東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、久々にランニングしたら太腿が絶叫した萃夢想天です。
悲鳴を上げるなんてレベルじゃないですね。確実に吼え叫んでます。

さて、今回はいつものようにいれる前半の紅夜君パートは、ございません。
主役は縁ですからね、いつまでも彼と半分半分ではいかんでしょうと。
神奈子&諏訪子の両名との対決ですが、弾幕ごっこの描写がそれほど長く
かつ上手く書ける自信など毛頭ございません。ご容赦ください。

要するに、いつも通りの駄文と短めだよってことでした。


それでは、どうぞ!





第七十五話「緑の道、神亡き世の線引き」

 

 

 

 

 

 

霊験あらたかなる妖怪の山、その中腹。普段なら低級の神々や、天狗たちがいる場所であるそこに

現れたのは、山頂にて日夜信仰を得ようとしている二柱。祟らばせる神と、戦場を馳せる神。

 

女性という点で見れば大柄な体躯。その背には、巨大な注連縄と四本の御柱が装着されており、

まさしく神たる威厳と存在感に満ち満ちている。二柱の片割れである、八坂 神奈子。

こちらはあどけなさの残る童女のような体躯。頭部を大きな麦わら帽子で隠してはいるものの、

そこには不気味に鎮座する二つの眼球があった。二柱の片割れである、洩矢 諏訪子。

 

神が生来持つという神通力の迸りを隠そうともせず、二人は山に現れた不届き者の前に君臨した。

 

『………遥か頭上から見下ろしておいて、まだ"頭が高い"とは。随分と高慢な神託だな』

 

 

人が抗えぬ絶対の領域に位置する両者の眼下にて、神の言葉を受けてなお不動の男は口を開く。

顔を一枚の布で覆い隠したままでも通る声は、上空の二柱のみならず、木の陰から様子を窺って

いた白狼天狗の椛と、つい先ほど弾幕ごっこに敗れて地面に落下した厄神様の雛にも届いていた。

 

しかし、自分の相手と成るもの以外に興味は無いとばかりに、顔を布で隠している怪しげな男、

もとい縁は淡々と頭上の二柱を見上げ続ける。程なくして、視線を受けた二柱が口を端を緩めた。

 

 

「まったく、本当に惜しいな。我ら相手にそこまでの啖呵を切れるのは、博麗の巫女くらいだと

思っていたんだが、やはりお前は掘り出し物だよ。それを倒してしまうのは、本当に惜しい」

「白黒の魔法使いだって、無礼なところは一緒だったよね~」

 

「いやいや、いずれも神を前にして一歩も引かぬ胆の太さの成せる業。見事見事」

 

「………ほんと、神奈子って物好きだよね」

 

「戦神だからな。強いものには自然と興味を惹かれるもんだ」

 

「見境が無さ過ぎるって言ってるんだけどなー」

 

 

腕を組んでしきりに頷く神奈子を、横からジト目で見やる諏訪子。互いは互いで思うところが

あるらしく、その後も身内だけで済ませてほしい話で盛り上がったものの、この現状に相応しく

ないことに気付き、訂正の咳払いを含めてから、改めてこちらを見上げる縁へと言葉をかける。

 

 

「八雲 縁、お前は逸材だ。しかし、今度ばかりはやり過ぎだと言わざるを得ない」

 

「白狼天狗の下っ端に河童、ここまででも随分と好き放題されてて良い気分じゃないけど、

挙句の果てには低級相手と言えども神殺しを行った。本当に、図に乗り過ぎだよ」

 

「人には人の、妖には妖の、霊には霊の、それぞれに掟がある。無論、神とて同じだ」

 

「八百万の末席に、生まれたて。如何に希薄であっても、神格持ちに変わりはない」

 

「それを悉く切り捨て、あまつさえ人の厄を集める厄神まで、その手にかけようとは」

「見過ごせないどころの騒ぎじゃない。ここまできたらもう、裁かれても文句は言えないよ」

 

『御託などはどうでもいい。落とし前をつけさせるのだろ? なら、早くしろ』

 

 

神らしい威厳と迫力を表す二柱の言葉すら遮って、縁は両手を軽く持ち上げて空へとかざし、

小指側から順番に内側へ折りたたんでいき、最後に残った親指は立てたまま、掌を反転させた。

彼の仕草は、自身が語るはずだった言葉の先を、口に出さないながらも、雄弁に語っている。

 

(くだ)してやるからかかってこい、と。

 

地面へ真っ直ぐ向けられた二本の親指が、自分たちのことを指しているのだと理解した二柱は、

これまで見せていた神としての威厳と、強者としての驕りを感じさせる余裕を、脱ぎ捨てた。

 

 

「神祭【エクスパンデッド・オンバシラ】‼」

 

「開宴【二拝二拍一拝】‼」

 

 

笑みすら浮かべていた二人の顔からは表情が消え、眉根には深くはないが溝が彫られている。

明らかに怒りの感情を煮えたぎらせた相手を前に、縁は寡黙に、そして俊敏に行動を開始した。

 

神奈子と諏訪子の二人は、同時に弾幕ごっこの開始を告げる代わりに、スペカを宣言する。

両者が宣言して発動させたこのスペルカードは、縁が以前に経験したものであった。

 

木々生い茂る山林地帯に、茶褐色の細長い形をした弾幕が、左右から徐々に距離を詰めつつ

放たれる。そればかりか、自機(この場では縁)狙いで、誘導性のある青色の弾幕も続けて

妖怪の山の中腹へ発射された。だが、それだけなら縁でなくとも回避は出来たであろう。

けれど、宣言されたスペルカードは神奈子のものだけではない。諏訪子の方も同時に発動

してしまっているのだ。二種類の異なる弾幕群が、一斉に縁へと群がっていく。

 

先ほどの神奈子の弾幕に加え、諏訪子の繰り出した弾幕は、系統こそ同じものであった。

自身の視界の両端から、中央へと隙間を埋めていくように針状の弾幕を射出していき、

そこへさらに追加で、自身の背後に浮き上がらせた青い泡状の弾幕を解き放っていく。

 

いずれも相手の行動範囲を狭めつつ、満足に回避が出来ない状態の相手へ大きな弾幕を

ぶつける気が満々なタイプのスペルカードだ。開幕初手からコレでは、並の相手ならば涙を

浮かべて脱兎の如く逃げ出していても、おかしくはない。並の相手ならばの話だが。

 

 

『無駄な事を。どちらのスペルカードも、我々(わたし)は過去に経験し、対処法を確立している』

 

 

静かに呟いた縁は、上空から飛来してくる弾幕を、必要最小限かつ最低限の動きで回避し、

いやらしい独特の配置でやってくる弾幕の間を縫うようにして、自らも弾幕を放ち始めた。

黄色と赤色に輝く速度を重視した類の弾幕は、ただの一度も他の弾幕と接触することなく、

的確に隙間を潜り抜けて、ついには神奈子と諏訪子が高みの見物をしていた付近へ到達する。

本来、二対一の状況で反撃を受けることなど有り得ないし、まして二の側が神である以上、

まず抵抗など有り得はしないと高を括っていた二柱は、こぞって慌ててどうにか躱し切った。

 

 

「あ、危なぁ…………まさかこっちが先に目を剥かされるとはね~」

 

「ああ。恐ろしいのは奴の腕よ。ここまで身動きを制限される弾幕の中から、私たちのいる

場所まで弾幕を通す筋道を見つけ、そこへ本当に自らの弾幕を放って通してしまうとは」

 

「自分たちが仕掛けておいてなんだけどさ、アレの降る中でそれをやる気にはなれないよ」

 

「よしんば適当だったとしても、実戦で力を示せる以上、木偶の棒じゃない」

 

「また気に入っちゃった?」

 

「やはり守矢(ウチ)にほしい。まぁこの場は流石に控えるさ」

 

「戦神が神殺しを見逃すとか、洒落になんないもんね~」

 

「祟り神が何を言うか」

 

「言ってくれるじゃん_____________で、アイツどうしようか」

 

「私がやる。続けていくぞ、奇祭【目処梃子乱舞】‼」

 

 

二人で同時に発動したスペルカードによる弾幕群を意に介さず、的確に二柱を狙っていく

縁に向けて、神奈子は諏訪子を自分よりも後ろに下がらせてから、次なるスペカを宣言した。

 

レーザーのように一直線に伸びていく弾幕が、縁の左右から徐々に距離を詰めながら迫り、

それを回避しようと中央へやってきた彼に、赤い球体の弾幕が襲い掛かり、逃げ場を削る。

ごく限られた場所で回避を試みようとする縁だったが、彼は神奈子の両手から放たれた

札型弾幕を見た瞬間に、躱し切れる確率を再計算し直して、別の手を打つという策に出た。

 

 

『この物量は厄介だな。掃射【アハトアハトの大喝采】』

 

 

敵が物量を利として攻めてくるのなら、こちらも物量を武器に挑めばよい。

 

言外に表すような彼の意志により、山林の木々の根元に巨大な裂け目が生じ、開き始めて

いき、そこからは幻想郷にはあるはずのない、外の世界の弾幕を放つ物が出現した。

 

日光を受けて黒光りするソレらは、88mm野戦高射対空砲(アハト・アハト)と呼ばれる戦争兵器である。

 

 

本来ならば飛行する敵偵察機などを撃墜したり、遠方にいる歩兵や塹壕に隠れた通信兵を

一挙に叩くための殲滅戦を想定された兵器なのだが、ここではある意味正しい用途で使われた。

 

上空から飛来してくる赤い球体の弾幕や札型の弾幕に向け、物質的殺傷力を秘めた弾幕が

山林の合間から続けざまに打ち上げられ、弾着と同時に豪快な爆音と光煙が空に拡がる。

単的に言えば、相手が上から発射してくる弾幕を、下から迎え撃つ形で弾幕を放つことで

相殺してしまおうという事で発動したスペルカードだが、出現させた量が若干多過ぎた。

 

 

『………爆炎と爆裂の閃光で、標的の姿が隠されてしまうな』

 

 

もちろん使用者の縁が導き出した計算のもとで、出現場所と砲塔の角度は固定されている為、

万が一にも山林の木枝などの障害物に当たって誤爆、という結果になどなるわけがない。

全弾命中、全弾相殺が文字通りになされ、神奈子も縁も互いにスペルブレイクとなった。

 

 

「ちィッ!」

 

「落ち着いて神奈子ー。向こうの手札を一枚捨てさせたんだから、お手柄だよ!」

 

「分かってるさ。分かってはいるんだが、どうもね………」

 

「確か今のって、前に神奈子がやられたヤツだっけ?」

 

「……………同じ相手に二度負けた、とまではいかないが、近しい感じだ」

 

「戦神が実力不足を嘆きでもしたら、戦国武将はみんな泡吹いて倒れちゃうって」

 

「例えがどうしようもなく古いが、何となくは伝わった」

 

「ならばよし! 次は私が行くね!」

 

「ああ、任せた」

 

 

相手がどれだけスペルを保有しているか不明な現状で、こちらが二枚を切った時点で

一枚しか切らせていない事実は、戦の神でもある神奈子にとっては軽い問題ではない。

それをにこやかな笑顔とともに励ました諏訪子は、少し覇気が衰えたようにみえる

神奈子を後ろに下がらせて、代わりに自分が前に出てすぐに、スペルを宣言した。

 

 

「今度は私の番だよ! 神具【洩矢の鉄の輪】‼」

 

 

高らかに声を張り上げた直後、懐から取り出した二つの赤錆びた鉄の輪を放り投げ、

すかさず自身も円を形成する弾幕を幾重にもして、眼下の縁へ向けて放った。

 

諏訪子の全身を覆えるほどの大きさの二つの輪は、速いというほどではないにしろ、

発射された弾幕とほぼ同じ速度で飛来し、回避行動に移行した縁へ襲い掛かる。

だが、単なる投擲武器など彼には脅威足り得ない。向かってくる弾幕も、先ほどの

二種同時スペルに比べれば、質量も回避の難易度も比べるべくもない。そう判断した。

 

縁はまたも、最低限かつ最小限の動作で弾幕群を躱そうと考え、まずは二つの鉄の輪を

真横にステップで移動して回避した。ところが、山の斜面にぶつかったそれらは、

消えることも炸裂することもなく、ただ跳ね返った。正確には、四方へ散開していった。

 

 

『跳弾と同じ原理か』

 

「お? そーかそーか、あん時は神奈子とだったから、私のコレは知らないのか」

 

『しかし、跳弾することを計算に加えて再演算を組めば』

 

「ここで手を緩める祟り神はいないよ! そーゆーわけで、もう一丁!」

 

 

鉛製の弾丸でも、鉄骨などの硬い物質に角度をつけて着弾した場合、対角ないし別の

角度へと跳ね返っていく事がある。この現象を跳弾と呼ぶが、今回の弾幕はまさにソレだ。

 

山の斜面だけでなく、乱雑に生い茂る木々や枝などに触れただけで弾幕は跳弾して、

計算で反射角度を割り出すなどという言葉が鼻で笑えてしまうほど、馬鹿げた状況となった。

二つの鉄の輪の方は、まだ対象が視認しやすいうえに円状なので把握もしやすいのだが、

弾幕の方はそう簡単にはいかない。輪のような形である程度の固定はされているとはいえど、

緩やかに広がって最終的には全方位に拡散していくのだ。祟り神らしい質の悪さが窺える。

 

『…………………………』

 

 

暴力的なまでの入り乱れ具合とは反比例して、弾幕群の中心部にいた縁だけは変わらず冷静で、

一つ一つを目で追っていくだけでは回避不可能な弾幕の渦の中、彼は揺らめくように避けていた。

もはや未来予知にすら匹敵しうる躱し方と回避性能により、なんと無傷でこのスペルを耐え切る。

神奈子のように相殺すらされず、かすりもせずに制限時間を生き延びられた事に驚きを隠せない

諏訪子は、鳴くのを途中で止めた蛙のように大口を開けて、呆然と眼下の男を見下ろしていた。

 

 

「う、そ…………空を飛び回って回避されたことはあるけど、限られた場所、しかも山の斜面で

阿呆(あほう)が小躍りを踊ってるみたいな躱され方するなんて。呪っちゃるぅ、祟っちゃるぅ~!」

 

「阿呆はお前だよ、諏訪子。ほれ、さっさとどきな。次は私の番だ!」

 

 

ありえない状況下での全弾回避のショックが抜けきらず、変な方向に熱を入れ始めた諏訪子を

後ろへ放り投げた神奈子は、立ち替わって山の木々の頂部が足上に触れる辺りの高度まで降りる。

そしてそのまま、背中に浮遊していただけの御柱を左右二門ずつ搭載し、スペルを宣言した。

 

 

「私は受けた雪辱は果たす主義でね! 神穀【ディバイニングクロップ】‼」

 

しばらく休憩を挿んで頭を冷やしたおかげか、闘志と活気を取り戻した彼女は、背部に搭載した

御柱__________というよりも彼女自身を中心として全方位へと拡散する弾幕を連射していく。

弾幕の射出点を本体とする以上、防御という面においては申し分なく、攻撃としても問題はない。

だが、彼女自身も分かっていることではあるが、このスペルカードには一つだけ問題があった。

 

 

『笑止。八坂 神奈子、我々(わたし)は過去に経験したスペカへの対策を万全としてあるのだ』

 

その問題とは、相手である縁が既に、一度体験して内容を知っていること。

 

彼自身が今も口にした通り、一か月ほど前の話であるとはいえど、身を以て受けたことのある

スペルカードであれば、誰であれ覚えることは簡単である。そう、覚えるだけならば簡単なのだ。

難しいのは、覚えた攻撃への対処法を組み立てること。そしてソレを実際に活かすことだろう。

 

しかし、対処を考えるのは、弾幕を受けた者だけではない。その逆もまた、然り。

 

 

『_______________これは、数が』

 

「前より多いだろう? あん時はキレイに撃ち落とされたからね、量を増やしたんだよ‼」

 

『戦いは数ではない。ましてや、物量でもない』

 

「数にしろ力にしろ、(まさ)っている者こそ勝利者だ‼」

 

『この量は…………経験には、ない』

 

 

以前と同一のスペルカードと侮った縁が見上げた先にあったのは、比べ物にならぬ量の弾幕群。

緑や白、赤に青といった色とりどりの弾幕が、大挙として一斉に縁へと襲い掛かってくる。

もはや陽の光すらも凌駕する明度で輝くソレらが迫るのを前にして、自分自身が油断したことで

招いた結果がこの有り様であることを内心で恥じつつ、低くうなるようにスペルを宣言した。

 

 

『恍惚【ハイパワー・ハイグラスパー】』

 

「そいつも、前に私を手こずらせてくれたやつだね」

 

『ご明察、しかし惜しい。コレはあの時の、上位互換だ』

 

「意趣返しか! いいぞ、神に挑むだけの度胸はある‼」

 

『挑むとは、少し違う。消し去るためだ、我々(わたし)の目的を遂げるためにな』

 

 

太陽に代わる光源となりつつある弾幕の中心で、神奈子は縁の発動させたスペルを待ちわびる。

その意思が伝わったのか否か、彼は背後に大きめな裂け目と小さめな裂け目を二つずつ、

左右対称に作り出し、大きめの裂け目からは巨大な球状の弾幕を、小さめな裂け目からは

レーザーのような光線状の弾幕を放った。そして、両者の放つ弾幕が、激しくぶつかり合う。

 

全方位へと拡散する神奈子の弾幕と、彼女本体を狙って不規則な軌道を描くレーザー、さらに

一定時間が経過すると炸裂して、小型の弾幕が四方八方へ飛び散る球状の弾幕が、衝突する。

 

その結果は縁が予測していた相殺_____________とは、ならなかった。

 

 

『な、に? 馬鹿な、そんな事は、ありえ___________』

 

「………前にやり合った時、お前は言ったな。『本気のお前と戦ってみたいものだ』と。

そして今、お前が目撃し、経験しているこれこそが、私だ。神の本気だ。思い知ったか」

 

『この私が、我々(わたし)が、押し負けるなど』

 

 

互いに炸裂し合う絨毯爆撃を突き破り、スペルブレイクに至ったのは、神奈子だった。

 

左足と右肩にそれぞれ被弾した縁は、布越しでは分かりにくい驚愕の視線を上空へと向け、

それをどう解釈したのかは不明だが、受け取った神奈子は得意げに鼻を鳴らして語る。

 

 

「思い上がるなよ、せいぜい百年ちょっとの付喪神が。こちとらヤマトタケル時代だぞ?」

 

『…………本当に、まさかだな。この私に、油断や慢心があったとは』

 

「お前に負けた時の私が、まさに今のお前と同じだったよ」

 

『だが、私は負けられない。我々(わたし)には、やり遂げなければならぬことがある』

 

 

被弾した事実を己の非として認めた彼は、頑なに自らの気負う"何か"の為に立ち上がる。

その姿を見下ろす神奈子は、何か事情があるのだろうと推理した直後に、背後からきた

衝撃に体を揺さぶられ、情けない声を上げながらフラフラと足元の木々にぶつかりかけた。

 

 

「何をするんだ、諏訪子‼」

 

「神奈子だけズルい! 私だって、やられたらやり返す主義だって知ってるくせに‼」

「………お前の場合は、ちょっかい出されたら末代まで祟り殺す主義だろうに」

 

「大して変わんないよ。それより、今度はまた私の番ってことで!」

 

「分かった分かった」

 

 

神奈子のスペルカードと縁のスペルカード同士が競り合っている間、ずっと後方で暇を

持て余していた諏訪子は、とうとう我慢ならないとばかりに殴り込みをかけてきたのだ。

諏訪子が色々とねちっこい性格だと熟知している神奈子は、また順番で交代することに

して、縁の次なる相手を譲った。大人の対応で譲られた諏訪子は、もう臨戦態勢であった。

 

 

「あの子鬼は軽く一息で打ち消してくれたけど、アンタはどうなるか見物だね!

いっくぞー! 土着神【ケロちゃん風雨に負けず】‼ さぁ、足掻いてみせな!」

 

『…………背に腹は変えられぬ、か。迫撃【オール・ポイント・ファイア】』

 

 

諏訪子がスペルを宣言した直後に、縁も出し惜しみはしないとばかりにスペルを宣言。

 

上空からさながら雨のように降り注ぐ、文字通りの弾雨となった水色の弾幕を見上げ、

縁は自身の前方に空間の裂け目を生み出し、そこからまたしても幻想郷にない物を

喚びだした。三脚に子供の腕ほどの太さの筒を立てかけたような見た目をしたソレを。

 

いわゆる、軽迫撃砲と呼ばれる、歩兵でも簡単に爆撃支援を行える砲台である。

 

一発一発の装填を必要とする代わりに、足場さえしっかりしていれば、どんな場所からも

砲撃が可能。加えて、従来の砲台にはない携行性能の付与による、ゲリラ的戦術の拡大。

詳しく記載すると長くなるが、彼が喚び出した代物は、この場面にうってつけであった。

 

 

『対空砲火、開始』

 

「えぇい、降れ降れ降れ降れぇい!」

 

降り注ぐ弾幕の雨と、地面から噴き上がる弾幕の嵐。弾けた後に残るのは、硝煙と光のみ。

火薬の香りを残滓にして、彼らのスペルカードは火を噴き、雨を降らせ、光を迸らせた。

 

十数秒間の撃ち合いの後、最終的にはどちらにも損害は出なかった。引き分けである。

 

 

「くっ………また!」

 

『………こちらの想定以上の物量だった。最悪、私は負けていた可能性もある』

 

 

先ほどに続いて、今度も戦績上では勝利と言い難い結果に終わった諏訪子は顔をしかめ、

逆に縁は冷静でいながらも、確率論上では自分の敗北も有り得たことに再度驚きを示す。

 

ただ、これ以上は確定した勝利を得られるか分からない。当初の予定では、大きな問題に

成り得なかったはずの相手に押し負け、彼はありもしない"恐れの感情"を抱き始める。

 

 

「はぁ、まあいいか。今回は譲ったげるよ、神奈子」

 

「譲るとは随分と恩着せがましいな、勝ち取ったと言え」

 

「ガマだけにって? 誰が上手いこと言えって言ったんだよ!」

 

「何の話をしてるんだ…………とにかく、八雲 縁の引導は、私が貰い受けた‼」

 

 

上空でまたしても言い争いを始めた二柱だったが、すぐに決着をつけると、先に神奈子が

縁のいる方へと向き直り、両手を豊満な胸部の前で打ち鳴らして、粗野な笑みを浮かべた。

 

 

「これにて神罰は下る______________【風神様の神徳】‼」

 

さながら、神への祈りを捧げる信仰者の礼拝か。そのように見える姿勢を取った神奈子は、

自身が持つ最後の、正真正銘のラストスペルを宣言して、この戦いに終止符を打たんとする。

 

彼女の宣言の直後、空気が割れるような音が響き渡り、彼女を中心として五つの花弁を持つ

花が大中小のサイズで、澄み渡る青空に咲き誇った。妖怪の山の中腹に、弾幕の大輪が咲く。

けれど、これだけで彼女のラストスペルが終わるわけがなく、瞬時に咲き誇った可憐な花は

その姿を唐突に、四枚一組の札型弾幕へと変えていき、全方位へ素早く拡散し始めた。

 

美しさ、壮大さ、威力。全てを兼ね備えた、戦神の名前に恥じぬ最後のスペルが、縁を狙う。

 

 

『これが、本物の神の力か。そして、神の本気か』

 

 

今までのものとは比べ物にならない、圧倒的なまでの物量で押し潰してくるような弾幕群を

前にして、彼は胸中に渦巻く感覚に対して、"恐怖"に対して多大な違和感を覚える。

しかし、彼は心など持たぬ道具である。この幻想郷に連れてきた主が、そう教えてくれた。

その事を思い出した彼は、自分の今の行動の総てが、主人の意に反してしまっていることを

理解する。理解したうえで、彼は初めて、自分の意志によって(・・・・・・・・・)行動を起こした。

 

 

(……………紫様、お許し下さい)

 

 

自分が道具であることを自覚しつつも、主人の意志も無く勝手に動くことに対して、

心の中で誰にも悟らせないように詫びた彼は、腰に帯刀していた銘刀六色を抜き払う。

 

 

「どうした縁! まさかそんな(なまくら)で、この弾幕を防ぎ切るつもりか⁉」

 

 

己の勝利を確信し、遥か上空にて愉悦の笑みを浮かべている神奈子へ切っ先を向けた後、

縁はそのまま剣先を半回転させ、自分の体へと向けてから、腕に力を込めて突き刺した。

肉体に硬い刀身が深々と入り込むのを実感しつつ、彼はただ、懺悔の念を込めて宣言する。

 

 

『_____________結縁【死従幻想筁(ネクロファンタジア)】』

 

 

八雲 縁と名乗る存在が持つ、ラストスペルを。

 

 

 

 

 

 









いかがだったでしょうか!

いやはや、ほぼ弾幕ごっこの描写というのは、中々キツイもんですねぇ。
途中で色々と作業をしていたこともあって、太腿が二回ほど攣りましたし。

さて、縁君の謎がチラホラと明らかになってきた今回ですが、
ようやく彼のラストスペルを(名前だけですが)出すことが出来ました。

そして今日は時間がありますので、キャラ設定第二弾を続けて投稿します!
そんなことより本編書けって言われそうで怖いんですが、私も私で過去に書いた
キャラ設定を何度も読んでは、現在進行中の場面と照らし合わせるのが面倒で!
だったらいっそ、この辺りでキャラの整理も兼ねてやったろうかな、なんて。


ここいらで一旦切るとしましょう。次回も、縁君が多めの展開になりそうですし。


それでは次回、東方紅緑譚


第七十六話「緑の道、アナタしかいない」


ご意見ご感想、並びに質問や批評など大歓迎でございます!

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