急遽、空と大地2人と星南中学OBとの2ON5の試合が行われることとなった。
現在、1、2年生達が体育館のモップ掛けをしたり、点数表を運んできたりと試合の準備を進めている。
空は柔軟運動を始め、大地はバッシュの靴紐を結んでいる。OB達は何故かジャージとバッシュを持参していたため、倉庫で着替えている。
「なあ、神城、綾瀬、本気で先輩達と2人だけで試合するのか?」
田仲が心配そうな面持ちで尋ねる。
「ん? まあな」
空は柔軟運動を続けながら答える。
「先輩達は態度と言動こそ悪いけど、バスケの実力は決して悪くないぞ? 去年の全中大会も、予選でベスト8まで進んでるし…」
「へぇー、あの先輩達、口だけじゃないんだな」
空は他人事ように感想を言う。
「いくらお前ら2人でもあの条件じゃ無理だって! 今からでも先輩達と交渉して5人での試合に――」
「無用です」
靴紐を結び終えた大地が、先輩達のもとへ交渉しようとする田仲の肩に手を置いて止める。
「対等な条件で勝利しても向こうは納得はしないでしょう。…不利な条件で勝利してこそ意味があります」
「そうそう。心配しなくても、2人で充分だよ。予選のベスト8程度をどうにかできないようじゃ、キセキの世代どころか、…今年の全中すら取れねぇよ。…ま、いいから黙って見てな。あ、ちなみに、審判は公平に頼むぜ」
空がもう田仲のもう片方の肩をポンッと叩き、コートへと向かっていく。それに続くように大地も向かっていった。
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着替えと準備運動を終えたOB達5人もコートの中央へとやってきた。
「それじゃ、試合は8分間の1本勝負。それでいいですよね?」
「おう。いいぜ」
OB達は空と大地を睨み付けながら了承する。
「…それでは、試合を始めます!」
審判役の田仲が不安そうな面持ちで試合開始のコールをする。
ジャンパーには大地が立った。OBからは一番背丈のある1人が立った。大地の身長は179㎝。一方、OB側のジャンパーは185㎝と、OB側の方が6㎝程高い。
「試合開始!」
ボールは高く上げられ、試合が開始される。
「っ!」
「ふっ!」
両者が同時にジャンプする。
――バチィィィッ!!!
『なっ!?』
OB達と試合を観戦している在校生のバスケ部員達から驚愕の声が上がる。
6㎝もの身長差がありながら、大地はOBの遥か上でボールをはたいた。
「おっしゃ! ナイスだぜ、大地!」
ボールはすぐさま空が拾った。
OB達は一瞬茫然とするも、すぐさま切り替える。
「おっ?」
ボールを所持した空にダブルチームで付き、ボールを所持していない大地にも2人が付いている。残りの1人はその後方でリカバリー役として待機している。
OB達は予想どおり、人数差の利を生かした戦術を布いてくる。
「(ま、これは当然だわな)…けど、…関係ねぇ!」
――ダムッ!!!
「「っ!?」」
空はレッグスルーからのドライブでダブルチームの間を高速で駆け抜ける。
「くそっ!」
後方にいた1人がヘルプに入る。
――スッ…。
空はそれを意にも返さず、バックロールターンでそれをかわす。
――バスッ!!!
空はそのままゴール下までボールを運び、レイアップで得点を決める。
「うしっ!」
「ナイスです」
パチン! とハイタッチをする。
「くそっ! 気にするな! こっちもガンガン点とりゃいいんだよ!」
自軍ゴール下に転がるボールを拾い、すぐさまリスタートする。
OB達はパスを中心に試合を組み立てていく。在校生側は空と大地の2人である以上、当然ながらマンツーマンマークができないので、形的に中央でゾーンという形を取り、ボールが渡った相手に多少距離をあけながらチェックに向かっている。
OB達はボール所持時間をとにかく減らし、パスを回しながら空と大地を翻弄し、チャンスを窺う。
――スッ…。
OBの1人がゴール下へと足を運んだ。
――ピッ!
そこにすぐさまパスを出す。
「いただき!」
ボールが渡ると、そのままゴール下から得点を決めようとシュートをする。
――バシィィィッ!!!
『なにぃぃぃっ!!!』
そのシュートは大地によってブロックされる。
「(高ぇ! それにこいつ、さっきまでペイントエリアの外にいたはずだろ!?)」
OBは驚愕を隠せないでいた。大地はゴール下に飛んだボールにすぐさま反応し、猛スピードでブロックに向かい、失点を阻止した。
ブロックされたボールをOB側が確保する。
「くっ! もう一度だ! もう一度――」
――ポン…。
「っ!?」
「油断大敵♪」
ボールを拾い、もう一度切り替えようとした時、いつのまにか後方に回り込んでいた空にボールをはたかれる。
「大地ぃっ! 走れッ!」
ボールを拾った空は前方へとボールを放り投げる。
「走ってますよ!」
すでに走っていた大地がボールを受け取り、ドリブルを始める。
「っ! 戻れぇっ! 戻れぇっ!」
OB達が急いで自軍ゴールへと戻る。だが…。
「…お、追いつかねぇ…」
猛ダッシュで大地を追いかけているにもかかわらず、OB達はドリブルをしている大地に追いつかない。それどころか引き離されていく。
――バスッ!!!
大地は難なくレイアップで沈める。
「くっ、…くそっ…!」
OB達は悔しげな表情を浮かべる。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
試合は、田仲の当初の不安とは反し、在校生側が圧倒的な優勢で試合を進めていた。
OB達は数的有利の状況にもかかわらず、圧倒的劣勢を強いられた。
パスをとにかく回して試合を進めていくのだが、絶好のポジションでボールを受け取っても、シュート体勢に入る頃には空か大地がチェックに詰めており、すぐさまブロックされる。
ブロックされないために無理なクイックモーションでシュートを打つも、当然ながら、そんなシュートが入るはずもなく、たまにマグレで決まるのが関の山。アウトサイドシュートを得意とする選手もいないため、3Pシュートも同様だ。
開き直ってドリブル突破を試みようとしたが、あっけなくスティールされる。
そして試合は終盤、残り時間は十数秒。
在校生 21
OB 6
点差はトリプルスコア以上に離れ、試合結果は既に決まったも同然である。
「くそっ! くそぉぉぉーーーっ!」
OB達が絶叫上げながらシュート体勢に入る。…だが。
――バシィィィッ!!!
空のブロックショットがさく裂する。
「(くそぉ! こ、こいつも高すぎる!)」
ブロックされたOBは空の跳躍力に驚愕する。空の身長は大地よりさらに低い177㎝。にもかかわらずその高さは常軌を逸していた。
「おら!」
ボールを拾った空が前方へと放り投げる。既に走っていた大地がボールを受け取り、ドリブルを始める。OB達は試合の勝敗がほぼ決していることと、疲弊してしまっているため、後を追えず、その場に立ちすくんでいる。
「ラストだ! 派手にかましてやれ!」
空から注文が飛ぶ。
「まったく、仕方ありませんね」
――ダン!!!
大地は苦笑しながらフリースローラインの少し先から跳躍する。
「えっ!?」
「ま、まさか!?」
それを見つめる者達から驚愕の声が漏れる。
大地はボールを持ったまま跳躍し、グングンリングへと近づいていく。そして…。
――バキャァァァッ!!!
大地のワンハンドダンクがさく裂した。
『うおぉぉぉーーーっ!!!』
それと同時に絶叫の声が上がる。
『ピピィィィーーーッ!!!』
「し、試合終了!」
ここで審判から試合終了を告げる笛とコールがされる。
在校生 23
OB 6
試合結果は空と大地2人の圧勝。
『ハァ…ハァ…』
その結果をOB達は息を切らしながら信じられないと言った表情で見つめる。それに対し、空と大地は平然としている。
パスを中心に組み立てたOB達に対し、数的不利な状況でのブロックや実質的なゾーンディフェンスのドリブル突破など、運動量はOB達の3倍以上。にもかかわらず大して息を切らしていない。
「俺達の勝ちです。約束どおり、今後、このバスケ部に関わらないでください」
空がOB達に当初に取り交わした条件を告げた。
「……知るかバーカ!」
OB達はその条件を了承……をせず、暴言を吐いて立ち上がり、空達に詰め寄ってくる。
「あ~うぜ。もういいや。こんなバスケ部、潰してやるよ?」
他のOB達もその言葉に呼応するように指の骨を鳴らすなどの威嚇行為を行う。
「手ぇ出しても構わねぇぜ? ま、そうなったらバスケ部がどうなるかは分からねぇけどなぁ」
OB達が下卑た笑みを浮かべる。
「…クズが」
思わず空の口からそんな言葉が漏れる。OB達が掴みかかろうとしたその時…。
――ガラッ!!!
突如、体育館の入り口が開かれる。
『ひっ!』
OB達の口から悲鳴にも似た声が漏れる。そこから現れたのは身長は180㎝を超え、30代半ばほどの年齢で、パンチパーマでいかつい顔に色メガネをかけた、一見して堅気には見えない者だった。
「…呼ばれて来てみれば、なんじゃいこいつらは…」
現れたパンチパーマの男は体育館の中央に集まるOB達の下へゆっくり歩み寄っていく。
「お、俺達はバスケ部のお、OBでして…」
OB達はビビりながら説明する。
「ほう?」
パンチパーマの男は答えたOBに歩み寄り、下から覗きこむ。
「っ!」
そのOBは完全にビビり、目を逸らす。
「ほんならもう部外者じゃ、とっとと帰らんかい」
「…」
OB達はビビりすぎたため、言葉も発することも何もできない。
「帰れ言うとるじゃろがぁっ!!!」
『す、すみませぇぇぇん~!!!』
パンチパーマの一喝により、OB達は一斉に荷物を持って出口へと逃げ去っていった。
「なんやあいつら…まぁええわ。田仲ぁっ、約束どおり来てやったぞ」
男は田仲の方に向き直りながら言う。
「ええっと、こちらの方は…」
空はビビりながらおそるおそる尋ねる。
「今年からこの学校に赴任された龍川先生ですよ。始業式のおりに挨拶されたでしょう?」
「…スマン、寝てた」
空は、始業式が始まると同時に爆睡していた。
「(そういや、途中でどよめきがあったような…)」
田仲が龍川と呼ばれた先生の横に並び紹介を始める。
「みんな知っていると思うけど、今年からこの学校に赴任された龍川先生で、バスケ部の顧問及び指導をお願いしていたんだ」
「まだするとは言うとらんがのう」
『…』
バスケ部の面々は固まっていた。
「龍川先生は前の学校でバスケ部の指導されていて、実績もある方なんだよ」
「そんな大したもんやないわ。…とりあえず…、そこのガキ2人ぃ…」
龍川は空と大地に向き直る。
「さっきの試合、途中からやけれど、見させてもらったわ。なかなかええもん持っとる。お前らに1つ聞く。…お前ら2人の目指すもんはどこや?」
龍川は真顔(傍から見たらメンチ切っている)で2人に尋ねる。
「…まあ、目先の目標として今年の全中大会を優勝するつもりですよ」
「ほう…」
「全中を制し、高校に進学したらそれを手土産に…」
「「キセキの世代を俺(私)達の手で倒します!」」
空と大地は自分達の目標を龍川に告げる。
『…』
それを聞いて周りの部員達は沈黙する。
挑む者に絶望を抱かせる10年に1人の天才。キセキの世代の実力はバスケを志す者にとっては周知のことである。
だが、今の試合を見た部員達は『この2人ならもしかしたら…』と考える者もいる。
それを黙って聞いた後、龍川は…。
「クックックッ! あのバケモンどもを倒すか。…身の程知らずだが、…ええじゃろう!」
龍川は笑みを浮かべると、空と大地の肩をパンパンと叩く。
「その目ぇと覚悟。気に入ったわ! 今日からお前ら指導しちゃるわ!」
「痛たた…よ、よろしくお願いします」
「ご指導ご鞭撻。よろしくお願いします」
空と大地は新しい指導者となった龍川に頭を下げる。
「お前らも、ワシが全中取らしたる! しっかりついてこい!」
『はい!』
※ ※ ※
かくして、2年ほど不在であったバスケ部の監督が決まり、新生星南中学バスケット部が始動した……。
続く