「原作が……原作が……」
「ダンナさんいつまで落ち込んでるんですか」
五層の闘技場のようなボス部屋のど真ん中で、俺は両手をついて項垂れていた。ミユミさんはグラサン豚鼻装備だ。
グラサンは自分で閃光弾を使う為に持ち込んでいたそうだが、アインさんが閃光弾を使ったときに着けて、気に入ったのか着けっぱなしである。壊滅的に似合ってない。
「だってこんなの酷すぎるだろ! 最初の壁だぞ! 山場だぞ山場! どんだけミノタウロスさんの絶望感あったと思ってんだ!」
「知りませんよっ!?」
「ミノタウロスさんだって、貴重なボス役に張り切ってたんだぞ! 闘技場の上からジャンプして、地面を踏み砕いて雄叫びとか完璧なボスムーブと演出だったのに、その雄叫びしてる口にゴブリン肉放り込むとか、鬼畜か貴様っ!」
「ダンナさんもノリノリでしたよね」
「……」
「こっち見ましょう」
ちゃうんや、しゃあないんや。ワクワクしながら演出を考えてるミノタウロスさんを思い浮かべたら台無しにしてやりたくなったんや。
実際、ミノタウロスが出てきたときは、あまりの大きさに、でけぇ! やべぇ! としか思えなかったんだが、顔を見たらすっごいドヤ顔してて、ついイラッとしちゃって。
獣の咆哮は単独行動がレジストしてくれたし、口をめっちゃ開けて吼えてるから、その、つい。……ミユミさんも同じタイミングで投げたけどなっ!
「あ、そうだ、ミユミさん、獣の咆哮をよくレジストできたよね。こっちは単独行動がレジストしてくれたけど」
「またすぐ話を逸らそうと……あー……ほらダンナさんは原作知識で知ってるんでしょうけど、私、前世の方でやばい経験してるじゃないですか。アレと比べたらそんなに……」
「え、そうなん?」
ミユミさんがギシッと固まる。いや、何を言ってるんだこの人みたいな目で見られても……。
「ああ……ツナの死んだ所見たっぽい話がちょっとあったっけ」
「ちょ、ちょ、ちょおおおおおおっ!」
「お、おお?」
「ほんっとおおおに、どんだけ扱い悪いんですか私! 私センパイの死に際見てないですよ! それでもアレは! 物語ならどう考えても中軸レベルでしょ! ツナセンパイが主人公で、な・ん・で、前世のあの話とかやってないんですか!」
だって完結どころか書籍化前に俺死んだし。多分そのうちやる予定だったと思うよ、伏線は貼ってたし。
しっかし、ほんっとーに原作の続きが読みたい。くっそー、何とかならんかな。無限回廊の先とか……いや無いな。流石に繋がってる気がしないし、何より俺が死ぬ。
……無限回廊か……うーん、こうしてトライアルダンジョンをクリアしちゃったもんだから、俺も無限回廊に入れるようになってしまった訳だけど……。
折角だし冒険者になっちゃっても良いんじゃね? へいへーい
という俺と、
死ぬんだろ、ねーよ!
という俺がいる。
多分、トライアルダンジョンで危機感を覚えたのが、最初のゴブリンとアインさんだけだというのが問題なんだと思う。自分の中の危機感が足りない自覚がある。
レベルもあがったし、スキルも覚えた。認識阻害の無効化については謎のまんまだが……システムの恩恵をこれだけ受けれてるから、死んでも生き返れそう。
それでも絶対に死にたくないけど、冒険者になったからって死ぬと決まったわけじゃないし……。今のレベルだと、G級からF級にあがるぐらいなら死ぬような危険はなさそうだ。
冒険者になれば、無限レベル上げのあの無間地獄の時間を無駄にしないのがいい。何より週休6日である。
週休6日。
そう週休6日なのだ!
無限回廊に入れるのは週に一度だけで、中6日の休息をとらないといけないルールがあるのだが、それでいて年収も200ぐらいはある。バイトを2日ぐらい入れたとしても4日も休みがある。これは社会人として非常に逆らい難い魅力が……っ!
(あ、今の俺、三歳じゃん……)
社会人じゃなかった。幼年学校もあるし、冒険者になっても休日にならないじゃん。
……いやぁ、危ない危ない、自分から地獄行きの列車に乗るところだった。いや、これもダンマスの罠だ。そうに違いない。
まぁ随分思考が脱線したが、原作の続きではミユミさんの死に際もきっと触れられるはず。きっと、多分、そのはず。
「でも……ミユミさんだしなぁ」
「あー! あー! そういうこと言います! 言っちゃいます!? そっちがその気ならツナセンパイに言いつけちゃいますもんねー!」
ミユミさんの原作での扱いの悪さについてツナに言いつけたところで何にもならんだろうに。大体、ツナなら言いつけても「まぁ……お前だし」で終わりだろ。
「と、とにかく、これでトライアルダンジョン攻略! 初挑戦初クリア! ふふん、これで原作はともかく、実際の迷宮都市での扱いはスーパーヒロインミユミちゃんですからねっ!」
「あー……そーね」
「雑っ! もう少しこう感情を……ってどうしたんですか、深刻な顔して、便秘ですか?」
「スーパーヒロインが便秘言うな」
悩むのがアホらしくなるな。おい。まぁ実際どうなるか分からないんだから悩んでも仕方ないのか。
「ツナとユキも、トライアルダンジョンは初挑戦初クリアしたんだけどさ」
「え、まさか、センパイもゴブリン肉投げてたんですか」
「ミノタウロス戦は山場だっつったろ! 嫌だわ肉持ってボス戦に挑む主人公とか! いや、そりゃ、ミノタウロスの実物見たからさ、ゴブリン肉みたいな裏技使わずに、アレをどうやって剣とか短剣で倒すんだって言いたくなるけど、原作では倒してたんだよ」
本当にミノタウロスはでかかった。今の俺だと、背伸びして足の脛ぐらいにしか手が届かない。大人でも小さい人だと腰にも届かないだろう。
そんな相手と近接戦で倒したとか、小説の描写を思い出しても信じられない。毒とか松明とか多少の運はあったにしても軽く人間を辞めてる。
「ま、まぁセンパイですし……」
「説得力があるのがまた……え、えーっと、で、トライアルダンジョンを初挑戦で挑戦者が全員生きてたら隠しステージに行くようになってるんだよ」
「隠しステージ! なんかワクワクする響きですね!」
「隠しステージではなんと同伴者とのガチバトルが!」
「クリアおめでとう死ねって事じゃないですかそれ!」
同伴者とはトライアルダンジョン挑戦者にくっついてくる、中級冒険者のナビゲーターさんだ。原作主人公は、俺達が戦ったアインさんのクラン“獣耳大行進”のチッタさんが同伴者だった。
第四層で戦ったアインさんも中級冒険者だが、レベル10に制限されていた。制限がなければレベル40、50ぐらいだろう。そんな同伴者とガチバトルだ、勝てるわけがない。
「あれ? でも私達、同伴者っていませんよね?」
「そうなんだよなぁ。だから、隠しステージはありませんってなったら良いなぁって思ってるんだけど」
「あの杵築さんがそんな甘いわけないですね」
「だよなぁ……がっつり殺しにくるんだろうなぁ。最悪上級冒険者がくるとか……流石にないと思うがダンマス自身が来る可能性も……? はぁ、せめて痛みを知らず安らかに死にたい……」
「ダンナさん、ネタを言う元気があるなんて意外と余裕ですね。あと、流石に杵築さんは来ないと思いますよ、あの人結構忙しいですから」
「はぁ……そうあって欲しいなぁ」
考えうる最悪のパターンをミユミさんが否定してくれたが、上級冒険者については否定してくれなかった。それは、あり得るって事なんだろう。全く、嫌になる。
余裕なんて欠片もない。今だって手が震えてる。奥のワープゲートをくぐればほぼ間違いなく死ぬのだ。
それはミユミさんも同じはずで……。
「じゃあ行きますか。うだうだしてても何にもなりませんし、もしかしたら同伴者がいないから隠しステージはありませんでしたーって事もあるかもしれませんよっ!」
……。
「ミユミさんって悩み無さそう」
「あ、知ってますよ! それ褒め言葉に見えて、実は馬鹿にしてるっていう罠なんでしょ! 前世では散々騙されてましたけど、もー騙されませんよ!」
俺には褒め言葉には聞こえないし、騙そうとしたつもりも無いです。
いや、こういうじゃれ合い的な会話がしたいんじゃない。
「……先に進めばほぼ間違いなく死ぬっていうのに、なんでそんなに前向きにいれるんだよ」
「ツナセンパイがその中級冒険者を倒してるからです」
……驚いた。話していないことなのに。いや、そもそも常識からすればあり得ない事なのに。原作を読んでただけの俺でも、対チッタ戦は善戦したにしても死ぬだろうと思ってたぞ。
ミユミさんのその表情は真剣で、さっきまでじゃれ合っていた時とは違う強さを感じた。
「なんで……」
「センパイですから」
ツナ達もミノタウロスを倒したと伝えた時と時と同じ返答。だけど明確に違う、何か確信があるように聞こえた。
「それにダンナさん言いましたよね」
「何?」
え、うそ、何か言ったっけ?
「無意識なんでしょうけど、ダンナさんさっき、先に進めばほぼ間違いなく死ぬって言ったんです。ほぼって事はつまり、死ななかった人がいるって事じゃないですか」
あ。
「ツナセンパイは生き延びた、だから私達も生き残れる可能性があるって。ふふ、私の事を前向きって言いますけど、ダンナさんこそ『ほぼ』だなんて、全然諦めてないじゃないですか」
それは……。
「だから、行きましょう。先へ。何があるとしても、私達は諦めない。そうでしょう?」
ミユミさんが手を伸ばす。
……俺は……その手を掴んで、言った。
「いや、『ほぼ』って、同伴者いないし、誰もいない可能性もあるかなーって思って言っただけなんだけど」
「えええええええっ! だ、騙されました! 無し、今の無しです!」
「何があるとしても、私達は諦めない。そうでしょう?」
「やーーーーめーーーーてーーーー!」
ミユミさんが手を振って離れようとする姿を見て、少しホッとする。やっぱりこのぐらいの空気の方がいい。
「じゃあ……行こうか」
「へ?」
「ツナが出来たんだから……俺達もやってやるさ」
繋いだ手は、俺も、ミユミさんも震えていた。
怖い、怖いさ。そうだよな、怖くない訳がない。それでも諦めないのがツナで……それが俺達二人の憧れの姿だ。
二人で頷いて、ワープゲートを潜った。
……どうか、できれば、隠しステージに誰もいませんよーに。
◇◆◇
隠しステージである。もう手は離して、お互いに銃を手に持っている。
もしかしたら、このままクリアで出口のダンジョン転送装置に部屋に送られるかもという期待は無残にも裏切られた。俺は深い悲しみを背負った。
ミユミさんも俺の様子を見て、これが隠しステージだと分かったようで臨戦態勢だ。
「誰もいませんね……」
「原作でも少し喋ってたから、もうすぐ来るんじゃないか? 誰も来ないのが一番いいけど……ああ、ほら来た」
奥から足音が聞こえる。くそ、銃を持つ手が震える。ここでぶっ放してしまおうか。不意打ちでも少しは意味があるだろう。広い場所に来てからより狭い通路にいるうちに……。
狙いを定める。ミユミさんも同じように考えたようで銃を構えていた。
相手が通路の影から出てきたら撃つ。誰が相手でもそれは同じつもり……だった。
最悪だ。
「ミッシェルさ「ママ」……母さん……」
「お母様……」
最悪だ。
最悪だ。
ダンマスは本当に一回死ねば良い。地獄に落ちろ!
「ケンスケ……」
ダンジョン転送施設にいたのは、てっきり無限回廊攻略の為だと思っていたんだけどな……。もしかしてこの隠しステージの為に呼ばれてたのかね……。くそっ。
ミッシェル・メイソン。俺の一番知っている中級冒険者がそこにいた。
見た目年齢はロリとロリとショタ。