東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、『廃課金ユーザー連合』もとい『聖杯の汚泥』たちに
強制的に【FATE/GRAND/ORDER】をやらされている萃夢想天です。
「FATEってどんなアニメなん?」って聞いたのがまずかったなぁ……。

でも可愛い偉人さんたちが多くて困ってます(マシュ可愛いよマシュ)
新しいアニメにハマると、すぐそれにしか目がいかなくなる悪癖のせいで
FATEのSSを探して時間を浪費する日々が続いて………PS4買ったのに(涙


さて、そんな個人的情報の漏えいはどうでもよくて!


今回からいよいよ、最終章に突入いたします!
ようやく、ようやく日の目を浴びさせてあげられるよ、縁君………。
作者自身、ずっと不憫な役目を押し付けていましたが、やっと解放されます!


さぁ、心機一転心を込めて‼
それでは、どうぞ!





~幻想『緑環紫録』~
第七十弐話「緑の道、結がる深淵」


 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば今更なんだけど」

 

『あァ?』

 

 

幻想郷の大空が熱した蜂蜜のような黄昏色に染まる頃、お嬢様の御世話をせねばならない

時間が近づいてきたことを実感しつつ、今日の手掛かり探索も徒労だったと空を仰いだ。

僕、いや、僕らは今、紅魔館の外に居る。正確には、つい先ほど人里から出て来たばかり。

フランお嬢様の、身の回りの御世話を仰せつかる執事にあるまじき単独行動ではあるけど、

今回ばかりは主人方にも目をつぶっていただいている。僕が、ある手掛かりを探すことを。

その手掛かりとは、妖怪の山で投獄されていた彼女、文さんの無実を証明できる何かだ。

彼女はいわゆる、仲間を裏切った反逆罪に問われているらしく、現に彼女が山への侵入者の

発見の報告を故意に遅らせた結果、彼女の友人である河童という妖怪が犠牲になったそうだ。

いや、犠牲というのは正しい表現ではない。他の天狗たち同様に、自身の『影』を抜かれて

意識が戻らなくなっているのだという。非科学的現象だけど、幻想郷では今更過ぎることだ。

さて、文さんを脱獄させる際に、天狗たちの頂点に君臨していると思われる天魔という人物に

『真の侵入者は必ず僕が暴く』的な事を言った以上、僕は文さんのために奮闘せざるを得ない。

彼女が今までのように、自由に幻想郷の空を駆け巡れる日を迎えるために、頑張らなくては。

 

そう決意した日から、今日でちょうど十日が経過した。期限二週間のうち、今日までが二日。

今日はもうお嬢様の御世話の時間になるから切り捨てると、残り二日で犯人の捜索と確保を

実行しなくてはならない。言葉にはしてみたけど、それがどれほどの苦行なのかは語るまい。

十日かけてあちこちを探し回ってみたのに、これっぽっちも手掛かりが掴めないような相手を

残った二日で、それこそドラマティックに天魔さんの前に突き出せるとは、到底思えない。

 

しかし、それはそれとして、純粋に気になったことを僕の内側に居る彼に尋ねてみた。

 

 

「君って、どう呼んだらいいのかな?」

 

『呼ぶって…………どういうこった?』

 

「だからさ、名前だよ名前。いつまでも"魔人"じゃ、味気ないだろ?」

 

『…………別に悪くねェだろ、魔人でも』

 

「いや悪くはないけどさ」

 

 

そう、魔人の呼び名について。

 

彼自身は名前が無いらしく、出会った(入り込まれた)時から魔人を名乗ってはいたものの、

今や僕が僕として受け入れた人物なのだ。区別化をするために、個としての呼称が無いと

色々と面倒だろうし、ここらでしっかりと話し合いをしておいた方が良いと思ったわけで。

 

けど彼はあんまり乗り気じゃないらしい。まぁ、名前って特別な感じがするからね。

僕もかつては形式番号の与えられた殺人道具でしかなかった。それを、この紅魔館の主が、

みんなが、変えてくれた。僕を"人間"にしてくれた。その時に与えられた名は、特別だ。

この感動は、きっと僕にしか分からないと思っていたけれど、名前が無い今の彼ならば

分かってくれるかもしれない。この感動を、この感激を、この興奮を、この歓喜を。

 

『俺は"魔人"なンだ、そこンとこは変わらねェ』

 

「それはそうだよ。僕が言いたいのは、そういう事じゃなくて」

 

『固有名詞ってヤツだろ?』

 

「分かってるじゃないか」

『興味が無ェ。以上』

 

「無関心だねぇ、君」

 

『名前の話を蒸し返しただけで興奮する、テメェみてェな変態じゃねェよ俺様は』

 

「酷い言い草だな」

 

『間違ったこと言ってるか?』

 

「だいたい合ってる」

 

口論と言うほどのものでもない口喧嘩だが、完全に論破されてしまった。不覚だよ。

仮にも外の世界では、対吸血鬼用暗殺兵として飼育されてきたのに、平和ボケかな。

しかしてそこで、僕の脳裏に一条の白い稲光が迸る。

 

 

『中に居るから大体分かる』

 

「おや、流石は魔人」

 

『当たり前だ。ンで?』

 

「君の名前さ、外の世界で有名な悪魔やら魔王やらの名前を取れば良くないかな?」

 

『ほォ、外の世界にもまだ悪魔とか残ってンのか』

 

「形骸化だけど」

 

『詳しいのか?』

 

「まぁ、一応ね。色んな要人の暗殺もしてきたから、その足掛かりとして色々な宗教の

イロハを叩き込まれてはいるから。キリスト教、仏教、イスラム教、密教、諸々ね」

 

『シューキョー? なンだそりゃ』

 

「………人の心の拠り所となる教え、かな?」

 

『俺様には無縁だな』

 

 

途中で少しばかり話が脱線したけど、先程よりかは興味を示している様子の魔人に、

ここがチャンスだと思った僕はすぐさま、脳内にあるかつての記憶と知識を口にする。

 

 

「えっと……アザゼル、アスモデウス、ルシファー、レヴィアタン、アヴァドン。

それから、ベヒーモス、べリアル、ベルゼブブ、マステマ、サマエル、そしてサタン」

 

『知らねェな』

 

「…………外の世界で、知らぬ者の方が珍しいくらいの著名ばかりなんだけど」

 

『知らねェよ。それに、二番煎じになンざ興味が無ェ』

 

「そう、か」

 

 

全然チャンスにならなかった。というかむしろ、拒絶の色が強まっちゃったな。

二番煎じ、か。確かに全く同じ名前をつけても、そっちのイメージに引っ張られそうだし、

何よりどれもこれも、彼のイメージに当てはまらない。彼は魔王(サタン)ってガラじゃないよね。

 

 

「あら、紅夜。今日も外でいろいろ頑張ってたみたいじゃない。成果はあったのかしら?」

 

「これはレミリア様。いえ、成果と呼べるほどのものは」

 

「そう、残念ね。ところで今、何をしゃべっていたの?」

 

 

そんなことを考えながら紅魔館の廊下を歩いていたら、なんと館の主たるレミリア様と

偶然にもバッタリ出会ってしまった。いや、しまったと言っても、悪いってことじゃない。

感謝と忠誠を捧げた御方の一人である以上、不敬など抱くことなどできようか。否である。

けど、問題はそこじゃない。真に問題なのは、レミリア様が興味を示されたってことだ。

 

こんなことを言う事が不敬なのかもしれないが、レミリア様は正直言って子供っぽい。

しかも、吸血鬼である以上に『悪魔』というワードへ、やたらと強いこだわりがあるようで、

スペルカードにもそのようなワードがふんだんに盛り込まれている。まあ要するに。

 

(今まさに、貴女の好きな悪魔やら魔王やらの名を出してた、なんて言えるか!)

 

 

それを口にしたが最後、フランお嬢様が御目覚めになって僕を探しにやってこられるか、

お嬢様方のお食事の時間になるか、あるいはそれ以外の何かが起こるまで解放はされまい。

このままではどの道ジリ貧になると悟った僕は、ギリギリの抜け道を行くことにした。

 

 

「じ、実は(かね)てより、僕の内に居る魔人に名をつけるべきと考えておりまして」

 

「ほう? 名前をつけられたお前が、つける側になる日がこようとはね」

 

「ええ、まぁ」

 

「名前………名前か。よし、お前の名も私がつけてやったんだし、魔人も私が名付けよう!」

 

うん、抜け道だと思っていた。正直、ギリギリで行けるんではないかと思っていた。

でも無理だったよ。やはりと言うべきか、流石はレミリア様だ。あらゆる面で格が違う。

彼女が興味を持ってしまった時点で、こちら側に生きて抜けられる道筋など無かったのだ。

 

諦めて、長時間付き合わされることになるだろう『運命』の決定を実感しつつ、

うんうんと頭を悩ませていらっしゃるレミリア様の、御言葉が出るまで待つことにする。

 

そうして三分ほど煮つめられた後、レミリア様があぐねられた答えが、発表された。

 

 

「この私の住む、紅魔の名に恥じぬほどの箔が欲しいわ………」

 

「……………………」

 

『……………………』

 

「そうねぇ…………よし、決めたわ!」

 

「おお!」

 

『……………………』

 

「コレは完璧よ! 【シュドルツェイラ・ルドフォン・レドニア】なんてどう?」

 

『長ェし意味分からねェ。却下だボケ』

 

「…………長いうえに意味が不明だ、却下する。と、申しております」

 

 

えー、イイじゃないコレー、と引き下がらないレミリア様。いや、流石にないかな。

それにしても、この魔人は。仮にも器が仕えている御相手に対して、何と不敬な言葉なのか。

とは言うものの、今のレミリア様のネーミングは僕を以てしても異を唱えるレベルだし、

アレをあのまま採用されたら、僕も魔人も泣くことになるだろう。それくらいに、酷い。

 

けど一応主君の姉君なので、忠義は立てておかなければ。

秒でレミリア様の栄えある名付けを封殺した魔人に、形だけでも主人を敬えと忠告した後、

僕はアレよりも酷くなることはないだろうと思いながら、再び自分で考えることにした。

 

そして、今度は割と真面目に、ナイスな線をいけたと思う。

僕と彼は、いわば二重の人格と言っても差し支えない。有名な例は【ジキルとハイド】だ。

二つの異なる人格、表と対をなす裏。それらを別の言語へと置き換えて、組み替えてみる。

 

(二重…………ダブル、いや、デュアル。裏は…………バックじゃなく、リアか)

 

 

二重と裏。彼を表す言葉を置き換え、組み替え、人物名らしくしてみようと自分の脳内で

すぐさまパズルを開始した。そこに、テイストとして、悪魔らしさも忘れずに、と。

 

そうして一働きし終えた僕の脳内には、一つの言葉が、名前が浮かび上がっていた。

未だに「うーうー」とうなりながら、次なる大作を練ろうとしていらっしゃるレミリア様に、

申し訳ないかなとは考えつつも、僕は組み替えて自ら生み出した名前を、彼に伝える。

 

 

「デュアルとリアを足して、【デュリアル】というのは、どうだろうか?」

 

『デュリアル? それは…………なるほどな。二重と裏の別口重ね掛けってトコかァ?』

 

「言い方が皮肉ったらしいのが癪だが、悪くはないと思うよ?」

 

『………まぁ、悪くはねェな。それに、あの訳分からんヤツより、相当マシだぜ』

 

「………不敬だよ」

 

『テメェだって一瞬躊躇してンじゃねェか』

 

「うるさい。それで、どうなのかな? 率直な感想が欲しいところだけど」

『……………だから、悪かねェっての』

 

既に高名な悪魔や魔王やらの名前では二番煎じになると嫌がり、御当主様の栄えある命名を

数秒の熟慮もなくバッサリ切り捨てた彼が、素直じゃないにしても好感触を示してくれた。

改めて考えてみると、デュリアル、か。中々のネーミングだと思うな、我ながら。

『俺様もとうとう名前持ち(ネームド)か。へへ、デュリアルなァ。悪くねェ』

 

「気に入ってくれて何よりだ」

 

「うーん………あ、紅夜! 今度のはもう完全無欠よ! その名も」

 

「『もういい(です)』」

 

 

僕が想いを寄せる彼女に与えられた期限が迫る中、帰ってきたこの日常の中で笑い合う。

急がなきゃいけないけれど、血眼にならなきゃいけないけど、ふとした瞬間が楽しい。

 

その後、まだ命名にこだわろうとするレミリア様を咲夜姉さんに預け、僕は地下牢にて

僕を待っていてくれているであろう主人のもとへと、急ぎ足で向かう。

 

 

「これからもよろしく、デュリアル」

 

『あァ。テメェがくたばるまでな、紅夜』

 

 

新しく、そして再び、受け入れることとなった僕のそばに居る人(かぞく)に微笑んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、幻想郷のどこにも位置することのない、境界の狭間(スキマ) にある日本家屋。

 

全体的にややおぼろげな印象を抱かせるその家屋には、ちゃんと腰を下ろし住まう者が居る。

だがそれは人間とは限らない。否、人間程度の者が、この断絶された空間に来られるはずがない。

故に導き出される答えは、一つしかない。この屋敷に住まうものは、人ならざるものであると。

 

ここよりもさらに霧の深い湖にある館に住まう十六夜 紅夜が、幻想郷を東奔西走して手掛かりを

探り回っているちょうどその頃、この日本家屋【八雲邸】の一室に、一人の男が音も無く現れた。

 

浅緑色の布地で端正に繕われた、シミもシワも何一つなく整えられた立派な着物姿に、

着こなす着物よりもさらに鮮やかな色合いをした、薄い緑色で逆立ち、短くそろえられた頭髪。

肌の色は黄色人種のそれではあるが、それでも並大抵の者たちより幾分か白みがかっており、

足の甲が丸見えになっている形状のブーツもどきは、靴底を拭かれて畳の上に置かれている。

そしてひと際異彩を放つのは、彼の顔を丸ごと覆い隠している、"縁"の一文字が書かれた布。

 

 

彼の名は、八雲 縁。この屋敷の主である、八雲 紫が所有する人型の道具だ。

 

 

神出鬼没な主人をもつせいか、彼自身をまとう雰囲気もまた、独特に怪しいものである。

そんな彼は今、質のいい畳に腰を下ろし、普段腰に帯刀している一振りの太刀を凝視していた。

しばらくの間、畳の上に置かれたその太刀を見つめた後、着物の懐からもう一振り小刀を出し、

太刀の上の方に丁寧に置いてから、先ほどと同じように無言で凝視し続ける。

 

彼は今、悩んでいた。己が持つ二振りの刀を見て、悩みを抱えていた。

 

目の前に置かれたその二つの刀は、どちらも柄から鞘の先端に至るまで、酷く傷んでしまって

いるようで、よく見なくとも無数の傷や亀裂がうかがえるほどに、扱いがなっていない。

 

「……………………」

 

 

無言のままに、彼はボロボロになってしまっている太刀を取り、柄を掴んで刀身を引き抜く。

壊れかけの鞘から抜かれた刀は、使われている玉鋼こそ見事なものだが、やはり扱いが酷く、

刃は刃こぼれで無数の欠けが目立ち、およそ斬り物としての寿命はもう残されてはいない。

 

柄の部分に六色の組紐が結わえられているその太刀は、『銘刀(めいとう) 六色(ろくしき)』という。

 

彼が主人の紫に連れられて幻想郷に来た際に、彼女の手から直接渡された逸品である。

スキマ妖怪として名高い主人が、剣を振るっている場面など彼は一度たりとも見たことが

無いために、何故彼女がこれほどの一振りを持っていたのかは不明だ。しかしこの刀を

拝品したその当時から、既にこのような状態ではあった。理由は何も分かってはいない。

ただ、この太刀を手渡した時、今でも稀に見せるほどの笑顔を浮かべていたことを、縁は

今でも覚えている。彼女にとってこの刀は、大切という言葉では語れぬ品であると理解した。

ちなみにこの六色の柄にある組紐の色は、紅、橙、山吹、瑠璃、藍、黒で、緑と紫が無い。

 

点検するか否かはさておき、と考えた彼は、大事そうに六色を畳に置き直してから、

その手を引くことなくそのまま伸ばし、六色の上に置いておいた小さな懐刀を手に取った。

 

鞘を握るだけでミシリと音を立てるほどのオンボロを、細心の注意を払って抜き払う。

こちらの刀も酷く傷んでいるかと思いきや、こちらは六色とは違い、一切の曇りがない。

まるで、一度も使われたことがない、一度も抜かれたことのない刀であるとでも言いたげな

その懐刀は、室内に灯された行燈(あんどん)から漏れる光によって、露の如き白と闇の如き黒に輝く。

 

柄の部分に漢字が一画ずつ掘られているその小刀は、『銘刀 七雲(ななくも)』という。

射干玉(ぬばたま)のような白く純然たる輝きを宿す刃は、もはや芸術の域に達していると言っても過言では

ないと思わせるほど美しく、故に武器として振るわれたことが無いのだろうと推察できる。

短いながらも鋭いその刃は、一度たりとも肉を裂き、骨を削り、血を浴びたことが無い。

ならばそれは武器ではなく、芸術品として扱われても不思議ではないのだ。

 

だが、彼は知っている。

 

この七雲という小刀の持つ、本当の意味を。その使い道を。

 

「…………………」

 

 

抜き身の刃を鞘に納め、再び丁寧な動作で畳に置いてから、縁はふむと熟考する。

彼自身は剣や刀などの扱いに優れているということはなく、当然ながら、ずぶのド素人である。

そんな彼とて、流石にここまで酷い刃こぼれや鞘割れを見れば、手入れが必要であると判断し、

どうにかしなければならないと思うのは必定。だが問題は、彼にその技術が無いことだ。

 

さて困った、どうするべきか。

言葉にせずとも、腕を組んであぐらをかき、首をひねりながら刀を凝視するそのたたずまいを

見れば、誰もが刀について悩んでいるのだろうと一目瞭然。けれど彼は現在、一人なのだ。

部屋の中には誰もいない。邸内には主人の紫も、その式神である藍もいるにはいるのだが、

両者ともに自らの成すべきことをしている最中であるため、その邪魔はできない。

ある意味で孤立無援状態の彼は、結局どうすることもできずにうなることしかできなかった。

 

 

「_____________ん?」

 

しかし、その時間は唐突に終わりを迎える。

 

「…………声?」

 

 

彼の優れた聴覚が何かを察知し、畳に置かれた刀を見つめていた顔を上げ、周囲を見回すが、

当然のことながら誰もいない。この部屋は彼の自室であり、自分以外の人物はいないのだ。

だが、幽かにだが、聞こえてくるのも確かなのだ。ぼんやりと、しかしちゃんとした声が。

 

主人、八雲 紫の声ではない。そして藍の声でもない。

 

しかし、彼女ら以外にこの八雲邸に来られる者など、そうやすやすとはいないはずである。

逆に、こんな場所へ来られる力量のある者であれば、主人の道具たる彼が知らないはずが無い。

 

聞こえる、確かに、声が。

 

見渡す、いない、誰も。

 

「……………何者だ」

 

 

自分の身に起きている事態が、異常であることを聡く感じた縁はすぐさま、畳に置いていた

六色と七雲を帯刀して、部屋の四隅の一角に背を向けて陣取り、室内を改めて見回した。

背中を壁に向けている今、背後から強襲される可能性は低くなった。ゼロではないが、低い。

次に彼が布で隠された視線を向けたのは、自身の足元にある畳と、頭上にある木製の天井。

二足歩行する生物の視野は広いが、その生体構造上、どうしても三か所の死角が生まれる。

それこそ、彼がすぐさま隠した背後と、視界が及ばない頭上と足元である。

 

全ての死角を潰した彼は、それでも幽かながらに届く声の出る場所を、警戒しつつ探す。

ところが、何度見回しても声の主の姿が見えぬどころか、声の大きさが変わっていないのだ。

声とは音である以上、その発信源から離れれば、音は小さくなり聞き取りにくくなるはずで

あるのだが、何故かそのあるべき変化が感じられない。そこまで考え、彼は結論に至った。

 

 

「_________私の、中からか?」

 

 

声の発信源が移動しても遠くならないということは、よほど音が大きいか、発信源が自分の

すぐ近くにあるかの二つしかない。声は幽かに聞こえてくるため、大きな音などではない。

となれば、答えはただ一つ。適切な解を導き出した彼は、自分自身に能力を発動させた。

 

彼の持つ能力は、『全てを(つな)げる程度の能力』である。

 

物質も、精神も、概念すらも結げることが出来る能力は、神羅万象何もかもに通じる。

無論それは自分自身も例外などではない。彼は即座に、敵を知ろうと迅速に対応した。

 

しかし、それが仇となった。

 

 

『_____________________』

 

能力によって、自分の中に潜む"何か"と結がった瞬間、彼の全てを(やみ)が覆い尽くした。

 

 

「なっ_____________」

 

 

布に遮られた視界を完全に遮断する漆黒が、彼の身体を、その意識ごと飲み込んでいき、

感触のない水の中に放り込まれた感覚に身を襲われた後、彼の機能(かつどう)は停止した。

『……………………行くか』

 

 

完全なる黒が部屋を覆い隠し、それが無くなった時、縁はゆらりと立ち上がっていた。

否、それは縁であって縁ではない。彼の身体の中に居た"何か"が、その身体を奪ったのだ。

それまで実体の無かったソレは、自らの意思の通りに動く肉体を眺め、しばし虚空を見つめ、

縁の肉体が完全に自らが思い描くように動かせることに満足して、彼の能力を発動させる。

万物森羅万象を結げる事の出来る彼の能力で、ソレはこの部屋と別の空間に結ぎ目を生成し、

手で裂くようにしてできたその裂け目をくぐって、ここではないどこかへと音も無く旅立つ。

 

縁の身体を乗っ取ったソレが消えた直後、縁の部屋へと二人の美女が鬼気迫る表情で踏み入り、

そこに本来いるはずの人物がいないことを確認して、一人は困惑し、一人は顔を歪める。

 

 

「紫様、今の膨大な妖気はいったい………?」

 

「分からない。こんな事はありえないはずなのだけれど」

 

「この場所にあれほどの妖気を持つ者がいれば、すぐに察知できるはずです」

 

「探知を妨害するほどの力量があれば、まず私の目に留まらないはずが無い」

 

紫紺のドレスに身を包む妖艶な美女、紫。そしてその式神であり九尾の妖狐たる、藍。

両者ともに、この幻想郷の中では指折りの実力者であるため、自分たち以外の気配を探る

ことなど容易極まりないはずなのだが、今回はそれが不可能だった。それが彼女らは解せない。

「縁…………何があったの?」

 

 

この場から忽然と消えた彼の名を呼ぶことしか、残された彼女らにできることはなかった。

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?
今回は、これまでに比べて少々短めにしたつもりです。

さて、縁君のターンが始まると言いつつ、紅夜が出てきましたね。
ええ、ハイ。私は一言も、紅夜は出てこないとは言っておりませんのでw
まぁ彼にはまだしてもらいたいことがあるので、もう少しは紅夜の視点での
物語を入れていくつもりです。あ、ちゃんと今章の主役は縁ですので。


それでは次回、東方紅緑譚


第七十参話「緑の道、神々とアソビ」


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!


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