東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、萃夢想天です。

最近なぜか、執筆の手が全然進まなくて困っております。
どうにもこうにも、一度書き始めればいいと思うのですが、
その書き始めるに至るまでが自分でも分からずに時間が…………情けないです。

これ以上遅らせるわけにもいかないので、さっさと本編に行きましょう!

前回は縁がラストスペルを発動したところで終わりましたが、
今回はそのままの続きではなく、少し遡った別の場面からとなります。


それでは、どうぞ!





第七十六話「緑の道、アナタしかいない」

 

 

 

 

 

八雲 縁が妖怪の山の中腹で、二柱の神との弾幕ごっこを開始するところから、少し前。

 

時を少しだけ遡った別の場所、幻想郷のどこにでもあり、どこにでもない場所ではその頃、

楽園の管理者たる八雲 紫とその式神である八雲 藍の二人が、真剣な面持ちを浮かべていた。

 

「…………やれやれ。妖怪の賢者様も、随分な趣味をお持ちじゃないか」

 

「今は戯れ言を聞いてあげるほどの余裕は無いのよ、毘沙門天の小間遣い」

 

 

二人の妖姫の視線が向かう先には、紫の操るスキマから伸びている鎖によって四肢を拘束された

状態の、一人の少女がいた。消息不明と言われていた彼女、ナズーリンその人である。

 

無骨な鋼鉄製の鎖によって身動きを封じられた彼女は、今の状況下に陥ってからはかれこれ

一日くらいは経過しているだろうと勘をたてていたが、脱出しようなどとは考えなかった。

それも当然であろう。目の前にいるのは、幻想郷の管理を担っているとされる妖怪の賢者であり、

彼女が使役する最強の妖狐なのだ。たかが毘沙門天の遣い程度が、歯向かえる相手ではない。

 

だが、ナズーリンは自分の置かれている状況を、その聡明な頭脳のおかげで理解していた。

理解だけはできたのだが、実際に自分がこうなるなどとは予想できなかったし、しなかった。

鼠色の髪を揺らして顔を上げた彼女は、鋭い目つきで険しい表情をした二人に、ふと尋ねてみる。

 

 

「なぁ、私が何か………こんなことをされねばならぬ事をしただろうか?」

 

 

ナズーリンも一応妖怪に分類される立場に身を置く者であるため、多少の荒事にも慣れているし、

普通の人間などよりかは頑丈にできている。飲まず食わずであっても、ある程度までならば

耐えしのぐ事も不可能ではない。けれど、如何に毘沙門天の遣いとはいえども、限界はある。

 

突然目の前に出現したスキマに吸い込まれて、目が覚めたら四肢を鎖によって拘束されていた

今の状態になったのが、日が昇る前の頃だった。だが彼女がいる場所は、幻想郷の随所と通じて

いるが、どこにも存在しない場所でもある『八雲邸』であることも、聡明な彼女は分かっている。

 

そして、自分で口にした質問について、何となくではあるが、返ってくる答えも予測できていた。

 

 

「愚問ね。時間が惜しいから率直に聞くわ、縁をどこにやったの?」

 

「縁? ああ、機械の彼か。生憎だが、賢者様に連れ去られる前から、関わりはない」

 

「藍がね、縁を偶然監視していたんだけれど。その時に貴女の事も視ていたんですって」

 

「…………妖怪の山で河童に預けて、それ以降は知らない」

 

 

予想通りの返答がきたことで余裕が生まれたナズーリンだったが、想定以上に低く重たげな声で

語りかけてくる紫を前に、早くも賢将の貫禄は崩れ去ってしまう。こればかりは相手が悪過ぎた。

言葉の選択一つ誤れば、即座に永劫の死が贈られる今の状況で、ナズーリンが嘘をつく必要など

皆無である上に、そもそも厄介事に首を突っ込む正確ではないため、その言葉はすぐ信用される。

紫も藍からの報告により、粗方の筋を把握していたらしく、返答の中に矛盾や怪しげな部分が

感じ取れなかったのを確認した後、今にも飛び掛かりそうになっている隣の式神をなだめた。

 

 

「シラを切るな! 私はちゃんと奴を監視していたから、知っているぞ!」

 

「はいはい、落ち着きなさいな。彼女の言葉に嘘偽りは無いみたいだから」

 

「しかし、紫様………」

 

「分かっていたことだけれど、やはり彼女は"白"ということになるわね」

 

 

真摯な面持ちと対応を示したナズーリンに対して、最初から知っていたとでもいう風にして、

紫は持ち前の扇子で口元を隠して思案顔を浮かべる。主人の言動には深い意味があると疑わない

藍だったが、一通りの話を自分から聞いて知っていた彼女が、わざわざ尋問を取る必要があったか

どうかとは、口にすることはできなかった。だが少し考え直して、唯一の手がかりであったはずの

河童が、意識の戻らぬ常態であることを思い出し、次点で賢将に御鉢が回ったのだと察した。

 

しかし、これで結局、振り出しに戻ってきてしまったことになる。

これまで同様に、彼がどこに何をしに行ったのか、まるで何も分からぬ状況なのだ。

 

紫は扇子で隠した口元を、ナズーリンから情報を得られなかったことと、彼女が縁に何らかの

影響を及ぼしたのではないかと勘繰り、怒りと焦燥によって歪めつつあった。

 

そうして何の手がかりも無いまま、無下に時間だけを浪費していた、その時。

 

 

「_____________これは」

 

「紫様! 今のは‼」

 

「ええ、あの子の力だけど…………何故⁉」

 

 

それまでは平静を保っていた二人が、同時に顔色を変えて焦りを浮かべ、狼狽し始めた。

縛られたまま、何が起こっているのかと現状の把握に努めようとするナズーリンですらも放置した

紫と藍は、妖怪としての高度な感知能力を鋭敏に働かせ、察知した力の発生場所を突き止める。

 

二人がそろって視線を向けた先にある場所、そこが妖怪の山であることを瞬時に悟った賢将は、

体を揺らして鎖をどうにかしようと試みるも、何重にも巻き付いているそれらは解けない。

もがく彼女をわずかに視界の端へ収めた後、紫と藍はスキマを通って、妖気の放出源へ向かう。

 

一抹の不安を胸中に抱いた紫は、無数の瞳が蠢く境界の中で、誰に言うでもなく呟いた。

 

 

「どうしてソレを、使ってしまったの⁉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なな、何なんですかいったい! どうなっちゃってるんですか⁉」

 

常に膨大な量の妖気が大気に混じっている妖怪の山だが、今日ばかりは異常であると勘付いて

現場に急行してきた風祝の巫女こと早苗は、山の中腹辺りで輝く緑色の閃光を目撃する。

 

状況が呑み込めずに慌てふためく彼女の元に、意外な人物が諭すような声をかけてきた。

 

 

「風祝の巫女よ、やはりそなたも来ておったか」

 

「て、天魔様⁉ えっと、コレ、どうなってるんでしょうか?」

 

「我にも分からぬ。だが、そなたの奉る御柱の神々は既に、何かを相手取っておられた」

 

「神奈子様と諏訪子様が⁉」

 

 

鴉天狗と白狼天狗の軍勢を従えた天狗の首魁こと天魔は、この場に早苗の信奉する二人の

神がいることを明かすと、その事を知って驚く早苗に対して、声を上ずらせて尋ねる。

 

 

「そなた、神々の助太刀に来たのではないのか?」

 

「私は今までずっと、信者の方々に布教活動の予定を…………って、助太刀って何です?」

 

「うむ。言い難いことではあるが、紛れも無い事実だ。そなたの手も借りたい」

 

 

バツが悪そうに自分のしていたことを答えた早苗は、天狗の大軍を率いている天魔を見て、

さらには彼の口から語られたありのままの結果を聞き、血相を変えて閃光の中心点へ向かう。

 

「どういう事ですか! 神奈子様と諏訪子様が、なんで縁さんと戦ってるんですか⁉」

 

「我にも分からぬよ。山への侵入の件は、そなたとの事もあって色々と見直すべき点があった

ようではあるが、同胞への襲撃だけは見逃すわけにはいかぬ。必ずや、天誅を下さねばな」

 

「__________悪いけど、それは後にしてくれるかしら?」

 

「む? お主は、妖怪の賢者。何故ここに」

 

 

徐々に収まりつつある閃光の中心部へと向かう二人の前に、音も無く空間に開いたスキマの

中から紫が藍を引き連れたまま現れ、行く手を遮るようにして悠然とした態度で語りだす。

 

 

「誰も手出しをしないで頂戴。今回の一件は、こちらで片付けるから」

 

「おいそれとは引き下がれぬ。我ら天狗に、屈辱を晴らさず帰れと言うつもりか?」

 

「口が過ぎるぞ天狗。紫様は、手を出すなと仰られたのだ」

 

「黙って従えと?」

 

「従えぬのなら、黙らせるまでだ」

 

現れて早々険悪な雰囲気を生み出す両者は、同時に臨戦態勢を取って相手を威嚇するが、

意味のない張り合いをしているその最中に、早苗は閃光が消えた中心をしかと見つめていた。

いがみ合いを始めた天狗たちと藍を無視して、彼女は自らの見た光景が信じられずに声を上げる。

 

 

「神奈子様! 神奈子様‼」

 

「そんな…………やはり、アレを使っていたのね」

 

 

そして早苗と同じように、自分のすぐ傍らで睨み合いが展開されていることにも興味を示さず、

紫は眼下に広がる妖怪の山の風景を、その一角だけを凝視していた。正確には、その場所にいる

一人の男と、彼の背後に立っている長身の女性の二人のことを、だったが。

早苗の甲高い声が響いたおかげか、付近にいた天狗たちや紫のそばにいた藍も、閃光の起こった

場所にいる二人の人物の存在に気付き、より大きな驚愕を以てその身を震わせた。

 

山にいる全ての者の視線は、この場に集いし者たちの視線は今、たった一ヵ所に集中している。

 

 

『………………………』

 

 

右手には業物『六色』を持ち、抜き身の刃から危険な香りを漂わせつつも、こちらを観察する

ようにしているだけの男と、彼の背後に物言わぬまま立ち尽くしている大柄で神聖な女性。

刀を手にしている怪しげな男の顔にあるものと同じく、彼の背後にいる女性の顔も前半分が

『柱』の一文字が達筆で書かれた布により、完全に覆い隠されている。

 

「か、神奈子………様?」

 

「あそこにいるのは八坂 神奈子でしょうか、紫様…………紫様?」

 

 

静かに仁王立ちしたままの女性の服装や外見は、顔を隠している点を除けば全てが守矢神社の

二柱なる戦の神、八坂 神奈子と同じであるのだ。早苗に至っては、完全に混乱の極致にいる。

 

流石の藍も同様と困惑の色を隠せない中で、彼女の主たる紫だけは、周囲と異なっていた。

 

 

「…………縁、何故使ってしまったの?」

 

『…………御答えしかねます、紫様』

 

 

驚きとそれ以外の感情が蔓延する有象無象を完全に意識から切り離し、唯一冷静沈着な態度を

保ち続けていた紫ただ一人だけは、こちらを見上げている縁に語りかけ、その言葉を聞いた。

 

紫の道具であるはずの縁が、静かに、しかし確かに明確な拒否の意思を見せた事実に対して、

彼が主人に背くことなどありえないと藍は困惑するが、彼女の主は違った。紫だけは、違った。

 

「そう、残念だわ。主人の手を離れようとする道具は、ちゃんとしまっておかなくてはね」

 

 

酷く哀しげな表情を一瞬だけ浮かべた紫は、震える右手で握りしめていた扇子を横薙ぎに振るい、

その軌道に沿ってスキマを空間に設置した後、そこから弾幕ではなく本物の"力"を放出する。

 

幻想郷を維持する大任を背負っている彼女は、人との無用な軋轢を生まないようにするために、

霊夢の発案を受け入れてから尽力し、改良に改良を重ねて完成させた『弾幕ごっこ』という

本気のお遊びに自ら興じていった。この頃から紫は、幻想郷を真に想っていたのだろう。

 

己が管理し、己が発展を願う小さな隠れ郷の為にならこそ、非常に徹する必要がある時もある。

それを知っているからこそ、彼女はこういう場合、管理者としての立場を優先しなければならない

という事を、理解していた。故にこそ彼女は、冷徹な仮面をかぶり、管理者として不穏分子の

排除を周囲に魅せつける必要があった。哀しさを心にしまい込み、ただ非情な己を演じ切る。

 

弾幕ごっこによる正当な決闘方法を捨てた彼女は、妖怪の賢者としての、スキマ妖怪としての

本気の力を使う事を決意して、山の斜面にて微動だにしない己の道具に向けて、解き放った。

 

 

「縁、何があっても私と貴方は…………藍!」

 

「承知‼」

 

 

自分の力だけでなく、己の式神にすらも本気を出せと命じた紫は、九尾の妖狐としての全力を

発現させる藍とともに、圧倒的なまでの"力"そのものを眼下にて佇んだままの縁へと向ける。

彼女らによって放たれた攻撃は、天狗たちはおろか早苗や天魔を以てしても震え上がるほどの

殺傷力を秘めているようで、二人の放ったソレらによって、山の妖気と大気が絶叫を響かせた。

 

主人とその式神によって放たれた本物の攻撃を前にしても、何故か縁は震え一つ起こさない。

そんな彼の様子に藍が疑問を抱き始めた直後、彼の周囲に薄くたなびく霧があることを視認する。

 

 

「霧、か? 何故、奴の周りにだけ………」

「まさか‼」

 

 

目を凝らして霧の実態を探ろうとする藍の横で、それまで冷徹な仮面をかぶっていた紫が初めて、

感情を隠す事を忘れて驚愕を表に出した。主の急変を見た藍は、再び霧を感知能力で探り出す。

彼女らの放った攻撃の全てが、彼を包み込むようにして広がる霧に遮られ、掻き消されていた。

本気の一撃を無効化されたことに目を瞠った藍とは違う意味で、紫も驚きを隠せずに声を震わす。

 

 

「どうして、何故貴女が縁の側にいるのよ______________萃香‼」

 

 

いよいよ冷静でいられなくなった彼女の呼びかけに、応えるようにして霧が徐々に形を変え、

少しずつ人の形へと寄り集まっていき、ついに彼女らがよく知る鬼の伊吹 萃香の姿を現した。

 

かつての旧友が自分の邪魔をする理由が分からない紫は困惑し、山に住まう者たちに至っては、

最強種族たる鬼の一角がその姿を見せたことで、戦意を瞬く間に失い始め、統率が乱れている。

その場にいた早苗だけは、萃香と縁の組み合わせに思い当たることがあったため、現状に於いて

助けに現れたような構図に何の違和感も抱かなかったのだが、今の彼女に他の物事に思考力を

割いている余裕はなかった。彼の背後に静かに立つ、神奈子と思わしき人物に夢中だったから。

 

主人の旧友である萃香が、何故裏切るような行為をしたのか、式神である藍ですら分かりかねた。

否、それ以前に彼女は鬼の一人である。鬼とは、正々堂々たる勝負を好み、謀略や奸計といった

悪辣な手段を良しとしない、筋の通った種族なのだ。そんな彼女が、裏切りをするはずがない。

 

現状との不一致に困惑する藍と紫だったが、ゆっくりとこちらに顔を向けた萃香を見たことで、

彼女らの中にあった疑問の一切は、瞬時に氷解していった。

 

 

『……………………』

 

『……………………』

 

「そういう、事ね。萃香、貴女も縁の支配下に置かれたということかしら」

 

紫の独り言のような解答を受けて、『酔』の一文字が書かれた布で顔を隠した萃香は押し黙る。

 

縁の背後でピクリとも動かない『柱』の布で顔を隠している神奈子と見比べ、自分の立てた仮説が

事実と相違ないであろうことを理解した紫は、悔しげに顔を歪ませつつ、困惑の眼差しで自分を

見つめてくる藍に、何が起きているのかを語った。

 

 

「先程感じた膨大な妖気、あれは間違いなく、縁に使用を禁じていたスペルカードによるもの。

同じく封じていたあの剣、六色で自分自身を貫いたことで、今あの子の中にいるであろう何かを

スペルカードの効果に巻き込もうとしたんでしょう。萃香と神奈子は、間違いなくあの子の力の

影響下にある。仮にも神と鬼である二人を従える以上、それらにも勝る力を彼は行使したのよ」

 

「神と鬼よりも、勝る力?」

 

「あの子の最後の切り札は【死従幻想筁】、あの子が能力で結がったのは、死の概念そのもの」

 

 

いつの間にか右手に持っていた扇子をパシンと開き、それを水平にして縁と二人へ向ける。

 

縁のラストスペルは紫曰く、死の概念と自分自身の存在を、彼の『全てを結げる程度の能力』に

よって無理やり結合させることにより、あらゆる"死"に関連する事柄を掌握することが出来る。

弾幕ごっこには間違いなく不要な力なのだが、これは紫自身が彼に用意させた「万が一の策」で、

本来ならば主君の紫が許可を出さなければ、縁が発動することなどありえない代物のはずなのだ。

しかし実際にその力は行使され、全力のお遊びである弾幕ごっこの中で発動する本気の力は、

彼女の旧友である萃香と、山を統治する二柱の片割れである神奈子の二人を、支配下に置いた。

 

「最強たる鬼であっても、信仰によって成る神であっても、不死身でない限り"死"は訪れる」

 

 

私たちのように、不老不死でもない限りはね。と付け加えた紫は、変わり果てた旧友を睨む。

ところが、彼女の視線はあるものを捉えて見つめる対象を変え、そのまま視線の先を観察する。

 

数秒ほど見つめ続けた彼女は、ゆっくりとその瞳を閉じて息を吐き、何もかもを察して理解した。

 

 

「そう、そういう事だったの。ようやく合点がいったわ」

 

「紫様?」

 

「藍、縁の足元…………影を見てみなさい」

 

「影、ですか?」

 

 

一人で納得し始めた主人の意図が分からない藍に、紫はそっとたたんだ扇子で縁の足元を指す。

促されるままに扇子の指し示す先を睨みつける彼女は、そこにあったものを見て同じく察した。

 

 

「はい、私にも分かりました」

 

「陽の当たり具合、日射角度、山の斜面、木々の遮り…………いずれを考慮してみたところで」

 

「あのような影にはなりえません。そもそも、奴自身の身長よりも、遥かに小さいです」

 

「そもそも、陽が南から射しているのに、私たちと反対方向に影があることが不自然よね」

 

有り得るはずのない現象を睨みつける彼女らの視線に充てられ、縁の足元から伸びていた影が、

不自然かつ不気味に脈動する。縁の体格や服装とは明らかに違ったラインを保つその影こそ、

今回の一件を引き起こし、大切な縁に不可解な行動を取らせた諸悪の根源だと、紫は断ずる。

 

そんな彼女らから逃げるように、足元の影は西側へと動き、身長の高い縁の背後に隠れた。

忌々しげに舌打ちをする藍を一瞥した紫は、閉じた扇子を顎に当てながら、思考に耽る。

 

 

(あの影が縁を操っているのだとしたら、少し疑問が残る。あの子としての意志が明らかに

介在していることは、操り人形とする上では邪魔なものでしかないはずよね。だったら何故、

意識を保たせたままにしているのかしら…………まさか、最初から操られてなどいない?)

 

 

とある部分に引っ掛かりを覚えた彼女は、そこからさらに思考を加速させていく。

 

 

(あの子が操られていないとするなら、自分の意志でこの私に背き、今回の件を引き起こした?

可能性は限りなく低いけど、ありえないわけではない。だったら、あの子が私を裏切った

そもそもの原因は何? 無知ではあるけど無能ではないから、私から離反すると決めた以上、

下手な行動を起こせばすぐにこうして見つかることだって分かっていたはずなのに…………)

 

 

明らかな矛盾を糸口に、紫は眼下に見下ろす縁の行動を、少しずつ紐解いていく。

 

 

(あの子一人では不可能。では、あの影が縁を唆して? 私を裏切らせるような行為をあの子が

了承するとは考えにくいわね。結果的に私に背くことになると、縁が分からないはずがない。

だとしたら、残された可能性は………………縁が自分自身で、あの影と協力関係を結んでいる?)

 

 

はた、と思考を止めて表情を蒼白にした紫は、揺れる視界の中心にいる彼を見つめて問う。

 

 

「まさか、貴方……」

 

 

叡智あふれる主人が、何かに気付いたような様子であると、横から見ていた藍は思ったが、

現実は少しだけ違っていた。紫は気付いたと言うよりも、気付いてしまったと言うべきだ。

 

それまで頑なに口を閉ざしていた縁は、頭上で震える主君の言葉に、その口を開いて応えた。

 

 

『紫様、私は貴女の為だけにある道具。ただそれだけでも満足しておりました。

ですが今の我々(わたし)は、道具という枠組みに収まるだけではいられない理由が、

あるのです。偉大なりし絶対の主人、私はもう、貴女様の道具であることは出来ません』

 

 

淡々と、しかし平坦な口調の端々から感情が伝わるような言葉を語り終えた縁は、空間の

裂け目を生み出し、そこへ変わり果てた神奈子と萃香の二人を伴い、一瞬のうちに消える。

 

気配や妖気で察知して追跡しようにも、縁個人の能力によって容易に捜索の手がかりとなる

要因を掻き消されてしまい、天狗や早苗、まして藍や紫でさえも、追う事は不可能とされた。

 

ようやく山に戻った静寂の中、虚空を見つめ続ける妖怪の賢者は、ただ独り呟く。

 

 

「縁…………私には、貴方しかいないのよ」

 

 

 

 

 

ここに、新たなる【異変】の序章が、静かに幕を上げた。

 

 

 








いかがだったでしょうか?
土曜日投稿だったはずなんですが、なんでこうなってしまったのやら。

ええ、ええ、分かっております。全て私の問題でございます。
しかし、原因が分かってきました。最近の私はどうも、キャラクターの心理描写
よりも、戦闘描写などの方が書きやすくなってきているのではないかと。

ま、まぁド下手くそに変わりはないんですが。


それでは次回、東方紅緑譚


第七十七話「緑の道、ただその為だけに」


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