東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、FGOで爆死した挙句にスパンが短すぎるイベントで
奔走した結果、体調を崩してしまった萃夢想天です。
ああ、人の欲望とは何たるものであるか、絶滅して然るべしぃ!

どうして金曜日に早く帰って書き起こそうとしないのかっていうと
本当にそうなのですが、もう何と謝罪すればよいのかと本当にもう。
しかも日曜日投稿のライダーSSが一か月以上停滞しているので、
いよいよヤバめなんですよね…………もういっそ一本に絞ってやろうかな。


嘆きもそこまで、これ以上はもう何も言えませんので。


それでは、どうぞ!





第八十六話「緑の道、託す今と託される過去」

 

 

 

 

 

縁と紅夜がついに邂逅を果たし、道を歩みし者は己を誇示するが如く広げた両手を天に掲げ、

夜を往く狩人は全身に鮮やかな紅色の霧をまとい、相対する懐かしき青年を油断なく見据える。

互いの手には、酷く危険な香り漂う壊れかけの日本刀「六色」と、統一された殺傷特化型の

鋭い刃を並ばせるジャックナイフとが握られており、切っ先は相手を殺める時を待ち侘びていた。

縁が紅夜を、紅夜が縁を捉えて一切視線を動かさずに構えて十数秒、彼らを囲むようにして

戦いを展開させていた紫や藍、魔理沙たちと影の少女たちとは異なる声が下から聞こえ始める。

 

 

「なんだなんだ?」

 

「何の騒ぎだってんだ!」

 

「また弾幕ごっこで誰かがドンパチやってんのか!」

 

「でもよ、なんか様子がおかしいみたいだぜ……?」

 

 

一瞬でも気を緩めた途端に勝敗が別れる二人を除き、中空にいた者ら全てが声の出どころへと

視線を向けていた。するとそこには、先程までは気配も感じなかったはずの人だかりがあった。

どうやら縁とこころの弾幕ごっこが火付けになり、その後も止むことなく続く騒音が気になった

人里の住人たちが野次馬として様子を見に来ているようだ。彼女らの公正な決闘方法である

【弾幕ごっこ】は、その勝敗を決める基準に"美しさ"とあるため、見る者がいても問題は無い。

そう、今繰り広げられていたのが、公正で普通の弾幕ごっこであったならば問題は無かった。

 

 

『_______________ッッ‼⁉』

 

足下の地上で人がまばらに集まっていることに気付いた縁は、そこで自身の異変に気付く。

 

 

『なん、だ…………体が、何が起きている⁉』

 

 

それまでは悪党然とした風体で、剣を右手に握っていただけの彼は今や、その体を二つに折り

苦悶の声を上げている。空いた左手で胸の辺りを押さえているが、ふらりと体勢が崩れ落ちた。

流石の紅夜も今の彼の様子がおかしいことに気付き、何事かと改めて観察の視線を彼に向ける。

 

ほんの数瞬前までは余裕を見せていた彼が、今では肩で息をするようにして、時折隠れた顔から

痛みを堪えるかのような呻き声が漏れ出ている。いきなりの変化に戸惑うが、それ以上に紅夜は

そこでようやく彼の明らかな異常に目が向いた。彼を守る影の触手が、わなないているのだ。

 

 

「話してくれないって言ったばかりだけど、一つ聞いてもいいかな…………それは何だい?」

 

 

以前に聞いていた彼自身の能力と、現在の彼と現場の状況とが一致しないことにやっと疑問を

抱いた紅夜は思わず尋ねてみるが、当然ながらに答えは返らず、苦し気な声が漏れ出るばかり。

そうしているうちに縁の体が一度ビクンと小さく跳ね、苦悶の呻きと体の痙攣が収まった。

その場の誰も、彼の身に起きていることが分からずに傍観しているだけの現状で、中心人物たる

縁自身が行動を起こした。だがそれは、至近距離にいた紅夜ですら見落としかねない些細な所作。

先程までは紅夜にのみ突き刺さっていた視線が、足下の野次馬の中の一点へ向かっていた。

 

 

『く、ぐぅ………あああああぁぁあああぁああ‼』

 

「何だ⁉」

 

 

縁の視線の行く先に気付いた紅夜だったが、それが一足遅かったことをこの時になって悟った。

周囲をウネウネと蠢いていただけの影の触手の動きが止まり、かと思えば一斉に真下へ向かって

目にも留まらぬほどの速度で伸びていく。我先にと争うように急降下していく触手たちが向かう

直線上には、人里の住人達による野次馬、そのさらに下にいた事の危険性を知らぬ子供の姿が。

 

 

「オイ、何する気だアレ………って、待て待て待て待て‼」

 

「もしかしてもしかするヤツじゃないですかアレ⁉」

 

「紫様!」

 

「何がどうなってるの………縁!」

 

 

それまで縁の支配下にあったはずのアソビが突然蠢き出し、眼下にてこちらをうかがっている

里の人々へと触手という矛を向けている現状に、魔理沙や早苗はともかく藍と紫すら驚愕した。

当の縁は紫からの問いかけに反応すらせず、再び苦しむような動きをみせているだけとなり、

アソビの触手を止められる者がいないために、それらは悠々と直進し続けて目標へ突き刺さる。

 

 

「な、なんだコレ! 俺の、か、影がぁ‼」

 

「あがっ………!」

 

「父ちゃん! お、おいらの影に何か入っ__________」

 

「あ、ああ、何が起きてるんだよぉ‼」

 

 

人だかりへ一直線に向かっていった影が、集団の影の中に次から次へとずぶずぶ入り込んで、

そこから数秒もしないうちに悲鳴が上がり始めた。大の大人から子供まで、老若男女問わずに

一切合切の影をアソビの触手は奪い去っていく。さらには周囲にある軒屋などの建造物などの

建造物の影にすらその力を及ぼしていく。彼女らの足元に、たった今絶望の花が咲き乱れた。

 

影を奪われた人々は意識を失くしてどたどたと倒れこんでしまい、恐怖と困惑が入り混じった

表情のままに動きを停止している。建造物はというと、影を抜かれた影響で全体的に歪みが

生じているらしく、最初に抜かれた建物から徐々に傾いて崩れ始めているようだった。

そこまでやっているアソビだが、その動きは一向に止まることなく、被害を拡大させている。

 

 

『_______________っあ! か、ふぐぅ…………』

 

「縁! 縁‼」

 

『紫さ……ま…………なんだ、これは。何がどうなっている⁉』

 

 

するとここにきて縁の意識が戻ったようで、紫の必死の呼びかけにも反応を見せた。

彼女の言葉に反応こそした彼だったが、眼下で広がる惨状に対して思わず声を荒げた。

 

人が、建物が、何もかもが。

ありとあらゆる『影』が、ずるりずるりと無くなっていく。

 

また一人と里の人間が倒れ伏していく様を見せられた縁は、そこで自分の中に潜んでいる

アソビが暴走を起こして凶行に走ったのだとようやく気付き、それを止めるべく能力を使う。

『全てを結げる程度の能力』を使えば、アソビの意識、あるいは意志と直接結合することで

その行動を掌握ないし制限できることを実際にしてきたからこそ、縁はすぐ対策を実行した。

しかし、それが既に失策であることなど、この場の誰も知る由も無かったのだ。

 

 

『な………これは、まさか⁉』

 

 

アソビと結合することで事を治めようとしていた縁は、その瞬間に自身の迂闊さを呪う。

 

縁の能力である『全てを結げる程度の能力』によって、自分以外の存在の意識や意志を結合

させる時には、必ず両者間の結合部をつなげている「道」と呼ばれる通路を構築している。

そこを通じて彼は他者との意識結合を行い、あるいは記憶や情報などの相互交換をさせる事が

出来ているのだ。これこそが彼の能力の基本にして根幹なのだが、ここに弱点があった。

 

普通は自分以外との意識が直結された際、違和感を感じたとしても「今結がった」といった

実感のある感知はできないはずなのだ。他者と意識を共有するなどという、本来あり得ない

現象を体感しているならまだしも、正確にそれを探知して把握することなど無理難題である。

ところが今回の相手は、あのアソビだ。『影』を「踏み」、「送る」事に長けた相手なのだ。

 

 

『私の能力を逆手にとって__________________この私を完全に乗っ取るつもりか⁉』

 

 

結げた「道」を辿ってこちらへと何かが雪崩れ込んでくるという異常な感覚を察知した縁は、

このままではまずい、すぐに能力を解除せねばと思考を切り替えるが即座にそれを断念する。

アソビからの強制的な干渉に対策を取らねばならないが、今の彼にはどうしようもなかった。

 

能力を使わなければ、人里に今どれだけ残っているかも分からないあらゆる影が完全に奪われ、

能力を使えば、侵食を始めているアソビに自分自身の肉体全てを乗っ取られてしまう事になる。

 

まさしく八方塞がりともいえる板挟みな現状に、縁は最適解を見つけるべく思考に没頭するも、

打開策どころか少しでも良い方向へ進むような作戦を、何一つ思い浮かべられなかった。

最悪の板挟み状態となった縁は、ゆっくりと自分を奪われる感覚に襲われる中、手を伸ばした。

 

 

(このままでは……………誰でもいい、誰か………誰か私を‼)

 

 

それはまるで、濁流に飲まれる中で助けを求め必死にもがく幼子のような、そんな手であった。

あるいはそう、恐ろしい悪夢にうなされて何かを遠ざけようとする子供のような手でもあった。

 

無我夢中になって救いを乞うかのように伸ばしたその手が空を掻き、空しく指が動き回る。

 

「縁っ‼」

 

『‼』

 

何もかもを塗りつぶそうとする濁流の中で、消えかけの意識が最後の瞬間に確かに聞き取った

その声の主は、彼が忘れようもない人物である八雲 紫その人だった。

 

ギリギリのところで両者の結がりが無くなった瞬間を見逃すはずはなく、今なお自分が縁の

主人であると信じて疑わない彼女は、力なく伸びていた彼の手を確かに掴み、救い出していた。

 

「縁、縁! しっかりなさい!」

 

『_____________________』

 

「えに………し………」

 

 

手を掴んで引っ張り出した紫は、ひし、と胸元に強く抱き寄せた彼の様子を確かめるが、

反応は芳しくない。四肢もだらりと脱力しきり、言葉を発するどころか呼吸すらも停止して

しまっているかのように、肩も胸部も動かない。それを理解した紫は、顔色を蒼白に染める。

 

ところが次の瞬間、さながら「返せ」と叫んでいるかのように再び不規則に蠢いて暴れだした

アソビの触手が、紫と彼女の抱えている縁へと迫る。その目的は、あえて言う必要もなかろう。

次々と襲い掛かってくる触手は脅威だが、紫にとっては規則性の欠片も無くただがむしゃらに

暴れまわるだけの力押しなど怯えるに値しない。しかし、今の彼女は彼女だけではない。

 

 

(縁がいる。この子を守りながらでは…………一人で動くのとは、また違うわね!)

 

 

体重が優に90kgを超える縁が人形同然となってしまっている以上、彼を庇いつつ動かねば

ならなくなっている。先の戦いでわずかではない消耗をしている彼女では、これ以上彼への

攻撃をどうにかすることは難しいのだ。それが一番分かっているからこそ、紫は焦る。

 

一瞬の判断の遅延が命取りとなる現状で、それでもやはり八雲 紫の決断は早かった。

 

 

「……………………もう、これしかない」

 

 

縁を奪い返そうと際限なく増え続け襲ってくるアソビの触手から、彼を守ることこそ最優先

事項であると判断した紫は、眼前にスキマを生み出し、そこめがけて最高速度で空を駆ける。

逃がす気など毛頭ないとばかりに迫る触手は、しかし紫の忠実な下僕たる藍が見事に抑え、

九尾の豪爪で斬り裂いて時間を稼いでみせた。主君を見やる彼女はその時、確かに聞いた。

 

 

「_________________託すわ」

 

 

ただ一言だけそう呟いた紫は、そのまま縁と共にスキマの中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_____________________?」

 

 

不思議な感覚がする。

懐かしい感覚がする。

まるで、何もかもから解放されたかのような。

 

 

「…………はっ⁉」

 

 

柔らかな水の中を揺蕩うような感覚の中から、彼は急速に浮上する勢いで目を覚ました。

文字通りに飛び起きるような形で微睡みより覚醒した彼は、すぐ自身に不調があるかを確かめる。

神経駆動、問題なし。

五感反応、味覚を除いて問題なし。

内部機関の損傷及び不調、問題なし。

 

自分自身の体の点検を素早くし終えた彼は、慌てて起き上がった反動で小刻みになった呼吸を

整えてから、改めて自分以外に目を向ける。そこで彼は、自分の記憶に残っている最後の光景と

現状が合致していないことに、周囲の景色や様子が明らかに一変していることに気付いた。

 

「どういう、事だ? ここは幻想郷の人里のはずだが、しかしどこか違う…………?」

 

 

警戒を怠ることなく辺りを見回す彼は、自分が最後に記憶していた場所と現在位置が、

微妙に違っていることに気が付き、差異を感じる部分に重点を置いてさらに観察を続ける。

色々な点に着目しながら状況を見つめ直す彼は、そこで明確な違いとなる部分を口にした。

 

 

「ここは幻想郷の人里ではない。そして、ここは幻想郷ですらないのではないか?」

 

 

思わず口をついて出たその言葉を裏付けるように、彼の布越しの視線は様々な場所を捉える。

 

柵に囲われて肩を寄せ合うように密集していた建造物や街並みは、均等に区分けされたような

道と道を挟むように、分かりやすく言えば"田"の字を形成するような分布で構成されている。

さらに空を見上げれば、幻想郷ではやや小振りで西に傾きかけていた太陽も、明らかに見た目が

大きくなったいる上に完全に西の空へ埋まろうとしている。昼下がりの空が、夕暮れ入りの空へ

変わってしまっていた。これだけならば時間経過ともいえるだろうが、太陽の大きさは違う。

 

太陽は年月によって地球との接近具合が変わるため、年によって見える大きさが若干変わる。

つまり、大きくなったり小さくなったりを繰り返しているはずなのだが、少し前の記憶では

小さく見えていたはずのソレが、今見れば違いが分かるほどに大きく見えるのだ。

無論、太陽を見る位置が太陽に(西の地平線に)近ければ近いほど大きく見えるのは当然だが、

意識を失っていた自分がいきなりそこまでの距離を移動してしまっているとは考えにくかった。

 

そして極めつけは、自分が今も触れている「空気」だ。

 

 

「……………やはり、『濃く』なっているな」

 

 

彼が持ち前の優れた五感と能力とを併用して検知したのは、空気中に漂う「妖力」の濃度。

現代社会、すなわち「外の世界」と呼ばれる場所では、科学が発達して神秘や奇奇怪怪なる

人ならざるモノの存在が弱まってしまっているために薄くなっている妖力は、幻想郷ならば

場所によって違いはあれども確かに検知できた。しかし今検知した濃度数値と一致しないのだ。

 

街並みや建造物、太陽の接近具合に空気中の妖力濃度などを判断材料にして熟考に沈んだ彼は、

それらが寸分の狂いもズレもなくピタリと当てはまる場所を、時間をかけてようやく特定した。

 

 

「ここはおそらく過去の日本。時代はおよそ790年代……………平安初期か」

 

 

彼が今いるとされる其処は、日本という国が誕生する幾つかのきっかけとなった根幹部の一つ。

日本人という人種民族が建国するに至る人理定礎であり、国風文化たる伝統文化発祥の時代。

人々が平穏と安寧を求め、時の権力者が集中して作り上げた人の楽園、平城京遷都から数年、

新たなる拠り所となる土地を見つけて移り住んだその場所と時代こそ、ここ平安京である。

 

平安期の中心たる華も栄えし京の都そのものが、自分が今いる場所なのだと彼は確信した。

 

ならば、次に浮かび上がるのは「何故」「どうして」「どのように」という疑問であることは

必然であるが、顔を一枚布で覆い隠す緑髪の青年____________八雲 縁はそうならなかった。

 

 

「……………どうすれば幻想郷へ戻れるのだろうか」

 

 

縁はそう呟き、再び思考の海へと深く潜り込んでいく。いきなり時代も場所も飛び越えた理由は

全く以て不明のままだが、どうにかして幻想郷へ戻らなければならないと彼は方針を定める。

ひとまずこのまま平安京の片隅で突っ立っていても、その時代の人々に見つかれば面倒な事に

発展するだろうことは火を見るより明らかなので、どこかへ移ろうと能力を発動しようとした。

 

ところがここにきて、また新たな衝撃と困惑が縁を襲う。

 

 

「………能力が発動しない⁉」

 

 

彼が能力による空間結合で移動しようと右手を振るった直後、いつもならば手に合わせてできる

空間の裂け目が生み出されず、またどこかと結がる特有の感覚も感じられずに空しく空を薙ぐ。

時代や場所が大きく変わった事はさほど重大に捉えていなかった縁も、能力が発動しないという

前代未聞の事態に直面したことで、いよいよ苦境に立たされたという実感がふつふつと湧き出す。

能力が使用できなければ、彼の不死性も発揮されず、弾幕ごっこはおろか敵対する存在への攻撃や

防御もまともに取ることができなくなり、逃走経路の確保もままならない。完全な"詰み"である。

現状をどうにかして打破しなければ、このままでは訳も分からずに命を落とすことになることは

間違いないと確信した縁は、原因の究明をすべく行動を開始しようとした時、何かを探知した。

 

「これは、どこか懐かしい気配だ。この妖力のパターンはどこかで………………」

 

それは、この時代にきて初めて感じた「懐かしさ」だった。勿論彼は自分に関する記憶が無く、

平安京に何らかの関係があったとしても不思議ではない。しかし、今なお感じられるソレは、

忘れ去った遠い過去のものというより、ついさっきまで感じられていたという「懐かしさ」だ。

 

無下にできないソレの探知をより精密に行う彼は、数秒後にその懐かしさの正体に気付き、

何故自分がすぐに気付けなかったのだと苦言を漏らしながら、気配のする方向へ駆け出した。

能力が使えたなら一秒もかからずに馳せ参じられたのだが、まるでそうはさせまいとするように

発動が出来なくなっているため、自分に出せる最高速度で都の整備された土道を疾走する。

 

 

「何がどうなっているのだ…………くっ‼」

 

 

普段から使っていた能力を封じられたもどかしさに歯噛みしながらも全速力で駆ける縁は、

気配の濃い方向へ続く道を目にも留まらぬ速さで走り、他の一切合切を無視して行動した。

 

そして日が完全に没し、深い闇が都を包み込む中、街灯代わりの松明の灯が明滅する中で、

縁はようやく気配がする場所へと辿り着くことができた。肩で息をしながら、最後の角を曲がる。

入り組んだ道を脇目もふらずに駆け抜けたため、帰りは考えていなかったなどと思考の片隅で

愚痴をこぼしながら曲がった角の先には、一度も見た事が無いのに見覚えのある光景があった。

 

 

『ギギ、ギ…………』

 

『ヒィ…………‼』

 

「袋の鼠だ、物の怪どもよ」

 

「時の流れに捨てられたる化生め。滅されるがよい」

 

 

そこにいたのは、この時代においては非常に効果で希少価値が高いと思われる純白の着物と

紺の烏帽子を着揃えた白塗り太眉の人間が三人と、琵琶や茶器に手足が生えた魑魅魍魎たち。

いわゆる付喪神と呼ばれる低級の木端妖怪と、それを退治せんとする陰陽道師なのだろうと

客観的に分析する縁は、やはり自分が平安の時代に飛ばされているのだと改めて実感した。

 

それと同時に平安の頃ならば、付喪神やまだ権威や権能が保たれた妖怪が夜の街を闊歩して

いても別段不思議でも何でもないと納得した彼は、もう半歩ほど進んで状況を把握しようとする。

音を立てぬようにして踏み入った彼は、影になって見えなかった部分までハッキリと視界に

収めることができた。だがそれと同時に、白い着物の人間が追いつめている者らを見た彼は、

今度こそ本当の意味での驚愕に襲われ、思わず声を漏らしてしまった。

 

 

「馬鹿な…………アレは、『紫様』と『私』なのか?」

 

 

彼の視線の先にいたのは、自らが仰ぎ奉っていたかつての主人に瓜二つな幼い少女ともう一人。

少し深みを帯びてくすんだ濃い緑になった短髪を逆立てた髪型に、同じ色合いの古びた着物を

羽織るその人物の顔は、達筆で「縁」と書かれた布で覆い隠されている。見紛うはずもない。

 

幼い少女を庇うようにして立つその大柄な男は、八雲 縁その人であった。

 

 

 







いかがだったでしょうか?

謎が謎を呼ぶ縁編、さぁ盛り上がってまいりました!
これからが面白くなっていくんですよね! 作者自身が楽しみです!

それと今回からしばらく、紫様のねつ造というかオリジナル設定が
多分に含まれた回が続きますので、アドバイスや「それは違うよ!」
といった点がございましたら、遠慮なくぶちまけて下さると助かります!


それでは次回、東方紅緑譚


第八十七話「古の道、紫との縁」


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