東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、金曜日も土曜日も書かずに日曜日に先延ばしを
するようになってしまっている萃夢想天です。この馬鹿野郎め……(泣)

最近私はアニメにハマり直しまして、特にFate関連ですかね。
今期から始まったApocryphaは開始二話から引き込まれっぱなしです。
あーあ、Fateなんて知らなければこんなことにはならなかったやも()


さて、前回は縁が訳の分からない場所へ飛ばされたところで終わりました。
今回はその続きからですが、前回のあとがきでも申しましたとおりに、
しばらくの間はゆかりんのねつ造設定が多くなります故、ご理解ご了承のほど
よろしくお願い申し上げます。




第八十七話「古の道、紫との縁」

 

 

 

 

 

 

目の前に広がる光景と状況、何よりもそこにあるもの全てが縁にとって理解できぬものであった。

 

空気中の妖力濃度や太陽の接近具合に街並みなどを加味して考えた結果、今自分がいる場所こそ、

平安初期の都こと平安京であることまでは分かったのだが、問題はそれだけではなかったらしい。

縁の視線の先にいたのは、やけにボロボロの麻布のようなものを外套のように着ている幼い少女と

もう一人。細やかな差異はあれど明らかに異常な外見と出で立ちが、大柄の男の正体を暴かせる。

 

 

「馬鹿な。アレではまるで、『幼き頃の紫様』と、『成長した私』のようではないか」

 

 

思わず口をついて言葉が出てしまうほどに動転しているが、それも無理からぬことであった。

何せ随分と過去へ遡ったのだと気付き、そこから数時間もせぬうちに見覚えがありすぎる人物に

出会ってしまったのだから。しかも未来で己の主人となる人と、今よりも色々な部分が成長して

いるようにも見える自分自身が揃ってそこにいるのだ。さしもの縁といえど動揺は避けられない。

 

いったい今何が起こっているのかと困惑の極みに立たされている縁は、付喪神とともに路地裏へ

追い詰められてしまった二人の前に立ちはだかる、陰陽師風の男が札を取り出すのを目視した。

純白の着物の袖から取り出したソレには、文字とも模様ともとれる奇怪な何かが墨汁で描かれて

いるのを確認し、式神を呼び出す_____________つまり臨戦態勢に移行したのを無言で悟る。

 

「そうはさせん。現状は未だ以て不明だが、それでもあの少女が紫様であるならば守るのみ」

 

 

指で印を結び、契約の履行を通じて式神を召喚しようとしている陰陽師たちに、彼は能力を

封じられていることを念頭に置いて背後から近付き、徒手空拳での急所を突く暗殺を試みた。

こちらの存在に気付いていない陰陽師のすぐ背後まで詰め寄り、そのまま躊躇なく頸部を刺突。

人間以上の力を宿す彼ならば容易く首の骨を粉砕しただろうと結末を想像するが、しかし現実は

彼の想定通りに事を運ばせなかった。なんと彼の素手の刺突は、陰陽師の男の体を透過したのだ。

 

 

「なに⁉」

 

 

予想外の出来事で迂闊にも声を上げてしまった縁は、敵がこちらに気付いて反撃してくることを

予測し、ならば体勢を崩して直後の優位を取ると思考を置き換え、足払いを左足で繰り出した。

ところが、またしても縁の足は相手の体を透過してしまい、体勢を崩すどころか意識をこちらへ

向けさせることすらできなかった。焦燥が募りかけた縁だが、そこでようやく冷静さを取り戻す。

 

陰陽道に長けている陰陽師であれば、自分の身代わりを妖術で生み出すことも可能ではあれど、

この状況に置いては完全に隙を突いているのだから反応できないはずなのだ。完全な一撃必殺の

状況だったというのにも関わらず、それら一切を無視して行動を続ける。その違和感に気付いた。

 

 

「もしや私は霊体、あるいは非実体の状態で此処に居るというのか…………可能性は大いにある。

だがこの場合はどちらかと言えば、『干渉そのものが出来ないようになっている』可能性が

最も説得力があるな。ならば私は今、正確に言えばこの場所に存在してはいないということか」

 

自分で立てた仮説を何度も反芻して考え、現状一番可能性が高いと思われる説を提示する。

理屈としては、幻想郷でアソビの暴走を食い止めきれずに完全に侵食されかける寸前、紫ないし

何者かの手によって応急処置的な意味で意識のみを別の場所(あるいは時間)へと飛ばしたという

筋道が浮かび上がる。無論正解かどうかを確認する術など無いのだが、自分が触れられない事実、

そして『能力を封じられている』という不可解な現状を鑑みて、彼は新たな仮説を見出した。

 

 

「過去の現実時間に飛ばされたというよりも、何者かの過去を非実体として見せられている。

これこそが今の私を取り巻く現象に最も近しいものではないだろうか」

 

 

そう、彼は今の自分を「時間跳躍」したのではなく、「時間観測」しているのだと結論付けた。

「時間跳躍」とは読んで字の如く、時間という概念を跳躍して過去や未来へと移動していき、

そこで一人の人間として活動することを指す。分かりやすく言えば、タイムトラベルだろうか。

しかし「時間観測」は字面こそ似ているが内容は大きく異なる。時間跳躍と同じく過去や未来へ

行き来することは可能だが、その時間で一人の人間として活動することは不可能となるのだ。

「観測」の名が示す通り、「時間観測」はその時間その時代に起こった出来事などを観測する

だけであって、干渉することはできない。まさに今の縁の状況と合致しているわけである。

つまり、縁が今体感している現象が「時間観測」であるなら、何者かの過去であるこの場所へ

干渉することはできない。過去を改変してしまう事が出来ないという事になるわけだ。

 

ここまで読み解いた彼の頭脳は次に、新たに浮かび上がった疑問の解読に力を入れ始める。

 

 

「________________ならばコレは、私の過去なのか?」

 

 

そう口にした縁ではあったが、立てられた仮説を考慮して鑑みると、可能性は低く思えた。

自分が過去に体験してきた記憶の中にいるのだとすると、いささか妙な点が垣間見えてくる。

彼が瞬時に思い浮かべたいくつかの疑問点の中で、特に引っ掛かりを覚えた部分はというと、

今まさに自身が少しばかり体格が大きくなったような自分を、客観的に見ているという点だ。

縁が実際に経てきた事象が目の前にある光景だと言うのなら、それは自分自身の主観として

広がっているべき光景であるはずなのに、そうなっていない。自分を、自分が見ている事実。

もしここが自らの過去の記憶ならば、自分は陰陽師風の男たちの背後になど立ってはおらず、

ボロボロの麻布をまとった主人によく似た少女を庇う彼の目で、正面から見据えるはずだ。

 

ここまでのことを状況から紐解いていった縁は、ようやく新たな視点での発想に辿り着く。

 

 

「いや、違うな。もしかすると、あそこにいる……………幼い紫様のような、彼女の記憶か?」

 

 

むしろ、それしかあるまいと結論付けた縁は、再び現状に動きがあったのを見て観察する。

 

縁が熟考していたわずかな間に式神を召喚し終えていた陰陽師の風体をした男たちは、

喚び出した化生の類を単純な命令で動かし、飛び掛からせたが、功を奏することはなかった。

縁とほぼ寸分違わぬ出で立ちをした男が少女の前に体を滑り込ませ、並の人間ならば容易く

引き裂けるほどの巨大な爪が迫るのを冷静に見つめた後、流れるような体術で襲撃を躱す。

 

続けざまに飛び掛かってきた式神を、彼は長い月日をかけて身に染み込ませたのであろうと

想像できる動きで避け、いなし、弾いた。そして僅かな隙を見出し、手刀を振り下ろす。

鉄臭い香りと粘性の高い赤液を周囲に容赦なくぶちまけた彼は、隠された口を徐に開いた。

 

 

「我が主、ここは私が。今のうちにスキマを通って御逃げ下さい」

 

 

外見からほぼ間違いないとは踏んでいたが、ようやく聞けた男の声により、確信に変わる。

そもそも顔を"縁"の一文字が書かれた布で覆い隠すような人物など、多く居てほしくない。

 

とにかく、眼前で化生を体一つで捌き切る彼こそ、ほんの少しばかり成長したかに思われる

肉体と、酷く老朽化しているように見える衣服などから、未来の己自身であると断定した。

便宜上、成否はともかく彼のことを未来の己だと思うことにした縁は、戦況を俯瞰し直す。

妖怪の天敵であろう陰陽師の意識と攻撃を一手に引き受けた未来の縁だったが、その後ろに

守られている彼の主人である少女は、何やらしどろもどろするだけで逃げる気配がない。

 

傍観している縁が何事かと考え出した直後、式神を操る陰陽師の男が得意げに笑って言った。

 

「愚かな物の怪よ。我ら音に聞く安倍一門、妖の小童一匹とて逃すはずがあるまい」

 

「……………結界か!」

 

「ほう。無知蒙昧たる阿呆な小物共とは、やはり違うようだな」

 

 

黄色人種である日本人とは思えぬほど白い顔の、白粉(おしろい)が塗りたくられた麻呂顔の男たちは、

何がおかしいのか、くつくつと堪えきれぬように上品さを履き違えた下卑た笑みをこぼす。

同じ自分でありながらも数秒ほど結論に至るのが速かった未来の縁は、自分たちを中心に

結界の陣が敷かれていることに気付き、そこから抜け出るための算段を瞬きほどの間に案ずる。

未来の縁は式神たちの絶え間ない攻撃を捌き続けていたが、それを一度中断して身を翻した。

いったい何をする気なのだろうと注意深く観察する自身を知覚せず、現状を打開することが

できずに慌てふためく主人の傍へ駆け寄り、彼女の脇で縮こまっていた付喪神を掴み上げる。

 

 

『ナ、何ヲ⁉』

 

「済まんが時間を稼いできてほしい。なに、すぐに終わるさ」

 

 

突然のことに付喪神も陰陽師たちも呆気に取られる中、未来の縁は掴んだ手を大きく振るった。

 

 

「なっ、痴れ者め! 斯様に穢れし物の怪を、投げて寄越すとは何事か‼」

 

「式に命ずる! 我が身を守り、あの下郎のそっ首を切り落としてまいれ!」

『ヒッ! 助ケ_____________』

 

 

野球ボールの如く無造作に放り投げられた付喪神は、術者の命令に従い、迫りくる脅威として

認識されたばかりに強靭なる豪爪で切り裂かれる。真紅の仇花が咲き、瞬く間に散っていく。

小物とはいえ一応の戦果を挙げた式神は満足げに笑うが、そんな彼らを嘲笑うように未来の縁は

既に行動を終えており、結界を解くために必要なあるものをその右手に握り、突き出していた。

 

 

「言った通り、すぐに終わったな。まぁ、その命の方が先に終わったようだが問題あるまい。

偉大なりし我が主が明日を生きる礎と成れたのだ。名も顔も知らないが、誇りに思って逝け」

 

 

自分勝手も甚だしい言葉を並べた未来の縁は、その手に握る鈍ら刀を何もない虚空へと向け、

さながら扉を開けるべく穴に差し込んだ鍵のように動かし、直後に周囲の空気が明確に変わる。

目視の利かないものではあっても、感覚によって知覚できたことを陰陽師たちが驚きつつ叫ぶ。

 

 

「馬鹿な! 我ら安倍一門の結界が、斯様な妖に破られるなど!」

 

「逃がしてなるものか! そこな物の怪をここで封じねば、京は魔都と堕ちてしまう!」

 

何やら血相を変えてまくしたてる男達を余所に、未来の縁は首だけを動かして再び声を上げた。

 

 

「我が主、結界は私が破りました。貼り直される前に御逃げ下さい、御早く!」

 

 

先程よりも大きく張り上げられた声に肩を震わせた少女は、必死の様相で能力を発動させる。

体感時間で二秒と経たぬ間に、彼女の背後には縁には見慣れた、禍々しい空間の裂け目のような、

ギョロギョロと不気味に目玉が蠢くソコへと身を滑らせ、頃合いを見計い未来の縁も飛び込んだ。

 

口惜し気に唇を噛み締める陰陽師たちを無視して、たった今目の前から消えてしまった二人組に

対し、一連の流れを見ていた縁は現状について「自分にできることはないのだ」と再度確認する。

未だ以て正体が仮定でしかない彼らにも、陰陽師たちにも直接的に関与できない現状を鑑みても、

やはり何かしらの結果を残せるとは思えず、縁は思考を切り替えて一先ずどうすべきかを考えた。

 

そして、これもやはりと言うべきなのか、彼の思考回路を埋め尽くしたのは、あの二人組だった。

 

 

「……………能力が使えないのが厄介だが、妖力の波長は分かる。後を追ってみるべきか」

 

こちらが過去の存在に干渉できないのなら、それは逆も然り。ならば、堂々と行動するべきか。

そういった結論に落ち着いた縁は、尾行される心配がないのは良いと、気楽に追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尾行される恐れがないから気楽で良いと楽観視していた縁は、その考え方を叱責する事になった。

確かに今の自分はこの過去の記憶に干渉できない存在であるため、自分の行動によって何らかの

影響を及ぼすことはできない。それはそれとして問題は別にある。現在地を、彼が知らない事だ。

 

無論、彼は此処が何処であるかは知っている。遷都されたばかりの平安初期の頃であることは、

知識として知ってはいるのだが、自分が実際にそこに存在した記憶はないため、土地勘など無い。

つまるところ、彼は行方をくらました二人がどこへいったのかを追えても、正確な位置まで把握

することは出来ておらず、妖力を辿ろうにもどの道が何処へ通じるか不明な為、下手に動けない。

分かりやすく言えば、縁はつい先ほどまで迷子になってしまっていたのだ。

 

 

「…………………ようやく見つけた」

 

 

能力を使えないことがこれほど不便なことだったのかと痛感しつつ、縁はついに二人がいると

思われる木造の古ぼけたあばら家に辿り着けた。今や陽は高く昇り、夜を既に越して昼時である。

ここまで時間がかかるのかと感じられるはずのない疲労感に苛まれながら、縁は木製の扉を透過

して中に入り、生活感が一切見受けられないその場に腰を下ろす二人を確認し、安堵の息を吐く。

 

雨でも降ろうものなら、たちまち中にいる者はずぶ濡れになるだろうと思われる穴だらけの屋根。

この時代にある唯一無二の光源であるロウソクすらない、陽の光だけの薄暗い陰気な木貼りの室。

僅かに差し込む光に照らし出されるのは、室内を舞う無数の埃や藁ぶきの抜け毛などの汚きもの。

そこにある全てのものが、この場所がどれほど辺鄙で窮屈なのかを言外に、雄弁に告げている。

実際の肉体が無いにも関わらず疲労を感じていた縁は、ボソボソと囁くような会話に耳を傾けた。

 

 

「我が主、そろそろ昼食を取ることを推奨致します」

 

「………別に私がいつ食べるかなんて、私の勝手でしょ」

 

「その通りではございますが、しかし貴女様はまだ妖怪としてこの時代に生まれたばかり。

如何に比類なき力をお持ちといえど、それはまだ不安定かつ発展途上であることは否めません」

 

「だから食べて大きくなれって? 本当に何から何まで胡散臭い奴よね」

 

「胡散臭い、大いに結構。我が主が安泰となるならば、遥か先の時代より戻った甲斐がある」

 

「そこが一番胡散臭いのよ。遥か先の時代って何? 未来から来たってことなの?」

 

「左様に御座います」

 

 

話を聞く限り、両者の間には信頼の"し"の一文字も無いように思えてならない縁だったが、

飛び交う言葉の断片をつなぎ合わせて情報を構築していき、一つ一つを紐解き昇華していく。

 

まず確定した情報は、目の前で幼いながらも既に風格を漂わせている少女こそ、自身の主人である

八雲 紫その人であること。そして彼女の傍らに腰を下ろす男が、未来の自分自身ということだ。

前者も後者もある程度予想していたことだったので、さほど驚くことにはならなかった。

そのあたりは不確定が確定になったと前向きに考えることにしたが、問題はまだ他にもある。

 

そこからさらに、未来の縁と幼い紫の二人が談話を続け、そこからさらに断片的な情報を得た。

 

 

「ふむ、少しずつではあるが状況は分かってきた」

 

 

そう独りごちた彼は、目の前で知らぬ間に言い争っている二人を観察しながら考えをまとめだす。

 

一つは、この平安初期の頃になってから主人である彼女、八雲 紫ことスキマ妖怪が誕生した事。

以前に聞いた話では、不老不死の特性を得た主は、もう自分がいつの時代からこの世界に生まれ、

どこまで存在し続けてるのかすら分からなくなっているとの事だったが、ここが起源のようだ。

加えてもう一つは、やはり未来の自分だったもう一人の自分は、どのような手段を用いたのかは

不明なままだが、主人の過去の時代まで遡り現れ、彼女をずっと守っているという眼前の事実。

 

けれどここで縁は、新たに別の謎が浮かび上がってきたことに気付き、考察し始める。

 

 

「…………未来の私を名乗るあの男、目的は何だ?」

 

 

彼が真っ先に考えたことは、今の自分の状況と眼前の彼の対応が、まるで噛み合わないことだ。

 

縁はこの不可思議な現象に囚われる前まで、主人である紫や従者仲間の藍、その他大勢の者を

勝手に巻き込んだ挙句に裏切り、その果てに暴走して無関係の者たちにまで被害を及ぼしていた。

そんな自分がどのような道を辿れば、過去へと遡って過去の主人を見守るような未来へと到達する

ことになるのだろうか。少なくとも、今の自分からしたら不自然極まりない状況に間違いはない。

 

補足すると、そもそも眼前の彼が過去へと遡るという時間跳躍染みたことをしたとのたまっている

こと自体、縁にとっては不可解なことであった。当然だ、縁には時間跳躍など出来ないのだから。

 

かつて白玉楼で妖夢と対峙した際、ほんの数秒前の過去と現在を能力で(つな)げることによって、

全く同じ場所、全く同じ時間に複数の自分を存在させて、それぞれ別方向から斬る技を披露した。

しかしあの技は高々数秒程度の過去を、一瞬だけ結いだだけに過ぎない。否、それしか出来ない。

あまりにもかけ離れた時間と時間、場所と場所を長時間結げ続けることは、出来ないはずである。

 

(だがあの男はそれを可能にしている…………あの"私"は、本当に未来から来た"私"なのか?)

 

 

確証など何一つない。けれど欠片が合わさり空白が埋まるたび、否定が肯定に塗り替わっていく。

確かめる術が全く無い現状においては、もう彼が未来の自分であることを認めるしかないようだ。

疑念は尽きず、懐疑的な思考は未だ健在であるが、それでも縁は一先ず謎の解明を先送りにする。

ここで彼と自分の関係性を明らかにするよりも、この現状自体をどうにかしなければならないのを

思い出し、何かそちらに関する手がかりを得られないものかと視線を彷徨わせた。

 

目新しいものや、何か変わったものなどは見当たらず、やむなしと探索を中断することにした縁。

そう言えば言い争っていた二人が静かなことに気付いた彼は、部屋の中央へと目線を向け直した。

するとそこには見覚えのない第三者が横たわっていた。否、第三者であったものというべきか。

 

「食べればいいんでしょ、食べれば」

 

 

そこにいたのは、ぶっきらぼうに呟きながら口元の血を拭おうともせず食い漁る少女と男だけ。

縁が第三者であると誤認したのは、少し前までは生きていたと思われる、血色の良い死体だった

らしく、成人男性の全長と合致する肉の塊へ少女は齧り付き、咀嚼音を延々とこぼし続けていた。

耐性のない者が見れば失神するような光景が広がっていたが、縁はそこであることを思い出した。

 

 

(そうか。紫様は元来、人を食して妖力を得る人喰い妖怪の類であらせられたな)

 

 

ゴキリと重たげな音を口内から無遠慮に鳴らす、当時の主の姿に驚きを隠せない縁ではあったが、

赤々とした血糊の口紅とへばり付く臓物の食べかすに、自分より早く別の自分が気付き咎める。

 

「我が主、獣のように齧り付くなど御止めください。貴女様はいつ何時であれ、優雅なれば」

 

「………私の勝手よ」

 

「ああ、またそのように臓物を意地汚く齧ってはなりません。血が飛び散りますぞ」

 

「…………別に、気にしないわ」

 

「気にして頂きたい。貴女様はいずれ、あまねく妖魔を束ね、幻想を産み落とす母と成る。

そのような御仁が斯様にみっともない食べ方をするとあっては、嘆かわしいこと限りない」

 

「…………………………」

 

 

自分の顔にかかるものよりもいくらか汚れが目立って見える顔を隠す布越しに、未来の自分は

事もあろうに主人の食事作法への口出しをし始めた。またも彼が自分なのかと疑惑は増える。

しかし言葉を失っている場合ではない。自分が八雲 紫に仕えていた者であるならば、幼い姿で

あっても彼女を主と呼び慕う彼もまた同じはずである。従者が主人に口答えするとどうなるのか、

その結末が想像できないほど縁は堅物ではない。身構えた数瞬の後、想定通りの自体が発生した。

 

 

「うるさいうるさい! この胡散臭いのっぺらぼうもどき! 二度と私に近寄らないで‼」

 

 

幼い姿の時点で容易に想像できた事が起こり、少女は小さなスキマを作ってその内部へ飛び込み、

そのまま何も言わずにスキマを閉じて何処かへ行ってしまった。ボロ小屋に、沈黙が充満する。

気まずいどころの話ではない。仮にも自分が起こした出来事である以上、見て見ぬ振りも出来ず、

けれど発端は未来の自分であるから無関係だと開き直れもしない。不器用な己から目をそらす。

 

そうして何もない時間が呆然と経過していく最中、唐突に未来の縁が顔をあげて言葉を紡いだ。

 

 

「其処に居るのだろう? かつて紫様から離反したばかりの私よ」

 

「なっ__________」

 

 

先程まで室内を包み込んでいた静寂を破った言葉は、再び縁の言葉を失わせるには充分だった。

あまりに突然な発言。そこに内包されていたのは、突拍子もない、嘘みたいな真実のみである。

 

様々な可能性を瞬時に想定しては否定して打ち消す縁を余所に、未来の縁はなおも語りだす。

 

 

「姿も見えず、声も届いてはこないだろうが、かつて自らが辿ってきた道筋だ。覚えている。

もしかしたらまだ来ていないかもしれんが、ここに来ることは間違いのないことだ。なぁ?」

 

 

緊張と得体の知れない感覚によって動けない縁の事を知ってか知らずか、彼は問を投げかけた。

 

 

 

「かつて過去に生きた私よ、遥か未来に生きる私よ____________話をしないか?」

 

 








いかがだったでしょうか(血涙


本当に、本当に長らくお待たせしてしまって申し訳ありません‼
書かなきゃ書かなきゃと焦る日々、まとまった休日が取れた近頃、
買い替えられた家のTV、それに伴い半年の眠りから目覚めたPS4!

ええ、数多くの試練を乗り越えてようやく、私は更新できました。
次回はもっと早く更新しようと思います。というかします!
来週は必ず更新いたしますので、どうか見捨てずお待ちください!


それでは次回、東方紅緑譚


第八十八話「古の道、辿る歴史と巡る縁」


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