その転生の先へ   作:夢ノ語部

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三歳児のダンジョンアタック

 ワープゲートは水面のように表面が揺れており、入るのに躊躇われる代物だ。

 ここで立ち止まっては今の勢いが無くなってしまうのではないかと思い、一気に突っ込む事にする。

 

「先行くよー」

「ちょ、ダンナさん、そこはせーので入るとこですよ! ああずるいっ」

 

 やっぱり怖いものは怖いので、目を瞑ってつっこむ。すると、ぶにっとした感触の何かにぶつかったような感触があった。

 あれ? 原作だと、拍子抜けするぐらい抵抗なくワープゲートに入れたんじゃなかったっけ? こんなぶつかるようなものじゃなかったような……。

 目を開けると、そこには緑色のお腹が。顔をあげれば振り上げられた棍棒が。

 

(見逃してください)

(無理だよ☆)

 

 今、確かにモンスターと心が通じ合ったよ! ここに奇跡が

 

「って言ってる場合かあああ!」

 

 ゴブリンだあああああ!

 大体迷宮都市ならゴブリンとの意思疎通とか余裕だから! 珍しくないから!

 間一髪、体を捻ることで棍棒が髪を掠めて地面を叩く。

 その時、ゴブリンの体が振り下ろす棍棒についていき、前に傾いでいた。その顔の位置が手の届く範囲に降りてきた。

 

(チャンス!)

 

 腰をいれ、大地を踏みしめる力が拳に伝わるように、拳を突き上げる。狙いは顎と首の間の柔らかい所だ。アッパー一閃、必殺の一撃が肉を叩く。

 

 ぺちん

 

 ……ゴブリンと俺がお互いに愕然とした表情を見せる。ゴブリンは、今何をされたの? って感じだろう、なんとなく分かる、俺も何をしてるんだって言いたい。

 俺は、今致命的な事に気がつき愕然としていた。

 

(何も武器持ってきてねぇ……)

 

 アホである。素手で何をする気だったのか。仮に前世で格闘家でしたって奴でも三歳児では何もできないだろう。俺はそういった前世すらなく、ただ引きこもりがちのマイナー路線オタクだ。

 ゴブリンが体制を立て直し、再度棍棒を振り上げる。原作だと雑魚中の雑魚って扱いだったトライアルダンジョン第一層のゴブリンだが、俺にはその姿があまりに巨大に見えた。身長差的な意味で。

 ちらっとワープゲートがあったであろう方向を見てみるが、当然石の壁があるだけで、戻る道はない。

 

「や……やったらああああああ!!!」

 

 素手で殴り倒したる!!

 トライアルダンジョン第一層、泥沼の戦いに身を投じる。ケンスケ・メイソンにとってこれが初めての闘争だ。逃走ではなく。

 棍棒が地面を叩き、俺が素手で殴る。

 

 ぽこん ぺちん ぽこん ぺちん ぽこん ぺちん ぽこん ぺちん ぽこん ぺちん……

 

「……何してるんです?」

「死闘だっ!」

 

 いつの間にか来ていたミユミさんの疑問に俺は応える。ゴブリンも俺も汗だくでそれは死闘というに相応しく思えた。

 耐久のゴブリンに速さの俺。ゴブリンの顎は緑色から青く変色してきており、そのダメージを伺わせる。一方俺の動きも衰えてきており、何よりトライアルダンジョンに入る前の正座のダメージが足に来ており、いつ棍棒が俺を捉えてもおかしくはない。

 

「えっと、なんで素手なんですか?」

「…………」

 

 聞くな。頼む、泣いちゃうから。

 短剣でも槍でも、持っていればこんな不毛な戦いにはなってないだろう。第一層のゴブリンは幼児にもボコられると原作にも描写があったが、全く持ってその通りだ。狙いを定めて棍棒を振り上げて、振り下ろすまでに1秒ぐらいかかっているし、こっちが動いても狙いを変えずに振り下ろしている。

 RPGで最初に出てくるスライム……というより、死ぬわけがないチュートリアルといった相手だ。

 そのゴブリンと良い勝負……しかも相手のほうが決定打があるので、こちらが若干不利という状態。もう帰りたい。

 

「……はっ! もしかして、あのウスバカゲロウより儚いという、あの第一層ゴブリンに追い詰められてるんですか!?」

「なななぁーにをおっしゃるウサギさんととっどお!?」

 

 足がもつれた!? 倒れ込む体、振り下ろされる棍棒。詰んだよコレ! ごめんなさい追い詰められてました!

 

「ダンジョンなんか来るんじゃなかったぁ!」

 

 必死に体を縮こまらせて来る衝撃に備える。

 

 ぽこん

 

「あいたっ」

 

 ……まるでスポーツチャンバラの武器で子供の力で叩かれたようだ。地味に痛いけどそれだけだ。必死に体を縮こまらせていた事に恥ずかしさを感じる。

 ズボンについた土を手で払って起き上がる。何もなかったですよーと、装う。意味は多分ない。

 

 ダダダン

 

「うわはっ」

 

 そんな爆音に、咄嗟に倒れ込む。ズボンの土を払った意味がまじで無かった。

 倒れ込んだ俺のすぐ横にすぐ隣にゴブリンが倒れた。その頭には穴が空いており、すぐに空気中に溶けるように消えていく。モンスターがダンジョンで死んだ際におきる魔化現象だ。

 

「ななな……」

 

 顔を上げるとミユミさんが、両手ででかい銃を持っていた。いやミユミさんも小さいからでかく見えるだけか、アサルトライフルだね、見事なタップ撃ちです。

 

「遊んでないで攻略会議しましょう。さぁダンナちゃちゃっと起きてください」

「イエスマム」

 

 すぐに起き上がったのは時間を無駄にしたくなかったからだ。決して銃が怖かったからではない。

 ゴブリンのいた場所にはもう何も残っていなかった。

 

 ◇◆◇

 

「はぁ!? 武器を持ってくるのを忘れたぁ!? アホですか! アホですね!」

 

 土下座である。完璧な土下座だと自画自賛したくなる土下座である。流石に反省、いや猛省している。

「まぁ元々銃を使ってもらうつもりだったので良いんですけど……素手でダンジョンに突っ込むなんて、ツナセンパイみたいな事しないでください」

 

 ツナはちゃんと武器持ってたよ。原始人だし、トライアルダンジョンのラストでは、腕ひしぎ十字固めとか噛み付いてたりしてたけど。

 まぁ、それよりもだ。

 

「銃って……」

「普通に買えましたよ。取り扱いライセンスも簡単に手に入りましたし」

「え、でも銃って結構高いよな」

 

 アサルトライフルなんて中級冒険者なら手が届いても、下級冒険者だとかなり厳しい値段だったはずだ。例え買えたとしても弾代で破産するだろう。

 

「ふふふ、実は私、こういう事をしていまして」

 

 差し出されたのは名刺だ。株式会社トマト倶楽部……ってもう同人活動とかやってんのか。

 

「ふふん、特別にトマトちゃんって呼んでも良いですよ、きゃはっ」

「ノーセンキュー」

 

 あーなるほど。ダンマスがミユミさん連れてきたり、準備できたんだろとか意味深な事言ってたのはこれなのか。

 原作では株式会社トマト倶楽部は、法人化してるのかと軽く流されていたが、伏線の多いあの作品の事だ。ただのネタではなく、実はこうした設立にいたる経緯があったのだな。

 ……ああ、この無限の先への続きが読みたくなってくる。いや全く、あれが無料で読めたのだから、日本という国は素晴らしかった。意外なことに迷宮都市は日本ほどネット上の娯楽は発展していない。

 誤解のないように詳しく述べれば、迷宮都市はCG等の技術的な面では日本を圧倒している。何せ思い描いたことを映像化する技術もあるのだ、敵うわけがない。一方、文章や映像作品におけるストーリー、あるいはセンス、そして物量という点において日本のほうが優れていると断言できる。

 何せ作品数が違う。人口差が数を生み出し、数が質のいい作品を生み出している。あーネットの海に浸りたい。

 などと考えていたら、手の中にずっしりとした重みを感じた。

 

「ミユミ、さん?」

「まずはハンドガンで練習ですね。後でアサルトライフルも試しましょう!」

「三歳児がそんなの撃ったら、肩を脱臼したりしませんか?」

「赤ポがあるから大丈夫だ、問題ない」

 

 なんで大丈夫じゃないフラグを立てるんだ! この世界のポーション赤くないし!

 

「まぁちゃんとした持ち方で撃てばきっと大丈夫ですよ。さぁ練習しましょう!」

 

 ◇◆◇

 

 前世で銃を撃ってみたいと思ったことはある。結局やる機会はなかったがサバゲとかやってみたいとは思っていた。

 四散するゴブリン。脱臼する肩、赤ポでタプタプの胃。これ吐いたら効果が切れるのかなー……。なんて、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 

「……も、無理……」

「むぅ仕方ないですね、休憩にしましょうか」

 

 ハンドガンなら撃てたんだからアサルトライフルは諦めてくれませんかね!?

 そんな風につっこむ気力もなく、俺はその場でへたり込んだ。

 ズキズキとした痛みのせいか体温があがっていて、少し朦朧としている。それは嫌になるほど現実的な痛みで、しかしHPが減ると共に痛みの引いていく感覚はファンタジックだ。

 ……あ、HP切れたわ。地味に痛みが残る。渡された赤ポを目の前で振るが、飲む気がしない。今、赤ポを飲んだら絶対に吐くから少しの我慢だ。

 

「こんな量の弾とか、ポーションってどこに仕舞ってんのさ……」

「アイテムボックスのスキルオーブを買いました」

「……本気でお金の力で攻略する気だなぁ」

「ドヤァ」

「ぐっ!」

 

 反射的に殴り掛かりそうになり、肩の痛みに呻くことになった。

 赤ポを飲もう。んで出てくるものも飲み下して、俺、こいつを一発殴るんだ。

 まだダンジョン攻略は始まったばかりだ!

 

 ◇◆◇

 

 ナイアガラの滝を作る茶番劇が終わり、流石に不憫に思ったミユミさんが、ハンドガンで許してくれてから、本格的にずっしりとしたダンジョンを攻略していく事にした。

 とはいえ第一層のゴブリンは雑魚だし、今のところ一本道だ。攻略もクソもないので俺の射撃訓練と並行して進んでいる。

 途中ゴブリン肉がドロップしたが、当然のごとくスルー。興味があるかないかでいえばあるのだが、あれは罰ゲームなら許されても、普段チャレンジするものではない。前世で言うデスソース的な扱いだ。

 まぁ飯ならミユミさんが大量に持っているから緊急の食料になることもないだろう。圧縮乾パンも含めて1年は余裕なのだとか。

 

「トライアルダンジョンには滞在時間制限がないので、これを利用しない手はないですよね」

「へ、へー……」

 

 ダンジョンを一緒に攻略している以上、その長期滞在に付き合うことになるのが俺だ。ダンジョンで引きこもる未来図は想像しただけで笑えなかった。

 そんなこんなで、15分程探索して扉を見つけた……まじで一本道だったな。

 

「これボス部屋じゃないですか? ……ううん、ボス部屋、ですよね、書いてますし」

 

 原作通り『ぼすべや』と手書きで書かれた、戯けた扉だ。あ、いや、『す』が左右反転してるし、『べや』まで平仮名だな。もうちょっと頑張れよ。

 これもしかして毎回手書きで作り直してるのだろうか。

 

「第一層は動画でもほとんど省略されるのでよく知らないんですけど、ボス戦あったんですね」

「確か、2回目以降の攻略だと省略できるらしいよ」

「で、でたー原作知識チート奴ー痛い痛い痛いうぐぐぐ! なんか力強くなってませんか!?」

 

 ギフトの単独行動が何故か発動したので、腕関節を決める。うーん単独行動が好きなときに発動できればアサルトライフルぐらい楽勝で使えるんだろうが。本当に発動条件が分からんな。

 

「よーし、じゃあ原作知識チート披露しちゃうぞー」

「関節キマったままで!?」

「ミユミさんはこういう扱いがいいっていう原作知識チートです」

「私そういう扱い何ですか!? センパイが主人公なんだから私ヒロイン枠なんですよね!? え、なんで目を逸らすんですか!」

 ヒロイン枠なのかもしれんけど、読んでた範囲ではネタ枠だからダヨ。

「で、第一層のボスなんだけど」

「ええ!? 本当にこの体制で話すんですか!?」

 

 第一層のボスはコボルト、ファンタジーによくある犬頭のモンスターだ。ただ身長はゴブリンより高くて、人間に近い体格なのだとか。ゴブリン以下の俺からすれば大体3倍ぐらいの大きさだろうか。武器もトライアルで貸し出してるのと同じ槍を使ってくる。しかも槍を投げてきたりする。こっちは飛び道具だから楽勝とか思っていたら痛い目を見るかもしれん。基本的には雑魚なので、銃を持ってれば1体や2体倒すのはそう問題はないと思う。

 

「1体や2体? そんなに何体もいるんですか?」

 

 無限湧きだ。

 

「無限湧き!?」

 

 襖を閉めないと、延々と湧いてくる。逆に襖を閉めればコボルトが出てこなくなってステージクリア。分かってれば意味がないから、2回目からの挑戦だとスルーできるんだそうな。

 

「ふ、襖って……なんというか……平成日本人としてダンジョン攻略って、不安ながらも少しワクワクするところがあるわけです。おおっと、みたいな」

「例えがそのゲームでいいのかお前、hageるぞ。あと平成日本人で一括りにするな、俺は不安しかないわ」

「え……?」

「ん?」

「まぁ……つまり、なんか憧れが吹っ飛ぶというか、脱力してくるというか」

「ゲームでも襖の出てくるダンジョンって多かった気がするんだが」

「…………おお、それもそうですね! なるほどなるほど、ちょっとテンション上がりましたよ!」

 

 あがるのか……。

 

「なんて言うんでしょう、期待感と言いますか、ファンタジー的な世界のダンジョンならこんな風であって欲しいって思ったりするわけですよ」

「あー……最強系主人公なら苦戦しないで欲しいとか?」

「転生系なら前世の体験でのトラウマが欲しいとか」

「原作知識持ってるなら上手く活かせとか」

「……自信ないわぁ」

 

 つまり、期待に応えて欲しいということか、王道でも邪道でも。それは……なんとなく分かる気がする。

 

「ダンナさんならご存知でしょうけど、私、内戦で両親を亡くすまで、迷宮都市の外に住んでたんですよ」

「全くご存知じゃございませんが!?」

「ええ!? どんだけ私の過去スポット当てられてないんですか! 主人公の前世の後輩ですよ!?」

 

 俺もびっくりだよ。二章のラストに思わせぶりな過去回想で出てきたと思ったら、ネタ枠だったんだから。

 

「……普通に落ち込みますね、これ。ま、まぁそれでですね、えーっとなんの話でしたっけ」

「両親が内戦で」

「ああ、そうでした。両親が死んだのってほとんど自業自得なのと、迷宮都市の人に比べると影が薄くてたまに忘れちゃうんですよね」

「おい」

 

 深くツッコむと闇が深そうなんだが。本当に大丈夫なのか、これ。原作には書かれてなかったぞ、こんな話。

 

「で、転生した当初は異世界転生キターってテンションがあがったもんですけど、迷宮都市の外って妙に現実的で……期待とは違うわけですよ」

「あー」

 

 ツナとユキも似たようなこと言ってたな。

 

「そこに来て迷宮都市に来ちゃったもんだから、紙とペンがあったのではっちゃけてBL布教しちゃったりとかして、勢いあまって会社作ったりするじゃないですか」

「ねーよ!」

 

 しょっぱなの行動がひどすぎる!

 

「それでもお金周りだったり、冒険者の話だったりに触れていくと、まーやっぱり現実な訳です」

「あー」

 

 俺が生まれたことで、ロリ母とペドチリが冒険者を辞めるとかいう瀬戸際になったことがある。

 俺が転生者でなければ、きっと冒険者を辞めていたはずだ。

 

「だからダンジョンぐらいはダンジョンらしさを期待しちゃう訳です」

「……」

 

 分かる。

 原作を読んでいたからといって、この世界は小説じゃなくて現実だ。

 無限回廊攻略も行き詰まりを見せているらしく、認識阻害の効かない俺は街中の温い空気も感じとれてしまう。

 ダンマスが俺を無理矢理トライアルダンジョンに連れてきた理由の一つに、そんな迷宮都市への焦りがあったのでは……と思うぐらいには、嫌になるほど現実だ。

 しかし……。

 

「銃を持ち込んどいてダンジョンらしさとか」

「お金をかけて物理で殴る、ほら凄いダンジョン的じゃないですか」

「課金ゲーの話かクソゲーの話か、どっちだ!?」

「はっはっはっ、どっちかというとクソゲーの方ですね、こうなったらレベルもあげましょう」

「ああ、そうそう、レベル1の状態で第一層のボスを倒す、というか襖を閉めたらレベル2になれるんだよ」

 

 と、言うと、「ちっちっちっ」とミユミさんが人差し指を左右に振った。舌を鳴らせず普通に声に出して言ってるあたりミユミさんだ。

 

「本当は五層で予定していましたが、無限湧きなら、ここでやっちゃいましょう!」

「無限湧きならって、まさか……」

 

「そう! 放置レベル上げです!」




超捏造注意。
熱い戦闘ってなんや

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