転がっていったボールを追いかける空。ボールが1人の男の足元に転がっていく。
「(何だ、こいつ? 背は、俺よりデケェな、多分、190㎝くらいあるか?)」
ボールを拾ってくれた男を目の当たりにし、空はそんなことを考える。
男はボールを拾うと徐にボールを突きはじめ、薄っすらと笑みを浮かべながら空に対し、ボールを奪ってみろと言わんばかりに挑発を始める。
「…ムッ」
その行動が、空の勘に障る。
空は全中優勝校の司令塔。そして、MVPを獲得したプレイヤー。その実力には自信がある。
「(おもしれぇ。その舐めた態度、すぐに黙らせて――)」
「君の左から抜けるよ」
男が予告染みた言葉を挿む。
「えっ?」
――ダムッ!!!
「っ!?」
それと同時に男が予告どおり空の左側からドライブで切り抜けていく。そのあまりのスピードとキレに、空は棒立ちで抜かれる。
男はリングに向けてどんどん加速していく。一部始終見ていた大地も瞬時にディフェンス体勢に入る。
「クロスオーバーからのバックロールターン」
「っ!」
男が再び予告を入れると、右左とボールを突き、クロスオーバーで大地の左側を抜けようとする。
「…ぐっ!」
大地も何とかそれに反応し、追いすがっていく。
――ダムッ!!!
「なっ!?」
男はそこからバックロールターンで大地の横に反転しながら逆に回り、大地をかわす。そして…。
――バキャァァァッ!!!
そのまま跳躍し、リングに背を向けながら片手でボールをリングに叩き付ける。
「「…」」
男のスピードとキレの良さに2人は目を見開く。
ボールが地面に弾むと、男は着地する。転がったボールを拾うと、器用に人差し指で回し始める。
「君達、星南中の神城空、綾瀬大地だろ? どうだい? 暇なら、俺と少し遊ばないか?」
男が空と大地にそう告げる。
「…ああ、もちろん」
「お付き合いしていただけるのなら、こちらとしても幸いです」
男の提案に、2人は好都合とばかりに笑みを浮かべながら了承する。
「そうこなくっちゃ」
提案に応じてくれたことに、男は爽やかな笑みを浮かべる。
「そうだな…、とりあえず、オフェンスディフェンスそれぞれ5本勝負。そっちのオフェンスは1人1回ずつ。こっちがオフェンスの時は2人がかりでいいよ」
「「…っ!」」
向こうのオフェンス時は2対1。この、余裕とも取れる態度に、2人はカチンとくる。
「…舐めてるんですか?」
「今の君らならそれで充分だろうさ」
男は淡々と答える。
「…心外ですね。我々はこれでも――」
大地が喋り終えるよりも早く…。
「知ってる。全中王者のエースと司令塔だろ。そんな肩書きはプレーには関係ない。…御託はいいから1本でも決めるか止めてみな」
その言葉に2人に完全に火が付く。
「舐めやがって、その余裕、すぐに消してやるよ!」
「こうも侮られてはいい気分ではありませんね。…覚悟してください」
…こうして、戦いの火蓋は切って落とされた…。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
――バキャァァァッ!!!
「「っ!?」」
男のワンハンドダンクが炸裂する。
大地を抜群のキレ味のレッグスルーでかわし、ボールを持ってジャンプ。ブロックに飛んできた空を空中でかわし、反転してボールをリングに叩き付けた。
突如、始まった勝負。だが、空も大地も、この男に手も足も出ず、オフェンス時はあっさりボールを奪われ、ディフェンス時は2人がかりにもかかわらずあっさり抜かれてしまう。
「く…そ…」
成す術もなくやられてしまう結果に、空の口から悔しさが漏れる。
既に、相手のオフェンスは1度も止めることが出来ず、全て決められてしまった。
「(くそっ! …この人、桁違いだ。前に見たインハイの時の青峰と黄瀬と同等…いや、それ以上だ…)」
始めにやられ、勝負が始まってからは一切の油断を捨て、全身全霊を持って勝負に臨んだ。だが、それでも手も足も出なかった。
――ダムッ…ダムッ…。
空がゆっくりボールを突き、様子を窺う。
「(俺の全速でこいつをちぎってやる。もっと…もっと早く…)」
空はスピードを意識し、腰を深く落とす。
「行くぞ!」
空が全身全霊、自身の最速をもってドライブで切り込む。
――ポン…。
「あっ!?」
だが、切り込む寸前、空の手元にあったボールは弾かれてしまう。
振り返る空。
「スピードを意識し過ぎるあまり、手元がお留守だよ」
男はボールを人差し指で器用に回しながら告げる。
「…」
空は言葉を失う。全中大会、帝光中ですらまともに止められなかった自身のドライブがいとも簡単に止められてからだ。
「次は私です」
大地が男からボールを受け取る。
「(悔しいですが、現状の私ではまともやり方では敵わない。相手の虚を突かない限りは何度やっても結果は同じ…)」
大地は男をキッと睨み付け、構える。
「(フェイクを1つ入れましょう。空も私も、この勝負ではまだ1つも入れていません。今なら虚を突けるはず…!)」
大地をフェイクを1つ入れ、そこからのドライブで抜けようとする。
――バチィィッ!!!
「なっ!?」
フェイクを入れ、ボールを下げた瞬間はたかれ、ボールを奪われる。
「フェイクをかけるのはいいが、手元のボールを疎かにするなよ」
男はフェイクにかからず、大地がシュートフェイクを入れた瞬間の一瞬の隙を突いてボールを奪った。
「…」
大地は動揺を隠せず、茫然とする。
「じゃ、今度は俺の最後のオフェンスな」
「「っ!」」
空と大地はディフェンスに回る。
「「…」」
2人は腰を落とし、今日の最大の集中力、最高警戒モードで備える。
「…」
男はゆっくりボールを突き、機会を窺う。
「(…ふふっ、若いな)」
男は心中でそう呟く。男は突いていたボールを両手で掴み…。
――スッ…。
「えっ?」
「うそっ!?」
地面に足を付けたままシュートを放った。
この、予想外の選択に、空と大地は一切反応出来ず、ただただボールを見送る。
――ザシュッ!!!
ボールはリングに一切触れることなくリングの中央を通過する。
「ふふっ、毎回ドリブルで仕掛けるとは限らないよ? さあ、君達の最後のオフェンスだ」
微笑みながら空にボールを渡し、ディフェンスに回る。
「ちっくしょう! 最後の1本、ぜってぇ決めてやる!」
結局、1度も止めることが出来なかった相手のオフェンス。せめて、最後のこちらのオフェンス、1本でも決めると気合を入れなおす空。
――ダムッ…ダムッ…。
ボールを突きながらチャンスを窺う空。
「(まともな攻め方じゃこの人は抜けない。…だったら、これしかねぇ!)」
――ダムッ!!!
空が一気に切り込む。
「むっ?」
空が切り込んだと同時に足を滑らせ、男に背中から倒れ込む。それに唸り声をあげる男。
「(かかった!)」
――ダムッ!!!
「おっ!」
スリッピンスライドフロムチェンジ。ディフェンスに背中を向けて倒れ込んだかのように見せかけてボールを切り返しながら起き上がって抜き去るストリートで使われるドリブル。
全中の決勝で空が1度だけ見せたドリブルで仕掛ける。
これには男も意表を付かれたのか、空に抜き去られる。
「よっしゃぁ!」
抜き去ったのと同時に空は跳躍する。
「くらえ!」
空がボールを片手に持ち替え、ダンクの体勢に入る。ボールをリングに叩きこもうとしたその時!
――バチィィィッ!!!
「っ!?」
手に納まったボールは後方から弾かれてしまう。
「ふぅ、今のは危なかった…」
男はフゥと一息吐き、着地する。
「マジかよ…、俺のとっておきを初見で…」
切り札を初見で破られた空はその場で立ちつくし、茫然とする。
「それじゃ、最後、君の番ね」
ボールは大地に渡される。
「(せめて1本決めなければ…、空のためにもせめて一矢だけでも…!)」
空の雪辱を果たす意味でも、何としてもこの1本はと、気合を入れる大地。
大地の最後のオフェンスが始まる。
――ダムッ…ダムッ…。
ゆっくりドリブルを開始し、切り込むタイミングを窺う。
――ダムッ!!!
大地は一気に加速し、ドライブで切り込む。
当然、男は難なく付いていく。
「(ここです!)」
大地は切り込むのと同時に高速でバックステップ。
「っ!?」
これには男も驚きの表情を浮かべる。
大地はバックステップと同時にボールを掴み、シュート体勢に入る。
「(これで!)」
大地の指からボールが離れる。
――バチィィッ!!!
「なっ!?」
ボールが放たれるのと同時に男に弾かれてしまう。
「…とんでもないな、今の」
先程と同じくフゥッと一息吐いて着地する。
「これですら、ダメなのですか…」
切り札が通じなかったことに大地は茫然とする。
「おいおい、嘘だろ…」
空も冷や汗を流す。
結局、オフェンスが互いに1本も決められることが出来ず、ディフェンスは2人ががりで1本も止めることが出来なかった。
「もう1回! もう1回頼むよ!」
空が泣きの1回を要求する。
「あーダメダメ。今日はもう終わり。それより、少し俺と話をしないか? 神城君、綾瀬君」
※ ※ ※
「はい、俺の奢りだ」
男は傍の自販機で買ってきたスポーツドリンクを空に、大地にお茶を手渡した。
「どうも」
「ありがとうございます」
2人は礼を言い、受け取る。
「えーと…」
「ああ、俺は三杉誠也だよ」
「三杉さん、すげぇ上手いですね。見たところ、俺より年上みたいだけど、高校生? …いや、違うか、大学生ですか?」
「いや、高校生だよ。今年2年のね」
男は同じく自販機で買ってきた水を口にする。
「…ですが、それほど実力を有しているならもっと名が知れていてもおかしくはないはずですが…」
大地の疑問に三杉と名乗った男は…。
「ああ、先月まで数年間アメリカにいたからね。日本で俺を知る奴はほとんどいないだろうね」
「へぇー、アメリカ…アメリカ!?」
その回答に、空は驚愕する。
バスケの本場とも言えるアメリカ。そこでバスケをしていたことに2人は驚愕する。
「本場仕込みの…だからあれだけの実力を…」
「まあ、俺のことより…、君達、雑誌で知ったんだけど、来年、キセキの世代と戦うつもりなんだろ?」
三杉は話題を変え、唐突にそう切り出す。
「よく知ってますね」
「ええ、そのつもりです」
空と大地はそう答える。
「結論から言うと、君達はキセキの世代には遠く及ばない。来年、仮に戦うことになったとしても、君達は惨敗するよ」
「「っ!?」」
三杉のその言葉に、2人は不機嫌な様相になる。
「彼らの資質、実力共に一級品だ。『キセキ』という名に偽りはない。はっきり言って、今の君達とは次元が違う」
淡々と告げていく三杉。
「今すぐ敵わなくても、いつか必ず――」
「無理だろうね」
三杉は空の言葉を遮りながら言葉を挟む。
「君達は未完の大器だ。これからまだまだ伸びる。けど、それはキセキの世代も同じことだ。彼らもまた、これからどんどん伸びていくだろう」
「「…」」
「君達が成長する間、彼らもまた成長する。その差は埋まることはない。来年、彼らの敵になったとしても、結局、差は埋まることなく、彼らは卒業していくだろう」
三杉の口から語られる衝撃の言葉。
「だったら…だったら何だと言うのです? 彼らを倒すのを諦めろと?」
大地は少々語気を荒げながら三杉に問う。
「強大だからこそ面白いんじゃないですか。強敵と戦ってそれに勝つ。それが面白いからバスケをやってんですよ」
空は笑みを浮かべながら三杉に自身の意思を告げる。
三杉は2人の固い決意を聞き…。
「…フフフッ、ハハハハハッ! やっぱり、君達は面白い。俺の思ったとおりだ」
三杉は2人の意思を聞いて笑みを浮かべる。
「やっぱ、バスケやってて面白いのは、自分より強い奴を戦って勝った時に他ならないよな」
「「?」」
三杉は満足げに笑い声を上げる。そんな三杉を見てクエスチョンマークを浮かべる空と大地。そして、三杉は立ち上がり、少し歩くと、空と大地の方に振り返る。
「さてと、実はここからが本題だ。今日、俺が君達に会いに来た理由は、2人を誘いに来たんだ」
「「誘いに?」」
「神城空、綾瀬大地。君達2人を、花月高校にスカウトしたい」
三杉は真剣な表情で2人に問いかける。
そして、三杉は自身の事と、2人を誘う経緯を話しはじめる。
「俺は花月高校付属中学に入学した。そこは、決してバスケが強い中学でないんだが、そこには海外への留学制度がある。アメリカの姉妹校へのな」
三杉はボールを拾い、指で回しはじめる。
「帝光中に行って、抜群の環境でバスケをする選択肢や、あるいは、君達のように帝光中を倒す道もあったが、俺にはそれを選ぶ選択肢はなかった。何せ、当時の帝光中はレベルが低すぎたからな」
当時の帝光中も決して低レベルではなかったが、つい先ほど三杉の実力を知った2人からすると納得できるものだった。
「キセキの世代がもう1年早く上がって来ていれば話は変わったんだろうが、当時の俺は、自分をより高見に昇るため、もっと強い相手戦う為、俺はアメリカに留学した。そこで先月まで過ごしていたんだが、花月高校の理事長から帰国の要請があってね。最初は断っていたんだが、同封されていたキセキの世代の試合映像を見て気が変わった。キセキの世代と戦ってみたくなった」
「「…」」
「同じ日本人で、俺と同等の資質を持ち、俺と互角に戦える可能性がある5人の逸材。それを知っちまったら、戦わずにはいられない。…どうだ? 俺と一緒に、キセキの世代と戦ってみないか?」
三杉は2人に問いかける。
「…あんたと一緒なら、キセキの世代にも勝てるんだろうけど、それじゃ、意味がないんですよ」
「ええ。私達は、私達の手でキセキの世代を倒したいのですよ。あなたの助力で倒したのでは意味がありません」
2人の力でキセキの世代を倒したい空と大地は、この提案を受けることが出来ない。
「そこで、さっきの話に戻るんだが、君達はまだ、キセキの世代には遠く及ばない。だが、花月高校に来てくれるのなら、俺が君達を、キセキの世代と互角に戦えるところまで連れていってやる」
「「…」」
「それに、俺が日本に滞在するのは、来年のインハイまでだ。それが終われば、またアメリカだ。キセキの世代と戦いたいのなら、その後に好きなだけ戦えばいい」
三杉は回していたボールを2人の足元に放る。
「明日、またここに来る。その時に答えを聞かせてくれ」
三杉は後ろ手に手を振り、公園を去っていった。
そして、公園に、空と大地だけが残されるのだった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「「…」」
一連の話しを聞いて、思案に耽る2人。
「大地、花月高校って、知ってる?」
「…知識程度ですが、同じ、静岡県にある、中高一貫の高校です。海外への留学制度があり、基本的には中学からのエレベーター式に高校に上がるのですが、外部からも募集をかけています」
「へぇー」
「バスケの強さは静岡県で中堅クラスですが、そこのバスケ部はあることで全国的にも有名でもあります」
「あること?」
「そこの練習量は全国でも右に出る高校がないほどに厳しいらしく、毎年、入部しても1年後には数人、酷い時には全滅する年もあるらしいのです」
「…そんなにすげーんだ」
空は頭の後ろで手を組んで空を見つめる。
「とまあ、私の知ってる限りのことはこの程度です」
「説明サンキュー」
礼を言うと、2人は再び沈黙をし、思案に耽る。10分程、押し黙っていると…。
「…いろいろあり過ぎて、考え纏まらねぇわ。家に帰ってゆっくり考えることにするよ」
「…そうですね。一度、頭を冷やした方が良さそうですね」
2人は立ち上がり、公園の外に出ると、軽く挨拶を交わしてそれぞれ帰宅するのであった。
※ ※ ※
公園から出た三杉。
「…何だ、健じゃないか? 近くまで来ていたのなら一緒に来れば良かったのに」
目の前に現れた身長2メートルを超える厳つい顔の男、堀田健に穏やかな笑みで話しかけた。
「…たまたま近くに来たから寄ったまでだ…それより、何故あの2人をうち(花月高校)に誘った?」
「…君も全中の決勝を見ていたのなら分かっているだろう? あの2人もまた、俺達やキセキの世代と肩を並べる程の資質の持ち主であると」
「それは俺も理解している」
「あの2人、良く似ている。昔の俺達と…アメリカに挑戦したばかりの俺達に…。だからこそ、危うい」
「危うい?」
「あのまま2人を放っておけば、来年、肉体的にか、あるいは精神的に潰れてしまうだろう。だから、彼らには正しく導いてやる必要がある」
「それをお前がすると?」
「そう出来るかどうか確証はないけど、俺は、彼らを導き、道を示してあげたい。その才能をいかんなく伸ばす手助けをしてあげたい。アメリカが俺達にそうしてくれたように」
堀田健は暫し黙って話を聞き、フッと笑みをこぼす。
「お前は相変わらずだな。…だが、あいつらが来てくれる保証はまだないぞ?」
堀田がそれを言うと、三杉は困った表情を浮かべる。
「そうなんだよな~。振られたらどうしよう。女の子には振られたことないんだけどな~」
「…嫌味か。今日はもう用事は済んだのだろう? だったら帰るぞ」
「了解。…明日が楽しみだ」
2人は駅に向かって歩いていくのだった。
※ ※ ※
異国の空からの天才と次世代の挑戦者が邂逅する。
この出会いがいったい何をもたらすのか…。
続く
一応、今回登場した2人の簡単なプロフィールを…。
三杉誠也(みすぎ せいや)
身長 :190㎝
体重 : 88キロ
ポジション:PG SG SF PF(要はセンター以外)
アメリカ帰りの選手。オールラウンダーで、プレイスタイルは後程…ただ、キセキの世代同様、デタラメな選手です。
見た目や顔のイメージはテニスの王子様の幸村精市。
堀田健(ほった たけし)
身長 :204㎝
体重 :110キロ
ポジション:C PF
同じく、アメリカ帰りの選手。同じくプレイスタイルは後程…。とりあえず、圧倒的パワーと身体能力を生かした選手ですとだけ…。
見た目の顔やのイメージはスラムダンクの赤木剛憲。
そういえば、肝心な空と大地のイメージをまだ説明してなかった…Orz
いずれ、投稿します。
それではまた!