東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、恒例の悪癖で「幼女戦記」にハマりつつある萃夢想天です。
ターニャ様の狂い笑いが大変よろしい。いいぞ、もっと殺れ(戦争なんだ)

さて、いつものアホみたいな挨拶はこのぐらいにして。

今回のお話で、ようやく紅夜の章が終わりを迎えます!
いや、マジで長かった………この章の開始が去年の一月だったんで、まるっきり
一年経過してるわけですね。私の一年は例大祭とSSで完結してしまいそうだ。


皆様、最終章目前の回、紅夜と魔人の決着をお楽しみください。

それでは、どうぞ!





第七十壱話「紅き夜、君の名前は」

 

 

 

 

 

 

 

『ハァ………ハァ……クソ馬鹿が。たかが人間のテメェが、俺様に勝てるかよ』

 

 

既に時間は夜も中頃、その闇の下に蠢く黒い風の巨体の中で、俺は静かに毒づいた。

そうだ、コイツが勝てるわけが無かったんだ。最初から、こんなの分かり切ってたさ。

身体能力だけならいざ知らず、魔力を有している俺様相手に魔法の一つも使えないような

ズブのクソ人間が歯向かったところで、勝てる可能性なンざ万に一つもありゃしねェんだ。

そんなことは、決闘を挑もうとする前から分かってた。俺も、そんで、テメェもよ。

 

だから、テメェが無様に負けてブッ倒れていようが、俺様は同情の欠片も恵ンでやらねェ。

 

 

(あァそうさ、そのはずだ…………なのに、何なンだこの感じは!)

 

 

殺し合うことなら慣れてるし長けてる。俺のいた魔界って場所は、殺し殺されが日常茶飯事。

弱い奴から死んでいったし、強い奴だけが生き残れた。力が、あの世界じゃ絶対の法則だった。

 

そーゆー世界で生き延びてきたから、今みたく本気で"遊んだ"ことなンか一度もねェし、

全力を出し切ってでも上に立ちてェなんて思える相手は、あっちには一人もいなかった。

 

それが理由なのかも知れねェ。だから俺は今___________満足しちまってンのか。

 

 

(初めてだ、何もかも全部が。本気で殺すンじゃなく、本気で倒すって考えたのも)

 

 

まさかこの俺が、満足なんてものを感じる日が来ようとは、思ってもみなかったぜ。

でも、悪くはねェ。少なくとも今だけは、染み入るようなこの感覚に浸っていてェな。

 

そう考えてから、倒れたヤツの面でも拝んでやろうかと思って、向き直った時だった。

 

 

『…………ァあ? 何の真似だ?』

 

「よくも、よくも紅夜を‼ 殺す、殺してやる‼」

 

「これ以上、あなたの好きにはさせません!」

 

『テメェら………何してやがる?』

 

 

仰向けになったまま唸ってるあのガキを、俺から庇うようにして女どもが吠えてやがる。

銀髪の方がクソガキの姉だっていうイカれたヤツで、もう一人は格闘がやたら強ェヤツだったか。

弟と同じようにナイフを構え、片や拳を二つ作って睨みつけてくる女どもを見て、何故だか俺は

よく分からねェままに足が止まっちまった。そいつらの目を見て、俺の中に違和感が生まれる。

 

『オイ、テメェらは何を』

 

「美鈴! 私がコイツを殺す‼ 紅夜を何があっても守りなさい‼」

 

「承知!」

 

 

違和感に身体の動きが鈍る中、銀髪の女と茶髪の女がそれぞれの行動を開始し始めた。

手に持ったナイフを一斉にバラ撒こうとする女を見て、まずはその行動を止めさせようと考えた

俺は、持ち前の能力でそれを捻り潰してやろうとした。だがその直前、女の声が耳に届いた。

 

 

「お前がいるからこの子は、紅夜は、こんなにも苦しんで………‼

お前なんかがいるから、お前なんかがいるから、お前なんかがいるから‼」

 

『チッ! やかましいなァ、テメェも弟もよォ!』

 

「ッ‼ 死ね! 消えろ! 私とこの子の前から、消え失せろ‼」

 

『……………』

 

 

口を開けばその分だけ戯言が飛び出してきやがるが、それが妙にハッキリと聞こえた気がして、

俺は能力で空気に圧力をかけるのを途中で止めて、向かってくる銀髪の女の顔を正面から睨む。

すると女も俺の視線に気付いたのか、酷く歪んだその面をさらに歪めて、突っ込んできた。

 

女の吐き捨てた言葉を聞いて、その顔を見た直後、俺が感じていた違和感の正体に気付く。

 

 

(そうか…………ハハッ、コイツぁ傑作だゼ)

 

 

行き着いた答えの意味を理解した俺は、すぐ近くにまで女が殺しに来てるっつーのも無視して、

軽い笑みを浮かべる。ただ、どうしてもその笑みには、俺本来の力強さも何も無くなってたが。

 

そうだ、傑作だ。腹ァ抱えて笑い転げちまいそうだ、こんな、こんな馬鹿げた事あるかよ。

 

(あの女の面ァ見て__________なんでそんな顔すンだよ、なんて思っちまうとはな)

 

 

俺はあそこでブッ倒れてるクソガキの中に突っ込まれたからずっと、ヤツを通してこの世界を

見てきたし、味わってきた。視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も、味覚も、その何もかも全部だ。

身体を奪い取って好き放題暴れてやった時だって、肉体の感覚はヤツの身体から伝わってきてた。

地底から抜け出して、カラステングだかっつー黒髪の女を助け出して、今日までの四日間。

ヤツの中からそこの赤い館の住人達を見てただけなのに、まるで関わってた気になってやがった。

そこにいたのはあのクソガキなのに、俺がそこにいたように、感じちまってたらしい。

 

いろんな女がヤツに笑顔を見せ、ヤツに声をかけ、ヤツと言葉を交わし、ヤツと唇を重ねる。

それは全部、肉体の本来の所有者だったヤツに対してのものだったはずなのによォ、中から一緒に

見ていたせいか、俺自身もその場で同じ体験をしていたように錯覚しちまってたンだろォなァ。

 

 

(なんて情けねェ。攻撃をためらっちまうなンてよ、俺様も弱くなったもんだゼ)

 

 

どいつもこいつもあのガキに色々していったが、そのガキの視点で俺はそれを見てただけだ。

なのに俺はそれを、同じことをしてるように思い込んでたらしい。自分でも気付かねェ内にな。

こーゆーの、『情が移る』とでも言うンだったか。少し違う気もするが、まぁどうでもいい。

 

銀髪の女も、茶髪の女も、笑ってた。

 

その笑顔を俺は見ていた。だが、その笑顔を見ていたのは、俺じゃなくてそこのガキだ。

女どもに笑顔を向けられた。だが、その笑顔を向けられてたのは、俺じゃなくそこのガキだ。

 

同じ場所に居て、同じ時間を過ごしたのに、俺じゃない誰かにその全てを奪われた気がした。

俺はアイツらの笑顔を見たし、声を聞いていた。なのに、それが向けられてたのは俺じゃねェ。

 

(他人を乗っ取るってのは、こーなるっつー事なのか?)

 

 

アイツらが向けた笑みも声も、そこに含まれていた感情も、俺は全部見て、聞いて、感じてた。

でも実際、それは俺に向けられてたんじゃなく、俺を入れていたガキに対してのものだったンだ。

 

 

『こンな簡単な事をよォ…………今まで気付けなかったなンざ、馬鹿みてェだぜ』

 

 

たまらなくなってそう吐き捨てたつもりだったが、今の俺の言葉にはまるで覇気が感じられず、

それどころか弱々しさすら漂っているように感じられた。本気で、浮かれちまってたンだなァ。

力だけが通用する世界で生きてきた俺様が、何を血迷ったんだか。情けねェ笑い話だぜ。

 

そんな風に俺は、いつの間にか俺の中にあった弱さに、嘆いちまってた。

 

だから、一瞬反応が遅れた。

 

 

「___________咲夜、その必要は無いわ」

 

 

その一言が終わるよりも少しだけ早く、俺の体の内側から魔法陣が構築され、飛び出てきた。

 

 

『あァ⁉ ンだこりゃァ‼』

 

 

人口でも天然でもねェ魔法特有の光に気付いた時には遅く、俺の身体は構築された魔法陣の

もたらす魔法の効果によって、徐々にひび割れて崩れ去り始めていた。何がどうなってる!

 

そこで俺は、自分の体がアイツの肉体じゃねェ事を思い出した。

そして同時に、今の体が、どこの誰によって作られたものだったかも。

 

 

『クソ、あの魔女の仕業か‼』

 

「御明答」

 

 

魔法陣を介して発動されている魔法によって身体が崩れていく中、紫髪の魔女のいる方を

睨みつけてやると、その先に居た魔女が悪びれもせずに淡々と、この状況を語り始める。

 

 

「どうかしら、私自作の自壊魔法の味は」

 

『自壊魔法だァ⁉』

 

「ええ。その身体、元が何だったかもう忘れたの?」

 

『__________テメェのクソッタレ魔法触媒人形(ゴーレム)だろォが‼』

 

「大正解。その魔法は、私が器である人形を制作する際に仕込んでおいたものよ」

 

 

白と黄色の光が明滅するたび、俺の体が中心から少しずつ崩れていき、割れて消えていく。

まるで濡れた泥が乾ききって塵になるような、そんな脆い土くれみたいな身体になった

自分の下半身を、既に腹のあたりまで崩壊が進んでいる上半身の俺が見つめている。

 

時間とともにその速度が速まっていく中で、この罠を仕掛けやがった魔女はただ語る。

 

 

「悪いけど、どちらに転んだとしても紅夜の勝ちは決まってた。あなたの敗けもね。

私は大図書館の魔女なのよ。欲しいと思ったものは、どんな手を使っても手に入れるの。

それに、一度魔女と契約を結んだんだから、簡単にみすみす死なせたりすると思う?」

 

『テ、メェ………! 最初、か、ら‼』

 

「私は紅夜に、もう二度と消えてほしくない。もう二度と、死んでほしくない。

消させないためなら、死なせないためなら、私にできる事であれば何でもするわ。

彼を生かすために生贄が必要だと言うのなら、喜んであなたを死に誘ってあげる」

 

『こ……の………ク、ソ……がァァ‼』

 

「何とでも言いなさい。私は二度と失敗しないわ、今度こそ成功させるのよ。

奇跡的に蘇った紅夜を救うためだったら、魔力が底を尽きるまで魔法を使ってやる」

 

 

淡々と、何でもないようにそう語った紫髪の魔女は、手に持ってた魔導書へさらに魔力を

ぶち込んで、俺の器を軸にして発動している魔法の効果を、さらに促進させやがった。

白と黄色の光がさらに強まって、どんどん侵食が進んでいく。俺という部分がかろうじて

残ってンのは、もう膝から下だけの下半身と胸板より上だけの上半身だけになってる。

それでも止まらねェ魔法陣を忌々しげに睨んだ後で、残ってた右腕を魔女の方へ向ける。

 

能力で空気圧を操作して、あのクソ魔女の周りだけでも真空状態にしてやろうとしたが、

それより先に魔女が次の魔法を打ち込んでくる方が早く、俺の右手が指先から崩れだした。

 

 

『ガアアァァァアア‼ クソ、テメェ………よくも、こんな!』

 

「パチュリー様……」

 

「咲夜、勘違いしてほしくないけれど、これはあなたの為なんかじゃないわよ。

私はいつだって自分主体で行動する。今回の行動も、自分に得があるからしてるだけ」

 

「………素直じゃない人ですねぇ」

 

「あなたほどじゃないわよ、美鈴」

 

「あいや、私は素直ですってば」

 

『クソッタレがァァ‼ テメェら、全員、殺し、てや…………』

 

 

腹の辺りから始まっていた崩壊と、新たに右手の指先から始められた崩壊の速度が増して、

とうとう俺の首元にまで魔法陣が昇ってきやがった。そのせいか、上手く言葉を話せねェ。

不思議なほどに痛みは感じられなかったが、それが逆に"消えていく"ことの実感を失わせ、

もうあとどのぐらいしか存在できないのか分からなくさせてくる。

 

魔法陣の光が、徐々に視界の下の方を焼き始める。もう、消えてなくなるのも時間の問題だ。

崩れてなくなっていく俺を、銀髪は憎たらし気に、茶髪は油断なく、紫髪は満足げに見てくる。

最初からこうするつもりだったなンざ、昔の俺ならとっくに気付けてただろうに。情けねェ。

だがそれでも、俺はこんな終わり方なンて認めねェ‼

 

 

『勝ったのは俺様だ‼ 死んでたまるか! まだこれからなンだからよォ‼』

 

 

そうだ、俺はこんなふざけた死に方をするために、あのガキと本気で戦ったわけじゃねェ。

勝ち取るために、俺の知らない何かを得るために、俺が俺であるために戦って勝ったンだ。

それを他人が、俺とヤツの本気の戦いを嘲笑うようにして決着を塗り替えるなンざ、許せるか。

 

勝ったのは俺だ。だから俺は、俺の望んだものを手に入れられるはずなンだ。

 

もう視界の下半分は光に焼き尽くされている。あと五秒もしねェ内に俺の体は完全に崩れて、

何も残らず無くなっちまうだろう。俺が、俺として生きた時間も、記憶も、何も無いままで。

全部あのガキの中で見ただけの、ただの記録になっちまう。俺が俺である確かな事実さえも、

どこにも存在しなくなる。嫌だ、認めてたまるか。俺は、俺として生きた証を掴むまで。

 

 

『死ん、で、たま………る………か……‼』

 

「死ぬ? おかしなことを言うのね」

 

 

どうにかして生き延びようと考えを巡らせる中で、魔女の声が崩れた聴覚に響いた。

 

 

「死ぬんじゃなくて__________消えるのよ。何もかも全て、存在すらも」

 

その言葉は、とても冷酷で。

 

「いたことすらも消えてなくなる」

 

 

その言葉は、とても冷淡で。

 

 

「だから、安心していなくなりなさい」

 

 

その言葉は、とても冷静だった。

 

 

『_____________ソ、が………ァ』

 

 

視界そのものがボロボロに崩れ落ちていく中、俺は最後の最後まで抗う意思を貫いた。

何としてでも生きるために、何としてでも死なないために、ひたすらもがき続けた。

消えるその瞬間まで続けていたその行動が、何かを探し出せると信じてそれを続け、

音も色も無くなった闇に飲み込まれる寸前、どこか懐かしい感覚に俺は引き込まれる。

 

 

そして、何も、無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

真っ暗だ。

 

何も見えない。

 

何も聞こえない。

 

あるのは、完全な闇だけ。

 

 

「……………ここは?」

 

 

そんな場所で、僕は目覚めた。

いや、目覚めたという表現が適切なのか、それすらも定かじゃない。

僕は今目を開けているはずなんだけど、辺り一面が一切合切全て黒に染まっているから、

果たして視覚情報が正常に機能しているのかすら不明だ。目が本当に開いているのかどうか

すらも、今の僕には確かめる術が無い。さぁて、この訳の分からない状況はどうしたことか。

 

『_________よォ、やっと見つけたぜ』

 

 

現状の把握に努めようとあちこちに視線を向けていると、背後からいきなり声が聞こえてきた。

先ほどまでの無音と完全な闇からの不意打ちに驚いて、慌てて振り返ってみるとそこには、

ついさっきまで本気の勝負を挑んでいたはずの、見知った顔がいた。というか、魔人だった。

 

黒髪に浅黒い肌、蒼い瞳に巻き角をもつ彼の姿を見て、いよいよここがどこか分からなくなる。

もし僕一人しかこの場に居なかったら、ここは死後の世界だったかもという可能性があったけど、

それだと彼がこの場に居るのはおかしい。最後の最後で、僕は彼の勝利宣言を聞いていたから。

まぁでも、死後の世界というか、それに近い場所になら一度行ったことがあるけれど、その場所は

こんなに何も無い場所じゃなかった。だから、死後の世界っていうのも少し違うかもしれない。

 

そんな風に考えていると、魔人は空中であぐらをかきながらこちらの顔を見て笑い出した。

 

 

『しけた面してやがンなァ。それが勝った奴のする面か?』

 

「しけたも何も僕は_________って待て、今なんて言った?」

 

 

普段以上にふざけた態度でバカにしてきたから見逃すとこだったけど、聞き逃さずに済んだ。

今、確かに彼は、「勝った奴」と言った。何に、などと聞き返すほど僕は馬鹿じゃないけど、

意味が理解できない。だって最後の瞬間、薄れていく視界と意識の狭間で、僕は自分の敗北を

驚くほどハッキリ認識していたのだから、弾幕ごっこの決着としては僕の敗北に間違いはない。

彼の言葉に違和感しか感じなかった僕は、彼からの返答を待たずして再度問い直す。

 

 

「答えろ。今、君はなんて言ったんだ?」

 

『あァ? 今言った通りだろーが。テメェ頭どころか耳まで悪くなっちまったか?』

 

「真面目に答えろ! あの弾幕ごっこの最後で、僕は確かに聞いたんだ!」

 

『何をだ?』

「何をだって………君が、『勝ったのは俺だ』って言ったのをだけど」

 

『あァ、言ったな。だが結果的には、俺の負けだ』

 

「だから、それが何故だって聞いてるんだよ‼」

 

 

おかしい。何が、とまでは分からないけど、何かがおかしい。絶対におかしい。

 

先ほどまで僕が感じていた違和感は、今では完全に疑惑になり代わってしまっているけど、

その原因は目の前に居る魔人の言動に間違いない。でも、どういうわけか魔人はいつも以上に

飄々とした態度で、僕からの問いかけをはぐらかしている。いったい彼に何があったのだろう。

僕が魔人の返答に猜疑心を掻き立てられている最中、その魔人が観念したように呆気なく答える。

 

 

『テメェと俺が最後の最後で切り札のぶつけ合いになった後で、あの紫髪の魔女にしてやられた。

俺が入ってた器に、任意で仕掛けておいた魔法を発動させてよォ。器が勝手に崩壊しやがった』

 

「パチュリーさんが…………ゴーレムに、そんな仕掛けがあったなんて」

 

『ンあァ? オイ待て。テメェがあの魔女と一緒にやったんじゃねェのか?』

 

「僕が? 僕だって今初めて知ったんだけど?」

 

『………………そうか』

 

 

ところが、魔人の口から語られたその話は、僕の想像をはるかに超えるものだった。

彼の話したことが本当ならば、パチュリーさんが作ってくださったあのゴーレムには最初から、

移った魔人を確実に殺すことを念頭に置いた作戦のもとに作られていたのだろう。

僕が勝っていたにせよ敗けていたにせよ、その魔法が発動した時点で魔人が入っていた器自体が

壊れていくのだから、最終的な勝者は僕になる。勿論、「生き残った者が勝ち」という広い意味の

解釈になってしまうけれど。でも、それをされた身としては、僕も共犯と疑ってもおかしくない。

 

ただ、気になったのはやはり彼の反応だ。

僕が共犯を否定しても、普通はそれでも疑い続けてなかなか容疑は晴れない。なのにさっきも、

一言だけ『そうか』と呟いただけで、言及の一つもなかった。これはいよいよ、本当に妙だ。

しかし今はそんな事を言ってる場合じゃない。この暗黒の空間がどこなのか突き止めなければ。

 

思い至った僕は周囲を探り始める。すると、彼が不思議そうに尋ねてきた。

 

『ンで、テメェはさっきから何してやがンだ?』

 

「見て分からないかい? 出口か、それに類する何かを探しているのさ」

『出口? 何のだ?』

 

「………この訳の分からない場所から、元の世界に帰るための出口だよ」

 

『あー、それなら気にすンな。ここはテメェ自身の心の中、正確には意識の内側だな』

 

「…………どういう事かな?」

 

『あァ? それはアレだ。要はテメェの意識の中って事だ』

 

「僕の、僕の中?」

 

 

思わず同じ言葉を繰り返してしまった僕に、魔人はただ一度首を縦に降ろしただけ。

どうやら本当に、ここは僕の精神内らしい。死後の世界やら精神世界やら、僕は何かと異世界に

面倒な縁が多いみたいだ。しかし、入ってこれたのならば必ず出られる場所もあるってこと。

今すべきことは出口を探してここから脱出すること。自分の精神から脱出するというのも、

言葉にしてみると違和感丸出しな状態には他ならないが、事実なのだから仕方がない。

 

ただ、ここから脱出する前に一つだけ、ハッキリさせておくべきことができた。

 

 

「なぁ、一ついいかな?」

 

『あァ? なンだ?』

「あの弾幕ごっこ、結局のところ、勝者は僕だったのか? それとも、君だったのか?」

 

『………愚問だな』

 

 

それは、僕がこの場所に来るまでに目の前の魔人と対決していた、弾幕ごっこの勝敗。

最後は突然目の前に現れた黒い巨人に向かって拳を振るったところで、それ以降はまるで何も

覚えていないから、きっと気絶でもしていたんだろう。格好悪い話だけど、多分間違いない。

そうなれば、彼の勝ちになっていたに違いない。彼自身も、そう言ってるみたいだし。

 

でも、ゴーレムを破壊されたとあっては少々話が変わる。となれば、どうなるのか。

肝心なのはその部分だ、そこを聞きたい。そう思って尋ね返すと、意外にも答えてくれた。

 

 

『最終的に生き残ったのは、テメェだろーが』

 

「でも、でも僕は勝負には負けていた! だから君はあの時、確かに………」

 

『うるせェな! 何度も言わせンじゃねェぞクソガキが! 俺が敗けて、テメェが勝った‼

それだけだし、それが全てだ! いいか、二度も同じことは言わねェからな‼』

 

まるで、誤魔化しているかのような猛り具合に、先程から続いていた違和感がさらに増す。

疑念が際限なく膨らんでいくの感じる。本当に、コイツはあの魔人なのかすら疑わしい。

僕が知っている彼は、常に自分至上主義で、若干戦闘狂っぽいところがあったりもしていて、

触るどころか近付くだけでケガをしてしまうような、そんな荒々しい雰囲気があったのに、

今では欠片ほどしか感じられない。相変わらず口は悪いんだけど、何か違う気がする。

前までのように、ただがむしゃらに吠えたてる犬のようじゃなく、例え方が分からないけど、

とにかく以前の彼とは何かが違うという妙な確証を僕は得ていた。

 

僕ら二人の言葉以外は完全な無音の中、しばらくして気持ちの整理がついた僕は静かに語る。

 

 

「________いや、僕の敗けだった。身体は約束通り、君が持っていけ」

 

『あァ⁉』

 

 

明らかに想定外の事が起きたというような驚き方をする魔人に、同じ言葉を繰り返す。

身体の所有権を自ら放棄する、と言った僕の真意が理解できないらしく、珍しく混乱した様子の

彼を見ていると、納得できないとばかりに顔を歪めていたので、大人しく本心を話すことにした。

 

 

「やっぱり、どう考えても僕はあの時敗けていた。そこでもう、決着していたんだよ。

君の勝利はあの時点で確定していた、だから当初の約束通りに身体を明け渡してやる」

 

『テメェ、何考えてやがる』

 

「別に何も、と言いたいところだったけど、実は二つだけあるんだな」

 

『やっぱりなァ。ンで、そりゃなンだ?』

 

「…………僕の身体はくれてやる。けど代わりに、紅魔館の住人に一切手を出さないこと。

そしてもう一つは、文さんの無罪放免の為の協力をすること。コレを絶対に守れ、いいな」

 

 

確固たる意志を以て、目の前の魔人の青い眼を射貫くように見つめ、そう締めくくる。

今言った言葉には、一つしか嘘は無い。お嬢様たちの安全と、文さんの釈放が確認できたなら、

万々歳だろう。僕がついた最後の嘘は、『身体を渡したくない』ってところだ。

 

紅魔館のみんなが無事でいられることも、文さんが何にも縛られることなく自由に生きられる

ことも、どちらもとても大事なことだ。僕の体の事なんか、その二の次だろうと構いはしない。

でも、だからって自分という存在を消したいわけじゃないし、本当なら渡すのも嫌に決まってる。

けれど、一度交わした約束は守らなければならない。それに、コレを言うのは恥ずかしいけれど、

僕はこの魔人を、彼の事を、いつの間にかいるのが当たり前にという認識になってしまっていた。

 

ああ、嫌だ。本当ならこのまま帰りたい。みんなの待っている、あの紅魔館に戻りたい。

だけど、僕はあの決闘に負けた。もとから取り決めていた約束を、破るわけにはいかない。

そのために先ほど語った条件を付けた。これさえ守られるなら、僕は消えても構わないからだ。

お嬢様方の安全も、文さんの事件も、彼が引き受けてくれるのならば、それは代わりということ。

僕じゃない僕だけれど、身体は僕だったんだから問題ない。彼が僕になって引き継いでくれれば。

『冗談じゃねェ‼ ふざけンな‼』

 

 

ところが、そんな淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。

 

 

「お前、人の最期の頼みくらい聞いてくれてもいいだろう⁉」

『………俺は他人のしたことにまで責任を取るつもりはねェ。テメェの不始末はテメェがつけろ』

 

「もっともな言い方しやがって……それくらいならいいだろうが‼」

 

『……………………』

 

 

僕の最期の願いを聞き入れてもくれない魔人に苛立ちを覚えるも、彼はすぐ押し黙ってしまった。

それが続くこと十秒以上、長い沈黙から立ち上がった彼は、いつもの剛毅な態度はどこへやら。

やけに弱々しい感じの雰囲気をまとわりつかせながら、力なく語りだした。

 

『テメェの身体を使っても、結局は何したってテメェの記憶になるし、事実がそうなる。

何をどうしようが、それをしたのは俺じゃなくテメェだ。俺は、どこにもいやしねェ』

 

「お前………」

 

『テメェの中から世界を見てたせいで、感覚がおかしなことになっちまったようだぜ。

笑えることに、テメェに向けられてたモンを俺にも向けられたモンだと勘違いもしてな』

 

「……………」

 

『結局、俺がテメェの身体を使って何をしようとも、俺がそこにいるって証明にはならねェ』

 

 

遠い遠い、どこか別の場所を見上げながら語っているような口ぶりに、僕は困惑した。

これが本当にあの魔人なのかと。疑いもますます深まった。けれど、それとまた同時に、

敵として認識していた彼への僕の態度が、少しずつだけど確実に変化していってる実感がわいた。

それでも納得がいかずに無言のままでいる僕に、魔人は頭を掻きながらふざけた口調で話す。

 

 

『それに、さっき言ってたテメェの条件だが、ンな面倒クセェことやってられっか!

なンでテメェが出来なかったことのツケを、俺様が清算してやらなきゃならねェんだ?』

「そ、それは………」

 

『…………だァーッ、クソ! 分かった分かった、テメェの身体は俺様がもらってやる。

ただし、さっきの条件とやらはぜってー飲まねェからな』

 

「お前、自分に都合のいいように‼」

 

『ただし、だ』

 

長引く話を無理やりにでも終わらせようとする魔人が、僕に人差し指を突き立てる。

 

 

『テメェの身体は、この俺様が確かに、約束通りにいただいてやる。

だが、俺が使わねェ時には、仕方ねェがテメェに貸してやってもいいぜ』

 

「________え?」

 

 

そして、思わぬ提案が成された。

 

 

「ま、待て! お前、何考えてるんだ⁉」

 

『今言ったとおりだクソガキ。なンか文句あっか⁉』

 

「い、いや。ないけど、さ………」

 

 

本当に、何が何だか分からない。魔人に何が起こってるのか、理解が出来ない。

アレだけ自分の身体を持つことにこだわっていた彼が、何故ここで執着心を放棄して、

あまつさえ僕に勝ちを譲るような真似をしたんだろうか。一向に考えが読めない。

 

どうやら何も考えていないってわけじゃあなさそうだけど、どうにも気になるなぁ。

あの魔人が、わざわざ僕に親切にするメリットなんて、果たしてあるのだろうか。

一度疑ってかかれば、際限なく思考が泥沼に埋もれていく。ああでもない、こうでもないと。

そうしていると、ようやくスッキリしたような顔になった魔人が、笑みと共に語る。

 

 

『俺様の心の広さに、感謝しやがれ』

 

 

その言葉は、何の混じりっ気も無く、ただ彼が語った言葉にしては、純粋だった。

警戒していたのに拍子抜け、というか毒を抜かれたようにしぼんだ僕の警戒心に引きずられ、

頭の中をグルグル回っていた思考に一度歯止めをかけて、考える事を止めようと思ってしまった。

 

何だかもう、色々真剣に考えたこっちが、馬鹿らしくなってきたのだ。

 

彼が何を目的として、わざわざ譲歩するような真似をしてきたのかは、まだ謎のまま。

それはいつか絶対解明するとして、今だけは。この時だけは、彼のその言葉だけは。

 

信じてみてもいい、とそう思えた。

 

 

「君にも、広がるだけの心があるんだね」

 

 

脱力させられた仕返しに、さっきの魔人の言葉に意趣返しの意を込めた言葉を送り返す。

どうせ逆上するんだろうなと身構えていると、またしても意外な反応を見せつけられた。

 

 

『…………そう、らしいな』

 

 

僕の口にした、何でもないその一言に、彼は驚き、そして笑っていた。

 

 







いかがだったでしょうか?

さてさて皆様、今回にて一年続いた【魔人死臨】の章も完結となります!
本当に長かった……なんて遠い回り道。皆様、ありがとうございます。

しかし、そんな締めくくりの作品を半分寝ながら書いていたという事実。
そのせいで元々酷かった文章が、さらに拍車がかって酷くなっております。
目も当てられないかも知れませんが、どうか生暖かく見守っていただければと。

先ほど完結と申したばかりですが、前々から言っているようにあと弐話ほど
お話を続けて書く予定です。次の章に向けての補完と、幕間みたいなものかと。
それと、来週は一身上の都合で、更新することができません。
次回は早くても再来週になってしまいます。御迷惑をおかけいたします。
毎度ながらの勝手ではありますが、その分次回は張り切らせていただきます!

さぁ、いよいよ最終章に突入というわけですか………今年中に終われるかなぁ。


それでは次回、東方紅緑譚


幕間「紅き夜、彼を巡る六重の想愛(前編)」


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