第2Q終了。
星南 28
帝光 46
帝光中が18点リードで試合の半分が終了する。
「一時は20点差付いたが、最後に綾瀬が決めて、点差はギリギリ10点代だ。どうにか理想の形で折り返すことができたな」
前半戦を観戦していた小牧が背もたれにもたれかかりながら感想を言う。
「…でも、あくまでも首の皮一枚繋いだに過ぎない。星南は後半で何か手を打たなければ点差はどんどん開くばかりだ」
隣の席に座っている生嶋が神妙な表情で今の現状を話す。
「何かって…、星南は1対1では勝てない。頼みの綱の神城と綾瀬も自分のマッチアップ相手で手一杯。手はあるのか?」
「…分からない。でも、何もしなければ星南の勝ちはない。…やはり、カギを握るのは…」
「…神城と綾瀬、か」
城ケ崎中の生嶋、小牧共に、自分達を大いに苦しめ、敗北へと追いやった神城と綾瀬が勝利のカギを握ると予想。
「頼むぜ。お前らが負けたら、今年の全中参加校全員が帝光中の奴等にバカにされたまま終わっちまう…!」
生嶋、小牧、そして、この試合を観戦する全中参加校の全ての選手達が星南中に期待を込めた。
※ ※ ※
「あれー? たったの18点差かー。しょぼー」
「最後に気を抜きやがって。集中が足りないぞ」
「カリカリすんなよ。後半になりゃもっと点差が付くからよ」
「楽勝だよ楽勝」
「早く終わんねぇかなぁ。相手たいしたことないから俺後半下がろうかなぁ…」
帝光中に選手達は大量のリードを奪っての前半戦を終えたことにより、余裕が見られる。各々が軽口を叩きながら控室に下がっていく。
『…っ!』
半ば悪口とも取れる発言を繰り返しているが、星南中の面々はただ歯を食い縛ることしかできなかった。
点差は18点。だが、内容的にはもっと離れていても不思議ではなかったからだ。
1対1では攻守共に勝ち目がない。頼みの綱である空と大地も自身のマッチアップ相手に苦戦していてヘルプが期待できない。後半戦、点差をひっくり返し、勝利を手にするイメージができないでいた。
『…』
控室ではスタメン全員がお通夜の席のように黙り込み、室内全体が静まり返っている。そんな様子を見て、スタメン以外の者達も声を掛けれないでいた。
「…格が違い過ぎる」
沈黙を破ったのは森崎。
「少しはやれると思ってたけど、帝光のスタメン全員、これまで戦ってきた奴等とはレベルが違う」
駒込が両膝の上で両手を強く握りながら悲痛な面持ちをする。
「…俺よりも高くて、俺よりもうまい奴が3人。…んなもん、どうしようもねぇよ!」
田仲が悔しげな表情でベンチを叩く。
「これが王者か…。何をやっても通じない。どうすれば…!」
各々が必死に考えを巡らせるが、一向に答えは出ない。
『…』
再び控室内が沈黙に支配されると、ポツリと1人が呟く。
「俺達…、よくやったよな…」
それは、諦めとも取れる言葉。
「実績のない星南が全中の決勝、それも帝光相手にここまでやれたんだ」
「…出来すぎだよな」
今まで吐かなかった弱音。1人が吐き出してしまうと他の者もまるでダムが決壊したかのように溢れていく。
星南選手内はもはや、勝利への意欲を無くしつつある。
「終わらせてんじゃねぇよ!!!」
それに喝を入れるかの如く空が声を荒げる。
「まだ前半戦が終わったばかりだろ! 諦めるにはまだ早いだろ!」
「そのとおりです。勝負を投げるにはまだ早いのではないですか?」
大地もそれに続くように皆に喝を入れる。
『…』
チームの柱とエースによる喝。だが、それでもチーム内の不安を取り除くには至らなかった。
――ドン!!!
『っ!?』
そこに、大きな音が室内に響き渡る。それは、龍川が持ち前に竹刀の先を地面に力強く叩き付けた音だ。
「まだ前半戦終わったばかりじゃ。たった18点差でなに泣き言抜かしとんじゃガキ共。お前ら本気でド突かれたいんか、あっ?」
龍川が星南選手達を睨みつける。選手達は思わず目を背ける。
「それにのう、ホンマに通用せんかったら点差がこの程度すんどるはずがないやろ。この程度なら打つ手はいくらでもあるわ。…耳の穴かっぽじってよう聞けぇっ! 第3Qからの作戦を言うでぇ!」
そう言うと、作戦ボードを出し、後半戦の作戦を選手達に伝えた。
※ ※ ※
一方、帝光中の控室。
帝光中の控室は談笑に包まれていた。試合に出場していたスターティングメンバーはキャプテンの新海を除き、携帯をいじっていたり、雑誌を読んでいたり、携帯ゲーム機を操作していたりなど、緊張感はなく、余裕すら感じられる。
その様子は、すでに勝敗が決したかのような雰囲気である。
「…」
帝光中の監督である真田は前半戦を振り返りながら後半戦の方針を考える。
「(…思ったより点差が開かない。星南中の奮闘もあるが、それ以上に、ウチのオフェンスが単調だからだ)」
帝光中のオフェンスはポイントガードの新海を除き、各々が自由に1ON1を仕掛けるだけの単調のオフェンス。去年と同じ。
真田は暫しの顎に手を当てて思案し、後半戦の方針を決める。
「全員静かにしろ! 後半戦だが、オフェンスでは――」
作戦の指示しようとしたが…。
「別に前半戦と同じでいいでしょ?」
池永はゲーム機の操作を続けながらそれを遮るように言う。
「相手大したことないし、このままやってりゃ点差付いて圧勝っしょ。…おっしゃ! ボス撃破!」
「…池永。監督の私が話してる時はそれを置け」
池永の態度に真田は怒りを露わにする。
「♪~♪」
だが、とうの池永はそれを意にも返さず、無視をしながらゲームを操作する。
「池永! いい加減に――」
「後輩く~ん、セーブしといて~。…ちょっとトイレ行ってきま~す」
池永はゲーム機を後輩に渡し、真田のあしらうかのように手をヒラヒラしながら控室を出ていく。
『…』
控室は和やかなムードから一変し、スタメンを除き凍りつく。
当のスタメンは変わらず雑誌を読んでいたり、携帯をいじったりしている。
「…ぷっ! ちょーうける…」
それを見ていた水内は笑いを堪えらず、噴き出す。
「くっ! …いいか! 第3Qからはもっとオフェンスのパターンを増やす。河野はハイポストに立って新海と一緒にゲームを組み立てろ。水内はもっと積極的にスクリーンをかけて――」
「んー、やだ」
「同じく」
だが、水内と河野はそれを拒否する。
「お前ら…! これは全中の決勝だ! 今までの相手と同じと思うな! 単調な攻めではそのうちに得点は止まる。勝利を確実にする意味でもここでトドメを刺す必要性があることが何故分からん!」
真田は声を荒げながら選手達に言い放つ。
「今のままで勝てるんだから必要ないでしょ。ていうかめんどくさい…はい、論破」
沼津が携帯をいじりながら視線も向けずに淡々と言う。それを見て水内が再び笑いを堪えるかのように口元を押さえる。
「…っ!」
バカにするかのようなスタメン達の発言。真田は拳をきつく握りしめ、歯を食い縛る。
「…お前らいい加減にしろ。監督に失礼だろ」
そんなスタメン達をキャプテンの新海が諌める。
「お言葉ですが監督、点差こそ、想定を下回っていますが、確実に点差は開きつつあります。ここは前半と同じ、このまま流れを維持するべきだと提案します」
新海が監督の指示を真っ向から否定する。
「しかし、新海…」
「監督言ったオフェンスはこれまで試合でほとんど試したことがありません。それを全中の、それも決勝で行うのはリスクが高すぎます。それに、何よりそれでは他の者達のモチベーションが確実に下がります。前半のまま、自由にやらせる方が本人達も乗り気になって後半戦に臨んでくれるかと思います」
「…ムッ」
新海の一理ある提案に真田も唸り声をあげる。
「さっすが新海! わかってるな!」
水内が新海の肩を叩きながら賞賛する。
「…別にお前達のために言っているわけではない。これが一番の勝率が高いと判断しただけだ」
「…ちっ、感じ悪ー」
水内はつまらなさそうに新海から離れていく。そこに、トイレから池永が戻ってくる。
「ただいまー。…で? 第3Qからどうすんの? もう前半戦と同じでいいでしょ?」
池永がハンカチで手を拭いながらあっけらかんと言い放つ。
「しかしな…」
それでも真田の後半戦に不安を感じ、肯定を出来ずにいる。
「まあまあ、監督はベンチでどーんと構えていて下さいよ――」
そう言って池永は真田の下に歩み寄り…。
「――去年みたいに」
ポンと真田の肩に手を置きながら言った。
「…」
これは決して真田を賞賛しているわけではない。むしろ、バカにしての発言である。
――キセキの世代…。
10年に1人の逸材と称され、全中3連覇など、中学バスケにおけるあらゆるタイトルを総なめにし、帝光中に輝かしい栄光を残した。
だが、それと同時に彼らは負の遺産も帝光中に残してしまった。
キセキの世代は、勝利をすることを条件にあらゆる我が儘も許されていた。
練習のサボりや試合では自身が好き勝手にプレーすることが許され、果ては、暴力問題までも勝利に貢献したという理由で許され、学校規模で特別扱いを受けていた。
そして、そんなキセキの世代を見て育った今の世代。彼らの頭の中には、『試合に勝ちさえすれば何をやっても許される』という考えがあった。
キセキに世代の青峰や紫原や黄瀬のように練習をサボったり、元キセキの世代の灰崎のように暴力問題を起こしたりするものはいないが、試合では監督の命令に従わず、好き勝手なバスケをやったり、キセキの世代が昨年行っていた試合で誰が一番点を取るかチーム内で競ったり。果ては、相手チームへの暴言などを吐いたりしている。
さらに、現在の帝光中の監督である真田を軽視する者も多い。
理由として、去年の紫原の練習の不参加に関して、赤司に言いくるめられる形で了承してしまったこと。去年一年間、練習でも試合でも全体の指揮を執っていたのは事実上キャプテンであった赤司であり、真田はほとんどすることがなく、赤司にほとんどまかせっきりになってしまった。
それを見ていた今の世代はそんな真田を軽視し、スタメン(新海を除く)に至っては真田を露骨にバカにさえしていた。キャプテンである新海もバカにはしないまでも、信頼はしておらず、監督の考えよりも自分の判断を優先している。
それが、今の帝光中。
去年と同様、そこにチームワークは存在せず、打算のみで繋がっている薄い関係。
そんな現状を作り上げてしまった現監督の真田は、ただ溜め息しか出ず。自身の無能さをただ恨むしかなかった。
「(…帝光中は変わってしまった。この現状を変えるにはもはや――)」
※ ※ ※
ハーフタイムの終了時間が近づき、星南中と帝光中の選手達が会場に戻ってくる。
『おぉぉーーーっ!!!』
『待ってましたー!』
観客達がそれに合わせて盛り上がる。
戻ってきた選手達の表情は対照的で、点差と実力差を見て半ば勝利を確信したかのように笑みを浮かべている帝光中に対し、星南中は不安を拭いきれず、表情は暗い。
「(まずいな。星南(うち)の士気が低すぎる。どうにか、この空気をなんとか変えないと…)」
「(何かほしいですね。この流れと空気を変える何かを…)」
空と大地は、現状を変える何かを考える。いずれ来る流れを迎えるための何かを。
その時…。
「っ!?」
突然、空が目を見開いて立ち止まる。
「? どうかしましたか?」
それに気付いた大地が空に声を掛ける。
「おい…あれ、あれを見ろよ」
空が観客席の一点を指差す。
「向こうの観客席の最上段」
大地は空が指差したところを目で追う。
「!? まさか…あれは…!」
そこにいたのは――
――海常高校、黄瀬涼太。
――秀徳高校、緑間真太郎。
――桐皇学園、青峰大輝。
――陽泉高校、紫原敦。
――洛山高校、赤司征十郎。
言わずと知れた、元帝光中学校、10年に1人の逸材と称された5人。キセキの世代である。
「何で、あいつらがここに…」
理由は分からない。だが、彼らは偶然か、ここにいる。
「……ハハッ、ハハハッ!」
空がそれを見て笑い声を上げる。
「空?」
「ハハハハハッ! …忘れてたよ。俺達の目標が何処にあったのか。…俺達にとって、この全中大会なんて通過点に過ぎないってことも」
大地はそれを聞いてハッとした表情する。そして、ニコリと笑う。
「ふふっ、そうですね。こんなところで躓いては、彼らに笑われますね」
「…もう様子見だとか、慎重にだとかは考えねぇ。全身全霊でもって、………叩き潰す」
「私も腹を決めました。全力で戦います」
空と大地の表情が一変する。その表情は危機迫るものがあった。
「とっとと決める。行くぞ」
「ええ!」
空と大地がコツンと拳を合わせる。
そしてここから、後半戦……星南中の反撃が、始まる……。
続く