その転生の先へ   作:夢ノ語部

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三歳児の憧れ

 爆音、爆音、爆音。

 どうしてこんな目にあわなくちゃならないんだ。俺が、一体何をしたっていうんだ。

 銃弾を避ける中、砕けた壁の破片が頬を叩く。ああ、くそったれ!

 怖い怖い怖い! 体が冷えていく。死に近づいている。ただの一瞬、体を動かし損ねたら死んでしまう。

 死んでも生き返る? 馬鹿じゃないのか。死んで転生したからこそ思う、それは地獄と何が違うんだ。

 何故ダンジョンになんて入ってしまったんだ。くそっくそっくそっ!

「はっ……ぐぅっ!」

「ダンナさんっ! きゃっ」

 最初は腕に弾が掠った。

 HPの壁に阻まれて傷はないが、衝撃は三歳児の小さな体を止めるには十分だ。上半身がねじれ、後方に持っていかれた所に胴体に何発か衝撃を感じてぶっ飛んだ。

 ミユミさんが俺を助けるつもりでアインさんに突撃し、銃撃できないよう近接戦を挑むが、それもあっさり受け流されて蹴り飛ばされた。

「まずは一人ピョン……ピョン? なんでHPが半分も残ってるピョン!? 胴体に直撃したはずピョン!」

 声が聞こえる。が、衝撃でグラグラしている頭に響くから叫ばないでほしい。幸い銃撃の爆音は収まっていた。

「なんかスピードも早いし、こっちの攻撃も簡単に避けるし……え、レベルいくつだピョン? いや、まさか、下層でレベル上げとかいう苦行……」

「23です」

「変態がいるピョン!!」

「誰が変態ですか!」

 だ、だから頭がグラグラしてるんだけど。腹もじくじく痛むし……ただ言わせて欲しい……。

「豚鼻をつけている姿はまごうことなき変態……」

「仲間から裏切り者がでました! ひどいです! とりたくてもとれないんですよ!」

 ごめん、俺が悪かった、だから叫ぶのをやめてくださいお願いします。

 グラグラする頭を抱えていると、アインさんも似たように頭を抱えていた。

「は、反則だピョン、俺達が四層でどんだけ酷い目にあったことか……なんでボスよりレベルが高いんだピョン」

 四層ボスは、中級冒険者の人のアルバイトでもレベル10に制限される。普通ならトライアルを受ける人はレベル4とか5程度なので反則だと言いたくなるのはよく分かる。

「反則っていうならそっちはどうなんですか。ミニガンとか低レベルだと確実に避けられませんし、無理ゲーってレベルじゃないですよね」

「ぶっちゃけ俺とキャラが被る銃使いは、トライアルで手間取ってどんどん死んでてほしいピョン。キャラ被りはロベルトだけでお腹いっぱいだピョン」

 最低だーーーーー!

「確信犯ですよこの人! すっごいクズい理由で!」

「兎耳スキンヘッド二人相手にどうやったらキャラ被りになるってんだ!」

「こんなのがもう一人いるんですか!?」

「あっちはただのハゲだピョン! ああ……くっそ忌々しい。こっちのが先にデビューしたのにキャラが被ってるから髪型変えろとかふざけんなって話だ。それでいて、そっちが変えろっって言ったら、髪型を変える余地があるなら変えてるわぁ! とか泣きながら殴ってくるし、あいつまじ死んで欲しい。何よりあいつが冒険者になってから、仕事のオファーが増えてきてるのが一番腹立つ!」

 おおぅ、いきなりダークサイドに落ち始めたぞ。ぶつぶつ言っててかなり怖い。語尾まで忘れて、マジギレじゃないですかヤダー!

 原作でチッタさんやアインさんの所属していたクラン“獣耳大行進”はまだ発足してないのか、原作でサブマスターになっていたロベルトさんとは今は犬猿の仲のようだ。両方兎だけど。

「で、今度は高レベルガンナーの最年少冒険者とか。デビューしたら活躍するだろうし、人気も出るだろうなぁ……外にない武器で、誰も使ってないからチャンスだと思ってたら次から次へと……! 人がどれだけ苦労したか……っ!」

 こ、こっちに怒りが飛び火してきた! 嫌な予感に全身が総毛立つ。

 ミユミさんも何か感じたのか、すぐに動ける体勢をとった。

 いや、しかし、ここで受け身に回るのは不味い気がする。

 あのミニガンだけでも脅威だが、アインさんは未だにスキルを使っていない。レベル10だと使えない可能性もあるが……いや希望的観測はやめて、使えるけども使うまでもないと思っていたから使っていなかった。そう思った方が良さそうだ。

 だから、ここは先手をうつ必要がある。

 ミユミさんを見れば、覚悟を決めた顔でいつでも行けるとばかりに頷いてくれた。よし! 俺はアインさんに向かって一息で叫んだ。

「銃を持ち込んだのは全部ミユミさんなんです! 俺トライアルクリアできても銃は使わないので見逃してください!」

「ちょーーっ!!」

 

――Passive Gift《 単独行動 》――

 

 よし! 少し最低な奴に見えないこともないが、計算どおり単独行動が発動した。これで大抵のことは何とかなるはずだ。

 発動前でも銃弾が見えていたのだから、単独行動時ならなんとかなるはず。最初からこうしておけば良かった、囮にする相手もミユミさんなのであまり心が痛まなくてすむ、『ようやく安全マージンがとれた』。

 と、油断した。

 相手は冒険者で、身体的には格上なモンスターばかりと戦う職業だということを、俺は失念していた。肉体は強くても、経験もなくスキルもなく油断する。それはモンスター以下だということだ。

「終わりだピョン」

 

――Action Skill《 ミスディレクション 》――

 

 アインさんが無造作に円筒状のものを放り投げた。目が離せない。不味い。不味い不味い不味いっっ!

「ガッ」

 目が焼ける。耳も聞こえない。蹲りそうになる体を叱咤し、なんとかその場から飛び退く。が、がむしゃらに動いただけでは何も意味がなかった。

 衝撃。

 単独行動で若干緩和されているが、強い衝撃が、何度も何度も俺の体を叩く。それは簡単に俺の意識を奪った。

 ああ、くそ、いってぇ……。

 

◇◆◇

 

 暗闇の中で、前世の俺が目の前に立っている。

 ……こんな目してたっけか。

 3年ほど見ていなかった前世の俺は思い出の中より、幾分か見すぼらしく思えた。モテなかったはずだ。

 自分では、そこそこに勉強して、そこそこの大学に行って、そこそこの会社に入ったのだから、そこそこにモテてもおかしくないと思っていたのだが、現実は非情だった。

 自分の嫌な部分を見せられて思わず睨みつけると、前世の俺が口を開いた。

『仕方ない、人生こんなもんだ』

 ……力が抜けた。ああ、そうだ、俺はこういう奴だった。

 ありふれた話だが、うちの親はいっぱい勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職するのが幸せだという親だった。子供の頃の俺の出来が良かったのも、そういう教育方針になった一因かもしれない。

 だから中学受験に失敗したのは何かの間違いだと思った。

 家のリビングでさめざめとなく母を見て、俺は失敗できなかった事を知った。取り返しがつかない失敗があるのだと学んだ。

 それからは……まぁ、そこそこに勉強して、そこそこの大学に行って、そこそこの会社に入った。志望校のランクは一つ落として、会社は休日の多さで選んだ。どこか、好きなことをやってチャレンジする人を羨みながらも。

『仕方ない、人生こんなもんだ』

 俺は一切のチャレンジをしなかった。

 何も特別な話じゃない。周りにはこんな人間ばかりだったから、それが普通だと思っていた。信じていた。

 現実に見切りをつけて、ただ過ごす日々。だから、という訳でもないのだろうけど、当然のように俺はフィクションにハマった。

 二次元サイコー! 三次は糞!

 オタクである。モテなかった原因の一つじゃないかとも思うが、夫婦で即売会に来てる人もいるので直接的な要因ではないだろう。

 もしかしたら、二次元に向けるような情熱を、三次元に向ければ彼女の一人や二人出来たのかもしれないが、三次元に本気になれる良い女がいないのが悪いのだ。

 ……こほん。

 まぁ、そうやって消費型のオタクをやっていると、小説家になろうというHPが話題になっていた。

 ネット小説からプロを排出するとかいう謳い文句で、当初は笑われていたものだが、蓋を開ければ色々な作品が商業化して、アニメ化までした作品が出てきた。なろう枠なんて言われるほどに、その影響は計り知れないものになっていった。

 そんな時だった、『その無限の先へ』という作品を見たのは。

 

 『その無限の先へ』は言うまでもなくフィクションだ。だけどその生き方に、俺は憧れた。

 馬鹿な話かもしれない、面接で憧れの人を聞かれて二次元キャラの名前を出したら間違いなく落ちる。だけど、そのぐらい俺にはその生き方が鮮烈に見えた。

 乗り越えられないように見える壁を、どんどんと乗り越えていくキャラクター達。

 俺だってもっと出来るはずだ。

 悔しさだったり、憧れだったり、怒りだったり。

 諦めていたものを、諦められないものに変える。そんな感情に、姿に憧れた。

 俺だってもっと出来るはずだ。

 そして、俺は一歩踏み出した。こんな話が書きたい、影響を与えることの出来る小説を書きたいと、パソコンの前に座った。

 悩みに悩み、書くことの辛さと、思った以上の時間を消費し、5話分の書きだめを作った。出来上がった文章は……今ならお世辞にも良い作品ではなかったと思えるが、当時の俺は自分に才能があると思った。自分の作品は自分が一番楽しく読めるものだ。

 間違いなく、それは充実した時間だった。

 魂を込めて、自分の可能性を信じて、全力を尽くした時間。人生の中で最も充実していた。

 まぁ、実際に投稿したらボロクソに言われて、三次はクソだと小説を消去した訳だが。

 あそこで死ぬことがなければ、そのうちまた小説を書いていたのは間違いない。逃げ続けた人生の中で、自分の可能性に真正面から向かっていったあの時間は、楽しいものだったから。

 

 なんの因果か転生して新しくケンスケとして生きて、逃げグセは治ってくれなかったが、それでも前世のようには諦めない。そう思う。思いたい。うん、多分そうなんじゃないかな。

 痛いのは嫌だし、絶対に死にたくない、安全マージンだって全力でとりたい。それでも……それでも乗り越えないといけない壁にぶつかったのなら……。

 

 人生が終わってしまった目の前の俺には悪いが、ニヤリと笑い、指を突きつける。

『ふざけんな、人生これからだ』

 

 痛みがやってくる。銃弾に撃たれた痛みだ。視界がぼやけ、赤く染まっていく。

 驚いた顔をした前世の俺はもう見えない。立っていられなくなって崩れ落ちる。いや、元々立ってなんていなかった、これは夢なのだ。現実の俺はぶっ倒れたままなんだろう。

 それでもまだ生きてる。

 ああ……痛いなぁ、くそ、でも、もう少し、もう少し俺は出来るはずだ。早く起きろよ俺。死んだ時より痛くねぇだろ。

 

 ほら、この世界はフィクションだ。作り物で、俺の大好きな世界だ。

 

 生まれてから見てきたこの世界は、嫌に現実的で、人生に諦めた人が沢山いたけど、俺は、俺だけは諦めたら駄目だ。

 俺はツナを知っている。フィクションだったこの世界を知っている。この世界の誰よりもこの世界に憧れている。

『この世界はこうあるべき』

 傲慢な考えだ。

 それでも俺は信じたい。知っているから、憧れだから。その憧れを、他の誰でなく俺が壊すのは許せない。

 

 現実になったこの世界で、記憶の中のフィクションにすがる。それは現実から目を背け、逃げた前世と何も変わっていないのかもしれない。それでも……それでもだ……。

 や、やっったらあああああああっ!

 

 ◇◆◇

 

「……」

 あ、駄目だ。声も出ねぇわ。体もピクリとも動く気がしない。よく生きてるなってぐらい痛い。変に力が入ったり抜けたり、あ、うん、無理。

 ……本当に生きてるのが不思議なんだが。

 体に意識を向けると、ほんの少し回復していっている感じがした。

(そういえば散々ポーションを飲み水代わりにしてたな)

 そのポーションが少し残っていたのかもしれない。何にせよありがたい。

 状況を把握しようと掠れた視界に目を凝らせば、アインさんは俺に背中を向けて、奥にいるミユミさんを追い詰めていた……右肩にごっつい連発式のロケットランチャーを掲げ、左手にショットガンを構えて。ACかな? 

 ミニガンは地面に転がっていた。銃身がひん曲がって壊れているようだ。

 ミユミさんは、何故かグラサンをかけていて、その手にはナイフとハンドガンを構えていた。

 

――Action Skill《 クイックリロード 》――

――Action Skill《 クイックリロード 》――

――Action Skill《 クイックリロード 》――

 

 ロケットランチャーもショットガンもすぐに弾が補充される。弾だけの瞬装のようなスキルだろうか。もう弾幕の見た目が酷い。ACでもオンラインで出会ったら通報するレベルだ。

 一方それを避けるミユミさんも頭がおかしい。明らかにミニガンを避けていたときとは動きが違う。ただ避けるだけでなく、飛んでくる銃弾を銃弾で弾いたりしている。

 それでもショットガンの弾を避けきれていないが、直撃はしていない。

(何だこれ)

 起きたら人外大戦でござる。あいつ一人で十分なんじゃないかなと言わんばかりの光景だ。

 実際、4層ボスは一定時間耐えればクリアになるのでミユミさんだけで十分そうだ。

 

――Action Skill《 クイックリロード 》――

 

 ミユミさんまで、スキル使って弾召喚してるし。

(ははっ……)

 なんていう非現実的な光景だろうか。流石フィクションだ。……めっちゃ痛いしこのままでもクリア出来そうだし、もうちょっと寝てようかな。

 あ、駄目だ、力を抜いて横になろうとした所をミユミさんに見られた。めっちゃ気まずい。仕方ないので出来ることを探そう。

 ……正直この状態で働けと言われても大したことはできないし、ミユミさんも期待してないようだけれど、それはそれで癪にさわる。

 アインさんがこっちに気付いてない今なら、一発ぐらい何か当てられるかもしれない。……銃は、落としてるな。

 投石なら、力は入らないので当てるだけになるが、それでも気をそらすぐらいはできるだろう。幸い瓦礫は手を伸ばせば届く範囲にそこそこ落ちている。

 あー……どうせ力が入らないし、全力で投げても大したダメージにならないなら他のものでも良いのか。ちょうど懐にどうでもいい物が入っている。手を伸ばさなくて良いぶん楽だ。

 懐のカードを取り出し、マテリアライズしてぶん投げる。

「いっってえええええ!」

 無理するんじゃなかった!

 やっぱり全力で投げても力が入ってないし、投げたものは軽い放物線を描いて緩やかに飛んでいく。ダメダメだ。

 アインさんも俺の声に驚いてこっちを見た。俺がトドメをさされてなかったのは、多分すぐに死ぬと思われていたからだろう。……死んでいないと気付かれた今、きっと殺される。

 ああ……やっちまったな。それでも気をそらす事は出来た、隙は作った。ミユミさんあとは任せた。

 

〔スキル《 ミスディレクション 》を習得しました〕

――Action Skill《 ミスディレクション 》――

 

 ……やるじゃん俺、気を引く為にスキルを覚えるとかさ……。へへっ。

 

 その時、地面に転がったままの俺を見るアインさんは、斜め上方から落ちてくる物体に気が付かなかった。

「まだ息が……っ!」

 驚きの声を上げるアインさんの口に、丁度投げた物体が着弾する。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 

 ……まじか、まさか入ると思ってなかった。ヤバイのは身を持って知っていたが、戦闘中にぶっ倒れて泡を吹くほどとは……。

 ミユミさんもこっちを見て、すごい呆れた顔をしておられる。ミユミさんにそんな目で見られるのはとても不本意だ、が、うん、まぁ、仕方ないのかもしれない。

 悪食がなかったらこんなにヤバかったんだな、生ゴブリン肉……。

 

「私、結構、ガチ戦闘してたんですけど」

「そ、そうね」

「何度も死ぬって思いながら、そっちに銃弾が飛ばないよう気をつかってたんですけど」

「そ、そうなの」

「ふ、ふふ、ふふふふ」

「ごめん、なんか本当ごめん」

 

 このあとアインさんが倒れてるところをヘッドショットでぶっ殺しました、まる。

 あ、五層ボスのミノタウロスも生ゴブリン肉食わせたら簡単に殺せたよ! わーい!

 

 ……原作のミノタウロス戦、好きだったんだけどなぁ……。




熱い戦闘なんて無かった。
ミノタウロスのかっこいいシーンは原作2巻で!

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