東方紅緑譚   作:萃夢想天

72 / 99

どうも皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年もまた、萃夢想天とその作品を、よろしくお願い申し上げます。

さて、年越しの御挨拶はここまで。
この挨拶もテイク2ですから、ええ、またPCが反抗期です。
五千文字書いた後で再起動するか普通…………ストレスがマッハですよホント。

個人的な愚痴はここまでとして。また消されたら困ります。

それでは、どうぞ!





第七十話「名も無き魔人、狩人生望」

 

 

 

 

 

 

度重なる投擲と回避で呼吸を乱している僕は、不敵な笑みを浮かべている魔人を真っ直ぐ睨む。

それに対して彼もまた、僕から送られる視線を受けて、蒼い眼を釣り上げ粗野な笑みを深めた。

 

弾幕ごっこの真っ最中だった僕らは、再び互いに確実な一撃を与えようと相手を観察する。

 

しかし今、追い詰められているのは僕の方だ。もとから人間と魔人という大きなハンデはあった

けれど、ここまで顕著な差が表れるとは思ってもみなかった。何とか彼より上にいかなければ。

だが、僕だってただ押されていたわけじゃない。あの魔人の持つ力を、戦いの最中で見抜いた。

 

魔人は十中八九、圧力を操作する能力を有している。

 

相手の手の内が分からないうちは下手なことはできないけど、これで今までよりはまともな対策を

講じる事が出来るようになった。何とかして、魔人の持つ能力に付け入る隙を探さなくては。

まずは、これまでに彼が使ってきたスペルから、何かヒントになるような事を見つけるべきか。

相手の弱点を先に見つけ出し、叩く。圧倒的ハンデに身を置く僕が、彼に勝てる最善の策だ。

 

考えろ、今の僕にできる事は、敵の能力を正しく把握することだ。

 

でも立ち止まる事は出来ない。こうしている間にも、魔人は弾幕を射出して距離を詰めてくる。

思考する速度を落とすことなく、自分自身の身体も止めてはならない。なんてハードな状況だ。

それでも、やるしかない。やっと見つけた敵の能力、光明が差すことを期待して、勝つ方法を

いち早く模索して動き出すしかない。僕には勝利しか残されていない、やるからには、勝つ。

 

フッと軽く息を吐いた僕は、再び弾幕を撃とうと両手を広げる魔人に対し、ナイフを構えた。

 

 

 

 

 

__________圧力操作、能力解説

 

 

ここでは魔人の持つ『程度の能力』といえる異能について、解説をさせてもらう。

 

魔人が操るのは、『圧力』である。幻想郷風に言えば、『圧を操る程度の能力』となるだろう。

この物質世界において、常に作用しているこの圧力を操作できるということがどういう事なのか、

彼が発動したスペルカードを順になぞらえて、一つ一つ簡単に説明していく。

 

まず最初に発動したスペルカード、圧符【ドレッドプレッシャー】

紅夜もろとも、彼の投げたナイフを地面にめり込ませて無力化したスペルカードだが、

如何にしてこのようなことを成し遂げたのか。それは彼が操った、圧力に理由がある。

魔人はこのスペルを発動後、空気(厳密には大気)そのものに圧力をかけ、その体感重力を何倍にも

増幅させたのだ。体感とは言っても、実際にナイフが地面に堕ちたことから、本当に荷重の反応が

見られたことは間違いない。魔人は、空気に圧力を加えて、空気の重さを増やしたのだ。

これにより、紅夜の手を離れていたナイフは地面に落下し、紅夜自身も降りかかる空気の重さに

耐え切れずに崩れ落ちた。空気圧という言葉があるが、このスペルはまさにそれの応用である。

 

続いて魔人が発動したのは、熱圧【魔力解放・憤怒旋風】

これは、火炎の竜巻を発生させたスペルカードで、その炎熱は飛来するナイフをも熔解させた。

それほどまでの高熱量を瞬時に生み出せたのにも、魔人の操る圧力の存在が大きく関わってくる。

そもそも炎というものは、圧力をどうこうしたところで発生させることなど本来ならば出来ない。

熱自体も、物体と物体の摩擦によってしか引き起こされない。冬に手を擦り合わせて暖を取る、

人間の本能からくるその行動がそれを証明しているが、実際に魔人は熱も炎も発生させている。

これにはいわゆる"ヒートポンプ現象"が関わってくるのだが、それを簡単に説明させてもらう。

 

空気は気体であるが、いわば形のない物体である。目に見える形を保っていなくともそこにある、

つまりひどくあいまいではあるが、物質というカテゴリーに一応属していることになる。

そして先も言ったように、物質同士であるならば、摩擦を起こせる。しかし、触れられはしない。

触れられない物に摩擦が起こせるのかと思うだろうが、空気中には"分子"という微量の物質が

常に漂っている。肉眼では捉えられないサイズの物質が、動いて接触すれば摩擦は起こせるのだ。

空気中の分子は常に動いているものの、それはあくまで風や気流など、自然な流れに沿っている。

しかしそこに、圧力という抵抗が加わるとどうなるか。それが熱を生む圧力の答えである。

 

それでも、この方法では熱を生み出すだけで、炎を発生させて渦を成すことはできないはずだ。

ただ、ここまではあくまで科学的な現象を説明しただけで、まだ非科学的要因が残っている。

そう、魔人の持つ魔力だ。魔人はこの魔力により、小さな火種を生み出し、熱圧の形成によって

それが温められ、空気を圧力で操り竜巻を発生させ、酸素を大量に取り込んだ火が炎に育つ。

これこそが突如出現した火炎の竜巻の正体であり、魔人の操る圧力の応用の一つでもある。

 

最後に発動したスペル、水圧【魔力解放・激昂豪雨】に関しては、言うまでもない。

名の通りに水にかかる圧力を操作したのだ。水は液体だが、これも定型がないだけで物質である。

空気という圧力が希薄なものですら数倍の重さに出来た魔人が、もとより圧力のかかった液体に

圧力をかけることなど実に容易いことだ。だが、この水と圧力というのは本当に相性が良い。

 

先程の熱圧の解説の時に、魔人は空気に圧をかけて分子を動かしたと言ったが、今回の水圧も

それの応用である。だが、紅魔館の庭園に彼の全身を覆うほどの水が、果たしてあっただろうか。

 

結論から言うと、彼はその場で作っていた。水ではなく、水よりさらに分子に近い、水分を。

空気中を漂う分子より少し大きいものの、その中には水分も紛れていて、これらが多い時は

湿気が発生する。逆に少なくなったりすれば、空気が乾燥して、火事などが起きやすくなる。

そして何度も繰り返して言うが、魔人は水にかかる圧力も操れる。それが、ごく微小であっても。

肌で触れても分からないほどの微量の水分を能力で集め、それを圧縮して彼は水を形成したのだ。

さらに言うなら、生きている者、生命活動をしている者の身体からは常時、水分が放出される。

呼吸の際に吐く息の中にだって、水分は多く含まれるから、集める資材はいくらでも現場に有る。

凄まじい速度と範囲の圧縮によって、魔人は瞬時に大気中の水分を水の塊へと結合させたため、

何もない場所から突然水が現れたようにも見える。そして大きくなった分、圧もかけやすくなる。

水には普段から圧力がかかっているが、もしそれを一気に高めたりすれば、どうなるだろうか。

答えは簡単。物質を触れただけで切断できる凶器に早変わりするのだ。これも水と圧の相性で、

圧力がかかればかかるほど、かけられた物質は固形物に近い硬さが付与される。水でさえも。

そして水には、触れた物質を浸食(削り取る)力が備わっている。川辺の石がどれも丸い形なのは、

上流から押し出される力(圧力)によって、石の表面をどんどん削って、磨いていくからなのだ。

この性質は自然界においては、さして珍しくない。ただ流れていくだけの水に、高い圧はない。

しかしここで、高い圧力が加えられるとどうなるか。それが最初に答えた、凶器というわけだ。

いわゆるウォーターカッターと呼ばれるものだが、これは圧を加えた水で物質を切断するだけで、

硬さがあるわけではない。流れの勢いが増したことで、水の持つ浸食の力が高められただけだ。

魔人が放った水滴は、紅夜の投げたナイフを弾いた。これは単純に、ナイフ以上の硬度を水滴が

持っていたということに他ならない。圧を加えれば加えるほど、その物質は硬さを付与される。

鋼鉄をしのぐ強度の水滴と、丸腰で水を生成できる、これが魔人の持つ圧の応用の一つである。

 

空気、熱、炎、水。自然界において重要過ぎる要素を、魔人は一手に掌握できる力を持つ。

物質世界に常に作用している圧の力を操るという事は、万物を支配すると言っても過言ではない。

当然ながら、ここで解説したのはあくまでも、魔人が見せた能力の応用の一部に過ぎないので、

まだこの能力の全貌を明らかにできたわけではない。それだけこの力は、汎用性に富んでいる。

 

この世界が物質によって構成されている以上、世界の全ては魔人の意のままに出来るのだ。

 

 

 

 

 

(ダメだ、どう考えても弱点が見当たらない! 理論上は無敵に近いぞ、この能力は!)

 

 

赤と紫の光球が脇腹をかすめていく中、僕は頭の中で整理した情報を見つめ直して絶望した。

まず確実に、彼は空気と炎(熱)と水を操れる。今は弾幕ごっこのルール内で決闘しているから、

直接その能力が僕に向けられることはないにしても、本当の殺し合いで決闘を挑んでいたら、

間違いなく僕は死んでいただろう。空気にしろ炎にしろ水にしろ、人間にはどれか一つだけでも

尖らされたら致命的なダメージになる。本当、彼が弾幕ごっこをやると言ってくれて助かった。

いや、安心してる場合でもない。こうしている間にも、僕は徐々に追い込まれているのだから。

魔人は手のひらから魔力の塊として弾幕を撃てるけど、こちらには魔力なんて素敵な力は

微塵もありはしないから、持ち前のナイフを投擲するしかない。これは体力をかなり消費する。

さらにそこへ、彼からの弾幕を回避する行動が加わることで、より消耗が激しくなる一方だ。

現状を維持しても、最後には僕が追い詰められる。いや、現状の維持すら難しく思えてきた。

 

何より恐ろしいのは、魔人の手の内がまだ読めなさすぎるってことだ。

 

先程までに見たものは、おそらく気圧操作と熱圧、水圧操作によるものだろうと思うけど、

圧力ってのはまだたくさんある。機械のない幻想郷には馴染みがないけど、電圧もそうだし、

人体に限れば血圧だって圧が関係している。多才と言うか無尽蔵というか、冗談みたいな

汎用性の高さに恐れ入る。きっとまだ隠している能力があるに違いない。ならどうするか。

 

現状維持もままならず、近い未来では破滅が待つ。とくれば、答えは一つだけだ。

 

 

「早期決着‼ 僕が勝つには、これ以上時間をかけてられない‼」

 

 

前方から向かってくるウェーブ状の光球の群れを回避し、若干不安定な体勢から駆け出す。

僕が再度接近してきたことで、魔人は策にかかったとでも言いたげな表情を浮かべるも、

決して油断はせずにこちらを注視してくる。動作一つも見逃さないほどの注目具合だけど、

一方的に弾幕を撃たれまくる距離から前進できた時点で、もう関門は突破したも同然だよ。

 

ところどころ破けている燕尾服の袖口に隠したナイフを手にし、スペルカードを宣言した。

 

 

「僕のとっておきを見せてやる‼ 闢景(ひゃっけい)冥恍夜裂囉(めいこうよさくら)】‼」

 

 

新たに発動したスペルに伴い、僕は背後に五つのナイフを喚び出して、その1本を投げる。

続いて2本目を手に取って、それも同じように魔人に向けて投擲し、眼前にいる敵を見据えた。

今までのナイフたちと違って、方向を変化させながら飛んでこないナイフを見た彼は、

何かがおかしいと訝しみながらも、飛来するナイフから目を離せずにいた、その直後。

 

 

『あァ⁉』

 

 

直進していたはずのナイフが、彼の手前5メートルほどの距離で滞空し、形状を変化させた。

1本だけだったナイフの切っ先は、今では5つ、5方向に規則正しく向けられていて、

ゆったりとその場で回転している。例えるなら、鋼鉄で出来た造花の花弁というところか。

5枚の花弁を模したナイフが魔人の前で、もう1つ展開され、同じようにゆったり回転する。

眼前でいきなり変化したナイフに意表を突かれた魔人は、次の攻撃を受けて舌打ちを漏らす。

 

 

『クソが‼ テメェは………チマチマとバラ撒くのが大好きだよなァ‼』

 

 

吠えるように怒号を発する彼の前では、先程展開されて回っていた二輪の花がなくなって、

代わりに四方八方へと飛び散っていくナイフの群れがあった。これこそ、僕のとっておきだ。

1つの(つぼみ)が開いて花と成り、やがて一時の美しさも華々しく散っていくという風情のある

このスペルは、僕が弾幕ごっこの「美しさ」を競うというルールを聞いて閃いた一枚だ。

直線的に進むナイフが止まり、さらに五つに増えた時点で混乱するだろう。そのわずかな隙を

狙って、僕の見せる花は散り際を迎えるのだ。この花に棘は無いけど、裂くための刃ならある。

 

勢いよく周辺を飛び回るナイフの花弁に対して、魔人は意外にも回避重視で動いていた。

正面と右斜め上からやって来る刃を目視後、身体を半身だけ右へずらしてから逆方向を進む

別の刃に向けて弾幕を放ち、まず一枚を無力化する。僕の予想以上に、彼は慎重に動いていた。

この状況は僕にとって、あまり良いとは言えない。そもそも僕の狙いは、このスペルカードの

攻撃で彼を無理やり苛立たせて、彼が保有している残り少ないであろう彼のスペルカードを

発動させることだった。持ち札の枯渇と同時に、彼の手の内を暴いてやろうという意図があった

ものの、冷静に対処されてはそうもいかない。どうにかして、平常心を乱さなければ。

 

あまり褒められた方法ではないけど、僕は残っていた三本のナイフを順当に投げていった。

この残っていた三つは、本当なら彼が何かしらのスペルを発動した際、後退しながらのけん制用

として敢えて使わなかったんだけど、こうなったら背に腹は代えられない。全て使い切る。

そうして三つの花を新たに彼の前で咲かせた後、彼を裂くべく十五枚の花弁が飛散していく。

 

 

『どこまでもテメェは…………俺をムカつかせてくれンなァ‼』

 

 

しかし、やはりと言うべきか、魔人もそうそう簡単に僕の手には嵌まってくれないようで、

回避の優先を止めて代わりに弾幕による相殺へと切り替えた。これだけは避けたかったが。

念のために距離を開けておいて正解だったようで、彼を中心に無数の光球が輝きを放っている。

炸裂音と閃光が魔人の周囲を埋め尽くし、それらが治まった後には何も残ってはいなかった。

 

早期決着でカタをつけたかったのが本音なんだけど、やはり彼は常識の範疇から逸脱している。

迫りくる方向が随時変わるナイフの群れや、散弾のように無秩序に乱れ舞う鈍色の花弁に

周囲を埋め尽くされても、そこから当然のように這い上がってくる。もはや恐怖すら感じるよ。

そうしてまたしても離れてしまった事を悔やみながらも、魔人から目を離す愚を犯さない。

ほとんど尽きかけていたナイフも、いよいよスカンピンになりつつあり、予備に用意していた

百を超える本数ですら、今では残り二十を切っている。これは本当に、後が無い状況だ。

内心で冷や汗を垂れ流していると、苛立ちによって顔を歪ませている魔人が高らかに吠えた。

 

 

『色々楽しみたかったが、終わりだァ‼ 消えろ、電圧【魔力解放・激怒雷光】ォ‼』

 

 

内包した怒りの感情を爆発させたように雄叫びを上げた魔人は、弾幕を放つのを止めて空いた

両手を空へ向けて開き、そのまま何かを鷲掴みにするように震わせながら上空を睨み続ける。

ここにきて新しいスペルを発動されたことに焦りを覚えた僕だけど、彼の口から宣言された

このスペルカードの名前を、聞き逃すことはしなかった。そう、確かに聞いた。『電圧』と。

 

 

「まさか⁉」

 

 

嫌な予感を払拭しきれない僕は、頬を生温い汗が伝うのも構わず、薄暗い空を見上げる。

その視線の先に映り込んだものに驚愕し、僕は今度こそ彼の能力に恐れを抱くことになった。

 

 

「雲が集まって…………アレは、雷雲か⁉」

 

『正解だクソガキ‼ コイツはちと扱いづらいが、殺す気でやンなら関係ねェ‼』

 

「気圧変動で雲をかき集めて収束、そこで内部の分子運動を活性化させて…………なるほどね。

見かけや言動によらず、意外と技巧派ってわけか。やってくれるよ、まさか雷を呼ぶとは」

 

 

魔人の突き出した手の上には、幻想郷中の空から雲が千切れて次第に集まりだしていて、

それが段々と黒く着色されながら膨れ上がっているのが、夜闇の中でもハッキリと見える。

急激に動いたことで内部の分子がぶつかり合い、その衝突(スパーク)が青白い雷光の迸りになって、

雲の周囲を駆け巡っているからだ。バリバリという音が、空気の上げている悲鳴に聞こえる。

まさか、本当にまさかだ。空気、熱、水ときて、天候もろとも雷を喚び出す力があったとは。

 

しかも、成長を続ける黒いソレをただ見てるわけにもいかない。雷ならば、通常通りに高い

場所、この状況では紅魔館に降って僕には当たらないと思うだろうけど、それは間違いだ。

雷雲が膨張している場所は、魔人の手の上。つまり、高さは紅魔館の頂上よりも遥かに下。

それに彼は魔力という非科学的要素を有しているから、万に一つも油断など出来ないだろう。

雷というのは普通、真空状態において初めて直進するものだ。雷雨の日に雷が落ちるのを

見たことがある人は分かると思うけど、雷というのはジグザグに折れ曲がりながら落下する。

これは空気中に有る、酸素や窒素などの特定の気体が電気を通しにくいために起こる現象で、

自らそれらの濃いところを避けて通るから、ジグザグと不可解な形状で落ちてくるのだ。

 

けど、それはあくまで自然界の中での話。人為的な、超常的な力の関与が無い場合の話。

間違いなく、彼の放ってくるこの落雷には指向性があるだろう。圧力の操作によるものか、

はたまた魔力という僕の知り得ない領域の作用か、そこまでは分からないけど確実にある。

それに今まで忘れていたけど、雷が落下していくポイントには、他にも共通点があった。

 

標高、すなわち高さともう1つ___________金属製。

 

電気を通すか磁力が通じる金属物質は、空気のような電気抵抗が無いから格好の的になる。

そして僕は今、数こそ少ないものの、持っている。金属の、鋼鉄製のナイフを、服の中に。

 

 

「武器を手放して回避に専念するか、防御も回避も無視して攻撃に全てを賭けるか。

なんとも味気ない選択だ、ギャンブルにさえなってない。それに、あまり時間も無いな」

 

 

ゴロゴロという、飢えた猛獣の唸り声のような音が、未だ膨張を続ける黒雲から響く。

もうそろそろ、内部に溜まった火花が反射を始めて、音を置き去りに輝きを放つ頃だと

結論付けた僕は、これから放たれる攻撃に対してどう動くかを決定すべく思考を加速させる。

方向操作で雷を動かすか? いや、それは出来ない。

僕の能力はあくまで面であって、点ではない。そもそも、予測もつかない雷をどうやって

当たらない場所へと方向変換させることが出来るだろうか。現実味が無さすぎる。

 

 

「ここまで来たら、やるしかないよな」

 

 

ここまで散々やっておいて何を、と彼は言うかもしれないが、もう小細工は抜きだ。

僕の能力の弱点まで突いてきたこのスペルを回避するには、僕自身のやる気の問題になる。

根性論、というヤツだろうか。僕はこういった泥臭いのは好まないけど、こんな場面でも

勝つ手段にこだわって選り好みが出来るほど、僕は真面目でもない。一人の、人間なんだ。

 

勝ちたい、じゃない。

 

勝つ、それしかない。

 

汚くてもいい。醜くてもいい。蔑まれてもいい。罵られてもいい。みっともなくていい。

 

 

「それでも僕は____________お前に勝つんだ‼」

 

『好き勝手ほざいてンじゃねェぞテメェ‼ 俺もテメェに負ける気なンざねェよ‼』

 

「上等‼ 僕は必ず、君の上をいく‼」

 

『ぬかせガキが‼ 必ずテメェを、見下ろしてやる‼』

 

 

息も上がっていて、肺も収縮を繰り返して痛みを訴えてくるけど、まとめて無視する。

今だけは、この時だけは、これからの一瞬だけは、負けられない。勝つための戦いだ。

残りナイフの本数を数え、十八で終わったことに弱音を吐きそうになるもグッと堪え、

大人三人分ほどの大きさにまで膨れ上がった雲の塊を睨みつけ、臨戦態勢に入る。

 

全ての感覚を繋げろ。視覚情報をダイレクトに脚に伝えて、即座に動けるようにしろ。

改造人間としての機能をフルで活かしながら、魔人の手から攻撃が始まる瞬間を待つ。

そして、視界の全てを埋め尽くす閃光が広がり、音が遅れてやってきた。

 

 

「___________ぐッ!」

 

 

その直後、僕の左脚の外側を、凄まじい熱と光が襲い、瞬時にそれらが痛みに変わる。

 

 

「ぐああああッ! あっ、うああぁぁぁあああ‼」

 

 

落雷が襲ってくる時、閃光が僕の視界を奪う事は予想できていたが、問題はそこじゃない。

金属に吸い寄せられて降ってくる雷の性質を逆手に取るつもりで、僕は光に目を焼かれた

瞬間に能力でナイフを身体から残らず移動させて、自分は真横へ回避するつもりだった。

しかし実際はこうなってる。鋼鉄製のナイフの束には目もくれず、落雷は僕が力を込めていた

脚の方を的確に狙って攻撃してきた。その結果、僕の脹脛(ふくらはぎ)は焦げて痺れている状態だ。

下半身から駆け上ってくる痛覚信号の方向を狂わせて、一時的に痛みを感じなくしたけど、

もうこの脚では動くことはままならないだろう。地に足をつけて戦う事は、不可能と断言する。

そうなれば、僕に残された戦闘方法は、1つしか残されていない。

けどそれを使うという事は、僕が持つ最後の切り札を使うという事でもあるのだ。

本当ならばひたすら粘って待ち、ここぞという瞬間を見極めて使わなければならない手だが、

使う事すらさせてもらえずに敗北を喫するくらいなら、一か八かの賭けに出る方がいい。

 

『まず脚だ。ちょこまかと逃げられんようにした。その脚はもう、使い物にはならねェな』

 

「………悔しいけど、君の言う通りだ。この左脚じゃ、ろくな回避もできやしない」

 

『当然だゼ、狙ってやったからナ』

 

「これも、魔力ってやつのおかげなのかい?」

 

『あるモン使って何が悪い⁉』

 

「悪いなんて言ってないし、むしろ僕も同じ考えだ。持っている者は最大限活用するべきさ」

 

『…………ようやくお終いだな』

 

「それは、どうかな?」

 

 

痙攣して力の入らない左脚を庇いながら、ゆっくりと立ち上がった僕は、魔人を見つめる。

機動力を奪ったことで優位になったと思っていた魔人は、僕の言葉と表情に眉を釣り上げた。

自分の勝利を確信しただろう。

 

僕の敗北を確信したのだろう。

 

だからこそ、僕はお前に、この言葉を贈ってやる。

 

 

「お前に、決して明けない"紅き夜"は訪れる_______狩人【CRIMSON NIGHT】‼」

 

 

宣言し、発動したのは、僕が持つ正真正銘最後の(ラスト)スペル。

燕尾服の裏地に仕込んでおいた魔法陣が、大図書館内にある僕専用の霧を生み出す魔導書と

連動したことにより、黒い服の至る所から紅い霧が噴出し始め、僕の身体を完全に包み込む。

 

本来であればこのラストスペルは、360度を紅い霧で埋め尽くし、それら全てに方向の逆転の

効果を付与させることで成り立つ、反射型の耐久スペルとなっているが、これはまだ前半だ。

相手が弾幕を撃てば撃つほど、紅い霧が全てを反射させて戻ってくるし、逆に何もしないと

霧の内部で何が起きているかを把握している僕が、死角からナイフを投擲して攻撃する前半が

終わりを迎える。その"紅き(クリムゾン)(ナイト)"の後に訪れるのが、本当に最後の"深紅(クリムゾン)騎士(ナイト)"なのだ。

魔人に前半の"紅き夜"は通用しないことは分かっている。例え全方位を霧で遮ったとしても、

彼にとってそれが魔力を帯びたものであるのなら、僕以上に専門分野のソレは扱いやすかろう。

大して効果が得られないことが分かっているのに試すほど、今の僕は呑気にしていられない。

だから僕は前半を省略して、最後の戦いを挑む。僕の持つ最強最後の力で、彼に、勝つ。

 

ドーム状に集まっていた霧が次第に収束し始め、僕の身体を中心にして肉体を形成していき、

ものの数秒で全身を紅い霧の甲冑で覆い隠した姿に、"深紅騎士"と化した僕が顕現する。

このスペル発動時には、僕の身体はくまなく霧に覆われているため、完全に宙に浮いており、

負傷した脚を気にすることなく戦う事が出来る。ただ、それはスペルの発動時間内のみ。

消耗が激しいこのスペルの耐久時間は、三十秒。この一分足らずの時間で、僕の全てが決まる。

 

 

「行くぞ‼」

 

 

深紅の鎧を身にまとった僕は、鎧と一緒に生成した巨大な重鎗を右手に構え、突進する。

空中を滑るように移動している僕は、あっという間に雷を降らせている魔人の近くにまで

接近することが出来た。この鎧を装着している間は、この魔力込みの落雷も恐るるに足りない。

僕が構えているこの重鎗か、もしくは能力で鎧のどこからでも射出可能な弾幕代わりのナイフが

彼に着弾すれば、僕の勝利となるはずだ。この数十秒に全てを賭ける。この僕の持つ、全てを!

 

 

「うおおぉぉぉおおぉぉッ‼」

 

 

気づけば意図せずに、僕の喉が咆哮を上げていた。あふれんばかりの叫びが、漏れ出していた。

自分でも気付かないほど、感情が昂っているに違いない。それがきっとこうさせているのだ。

 

勝つ。ただそれだけのために、僕は戦う。

 

やがて雷光が降り注ぐ危険地帯を抜けて、数メートルの距離まで迫った魔人に、鎗の先を向ける。

一撃だ。たったの一撃で、決まる。僕が僕であるための、僕であり続けるための、この戦いが。

 

 

深紅の騎士が、己の持つ鎗の射程距離内に相手を収めた瞬間、ソレはただ口を開いた。

 

 

『テメェの中に今まで閉じ込められてたこの俺様が、コレの対策を練らねェと思ったか?』

 

 

黒い髪の魔人はつまらなそうに語って数瞬の後、ただ一言、宣言した。

 

 

『___________魔人【大いなる神の贋作(アーヴ・カムゥ)】‼』

 

 

巨大な重鎗の先が到達する刹那、そこから黒い風が凄まじい勢いで吹き始めた。

 

「なっ________⁉」

 

 

突然のことで攻撃よりも先に驚愕が勝った僕は、ただ目の前の現実に打ちのめされた。

まさか、彼がここまでするとは思ってもみなかったのだ。彼が、僕に対策を講じるなんて。

驚きと茫然に目を剥く僕の前で、魔人の身体から吹き荒れる黒い風が、一点に集まりだし、

やがてそれは規則正しい気流となってその場に留まり、形あるものとなって顕現した。

深紅の騎士たる今の僕の前に、対峙するかのように現れたソレは、まさしく漆黒の巨人だ。

下から上へと吹き続ける風が、湾曲したりと形を変え、人型となって今そこにいる。

筋肉的な盛り上がりが随所に見られるソレは、間違いなく僕を意識したものなのだろう。

鎧を着込んだ騎士を相手に、筋骨隆々のように見える悪鬼となれば、いい皮肉にもなる。

それでもやはり、この僕のラストスペルのアドバンテージを打ち消されたのは相当痛い。

この僕の姿は、大地に足を縛られないことともう1つ、全長が僕の約二倍ほどあることだ。

僕を丸ごと包んでいるんだから当然だけど、この深紅騎士の鎧はかなり大きめに作ってあるが、

これは見掛け倒しというわけではない。大きいという事はそれだけで、圧倒できるのだから。

しかし相手も同じような大きさになったとしたら、このアドバンテージなど意味を持たない。

同じ体躯で同じ魔力による構成ならば、物を言うのは熟練度よりも互いの状態だ。

 

 

(体力的にもこちらが不利…………けど、そんなのは分かり切っていたこと‼)

 

 

勝てる要素は最初から薄く、負ける要素が幾らでもあったこの戦いは、最初から公平さなど

ありはしなかった。状況が振り出しに戻るというのなら、やはりハンデ背負いと変わらない。

 

勝てる可能性を探る事は、砂漠の中から蒼い砂粒を見つけ出すことと同じくらい難しい。

けど僕は、妥協をしなかった。降伏を認めなかった。己を捨てることを、許さなかった。

 

何としてでも勝つ。何が何でも勝つ。

 

負けられない理由がある。敗けていい理由など一つもない。

 

何が来ようと、何で攻められようとも、何であろうとも、僕は勝利以外を望まない!

 

 

「ああぁぁぁああぁあああぁッ‼」

 

『ガアアァァアアアァァアアッ‼』

 

 

狂ったように、壊れたように、僕らは声を張り上げ、同時に拳を振り上げ、突きだす。

 

 

 

 

身体に撃ち込まれた衝撃にのけぞり、身体に撃ち込んだ衝撃を確かめ、空を見上げる。

 

 

 

もう完全な夜空に変わった空を見上げ、今にも泣きそうに閉ざされた三日月を見た。

 

 

 

 

 

最後の最後に見た景色は、何処までも広く、何処までも暗い空に輝く、星と月。

 

 

 

 

 

 

僕は、星を、見上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『_____________俺の、勝ちだ』

 

 

 

 

 

 

 









いかがだったでしょうか?

本当なら土曜日の午後辺りに書けてたはずなんですがねぇ………本当に私のPCは
機嫌が悪くなるとすぐに再起動かけてきちゃうんですからもう(涙目

紅夜と魔人の戦いの、幕が下りました。
勝者は魔人でしたね。この結末を予想できた方はいましたでしょうか?
ほとんどの方は紅夜の勝利を予想していたと思います。私もそうでした。

次回は、とうとう紅夜の章の終わりとなります(多分)
ですが今のところ、幕間の話も用意してあるので、あと三話ほどは続きます。


それでは次回、東方紅緑譚


第七十一話「紅き夜、君の名前は」


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。