黒子のバスケ~次世代のキセキ~   作:bridge

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投稿します!

今年最後の投稿となります!

それではどうぞ!



第107Q~翻弄~

 

 

 

第3Q、残り1分35秒

 

 

花月 57

陽泉 75

 

 

中から大地が得点を取る事に成功し、逆転への活路を見出せたと思われたが、大地の最大の武器であるバックステップが紫原に攻略され、再び窮地に陥った。

 

だが、大地がゾーンの領域に突入し、再び紫原から得点を奪った。

 

 

「あれは!」

 

「間違いない」

 

「…ゾーンに、入りやがったか」

 

大地の変化に火神と赤司と青峰がいち早く気付いた。

 

 

『…っ!』

 

コート上の選手達も同様に大地の変化を感じ取っていた。

 

「…っ」

 

それは紫原も同様であった。

 

 

――ダムッ…ダムッ…。

 

 

永野がゆっくりとボールをフロントコートまで運んでいく。

 

「…っ」

 

横目で大地を観察する。別人のようなプレッシャーを放つ大地を見て思わず冷や汗が滴る。

 

「(…あいつの気迫が俺にまで伝わってきやがる。マジで半端ねえ!)」

 

マッチアップしている訳ではないのにも関わらずこのプレッシャー。ゾーンの恐ろしさを永野は肌で体感していた。

 

「(どう攻める…。…考えるまでもねえ、迷わず紫原だ。いくらゾーンに入ったっつっても、パワーで紫原に勝てる訳ねえ)」

 

身長差、体重差を考えれば当然の選択。

 

「(…だが、相手もそれは承知だ。簡単にパスを出させてくれねえか)」

 

自身をマークしている竜崎は積極的にガンガン前に出てプレッシャーをかけてきており、さらには天野もディナイをかけている。徹底して紫原にボールを持たせないようにしている。

 

この状況でパスを出してもカットされるのが関の山。

 

「こっちだ!」

 

その時、木下がスリーポイントライン上を沿うように走りながらボールを要求する。

 

「よし、木下!」

 

それを見て永野は頭上にボールを掲げて木下にパス。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

と、見せかけてドリブル。目の前の竜崎を抜き去る。

 

「っ!? くそっ!」

 

フェイントに引っ掛かり、抜かれてしまった竜崎は悔しがる。

 

「(よし、このまま俺が――)」

 

直接決める…。そう思った直後…。

 

「…」

 

大地がヘルプで現れ、永野の進路を塞いだ。

 

「(はえー! だが、まさかではねえ! 来ると思ってたぜ!)」

 

ヘルプにやってくるスピードには驚いたが、想定はしていた永野はボールを左へと流した。そこにはアンリがいた。

 

「ちぃ、あかん!」

 

大地がヘルプに出た事でフリーになっていたアンリ。天野が慌ててヘルプに向かう。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

「っ!?」

 

だが、アンリはボールを掴むのと同時に急発進。天野を一瞬で抜き去る。

 

「ハァッ!」

 

抜いたの同時に右手でボールを掴んだアンリはリングに向かって跳躍した。右手に持っていたボールをリングに叩きつけた。

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「ナッ!?」

 

しかし、ボールがリングに叩きこまれる直前、右手で掴んでいたボールは横から現れた1本の手にブロックされた。

 

『綾瀬だぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

「たとえ、高さで劣っていても、ダンクの瞬間にタイミングを合わせればブロックは可能です」

 

最高到達点でアンリに劣る大地だが、リングの高さが決まっている為、ボールをリングに叩きつける瞬間を狙えば大地でもブロックは可能。

 

「頼りになるで! 速攻や!」

 

ルーズボールを拾った天野は前方へ大きな縦パスを出した。すると、そこにはブロックと同時に速攻に走っていた大地の姿があった。

 

センターライン付近でボールを掴んだ大地はそのままドリブルで突き進んでいった。

 

「止メル! 今度ワコッチノ番ダ!」

 

アンリが追い付き、回り込んで立ち塞がる。同時に大地も足を止める。

 

「ナイスアンリ! ここは行かせねえ!」

 

続いて木下も追い付き、アンリと並んでディフェンスに入る。

 

「…」

 

 

――ダムッ…ダムッ…。

 

 

大地は左右に身体を揺り動かしながらゆっくりボールを切り返す。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

「「っ!?」」

 

アンリと木下の間に僅かに隙間が出来ると、その瞬間に加速。2人の間を駆け抜けていった。

 

「っ! 綾瀬!」

 

2人を抜き去ると、既にディフェンスに戻っていた紫原が待ち受ける。

 

 

――キュッ!!!

 

 

大地は急停止する。

 

「(止まった! 今度こそ下がる!)」

 

バックステップと読んだ紫原はゴール下を飛び出し大地との距離を詰める。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

読み通り大地はバックステップをし、距離を取った。

 

「次はない! 今度は――なっ!?」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

距離を詰めてブロックに向かった紫原だったが、大地はそこから急発進。紫原の横を高速で抜けていった。

 

『抜いたぁっ!!!』

 

紫原を抜いた大地はそのままゴール下まで突き進み、レイアップの態勢に入った。

 

「決めさせるか!」

 

だが、そこへ渡辺のブロックが現れた。

 

 

――スッ…。

 

 

「っ!?」

 

しかし、大地は冷静に掲げたボールを下げ、渡辺のブロックをかわし、リングを越えた所でボールを再度上げ、リングに背中を向けながらボールを放った。

 

 

――バス!!!

 

 

ボールはバックボードに当たりながらリングを潜った。

 

『スゲー! 4人抜きだぁっ!』

 

アンリと木下のダブルチームをかわし、その後の紫原を抜き去り、空中で渡辺をかわし決めた光景を見て観客が沸き上がる。

 

「くそっ! 慌てるな! 1本返すぞ!」

 

決められた事に舌打ちを打つも、永野は頭を切り替え、冷静にゲームメイクを始める。

 

「アンリ!」

 

フロントコートまでボールを進めた永野はアンリにパスを出す。

 

「…」

 

「…ッ」

 

アンリがボールを掴むと、目の前の大地が構える。その瞬間、アンリの脳裏に敗北のイメージが襲う。

 

「…クッ!」

 

ターンオーバーを避ける為、アンリは永野にボールを戻した。

 

「(アンリが退いただと?)」

 

練習でも果敢に紫原に勝負を挑んでいる姿を見てきただけに勝負を仕掛ける事なく退いたアンリを見て永野は驚いた。

 

「だったら、これで…!」

 

意を決した永野は唐突にスリーを放った。

 

「なっ!?」

 

突然のスリーに目の前の竜崎は虚を突かれた。

 

「(あんなリズムもフォームも崩れた状態で打ったスリーが入る訳がない!)リバウンド!」

 

外れると確信した竜崎が声を出す。

 

「別に入らなくたって構わねえんだよ!」

 

 

――ガン!!!

 

 

ボールは予測どおりリングに弾かれる。

 

『っ!』

 

シュートが外れた事によりリバウンド争いが始まる。このリバウンドを…。

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

誰よりも高い位置でボールを掴んだ紫原がそのままリングに叩きこんだ。

 

『うおぉぉぉぉっ! そのまま押し込んだぁっ!!!』

 

「これなら誰にも止められねえだろ」

 

したり顔で言い放つ永野。

 

「くそっ!」

 

「…くっ!」

 

紫原を抑え込めなかった室井と自身の土俵であるリバウンドで勝てない天野は悔しさを露にする。

 

「ドンマイ。切り替えましょう。次も取りますよ」

 

そんな2人を励ますように大地が声を掛けた。

 

「(…なんや、めっちゃやる気やないかい…!)」

 

普段、こう言った声掛けは空か天野がやる事が多いのだが、普段はあまりやらない大地を見て天野の胸が熱くなるのを感じたのだった。

 

オフェンスが切り替わり、花月のオフェンス。

 

「(何処で攻めるか……なんて、考えるまでもない)…綾瀬先輩!」

 

竜崎は迷う事なくボールを大地に渡す。

 

『来た!!!』

 

先の2本のオフェンスで、大地の注目度が上がり、ボールを持っただけで観客がざわついた。

 

「…」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

大地がカットイン。

 

「サセナイヨ!」

 

タイミングを読み切ったアンリは大地に並走する。

 

 

――キュッ!!!

 

 

直後急停止、ドライブの勢いを一瞬で殺し、ボールを掴んでシュート態勢に入った。

 

「アノスピードヲ一瞬デ!? ケド、マダダヨ!」

 

アンリも停止し、シュートブロックに向かう。

 

「…クッ!」

 

だが、大地は後ろに飛びながらシュート態勢に入っており、アンリのブロックをかわしてシュートを放った。

 

 

「…っ!」

 

一連の動きを見て青峰は思わず目を見開いた。

 

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

ボールはキレイにリングを潜り抜けた。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

ドライブの勢いを一瞬で殺し、そのまま後ろに飛びながらのフェイダウェイシュート。派手なプレーではないがそのスピードとキレ味に観客は歓声を上げた。

 

「ナイッシュー綾瀬先輩!」

 

パチン! っと、竜崎とハイタッチを交わす大地。

 

「クソッ!」

 

止められなかった自分自身に苛立つアンリ。

 

「切り替えろアンリ! っしゃぁ! 第3Q、最後決めて終わらせるぞ!」

 

そんなアンリに声を掛け、さらにチームメイトに声を掛けて鼓舞する永野。

 

 

第3Q、残り14秒

 

 

花月 61

陽泉 77

 

 

第3Qも残り僅か。最後のオフェンスとなるこの1本。決めて最終Qに繋げたい永野は慎重にボールを運ぶ。

 

「…っ! 今度こそ!」

 

竜崎が永野に激しくプレッシャーをかける。先程のスリーからのリバウンドダンクを見せられた為、今度はシュートすら打たせないよう激しく当たる。

 

「…ちっ、頼む!」

 

ボールキープが厳しいとみた永野は左45度のアウトサイドの位置に立つ木下にパスを出す。

 

「打たせないよ」

 

「…ちっ!」

 

瞬時に木下の膝下に入りこんだ生嶋が張り付くようにディフェンスをする。足元に立たれている為、膝が曲げられず、スリーが打てない木下。

 

「くそっ!」

 

やむを得ず、スリーを諦め、中の渡辺に頭上からパスを出す。

 

「行くぞ!」

 

「行かせるかい!」

 

ミドルポストでボールを受け取った渡辺。その背中に天野が張り付くようにディフェンスに入った。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

ゆっくりドリブルを始め、背中で天野を押し込む渡辺。天野は歯を食い縛って進行を食い止め、押し止める。

 

「(…ぐっ! 駄目だ、これ以上は――)すいません!」

 

押し込むのは無理と判断した渡辺は永野にボールを戻した。

 

「(…ちっ! 綾瀬がゾーンに入った事で他の奴も息を吹き返しちまったか!)」

 

ここにきて花月の選手達の動きがよくなる。先程の絶望的な状況が大地がゾーンに入った事で希望が生まれたからだ。

 

「コッチ!」

 

そこへ、アンリが永野に近づきながらボールを要求した。

 

「よし、頼んだ!」

 

永野は近づくアンリにパスを出した。

 

「…」

 

 

――バチィィィィッ!!!

 

 

だが、そのパスを大地がパスコースに割り込んでカットした。

 

「ナッ!?」

 

「しまった!」

 

アンリと永野は思わず声を上げる。アンリの距離が詰まった事で気が緩み、緩いパスを出してしまったのだ。そのボールを大地は見逃さなかった。

 

ボールを拾った大地はそのままワンマン速攻をかける。

 

「クッ!」

 

そんな大地をアンリがすぐさま追いかける。

 

「待てよ!」

 

アンリのすぐ後を紫原が追いかけた。

 

スピードに自信がある大地。だが、同様に全国トップレベルのスピードを持つ紫原とアンリ。徐々に先頭を走る大地との距離を縮める。フリースローライン付近で大地と並んだ。

 

 

――キュッ!!!

 

 

直後、大地が急停止する。

 

「ッ!? ウグッ!」

 

「なっ!? ぐっ!」

 

急停止した大地を見て紫原とアンリも止まろうとしたが、全速力で走っていた為、止まり切れず前へつんのめってしまう。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

バランスを崩した2人を他所に大地は悠々とボールを構え、ジャンプシュートを決めた。

 

 

『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

ここで、第3Q終了のブザーが鳴った。

 

「っ! 綾瀬ぇっ…!」

 

その場で立ち上がった紫原が大地を睨み付ける。

 

「…」

 

大地はチラリと視線を紫原に向け、すぐさま踵を返し、ベンチへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

陽泉ベンチ…。

 

『…っ』

 

試合の4分の3が終わり、リードは14点差。安全圏とは言えないが、多少、余裕のある点差。だが、選手達の表情は芳しくない。

 

「…っ!」

 

特に紫原はひと際険しい表情をしており、大地に良い様にあしらわれ、目に見えて不機嫌である。紫原がその鬱憤を晴らそうと足を振り上げようとしたその時…。

 

「物に当たるなよ」

 

紫原の眼前に竹刀の切っ先を向けた荒木が制止を促した。2年以上の付き合いで紫原の習性を良く理解している為、対応も早い。

 

「無駄なエネルギーをこんな所で使うな。大人しく呼吸を整えろ」

 

「…ちっ」

 

怒りのはけ口を失った紫原は舌打ちをしながらベンチに腰掛けた。

 

「…ふむ、状況は悪くない。が…」

 

「まさか、あそこで綾瀬がゾーンに入るとは…」

 

第3Q終盤、大地がゾーンに入った事で状況が一変し、最大で20もあった点差が詰められる結果となった。

 

「厄介極まりない。どうしましょう?」

 

監督の荒木に指示を求める永野。

 

「事、オフェンスで言えばやりようはある。奴は180㎝中盤のプレーヤーでしかない。如何にゾーンに入っても背が伸びたり高く飛べるようになる訳ではない。他のキセキの世代や火神でないならやりようはある」

 

「と言うと?」

 

発現の意図が理解出来なかった木下が思わず聞き返す。

 

「高さの利はこちらにある。ここからは紫原とアンリ主体で攻める。ゴール下でボールを掴めば綾瀬では止められない。よって、今後は2人にボールを集めろ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

花月ベンチ…。

 

「お疲れ様です! ゆっくり身体を休めて下さい!」

 

ベンチに戻って来る選手達を相川が笑顔で出迎え、ドリンクとタオルを渡していく。

 

「何とか、盛り返せたわ。綾瀬には感謝の言葉しかないのう」

 

「…いえ」

 

窮地を救った大地に天野が賛辞に言葉を贈った。

 

「綾瀬。正直な所、有効な対応策が見つけられなかった。助かったと言わざるを得ない」

 

「当然の事です。…むしろ、遅すぎたくらいです」

 

もっと早く奮起していれば、ここまで点差は付かなかった。そして、空が負傷退場する事もなかった。

 

「…よし、問題はここからだ。恐らく向こうは、紫原とアンリを中心に攻めてくるだろう。高さとパワーの利を使って攻められれば今の綾瀬でも止める事は至難の業だ」

 

身長差に加え、もともとの身体能力も高い2人。大地でもそこを突かれれば手に負えない。

 

「ならば、その前で潰す。相手の4番(永野)がボールを持ったらダブルチームをかけろ。パスの供給源を潰す」

 

止める事が困難ならそうなる前に仕留めると指示を出す上杉。

 

「メンバーを変える。天野を下げる。そこへ松永、お前が入れ」

 

「はい」

 

「交代かいな。まだまだいけるんやけどなぁ」

 

前もって準備をしていた松永は力強く返事をし、天野は不貞腐れたような軽口を叩いた。

 

「松永、お前はパワーフォワードに入れ。そして、ディフェンスでは竜崎と共に4番にダブルチームをかけろ。天野もすぐにコートに戻す。集中を切らすなよ」

 

「はい!」

 

「了解や!」

 

「オフェンスは……分かっているな?」

 

そう言って、綾瀬の肩に手を置き…。

 

「綾瀬を中心に攻める。積極的にボールを集めろ」

 

『はい!』

 

「任せてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

インターバルの終了のブザーが鳴り、両校の選手達がコートに戻ってきた。陽泉ボールから試合が再開され、最後の10分間が始まった。

 

「…っ!?」

 

永野にボールが渡ると、すかさず竜崎と松永がダブルチームをかけた。

 

「(監督の言う通り、来た!)」

 

必死にボールをキープする永野。

 

『永野。第4Q、ボールを運ぶお前へダブルチームをかけてくる可能性が十分にあり得る。もし、そう来ても冷静に対処しろ』

 

先程のインターバルでそう永野は助言をされていた為、動揺は少ない。

 

「こっちです!」

 

ノーマークとなった渡辺がハイポストの位置から永野の真横の位置まで走り、ボールを要求。

 

「任せる!」

 

すかさず永野は渡辺にボールを渡す。ボールを受けた渡辺はその場で飛びながらボールをスティールされないよう真上から紫原にパスを出した。

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

ゴール下まで押し込んだ紫原のダンクが炸裂した。

 

「…くっ!」

 

「仕方がない、切り替えろ!」

 

悔しがる室井に声を掛ける松永。スローワーとなった松永は竜崎にボールを渡し、フロントコートまでボールを運んだ竜崎は大地にボールを渡した。

 

『来た!!!』

 

大地にボールが渡ると、観客の視線が集まった。

 

「来イ!」

 

目の前に立つのはアンリ。腰を落とし、大地を待ち構える。

 

 

「さて、綾瀬のあの急停止からのバックステップにどう対応するか…」

 

観客席の四条もこの1本に注目する。

 

「人は左右の揺さぶりには対応出来ても、前後の揺さぶりには対応が難しい。進むか下がるか、読む事も困難となった今、彼(アンリ)でも対応するのは困難だ」

 

赤司が今の大地を止める事の難しさを口にする。

 

「なら、打つ手なしか?」

 

「…いや、あるにはある。恐らく、陽泉はそれをこれからするはずだ」

 

 

「…」

 

「…」

 

ボールを持つ大地と向かい合うアンリ。

 

『いいか、綾瀬がボールを持ったら無理に止める必要はない。中へと切り込ませても構わない。奴が中へと切り込んだら奴の後ろを塞ぐ。これで奴は下がれなくなる。密集地帯となれば奴の選択肢はさらに少なくなる。そうなれば止められる』

 

インターバル中の荒木からの指示を思い出す。この指示に紫原は特に難色を示したがどうにか窘め、従わせた。

 

「…」

 

アンリも本心では不本意ではないが、勝つ為、受け入れた。

 

「(サア来イ!)」

 

大地が来るのを集中力を全開にして待ち受けるアンリ。

 

 

――スッ…。

 

 

「…エッ?」

 

ドライブを警戒していたアンリだったが、大地は突如、スリーの態勢に入った。

 

「シマッタ!」

 

慌ててブロックに向かうも間に合わず、スリーを打たれてしまう。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

ボールはリングを潜り抜けた。

 

『おぉっ! いきなり外を決めたぁっ!』

 

「クソッ、裏ヲカカレタ…!」

 

ドライブを警戒し過ぎ、悔しがるアンリ。

 

「切り替えろアンリ! やられた分はやり返せばいいんだよ!」

 

そんなアンリに永野が檄を飛ばす。

 

 

――バス!!!

 

 

続いて陽泉のオフェンスは大地の上からアンリがフックシュートを決め、得点に成功した。

 

変わって花月のオフェンス。ボールを受け取った竜崎がすぐさま大地にボールを渡す。センターライン付近でボールを受け取った大地はゆっくりボールを進めていく。

 

「(次ダ、次コソ止メテミセル!)」

 

ゆっくり近づいてくる大地を気合い充分で待ち受けるアンリ。

 

 

――スッ…。

 

 

しかし、大地はスリーポイントラインから1メートル程離れた所から唐突にシュート態勢に入った。

 

「なっ!? 打つのか!?」

 

「ッ!?」

 

またもや意表を突いた大地のスリーに驚き、なすがままの木下とアンリ。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

再びボールはリングを潜り抜けた。

 

『おぉっ! 2連発!』

 

「…何であんな迷いなく打てるんだ…」

 

万が一外せばリバウンドは望めず、間違いなく失点のリスクを負ってしまう。にもかかわらず躊躇いもなく打つ大地に寒気を覚える木下。

 

「…うん。いい調子です。こんなに思い通りになるのは初めてです」

 

自身の手を見つめながら呟く大地。

 

「もう1メートル…」

 

薄っすらと笑みを浮かべる大地。

 

「(今、1メートルって言ったのか? 何の事だ?)」

 

微かに聞こえた大地の発現に混乱する木下だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

続くオフェンスも成功させた陽泉。スローワーの松永からボールを受けた竜崎はすぐさま大地にボールを渡した。

 

『…』

 

大地の一挙手一投足に集中する陽泉の選手達。

 

『…なっ!?』

 

再び陽泉の選手達の表情が驚愕に染まる事となる。先程決めた位置からさらに1メートルは離れた所から大地がシュート態勢に入ったからだ。

 

「(…っ!? まさか、さっき言ってたもう1メートルってのは!)」

 

ここで先程の大地の言葉の真意に気付いた木下。

 

もう1メートル…、それはさらに1メートル後ろから打つという意味である事を…。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

ボールはリングに掠る事なく潜り抜けた。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

スリーの3連発。しかも、スリーポイントラインから2メートルは離れた所から決めた大地に歓声が上がる。

 

「決まりましたか。…それではもう1メートル遠くから行きましょうか」

 

したり顔で言う大地。

 

「(っ!? 嘘だろ…、まだ遠くから決められるのか!?)」

 

そんな大地の言葉に恐怖を覚える永野であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「スゲー、ゾーンに入ると、あんな事も出来るのか…!」

 

スリーを3本連続で決めた大地の姿を見て誠凛の朝日奈の表情がこわばる。

 

「…いえ、いくらゾーンに入っても、出来ない事が出来るようになるわけじゃないわ」

 

朝日奈の言葉を解説するリコ。

 

「…間違いないわ。彼は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・・・・

・・・・

 

 

「綾瀬君のデータを調べてる時に気付いた事があったの」

 

桃井が自身の鞄から取り出したノートを見ながら喋りだす。

 

「全中大会から今年のインターハイまで、綾瀬君のスリーの成功率は100%なの」

 

「…ほう」

 

その情報を聞いた青峰が思わず声を上げる。

 

「本数はそれほどでもないけど、それでも凄い確率だから彼のミニバス時代の情報を調べてみたら、彼はリングから離れた所から得点を量産するシューターだったわ」

 

『…っ!?』

 

その情報を聞いて桐皇の選手達が驚く。

 

「神城君が中に切り込んで決め、綾瀬君が外から決める。それが彼のミニバスのチームの特徴でした」

 

「あいつ、シューターだったのかよ…」

 

情報を聞いて福山が唸り声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・

 

 

ボールを運ぶ永野。その永野にダブルチームをかける竜崎と松永。

 

「こっちです!」

 

渡辺がボールを貰いにいく。

 

「…」

 

パスコースを塞ぐ為、大地が移動する。

 

「(空イタ!)」

 

ノーマークとなったアンリが動き、ハイポストに移動し、ボールを貰いにいく。

 

「(よし!)」

 

フリーとなったアンリを視認した永野が竜崎の頭上からハイポストに立ったアンリにパスを出した。

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「なっ!?」

 

だが、そのパスは大地にカットされた。

 

渡辺のパスコースに割り込むと見せかけ、永野の視線が大地から逸れた瞬間、踵を返し、アンリへのパスを予測してアンリのパスコースに割り込んだのだ。

 

カットしたボールを拾い、そのまま速攻をかける大地。

 

「まずい、カウンターだ! 戻れ!」

 

速攻をかける大地を追いかける陽泉の選手達。

 

 

「無駄だ。先頭を走った綾瀬を止める事は出来ない」

 

ポツリと赤司が言う。

 

 

追いかけるアンリ。

 

「(ドッチダ!? 下ガルノカ、ソレトモ…!)」

 

迷いが生じるアンリ。その迷いのせいでアンリは全速力で走れない。

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

大地はそのままボールを右手で掴んでリングにボールを叩き込んだ。

 

『きたぁぁぁぁぁぁっ!!! 綾瀬のダンク!!!』

 

『これで点差が一桁になった!』

 

このダンクによって会場のボルテージはさらに上がった。

 

「クソッ…!」

 

止める事が出来なかったアンリの表情が悔しさで染まる。アンリがそのままスローワーとなって永野にボールを渡した。

 

「下がるな、当たれ!」

 

ここでベンチの上杉から指示が出された。同時に花月の選手達が高い位置でディフェンスを仕掛けた。

 

「オールコートマンツーマンか!?」

 

一斉にプレッシャーをかける花月の選手達。ボールマンの永野に竜崎がプレッシャーをかける。

 

「ここで仕掛けてきましたか、上杉さん…!」

 

嫌なタイミングで指示を出した上杉を見て表情が曇る荒木。

 

「(まずい流れだ。ここはタイムアウトを取って流れを切らねば!)」

 

そう思い立った荒木はすぐさまオフィシャルテーブルに向かい、タイムアウトの申請に向かった。

 

「上ダ! ケンジ!」

 

アンリが指を上に指しながらボールを要求する。

 

「っし、任した!」

 

永野はその場から飛び、頭上にからアンリにパスを出した。高い位置に出されたパスはカットされることなくアンリに渡る。

 

「ヨシ、コレデ――」

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「アッ!?」

 

ボールを掴んで着地した瞬間、大地がボールを叩き、奪い去った。

 

「いつまでも調子に…!」

 

そんな大地と距離を詰める紫原。大地はボールを奪って急停止と同時にクィックモーションのフェイダウェイで放った。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

紙一重で紫原のブロックをかわし、大地がミドルシュートを決めた。

 

「コッチダヨ、カズキ!」

 

ここで、素早く切り替えをしたアンリがフロントコートに走り、ボールを要求。

 

「アンリ!」

 

これに反応した渡辺がボールを拾ってすぐさま前へ走るアンリに大きな縦パスを出した。

 

『素早い切り替えでオールコートマンツーマンをかわした!』

 

センターラインを越える目前でアンリがボールを掴み、そのままワンマン速攻…。

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「ナッ…!?」

 

だが、速攻をかける最初のドリブルを、既にアンリに並んでいた大地にスティールされた。ゾーンに入って視野が広がっていた大地。シュートを決め、すぐさま速攻に走るアンリを追いかけていたのだ。

 

ボールを掴んだ大地はセンターラインより少し前でシュート態勢に入った。そこは、スリーポイントラインから3メートルは離れた所である。

 

「まずい、止めろ!」

 

先程の長距離からのスリーと大地の発言を聞いていた永野が声を出す。

 

「させるか!」

 

「何度モ打タセナイヨ!」

 

前から木下、後ろからアンリがブロックに飛んだ。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

「「っ!?」」

 

しかし、大地はスリーは打たず、そのままドリブルで切り込んでいった。

 

「これで充分にスペースが出来ました」

 

「まさか、今までのスリーとさっきの言葉は、外を警戒させてスペースを作り出す為か!」

 

ここで永野が大地の真意に気付いた。

 

強力な武器である大地のバックステップは密集地帯では使いづらい。ゾーンディフェンスを組んでいる陽泉が相手ならなおさらである。その為、大地はバックステップが使えるスペースを作り出す為、少しずつ距離を空けてスリーを決め、巧みに言葉を交わしてスペースを作り出した。

 

オフェンスに切り替え直後な上、大地のスリーにアンリと木下が誘い込まれ、スペースを作ってしまった陽泉ディフェンス。大地はそのまま中へと切り込んだ。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

紫原がヘルプに飛び出すのと同時に急停止、バックステップ……と見せかけてロッカーモーションでフェイクをかけ、紫原の横を駆け抜ける。

 

『いっけぇぇぇぇぇぇっ!!!』

 

花月のベンチから声が上がる。

 

ボールを右手で掴んだ大地がリングにボールを叩きつける。

 

 

――バチィィィィッ!!!

 

 

「っ!?」

 

しかしその直前、後ろから伸びてきた1本の腕にボールを弾き飛ばされた。

 

『紫原!?』

 

ブロックしたのは紫原。抜かれた直後にすぐさま反転し、後ろからボールを弾き飛ばしたのだ。

 

『アウトオブバウンズ、緑(花月)ボール!』

 

ボールはラインを割った。

 

 

『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

『チャージドタイムアウト、陽泉!』

 

ここで、陽泉のタイムアウトがコールされた。

 

「…っ」

 

ベンチへと戻る選手達。その際、紫原を見て大地はある変化に気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「よっしゃー! いい調子だぜ、お前ら!」

 

菅野が立ち上がりながら戻ってきた選手達を出迎える。

 

「…綾瀬、紫原…」

 

「…えぇ、あなたの考えているとおりです」

 

大地の隣に座った松永が尋ねると、質問の意図をすぐさま理解した大地が返事を返した。

 

「やはりか」

 

「はい、紫原さんは、ゾーンに入りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「タイムアウトは余計だったか?」

 

「んー? ちょっと一息入れたかったからちょうど良かったかも」

 

紫原がゾーンに入った直後のタイムアウト。集中が途切れる可能性を考慮し、尋ねた荒木だったが、紫原は特に気にする素振りを見せず、返事をした。

 

「それよりまさこちん」

 

「監督と呼べと言ってるだろ!」

 

思わず竹刀で頭を引っ叩く荒木。

 

「痛いなー。それよりも頼みが――」

 

紫原の言葉を遮るように荒木が眼前にヘアゴムを差し出す。

 

「これだろう? お前が欲しいのは」

 

「…うん。ありがとう」

 

受け取った紫原は後ろ髪を纏め、ヘアゴムで結った。

 

「正直、向こうがここまでやるとは思わなかった。ここからは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「申し訳ありません相川さん。ワセリンを出してもらってもよろしいですか?」

 

「いいよ! …けど、何に使うの?」

 

大地に頼まれた相川は救急箱に備えてあったワセリンを取り出しながら尋ねた。

 

「汗で前髪が目にかかってきたので、少し髪を上げようと思いまして」

 

受け取ったワセリンの蓋を開け、ワセリンを手で掬うと前髪に馴染ませ、やがてオールバックのように前髪を押し上げ、固定した。

 

「この先、小さなミスが命取りになりかねません。今の紫原さんが相手では、これまでのように行きません。ですから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――全力で紫原さんを倒します」

 

「――全力であいつを捻り潰す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

試合は大地がゾーンの領域に入った事で窮地を凌ぎ、さらには点差を7点にまで縮める事に成功した。

 

逆転への兆しが見えた直後、紫原がゾーンに突入し、試合の行方は再び分からなくなった。

 

花月が陽泉を捉えるか、それとも陽泉が逃げ切るか…。

 

試合はクライマックスへと突入する……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 





どこまで書くかをあらかじめ決め、そこまで書いたら過去最大のボリュームとなってしまった…(;^ω^)

2つに分ける事も考えたのですが、それだと今年度までの投稿が間に合わないので、一挙投稿です。

まさか、ここまで長くなるとはorz

今年も残すところ約2日。さて、駆け抜けましょうか!

感想、アドバイスお待ちしております。

それではまた!

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