第3Q、残り4分20秒。
星南 39
帝光 48
帝光中、タイムアウト。
度重なるターンオーバーによって失点を重ね、18点もあった点差を一桁の9点まで詰められてしまう。
池永が星南のゾーンディフェンスの強引な突破を試み、ファールを取られ、そこで帝光がタイムアウトを取った。
※ ※ ※
「点差、9点まで縮まっちゃったね」
試合を観戦していた桃井が心配そうな面持ちで呟く。
「何やってんスかね。高さで勝ってんスから、それで攻めれば楽勝じゃないッスか」
呆れ顔の黄瀬。
「バカめ。だからお前はダメなのだよ。高さの優位性はとっくに解消されているだろう」
緑間はそんな黄瀬に溜め息を吐きながら言う。
「? …どういうことスか?」
緑間の言うことが理解出来ない黄瀬。
「ゾーンディフェンスだ」
答えが分からない黄瀬に赤司が回答を出す。
「インサイドは人数をかけて勝負することで星南は高さの不利を消している」
「あ~、そういうことッスか」
黄瀬はここでようやく理解する。
「ゾーンディフェンスを攻略できなければ、後輩達に勝ちはない。相手が中を固めているなら、決まりやすくなる外から攻めるのがセオリーだが…」
ここで赤司は緑間をチラッと見る。
「真太郎のように試合を通じてスリーを決められる者など稀だ」
「…」
緑間は無言でメガネのブリッジを押し上げる。
「そんなまどろっこしいことしなくても、俺なら中からまとめてひねり潰すけど~」
紫原がポテトチップスを頬張りながら言う。
「敦なら可能だろうが、そんなことが出来る者もまた稀だ」
赤司はフッと笑いながら答える。
「ファ~…、情けねぇ。あの程度のゾーンくれぇぶち抜けってんだ」
青峰が欠伸をしながら言う。
「この場合、それは1番の悪手なのだよ」
緑間は青峰に呆れ顔を向ける。
「星南。聞いたことないッスけど、なかなかやるッスね」
「そうだね。だが、1番褒めるべきなのは、星南の監督だ。付け焼刃でないところを見ると、この試合に照準を合わせて練習してきたのだろう。さすがは闘将、龍川監督だ」
「赤司っち、相手の監督のこと知ってるんスか?」
「ああ。かつて、大学で指導をしていた監督だ。関東2部の下位の大学を1年で1部に押し上げ、その2年後には公式戦で優勝にまで導いた名監督。闘将、龍川昭二」
「! そうか。どこかで見た顔だとは思ったが…」
緑間がハッとした表情をする。
「それはさておき…、ここからの試合だが、独力でゾーンディフェンスを破れない以上、チームでの連携が必須。だが、今の状況を見る限り、それは期待できそうにない。真田監督はここでどういう指示を出すか…」
※ ※ ※
「よーし! いい調子だぞ!」
星南ベンチ。空と大地の活躍により点差が詰まり、沸き上がるベンチ内。
「空先輩、大地先輩、マジですごいですよ!」
タオルとドリンクを持ってきた後輩達は興奮を隠せない。
「ああ、絶好調だ。今なら何でもできそうな気がするぜ」
空は笑顔で答えていく。
「こんな感覚、初めてです。何というかこう…力が溢れてくるというか、全てが思い通りなる。そんな感覚です」
大地が自分の手のひらを見つめながら喋っていく。
「俺も俺も。こんなのバスケやってて初めてだ」
空も同様の感想を抱いていた。
「おら、ガキ共! ピーピー騒ぐのも大概にせぇ! タイムアウトの時間は限られとんのじゃ。まだこっちが負けとるのを忘れんな!」
ここで龍川の檄が飛び、緊張感に包まれる星南ベンチ。
「…とはいえ、ええ調子や。神城、綾瀬。お前らに言う事はない。お前らの自由にやったれ。ワシが許す」
「オス!」
「はい!」
龍川の賛辞とも取れる言葉に喜びながら返事をする。
「次に、田仲、森崎、駒込!」
『は、はい!』
呼ばれた3人は背筋を伸ばしながら返事をする。
「…相手は腐っても帝光じゃ。レベルはお前らよりも格段に高いのう。1ON1なら、まず勝ち目はないじゃろう」
『…』
現実と事実を突きつきられ、落ち込む3人。
「じゃがのう、お前達は帝光を止めとる。1人1人では劣っておっても、試合でなら戦えるんじゃ。お前達は帝光と対等に戦えるだけのものを持っとる。お前達の武器、ここで見せてみい!」
『はい!』
「ここからは大まかな指示はない。お前達がこれまで積み上げてきたもんを全部吐き出せ!」
『はい!』
5人は大きな声で返事をし、さらに気を引き締める。その表情は気合に満ち、恐れている者は1人もおらず、全員が覚悟と決意に満ちた表情であった。
「(さて、向こうはどう出るか…。このまま何もせんかったら、試合は決まるで。のう…真田よ…)」
龍川は相手ベンチ、帝光ベンチで選手達の前に立つ真田の方を見やった。
※ ※ ※
一方、帝光のベンチ。
「くそっ!」
池永が憤りながらベンチに備え付けてある椅子を蹴り飛ばす。
「…うるさいなぁ。物に当たんなよ鬱陶しい」
それに対して水内が不快感を出す。
「ちっ! …つうか監督、こんなところでタイムアウトなんか取らないで下さいよ。これじゃ、俺達がおされてるみたいに見えるじゃん」
池永が真田に抗議する。
「必要だから取ったまでだ」
それに対して特に表情を変えることなく淡々と答える。
「…ちっ! ホントつかえねぇ…」
それに対して池永は暴言を吐くが、真田は気に留める素振りを見せない。
『…』
帝光ベンチの空気は重く、誰も言葉を発しようとしない。まだ帝光がリードしているのにも関わらず…。
暫しの沈黙の後、それを破るように真田が口を開く。
「この試合、このままならうちは負ける」
「…あっ?」
「もはや9点のリードなどあってないようなものだ。早ければこのクォーター中に、第4Q早々には点差はひっくり返るだろう」
真田は淡々と言葉を続けていく。
「はぁ? うちが無名校に負けるとかありえないでしょ。今のギャグにしてもつまんないですよ? 頭大丈夫ですか?」
池永は薄ら笑いを浮かべ、自分の頭を人差し指でトントンしながらバカにするように言う。
「本当にそう思っているのなら、もう勝敗は決したようなものだ」
真田は表情1つ変えず、ただただ現実を突き付けていく。
「お前達はいつまで王者を気取っているつもりだ? お前らが掲げている栄光は、お前達の先輩達が得たものであってお前達のものではない」
『…っ!』
その言葉に帝光選手達は黙り込む。
「つまらんプライドにすがってこの試合を捨てるか、つまらんプライドを捨てるか…。私から言えることはそれだけだ。後は自分達で考えろ」
それだけ言うと、真田はベンチから離れていった。
『…』
再び静まり返る帝光ベンチ。その沈黙を池永が破る。
「…ボール拾ったら俺に全部よこせ。俺が突き放してやる」
「はぁ? 何言ってんの? マジ、真面目に考えてほしいね」
その発言を沼津がバカにするように否定する。
「俺で攻めるのが1番確実だろうが。沼津、てめぇ今日何本スリー決めたよ? スリー以外取り柄がねぇカスなんだから最低限の役割くらい果たせよ」
「…自分より10㎝も小さい奴にバカスカブロックされまくってる奴が何ほざいてんの? マジ、ウザいんですけど?」
「んだと、てめぇ!」
冷たくあしらった沼津の言葉に腹を立て、掴みかかる池永。
「やめろ池永! 喧嘩してる場合じゃないだろ!?」
それを止めようとする河野。
「うるせぇよ。チームでただ1番でかいだけでスタメンのセンターやりやがってよ。あんなチビ共に何点取られてんだよ? 仕事できねぇならとっとと下がれよでくの坊」
「…なんだと? オフェンスばっかでろくにディフェンスもしない。しても無様に抜かれるだけのお前が言えることか? 今ではろくに点も取れてないくせによ」
「…ぶっ殺されてぇのか」
今度は河野と睨み合う池永。
「いい加減にしろ!」
喧嘩を始めようとしている3人に苛立った新海が怒声を上げる。
「場所と状況を考えろ! いいか、俺達は帝光中バスケ部だ。そのことを忘れるな。帝光中の理念は勝つことだ。くだらないプライドなど捨てて、もっとチームの為に――」
「黙れよ…」
そんな新海の言葉を池永が低い声で制しする。
「キャプテンだからってエラそうに説教してんじゃねぇよ。この際だから言っとくけどよ、俺はお前をキャプテンと認めてねぇんだよ。そう思ってんのは俺だけじゃねぇぞ」
『っ!』
その言葉に帝光の選手達は身体を震わせる。池永の言葉に同意なのか、唯一、スタメンだけはその言葉に対して何の反応も見せなかった。
「帝光の為、チームの為だぁ? ハッ! 笑わせんなよ。俺は知ってんだよ。…お前、洛山から…赤司先輩から誘われてることをな」
「っ!?」
新海は思わず目を見開く。
「洛山!? マジかよ!?」
その事実に帝光の選手達は驚愕している。
洛山高校とは、ウィンターカップ・インターハイの開催時から連続出場し続け、出場・優勝回数は全校最多の超強豪校。ウィンターカップ開催第一回目の優勝校であり、高校バスケ最古にしても最強とも目され、『開闢の帝王』と通称されている高校である。
「聞いたぜ、全中大会の優勝が洛山のスカウトされる条件らしいな? そりゃ、何が何でも優勝してぇよな? チームの為とかほざいてはいても結局お前も自分の為にやってんじゃねぇかよ」
「待て! その話は事実だが、俺は――」
新海は必死に説明しようとするが…。
「…何それ? 自分だけずっる~。俺なんかまだどこからも声かけてもらってないのに…」
「そういえば、お前、赤司さんに媚び売ってたよね。あー羨ましい、そんなことでキャプテンになれて、スカウトされんなら俺ももっとお近づきになっときゃよかったよ」
「何か、俺達の実績が新海1人の手柄になってるみたいで気分悪いわ」
次々とスタメンが悪態を吐き始める。
「……っ!」
それは違うと訂正したい新海だったが、もはや、帝光選手達は自分達を利用して洛山のスカウトをモノにしたいだけの卑しい者という目で新海を見ており、口を開いても醜い言い訳にしかならないことが分かっているのでそれも出来ずにいた。
「……何でお前なんだよ」
池永がボソリと低い声で囁くように言う。
「何でお前なんだよ! 帝光で1番上手いのは俺だろ!? 何で俺じゃなくてお前なんだよ!? …納得できねぇよ…」
池永は新海のユニフォームを掴みあげながら叫ぶ。その表情は前半戦までの余裕や嘲笑の表情はなく、ただただ悲痛に満ちていた。
『…』
そんな池永を見て、再び静まり返る帝光ベンチ内。
今年の帝光中は、去年と同様、そこにチームワークは存在せず、打算のみで繋がっている薄い関係。順調な内はそれでも問題ないが、ひとたび上手くいかなくなったり、追いつめられれば簡単に崩れてしまう程に脆い。
去年、それでも上手くいったのは、キセキの世代という、10年に1人の逸材が5人もいたためだ。だが、今年の帝光は優れてはいてもそれは周囲から頭1つ抜けている程度。
そして、目の前の相手の中にはスタメンの5人を凌ぐ天才が2人もいる。
『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』
ここでタイムアウト終了のブザーが鳴る。
結局、タイムアウトを取ったものの、何1つ作戦も対策も立てることが出来なかった。
帝光のスタメンの5人は不安の面持ちのままコートへと向かったのだった。
続く