東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、性懲りもなくオーバーロードやFateのSSなどを
書いてみようかなどと浮ついてしまっている萃夢想天です。
時間も無い上にサボり癖がついてきたというのに、私という奴は(呆

それはそうと、そろそろ九月の中旬に差し掛かろうとしていますね。
読者の皆様は季節の変わり目に体調を崩さないよう、体調管理を
しっかりしておられますか? 私は多分風邪で二週間倒れるだろうと。

さて前回は、紫の過去に居た未来の縁と思しき人物から対話を求められて
いました。はてさて、彼の正体とその目的や如何に。作者にも謎です()


それでは、どうぞ!





第八十八話「古の道、辿る歴史と巡る縁」

 

 

 

 

 

「_______________話、だと⁉」

 

 

あまりにも唐突に切り出された対話の申し出に、縁は思わず上ずった声をあげてしまう。

けれどそれは当然の反応であり、むしろ普段の沈着さを如何なく発揮出来ようはずもなかった。

姿が見えなくなっているであろう自分を除き、彼以外には誰もいない空虚な廃屋に無言が満ちる。

 

誰に憚られることもない為か、佇まいを直して楽な体勢である胡坐をかいた未来の自分は、

文字通りに吹けば飛んでいってしまいかねないほど脆い木壁に背を預け、沸々と言を紡ぎだす。

 

 

「そうさな………話をすると言った手前、そちらの私(・・・・・)が現状を知っておらねば話にもなるまいて。

まずはどこから話せばよいか悩むところだが、ここはもういっそ、一から十まで語るべきか」

 

 

およそこの場所に未来から過去へ(非干渉的存在としてではあるが)、やって来た私がいると仮定、

どころか最早断定して話を進めようとする未来の縁。今こうして彼の言葉を聞き届けていられる

自分は非干渉的存在であるため、会話はおろか返事も存在証明すらも不可能だと知らないのか。

何とかしてこの場に自分がいることと、その存在および意思疎通ができない状況下にある事を

伝えねばと思考を巡らせようとするが、そんな縁を無視して未来の自身は飄々と話し出した。

 

 

「私よ、其処に居るのが私であるなら知っていようが、此処は平安という都が建てられた直後だ。

作り上げられたばかりで人も大して住んではおらぬが、それでも此処は日本有数の巨大集落でな。

貧富の格差こそ目に見えて明らかとなる前だが、それでも人が希望を胸に邁進して出来た場所よ」

 

 

特に意味もなく手指をいたずらに動かし、それを布越しの視線で見つめながら彼は続きを語る。

 

 

「そして人々が寄り集まるということは、即ち妖怪や物の怪にとっては格好の餌場と成り得ると

なるのも自明の理。人は光と寝床と飯があれば生きられるが、我ら妖は人こそが食料だからな。

しかしこの時代から人は襲われ喰われる猥弱な存在を超え、のさばる魑魅魍魎を調伏せしめた」

 

「………………陰陽師による妖怪の滅殺、そして法典の経力による守護結界の強化か」

 

「数秒もあれば答えに至っているだろう? 奴ら人間は襲われながらも知恵を振り絞ることで、

力が遠く及ばぬ妖の仄暗い神秘を暴き立て、ついには逆に食い物にせんと乱獲し始める始末だ。

原因などは今更語るまでもなかろう。陰陽師どもの台頭に加え、仏教の伝播による地脈の独占よ」

 

心底から面白くなさそうに語った彼は、無意味な指先いじりを止めて、どこか上の空を見やった。

相変わらずこちらからの声は届いてはいないようだが、それでもこちらの存在を向こうは容認して

いる体で話を続けている。縁は自分の言葉を伝える術が無いことを改めて実感し、発言は諦めた。

そして伝わらぬ会話に意識を割くことよりも、彼の話の内容を十全に理解しておくことに思考を

巡らせた方が効率的であると最適解を算出した彼は、自らの思考回路の大半を解析に変更する。

今もだらしない格好で佇んでいる未来の己の言っていたように、ここは平安初期の都である事は

間違いないと自身も確認したし、現在(この時代)の人と妖怪の力関係の均衡が崩れかけている

異常事態も、半日ほど前に目撃しているのでこちらも問題ない。今のところ、不審な点はない。

 

けれど縁はそこで逆説的な考えに至る。現状において、唯一無二の不審点が、目の前にいるのだ。

確かに彼の言葉に嘘や偽りは含まれているとは考え難く、同時に彼が誰もいない空間へ向けて

独り言を呟くのに含みを持たせる必要など皆無である。だからこそ、色濃く浮かぶ疑問があった。

 

 

(分からない………どの時間の私(・・・・・・)が、どこから(・・・・)どうやって(・・・・・)ここに存在しているのかが)

 

 

未来の自分が今しがた口にした語りの無いように、虚偽などない。平安京というかつての都の

成り立ちについても、古き日本の土地で繰り広げられている勢力争いの根幹などについても、

どこか一つをとってもそこに懐疑の目は向けられなかった。だが、それが彼とどうつながるのか。

 

彼がこの時代に居る理由(・・・・・・・・・・・)その方法や目的(・・・・・・・)などについては、一度も語られていないのだ。

 

元々キナ臭い雰囲気を漂わせていたそこの男が、いよいよもって信用ならないと思えてきた時、

縁が警戒心をさらに引き上げようとしていたタイミングに、黙していた彼が再び口を動かす。

 

 

「どいつもこいつも、あちらこちらで妖気弾け飛ぶ乱痴気騒ぎの真っ最中だったのでな。

我が主もこの辺りで妖怪としての力をつけ始めたと聞き及んでいた故、身に余る愚行だとは

承知の上で、ここまでみっともなく仕えに来たわけだ。いやはや、今の私はどう映っている?」

 

「……………………」

 

「などと聞いてみたところで寄せて返すは『波と蝉』といったところだな。こうなると本当に

私がそこにきているのかどうか不安になってくるが、まぁとにかく主に仕え御身を守るためだ」

 

白々しい、よくも抜け抜けと嘘の吐息が吐けるものだと、違う意味で感心させられる。

むしろこの場合は呆れかえると言った方が正しいかもしれないが、とにかく溜息が漏れ出した。

 

しかし未来から来たと思しき彼はこうしてここに居り、存在理由もかつての自分と同じもので

ある以上、疑うべき要素があまりに少ないことも確かである。聞こえないのをいいことにして、

縁は再び大きく息を吐き出して精神の安定化を図ろうとする。その仕草は、まるで人間だった。

 

目下のところ可能なことが情報収集である以上、この場から当てもなく何処かへ向かうことも

出来ずにいる自分が億劫になりだしたちょうどその時、またも座り込んだ彼から言葉が紡がれる。

 

「時に私よ。お前が此処へ来させられる前の話になるのだが、おそらくその原因はあの影だろう。

そこで問うてみたいことが一つ思い浮かんでな。かの影を伝うアソビに誰の影を奪わせたのだ?」

 

聞こえてきた彼の言葉に驚き、縁は思わず彼の方へ視線を向けるが、彼はこちらを見ていない。

見えているわけでない事を再確認しながらも、欠いてしまった冷静さをどうにか繋ぎ止めつつ

先程の言葉の意味を解読し始める。この時代に来てから不安定な自己を自覚してはいるが、

まさか自分のしたことを言い当てられたことにこれほど過敏になるとは、自らも想定外だった。

 

今なお、何処か別の方向へ視線を向けたままのように見える未来の己を視界に収め、そのまま

彼の質問の内容を熟考しようとするが、まだ動揺が抜けきっていないのか思考回路がやや遅い。

つまり、彼の先程の問いかけはそれだけ衝撃的なのだ。己の行いを見てきたように語られるのは。

 

まず真っ先に考えたのは質問の意味自体であるが、こればかりはまだ情報量が少ないため現在の

段階では推察すらままならない。だが肝心なことは彼の目的が云々(うんぬん)などではない、質問の返答だ。

 

(奴は確かに言った____________『奪った(・・・)』ではなく、『奪わせた(・・・・)』と)

 

 

未来の自分であるなら当たり前だが、彼はあのアソビが闇雲に暴れて影を奪いだしたのではなく、

自分と結託して特定の人物の影を奪うよう仕向けたという、他者が知りえない事実を言い当てた。

ここで彼が偽物でも何でもなく自分本人である事が確定したわけだが、着眼点は其処じゃない。

奪わせた、という言葉から意味合いを遡っていくと互いの中に共通の結論が浮かび上がってくる。

 

 

「アソビと私の成した事の果てに「何故まだ(おまえ)という存在が残っているのだ、か?」…………」

 

 

返答を出すまでに掛けた時間、そしてそれを口にするタイミング、全てを完璧に把握したかの

ように思えるほどに噛み合う言葉に閉口してしまう縁。もはやここまでくると脱帽する外ない。

これ以上はもう何をされても驚かないと半分開き直っている縁の様子も、果たして未来の己には

手に取るように伝わっているのか、彼は「いや、今はそうではなくてだな」と一句挟んで続ける。

 

「私は誰の影を奪わせたのかと問うて……………ああ、姿も見えねば声も届かんのだったな」

 

 

そこまで言い放ってから、こちらとの意思疎通が不可能であったことを思い出したように語った

彼は、頭をかきながらすまんすまんと垢抜けた声色で呟き、腰の古い刀を一息に抜き放った。

業物を引き抜く時の鋭い音は聞こえず、代わりにゴリゴリと鈍らを引きずる不快な音が響き渡る。

 

抜き身となった刀を見やり、ソレが自分の良く知るものである事を確信し、その銘を明かす。

 

 

「其の刀は、其の銘は『六色』だな」

 

「これなるは我が主が下賜してくださった、寄り結び越え繋ぐ(ちからをたばねる)太刀。銘を『六色』と云う」

 

 

今は自らの手元にないその太刀を何故彼が所有しているのか、加えて自分の記憶にあるソレより

はるかに劣化して壊れかけの様相を呈しているのか、疑問は尽きないが確かに此処に其はあった。

体感時間として久々に見た愛刀に感じ入っていると、彼は縁がいると予測した場所に向けて刀の

切っ先を緩やかに突き出した。全くの別方向にいる縁が黙してみていると、布越しに言葉が届く。

 

 

「この刃の先には(つな)げる力が残っている。此処へ来て刀身に触れてみるがよい。

さすれば、私に声が届かずとも胸の内にある思いくらいならば、結がり伝わることだろう」

 

 

そう言いつつ釣り師が獲物を誘き出そうと竿先をクイクイ動かすように、欠けて刀本来の用途を

全うできそうにないと断言できる六色の切っ先を軽く振るう。素人が真剣を持って浮かれている

姿にも見えてしまうあたり、外見やら諸々の胡散臭さはどうしようもないらしい。

 

けれど彼自身の言葉にもはや僅かな虚偽があるはずもなく、ここに至って嘘を騙る必要も無い。

論理的にも、そして自分自身である彼が意味の無い行動をするはずがないという感情論的にも

結論が合致したため、縁は躊躇いなく彼が掲げる六色の切っ先に触れ、先の問いに返答を示す。

 

 

「…………八坂 神奈子に河城 にとり、幽谷 響子とチルノ。あとは白狼天狗を数名ほどだ」

 

「ほほう。これで誰も居らなんだらどうしようかと焦ったが、居てくれて何より。他には?」

 

「他にあのアソビに襲わせた者は________いや、待て。影は奪っていないが協力者はいた」

 

「ほぉ! 斯様に怪しげな者に手を貸すとは、よほど酔狂なのか大物なのか。で、誰だ?」

 

「伊吹 萃香。知っているだろう」

 

縁は切っ先に指を当てながら答えを一人ずつ思い出すように口にする。順番に挙げていく内に

ただ一人だけ影を奪わず、協力を申し出てくれた人物がいたことを懐かしみ、その名を告げた。

約定を違えることのない、義理と情に厚い荒ぶるモノ。百鬼夜行の筆頭たる伊吹山の大頭たる

彼女の名前を伝えた途端、触れている六色に僅かな震えが起こったのを感じ、視線を向ける。

 

「……………伊吹。そうか、あの御方までが手を。そうかそうか」

 

「どうした?」

 

 

微弱だが確かに伝わってきた感情の波に気付いた縁は、発信源たる彼に何事かと尋ねたが、

当の本人はやや呆けたように布に隠された顔を上げ、またも虚空を見つめて何かを呟いた。

この距離では聴き取れぬはずもなく、彼の言葉の意味を問いただそうと口を開きかけた直後、

何処かを見上げていた彼の顔が此方を捉え、先程とは打って変わって真剣な雰囲気を醸し出す。

続けざまに彼は、今まで以上に意味不明かつ縁にとっては聞き流せない言葉を紡ぎ出した。

 

 

「なるほど。となればいよいよもって我々(わたしたち)の悲願が果たされる時が来たのやも知れん」

 

今度はこちらが言葉の端に震えることとなったが、それに構わず未来の己はさらに続ける。

 

 

「だが………今其処に居る(おまえ)なら、きっと上手くいく。私も、(わたし)も、(わたし)も駄目だったが、

今度こそ成就することになるだろう。ああ、万事上手くいくはずだ。よくぞ辿り着いたな」

 

 

一人言から会話へ、会話から対話へと移り行く言葉の交流に戸惑う縁。そんな彼の姿など見えて

いないはずの未来の縁は、未だ切っ先に触れて立ち尽くす過去から手を引いて、刀を鞘に納めた。

そのまま膝に手をやって立ち上がり、木製の古戸を開けて周囲を見渡してから屋内へ顔を戻し、

まるでここにいる縁を気遣うかのように軽く手を振ってから、主を探すと一節置いて語り出す。

 

 

「かつての私よ、未だ道半ばの私よ。自ら答えを探し出し、それを心に刻み込むことが出来たの

なら、この過去の回廊から元いた時の流れに戻ることも出来よう。では、答えを探しに行くか」

 

 

やけにのんびりとした口調でそう言い残した彼は、スキマで逃げた主人を見つけるべく外へ出た。

 

今しがた告げられた言葉に、どれほどの意味があり、どこに真意が隠されているのかなどは最早

読み取ることすら辟易しかけている。それほどまでに掴みどころが無く、尻尾を露わにしない。

飄々としているというか、妙に存在が薄いというか、アレが本当に自分なのかと疑念が再発する。

けれど非干渉的存在である以上、やはり唯一の交信手段を持つ彼以外に、頼れる者もいないのだ。

 

結局、縁はしばらくして幼い紫を抱えて戻ってきた彼に同行することを決め、暫しの宿と定めた。

 

 

何をどうしたらよいのかすら分からないまま、縁は現状のあやふやさを受け入れ、時を重ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行く当が無いため、唯一の接点とも言える彼らの傍で共に行動することは、必然とも言える。

ただ、声も届かず姿も見えず、意思疎通の不可能な状態でも「共に行動」などと言えたものかは

分からぬままだったが、それでも縁は平安初期という過去に遡り、かつての主と己を見続けた。

 

 

ある時は、スキマを通して人の往来激しい市場に居を構える一件の反物屋を覗き見て主が喚き。

 

 

「別にいいじゃない! 反物の一つや二つ、この力があればどうってことないわ!」

 

「問題が無ければ私とて止めたりなどしません。それをしては不味いので止めています」

 

 

ある時は、出かけたまま戻らない主を都中探して回り、ようやく見つけた彼女の様子に嘆き。

 

 

「主よ、何処かへ御出掛けになるならば、私に一言御告げ下さいとあれほど」

 

「毎度毎度しつこいから言わなかったのよ! ばか、あほ、のっぺらぼうもどき!」

 

「……………無差別に張られた結界で帰り道が分からなくなって、ここに隠れていた、と」

 

またある時は、いずれ大妖怪と成る主人を立派にしようと息巻く従者と、呆れかえる主が。

 

 

「ねぇ、なんでこの私が、人間なんかの食べ方を学ばなくちゃいけないの?」

 

「ただの食料というだけでなく、あらゆる側面から物事を視るためには必須なのです」

 

「……………さっきから人間みたいに、鍋で色々煮詰めてるのって」

 

「ええ、人間の食文化を学び、そこからより多くの___________逃がしませんよ」

 

「なんでこの私がぁ…………」

 

「好き嫌いをしてはいけません。立派な妖怪の賢者など夢想の遥か彼方に御座います」

 

自分の知る妖艶な色香を纏わせる主人と、お転婆でじゃじゃ馬気質な童女な主人。

似ても似つかない両者を比べ、いずれ目の前の彼女が記憶の中の主へと育つのかと考え、

縁は言い知れぬ悪寒に襲われる。これ以上下手なことを考えてはならないと結論が下された。

どれもこれも、雑多で他愛ない日常であった。しかしここは平安という、太古に近しい時の

頃合いであったと言えど人の世で最も栄えた都市である。そこに、妖の幸福などあろうか。

夜に道を歩いただけで見つかれば封じられ、人など襲えば退魔陰陽の言行で滅ぼされるが常。

そんな危ない側面を持つ魍魎必滅の邪都の中で、主と彼は、凡庸で変わらぬ日常を送るのだ。

月が沈んで太陽が昇る度、人間の囲いの内側から妖怪の気配が少しずつ消えていくのが実感

として分かってしまう。そんなことはあの二人が気付かぬはずもない、けれど生きていた。

 

どこまでも自分たちに厳しく、残酷で、冷徹な人間の時代で、二人は日々を謳歌している。

 

 

ああ、なんと素晴らしいことか。

 

彼らは、彼と彼女は、生きているのだ。

 

「あぁぁーーもう! うるさいったらうるさい!」

 

「…………もう何度目か、数えるのも止めていたな」

 

 

二人の代わり映えの無いやり取りを見るのも幾度目かと、聞こえぬ溜息を漏らした縁。

彼の視線の先では、開いたスキマに飛び込む直前の幼い紫と、それを阻止しようとして

間に合わずに行方を晦まされた未来の己の姿があった。この展開も、既に様式美である。

 

どこまでも突き詰めて何かを求める彼、それに我慢できなくなった主がスキマで逃亡を図り、

止めようと手を伸ばすもギリギリで空を掴んで逃げられてしまう。もう御馴染みだった。

そしてこの後、何だかんだ言いながらも主を探しに方々を駆けずり回ることになるところ

までは御決まりにしてお約束というヤツになる。以降の流れが容易に想像出来るのが怖い。

 

癇癪を起こした主人の後を追いかける従者、という風景が日常の始まりになりつつある

ことに問題を感じなくなっていた縁だが、ここでふと顔を上げ、軽い違和感を覚えた。

布越しの視線の先には彼が居る。しかし、いつもなら小言を漏らしながら腰を持ち上げて

街へ繰り出すはずなのだが、今日は微動だにしない。主が消えたのに、声すら上げないのだ。

 

スキマの中へと逃げ込んでいく彼女の後ろ姿を、見ているだけで追いかけようとしない彼に

言いようのない違和感を受けた縁だったが、それを待っていたかのように彼が話し始める。

 

 

「さてと、このような時の果てにまでご苦労だったな、私よ。随分と気苦労を掛けたろう」

 

「………いきなり何を」

 

「長らくこの過去に囚われ続けたのは、私が原因だ。いや、正確に言えば私ではないが、

結果的に私のためになるという意味で言うのであれば、間接的に私のせいにもなるな」

 

 

唐突に紡がれ始めた言葉の羅列に、そして何より、真面目な風体でやけに空気の如き軽さを

発揮していた彼には似つかわしくない、鋭く研がれた刃に近しい真剣な雰囲気に狼狽する。

いきなり態度を豹変させたことに、理由を求めるほど縁は愚かでもなければ親しくもない。

ただ、これまでに見せていたどの姿とも違う、異様な程に真剣な空気を醸し出す彼に驚き、

それと同時にこれ以上彼に話をさせてはならぬと何かが命ずる。その先を、恐れるように。

 

今まで経験したことのない不安定さを味わう縁だったが、次の瞬間、驚愕に打ち震えた。

 

 

かつての過去に居た彼が、どの程度か分からない未来から来た彼が、おもむろに告げる。

 

 

「今日この日、私は死ぬ事になる」

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

一週間以内に投稿するという発言は終ぞ守れず仕舞い………。
前書きに書いたとおりに風邪で寝込むことになってしまうとは、
いよいよ貧弱ここに極まれりですね、情けなさでゲロ吐きそうです。


さて、いよいよ縁編も佳境を超えて下り坂! あとは駆け降りるのみ!
と息巻いているのは自身を鼓舞するためなのでどうかお気にせず!
去年は「来年の九月頃に終わるかと」とかほざいてた私に見せてやりたい。
お前はまだ、今年中に終わらせるかどうかも未定なのだよ、と。

泣き言ばっかりではだめですね! 反省しなくては!


それでは次回、東方紅緑譚


第八十九話「古の道、空の器を満たすもの」


ご意見ご感想、並びに批評なども(主に批評)大歓迎です!



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