インフィニット・ストラトス ~神に抗った少年と少女の物語~ 作:ぬっく~
女に使えないISを何故か起動した私の義兄、織斑一夏がIS学園に入学。
幼馴染たちとの再会(私の知らない所で大喧嘩していたらしい)、そしてISでの実戦……。
波乱づくしだった学園生活にようやくささやかな平穏が訪れた……と思いきや。
「はーい皆さん。静かにして下さい!」
山田先生の挨拶から始まったのだが、今日はいつもと何かが違う。
「今日から皆さんと一緒に勉強する転校生のシャルル・デュノア君とラウラ・ボーデヴィッヒさんです!」
その正体はこのクラスに転校生が来たことだった。
金髪の美男子と銀髪の少女の二人だったのだが……
「お……男!?」
その内の一人が男だったのだから。
次の嵐は眼前に迫っていた事を私はこの時知る。
◇
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」
転校生の一人、シャルルはにこやかな顔でそう告げ一礼する。
あっけにとられたのは私を含めてクラス全員がそうだった。
「こちらには僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国から転入を……」
人懐っこそうな顔。礼儀正しい立ち居振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。身体はともすれば華奢に思えるくらいスマートで、しゅっと伸びた脚が格好いい。
印象は、誇張じゃなく『貴公子』といった感じで、特に嫌味のない笑顔が眩しい。
「きゃ……」
「はい?」
「きゃああああああーーーっ!」
ソニックウェーブというやつだろうか。いや冗談ではなくて。クラスの中心を起点にその歓喜の叫びはあっという間に伝播する。
「あーもう、騒ぐな鬱陶しい」
面倒くさそうに千冬姉さんがぼやく。仕事がと言うより、こう言う十代女子の反応が鬱陶しいんでしょう。
「皆さん、もう一人自己紹介が残っているので……静かに……」
忘れていた訳ではないが……と言うより意識の外に追いやるのが難しいもう一人の転校生は、見た目からしてかなりの異端であった。
輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを、腰近くまで長く下ろしている。綺麗ではあるが整えている風はなく、ただ伸ばしっぱなしという印象のそれ。そして左目に眼帯。医療用のものではない、ガチな黒眼帯。二〇世紀の戦争映画に出て来る大佐がしていそうな、アレ。そして開いている方の右目は私と同じ赤色を宿してるが、その温度は限りなくゼロに近い。
印象は言うまでも無く『軍人』。身長はシャルルと比べて明らかに小さいが、その全身から放つ冷たく鋭い気配がまるで同じ背丈であるかのように見えるものに感じさせていた。
ちなみにシャルルは男にしては小柄な方だが、もう一人の転校生は女子の中でも若干背が低い部類だろう。
「そっか、もう一人……」
「綺麗な銀髪……」
「ちっちゃーい……」
「ねぇ何あれ?」
「眼帯……?」
当の本人は未だに口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子たちを下らなそうに見ている。しかしそれも僅かの事で、今はもう視線をある一点……千冬姉さんにだけ向けていた。
「ラウラ……挨拶をしろ」
「はい……教官」
いきなり佇まいを直して素直に返事をする転校生……ラウラに、クラス一同がぽかんとする。
「け、敬礼!?」
「教官って千冬様のこと……?」
対して、異国の敬礼向けられた千冬姉さんはさっきとはまた違った面倒くさそうな顔をした。
「もう私は教官ではない。ここでは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そう答えるラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横に着け、足を踵で合わせて背筋を伸ばしている。……どう見ても軍人、どうでなくても軍施設関係者である。しかも千冬姉さんの事を『教官』と呼んでいたので、間違いなくドイツ。
……あの日、そしてあの事件で千冬姉さんは一年程ドイツで軍隊教官として働いていたことがある。そのあとは一年くらいの空白期間を置いて、現在のIS学園教員になったらしい。
らしいと言うのは、一夏が山田先生や他の学園関係者にそう聞いたからだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
クラスメイトたちの沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた貝のように口を閉ざしてしまった。
「あ……あの……他には……」
「以上だ」
空気にいたたまれなくなった山田先生が出来る限りの笑顔でラウラに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答だけだった。
そして何故か、ラウラは私と一夏に目があう。
「おい……貴様」
バシンッ!
「いきなり何しやがる!!」
一夏はラウラに、それも無駄のない平手打ちでいきなり、殴られた。
「私は認めない……。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか。そして……」
そう言って、私の方へと振り向く。
「貴様の所有権は我々ドイツの物だ」
「それは、どう言う意味かしら?」
「ふん……」
来た時同様すたすたと私たちの前から立ち去っていくラウラ。空いている席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなる。
ドイツの物ねぇ……。私が保護されたのはドイツだから、適性の事を知っているだろうしい、私の適性を考えればあちら側は私が欲しいんだろうねぇ……。だけど、それを千冬姉さんに邪魔されたことがどうやら気に食わないらしいんだろうね。
「な…………何今の……」
「あの子、ちょっと怖い……」
「HRは以上だ! 今日は二組と合同で模擬戦を行う!! すぐに着替えて、第二グラウンドに集合!」
「は……はい!!」
気まずい空気の中を千冬姉さんが行動を促す。一夏も先程のことに腑が落ちないと言うか無茶苦茶腹が立っているんだろうがそうも言っていられなかった。
「織斑!! デュノアの面倒を見てやれ! 同じ男子だろう!」
「あ……はい!」
千冬姉さんはシャルルえお一夏に押し付ける。
一夏はそのままシャルルを連れて、駆け足で教室を出て行った。
「おっと、忘れるところだった。春名」
「はい?」
千冬姉さんが教室を後にしようとした瞬間、私を呼び止める。
ポケットから一つのブレスレットを取り出す。そして、私の耳元で何かを伝える。伝え終えるとそのまま教室を後にした。
◇
「本日から格闘……及び、射撃を含む実戦訓練を開始する」
一組と二組の合同実習なので人数はつもの倍。出て来る返事も妙に気合いが入っていた。
「ん? 何だよセシリア」
「一夏さん……。ちょっとよろしいかしら?」
何かの因果か隣の女子はセシリアだった。四月のクラス代表決定戦以降、やたらと一夏に構ってくる。
「あの……先程の……そのボーデヴィッヒさんとは……どのようなご関係ですの?」
「なになに、何の話? 混ぜなさいよ」
「鈴」
「それが……一夏さん。今日来た転校生の女子にはたかれましたの」
「はぁ!? アンタまた馬鹿なことやらかしたんじゃ……」
「おいそこ……授業中に随分楽しそうな話をしてるじゃないか……」
「「あ」」
視線の先ではもちろん鬼が待ち構えていた。
バシーン!
蒼天の下で今日もまた出席簿アタックが響くのだった。
「くぅ……! 何かにつけて人の頭を……」
「ううう……一夏のせい、一夏のせい……!」
「俺のせいかよ!」
ズキズキと叩かれた場所が痛むのか、セシリアと鈴はちょっと涙目になりながら頭を押さえていた。
「今日は戦闘を実演してもらおう。織斑妹!」
「は、はい!」
私は千冬姉さんに呼ばれ、前と出る。
そして、小声で伝えて来た。
「今から言う事をイメージをしろ」
「……はい」
「黒い騎士をだ」
「黒い……騎士ですか……」
春名は千冬姉さんの言われた通りに黒い鎧を着た騎士を思いかべた。すると春名の身体が発光し、一機のISを纏った形で現れる。
そのISは対抗戦の時に現れた漆黒のISだった。
「え?」
当の本人も何故ISを纏っているのかが分かっておらず、そこにいた生徒たちも鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしていた。
「ええええええーーー!!!」
案の定、当たり前だが生徒全員が後になってから驚きの声を発した。
私はこの機体の情報を提示し、名前などを調べる。
「えっと……機体名は……エイヴィヒカイト?」
どうやらこの機体の名前はエイヴィヒカイトと言うらしく、武装に関してはよくわからない物がいくつも入っていた。
基本装備はどうやら腰の所についているブレードと銃剣のようだ。
それどころか、収納されている装備に関しては何故かロックが掛けれれており、取り出す事ができなくなっている。
「役者が揃ったところで、織斑妹。お前の対戦相手は……」
キィィィン……。
ん? 何この音?
するとエイヴィヒカイトから上空から落下物の警告が表示された。
「あ、ああ、あああーーー!! どいてください~~~っ!!!」
親方! 空から女の子が! と言わせるかのように山田先生が一夏の真上から落下して来る。
一夏も気付いた時には遅く、山田先生の突進を受け、数メートル吹っ飛ばされた後ゴロゴロと地面を転がった。
「白式の展開がギリギリ間に合ったな……。一体何が……」
むにゅ。
「あ……あのう織斑くん……。その……困ります……。こんな場所で……その……」
先程、吹っ飛ばされてゴロゴロと一緒になって転がった結果、一夏が山田先生を押し倒している状態になっている。しかも一夏の手はしっかりと山田先生の乳房に触れていて、今でも鷲掴み状態である。
「いえ! 場所だけでなく私と織斑くんは教師と生徒で……あ、でも織斑先生がお義姉さんというのはとても魅力的な」
見の危機を感じた一夏は即座に山田先生の方へと押し倒す。刹那、一秒前まで一夏の頭のあった場所をレーザー光が貫いた。
「ホホホホホホ……。残念、外してしまいましたわ……」
顔は笑っているがその額にははっきりと血管が浮いているのが見てわかる。蒼穹の狙撃手ことセシリア・オルコットとブルー・ティアーズ(大逆鱗バージョン)である。
「…………」
ガシーンと何かが組み合わさる音が聞こえた。
「一夏ああああああ!! いつまで乗っかってんのよ!!」
鈴の武器《双天牙月》を連結させ、ためらいもなく投げて来た。
「うわっバカ!!」
ドンッドンッ!
短く二発、火薬銃の音が響く。弾丸は的確に《双天牙月》の両端を叩き、その軌道を変える。
キンッキンッと地面に薬莢が跳ねる音を聞きながら、私は一夏のピンチを救ってくれた射手に視線を向ける。それはなんと山田先生だった。
「え……山田……先生……?」
両手でしっかりとマウントしているのは五十一口径アサルトライフル《レッドバレット》。アメリカのクラウン社製実弾銃器で、その実用性と信頼性の高さから多くの国で正式採用されているメジャー・モデルである。
しかし驚いたのは何よりも山田先生の姿で、倒れたままの体勢から上体だけを僅かに起こして射撃を行ってあの命中制度なのだ。雰囲気も、いつものバタバタした子犬のようなものとは全く違い、落ち着き払っている。
「流石、元代表候補生だな」
「昔の事ですよ。候補生止まりでしたし……」
ぱっと雰囲気がいつもの山田先生に戻る。くるんと身体を回して起き上がると、肩部武装コンテナに銃を預ける。それからずれた眼鏡を両手で直した。
「これから山田先生対織斑妹の模擬戦闘を行なう」
私の記憶上、二度目の試合を千冬姉さんは宣言するのだった。