ネット小説が好きだ。あの玉石混交の中で宝石を見つけた時は心が踊る。いや、この際石ころでもいい、あの読んでいてムズかゆくなる感覚も商業では中々味わえないものだ。
ネット小説にはまったのは、社会人になって腰を据えて小説を読む時間が確保できなくなった頃だった。その時に小説家になろうというサイトに出会ったのだ。
そのサイトはネット小説から商業に移動する作品も多く、最近有名になったアニメの原作が小説家になろうが出処と知って驚いたりしたものだ。まぁネット小説にはまってからは、ハマった小説が商業化すると少し寂しくなったりもしたが喜ばしいことである。たまに石ころが商業化したりして、俺でもいけるんじゃね?と勘違いして小説もどきを書いたこともある。
当然黒歴史であり、厳しめの感想を見てはたと目が覚めて、スマホから小説を全削除しようと操作していたらトラックに轢かれてしまった。歩きスマホダメゼッタイ。
そんな感じで、黒歴史小説とHDDの中身を削除できないまま、悔やみきれない状態で、俺はあっさりと死んでしまったのだった。急展開だ。
……うん……いやぁ……頭の中がごちゃごちゃしていておかしくなりそうだ。ああ、おかしくなる頭の中身ももう無くなってるのか。こんなに人って簡単に死ぬんだな。痛みがないのが幸いか。
こうして、鈴木賢介という男の人生は24という短い生涯を終えたのだ。
で、目覚めたら赤ん坊になっていた。
「へぎゃあ!」
ベタだな!
思わずやった全力でのツッコミも言葉にならない。
トラック転生という言葉が生まれるぐらい、ネット小説界隈では手垢で真っ黒な展開だ。
まぁ……天井に蛍光灯がぶらさがっている辺り、ファンタジー世界への転生ヒャッホーという事はなく、地球での第二の人生といった感じなのだろうか。変な文明の遅れたファンタジー世界に転生するよりか良いに違いない。ベビーベッドの布団の手触りを感じて、そう思っていた。
さらさらした手触りの布団だから、全力で握りしめても痛くない。それが有り難かった。
「あ……うぅ……」
死んだ。死んだぞおい。今でも体のあちこちが痛い気がする。トラックがぶつかった時の衝撃と引きちぎられる痛みが、体が無くなる感覚が、どこまでも落ちていくような、大きいものに飲み込まれるような死ぬ恐怖が、嘔吐感と共に込み上げてきた。
「うぇ……」
最悪な気分だ。これ二度と体験したくない。……とはいえ、転生して新しく生を受けてしまったがために、いつかもう一度死ぬことが確定しているのだが。まぁ死は避けられないにしろ、全力で長生きしてやろう。
て、あ……やば、さっきちょっと吐いたのが喉に、ちょ、ま、死……ぬ……た、助けてええええええ!
朦朧とする意識の中、部屋に入ってきた小学生ぐらいの女の子が、苦しんでる俺を見て大慌てで駆け寄ってくるのが見えた。そのまま俺の意識は落ちていった。
◇◆◇
意識が浮上してくる。まぶた越しに目にうつる光が眩しくて、なんだと思い目を開ける。
まず見えたのは白い天井。そして俺の寝ているベッドの横に、意識が落ちる前に見た小学生ぐらいの女の子が泣きじゃくっているのと、それを泣きやませようとする白衣の男が目に入ってきた。どうも病院のようだ。
「あ、ああ! ほらミシャさん見てください、ケンスケくんが起きましたよ。もう大丈夫ですよー」
ん? ケンスケくん?
白衣の男がこちらに気付いて、安心させようと女の子に笑顔で話しかけていた。
前世の名前で呼ばれたので、もしかして赤ん坊になったのは、鈴木賢介が事故のショックで見た走馬灯とか夢の類だっったのかと思い、腕を動かしてみる。あ、やっぱ赤ん坊のままだわ。
小学生女児も「ケンスケーよかったよぉぉ」と顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んでる事から、ケンスケというのは俺の事で間違ってはいないようだ。
ふむぅ、前世と同じ名前なんだなー、へーとか思っていると、女の子が駆け寄ってきて、俺をがばっと抱きしめた。超びっくりした。顔に当たる女の子の肋骨が少し痛い。
「ケンスケがいなくなっちゃたら、ママどうしようかと思ったよぉぉぉ……!」
お母さん?
いきなり出てきたママ発言に俺の頭にはてなが飛び交う。ママをどうしちゃうの? え、どういうこと?
「ミシャさん。もう目を離さないようにしてくださいね。忙しい時にはアルバイトを雇うとか、きちんと対処しましょう」
白衣の男が女児に向けて話している。ミシャというのは女児の名前ではなかっただろうか。お子さん? え、この小学生女児が俺の母親?
混乱している俺に対して、現実は待ってくれず、更に追い打ちをかけてくる。
白衣の男がこちらを見て、ポンを手を叩いた。
「おや、ギフト持ちで名前が日本名だから、もしかしたらとは思っていたのですが、やっぱりケンスケくんって転生者なんですねぇ」
は?
「ケンスケくん、転生者なんだねー。ママだよー」
いや、なんか平然と転生者とか言われてますけど、もうどれに驚けばいいやら……。
「あはは、転生者は珍しいは珍しいけど、五十人いれば一人や二人ぐらいはいるものだからね。そんな赤ん坊らしくない反応されれば誰だって分かるよ」
え、えぇー……。
どうも現代日本とは違うようだ。転生した人がそんなにいるという事は、強くてニューゲームひゃっほうとかも出来ないらしい。残念すぎる。
「ケンスケくんは日本人かな? じゃあダンジョンマスターとおそろいだね、大物になるよー」
「だぁ!?」
日本人かという質問に頷く事で答えると、予想外の単語が出てきて思わず声が上がる。現代的な病院の内装の中で、医者から出てきた単語だからこそ違和感がすごい。ダンジョンマスターってなんだ、っていうかダンジョンとかあるのかこの世界。あ、日本人がダンジョンマスターって言ったよな。じゃあ現代的な世界にダンジョンがあるんじゃなく、ダンジョンのあるファンタジー世界にダンジョンマスターが現代的な技術はが持ち込んだのかもしれないな、ネット小説のテンプレ的に考えれば。
ネット小説か……もう見れないんだなぁ。続きが気になっていたあの作品もこの作品も、もう二度と見れないんだ。作品がエタって続きが見れなくなった作品はいっぱいあったけど、まさか俺自身が現実からエタるなんてなぁ……はぁ、悲しい。
あぁ、楽しみにしてた作品といえば、商業化する予定だった『その無限の先へ』もダンジョンマスターとか出てきたよな。テンプレ転生物に見せかけた、ダンジョン探索物に見せかけた、熱血バトル物に見せかけた、変態コメディ物だが……ダンジョンマスター、ギフト、転生者……転生者の発生割合まで同じじゃなかったか?
いやいや、そんな事あるわけ……いやでも本当なら嬉し……くもないな、冒険者になると超死ぬし。まぁ現実的に考えてそんな創作物への転生とかないだろうが、こうやって妄想するぶんには楽しいもんだ。
と、考え込んでいると扉がノックされた。「どうぞ」と白衣の男が答えると扉が開いた。
扉が開くとそこにはパンダがいた。
パンダ、パンダだ。もう絶句である。ただのパンダじゃない。白衣に眼鏡をかけた文系っぽいパンダだ。ポケットに前足を入れて、なんというか物凄いオーラだ。
「あ、先生」
ロリ母がパンダにそう声をかけた。
お前医者かよ!? 白衣の男まで頭を下げてるんだが……。
「先生、息子を助けていただき本当にありがとうございます」
お前かペド親父は!? 医者じゃねぇのかよ!
「パンダ」
パンダ、じゃねぇよ! 原作のカポエラパンダだけで十分だよそのネタは!
あ、原作とか言っちゃったな、いやこんなふざけたパンダが他にいてたまるか。いいよもう、ここが『その無限の先へ』の迷宮都市ってことで!
◇◆◇
さて、転生してから三年もたてば慣れるもので、改めてこの世界は『その無限の先へ』の世界であると確信した。というかようやく受け入れる事が出来たというべきか。
死んで、転生して、小説の世界でした。とか、前世なら中二乙って感じだ。状況を認識しようとすると気恥ずかしさで身もだえる日々だったのだが、いい加減平静に受け止める事が出来るようになった。
この『その無限の先へ』というと、無限回廊とよばれるダンジョンを、死んでも生き返る冒険者たちが攻略していく。そんな世界で描かれる変態達の熱血アブノーマル小説だ。
少し小説の中身に触れると、元日本人、現原始人の風俗通いがしたいのに未成年だから通えない変態のツナ。元日本人、現男の娘、戦闘中に変態機動する属性が変態のユキが『なんでも願いが叶う』という噂の迷宮都市に、やってきたのが始まりだ。
そうして迷宮都市では、最初にアルティメット変態ドM紳士サージェスを筆頭に、オークに陵辱希望のくっ殺さん、世紀末的な名前の銀狼族、マッスルブラザーズの面々や、モヒカン達、ウサミミスキンヘッドヤクザや、仲間に食われる宿命の猫耳、ブラックホール大食漢巫女、あとキメラやパンダなどの愉快な仲間達と出会い戦っていく。時々いる常識人枠も、変態に感化されていく始末だ。
主人公の周りが特別におかしいのだと、迷宮都市に住むことになった身としては思いたいのだが……。
「はい、あーん」
……うん、現実逃避はやめよう。
目の前に差し出されたスプーンを目で辿ると、ミッシェル・メイソンさんことロリ母42歳が、キラキラとした瞳で少し息を荒げている。その横では、ジョアン・メイソンさんこと白衣の男、もといペド父31歳がデジカメを片手にはぁはぁしながらロリ母をパシャパシャと撮っていた。まごうことなき変態です、どうもありがとうございます。
はたから見れば、その光景に死んだ目をした三歳児も加わり、カオス度は更に加速するはずだ。
スプーンを奪い一人で食べようとしても、こっちは普通の三歳児に対して、相手は中級冒険者である。無理ゲーというレベルじゃない。説得も経験上無理なので、諦めて養鶏場の鶏の気分で、スプーンにのったご飯を食べる。
「……ウン、オイシイ」
いや、本当に美味しいのだが、期待の目で見られて半強制的に答えるセリフじゃないはずだ。
キャーやったーとはしゃぐロリ母を、ローアングルで撮ろうとするな。ロリ母もそれでいいのか。
しかしそのはしゃぐ姿が、迂闊にも可愛いと思ってしまう俺が悲しい。だって子供のはしゃぐ姿って可愛いじゃないか。
……これで『マザコンの星』とか『お母さん大好き』とか、あまつさえ『ロリコン』とかがスキルとして生えてきたら、俺の心は折れるかもしれん。染まらない。俺は変態に染まらないったら染まらない。
そんな苦痛と葛藤がせめぎ合う食事を終えたあと、ペド父が話しかけてきた。
「ケンスケくん、学校で友達は出来ましたか?」
……急にイケメン優男オーラを出さないで欲しい。対処しきれない。
とりあえず、視線を外に逃がすことで答えの代わりにする。
「ケンスケくん……」
いやいや、そんな悲しんだ反応をしないでもらいたい。
ここ迷宮都市では各学校や研究機関が一箇所に集められているのだが、俺は三歳になったこともあって、今年からそこの幼年学校に通っている。
幼年学校なのだから当然周りは三歳児……中には俺のような転生者や、成長のはやい亜人のような例外もあるが、基本的に精神年齢が違いすぎて友人関係が作れる訳がない。
「やっぱりギフトの影響が……」
「いや、ほら精神年齢が、こう、違うじゃん?」
だからギフト『単独行動』は関係ないと思いたい。超思いたい。反論にも力が入らないが、そんな運命なんて信じたくない。
ちなみに前世持ちの場合、ギフトは前世の影響を受けやすいそうなのだが、別に前世もぼっちだった訳じゃない。ない……はずだ。
なお、俺のギフトは『単独行動』のみだ。原作の元日本人勢ツナやユキ、それにオリーシュ(笑)にも負けるギフト数だ。まぁ日本といっても『その無限の先へ』を俺が読んでる以上、全くの別の世界の『日本』なのだろうが。
少し俺が凹んでいると、ロリ母とペド父が俺を励ますように声をかけてくる。
そんな励まして貰うほどのことじゃ……。
「ギフトに負けちゃダメだよ! 学校の友人とは、パーティを組んだりもするんだから!」
……パードゥン?
あれ、耳が遠くなったのかな? ってこれはユキの持ちネタだ。しかし、何か聞き捨てならない事を言われた気がする。
「あの、ミッシェルさ「ママ」……お母さん」
ちっと舌打ちが聞こえる。まじで怖いんだけど。妥協してやろうといった雰囲気だが、そのうち強制的にママと呼ばされそうで怖い。と、そうじゃなく。
「あの、パーティって誕生日パーティとかそういった奴なのかなーって、あ、ハハハ」
「……」
あ、やばい外した。そうですよね違いますよね。冒険者のパーティの意味ですよね。
「ケ、ケンスケくんが普通の子供みたいにボケてくれた。か、かわいい、かわいいよぅ」
あ、外してなかった。ロリ母のテンションが上がりすぎて身悶えている。その拍子にテーブルに手をついたのだが、リビドーを受け止めきれなかったテーブルがばきりと砕ける。
「いや、分かってる! 冒険者のパーティの事だよね!」
身の危険を感じて慌てて前言を撤回する。……ミッシェルさんって、冒険者としてはパワーファイターなんだよね、こう見えて……。
どうにかロリ母は止まってくれた、が、今度はなんで俺が誤魔化そうとしたか分からずに首を傾げている。ペド父も分かっていないのか、テンションが上がりまくったロリ母をカメラで撮りまくった体制のまま静観している。一回カメラを降ろせ。
「えっと、いきなり話に出てきてびっくりしたんだけど、俺、冒険者になる気ないからね」
あ、今度こそ外した。というか、やらかしたかもしれん。二人共キョトンとした表情でこちらを見ている。理解できないと言った様子だ。
今生ではまだダンジョンマスターに出会ってもいないのだが、『その無限の先へ』の知識を参照するに、無限回廊の先にはダンジョンマスターが帰りたいと願う『日本』に繋がる手段があるのだという。そして迷宮都市はダンジョンマスターが無限回廊の攻略を加速する為にダンジョンマスターが作った都市だ。
もちろん攻略するためなのだから、都市機能は冒険者を生み出す事に特化している。
特に冒険者ギルドをはじめとして、ダンジョンマスターが初期の頃に生み出した人達は、ダンジョンマスターの信奉者であり、攻略を進めることに命をかけているといっても過言では……いや、ダンジョンでは死んでも生き返る以上それでも表現が甘い。命以上の、人生や魂を文字通りすり減らしているのだ。……いるらしい。
いや、弱気になったけど、原作だとそこをそんなに掘り下げてはいないんだよね。そういう話があったという程度だ。
とにかく、そんな迷宮都市で、冒険者にならないという俺は間違いなく異端なのだろう。実際に幼年学校や小学校での将来の夢は9割以上が冒険者である。
……それでも俺は冒険者になるつもりはないのだが。
「えーっと、なんで?」
「死ぬじゃん」
そう、そうなのだ。冒険者になるとほぼ確実に死ぬのだ。いくら生き返るといっても、死ぬ恐怖とそこに伴う苦痛は何度も味わいたいものじゃない。というか二度とごめんだ。
描写は避けているが、俺もトラックにつっこまれた痛みや衝撃以上に「死」そのものが俺は怖い。……実際に、この迷宮都市でも冒険者を志したうちの約半数が、「死」を体験して脱落していっているのだ。
生き返るとか、救済処置でもなんでもない。死に続けるとか地獄以外の何だと言うのか。……それに、なんでも手に入るといわれる無限回廊でも、おそらく俺の知る『日本』はそこにはない。
「ふーん……向いてると思うんだけどな」
「まじ勘弁」
うんうんと頷くんじゃないよ、ペド父。とにかく俺は冒険者にならないし、ダンジョンに入ることもないのだ。
「まぁまぁ、そのうち体験学習もありますから、友人は作っておいたほうが良いですよ」
……え?
「ど、どこの体験学習だって?」
「トライアルダンジョンの」
わ、忘れてた!そういえば原作でも小学校高学年ぐらいの子供たちがダンジョンに入ってたっけ。
終わった……いや、まだだ、まだ終わらんよ!
「ちなみに行かないというのは」
「必修科目だから迷宮都市から追放だね」
オワタ。