東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、【鋼の錬金術師】を見直している萃夢想天です。
TV放映が子供の頃だったので、かなりショッキングな展開ばかりだったのを
今でもよく覚えておりまして。いやはや、伏線回収が見事なものですよ。

あの伏線の張り方と回収力、見習いたいなぁ………(遠視

恒例の愚痴はここまでとして、今回もまた、前半は紅夜君に任せてあります。
御贔屓にさせていただいている方からの質問であったのですが、しばらくは
紅夜を登場させる方針で行きます。縁さん? ええ、主人公ですが?


順調に謎を増やしていくもう一人の主人公に敬意を表しながら、
それでは、どうぞ!





第七十参話「緑の道、神々のアソビ」

 

 

 

 

 

「紅夜さん、少しよろしいでしょうか?」

 

「文さん? どうかされました?」

 

 

太陽が血よりも赤い館の窓を照らす真昼時、僕は今日も約束を守り通すために何としてでも、

今話しかけてきた彼女、文さんの無実を証明する何かを探そうと館から出ようとしていた。

しかし、今言ったように、その彼女に呼び止められてしまった。何かあったのだろうか。

そう思って尋ね返してみると、彼女は何やら申し訳なさそうな表情でこちらを見てくる。

 

もう一度尋ねてみようか悩んだ瞬間、彼女はその口を再び開いた。

 

 

「あ、あのですね。実は、妖怪の山へ侵入した者についての詳しい話を、と」

 

「…………………あ」

 

 

もじもじと指を突っつきながら述べられたその言葉に、僕は盛大に頭を抱えたくなる。

 

盲点と呼ぶには、いささかこの点は巨大過ぎる。そうだ、なぜ僕は彼女に聞かなかったのか。

探しているのは、彼女に罪を擦り付けた「妖怪の山で天狗を襲った侵入者」なる相手で、

しかも彼女はそれを発見したという報告を、意図的に遅らせていたと言っていたではないか。

どうして僕はそこの部分を聞かなかったのだろう。それこそもう、答えに等しいはずなのに。

 

自分の頭の悪さ、回転の鈍さに嫌気がさしたところで、悔やむより先に耳を傾ける。

 

 

「まずそうすべきでしたね。では、そのお話をお聞かせ願えますか?」

 

「は、はい! でも、その、なんで私もそれをもっと早く言わなかったんでしょう………」

 

 

すると文さんは、自分がその事を言っておくべきだったと、目を伏せながら呟いた。

確かにそうかもしれないけど、聞かなかった僕が悪い。探しているのは僕で、その探す対象に

ついての情報を有していた相手を保護していたのに、話を聞かなかった僕が全面的に悪い。

彼女が気に病む必要はないと言おうとしたが、今は慰め合ってる時間すら惜しむべきだと思考を

前へと押し出して、「それは置いておくとして」と前置きでフォローしてから改めて話を聞く。

 

 

「話してください。貴女が知っている全てを」

 

「はい。まずは_____________」

 

 

 

__________ブン屋説明中

 

 

「_________と。これで全部話しました」

 

「………………」

 

 

時間にして十分ほどの話を終えて、文さんはやや疲れた表情を向けてから、再び口を閉ざした。

まだ何か思うところがあるように見受けられるけど、今はそこに気をまわす余裕が僕には無い。

彼女の話を全て聞き終え、僕の中に生まれたのは、疑問しかなかった。

 

 

(どういう事だ? 何故、彼が?)

 

 

その疑問とは、文さんの話の中に出てきた一人の人物。その名を、八雲 縁と言ったらしい。

そしてこれまたなんという偶然か、僕はその名前に聞き覚えがあったのだ。今から二か月ほど

前に、僕がこの幻想郷に訪れるきっかけとなり、その橋渡しをした男こそ、その当人である。

僕が疑問に思ったのはそこだ。僕を外の世界からここへと導いた彼が、何故天狗を襲ったのか。

今の話を聞いた限りでは、少なくとも彼は二回、妖怪の山へと侵入していることになる。

一回目は理由があって黙認したらしいから、彼が犯人であれば、二回目の侵入の時に行動を

起こしたとみて間違いはないだろう。でも分からない。何が目的でそんな事をしでかしたのか。

天狗や河童を襲ったのも不明だけど、一度目の侵入の際に行動をしなかったことも不明瞭だ。

 

彼の行動は、聞いた話から推測すると、酷く不可解なのだ。あきらかにおかしい。

 

(…………いや、待てよ? おかしいと言うのなら、あの時だって)

 

 

そこまで考えてから僕は、ふと気付いた。彼に対する違和感は、今回に限ったことでないことを。

いや、よく考えなくてもおかしい。そもそも彼は、どこかの島の地下施設で殺しの教育を受けて

生きていた僕を、どうやって探したのか。いや、それよりもなぜ、彼は僕を幻想郷へ導いたのか。

当時の状況をよく思い出してみろ、違和感だらけにもほどがある。あの時、彼は何と言った。

 

 

『………やっと話ができそうだな、"十六夜 咲夜"の弟よ』

 

『……そうか。今のお前は知らなくて当然だな』

 

『お前の姉の行方…………その真相、知りたくはないか?』

 

『………これで全て伝えた。私はこの事をご報告するために一度戻る』

 

 

彼と、八雲 縁を名乗る不思議な青年と出会った時のことを事細かく思い出し、戦慄する。

どう考えても不自然過ぎる。彼の発した言葉の一つを取っても、意図がまるで見えてこない。

 

まず第一に、彼はどうして僕のことを知っていたのか。僕が姉さん、十六夜 咲夜の弟だと

何故把握していたのか。あの時はまだ、姉さんの記憶だって戻っていなかったのに。

第二に、彼の言動には一貫して『既知』が垣間見えた。姉さんとの関係性を知っていたのもそう

だけど、それよりまるで僕のことを、十六夜 紅夜という人物すら知っていたかのようなあの

口ぶりは異様だ。『今のお前』という彼の言葉は、『C7110』という形式番号で呼ばれていた

当時の僕と、現在こうして紅魔館の執事長として暮らす『十六夜 紅夜』、そのどちらも知って

いなければ言えない言葉だろう。つまり彼はあの時点で、僕がどうなるかを把握していたのか。

 

考えれば考えるほど、彼についての謎と情報が増えていく。何もかも不鮮明で不明瞭だ。

 

彼は僕をこの幻想郷に招き入れて、何がしたかった? 彼自身の得になることは一つもない。

彼は僕と姉さんを引き合わせることで、どうしたかった? まさかレミリア様のように、運命を

決定づけたりなんだりとか、そういう類のことをしようとしていたのではあるまいに。

ダメだ、どう思考を転がしても謎が生じる。縁、君は僕と接触して、何がしたかったんだ。

何かをさせようとしていたのか、あるいは既にあの時点で、何かを成し遂げていたのか。

 

 

(…………どちらにせよ、全ての謎の鍵は、彼にある)

 

 

現段階では、思考錯誤して答えを出そうにも、情報が不足し過ぎて推測の域にすら達しない。

今はとにかく、文さんの件を踏まえて、彼を捜索するほか道はないとして、考えの方向性を

変更していくしかないだろう。いくら必死になっても、ピースが足りなきゃパズルは解けない。

 

「それに…………収穫ならあった」

 

 

欠けている多くのピース、そのうちの一欠片となりうるかもしれない情報は、先の文さんから

聞きだした話の中に見出すことができた。残り時間は今日を含めてたった二日、悠長にしてる

暇はないけれど、それでも進展はあったのだから、何とか前には進めているのだろう。

そう信じることにして、僕は彼女から得た新たな情報をしっかりと頭の中へ叩き込んだあと、

いつの間にか取り決められていた「いってきますのキス」と、美鈴さんのハグを受けて一路、

新たなる目的地を目指す。ここにきての幸運は、その目的地にわずかながら(えん)があった事か。

 

「さぁ、行きましょうか_____________命蓮寺とやらに」

 

 

かつて人里の古書堂に立ち寄った際、何やら困っていた人の手助けをした結果、聞き及んだ名前。

確か、『雲居 一輪』さん、でしたね。訪れることはないかと思ってたけど、これは思わぬ僥倖。

 

 

「八雲 縁を妖怪の山へ運んだ人物がいるとされる場所、か。今度は収穫、あるといいですけど」

 

 

燦々と照り付ける太陽のもと、僕は人里の南にあるとされる目的地へ、足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間であっても、そこに棚引く深い霧の影響で、その全容を見渡せる機会の少ないという湖。

その様相から『霧の湖』と名付けられているそこには、よく妖精たちが水浴びに来たり、

稀に悪戯をしに湖中心にある吸血鬼の館にちょっかいを出そうとする無謀な妖精が来たりする、

幻想郷の名所の一つである。大陽が眩しく輝く今日も今日とて、湖には濃い霧がかかっていた。

 

そんな人の気配が少ない場所に、スッと切れ目のようなものが生じたかと思った直後には、

そこからにゅっと人の手が突き出され、一筋の黒い切れ目を裂け目にするために動いていく。

空間の亀裂とでも見える裂け目を押し広げつつ、その奥の空間から、一人の青年が姿を現した。

 

このような摩訶不思議かつ奇妙奇天烈な移動ができるのは、この八雲 縁ただ一人であろう。

 

彼はその全身を裂け目から引きずり出して、湖のほとりに足の甲が丸見えのブーツもどきの底を

つけると、辺り一面を濃度の高い霧が覆っているにも関わらず、周囲を見回し始める。

そして、とある一点を顔にかけられた布越しの視線が見つめると、そこへ彼は歩み寄っていく。

縁の視線の先には、背中に羽がある以外は年端もいかぬ幼子にしか見えない者が、二人いた。

 

彼が近寄る気配が分かったのか、二人は縁の方を向き、そのうち一人は顔色を明るくする。

 

 

「あーー! お前は、あの時のやつね‼」

 

「だ、ダメだよチルノちゃん! 人に指さしたら!」

 

変わらぬ歩調で近付いてくる異様な男を見て、やや薄めの青が映える短髪の妖精は元気な声を

張り上げ、ビシッという擬音がつきそうなほどの勢いで、右手の人差し指で男を指し示した。

それに対し、若葉のような緑が萌ゆる髪をもつ妖精の方は、おどおどとした態度のままで友人と

思わしき青髪の妖精の行動を、実に弱々しく頼りなげにいさめている。

 

青い短髪の妖精はチルノ、緑のサイドポニーの妖精は大妖精という。

 

この二人はかつて、一度縁と出会っており、その時の軽はずみな言動のせいでチルノは縁を

激昂させてしまったものの、弾幕ごっこで勝負した際には、彼から勝利を奪っている。

要するに、彼女らと彼は顔見知りなわけだ。もっとも、チルノは馴れ馴れし過ぎるのだが。

 

『……………………』

 

 

しかし縁はというと、黙ったまま歩みを進めていくだけで、チルノらの反応に何らかの反応を

示さないままでいた。そして数秒と経たぬ内に、彼は二人のいる場所へと到着するのだが、

縁が歩みを止めると同時に、チルノが彼へ向かって飛びついた。

 

チルノは、氷精としての特性上、冷気を自在に操る能力を有している。けれど彼女の場合、

精神的に幼過ぎるせいか、あるいはただ単に錬度不足なのか、自身の能力が上手く制御できず

常時気温を下げる存在になっていた。人間の場合、触れただけで凍傷になるほどの存在に。

 

触れても触れられても、いずれにせよ相手が傷つく結果を生み出してしまうことを恐れた彼女

だったが、幻想郷中の実力者としての位置づけは最下層。ただの初心者用雑魚敵(イージーレベル)であった。

日頃から『最強』を自称して憚らない彼女は、弾幕ごっこをするたびに黒星を築き上げていき、

結果だけみれば自称とは対照的な『最弱』の地位を確固としたものへとさせられていた。

 

そんなある日、彼女は縁と弾幕ごっこを行い、まさかの勝利を果たしてしまう。

意識を失う直前、彼は『最強』を求める彼女に、その強さを認めて讃える言葉を投げかけた。

チルノが言った"あの時"というのは、この出来事を指すものである。

 

こうした経緯があったからか、チルノは特に警戒心など抱くことなく縁に自ら近付いていき、

前とまるで変わることのない彼の出で立ちを見上げ、間違いなく当人であると確認し喜んだ。

 

 

「久しぶりじゃない! アタイたちと一緒に遊ぶ? 仲間に入れてあげてもいいわ!」

 

「チ、チルノちゃん!」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ! 大ちゃん、コイツはアタイの友達なんだよ!」

 

 

人見知りする性格の大妖精は、まだ突然現れた縁に近寄るまいとした態度を取っているが、

チルノの方はお構いなしに縁に話しかけ、一緒に遊ぶための遊び仲間にまで勧誘する。

けれど、当人からは一向に返事が帰ってこない。どころか、言葉に対する反応すらも。

 

どうかしたのか、そう尋ねようとしたチルノだったが、それは果たされなかった。

 

 

「あ______________?」

 

縁の正面に立ったチルノの、その未発達の幼児のような身体に、彼が帯刀していたはずの

銘刀である六色が抜き身で突き立てられ、二の句を発する前に、それは深く押し込まれる。

 

 

『喜べチルノ。これでお前とも、結がった』

 

 

ただありのままを淡々と述べる縁は、チルノの体を貫いた六色を素早く引き抜き、

氷の妖精故に微量の水に濡れた刀身を布越しの視線で見つめ、流れる動作で鞘に納めた。

 

 

「チルノちゃん………? チルノ、ちゃん! チルノちゃん‼」

 

 

目の前の出来事に狼狽しているのは、この場に置いては、大妖精ただ一人のみであった。

たった今目撃した光景を、彼女の頭は理解することを放棄し、自分と同じ体格の友達が

鋭い刃物で刺し穿たれた現実を忘れて、無心になって氷の妖精の名前を呼び続ける。

 

しかし、彼女からの呼びかけに、返事は帰ってこない。

 

 

「チルノちゃ………ひっ!」

 

『…………………………』

 

 

呆然となり膝を折りかけた大妖精だったが、自分のすぐそばまで縁が歩み寄ってくるのを

見て我に返り、彼の行動とその結末に恐怖を駆られた彼女は、慌てて湖畔から飛び去った。

 

それなりの速度で逃げていく大妖精の背中を見つめる縁は、そのまま力なく湖畔の土に

身体を投げ出したチルノを一瞥してから、霧に覆われて一寸も見えぬ先を見つめて語る。

 

 

『そうだ、行け。伝えろ、この私の成した行いを』

 

 

感情を感じさせないトーンで呟いた彼は、現れた時と同じように空間に裂け目を生み出し、

それを両方の手で押し広げて中へと足を入れ、最初からいなかったように姿をくらました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧の湖の湖畔にて、縁がチルノを剣で刺した意味深な行動を行ってから、まだ五分と経たぬ頃。

その姿を消していた彼が次に現れたのは、なんと妖怪の山の中腹であった。

 

空間の裂け目から音も無く地に降り立った彼の眼前には、たくさんの神格持ちの精霊たちが集い、

自然の中で生き生きと思い思いのことをしていたのだが、その平穏は突如として破られる。

 

神格持ちの精霊とは、簡単に言うと『神未満の力を持って生まれた精霊』というところか。

人々が名付け敬う神々とは別に、この世の自然界にあるすべてに宿っているという(八百万の)神が

いるとされており、この神格持ちというのがまさにそれにあたる。俗に言えば、小さな神だ。

 

今も木々に紛れて遊んでいるのは、芽吹いたばかりの若葉の精や、山肌に自生する野花の精など、

極小の力しか持たぬ弱い神々ばかり。そんな彼らは、突如現れた不審な輩に警戒心を揺り起こす。

腰に太刀を帯刀し、なおかつその顔は一枚の布で隠されている。そのような風貌の人間がいきなり

自分たちの遊び場に現れたら、たとえ神であろうとも驚き、怖がることは必至だろう。

 

 

『…………………』

 

 

訝しむような視線を投げかける神格持ちとは対照的に、周囲をきょろきょろと見回す縁。

彼の行動の意図が分からない小さな神々は恐怖を覚えるが、そこへ一人の神格持ちが歩み出た。

 

 

「どうされたな、お若いの。見たところ、御主もわずかながらに、神通力を宿しておられる」

 

『…………………』

 

「ここにおるのは、どれも八百万の神なれど、妖怪以下の力しか持たぬ神格持ちの精ばかりよ」

『…………………』

 

「ちなみに儂は………ほれ、あそこにそびえる樹木の精じゃ。樹齢はせいぜい、二百じゃがの」

 

 

自らを樹木の精と名乗る、小柄な好々爺の姿をした神格持ちは、柔和な態度で縁に接する。

彼の中にある微量の力を感じ取って、同類と思ったのだろう。実に紳士的な振る舞いで対応する

樹木の精だったが、さきほどから微動だにしない不思議な雰囲気を持つ彼に疑問を抱いた。

 

 

「さて、御主は何用でここに来られたのか。ここは妖怪の山にして、八坂神が治める霊峰よ」

 

『八坂………八坂 神奈子か。そう言えば奴はここにいたんだったな』

 

「ほほぉ、御主はあの御方の知り合いのようじゃな」

 

 

この神格持ちの集う場所に、名も知れぬ神の末席であろう者が、どんな用向きがあるのか

という至極当たり前の疑問を抱いた樹木の精だったが、話の流れで出てきた戦神様のことを

知る素振りを見せた縁に、興味を湧かせる。続けて質問を投げかけると、返答が返ってきた。

 

 

『…………弾幕を撃ち合った仲だ』

 

「それはそれは。して、それほどの御仁が、こんな場所に何の用ですかな?」

 

『大した用事ではない。ただ』

 

「ただ?」

 

 

幼い子供のような見た目の神格持ちたちは、最年長らしき樹木の精が気さくに話しているのを

見て警戒心を解き、ひとり、またひとりと縁のそばへ近寄っていき、顔を覗き込もうとする。

その中の一人が、彼の腰に帯刀されている業物に興味を持ち、収められた刀の柄に触ろとして

手を伸ばした瞬間、無言のままに刀を引き抜いた縁によって、幼い身体は刺し貫かれた。

 

いきなり目の前で起きた惨事に呆然とする周囲をよそに、太刀を握る縁は淡々と告げる。

 

 

『ただ___________神を名乗るものたちを、消し去りに来た』

 

「なっ、何を⁉」

『お前もまた、神を名乗る資格を有していたな。矮小な己を恨んで、輪廻へと溶けろ』

 

 

優しく接してくれた樹木の精の胴体を一薙ぎで分断し、腕の勢いを殺さずに刀を振るい続け、

逃げようとする幼い神格持ちを、今度は一人残らず切り捨てて存在をこの場から抹消した。

 

精霊として生き、受肉していなかったために返り血はついていないが、斬った感覚だけは

彼の手や腕にしかと残っている。神々を切り裂いた六色を見つめ、そのまま鞘へと収める。

目に見える範囲内の存在を瞬く間に斬ってしまった彼の聴覚は、恐ろしい速度でこちらへと

接近してくる足音を捉え、それが以前にも聞き覚えのある音だと気付き、顔を向ける。

待ち構えるようにして振り向いた先には、確かに一度出会ったことのある人物がいた。

 

 

「貴様は、あの時の‼」

 

『犬走 椛か。厄介な者に見つかったな』

 

 

白い毛並みに鮮やかな紅葉の模様が施された袴似のスカート、そしてそこから覗かせる尻尾。

妖怪の山の警護を任される天狗の種族、白狼天狗の中で特に縁と浅からぬ因縁を持つその少女、

呼ばれた通りの名を持つ犬走 椛は、その表情を修羅の如き形相に歪め、縁の顔を布ごと睨む。

対する縁はただ、面倒な相手と遭遇したなと、その程度にしか事を捉えていない。

感情が見受けられない平坦な口調に、怒髪天を衝く勢いの椛は、膨れ上がる激憤を吐き捨てる。

 

 

「貴様の、貴様のせいでみんなは‼ にとりも、私の同胞たちも‼」

 

『…………ああ、その事か。確かにアレは、我々(わたし)がやった事だが、それが?』

 

「何だその言い草は⁉ 未だ目覚めないみんなを、この上まだ愚弄するか‼」

 

『事実を述べたまでだ』

 

 

爆発したような怒りを発する椛とは真逆に、縁はどこまでいっても冷静かつ冷淡だった。

その態度にとうとう我慢の限界を超えた彼女は、この日のためにと研ぎ続けた白狼の大刀の

切っ先を彼に向け、目を血走らせながら吠えるように叫んだ。

 

 

「ここで私と勝負だ‼ 殺してやる‼ 貴様だけは生かして帰さん‼」

 

『………………白狼天狗、か。お前では足りない(・・・・・・・・)

 

 

しかし縁はまるで平静を崩さないまま、たった一言だけそう呟くと、刃を向けられているにも

関わらず、それに臆するどころか脅威すら感じていないように、背を向けて歩き出し始める。

彼の言葉、態度、行動。それら全てが椛の神経を逆撫でし、ついに臨界点をぶち破った彼女は、

雄叫びを上げながら右手に握りしめた刀を上段に構え、目にも止まらぬ速さで駆けようとした。

だがその時、両者の間に予期せぬ第三者が現れた。

 

 

「あらあら、今日は御山が随分騒がしいと思ったら、血生臭い現場に着いちゃった」

 

『………お前は』

 

「ひ、(ひな)さん? どうしてこんなところに?」

 

 

怒りに燃える椛と、その場から去ろうとしていた縁の前に現れたのは、一人の美少女。

整ったその顔立ちは、翠晶(エメラルド)のように鮮やかな緑の長髪と合わさり、まさしく姫人形の如く。

目を惹く濃赤のリボンは、頭頂部にある一際大きなものと、顎の真下で伸びた髪を束ねるものと、

左腕に包帯のように巻かれているものと、三種類あり、それも緩やかなそよ風に揺られている。

ドレス状のゴスロリチックなワンピースをまとい、襟は白、それ以外はほとんど濃赤が染め上げ、

スカートの左側には、『厄』の一字を歪めたような翡翠色の紋様が赤紐でくくりつけられている。

どこか儚げな雰囲気を漂わせる少女の名は、『鍵山(かぎやま) 雛』といい、この山に暮らす厄神様である。

周囲に靄のようなものを発生させながら、雛はゆったりとした足取りで縁と椛に近付いていく。

すると、彼女の接近に縁が反応を示し、すぐ近くで唸っている椛を無視して布越しに雛を見る。

 

 

『厄神か』

 

「厄神様よ。妖怪の一種だけどね、それでも敬称はつけてほしいわ」

 

『妖怪の一種であろうとも、神格を持つのであれば、神を名乗る資格がある』

 

「それは、まぁ。厄神様だし、一応」

 

『ならばお前なら足りるだろう。故に鍵山 雛、お前は結がるに値する』

 

場の状況を知らないがためか、フレンドリーに会話する二人に痺れを切らしかけた椛だったが、

続けて雛の口から呟かれた言葉を聞き、踏み出そうとしていた一歩を迅速に引っ込めた。

 

 

「それよりも、ひとつ聞きたいのだけれど」

 

『なんだ?』

 

「今さっき、随分と大きな声で話していたから、色々と聞こえちゃったんだけど」

 

『…………………』

「にとりがどうとか、言ってなかった?」

 

『河城 にとりか。それがどうした』

 

「…………あの子、もう何日も意識が戻らないの。あなた、何か知ってるの?」

 

『知っている。と言うより、私こそが元凶だ』

 

「…………そう」

 

 

先ほどの、どこか令嬢然とした態度は瞬時に鳴りを潜め、代わりに肌で感じ取れるほどの

強烈な気配が周囲一帯に充満していく。これには縁も、身構えざるを得なくなった。

六色を抜刀した縁を見据えながら、雛はどこか不気味に感じる微笑みを変えに向ける。

 

 

「それじゃあ、あの子に何をしたのか、話してもらおうかしら」

 

『やれるものならやってみろ。お前は、私の抹殺対象に加わった』

「人間、にしては変な感じだけど、私を相手に"いい度胸"だとは褒めてあげる」

 

『負の概念を司ったところで、私には勝てないぞ、鍵山 雛』

 

両者ともに距離を取り、目の前にいる相手を敵と認識した。

 

 

 

『忌み嫌われた流し雛』 鍵山 雛

VS

『今は亡き(えん)(ゆかり)』 八雲 縁

 

 

 












いかがだったでしょうか?

はてさて、やっと縁が主人公になったかと思いきや、やってることは悪役のそれって。
いやまぁ、させてるのは私なんですが。これでいいのかとふと疑問に思いまして。


前書きでも言いましたが、これからまだ数話分は、前半で紅夜君の物語を、
後半で縁のストーリーをと、分割して全体を進めていく方針です。
わざわざそんなことをする意味があるからしてるんですが、正味面ど(以下略


それでは次回、東方紅緑譚


第七十四話「緑の道、信仰への侵攻」


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