

これに姫川が口を出した。

 

「今のは強引に行く場面じゃない。外に生嶋君がフリーだったし、松永君がヘルプで飛び出した時には馬場先輩がフリーになっていたわ。もっと周りをみなさい」

 

「入ったんだからいいじゃんか…」

 

唇を尖らせて文句を言う空。

 

「あなたは司令塔なのよ? そのあなたが確立の低い選択肢を選んでどうするの。これが全国区のチームならターンオーバーを食らうでしょうし、何より、キセキの世代がディフェンスをしていたら最初の段階でボールを取られていたわ。勢い任せのプレーをするのはやめなさい」

 

「むぅ」

 

言い返したいが言ってる事がもっともな為、空は口を噤んだ。

 

「姫川さん。空だけにはやけに当たりがきついよね」

 

今のやり取りを見ていた生嶋が松永に言った。

 

「そうだな。…だが、言ってることは的を射ている」

 

松永は頷きながら答えた。

 

「それにしても、姫川さんてすごいよね。僕もアドバイス貰ったけど、的確だったよ」

 

「俺もそうだ。最近では、監督は姫川に意見を聞いて練習メニューを組んでいるらしいからな」

 

「…僕さあ、姫川って名前、何処かで聞いたことあるんだよね」

 

顎に手を当てながら生嶋が言う。

 

「そうなのか?」

 

「うん。ずっと引っ掛かってるんだけど、どうしても思い出せないんだ」

 

「あのバスケの知識の豊富さは間違いなく経験者だ。もしかすると中学で――」

 

「いつまで立ち話をしているんだ! 早く戻れ!」

 

ここで、上杉の激が飛んでくる。

 

「ととっ、話は後だ。行こうぜ」

 

2人は会話を中断し、駆け足で戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

この日も練習が終わり、放課後。

 

部員達はそれぞれ自主練に励んでいた。

 

「…っ! …っ!」

 

その中で空は、スリーの練習をしていた。この日も20時を越えたところで…。

 

「くー。僕達はもう上がるけど…」

 

「俺は後37本だから、先上がっててくれ」

 

「分かった。戸締りよろしくね」

 

それだけ言って、自主練をしていた部員は体育館を後にしていった。

 

「…っ! …っ!」

 

他の部員達がいなくなると、空は再びスリーの練習を再開した。

 

 

――ガン!!!

 

 

「481、482……あっ!」

 

ボールはリングに弾かれた。外れたボールが転がっていくと、1人の人影がボールを拾った。

 

「アウトサイドシュートの練習?」

 

ボールを拾ったのは、姫川だった。

 

「ああ。外の精度が上がれば、俺のドライブがより活きるからな」

 

姫川の手によってボールが返され、再びスリーを打ち始める。

 

「483、484…」

 

黙々とスリーを打ち続ける空。

 

「……あなたは冬、キセキの世代に勝てるって本当に思ってるの?」

 

突如、姫川の口からこんな言葉が飛び出した。空はシュートを中断し、掲げたボールを下した。

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。キセキの世代に勝てると、本気で思っているの?」

 

「当然だろ。その為に今はバスケやってるんだからな」

 

そう答え、再びスリーを放つ。

 

「……無理ね」

 

「なに?」

 

 

――ガン!!!

 

 

ボールはリングに弾かれる。

 

「はっきり言って無理よ。キセキの世代は10年に1人の天才の名に偽りはないわ。けれど、あなたは違う。あなたは精々例年、1人はいる秀才。結果は見えているわ」

 

「そんなもの、やってみなければ分からないだろ?」

 

「分かるわ。というより、あなたが1番理解しているでしょう? 夏、直接手合せしたあなたが」

 

「…」

 

「天才を倒せるのは天才だけ。秀才や凡人がどれだけ足掻いても敵わないのが天才。いくら努力したって無駄なのよ」

 

姫川が自嘲気味に空に告げる。

 

「手に余る目標なんて、さっさと捨てた方が賢明――」

 

「――だからどうした?」

 

「えっ?」

 

忠告をして空に背を向けて体育館を去ろうとする姫川。空の言葉に振り返った。

 

「俺はキセキの世代に比べれば凡人かもしれない。けどな、凡人が天才には勝てないって、誰が決めたんだよ? やってもいないのに、無駄かどうかなんて分からないだろ」

 

姫川の言葉に気が障った空は目付きを鋭くしながら言った。

 

「…分かるわよ」

 

「どうして?」

 

空は苛立ちながら聞き返す。

 

「分かるわよ!!!」

 

姫川は、声を張り上げながら言った。

 

「これを見て」

 

そう言うと、姫川は自身の膝上までかかる右脚のハイソックスを下した。

 

「…っ!?」

 

空は目を見開く。露わになった脚には、痛々しい傷跡があった。

 

「これが天才に抗おうとした凡人の末路よ」

 

「姫川……お前。…っ!? そうか、姫川梢。何処かで聞いたことがあると思ったら…。お前は中学女子バスケの…」

 

「…っ」

 

ここで、空は何かを思い出す。すると、姫川が表情を曇らせる。

 

中学男子バスケに、10年に1人の逸材、キセキの世代と称された5人の天才がいたように、女子バスケにも、他を圧倒し、1人で試合を支配し、勝利を掴み取ってしまう天才がいた。記者曰く、男に産まれていれば、間違いなくキセキの世代のライバルになっていたと呼ばれた2人の天才が…。

 

「戦乙女(ヴァルキリー)、姫川梢」

 

「…」

 

古い記憶を辿り、空はこの名を思い出す。一時期、キセキの世代の名が有名になって少し後ににこの名が上がったが、ある日、その名を聞くことがなくなった。その為、空を始め、部員達は思い出す事が出来なかった。

 

「天才……違うわ。私は天才なんかじゃない。本当の天才はもう1人の彼女1人よ」

 

「どういうことだ?」

 

「私はただ、彼女に唯一抗えたというだけ。私は結局、1度も彼女に勝てなかった」

 

「…」

 

姫川はゆっくりと歩き、転がっているボールを拾うと、ゆっくりと語り始めた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・・・・

・・・・

 

 

幼い頃、テレビでやっていたNBAの試合を見て、バスケを始めた姫川。ミニバスでは、男子と交じってバスケをしていた。

 

中学に上がると、迷うことなく女子バスケ部に入部。1年生にも関わらず、レギュラー、スタメンの座を勝ち取った。試合では、姫川は得点を量産し、瞬く間にエースとなり、チームを勝利に導いた。

 

全中大会に出場すると、そこでも姫川の活躍は留まることを知らなかった。そして、全中大会を勝ち抜き、現れたのが、後に天才と呼ばれる彼女だった。

 

地域予選、全中でも姫川を止められる者がいなかった中、彼女は姫川と互角以上の戦いを見せた。試合は、姫川を相手に優勢に試合を進めた彼女を擁する相手中学の勝利で終わった。

 

試合に負け、悔しいという思いもあったが、それ以上に、自分より強い選手がいた事の嬉しさもあった姫川は、彼女に1年後のリベンジを誓った。

 

それから姫川は練習に今まで以上に没頭するようになった。朝は誰よりも早く学校に行き、放課後は誰よりも遅く学校に残って練習をした。そして、1年後。全中大会にて再び両者はコートで出会うことになる。

 

1年間誰よりも練習に臨んだ姫川。今度は必ず勝てる自信があった。そして始まる試合。だが…。

 

『…っ』

 

試合は姫川の中学の敗北で終わった。姫川は彼女を止める事が出来ず、試合も個人も完敗で終わった。

 

姫川と彼女との差は、縮まってはいなかった。

 

この時、姫川は気付いてしまった。自分と彼女の才能の差を。だが、それを認める事が出来なかった。2年時の全中大会後、これまで以上に練習に没頭するようになった。周囲からはオーバーワークだと窘められても姫川は止まる事なく練習に没頭した。

 

そして、その時はやってきた。

 

『~~~っ!!!』

 

3度目の全中大会の地域予選1ヶ月前。練習中突如、姫川が脚を押さえながらその場に倒れ込み、病院に運ばれた。

 

診断の結果、バスケのような激しいスポーツは2度と出来ないだろうと言われた。

 

才能の壁を壊し、勝利する為、血のにじむような努力を課した結果、待ち受けていたのがこの現実だった。

 

そして姫川は、若くしてバスケ選手を退く事となった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「私の努力は、天才の前では無意味だった。天才の前では凡人は抗う事も許されないんだって、身を以って思い知ったわ」

 

「…もうどうにもならないのか?」

 

「ええ。手術をしてリハビリをして、日常生活や軽い運動くらいなら出来るようになったけど、バスケが出来るまでにはならなかった」

 

「…」

 

姫川の言葉を聞いて、空は言葉を発する事が出来なかった。

 

「神城君は、バスケ部の中で誰よりも楽しそうにバスケをしている。私が出来なくなったバスケを…。そんなあなたが妬ましくて、八つ当たりと分かっていても、ついきつく当たってしまった。悪いとは思ってる。けど…!」

 

ここで、姫川は空に詰め寄った。

 

「私のようになってほしくない! あなたは誰よりも負けず嫌いだから、現実を知ってしまえばきっと自分を極限まで痛めつけてしまう。もう私のようにバスケが出来なくなって、大好きなバスケのせいで苦しむ姿なんて見たくない! 見たくないのよ…!」

 

もはや嗚咽ように姫川は言葉をぶつけた。

 

「……姫川は後悔してるのか? そのもう1人の天才に勝つ為に壊れる程努力したことを…」

 

「…」

 

空の質問に姫川は何も答えなかった。

 

「話を聞いて、俺は姫川の事、すげー尊敬したよ。俺は、自分をそこまで追い込む程やってないだろうから」

 

空は姫川に縋りつかれたまま言った。

 

「…でもな、例え、俺は誰に何を言われても、挑戦する事をやめないと思う。強敵に挑んで、そして勝てたら最高だろうから。それは、大地や生嶋、松永や天さん、先輩達も一緒だと思う」

 

「…」

 

「だから俺は、何度でもずっと挑戦し続ける。足りなければ、それこそ極限まで自分を追い込んででも」

 

「…っ」

 

それを聞くと、姫川は表情を歪ませた。

 

「でも、これだけは約束する。まず、俺は絶対に壊れない。限界まで現役を全うする。それと証明する。凡人であっても天才に勝つ事が出来るってことと、無駄な努力なんてない。努力は必ず実るんだってこと」

 

「……本当に?」

 

「ああ。約束するよ」

 

顔を上げた姫川に、空はニコリと笑みを浮かべながら答えた。

 

「だからさ。姫川の力も貸してくれ。ぶっちゃけ、姫川のアドバイスは耳が痛いけど、かなり参考になるからさ」

 

「…うん」

 

姫川は、空の胸に顔を埋めながら頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・・・・

・・・・

 

 

『…』

 

体育館の外には、2人の話を聞いていた大地、生嶋、松永の姿があった。

 

「まさか、姫川さんにそんな過去があるとはね」

 

体育館の扉に背中を預けながら生嶋がポツリと呟くように言った。

 

「…」

 

「綾瀬、その反応を見るに、知っていたのか? 姫川の事」

 

「詳しい事情は知りませんでしたが、彼女の事は少し経って思い出していたので…」

 

「…でも、こんなの聞かされたら、意地でも冬、勝たないとね」

 

生嶋が夜空を見上げながら言った。

 

「そうですね」

 

「ああ。そうだな」

 

大地と松永は、ただ頷いたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

そして月日は流れ、各県では、ウィンターカップ予選が始まった。

 

県予選のない花月高校は、猛練習と、上杉の用意した特殊な相手との試合をこなしながら月日を過ごしていった。

 

秋田の陽泉、神奈川の海常は危なげなくウィンターカップの参加を決めた中、全国で1番の激戦区である東京。誠凛、桐皇、秀徳による3校が、僅か2つの席をかけて戦いを繰り広げることとなった。

 

そして、その結末は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

間近に迫るウィンターカップに向けて、今日も練習に励む花月。

 

その休憩時間、空が何気なく携帯をチェックしていると、突如、携帯が鳴る。電話の相手は中学時代の知人である田仲。

 

「もしもし。ウィンターカップ予選、どうなった?」

 

長い時間電話が出来ない空は、電話に出るのと同時に本題を切り出した。

 

『…』

 

だが、通話相手の田仲は何も答えない。

 

「……田仲?」

 

不信に思った空は怪訝そうに名前を呼んだ。

 

『………ごめん。約束、守れなかった…』

 

「……えっ? それって――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 





原作では、記念大会ということでIH優勝校と準優勝校が県予選抜きでウィンターカップに参加してましたが、この二次でもそれを採用しました。現実のウィンターカップも、2009年以降、IHの1位2位は参加になっていますので、これにならいます。…まあ、予選を書くのが面倒だったというのもありますが…(^-^;)

この話出てきた帆足大典というのは実は、第31Qにて、密かに出ています。そこから一切出番がなかったので、ここで出しました。姫川梢に関してですが、過去の感想でいろいろ意見をいただいたのですが、あまり風呂敷を広げ過ぎても設定を生かしきれそうになかったので、当初の予定通りの設定に落ち着きました。今後も、原作の桃井的立ち位置で頑張ってくれると思います。

感想、アドバイスお待ちしております。

それではまた!

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