東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、やらなきゃいけないことに押し潰されそうな萃夢想天です。
インターン研修、現地実習、面接演習………考えるのやめよ。

さて、前回は長々とした説明回になってしまい申し訳ありません。
もっとコンパクトに収めるつもりだったんですが、ブランクが痛いなぁ。
あと、縁の過去回想に登場した人物は、東方とは一切関係のないところ
からのゲストキャラです。ネタを知ってる人には分かるかも。

今回からはきちんと物語を先に進めますので、お楽しみに。


それでは、どうぞ!




第九十壱話「緑の道、我思う故に我在り」

 

 

其処は、いっそ清々しいまでに荒れ果て、汚れ渇いた不浄の世界の片隅だった。

 

空気は重たく濁り、極小の塵を伴い硝煙と血煙を運ぶ風はさながら意志を持つガスに等しい。

砂埃が絶えず舞う大地は不毛の如く、ただ石と砂と薬莢と骸が乱雑に転がるばかり。

太陽の光ですら満足に射す事のない澱みきったその場所に、一機の人型が降り立った。

 

ごうごうと唸り吹き荒ぶ砂塵を意に介する素振りを見せない彼、八雲 縁は己の周囲を

布に隠された視界を右に左に動かして見やり、景色に見覚えがないことを再確認する。

 

 

「ここが私の原点となる風景か………些か雅に欠けるが、私にはこちらがお似合いか」

 

 

およそこの荒廃した土地において明らかに相応しくない風体の彼は、布越しの視線で

辺りを見回し、後に戦闘機能を埋め込まれ機械と化す己には相応しい世界だと自嘲した。

しかし今はこうなってしまう前の自身(・・・・・・・・・・・・)に出会う必要がある、目的を持ってこの失われた過去へと

やってきた縁は感傷に浸る時間も惜しいと、この荒野の何処かにいる過去の自分を捜し歩く。

 

時折彼方から血風に乗って響く銃声や断末魔、悲鳴に怒号を鋭敏に改造された耳下が捉えるが、

それらは己の過去に起こった出来事であると聞き流し、流れ弾を避ける手間すら惜しみ捜索する。

過去の風景に居る自分を探し始めてどれほど経ったか。ふと縁は耳を澄ませ、そして気付く。

 

 

「ふむ、銃声が途絶えた………戦闘が終わったか。となれば、そろそろだろう」

 

 

衰える気配のない暴風の隙間から聞こえた喧噪、特に銃声と断末魔が鳴りを潜めた時点で縁は

当たりをつけていた。この戦闘区域に自分が居たとして、間違いなく最後まで生きていると。

あるいは生死の境を彷徨っているのだろうと。大気中の成分量と銃声がしたという事実から、

此処が外の世界であると断定していた縁はついに、砂塵の中独り佇む人影をその視界に映した。

 

一度でも整えられたことが無いだろうと一目で分かる煩雑そうな髪、色は意外にも黒い。

まともな食にありつけない事を証するように痩せ細った体躯、銃を持てる筋力はあるようだ。

胡乱気に前方を、虚空を見続ける双眸は、砂が飛び込むことすら構わず半端に開いている。

改造され顔というものを失くした縁は、そこに立つ者の表情が人間なのかと本気で疑った。

口は一文字に閉ざされ、瞳はただ開き写しているのみ。精巧な作り物がせいぜいという様子の

その顔は、生気を感じさせないほどに静謐であり、死人を思わせるほど欠落している。

 

ここで縁はようやくこの場における勘違いを、自分自身の由来と、その顛末とを思い至った。

 

 

「そうか、そういう事だったのか」

 

 

そう(ひと)()ちた縁の呟きは誰の耳に届くこともなく、砂礫のように風に追われ転がっていく。

 

彼が抱いていた勘違いとは、自分という存在がいつの頃に人としての死を迎えたのかという事。

自分が改造を施された経緯は既に閲覧した過去の記憶の通りだったが、ではそうなるより以前の

己の、即ち人として生きていた自分の死はいつ訪れたのか。この考え自体が誤りだと縁は悟る。

 

なにせ、今目の前にて茫然自失に立ち尽くす過去の自分はもう、確かに死んでいるのだから。

 

 

死を自覚せぬまま命を失った(・・・・・・・・・・・・・)事で、我が五体はもぬけの殻。文字通りの人型となった訳か」

 

 

この過去の自分はこれから死を迎え、その果てに何らかの方法で能力を得てしまい時空を繋げ、

出会うはずのない者達を引き合わせる事態を招き、結果として機械の体躯を有した人形と化す。

そうなる筋書きだったのだろうと予想していた縁は、勘違いに気付いたことで予想を上書きした。

おそらく過去の自分は、この不快極まる戦場にて誰知らず命を落としてしまったのだろう。

普通ならば生命活動を終えた肉体はその一切を停止し、後は腐るのを待つだけの物言わぬ躯へと

成り果てていくのだが、彼の場合は事情が違った。彼の肉体は、自らの死を自覚しなかったのだ。

 

目立った外傷がないからか、あまりにも唐突に過ぎたためか。とにかく後に縁の名を賜る彼は、

死という概念から見逃されてしまっている。命という動力源を抜かれた、空っぽの器と成った。

この肉を持つ空虚な器という代物が、彼という存在の常識を根底から覆す役割を担ったのだろう。

 

 

唐突に話は変わるが、古く日本に伝わる八百万の神の中に、『人が作った物に宿る神』がいる事を

ご存知だろうか。神格に連なるもその多くは妖怪へと堕とされた、付喪神(つくもがみ)という神たちの事だ。

 

人が作り大切に扱った道具にはやがて魂が宿り、使い手を密かに見守る守護霊たる神がいる反面、

人が壊し乱雑に捨てた道具には九十九の年を経て魂が宿り、恨み妬みを振り撒く荒神が存在する。

一般に広まった付喪神の印象は主に後者が占めている。しかし、そのどちらも起源は同一なのだ。

 

そう、ここで肝心なのは、付喪神と呼ばれる存在の習性とも呼べるその在り方。生まれ方である。

付喪神たちは人の作った物に宿る。大切に扱われたか、ぞんざいに捨てられたかの違いはあれど、

根幹の部分は共通している。彼らが宿るのは人が作った物。宿るのは魂のない入れ物、即ち器だ。

外の世界においては大いなる神すら忘れ去られゆく始末。精々が低級霊程度の付喪神の立場では、

元々魂が入っていた肉の入れ物(・・・・・・・・・・・・・・)であっても、選り好みをしていられるような余裕など無かろう。

 

つまるところ八雲 縁の正体とは、魂を失くした人間の体を依り代とした付喪神である。

 

先の説明で語ったように、付喪神とは神の名を冠する者でありながら、弱すぎる神格から人々に

妖怪へと堕とされた化生でもある為、神の力たる神通力も妖怪の要たる妖力も持ち合わせる。

 

幻想郷にて東風谷 早苗が縁と出会った際、人間の身でありながら神通力も妖力も漂わせていると

感じたのはまさに彼の出生に秘密があった故だった。当然、誰かが望んだ果ての事ではない。

早苗が奉ずる二柱の神、八坂 神奈子と洩矢 諏訪子が縁の正体を付喪神と言い当てる事が出来た

理由も同様である。その稀有な偶然が結晶として形を成した者が、この八雲 縁なのだ。

 

「大筋は読めた。さて、こちらも時間がないのでな。強行させてもらおう」

 

 

その縁は逸る気を抑えつつ、射貫くような視線を布越しに過去の己へと向けたまま歩み寄る。

反射光を消す黒い塗装が施された機関銃を携える人型は、ゆっくりと、確実に近付いていく縁に

対して一切の反応を見せない。警戒するでもなく、迎え入れるでもなく、ただ無反応なままだ。

さほど時間をかけずに目と鼻の先まで縮まった彼我の距離に、縁は安堵のため息を一つこぼす。

 

 

「一定距離まで接近すると敵対行動と見做され攻撃される可能性を考慮したが、杞憂だったか」

 

 

万が一の事態が起こった場合に備え、迎撃態勢を整えて身構えていた縁だったが、微動だにせず

時折フラフラとよろめく程度の動きしかみせない人型に警戒を解き、同時に確信を抱いた。

手を伸ばさずとも体が触れる距離まで近付いた縁は、瞳孔が開き乾いた知性の光なきその瞳を

じっと見つめ、唯一抱いていた懸念が無用であると理解し、自身の能力を人型へ向け発動する。

 

 

「時間が惜しい。抵抗の懸念がない今、手早くいかせてもらう」

 

 

縁が持つ【全てを(つな)げる程度の能力】を操り、自身と眼前の人型との間に無理やり経路(パス)を構築。

いくら反応が無いとはいえ、何が起きるか分からない以上は最低限の防御はしておくべきと考え、

相手側からの介入を遮断してこちらからの一方的な干渉のみを可能とした不可視の経路を接続。

見えない何かが確かに繋がった感覚を得た縁は、そこから自分自身が有するあらゆるすべてを、

己の魂と言い換えて差支えのない膨大な量の情報、即ち存在の一から十までを圧縮し送信した。

 

今彼が行っているのは、古いPCのデータを新しいPCへ移行しているようなものだ。

既に全身のほとんどを機械化されている彼にとって、記憶とはデータであり経験はソフトウェアに

類するものである。持ちうる全てを情報化し、空の器へインストールさせるなど造作もない。

しかし、約18年ほどとは言えど人間一人分の記憶と経験だ。ましてや彼の半生は常人とは比べ物に

ならないほど濃密かつ奇怪な記録に満ちていて、圧縮したとしてもそれなりの時間を要する。

 

圧縮化した影響で、記憶領域の一区画がすっぽり抜け落ちて流れていく奇妙な感覚を感じながら、

人型と化した過去の己の内側には、まだ何も宿ってはいなかったのだと証明されて緊張が解れた。

仮にもし、付喪神が宿るに吝かでない己の内に、既に別の魂が入り込んでしまっていたのなら、

これから彼が行おうとしている大きく加筆修正された計画(・・・・・・・・・・・・)は決行前に頓挫していたかもしれない。

しかし唯一の懸念であったその問題は杞憂と知れて、もう縁にとって躊躇う理由など無くなった。

 

すべては、自分のした行いから始まった一連の悲劇。

封印されし厄災を解き放つ一助となり、挙句に主君に背いて彼女が慈しむ箱庭へ導いた。

 

ただの道具でしか在れなかった己を、主人は初めから愛し守ろうとしてくれていたというのに。

その大恩に報いるどころか背反し、手に負えぬ災禍を振り撒く所業。これ以上の不敬があるか。

己の命に価値など無いと自考し、されど主に己が価値を見定められ、尽き果てるまでの忠を誓い。

これからは何もかもを今までとは違う、新しい形で始めなければと固い決意のもと此処へ来た。

であればその為に自分という存在が消え、更新され、新しい個へと成る礎と化したとしても。

 

其処には、微塵の未練も慚愧もなく。

 

 

「___________さぁ、もう一度。もう一度、始めよう」

 

 

数刻の静寂を破るようにして放たれたその言葉は、必死に絞り出したように酷く掠れていた。

これまでのような、平淡で熱を感じさせぬ機械じみた口調ではなく、人に相応しい抑揚がある。

永らく砂塵と乾燥に曝されていたであろう鼻腔と口腔(・・・・・)からは、やや苦し気な呼気が感じられ、

体内に異常が発生すればすぐさま感知した各種機構や機能などは、どこにも感じられない。

 

自らの躯体……否、肉体における劇的な変化を実感し、縁は遮る物ない視界(・・・・・・・)からそれを見下ろす。

 

そこに移るのは、枯れ木のように痩せ細り埃や煤に汚れた肢体と、黒一色に塗り潰された機銃。

外の世界に生きてきた自分の全てを物語る風貌だが、何もかもを拭い捨てて一から始めようと

誓った今の彼にとっては忌避すべきものではなく、むしろ新生したこの身を好ましく感じる。

 

 

「…………だが、我が罪を、我が業までもを拭い捨てるような愚は犯さん」

 

 

この場にいるのは自分のみ。その言葉は誰に聞かせるためのものでもなく、ただ呟かれた。

内側をほぼ機械に貪られた傀儡の躯体を脱ぎ捨て、新たに肉と意思を持つ身体を手に入れたとは

いえ、それは目的があってのこと。全てを無かった事にする為の清算などと言い逃れる気はない。

己に確かに芽生えた意志を証明するかのように、枯れ枝のような手を伸ばし、ある物を掴み取る。

 

 

「紫様より賜った刀や着物はともかく、コレが無くば誰も私を認識できまい」

 

 

幾年月を経て久方振りに笑みを浮かべた口元(・・・・・・・・・)から、平淡ながらも抑揚を感じる言葉を紡ぐ。

外の世界での戦争に自我もなく明け暮れていたこの身は、客観的に見て不潔の塊と化しており、

碌な衣服もまとっておらず武装も弾切れの機銃のみ。これでは浮浪者か放浪者の烙印を押されても

言い逃れられないだろう。なので、既に全情報を抜き取った抜け殻となった己から目ぼしい物品を

残らず貰い受けていく。その中でも『縁』と達筆で書かれた顔を覆い隠す布は、欠かせなかった。

 

帯刀していた銘刀『六色』も懐に携えていた小刀『七雲』も回収し、着衣を剥いで自らがまとって

一先ず良しとした縁。最後に彼は開かれた両の瞳を遮るように、『縁』の布をしっかり装着する。

全体的にほっそりした雰囲気が更に痩せ細り、妙に馴染んだ機銃を放り捨て古太刀を握り締めた。

 

そこに新たに立ち上がるのは、道具であることを自ら拒んだ、真に人として目覚めた一人の人間(おとこ)

 

 

「_____________これより、御身の御許へ帰参致します」

 

 

唯の一人の人間、八雲 縁であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中天に座していた太陽は既に西の地平線へと没し、変わるように東から月が昇り始めた夜も半頃。

完全に夜の帳が降りた時刻になった幻想郷。その一部たる人里は、未曽有の大混乱に陥っていた。

長い歴史の中で世代交代を繰り返しながら発展し続けてきた里の半分が、無残に崩壊している。

民家は支えを失ったように倒壊し、夜を照らす細やかな燈火も見えず、道すがらに人が倒れ伏す。

一夜にして滅び去ったと言われる様な光景だが、そこに異を唱える者などすら此処にはいない。

幸運にも命を拾って生き延びた里の人間は総じて、迷いの竹林の最奥に居を構える永遠亭にいる

薬師の下へと駆け込んで匿ってもらっているからだ。故に、里の中には滅びの景色が蔓延るまま。

 

人里がこうなってしまったのは、縁の影に潜み機を窺っていた影アソビという妖怪が暴走を始め、

荒ぶる怪力乱神の如く能力で里のあらゆる影を奪い去ったからであるが、今は姿を隠している。

影にまつわる遊びから生まれ落ちたこの妖怪は、その性質もまた影に大きく起因しているようで、

月や星の小さく弱い光源では夜の闇に影が飲まれてしまい、思うように動くことができないのだ。

 

その為、今回の一連の騒動を【異変】であると認識した関係者や幻想郷の異変解決者の面々は、

こぞって博麗の巫女が住まう博麗神社へ集結。アソビが動けない隙を狙って会談を行っていた。

幻想郷きっての異変解決者である博麗 霊夢が中心となって、里を壊滅寸前まで追いやった妖怪を

退治ないし再封印するための打開策を練っていた最中、唐突に空間が裂け無数の瞳と目が合う。

この場にいる誰もが知る大妖怪の能力によるスキマであると気付いた瞬間、不気味なスキマから

昼の戦闘から行方知れずになっていた最重要関係者たる八雲 紫が何かを抱え飛び出してきた。

 

 

「うわぁっ!? 何よいきなり!」

 

「紫様!」

 

 

今回の異変に関わる人物の一人として参加した藍は、霊夢の眼前に展開されたスキマから勢いよく

出てきた主人を抱き留め、薄く眼を細めている彼女と、彼女の腕に抱かれたソレを見つめ微笑む。

 

 

「急に姿を隠されたかと思えば………失くし物をお探しでしたか」

 

「えぇ。苦労を掛けたわね、藍。私がいない間、よくぞ夜まで持ちこたえたわ」

 

「主命に従いそれを果たすは式の役目。紫様、探し物は見つかったようですね」

 

「…………もう二度と手放さない。ごめんなさい、そしてありがとう、藍」

 

 

普段は博麗大結界の維持や幻想郷管理に割いていた能力の一部を、一気に集約し発動させたのか。

そう思うほど疲弊した姿を見せる主からの言葉に、藍は静かに頷き妖術での回復を開始する。

藍から送り込まれる妖力によって心身が回復し始める紫。だが、その場に集った他の面々には

訳が分からぬまま。沸点の低い霊夢が真っ先に痺れを切らして横たわる紫に食って掛かった。

 

 

「ちょっとアンタ。人様の家に断わりもなく転がり込んできた挙句に寝そべるだなんて、いい

度胸してるじゃない。っていうかその前に今回の異変の関係者として何か言うことないわけ!?」

 

 

貞淑かつ厳格な巫女職に就く女性とは思えぬほど粗野な態度をみせる霊夢だが、彼女がこうして

憤慨せしめる気持ちが分かる他の面々は、敢えて何も言わずに成り行きを見守ることにする。

お祓い棒を振りかざして迫る巫女に対し、問われた当人は今気付いたとばかりに両目を瞬かせた。

 

 

「あら霊夢。それに何やら錚々たる顔ぶればかりで、いったいどうしたの?」

 

「アンタがそれを言うの? 惚けたフリしてないでさっさと話しなさいよ」

 

「せっかちね。あんまり急くと幸せを取りこぼしちゃうかもよ?」

 

「随分耄碌したみたいね紫。私の気が短いの忘れたわけじゃないでしょ?」

 

「はいはいごめんなさい。少し休みたかったけれど、そんな場合じゃないものね」

 

 

短時間で苛立ちが募り怒りに変わる様から顔を背けた紫は、藍に支えられていた佇まいを整え、

両腕でひしと抱き締めていたソレを自身の真横へ座らせてから、神妙な面持ちで語り始める。

 

「まずはこの場に集まった者、ひいては此度の騒動により被害を被った総てに謝罪を」

 

 

普段からのらりくらりとした風体で掴み所の見られない紫だったが、今回に限り誠意を示す。

二の句を告げる前に軽く、しかし真に重い頭を下げて陳謝の意を表してから再び言葉を紡いだ。

 

そこから語られたのは、今回の【異変】にまつわる話。事が起こってしまうに至る経緯の全容。

 

 

人里を襲い影を奪い去った影アソビの実態。巫女の封印が解けかかっていたところで運悪く

相性の良い存在、つまり八雲 紫が重用する縁が近付き、彼の能力を求め彷徨っていたこと。

縁と接触した後に、取り込んだ子供たちの影が失った躰と帰る場所を欲しているのを仄めかし、

その為に彼の能力が必要だと影を通じて語り聞かせ、少しずつ体の主導権を奪っていたこと。

そして縁が主人の手から離れ子供たちの亡骸を探し当てたところから、影たちの感情が膨張を

始めていき、とうとう抑えきれなくなった無数の自我が犇めき合い暴走。その結果里は崩壊した。

 

影アソビは封印されてから現世に留まる依り代、つまり器を探していたらしく、能力の相性を

加味しても縁が最も条件の良い存在だったので、自我を暴走で削り肉体の支配を目論んでいた。

それに気付いた紫は完全に乗っ取られる前に縁を奪還し、スキマと縁の程度の能力を併用させて

投射された過去の狭間へと一時的に身を隠し、その間に打開策を練るべく原点へ立ち戻る。

 

それは、縁が何故自分から離れたのか。その理由を、隠された本心を知ることであった。

だから紫は自身が過去に縁と出会い、短い間ではあれど共に生きていた時間があったところを

現在の縁に見せしめることで、彼が内に秘めている「なにか」を解き明かそうと考えていた。

斯くしてその目論見は功を奏し、縁の抱いていた『自分は何者なのか』という深い猜疑心と、

『自分には心があるのだろうか』という人間と道具の板挟みの中に埋もれた虚飾を垣間見る。

紫は縁を分かってやれなかったことに悲しみ、縁もまた誰にも言い出せなかった己を悔やんだ。

 

互いを知り、互いを想い合ったことで、紫と縁は今回の騒動に決着をつけるべく動き出す。

まず最初に彼女らが行ったのは、今までの縁ではまたアソビに器として狙われることを恐れて、

早急に彼の空洞をどうにか埋めることだった。そして彼はここで、起死回生の策を思考する。

紫のスキマによる補助を受けて、彼自身が忘却していた過去を思い出し、その過去に座標を

合わせて結げる能力を発動させ、肉体が機械化する前の空虚でない肉体を入手する離れ業だ。

コレを無事に成功させた二人は一路、幻想郷へ帰還し、今に至るのだった。

 

 

耳障りの良い声色で粛々と話を語り尽くした紫は、そこでようやく顔の強張りを解き微笑んだ。

 

 

「こうして二人は幾多の試練を乗り越えて結ばれ、仲睦まじく末永く幸せに暮らしました」

 

「昔話か!」

 

「珍しく真面目かと思って聞いてたら……結局茶化すんじゃない」

 

 

清々しさすら感じられる物言いに魔理沙は突っ込み、霊夢は左手で額を押さえつつ頭を振る。

この場に五人しかいない人間(・・・・・・・・・)の内の二人の反応に、聖母の如き笑みに口元を緩ませた紫だが、

またすぐに真剣な表情で弛緩した空気を引き締めてぐるりと見回す。この場に集った面々の目を

しっかりと見つめ、ほどなく全員と目を合わせた彼女は凛とした口調で言葉を口にした。

 

 

「今回は私たち………いえ、私個人の私情が招いた事態であり、弁明が及ばぬも承知であります。

しかしながら我々が愛し憩うこの幻想郷の明日を守るべく、どうか力を御貸しくださいませ」

 

 

紫という妖怪を知る者であっても滅多に目にかかる事のない真剣味に、誰しもが無言で首肯する。

 

博麗の巫女、守矢の巫女、魔法使い、半霊の庭師、里の半獣、編纂者、そして紅霧の執事。

この場に居合わせておらずとも、里を守るべく立ち上がった総ての者らに向け、彼女は令を発す。

 

 

「そして明日の明朝、夜明けの陽が里を照らす頃に__________討って出ます‼」

 

 

 




いかがだったでしょうか?

書き始めてから後書きまで二週間弱………今年も残り一週間弱かぁ。
なんだかんだでこの作品も五年目を迎えていたのだなと今更に実感します。
特に今年は忙しさや諸事情で例大祭に生き損ねているのが大きいのかも。


さぁ、ここから更にスピードアップ!
一気に畳みかけていくつもりですので、どうぞ皆様お楽しみください!
この作品は、読者の皆々様のご声援あってこそ成り立っております‼


次回、東方紅緑譚


第九十弐話「縁の路、影差す導に光輝在り」


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