東方紅緑譚   作:萃夢想天

78 / 99




どうも皆様、今度は格ゲー【ギルティギア(通称GG)】にハマった萃夢想天です。
いえ、実際にプレイしたのではなく、某動画サイトで偶然出会いましてですね。
(それにしても、『GG』だと、とあるギャグマンガの女忍者を想起してしまう)

有名な声優さんや、同系統作品【ブレイブルー】にも通じる何かを感じ、
実際にプレイしてみたくてたまらないんです。ファウスト先生治療して下さい。


恒例の私事はここまで。


今回の投稿は少々遅れた上に、若干短くなるやも知れません。
贅沢を言うようですが、またしてもスランプが始まった可能性がありまして。
私のようなポンコツが何を抜かすかと思われるでしょうが、ええ、まぁ。


これ以上は無駄話になりそうですね、先を急ぎましょう。

それでは、どうぞ!





第七十四話「緑の道、信仰への侵攻」

 

 

 

 

 

 

紅魔館から出て二時間ほど経過した今、天高く昇っていた太陽が徐々に傾き始めており、

過ぎ去っていった時間の流れの速さを感じさせる。と同時に、僕が歩いてきた距離の長さも。

 

現在僕は、姉さんや美鈴さんから前以て聞いていた道筋を歩き、今回の外出の目的地である寺を

訪れていた。想い人である文さんの無罪を証するために。そして、僕自身が抱いた疑問のために。

とりあえず人里からそう離れてはいないと聞いていたんだけど、やはり土地勘がないということが

災いしたらしく、想定していた以上の時間と肉体的疲労を蓄積してしまった。本当なら、一時間と

ちょっとくらいで到着予定だったところが、陽が目に見えて傾いてから、時間が経っている。

 

『着けたンだから、イイじゃねェか』

 

「流石にこの歳で、迷子にはなりたくないね」

 

 

時間的にも精神的にも余裕が無いというのに、僕の内側に宿っているコイツは随分お気楽だな。

このまま何の成果も得られなければ、明後日には文さんの再投獄が確定してしまうのだから、

冗談を言い合っているこの暇すら、僕にとっては正直惜しいとすら思う。なのにコイツときたら。

いや、せっかく名前を付けてやったんだし、ここは彼の新しい名前を呼んでやるとしようか。

どうも彼自身も、まだ自分の名を冠する固有名詞が馴染まないらしく、反応が面白いからね。

 

 

「それよりもデュリアル、この先の場所では大人しくしていてくれよ?」

 

『…………ン、お、おゥ』

 

「はっはっは! いやぁ、その不慣れそうなトコはまだ健在か」

 

『うるせェ‼ あーーッたく‼ 俺様はもう寝る‼』

 

「ふはははっ! ああ、お休みデュリアル」

 

『…………チッ!』

 

 

少し弄り過ぎたんだろうか、彼は僕の意識の奥底へと潜って、そのまま黙り込んでしまった。

こうなると、彼は自分の興味があるものを見つけるか、紅魔館へ帰るまでは一切出てこない。

静かになるのはいいことなんだけど、あんまりやり過ぎると、あとがうるさくなるしなぁ。

 

さて、目下のところ、優先すべきことは目の前にある目的地で情報を得ることなんだけど、

こういう場合ってどうしたらいいんだろうか。日本の寺社仏閣なんて来るのは初めてだから、

作法も何もまるで知らないんだよね。どうしよう、下手なことしてここの方々から不評を

買ったら、本来の目的である情報収集なんて出来っこない。さて、どうしたらよいものか。

 

そうして僕は、目的地である荘厳な雰囲気を漂わせる『命蓮寺』へと、視線を向ける。

 

「…………悩んでても始まらないな」

 

 

木製の大きな門の前で思い悩むこと一分ほど、怒られることも覚悟して視野に入れた僕は、

目前に並び立つ扉を二回ほどノックしてから、ここに来た用向きを大きな声で告げた。

 

 

「ごめんくださーい、少々お聞きしたいことがあって参った者ですがー!」

 

『はい、ちょっとお待ちください!』

 

 

すると、意外と近くに人がいたようで、別の意味で恥ずかしさを感じた僕を嘲笑うかの

ようにして、門前で押し悩んでいた時の数分の一の時間で、重たげな扉が開かれた。

と言っても、開けられたのは扉についていた小窓のような部分で、そこから敷地内へ

入るようにと促された。実際、あんなに大きくて重そうな扉を、人が来るたびに開閉する

となると、かなりの重労働となるだろう。ペット用の扉に思えたけど、ここは我慢しよう。

 

開けられたところから中へ入ってみると、外からも分かる通り、壮観と言える場所だった。

イギリスなどに立ち並ぶ大聖堂や教会とは、また違った趣きで建てられた宗教的信仰物件で、

大きく派手な外観をしている前者と比べても、見劣りをしない無言の迫力を感じさせる。

それと、どうやら日本どころか幻想郷にある宗教も複雑な様相を呈しているらしく、

向こうでいう『カトリック』と『プロテスタント』のように、同じものを尊く崇拝しても、

その両者間には溝がある。という感じで、かつては宗教戦争なるものが起こったのだという。

ここにもその名残があるのか、日本の漢字で書かれた旗が、いくつも境内に掲げられている。

 

 

「これは………おぉ……」

 

 

諸外国にあるような『大きく派手』なものではなく、『質素であり威厳ある』テイストの

寺や神社という建造物は、僕は嫌いではない。むしろ、この静けさが気に入りそうだ。

 

 

「誰だ、アンタ。ここに何しに来た」

 

「や、止めなさい村紗! いきなりそんな態度を取っては、品位と沽券にかかわります!」

 

「おや?」

 

 

寡黙にそびえ立つ眼前の寺に圧倒されていると、横合いから威圧的な言葉をかけられた。

それに続いて、いさめるような声も聞こえた。さっき扉を開けてくれた人の声と一致する。

一先ず相手が誰かを確認するために、僕は二人分の声のする方へと顔を向けた。

 

命蓮寺の板張りの廊下から、こちらを射貫くように睨みつけてくるのは、黒髪の少女で、

僕のすぐ後ろに立っていさめようとしているのは、黄色に黒が混じった、虎柄髪の女性。

 

どちらの方も、今まで見たことが無いような外見をしているけれど、それはこの幻想郷に

おいては、今に始まったことではないと認識できている。まぁ無視していい点だろう。

次に目がいったのは、彼女らの格好だ。黒髪の少女の方は、まだ何となく察しがつく。

 

恐らくは水兵の服に近しいものだろうと思う。この幻想郷に、海兵隊のような組織が

あるという話は聞いたことが無いが、工作活動で入隊した経験もあるから見覚えはある。

しかし、もう一人の方はまったく分からない。随所に虎のような意匠を施しているように

見えなくもないけど、まさか幻想郷には野生の虎なんていたりするのだろうか。

 

そのようなことを内心で考えつつも、黒髪の少女に名を聞かれた以上、答えなければ。

 

 

「申し遅れました。僕の名前は、十六夜 紅夜と申します」

 

「十六夜 紅夜……………ちょっと前の新聞に載ってた名前と同じだな」

「おや、あの記事をご存知でしたか。いやはや、記者の方の腕が冴えた文面でしたね」

 

「………太陽と月をひっくり返そうとした異変の首謀者が、ここに何の用?」

 

「ですから、少々お聞きしたいことがございまして」

 

「帰れ。今うちは、それどころじゃないんだ」

 

 

"十六夜"という姓を名乗る以上、完璧を体現する姉さんと比べられるのは、目に見えている。

嫌などころか謙遜してしまうほどだけど、この姓は僕の誇りであり、僕が僕である証明なのだ。

どんな場所であっても、どんな時であっても、名を名乗るこの瞬間だけは、己を誇らなければ。

 

でも、これは困った事態になりそうだな。文さんの当時の記事も、当然彼女自身にも、当然だけど

恨みなんかこれッぽっちも抱いていない。けれど、こういう場合には、枷と思えてしまうものだ。

ここからどうやって、自分をよくアピールして警戒を解いてもらおうかと考えていた時、

ちょうど黒髪の少女の背後あたりにある曲がり角から、別の女性が話し合いに割り込んできた。

 

 

「ま、待って水蜜!」

 

「一輪? 急に何よ?」

 

 

水蜜と呼ばれた黒髪の少女の後ろから現れたのは、いつぞや出会った頭巾を被っている女性。

その女性は、仲間であろう黒髪の少女から離れ、こちらに向かって来て声をかけてくれた。

 

 

「あなた、鈴奈庵にいた、優しい人でしょ?」

 

「え、えぇ。覚えていてくれていただけで、身に余る光栄に存じます」

 

「そ、そんなにかしこまらなくても…………水蜜、この人は大丈夫だから!」

 

やはり貴女でしたか、一輪さん。

 

彼女とは、僕がまだ僕一人の状態で生きていた頃に出会っていて、能力の過剰使用による脳への

負担も考えず、ただ彼女のために『方向を操る程度の能力』を使いまくったことがあったっけ。

今にして思えば、もはや懐かしさすら感じるほどに、彼女と出会った日のことが随分昔のように

思われる。あの時、彼女に手助けをしていなければ、今この結果には成り得ていなかっただろう。

 

やはり他人にした良いことは、巡り巡ってよいことに変わるようですね。

 

ともかく、非常に心強い味方を得られたことに内心で感謝すべきだ。あの時の善意の行いが

無かったなら、こうして一輪さんが僕を庇ってくれたりすることも、決して無かったはずだから。

 

 

「一輪さん、今回は突然の訪問を、お許しください」

 

「え? あぁ、いえいえ。ここはそんなに戒律が厳しいとか、そういう場所じゃありませんから」

 

「一輪、そいつと知り合いなの?」

 

「そうよ。この人は何も言わずに、私を手助けしてくれた恩人。恩義があるの」

 

「ふーん………一輪がそこまで言うんだったら、まぁ、いいかな」

 

 

援護射撃の甲斐あって、水蜜という黒髪の少女から向けられる視線が、少しだ和らいだようだ。

敵意も殺意も向けたり向けられたりしてきたけど、今となってはそのどちらも好きには思えない。

いや、元から好きでも何でもなかったけどね。今はそんなことどうでもいいんだ、次だよ次。

 

警戒されたままじゃあ話もできなかったろうから、とりあえず一輪さんにもう一度、ちゃんと

お礼を述べてから、残されたもう一人が『寅丸 星』さんという方だと紹介も受けたところで、

僕がここに来た本題を語ることにした。

 

 

「ある厄介事を追っておりまして、そのことで少々ここにツテがあるらしいと」

 

「それは、どういったものなんでしょう?」

 

「詳しくは言えませんが、ナズーリンさん、という方ならば間違いなく知っておられるそうです。

よくこちらで姿を見かけるそうなので、お伺いした次第ですが、本日はいらっしゃいますか?」

 

あんまりディープなことまで話すことはないと考え、一部分だけを不明瞭にぼやけさせたんだが、

そこを怪しまれてしまったらどうしようもない。そこが唯一の懸念だったけど、要らないようだ。

一輪さんが事前にことを収めてくれたということも手伝って、話は随分スムーズに行われたけど、

僕が要件があった人物の名前を口にした途端、何やら浮かない顔になって三人は見つめ合う。

何だろう、その名を聞くのはまずかったのかな。それとも、他の要因があったりするのかな。

 

ナズーリンという人物の可能性を考慮していたら、一輪さんが申し訳なさそうに応えてくれた。

 

 

「それが、最近私たちも見てないんです」

 

「常にご一緒ではないのですか?」

 

「ええ、ナズーと私は、それなりの間柄なので付き合いは長いですが、ここ命蓮寺に寝泊まり

し続けているのは、彼女以外の全員でして。彼女自身は別々に動くことが割と多いですから」

 

「つまりまとめると、今この場にはいない、ということで?」

 

「…………言ったろ、最近姿を見てないって」

 

 

さて、これは困ったことになったな。目的地に着いたはいいけど、目的の達成ができないとは。

一輪さんに警戒を解いてもらったというのに、これじゃあ意味が無くなってしまうじゃないか。

それにしても、彼女らは『最近』姿を見ていないと言っていた。つまり、少なくとも僕が文さんの

無実を証明するために動き出したこの二週間、ないし僕がデュリアルと戦っていた頃には既に、

姿が無かったのではないだろうか。あくまで仮説だから、一つの考えに囚われるのも良くないな。

ただ、目的の人物がいなくなっている以上、ここにとどまる理由は無くなった。

あまり良く思われていないみたいだし、早めに退散した方がお互いのためになるだろう。

 

そう思った僕は、念のためにとナズーリンなる人物について、他にも聞き出そうとした。

 

 

「ナズーリンさんについて、いなくなる心当たりなどはありますか?」

 

「星、どうなの?」

 

「わ、私に聞かれても………宝塔を探しに、何日かいなくなることなんて」

 

「ざらにあるからねぇ」

 

「うぅ、面目ありません」

 

「…………心当たりはない、と」

 

 

外見などは、他の人から聞くだけでもなんとかなるけど、その人物の行動パターンや性格などは、

身近にいる人にしか分からないことだと思って尋ねてみたけど、期待したほどではなかったな。

しかし、本当に困ったな。ここなら手がかりをつかめると思って来たのに、まさに骨折り損だ。

 

期待が大きかった分、かえって落胆も大きくなってしまった。情けない溜め息を漏らしてしまい、

公衆の面前であることを思い出して、慌てて「失礼」と口にしてしまった。ああ、恥ずかしい。

自分の醜態のせいで気が緩んだのか、ここで僕はうっかり、口を滑らせてしまう。

 

 

「はぁ…………せっかく、八雲 縁の情報が手に入るかと思ったのになぁ」

 

「ん? 八雲、何だって?」

 

「え?」

 

「今なんか言ってなかった? 八雲がどうたらって」

 

迂闊だった。今回の件は、言うなれば妖怪の山の、ひいては天狗という種のスキャンダルだ。

その要因ともなった侵入者の名前を、軽々しく口にするのは、何より元殺しのプロとして、

まして取引相手としても、ナンセンスである。やってしまった、と思ったのもわずか一瞬。

僕が口に出してしまった『八雲』というワードを聞いて、水蜜さんが眉根を潜めたかに見えた

直後、叫ぶように大きな声を上げながら、「それだよそれ!」と前置いてから言葉を続けた。

 

 

「八雲だよ、八雲 縁! あたしとナズーリンの二人で、香霖堂に持ってった!」

 

「それは本当ですか⁉ って、待ってください。持っていった、とは?」

 

「言葉通りだよ。話せば少し長くなるんだけど」

 

「構いません」

 

____________船霊説明中

 

 

「って事があってさ」

 

「なるほど、なるほど…………教えていただき、ありがとうございました」

 

自らの失態に対して、迂闊だった口を切り刻んでやろうかと冗談半分で考えていたところに、

思わぬ幸運が舞い込んできた。いやはや、世の中何がどう転ぶのか、分からないものだね。

まさか、ナズーリンさんだけだと思っていた目撃者が、もう一人いたとは。

 

それにしても、氷の妖精と弾幕ごっこをして、全身が凍結してしまう謎の機械人間、か。

少しだけ聞いた『香霖堂の店主』とやらの能力も気がかりだけど、そこは確か姉さんがよく

お嬢様用のティーカップや、暇つぶしのための何かを買うのにうってつけだと言ってたから、

僕だけで行っても問題は無いだろう。よし、そうと決まったら、急いで向かわなくては。

 

貴重な情報をくれた水蜜さんに感謝の意を述べながら、僕は踵を返して門へと向かう。

と、そうだ。僕はこの場所にもう一人、お礼を言わなくてはならない人物がいるんだった。

これを忘れたままだったら、従者としても失格になるところだったと己を律し、改めて

命蓮寺の三人の方へ向き直ってから、失礼のないようにと息を吸って、言葉を綴る。

 

 

「ひじり、という方がこちらに居られるそうですが、僕はもう行かなくてはなりません。

ですので、申し訳ないのですが代わりに、フランドール・スカーレットの執事が、

恩をお返ししたいと言っていたと、そうお伝えください。それでは」

 

 

そうだ。ここに来ると話した際に、フランお嬢様がお世話になったという人物の一人が、

ここで住職という職業をなされていると聞いて、執事としてその礼をしようと決めていた。

危うく忘れるところだったと思うと、僕もまだまだ立派な執事には、なれてはいない。

 

しっかりと言伝を頼んだ僕は、今度は時間をかけないように、人里の入口へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ!」

 

『………………』

 

 

紅魔館の執事、十六夜 紅夜が命蓮寺に到着したちょうどその頃、妖怪の山の中腹では、

同じ緑色の髪を持つ者同士が、それぞれの思いを胸にしつつ弾幕ごっこを開始していた。

 

先手を取ったのは、長い髪を持つゴスロリチックなドレスをまとう美女、鍵山 雛。

やや正方形に近い形状の長方形をした、赤と紫の二色の弾幕を、自らの体を回転させながら

あらゆる方向へと射出していく。それぞれの弾幕は、緩やかなカーブを描きながらも、

それなりの速度で飛んでいき、弾幕ごっこの相手である、八雲 縁に襲い掛かっていく。

 

しかし、縁はそれらすべてを、苦も無さそうに躱していった。

 

 

「それなら………厄符【バッドフォーチュン】‼」

 

『スペルカードか』

 

 

通常の弾幕では望みが薄いと理解した雛は、一度弾幕の射出を止めて、懐から取り出した

スペルカードを宣言し、発動させる。それを見た縁は、来るであろう弾幕を警戒する。

彼女のスペルカードが宣言された直後、ひし形に近い形をした弾幕の群れが、

縁の四方に展開されていき、それぞれが約二十個ほど連なると同時に解き放たれていく。

前方から順番に進行していく弾幕が、続けざまに幾つも放たれていくことで、それぞれの

間に生まれる隙間を狭めるという、相手の移動範囲を制限するタイプのスペカである。

『………………』

 

 

だが、これでも縁は動きを鈍らせることなく、流れるような動作で回避し続けた。

 

 

「くっ!」

 

『温いな。それで全力か? 厄神』

 

「様をつけなさいって!」

 

『私に勝てたら、その案を受け入れよう』

 

「あーもう! 疵符【ブロークンアミュレット】‼」

 

 

自分が想定していた以上の回避を見せた縁に、手緩いと暗に言われた雛は、口だけの

抵抗を試みたものの、それすらもあっさりと返されてしまい、苛立ちだけを募らせる。

敵の回避性能はこちらを上回っていることを理解し、次のスペルカードを宣言した。

 

新たなスペカが発動したと同時に、彼は詰めていた距離を何故か自分から元に戻す。

その行動を挑発であると受け取った彼女は、沸き起こる怒りを放つ弾幕に変えた。

 

自らを中心として、円形と六角形の二つの形状を交互に織り成していくこの弾幕は、

一射目と二射目では避けるポイントが異なるという点が、強みであるといえる。

形状が交互に変化していくために、同じ場所にとどまって避け続けるという行為、

いわゆる『安置』なる地点が一定ではないのだ。彼女は、その利点を選んだのだが。

 

 

『無駄な事を』

 

 

しかして、その選択ですらも、彼の前では無意味であった。

 

まるで最初から道筋を知っているかのように、彼はすいすいと弾幕の中を動き回り、

発動限界ギリギリまで粘って射出し続けた弾幕の悉くを、掠り傷も無く完全に躱した。

 

逃げ場を狭めても効果は見込めず、無作為に弾幕を放つなど論外。目の前にいる相手の力を

侮っていたと、彼女は己を叱責しようとするも今は後回しだと、次なるスペルカードを使う。

 

 

「悪霊【ミスフォーチュンズホイール】‼」

 

『本気で来い。境線【遥か彼方の地上線】』

 

 

螺旋状に固定された弾幕が、それぞれ別々の方向へと中心から押し広げられていく弾幕を

放った雛だが、今度こそ避けることはできないと判断したのか、縁もスペカを宣言。

 

彼の背後に現れた空間の裂け目から、一直線に進むレーザービームと見紛う弾幕が、

彼女の弾幕を左から右へと一掃していく。その延長線上にいた彼女もまた、わずかに

かすっただけとはいえ、被弾判定を受けてしまった。これにより、彼女の弾幕は敗北を

喫したとされ、強制的に発動を破棄させられる。いわゆる、スペルブレイクである。

 

 

「そ、んな……っ!」

 

『何度も同じことを言わせるな___________本気で来い』

 

「うっ………まだよ。にとりの事、洗いざらい話してもらうためにも!」

 

『ようやく準備運動も終わりか。さぁ、全身全霊を以て私と戦え』

 

「望むところよ! 創符【ペインフロー】‼」

 

たった一薙ぎで自らの弾幕群を相殺したばかりか、自身にまで攻撃を及ぼすほどとは

考えていなかった雛は、いよいよ追い詰められたと悟り、一挙攻勢に打って出た。

 

現段階におけるラストスペルを取り出して宣言し、発動と同時に勢い良く回転し始める。

 

これまでは、近くにて弾幕ごっこを観戦している椛を気遣って、あまり周囲へ拡散させる

ようなタイプの弾幕を避けていた彼女だったが、本気を出さねば負けることを自覚して、

一切の甘さを捨てた。味方ではあるけれど、今だけは構ってやる余裕などない、と。

 

自分自身の回転に合わせて放たれる、氷柱状で赤と白と紫の三色がある弾幕の群れが、

三重、ないし四重の層を形成しながら、こちらを悠然と見つめている縁へ牙を剥く。

 

 

『………期待外れだな』

 

 

猛然と迫りくる弾雨の中にて、彼はただ一言、そう呟いた。

 

 

『_________線廻【アトランティスの螺旋階段】』

 

 

続けて、彼の布に隠された口から放たれたのは、新たなるスペルカードの宣言。

彼の背後にあった巨大な裂け目は音も無く閉じ、代わりに小さな裂け目が均等な距離を

保って、六つほど浮かび上がった。さらにそこから、黒光りする円柱状の筒が現れる。

 

いきなり顔を覗かせた六つもの砲門を前に、回転しながらそれを微かに目視できた

雛は、わずかにたじろいだがすぐに持ち直し、射出する弾幕の量を跳ね上げた。

圧倒的な物量を一斉に放てば、いかに相手が回避に優れていようとも、と考えて。

 

だが、縁という存在は、ここに於いても規格外であった。

 

 

『全てを穿ち、総てを撃ち抜け』

 

 

右手を雛へ向けてかざした直後、彼の背後に出現した六つの裂け目が弾幕を発射した。

否、一度目の発射から弾幕は止んでいない。発射命令から以降、放たれ続けているのだ。

 

彼が裂け目から突き出しているのは、六つの機関銃の砲口である。空の薬莢が地面に

ぶつかって響く戦歌が無いために、それであるとは分かりにくいのだが、彼はこの幻想郷、

ひいては弾幕ごっこという遊びに、近代兵器を持ち出していたのだった。

 

全銃口からばら撒かれ続ける、文字通りの弾雨は、雛の放つ弾幕の一切を相殺していき、

ついにはその処理速度に追いつけなくなった彼女の本体に被弾し、スペルブレイクとなった。

 

『他愛ない。この程度が神であるならば、我々(わたし)も楽でいいのだがな』

 

 

発動からものの数秒ですべてを終わらせた彼は、敗北を認めて妖怪の山の地面へと足を

つけた雛に向かっていき、実力如何を問うような口ぶりで、皮肉を呟いた。

 

「ほう? だったら、神の力を試してみるか?」

 

「厄を集め溜める神より、災いを成し厄を振り撒く祟り神の方が、強いと思うよ?」

 

『…………これは重畳。望んでいた相手が、自ら出てくるとは』

 

 

倒れてしまった雛を救おうと椛が動こうとした瞬間、山の木々を見下ろすほどの高度から、

天狗一族にとっては見慣れたといっても過言ではないほどの、実力者が姿を現した。

 

そして縁にとってもまた、多少の関わりがある二人の登場に、浮足立つ言葉が漏れる。

 

 

「随分と派手な事やってくれるじゃないか。この山にいる神々の均衡を崩す気かい?」

 

「八百万の低級なら見過ごせたけど、厄神様はいなくなられると、割と困るんだ」

 

『ならば、どうする?』

 

「最初の邂逅こそ特殊なものだったが、今でこそ我々は神であることを魅せしめんとな」

 

「というわけで、たかだか百年ちょっとしか生きてもいない小僧に、神託をやろう」

 

極大な注連縄と御柱を背負う長身の女性と、目玉のついた麦わら帽子をかぶる少女の二人は、

木の陰に隠れて様子をうかがう椛を横目に、眼下に見下ろす縁に向けて、威厳に満ちた声を

以て、然るべき言葉を述べた。

 

 

「「神の御前なるぞ、頭が高い‼」」

 

 

 










いかがだったでしょうか?

本当なら昨日の内に更新するはずだったのに、あばばばば。

さて、今回は縁君がやたらと無双する回になってしまいましたね。
ごめんね雛様、いくら二面ボスと言っても、ここまでないがしろにする気は
無かったんです。ただちょっと、後ろの二人に箔をつけてもらおうかなと。


それでは次回、東方紅緑譚


第七十五話「緑の道、神亡き世の線引き」


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。