東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、最近謝罪してばかりの萃夢想天です!
ええもう本当に、期日を守らない奴なんて最低ですよね!(ブーメラン

季節の移り変わりや、やるべきことの量が増えたせいもあってか、
近頃は本当に何にも手が付けられずにただ気怠い日々を過ごしておりました。
しかし、流石にこれ以上の遅延はまずかろうと、重い腰を上げました!

さて前回は、縁が二話分も使って妖夢ちゃんを倒したところでしたね。
本当なら一話だけで済ませるはずだったのになぁ………文才の無さが辛い(泣


それでは、どうぞ!





第八十壱話「亡霊の姫、心なきモノ」

 

 

 

 

 

 

今にして思えば、私はいつから『彼』に意識を向けるようになっていたのだろうか。

ふとそんなことが気になった私は、自分に追従する形で後ろを歩く青年を、肩越しに盗み見る。

相手はこちら側からの視線に気付いているのか、それともいないのか、自身の名前である『縁』の

一文字が書かれている布一枚を隔てて、真っ直ぐに私の背を見つめていた。油断も隙も無い子ね。

 

淑女にあるまじき行動を早々と打ち切り、私は西行寺 幽々子としての目的を遂げるべく進む。

目的とは言うまでもなく、後ろにいる人物_________八雲 縁に事の全てを聴取することであり、

そのために私は彼を連れて、白玉楼の客人をもてなすための部屋へと自ら歩いているのだ。

こういった役目は妖夢の仕事なのだけれど、当の本人が先ほど彼と戦い、そして敗れてしまった。

いくら従者のお役目を押し付けているとはいえ、そんな状態のあの子にそこまでの無理を強いる

ことはしない。この白玉楼にいるのは私と妖夢のみ。そうなれば消去法で、私が行くほかないわ。

 

まぁ、それとは別に、彼を直接目で見て確かめたいことがあったというのもあるのだけれど。

 

「さ、こっちよ。遠慮せずに楽にしてちょうだいな?」

 

『…………む』

 

 

目的の部屋に着いた私は、予め用意していた座布団に座り込み、同じく事前に持ち寄っていた

御茶請けに手を付ける。相手の緊張感を解くためにも、節操の無い演技も時には必要なのよね。

 

そうして御煎餅をかじっていると、私の行動をまじまじと見つめた彼は、何も言わずに対面へ

音を立てずに座り込んだ。これから話し合いをしようって相手がこの調子じゃ、面食らうのも

無理ないわ。流石の彼でも、どうしようか逡巡した後に、ようやく開いた座布団へ座った。

 

うふふ、困ってる困ってる。予想してた迎撃や攻撃が来ないから、どうしようか迷ってるわ。

そんな様子を勝手に想像したのがバレたら怖いのと、話し合いの主導権を得るために口火を切る。

 

 

「それにしても縁、さっきの妖夢を負かしたあの技は、どうやっていたのかしら?」

 

『…………特段と何かしたわけでもない。ただ私が剣を構えた時間軸を起点とし、その時間軸を

それ以降の私のいる進行時間軸へと能力で結げただけのこと。要は過去の私を呼んだのだ』

 

「え、えっとぉ……? それはつまり、剣を構えた時点でのあなたを、未来に連れてきたの?」

 

『色々間違えてはいるが、概ね正解だ』

 

 

尋ねたことは、誰かがここへ来たことを察知して飛び出していった妖夢との、戦闘の一幕。

彼の語った内容についてを、努めて"理解できていない"ように反応し、足らぬ頭を絞って

出したかのような答えで、彼の対応を様子見る。油断を誘うためでなく、現状を把握するために。

 

彼のしたことについては、一目見た瞬間に理解していた。そして、妖夢を殺す意思がないことも。

あれは一種の概念操作に当たるもので、彼自身も言っていた通り、剣を構えた時点を起点とし、

そこから右へ派生する道、左へ派生する道、正面へ派生する道などの、いくつもの可能性線を

集約したものである。「選択肢の一つ」の仮定未来を、無理やり同時に行った結果があの一撃。

そんなことは改めて問うまでもなく分かっていた。私が真に見たかったのは、彼自身の反応。

 

白玉楼に来た当初の立ち振る舞いから、彼がやけに饒舌になっていることが気にかかった。

以前にここへ紫たちと来た時なんて、必要最低限の会話と、紫に向ける言葉しか無かったのに、

今回はまるで正反対。別の誰かが、彼の皮をかぶってやってきたと言われた方が納得できるほど。

だから私は、あえて思考が足りず及ばずな私を演じ、彼が応対する様を観察することにしたの。

 

そして、私の仮説が間違っていないことの、確信を得ることができた。

 

 

『そんな事よりも、我々に何の用があるのかを問わせてもらいたい』

 

 

得られた結果に内心でほくそ笑んでいるところに、彼から待ちきれないとばかりに切り出された。

妖夢を倒されてご立腹にも見えないから、何か企んでいるのではないか。なんて考えてるかしら。

確証が得られただけで今は良しと割り切り、私は再び奸計の欠片もうかがえぬ笑みで話を返す。

 

 

「んもぉ~、縁ってばつれないんだからぁ」

 

『……………』

 

 

無言のままに佇む彼。相手から情報を引き出す際、表情というものは言葉以上に信憑がおける。

けれど彼にはそれが通じないから、口で引き出させるほかない。一筋縄ではいかないわよね。

ただ、先ほどの会話の中で、私が知りたかった事柄の一つが埋まったので、焦る必要はない。

何を話すか迷う、気ままな亡霊の姫を表で演じつつ、内では今後の台本を精密に練り上げる。

 

彼との短いやり取りで確証を得られたのは、彼自身の自我が、どこまであるのかということ。

 

以前の彼は自称他称ともに『道具』らしい素振り口ぶりでいたけれど、今の彼は驚くほどに饒舌

かつ行動が大きい。大きいという意味は、自らを秘匿しようという気が見受けられないことね。

妖夢と会話に興じ、あまつさえ気など抜けない試合中にでも言葉を交えるなど、以前の彼とは

明らかに違う点が見受けられる。そして確信を得たのが、私の確認の意を込めた言葉への返答。

__________色々間違えてはいるが、概ね正解だ。

 

短い言葉ではあるけれど、そこには「訂正」と「諦観」、そして「妥協」の色が見受けられた。

"色々間違えてはいる"の部分が、訂正と諦観に当たる部分で、概ね正解が妥協に当たる部分ね。

重ね重ねに確認するけど、以前訪れた時の彼は己を道具と断定して、行動もそれに沿っていた。

けれど今回は、まるで人間がするような態度を見せ、道具には不要な最低限以上の会話すらも

繰り広げている。いよいよもって、異常なことであると認めざるを得ないのよね、これが。

 

さてと。こっちはこっちで考えなきゃいけないけれど、話を進めないと怪しまれちゃうわ。

ここからは遠回しに推し測るやり方ではなくて、もっと苛烈に積極的に攻めていこうかしら。

思い立った私はそう考え、丁度聞きたかったことがあったのを思い出した、とばかりに尋ねる。

 

ただし、今からは表情を神妙なものに、真面目なものへと置き換えて。

 

 

「私はね、縁。あなたが紫から離反することになった理由が、どうしても分からないのよ」

 

『………………………』

 

「私にだけは、教えてもらえるかしら?」

 

 

お願い、と可愛らしく両手を合わせ小首を傾けつつ、目の前で黙している彼に投げかけてみた。

こういうことはコソコソと嗅ぎ回ってもバレては意味がなく、むしろ正面から腹を割って話す

形式で包み隠さず聞きにいく方が、相手からしても警戒を保てなくなるため、効果が高い。

続けて「どうかしら?」と振ってみても反応が芳しくない。なら、もう一度攻めてみるだけよ。

 

「縁、あなたも知っていると思うけれど、私と紫は時間の縛りなど忘れた頃からの付き合いなの。

腐れ縁? 旧知の仲? どっちも合っているわね……………まぁ、細かいところは今はいいわ」

 

『存じてあげております』

 

「あら、やっぱり。それなら私たちが、私的にだけでなく、役職柄としても顔を突き合わせる

間柄だというのも、当然知ってるわよねぇ? あなたなら、今更確認するまでも無いかしら?」

 

『ええ、互いに管理者として語らう場があると』

 

「うふふ、なら話は早いわね」

 

 

さもご機嫌という風に扇子を顔の前ではためかせながら、問題はここからであると私は考える。

予想が正しければ、彼は簡単に口を割ることはせず、逆にこちらへ質問をし返してくるだろう。

いくら彼が以前と格段に変わっていようとも、私の言葉に返事を選んだ(・・・・・・・・・・・)時点で、彼の根底にある

ものが大きく変動しているわけではないということは把握済み。如何に情報を出させるか、ね。

 

これ以上は向こうに会話の主導権を奪う機会を与えてしまうため、沈黙を破って話を続ける。

 

 

「つまり私はあなたよりも…………いえ、紫が従えている式神たち以上に、彼女を知っているわ。

あなたが思う以上に私と紫の親交は古く深い。だからこそ縁、あなたが全く分からないのよ」

 

『………どういう意味でしょうか』

 

「あら、とぼけちゃって。ならもっと分かりやすく話すべきかしらね?」

 

『………………………』

 

「この幻想郷で恐らく、最も親交深い私がその存在を露ほどにも知らず。さらにはどんな時でも

冷静沈着であり続けていた紫が、こちら側にきてさほど経たないあなたが向かう場所ですら

察せぬほど、心を乱す相手。全幅の信頼以上のモノを寄せる、あなたは一体何者なのかしら?」

 

 

言葉の端々に鋭さと威圧を込めて、眼前にて正座で微動だにしない彼へと包み隠さず問い質す。

 

『それは…………最初の質問とは、意味合いが違うと思うますが』

 

「あなたが紫から離反する理由を知るためには、まず紫だけが知るあなたを知らなきゃねぇ」

 

 

すかさず彼は質問の穴を突こうとしてきたけど、そんなことで私が機を逃すわけないじゃない。

それに、順序が少し乱れたけれど、彼を知ることと紫から離反した理由。この二つは決して同じ

ではないけれど、最終的な到達点がかけ離れ過ぎてもいない。当たらずとも非遠(とおからず)、ってヤツよ。

事実、私は縁についてほとんど何も知らない。知っていることも、総て当人と紫が語っただけの

上辺のみの情報しかない。はっきり言って、疑いだしたらキリがないような人物像なのよね。

そして今回の一件。以前とはまるで別人のような態度を見せる縁に、少し前に現世で久方振りに

本気の力を発現させた紫。まず無関係であるはずがないし、良い事など起きているわけもない。

 

だからこそ、彼が自ら赴いてきたこの機を、逃がせるはずがないというわけ。私も本気なのよ。

 

くすくすと小さく笑うフリをして出方を見ていると、俯き気味だった顔を上げ、彼が語り出す。

 

 

『私が何者かであるかという問いから答えましょう。私は、紫様の道具だったモノです』

 

「………………それだけ?」

 

『それ以上もそれ以下もなく、ただそれだけの価値しかないモノでした』

 

 

そう語って再び黙する縁。ただ、私としてはその答えに納得など、出来ようはずもなかった。

私は彼を、縁と紫の関係性を、「異常である」という一つの認識のもとに把握している。

何故異常なのかと言えば、それは前回と今回との彼自身の変化と、何より紫の反応こそが、

私にそのような認識を印象付けさせた。決定的なのは、紫自身の「式神」と「彼」との差ね。

 

そこを言及すべく、私は演技の皮を少しだけ薄くして、目を細めながら質問を重ねる。

 

 

「それはおかしいわぁ。だってあなた、紫からどんな扱いをされていたか、分かるでしょ?」

 

『扱い………?』

 

「いやぁねぇ。ハッキリ言わないとダメ? 私は紫については誰よりも良く知っているわ。

だからこそ、あなたに対する扱いと対応がおかしいということに気が付いたの。自覚は?」

 

『…………それは、どういう』

 

「紫はね、式である藍やその式の橙を共にすることこそすれ、接することなんてしなかった。

最近は改善されてきているんだけれど、それでも微々たるものだわ。でも、あなたはどう?

自らが妖力を割き続けている式神を"道具"としているのに、自らが道具であると宣言する

あなたのことは、モノを扱うというよりも__________"人間"と接しているようだったわ」

 

 

そう、これが私が感じた大きな違和感の正体。紫自身の、式神と彼との価値観の差異なのよ。

式神は術者に対して、「使役されている」という実感があるだけで、絶対的に服従している

というわけではないわ。むしろ、大抵は力で押さえつけられていることに不快感を抱いている。

けれど、当人が「道具である」と宣言している彼には、そのような即物的な対応は無かった。

以前に白玉楼で彼をお披露目された時だって、紫は息子を可愛がるように、あるいは愛しい人を

自慢するかのような対応しかしていない。一度たりとも、彼を道具として見ていなかったわ。

念のための確認として、紫に見え透いた挑発でカマをかけてみたけれど、そこで確信を得た。

あの時、紫は「私のもの」という発言をしていた。その時の「もの」は、「モノ」ではないと

瞬時に理解できた。便利な道具を自慢するというより、素敵な人をひけらかす姦しい娘みたくて。

 

「初めてあなたがここへ来た時の事、私は今でもちゃーんと覚えているんですからね。

スキマを使って藍とあなたを罰そうとした時、紫はあなたを「心配」してたわ。間違いなく。

お気に入りの道具が壊れたか「気に掛ける」ではなく、大事な人に心から気を配っていたの」

 

『そんな、馬鹿な…………紫様は私を、だが…………』

 

そんな事を彼に語って聞かせると、何やら今までとは明らかに違う反応を見せた。

先ほどと同じく顔を若干俯かせた姿勢のままだけれど、少しだけ両肩の位置が下がっている。

良く観察しないと分からないほどのわずかな違い。でも残念、私は見逃さなかったわ。

 

いつものように、彼らしい断言するような不遜ぶりは見られず、言動も不安定になっていて、

どうやら内面的に負荷がかかったみたいね。ただ、そんな彼の姿を私はどこかで見た気がした。

 

そう、まるで________________母親に叱られて項垂れる、幼子のような。

 

 

「どうやら、紫もあなたも、互いへの認識にズレを起こしていたようね」

 

あるいは、自らを導く師を失った求道者のような、どうしようもない喪失感を抱く"誰か"。

今の彼の姿を、私はそう見てしまう。何故か分からないけれど、本人が語る「道具」には、

見えはしなかった。人にしては無機質で、道具にしては未完成な、モノではないもの。

 

少なくとも私はもう、この子を明確な敵であると認識することが、できなくなっていた。

元より親友が目をかけている相手だったというのに、道に迷う童子のような反応をされては、

死を招く亡霊ですらも手を取り、道を教え示してあげたくなるのも必定。参っちゃうわね。

 

(でも、だとしたら余計に分からない。紫はともかくとして、縁にとって紫は自身の拠り所

というだけでなく、自分の全てであるはず。そんなこの子が、何をどうしたら離反するの?)

 

考えるだけ考えてはみたけれど、考えれば考えるほどに分からなくなってくるから手に余る。

ここは一度考えるべき観点を変えてみる方が良いと改め、小さく息を吐いてから縁を見やり、

未だに動揺を隠しきれず微かに戦慄く彼へ、最初みたく明るい声を装って問いを持ち出した。

 

 

「まぁそれは後で当人に聞けばいいとして、問題はやっぱり一番最初に戻るのよねぇ」

 

『………………………』

 

反応は見られない。こちらに意識を割くよりも、自己で優先すべき問題が浮かんだからか。

けれど逃がしはしないわ。私も冥界での魂の管理を司る身、おいそれと『死』を持ち出して

暴れ回られると、能力的にも私が真っ先に疑われちゃうし。時間は有限、私は問いを急ぐ。

 

この世は知らぬことばかりなり~な御姫様の殻を抜け出て、真剣な面持ちで詰め寄る。

 

 

「心を持たぬと語る人形が、主が命令通りに動く道具が何故、主人に背いたの?」

 

 

瞳に力をこれでもかと込めて、視線だけでも相手の体を射抜き、逃がさぬと言外に告げた。

半ば自業自得だとしても、西行家お付きの剣術指南役として、また私を守る従者としての

本懐を成して倒れた妖夢の努力のためにも、私はここで事の一切合切を知らねばならない。

友人である紫が狂乱して取り乱し、冷静でいられないほどに大切で重要である彼について、

私は多くのことを知らなさ過ぎる。だから私は、親友と従者と、彼自身のために問い質す。

 

しかし予想外に、縁の口は驚くほど速く開き、仰天するほど平淡に言葉を紡いだ。

 

 

『今の我々(わたし)には、心と仮定できる思考回路がある。そして、それが発している

命令とは異なる指向性ある思考が、一つの目的を成さんがために我々を突き動かすのだ』

 

まるで、予め答えを予想して用意していたかのように、迅速であった。

 

ただし、それはこちらも同じだったけど。いくら何でも、そう簡単に全部話すわけないか。

話してくれたら万々歳程度に考えていたから、丸々全部話してもらえなくとも落胆はない。

けれど、答えを語った時の縁からは何故か、濃密な『死』の気配がダダ漏れになっていた。

彼が何をしたのかを私はまるで知らないけれど、そこに漂うものが私にとても近しい香りで

あることは、何となくで理解できた。そして、今回の彼の奇妙な行動の核心についても。

 

 

(どうして私はもっと早く、気が付かなかったのかしら)

 

 

事ここに至って、私は自身の理解の遅さに悔み苦笑する。本当に、演技に慣れたせいかしら。

まさかこんなにも"おかしな部分"に目が向かなかっただなんて、いよいよ霊として形無しね。

そう、八雲 縁が奇妙な存在であることなど、一番最初に出会ったときから分かっていたのに。

過去に戻ってやり直せたらなんて、普段考えたりしないのだけど、今度ばかりは熟考するわ。

思えば初めて縁と妖夢が戦って、紫が縁と藍をスキマで弄び、その後に彼と交わした数言。

ただのそれだけで、八雲 縁が私とも関わりが深い人物(・・・・・・・・・・・)であると知ることができたはずなのに。

あの時、彼は確かに言った。

 

 

『西行妖………? あの巨大な桜の木のことですか』

 

 

そう、今でもよく覚えている。確かに感じた違和感を、私は忘れてなどいなかった。

 

彼と語らったこの部屋から見える外の風景。そこにそびえ立つ、生の脈動を感じえぬ妖木。

詳しい者であるならば、遠目からでも太枝の分かれ方やその他の要因で、アレが桜だと分かる。

けれど彼には記憶が無いと、私は当人や紫から聞いて知っている。ならばそのような偏った知識

だけが残されているとは考えにくい。直前で紫が教えていたというのも、可能性には上がらない。

 

だとしたら、縁が西行妖を一目見た瞬間に、「桜だ」と断じることができた要因は、ただ一つ。

 

 

(記憶を失う以前から、西行妖が桜であることを…………いえ、西行妖そのものを知っていた)

 

 

既に自分は彼を異端だと認識していた事実を自覚すると、改めて縁をくまなく見定める。

まるで代り映えのない出で立ちではあるけれど、内包した妖力と神通力が膨れ上がっていた。

ほんの一月程度の短い期間で、こうまで成長するとは予想がつかない。紫にとってもこれほどの

ものは流石に想定外だったのか。あるいは、それすらも計算に含んでの放逐だったのか。

今となっては分からなくなってしまった事への思考を止め、一度瞳を閉じてから頭を冷やす。

ここで私まで困惑してしまったら、大局を見る者がいなくなり、果ては都合よく盤上を押し

進めている何者かが独り勝ちをしてしまう。そうはさせないために、紫に代わって私が視るの。

 

無言のまましばらく時を過ごしていると、縁の影から黒い何かが浮き上がり、次第にソレは人の

形を象り始めていき、最終的には獣のような耳と尻尾をもった少女のような姿へと変貌した。

彼の新たな使い魔か、あるいは式神かと警戒していると、しばらく何かを考える素振りを見せ、

それを終えるとほぼ同時に私へと向き直り、手を突いて深々と頭を下げてから声を漏らした。

 

 

『申し訳ありませんが、幽々子様。私はもう、行かなければなりません』

 

「……………そうね。これ以上はもう、紫でも気付くでしょうから」

 

『お察しの限りにございます。では』

 

 

どうやら彼は、自分の主人だった紫に見つからない何らかの策を張り巡らせていたようで、

今しがたそれが破られたらしい。そうなっては長居は無用だろう。それで私にわざわざ断りを

いれてから、立ち去ろうとしている。ふふ、やっぱりあなた、自分の意志で動いているのね。

 

道具であり、人形であったはずのあなたが、いつの間にか考え動くに足る「心」を得たのね。

 

「………そうね。きっとあなたはここに、私か妖夢、あるいは両方の力を得ようと赴いた。

けれど妖夢には辛勝、私とは舌戦にて敗績。さらには時間も押している、というわけ?」

 

『はい。ですので』

 

「いいわ、分かった。流石に私は紫を裏切れないし、この冥界での役割も山積みだから、

あなた個人を助けられはしない。だからせめて、この場で討ち取って何事も起こせないように

することだけはしないであげます。端的に言えば、見逃してあげるってこと。それが限界よ」

 

『………………感謝いたします』

 

「あなたがしようとしていること、あなたがしたいこと__________見極めさせてもらうわ」

 

『是非も無し』

 

 

彼とこうして話すことができるのも、これが最後となる。それが分かっていながら私は、

話を打ち切らざるを得なかった。もし続けていたら、縁が成すべきことを果たせなくなる。

それが果たして、良い事なのか悪い事なのか、現段階ではまるっきり分からないから怖いわ。

 

けれど不思議と、誰もが苦しみ、嘆き、悲しむようなことにはならないと、そう思えた。

 

故に私は再度瞳を閉じて、縁が礼儀正しく家主に拝する行為を黙して受け取り、見送る。

そうして音も気配も何もかも失せた部屋で独り、私は今後どうするかを真面目に考える。

 

 

「紫もじきにここを掴んでくるでしょう。その時は、そうね………お茶に誘おうかしら?

状況が状況なだけに、断られる未来しか見えないけど。でも、彼の足止めにはなるわね。

うふふ、それなら妖夢を起こしにいって、労ってからおもてなしの準備をさせ……………」

 

何となく楽しさをにじませた声色で、先のことを案じる私は、そこでふと気付いて瞳を開く。

 

 

「私__________どうして紫より、あの子の味方になろうとしているのかしら?」

 

 

自分で口にした問題ではあれど、こればっかりはどれほど時を費やしても答えは得られないと

察した私は、「まぁいいわ」で軽く流してから、思い描いた道筋をなぞるべく部屋を後にした。

 

 

 







いかがだったでしょうかッッ‼

久方振りの更新でどうなるものかと思いましたが、
三人称だったところを一人称にしてみるとあら不思議、筆が進む進む!
もしかしなくても今の私には、一人称視点の書き方が合うようですね!


さて、今後も情けない私のことですので、投稿がバラついてしまうことが
増えるかもしれません。ですがどうか、温かい目で見守っていただければと!


それでは次回、東方紅緑譚


第八十弐話「緑の道、こころの仮面」


ご意見ご感想、並びに質問や批評など大歓迎でございます!



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