東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、自分の今までの作品を読み返してみて、文字数が現在の私とは
比べ物にならないほどに多かった事実に愕然と涙する萃夢想天です。


さて、前回は幽々子様視点で縁との取引をしたところで終わりましたね。
本当は三人称視点で書くつもりだったんですが、書き方を変えたらスランプを
脱せるのではないかと考え直し、あえて一人称視点で書くことにしたんです。
そしたらゆゆ様の有能感が半端ないこと。いやぁ、うちのゆゆ様は出来る子や。

あと最近、とあるソシャゲで爆死して、ついに課金に手を出してしまいました。
情けない限りです。アレほど課金ユーザーを馬鹿にしていた私が、まさか………。
人の欲望の際限が無きこととは、これほどまでに恐ろしいものだったんですね。


爆死の傷も癒えぬまま、それでは、どうぞ!





第八十弐話「緑の道、こころの仮面」

 

 

 

 

 

『……………さて』

 

 

冥界の最奥、白玉楼の客間にて幽々子との対談を終えた縁は、これ以上留まることを許されない

幽玄の景色を布越しの視界で一瞥しながら、これからどう動いたらよいかを考えていた。

もともと彼がここに来たのは、冥界の管理者にして『死を操る程度の能力』を有する幽々子と、

その従者にして凄まじい剣術の腕を持つ妖夢の二人を、味方へ引き込もうと画策したからである。

当初は自分の絶対的優位を疑わなかった縁だったが、二刀流の真価を魅せつけた妖夢との戦いに

何とか辛勝を収め、幽々子に至っては引き抜きどころか良い様に話の主導権を握られ続けていた。

さらに幽々子との対談の際、自分の持つ情報だけでなく、自分すら知りえなかった情報を向こうに

引き出されてしまった。目的は果たせず、あまつさえこちらの情報だけ一方的に搾取されるとは。

 

思いもよらない結果的な惨敗に、縁はただただ、自身の不甲斐無さと脆弱さを思い知らされた。

 

 

『もうこの冥界に滞在はできない。懐柔も不可……………となれば』

 

 

自身の失態をこれ以上考えても意味が無いと、彼の中の合理的な部分が熟考を拒絶。

これからのことをどうすべきかという新たな問題へと着眼し、そこに思考の焦点を当てる。

冥界にいる目的は無くなり、幽々子の許可(黙認)がない今は隠れ潜むことも出来なくなった。

単純な戦力として彼女らの協力を仰げないというのは痛いが、取り返しがつかないのだから

仕方がないと諦めて、縁は自分が思い描いている計画を少しだけ前倒しすることを決意する。

 

 

『この計画を盤石なものとするために、最後の保険となるあの二人に接触を図るか』

 

 

誰に語るでもなくそう独りごちた縁は、自らの右手をすい、と横薙ぎに振るう。自身の能力で

空間と空間を結げることで、実質的な瞬間移動をするための行為である。それを彼は無造作に

行い、裂け目となって滞留する其処へ、布越しであれど鋭いと感じさせる視線を投げかけた。

 

彼が作った空間の裂け目。その向こう側に映り込んだのは______________無数の人の波。

 

 

『行くか、人里へ』

 

 

空間結合が正常に機能していることを確認した縁は、右手を持ち上げて裂け目を押し広げ、

自分が通れるほどに拡張したその中に体を通す。その瞬間、体に触れる空気の質が変わった。

生あるものを拒み、死せるものたちが宛てもなく彷徨い揺蕩う冷たい空気が、瞬きほどの間に

怪異なるものを避け、生あるものが謳歌する暖かく乾いた空気へと文字通りに変化する。

あちらとこちらとの明確な違いを肌で感じた彼は、周囲に人の目が無い事を再度確認し、

誰にも見られないようにと辺りを警戒しつつ、目的の人物と接触すべく行動を開始した。

 

 

『これで万事上手くいくはずだ。力を貸してもらうぞ、稗田 阿求、そして上白沢 慧音』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁が人魂揺蕩う幽玄の世から抜け出た頃、彼が目的とする件の人物は、おあつらえ向きに

二人そろって一つ屋根の下で顔を突き合わせていた。稗田 阿求と上白沢 慧音その人たちだ。

 

彼女らは稗田本邸の来客用の和室にて、職人の匠としての腕が輝る漆塗りの机に向かい合い、

机上に所狭しと乱雑に置かれている幾枚もの紙を、互いに満遍なく射貫くように見ていた。

 

 

「慧音さん、そちらはどうですか?」

 

「はい、こちらも同じです。こちら側の地区全員の確認を取りましたが………」

 

「やはり、そちらもですか。これはどうしたことでしょう」

 

 

どちらも無数の書類を見比べながら、まとまらない思考と推理に唸り続けるのみ。

彼女らが真剣な面持ちで見つめていた書類とは、この人里全体に発行された統計表紙(アンケート)であった。

地区ごとに割り振られた場所や世帯数、加えて被害報告なる欄も記載されているが、

それらのいずれも、彼女らが予想していた数値とは明らかに異なってしまっている。

そのことがどうしても不可解に思え、何度も見直しているのだが、結果は変わらない。

 

 

「いったい、どういうことなのでしょうか?」

 

「さぁ………私も伝え聞いただけで、正確に記載された文献もありませんでしたし」

 

「念の為に鈴奈庵でも探した方が良いのでは?」

 

「既に小鈴ちゃんに聞いて、確かな文献が無い事が判明しています」

 

「そうですか………。では、この事態をどうみますか?」

 

情報を確認すればするほど曇っていく事態に不安を隠せない慧音は、自分よりも遥かに

身長も年齢も低い阿求に、心中に渦巻く靄のようなものをかき消すように弱々しく尋ねる。

逆に自分よりも色々と高い慧音に低い物腰で尋ねられた阿求は、およそ外見年齢に見合わぬ

冷静な思考と判断力、推察力とを十全に活用させて、まとめあげた答えを淡々と述べ始めた。

 

「まず、何らかの異常事態であることが予想されます。そう判断した要因は三つ。

一つは当然、この集計された各所での被害報告です。我々の予想よりはるかに下回る」

 

「ええ。あの命蓮寺の聖 白蓮和尚が、里中をその足で駆け回って警告するほどの妖怪。

例の、他者の影を奪う『影写しのアソビ』なる妖怪の被害が、ほぼ無いと言っていい」

 

「そうです。実質的な被害は、命蓮寺にいた門下の妖怪と妖怪の山での数件程度。

全くと言っていいほどに人里では被害が報告されていないので、異常と言う他ありません」

 

「ですが、その、このアソビとやらは…………人を襲う妖怪ではないのでは?」

 

「と、言いますと? 影を奪うのは妖怪からで、人の影を奪うことはしないとでも?」

 

「私にはそう思えてしまうのですが」

 

 

阿求を皮切りにして、両者の語らいは徐々に方向性の違う熱を帯び始めていくが、その場には

彼女らを止められるものなど誰もいない。この打ち合わせを誰にも聞かせないために、阿求が

最初から人払いをしておいたからなのだが、それ故に静かな客室に二人の声だけが静かに響く。

 

「確かに私もその可能性は考慮しました。ですが、先程も言いましたように、被害の報告が

全く無かったというわけではありません。ほんのわずかにですが、実害を被っているのです」

 

「しかしそれは、七十三年も前の記録では」

 

「ええ、そうです。七十三年前に、この妖怪は確かに人の影を奪い、その被害によって里の

三十五名の命が失われています。阿求(わたし)ではない稗田当主(わたし)、先々代の私が記していますから」

 

「となると、まだ幼かった頃の先代博麗の巫女が封印していた………?」

 

「はい。記録によると、当時の博麗の巫女と魔具を作る賢者の両名による封印が」

 

「では、先代巫女が死んだことで封印が弱まった、と?」

 

「可能性としてはあるでしょう。しかし、決めつけるには早計に過ぎるかと思います。

私にそう思わせるのが、要因の二つ目、妖怪の山での被害だけがやたらと多い事です」

 

 

そこで白熱しかけた会話の波を一度区切り、用意していた茶を一口嚥下して話を再開する。

 

 

「慧音さんが仰るように、今回のアソビがかつてのものと同一個体かどうか判断しかねます。

以前は人を襲った記録があっても、今回のものは妖怪だけを狙う性質なのかもしれません。

事実、人里での被害は霞ほどであるのに対し、妖怪の山では天狗や河童などが既に幾人も」

 

「でしたら!」

 

「ですが、それでは妙だと思いませんか?」

 

「妙、とは?」

 

「妖怪の山での被害が数件。最初の被害から次の被害まで、わずかですが日があります。

しかもそのわずかの間に、人里の近くにある命蓮寺境内で妖怪の門下生が影を奪われています。

移動方法は視野に入れないとしても、わざわざ妖怪が跋扈する山を一度下り、人の気が多く

集まる里を素通りして何故命蓮寺へ向かったのか。そこで影を奪い、また山とへ戻ったのか」

 

「……………言われてみれば、確かに」

 

「このことから、アソビは単純に妖怪だけを狙うというより、何らかの規則性や法則に則り、

影を奪う相手を特定しているのではないかと考えています。そう、まるで、見繕うように」

 

「奪う影を、見繕う? 服でも着ているつもりなのか、ええい!」

 

「いきりたたないでください。あくまで、推測の域を出ません」

 

 

机上の書類を募る苛立ちに任せて平手で叩く慧音を、阿求はどこまでも冷徹に諫めた。

すみません、と小さく縮こまってしまった彼女を冷ややかな目で一瞥し、話し合いを続ける。

 

「………話を戻しますが、そこまではアソビが妖怪からのみ影を奪うことに肯定的な部分です。

しかし、妖怪から奪うにしても、一度山から下りる必要があったのかが、気になりまして」

 

「そう、ですね。妖怪の影だけを奪うなら、妖怪の山こそ格好の餌場だというのに」

 

「食べ飽きて、他の場所で味見をしに行った、とかもあるかもしれませんが」

 

「食料として影を奪う、ということですか」

 

「はい。しかしそうなると、以前にアソビを封印した際に、幾つかの影が戻ってきたという

記録と合致しません。食料と捉えられなくもありませんが、あくまで可能性の範疇として」

「となると、いよいよ分かりませんね」

 

「……………………気がかりなのは、要因の三つ目です」

 

 

話も行き詰まり、解決案という一筋の光明すらも見えなくなった現状で、二人はただただ

悩まし気な溜息を大きく漏らす。そこでしばらく間を置いてから、阿求が最後の話を切り出す。

三つあると最初に語った要因の、最後の一つを彼女が口にしようとした、その時だった。

 

 

『____________ほう、是非とも我々(わたし)にも聞かせてもらいたいものだ』

 

 

二人しかいないはずの和室に、低く、くぐもったような若い男の声が響いたのは。

 

 

「「________‼」」

 

 

突然の事態にさしもの阿求も平静な相貌を崩さずにはいられず、焦りの色を浮かべるが、

そんな彼女より早く慧音が迎撃のための動きをみせ、それよりも速く侵入者が動き出した。

 

 

『私は戦いに来たのではない。我々(わたし)の願いの成就の為、話し合いをしに来ただけだ』

 

 

両手を軽く前に突き出して、交戦の意志は無いと言葉とともに仕草で語った彼であったが、

いきなり他人の住居に侵入してくるような輩の言葉を、この二人が素直に信じるはずがない。

慧音は阿求にもしものことがあってはならないと、彼女の身の安全を確保するべく傍へ寄り、

阿求は二人きりの状況で侵入してきた謎の男の真意を探るべく、話を切り出すかを考えていた。

 

三者三様の対応をする中で、膠着状態のままでは本懐を遂げられぬと肩の力を抜いたその男、

八雲 縁は無挙動(ノーモーション)で発動できる自身の能力を使い、二人と自分の思考領域を結げる。

 

瞬間、阿求と慧音の頭脳へ直接、縁の思考がそっくりそのまま雪崩れ込み、思考の海へ誘う。

 

 

「なっ………あ……?」

 

「これは、なん…………なの!?」

 

 

頭の中に流れ込む膨大な情報、即ち、彼が現在画策している計画の一部始終を隠すことなく

総てを彼女らに伝播させたのだ。彼が冥界へ赴く前、聖 白蓮と敵対しないために使用した

時と全く同じ手口を使って。その結果、時間にして五秒と経たぬ内に、彼女らは彼を把握した。

 

計画の一部始終を知り、自身に起きたことに困惑しつつ、彼が敵でないことを確信する。

 

 

『理解してもらえて何よりだ。さて、私からすることは、嘆願と助力を乞うことのみ』

 

 

いきなり現れて訳も分からぬままに頭に様々な思考を流し込まれ、挙句にこちらの頼みを

聞いてほしいなどと、ムシが良過ぎるにも程があると内心で怒鳴り散らす慧音。

しかし、それを実際口に出すことは叶わず、かえって新たな思考の一部が彼の企てている

計画に、自分たちの力が必要になる時が来るのだと、縁の頼みを聞く方針に傾いている。

 

それでもなんとか警戒心を保ち続けられている慧音とは裏腹に、阿求はと言うと、

目の前の縁から思考を無遠慮に流し込まれた直後、彼に全面協力することを決心していた。

それは、彼の送り込んできた計画に関する情報の中で、つい先ほどまで慧音と二人で話を

していた『影写しのアソビ』に酷似するナニカについても、多少なりと知ることができたため。

 

そして何より、彼の最終的な目標と自身の利害とが、一致したためである。

 

 

「…………分かりました。その申し出をお受けしましょう」

 

「阿求!? そんないきなり! 本当にコイツを信用していいのか!?」

 

「慧音さんも見たでしょう? 彼の計画について、色々なことを」

 

「それはその、何と言うか、いきなりのことで何が何やら」

 

「………とにかく、彼は私たちに害を及ぼそうとは考えていないみたいですし。

それに、どうやら彼の目的が行き着く先は、私たちとしても利となる事でしょうから」

 

 

再び持ち前の知性あふれる仮面を被せた阿求は、薄笑いを浮かべた顔を向けて彼を見やる。

 

 

「それで、私たちは何をしたらいいのかしら?」

 

『なに、大したことではない』

 

 

未だに警戒を解こうとしない慧音を差し置いて、阿求はほんの数秒で知己となった縁に問う。

当の彼はそれも含めて思考を送り付けただろう、と暗に揶揄したのだが、理解しているか否か

判断がつかない笑みを相手が浮かべていたため、これも必要な事かと割り切り仔細を語った。

 

 

『ここ数か月の間で、行方不明になった子供の具体的な情報を教えて貰いたい』

 

 

自身の名が刻まれた布越しに告げられた言葉に、慧音はおろか、阿求も目を丸くする。

 

即座に阿求はつい先ほど彼から送られた、計画についての情報を素早く再閲覧を開始。

その中で彼の発言の真意を探り出す手がかりとなる部分を抜粋、瞬時に読み解いていく。

一つ一つを丁寧に、されど時間をかけずに最速で最適解を導き出し、答えを当てはめる。

 

そして辿り着いた答えは、皮肉にも彼女自身が語ろうとしていた「三つ目の要因」だった。

 

 

「……………そういう、事でしたか」

 

『理解が早過ぎるのも考え物だが、今回は素直に助かったと言うべきか』

 

「いえいえ、あなたの主君様に比べれば私など」

 

『それで、私の頼みは聞き届けられるのか?』

 

「ええ、構いません。こちらの机上にいくつか。役立ちそうなものをお持ちください」

 

『感謝する』

 

 

阿求は縁の言葉を素直に聞き入れ、部屋の入り口で佇んでいた彼を机のある位置まで招き、

慧音との会談で用いていた資料の中から該当するものを選出し、何も言わずに手渡した。

その一部始終をただ眺めていた慧音は、凄まじいほど変わり身が早いと思っただろうが、

単に阿求は彼の送ってきた情報から、現状で打てる最善の手を作業的に打っただけに過ぎない。

 

一分程度の時間で資料を集めた縁は、その内の何枚かをその場で閲覧し、しきりに頷く。

そうしてほぼ一通りの閲覧を終えたところで顔を上げ、固定された笑みの阿求へ一礼した。

 

 

『此度は助かった。願わくは、聡明なその頭脳で、私の最後の頼みも承諾してもらいたい』

 

「分かっております。さぁ、お早く」

 

『…………では』

 

 

縁からの感謝の言葉を受け止め、そのまま流れるようにこの場からの退避を促した阿求。

彼女の言葉の意味を目敏く察知した彼は、時間が無い事を自覚。即座に空間を結合し、逃走。

瞬きの間に姿を消した男を追うかどうか迷っている慧音に、阿求は静かに歩み寄り、話した。

 

 

「慧音さん、今すぐ私と一緒に準備をお願いします」

 

「い、いきなり何だ? それに準備とは………」

 

 

状況の進展速度に追いつけず、困惑する彼女を無視して、真剣な面持ちの阿求は告げる。

 

 

「人里の歴史を、あなたの能力で書き換える__________再編纂の用意を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………良し、これで全て上手くいく』

 

 

稗田邸を空間結合により脱出した縁は、すぐさま人の気配が薄い場所へと移り、改めて入手した

資料をじっくりと読み耽り、自分が一番知りたかった情報を発見する。これで、万事整った。

そう確信して空を見上げた縁は、自分が主人から離反してまで成そうとしている行いがついに

実を結ぶのだと、思いを馳せる。布越しの視界一面に、清々しいほどの青空が広がっている。

 

しばし無心で青空を見つめていた彼だったが、こうしている場合ではないと頭を振り、

雑念や慢心を大切な計画の前に振るい落とし、すぐさま決行に移ろうと、ある場所を目指す。

 

 

「道行く其処の怪しいやつ、止まれーい」

 

『ん?』

 

 

いざ邁進せんと心なしか意気込みを以て歩んだ一歩目を、背後から聞こえてきた声に邪魔された。

先程確認した時は、人の気配などさほど感じなかったはずだと思いつつ、縁はゆるりと振り返る。

 

 

「うむ、見るからに怪しいやつ」

 

『……………………………………』

 

 

そこには、怪しいやつがいた。

 

昼をとうに過ぎて傾き落ちる陽光が照らし出す、わずかに薄紫がかった淡い桃色の長髪。

手入れをしているとは思えず、そのまま放置しただけに見える前髪からは、桃色の瞳が覗く。

青とさほど薄くない水色のチャック柄をした長袖の上着に、人の表情のように切り抜かれた

のっぺりとした赤のバルーンスカート。分かりやすい例を挙げれば、逆さの金魚鉢だろうか。

上着の胸元には桃色のリボンが、そして赤色の星、黄色の丸、緑色の三角、紫色のバツ字を

象ったボタンが付いている。明らかに着辛いだろう服を着こなすのは、ある種至難の業だ。

そして何より彼女を怪しいものたらしめているのが、周囲に舞っている"御面"の数々。

 

彼女自身が左側頭部に被っているのは、所謂『女形』である女の面。それ自体は問題ない。

本当に問題なのは、彼女の周囲を今なおクルクルと規則的に旋回している御面である。

好々爺たる福の翁の面や、般若の面、火男(ひょっとこ)の面にお猿の面など多種多様。

そんなものを自身の周りに浮かせている時点で人ではなく、人だったとしても危ない類だろう。

 

「お前のように怪しいやつが、ここらをウロチョロするせいで、人の通りが減っている!」

 

『……………何の話だ』

 

自分の外見を棚に上げて、目の前の少女の形をした何かが怪しさ満点であることを確信した

彼に対して、少女はいつの間にか女ではなく般若の面を頭に被り、不可思議な体勢を取る。

人差し指だけをピンと伸ばした右手を突き出し、親指から中指までを伸ばした左手を自身の

顔の真横へ運び、『ビシッ‼』という擬音が付きそうな姿勢を、変わらぬ無表情で成し遂げる。

 

何がしたいのかと縁が疑問に思った直後、人の話を聞かない少女は再びまくしたてる。

 

 

「近頃、ひじりが影を奪う妖怪が出るとかで全然構ってくれなくなっちゃって………じゃない。

そんなやつが現れたせいで、人里の中なのに人通りが少ない! 誰も私の踊りを見に来ない!」

 

もはや疑問を抱くこと自体に疲れてきた縁は、変な姿勢のままでこちらを睨みつける(無表情)

少女に体ごと向かい、一応隠れ潜まなければならぬ身として、目撃者の排除に思考を切り替えた。

 

すると、それを「挑戦」とでも受け取ったのか、少女は無表情のままで話を勝手に続ける。

 

「きっとお前みたいに、あからさまに怪しいやつがいるせいだ! きっとそうに違いない!

人里の平和を乱す悪漢め、この誰からも愛し愛される正義の面霊気が、相手になってやる‼」

 

 

微妙に核心を突いていそうで突いていない少女は、先程と変わらぬ姿勢と無表情で声高に告げた。

 

 

「いざや決闘! 我こそは、『(はたの) こころ』なるぞ~‼」

 







いかがだったでしょうか?

少しずつではありますが、感を取り戻せている気がします!
ですが、ペースを速めないと他の作品がいつまでも停滞し続けて、
皆様から「失踪」の烙印を押されてしまうやもしれません。怖や怖や。


さて、それでは次回、東方紅緑譚


第八十参話「緑の道、わたしの心」


ご意見ご感想、並びに批評など、大募集中でございます!

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