東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、土曜の朝に書き始めた萃夢想天です。
金曜の夜は早めに帰ってきてたんですけど………筆が進まなくて(反省

結局土曜日の早朝から早起きして書き始めることになってしまって。
自分がもう何をしたいのかすら曖昧になっております。
なので、文章に支離滅裂な部分が(普段より)多くみられると思われますが、
どうか微笑みとともに見逃してやってください!


それと、この作品の平均評価が5.5となりました!
ひとえに読者の皆様のご厚意があってこその評価だと確信しております!
本当にありがとうございます! 涙がちょちょぎれる思いです!


それでは、どうぞ!




第六十七話「瀟洒な従者、哀し愛される日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界の中に映り込むのは、いつもと何ら変わらない、館の主人が好む赤の一色のみ。

館内の壁も、窓の枠組みも、床に敷かれている敷物も、ここにあるもののほとんどが血よりも

濃くて美しい、磨かれたような赤に染め上げられている。これは、いつもと何ら変わらない。

 

しかし、私の視界に映るそれらが、今日に限っては普段以上に毒々しく感じる。

 

否、今日に限ってというのは、誤りだろう。正確に言えば、今日を含めたこの一週間に限る。

今より六日ほど前から、私はこの館を埋め尽くすこの赤色が、煩わしく思う様になっていた。

これは本来なら許されることではない。この赤は、私が忠義を尽くす御方からの御意向で

決められた配色なのだから、一下僕風情が気に入る気に入らないと言える問題ではない。

 

かつての私であれば、こんな不敬な考えなど抱く余地すらなかっただろうと確信している。

仰ぎ奉る御方の手足となり、駒となり、所有物となっていた事に誇りを抱いていた今までの

私だったら、主君の意に背くことを考えた時点で自害することを真っ先に考えていただろう。

それが今ではこの有り様だ。視界に飛び込む全ての色が、自身の心を苛む悪意にしか見えない。

 

分かりやすく言えば、今の私には、普段のような余裕がどこにもないのだ。

 

 

「…………………………」

 

 

無言のまま、血塗られたような赤い廊下を進んでいくと、ふと視界に赤以外の色が映り込んだ。

もしかしたら、"彼"かもしれない。そう思って目線を上げてみて、瞬間、すぐに元に戻した。

何のことはない、ただの妖精メイドの集まりだ。赤以外の色を見ただけで"彼"と間違えるなど、

いよいよ私は本格的に自分を見失っている証拠だろう。いや、それだけ"彼"を求めている証拠か。

 

すぐにまた歩き出し、こちらをやけに怯えた顔で見つめてくる妖精たちの真横を通り抜けて、

規則的な靴音を響かせながら、私は自分の部屋へと辿り着き、中へ入ってようやく息を吐いた。

 

 

「…………………………」

 

 

深く、重い、吐息。肺の中の空気とともに、心の中に溜まっている感情も流れ出ていくようで、

それでも止めようとはせずに息を吐き切る。そのまま視線を下に向けると、水滴がこぼれ出た。

 

熱くもあり冷たくもある感触が手の甲に伝わり、自分が涙を流したのだとここで初めて気付き、

慌てて発生源を手でこすって拭おうとしたけれど、それらは逆に勢いを増して流れ続ける。

 

 

「うっ…………うう、ぅああ…………」

 

 

自分が涙を流しているのだと、泣いているのだと自覚した途端、今度は嗚咽まで漏れ始めた。

喉の奥から微かに、けれど確かに漏れ出る弱々しい音が鼓膜に響き、陰鬱な気分を助長させる。

二つの瞳からはボロボロと熱い雫が滝のように流れ落ち、口腔からは掠れた感情が這い上がって

か細い悲鳴となって、誰もいない私だけがいる部屋に情けなくこだました。

 

分かっている。私がこうなってしまった原因は、分かっている。

 

夜を統べる吸血鬼の従者として名を馳せた、この私がここまで弱くなってしまった原因。

今から約一か月ほど前にこの地にやって来て、私の全てを狂わせてしまった"彼"こそが、

みじめに独りで涙を流すことになった原因であることは、こんな状態の私でも理解できた。

 

 

彼の名は、十六夜 紅夜。

 

我が主人、レミリア・スカーレットが妹君、フランドール・スカーレットの執事。

 

そして、かつて外の世界に捨ててきた、私のたった一人の(かぞく)

 

 

私によく似た白銀に煌めく短髪に、私とそっくりな色白の肌、私と瓜二つな紅い瞳と顔立ち。

同じ姓を名乗っていることから実の姉弟(きょうだい)だと思われがちだが、実際に彼と血が繋がっているのか

どうかは、私ですら知らない。おそらく、彼も私との血の繋がりの有無は知らないだろう。

 

いや、知らなくていい。いっそ、血なんか本当に繋がってなければいい。

 

そうすれば、そうだったら、きっとあの子は私のことを_____________

 

 

「うあぁ………ああっ、ああ………ううぅ」

 

 

そこまで考えた直後、私を客観的に見つめている別の私が、冷静に私を現実へ引き戻す。

醜く無様に泣き喚く自分を、仮面のような無感情の顔を見せる自分が、憮然と見下ろしている。

 

『何を今更。それで苦いているつもりなのかしら?』

 

「……うう………ぁあ、ああ……」

 

『見苦しい限りね。誰にも見られない演技ほど、滑稽なものはないわ』

 

 

両手で顔を覆う私を、優雅に歩いて近づいてくる私が、汚物を見るような目で私を見る。

 

 

「ちが………わたしは、わたしは………」

 

『勝手に欲して勝手に捨てて、勝手に想って………勝手に裏切られて』

 

「ちがう、ちがうちがうちがう」

 

 

必死に否定して首を振る私を、指先でナイフをつまらなそうにいじる私が、否定する。

 

 

『本当に醜くて浅ましい。そんな女が、誰かに好かれるとでも思ってるの?』

 

「ちがうちがうちがうちがうちがう、ちがう‼」

 

『分かってるんでしょう? こんなのは、姉弟愛でも家族愛でもない』

 

「………やめろ」

 

『愛と呼ぶことすらおこがましいほどの、汚らわしい最低の欲望』

 

「やめろ、ちがう、やめろ」

 

 

それ以上話を聞きたくないと狂乱する私に、愉悦の笑みを浮かべた私が、小さく囁く。

 

 

『そういうのを____________独占欲って言うのよ』

 

狂ったように笑い出した私の顔が、次の瞬間には無数の亀裂と光の反射で歪んでいた。

 

 

「ハァ……ハァ………やめて、お願いだからやめて………」

 

 

いつの間にか握りしめていたナイフが、私の顔を映していた鏡に突き立てられている。

自分でも知らず知らずのうちに、手にしたナイフで部屋の鏡を突き刺して割ったらしく、

細かになって散りばめられた破片が、私の右手にいくつもの赤い爪痕を残していった。

頭の中で、さっきからこうして何度も何度も、自分の声で自分を否定してくる現象が

起こっていて、私の精神をじわじわと蝕んでいる。少しずつ、でも確実に消えていく。

精神的におかしくなっているのだとは頭で理解できても、現実にこうして幻覚や幻聴を

引き起こしてしまっている時点で、もう自分が冷静であるかどうかも怪しくなっている。

 

こんな事になってしまった原因、十六夜(わたしの) 紅夜(おとうと)

 

その名を頭に思い浮かべるだけで、私の中に言いようのない快感と絶望が入り乱れる。

足の爪先から頭頂部に至るまで、全身くまなく形容できない感情の波が伝わっていき、

体が熱くなっているのか冷たくなっているのか、そんな事ですら把握できなくなるほど、

私の体の機能を麻痺させている。私の中心には、いつの間にか彼が入り込んでいるのだ。

 

「…………紅夜、こうや………なんで」

 

 

そんな彼の名を口にし、その直後にここにはいない彼に疑問を投げかける。

当然ながら問いに対する答えは返ってこない。それでも私は、口にせずにはいられない。

私がこうなってしまった原因は、昨日の夕刻。彼がこの紅魔館へと六日ぶりに戻ってきて

くれた後で口にした、一緒に連れてきた人物との事情と関係性について。

 

彼の話を聞いた直後から今に至るまで、私は精神に異常をきたし始めた。

 

「なんであんな、どうして………紅夜、こんなの………」

 

 

文章としてすら成り立たない言葉の羅列を吐き捨て、私は再び両手で泣き顔を覆い隠す。

そしてそのまま、しばらくして襲い来るだろう幻覚と幻聴に備えて、ナイフを握り締める。

 

私は、今日という日ほど、十六夜(あのこの) 咲夜(あね)であることを呪ったことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の話を聞いた時、私の中の時間は止まってしまった。

皮肉にも、『時間を操る』程度の能力を持つ、この私が。

 

その時はちょうど、美鈴から聞いて博麗神社へ妹様をお迎えに上がった帰りで、

また繰り返されるであろう一日の終わりを人知れず嘆いていた私だったのだが、

出先から帰ってみれば、見慣れた門の前に、待ち望んでいた人の後ろ姿があった。

真っ先に飛び出していった妹様によって、私と彼との望んでいた再会は果たせなかった

ものの、行方不明だった彼が戻ってきてくれたことだけでも、喜ばしかったのだ。

 

しかしその喜びは、数分後に脆くも崩れ去ることとなったのだが。

 

 

「__________嘘、でしょ……? 紅夜が、文なんかを?」

 

 

彼が六日ぶりにこの紅魔館へ帰ってきてくれたのは、館の住人誰もが手放しで喜んだ。

妹様は勿論のこと、レミリアお嬢様も妹様が帰ってきたことと合わせて珍しく上機嫌で

彼を迎い入れていたし、意外にもパチュリー様や美鈴までもが歓喜の色を見せていた。

当然、彼のことを思い出していた私もまた、無事に生きて戻ってくれたことに対して、

あの場で泣き出さなかった自分を褒めてやりたいくらいに、喜びの感情に震えていた。

 

けれど、ここで私はある事に気付いた。

 

魔人に肉体を乗っ取られていた彼が、昔のような笑みを浮かべて私たちのもとに帰って

きたことは喜ぶべきことなのだ。問題なのは、何故ここに鴉天狗の射命丸 文がいるのか。

彼女は度々紅魔館へ新聞のネタ集めにやって来ては、魔理沙よろしく紅茶をせびったり、

レミリア様から御話を聞き出そうとして撃退されたりと、あまりここの住人からは歓迎を

受けるような人柄ではなかったはずなのだ。それがどうして、あの子と一緒にいるのか。

 

そこに疑問を抱いた私だったが、それはすぐに絶望へと変わった。

 

「こちらにいる文さんに、どうかこの紅魔館への滞在をしばしお許し願えませんでしょうか」

 

その言葉を皮切りに、姿を消した六日間のうちの最後の一日の内容が、彼の口から紡がれる。

 

妖怪の山へ行き、謂れのない罪で投獄されていた文を、どうにかして助け出したこと。

脱出しようとした際、天魔という天狗の頭目に見つかったものの、交換条件を提示することで

見逃してもらい、ここまで逃げてきたこと。そこまでは良かった。問題は、この後だった。

どうしてそこまでして文を助けるのか、とレミリアお嬢様が仰られた時、彼はしばし俯いた後、

意を決したように顔を上げてハッキリとその言葉を口にした。

 

 

_____________彼女を、愛していると。

 

 

信じられなかった。信じたくなかった。

言葉の意味を理解することを、頭ではなく心が拒絶した。

何故、なんで。

そんな、どうして。

 

彼に投げかけるような疑問符がいくつも浮かんだけれど、私の口は動かなかいまま閉ざされる。

 

聞きたい事が山ほどあるし、言いたいことなど星の数では物足りない。

それこそ時間が止まっていなければ、言えないことがまさしく無限に湧き出ただろう。

それなのに、彼の想いを聞いた直後から、私の中にはまた、醜い感情しか残らなかった。

どうして、あんな奴が紅夜に?

なんで、私じゃなくあの女が?

吐き捨てたくなるほどの不浄な感情が、胸の内に広がっていくのを感じた私は、

その場にいればきっと彼に迷惑を掛けると考えて、すぐに部屋に帰って閉じこもったのだ。

 

「………………………」

 

 

そして翌日、つまりは今日。

過去類を見ないほどに最悪の気分で目覚め、どんよりした心持ちのままで日課の奉仕を始める

つもりだったのだが、何を思ったのか、私の足は彼の自室へと向かい、扉の前で歩を止めた。

 

この時の私はきっと、まだ夢を見ていたのだと思う。

甘く甘く、どこまでも自分に都合のいい、誰も傷つくことのない優しさにあふれた夢を。

赤に染まった扉の先ではきっと、もう目覚めて着替えを始めている彼がいるに決まっている。

そして彼の視線と私の視線が交錯し、どちらともなく「おはよう」の言葉を掛け合うのだ。

姉弟の仲も今まで冷え切っていたが、それは私の已むに已まれぬ事情故に、仕方がない。

でもそんな事はどうでもいい。だって、彼はここに帰って来て、またいつでも逢えるから。

 

逸る気持ちを抑えて、私は念のためにと能力で時間を止め、彼の部屋の扉を開けた。

 

__________開けて、しまった。

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

抱いた夢想を信じ切っていた私の視界に映ったのは、この部屋の住人である彼ともう一人。

昨日彼がここへ宿泊させたいとお嬢様に懇願していた、あの鴉天狗の射命丸 文だった。

しかも、彼と文は互いに寝床を分担することをせず、同じ寝床で二人して寝息を立てている。

それを見た時から、私の頭の中で、幻聴が聞こえ始めたのだった。

言い方を変えれば、この瞬間から、私の中の『時間』が止まった。

 

安らかに瞼を閉じて止まっている二人を見た後、私は気が付けば自室で独り震えていた。

どうやって自分の部屋に戻ったのか、いつ能力を解除したのかなど、何も覚えてはおらず、

ただ両手で小刻みに上下する肩を掻き抱いて、寒くもないのに続く震えに恐怖していた。

 

そのまま昼を過ぎるまで私は、私を苛む幻覚と幻聴を相手に、精神を摩耗し続ける事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻覚のせいで鏡をナイフで叩き割ってから、私はまた二回ほど幻覚と幻聴に襲われた。

一回目は私を責める私が座っていた椅子を破壊し、二回目は振り回したナイフで腕を切ったが、

そのおかげでどうにか平常心を取り戻して、流れ出る血を止めて応急処置を施し終えた。

白い布がみるみるうちに赤色に染まるのをボンヤリと眺めつつ、私は壁掛け時計を見やる。

 

 

「…………もう、午後2時なのね」

 

 

自分ですら聞き取り切れないほどの掠れた声で、私は四時間も部屋に閉じこもったままで

時間を無碍に過ごしてきた事実を確認した。時を操る私が、時を忘れて荒れ狂うなんてね。

いかにも滑稽な話だと自分を嗤いながら、そろそろ本当にお嬢様方への奉仕を行わねばならない

時間になると自身に喝を入れて、滅茶苦茶になった部屋をおぼつかない足取りで後にする。

 

まずは洗濯をして、それから館内のお掃除。それが終わったら夕食のご用意に取り掛かろう。

いつもこなしている作業に取り掛かろうと、部屋から一歩足を踏み出した途端、声が聞こえた。

 

 

『ねーねー、知ってる? 美鈴さん、今日の朝にまた門番サボってたんだって!』

 

『え~、またぁ~?』

 

『あ、私その話知ってる! 霧の湖の向かい側から帰ってきたって話でしょ?』

 

 

自室からさほど離れていない場所から、普段はあまり聞いたことのない幼げな声が三人分も

響いてきた。この館の住人の声ではない、とすると、この声はおそらく妖精メイドの声だろう。

 

彼女らは種族が妖精だからか、職務にあまり誠実ではないし、主君への忠義も感じられない。

まあ雇用しているだけなのだから、私のような下僕としての意識が見られなくても当然と言えば

当然なのだろうが、だからといって職務を放棄して無駄話することを良しとするわけがない。

無駄骨だと分かっていても、コレは立場上仕方ないと納得して、彼女らを叱りに行こうと歩みを

進めた直後、先程よりも声量の上がった会話が、私の耳に届いた。

 

 

『チッチッチ~! 違うんだなー、これが』

 

『え、何か違うの?』

 

『聞かせて聞かせて!』

 

『うん。あのね、今度は美鈴さんだけじゃなくて、あの人も一緒だったらしいの!』

 

『あの人………? あ、もしかしてメイド長の弟さんの?』

 

『へー、意外。サボるような人じゃないと思ってた』

『でしょでしょ?』

 

 

声の響き具合からして、曲がり角より二十歩分先にいると目算を立てた私だったけれど、

彼女らの話題に何故か彼の名前が挙げられた瞬間、歩みを曲がり角の手前までに留めてしまう。

叱りに行かなければならないのに、私の足は歩行を拒否し、聴覚は話を聞こうと感覚を尖らせる。

思うように動かない身体に四苦八苦している最中も、妖精メイドたちの話は続いていく。

 

 

『そしたら、しばらくして美鈴さんだけ戻ってきたの』

 

『え? あの人は?』

 

『美鈴さんよりもずっと後で帰ってきたみたい』

 

『どうして?』

 

『分かんない。けど、それから美鈴さんずっと上機嫌なのよね』

 

『あ、それは聞いた。珍しく寝ないで起きてるってみんな言ってたもの』

『何があったんだろ………』

 

『気になるよね~』

 

 

私が曲がり角にいる事も知らずに、彼女らの話はさらに盛り上がりを見せる。

 

 

『そうだ、上機嫌って言ったら、図書館の人もすごいご機嫌だったって』

 

『あの魔女が? 魔法の実験でも成功したんじゃないの?』

 

『それが違うんだって。お昼になってもご飯食べに来ないから、あの人が魔女を呼びに行って、

それからずーっと機嫌がいいんだって。もしかして、図書館でご飯食べたからかな?』

 

『図書館でご飯食べちゃダメって、小悪魔さん言ってなかった?』

 

『あー、そっか。でもだったらどうして?』

 

『分かんないよそんなの。あの人がいたって事しか共通点ないし………』

 

『『『うーーん…………』』』

 

 

話の幅が広がりきったところで、彼女らは同時に唸りながら頭をひねり始めた。

しかし、決して頭がいいとは言えない妖精が、いくら考えたところで無駄骨だろう。

さらりと妖精の知能の低さを見下した私は、それでも彼女らの会話の中で聞き逃せない単語が

いくつか混じっていた事を目ざとく発見し、一つずつ丁寧に思考の海へと投げ入れていく。

 

(美鈴と一緒に霧の湖の反対側へ? しかも、二人別々に帰ってくるってどういうこと?)

 

 

まず最初は、彼女らの話題でも一番に挙げられた、彼と美鈴について。

話によると、一緒にどこかへ出掛けていったのに、帰りは別々だったとのこと。

私はすぐに、美鈴と彼が前によく組み手をしていた事を思い出し、今回の件もそれと同じか

似たような状況だったのだろうと推察し、違和感がないことを確かめて別の問題に手を出す。

 

(パチュリー様がご機嫌に? 気難しいあの方が………しかも、昼食も食べずに紅夜と?)

 

 

続いては、大図書館にいらっしゃるパチュリー様と紅夜が、一緒にいたという話について。

この件に関しては分からないことだらけだ。魔法や魔術の実験で御食事を抜かれる事はまま

あった過去はあるけれど、昼食をどうするか聞きに行った紅夜と、何があったのだろうか。

食事を抜かれる事の多い彼女だが、要らない時は必ず、小悪魔を介して必要ないとの言伝が

まわってくるはず。なのに今回はそれがなかったらしく、彼が自ら尋ねに行ったようだ。

 

しかし、それとパチュリー様がご機嫌になることに、何の関係があるのか。

 

この疑問が浮かんだ直後、私は妙な引っ掛かりを覚えた。否、何かに勘付いたと言うべきか。

思い起こせばパチュリー様は、よく彼を大図書館に招いていた。彼を招いた時はほとんど

食事を取らないと仰っていたし、何より彼が来ない日にはやたらと虫の居所が悪く見えた。

その反面、給仕室に小悪魔がよく顔を出す日には、決まって彼の姿が館内から消えていて、

小悪魔がせっせと作って運ぶ紅茶は、どうしてか二人分の茶器がその手に収まっていたのだ。

魔女の使い魔である小悪魔は、恐れ多いと言って普段彼女とお茶の時間を拒むと言うのに。

 

この違和感に気付いた直後、私は再び聞こえてきた声によって確証を得る。

 

 

『ねぇ、もしかしてだけどさ。美鈴さんとあの魔女、あの人が好きなんじゃない?』

 

『そ、それってどういう意味?』

『言葉通りだよ! あの二人は、あの人が好きだから一緒にいようとしてるんだよ!』

 

『好きだと一緒にいたいの?』

 

『多分ね』

 

『へー。でも確かに、あの人ってカッコいいよね~』

 

『それは分かる!』

 

『私も分かるよ! 最近はどこかに行ってたらしいけど、前に一回だけ声かけられたし』

『え、うそ!』

 

『ずるいずる~い!』

 

『えへへへ~、いいでしょ~?』

 

『『いいなぁ~』』

 

 

何やらキャアキャアと喚いている妖精をよそに、私は導き出された答えに愕然とした。

 

パチュリー様が昼食を抜かれ、それが気になった彼は悩んだ末、本人に確認を取りに行き、

そこで彼女と何かが起こった(あるいは起こした)結果、彼女が上機嫌になるような事態が

発生したのだと考えれば説明がつく。問題は、その上機嫌にするような何かだ。

 

ここからは私の勝手な推測で、根も葉もないどころか一割の確たる証拠もない。

でも私は、この答えに行き着いてしまってからずっと、心の内に広がる嫌な予感を拭えない。

 

 

(もし、もしも_____________パチュリー様と彼が、逢引きをしていたら?)

 

 

そう、仮にも可能性の話だが、あの方と彼が惹かれ合う恋仲になってしまわれていたら。

大図書館で魔導を探求するパチュリー様に限って、そんな行いをするとは普通は思えない。

それは平常心が残っていたら、私だってそう考えていた。けれど今の私は、いわゆる普通と

いわれる状態ほどには冷静ではないと考えている。傷で痛む両腕を抑えつつ、思考を巡らせた。

 

パチュリー様と彼は、彼が一度死ぬまでかなりの頻度で逢っていた。それは知っている。

何も思い出せずにいたあの頃の私ですら、彼がよく大図書館へ足を運んでいる姿を目にして

いたし、何より日に日に彼への態度が軟化していくパチュリー様を怪訝に思ったこともあった。

自分自身に苛まれるという幻覚と幻聴の影響で、完全に疑心暗鬼に陥ってしまっていた私は、

気付けば廊下の真ん中で彼について語らっている妖精たちへと、その歩みを向け始める。

あれほど動かなかった身体はすんなりと動き、音を立てない歩行法で彼女らのすぐそばまで

迫った私は、隠し持っていたナイフを右手に握って、おもむろに真横へ一直線に振るった。

 

 

びしゅっ

どさっ

 

 

柔らかいものを引き裂いた時に聞く音に続いて、それなりに重いものが落ちた音が響く。

意外に聞き心地の良いその音は、最初の1回から立て続けに、3回続いて鼓膜に届いた。

そのたびに若干、人の声のような音も混じった気がしたが、もう何も聞こえてはこなかった。

 

ふと我に返った私は、自分の足元に広がる光景を見て、戸惑いを覚える。

 

 

(この床に敷いた敷物、こんなに澄んだ赤色だったかしら…………?)

 

 

視線を足元へと下げてみればそこには、澄んだ赤が今もなお範囲を拡大している最中で、

それが私の履いている靴にぶつかった瞬間、まるで避けるようにゆるりとたわんだ。

液体のようなシミの広がり方を見つめ続け、しばらくしてようやく本当の液体だと気付く。

元の赤を塗りつぶしていくこの赤は、私の握るナイフに付いた赤は、頬から滴り落ちる赤は、

 

全部、血だ。

 

 

シミの正体が先程の妖精の血であると見抜いた私は、これ以上履物や服を汚さないようにと、

拡大し続けている液体から遠ざかり、音もなく転がる妖精だったものを見つめて思い悩む。

 

 

(あーあ、どうしましょう。新しく三匹分、妖精の雇用をしなきゃいけないかしら?)

 

 

失ったものは仕方がない。終わったものは、壊れたものは、消えたものは、もう戻らない。

けれど失くした物は補充することができる。それは幻想郷において、妖精も同じだろう。

しかし実際に雇用するかどうかを考えると、さほど役に立たない妖精メイドを新たに三匹も

雇用するくらいなら、空いた分だけ他の妖精を働かせればいいだろうという思考に駆られる。

わざわざ時間を掛けて三匹に教育するより、作業を把握している他の妖精を回した方が

はるかに効率的だ。やはり雇用するのは止めにしよう。結論付けた私は、その場を歩き去る。

 

 

(____________ん?)

 

 

歩き去ろうとした足を止めて、私は再び思考の海へと飛び込んで答えを導き出す。

けど今度は、妖精の雇用や敷物の交換をどうするかなど、即物的な解答ではない。

私が求めた問いへの答えを導き出すのは、私が未だに握り締めている、右手のナイフだった。

 

 

(ああ、そっか。そうすれば良かったのね)

 

 

赤い液体を滴らせているソレを顔の前にかざし、舞い降りてきた答えの単純さに微笑む。

鋭い銀色で光を反射するナイフには、赤で遮られているものの、返り血を受けて頬に斑模様を

作っている私が映り込んでいた。普段の紅色よりもさらに深く淀んだ、黒に近い二つの瞳で。

唯一無二の回答を導き出した私は、くるりと身を翻して目的地を変更し、歩みを再始動する。

本当に滑稽だ。自然と笑みがこぼれ出てくるほどに、私は自分の鈍感さを滑稽に思う。

そう、簡単な話だったのだ。

彼があの女にあんな言葉を向けるようになったのは、あの女が彼を誑かしたから。

あの女がこの神聖不可侵の紅い館に踏み入っているのは、彼があの女に騙されているから。

妹様は当然彼のことを想っているし、おそらくだがパチュリー様も多少御考えになっている。

小悪魔に関しては言うまでもない。もしかしたら美鈴も、三人と同じで彼を想っているかも。

許す気はない。どいつもこいつも、寄って(たか)って彼にすり寄る意地汚い連中には変わりないが、

先に挙げた四人の内、妹様とパチュリー様はお嬢様との御関係がある以上、何も言えない。

けどあの女は別だ。絶対に許さない。私の弟を騙して、その心を奪い取ろうとするだなんて。

 

そんな奴はもう、殺すしかないだろう。

 

 

(紅夜、待っててね。今度こそ、今度こそ姉さんが貴方を守るから………)

 

 

心の内で呟く言葉によって、私の体に堪えきれないほどの快感が押し寄せるのを感じた。

誰かを想う事がこれほどまでに良いことだったなんて。いや、彼を想うからこそに違いない。

彼を守るために、彼に近付く奴を殺す。そうしてずっと、彼の姉である私がそばに居られる。

完璧だ。否、完全を体現する私からすれば、これもまた完全な策であると言わざるを得ない。

両腕に刻まれた数十分前の傷も、今では痛みが生じるたびに彼のために動いているのだという

誇りに変わっている。私はお嬢様の犬だけれど、彼を守ることもまた姉としての義務なのだ。

 

だから必ず奴を殺す。

一切の容赦なく殺す。

完膚なきまでに殺す。

この解決法の難点は、二つある。殺した死骸をどうするかと、彼の私室を汚してしまうことだ。

前者はまだ何とかなるけれど、問題は後者。彼のための行為なのに、その彼の部屋を汚す事を

肯定してしまうとどうもやりきれない。何とかして別の場所で殺したいが、それも無理だろう。

困った事にレミリアお嬢様が、彼の懇願を聞き入れてしまった結果、あの女が彼の自室へと

忍び込む口実を作ってしまわれたのだ。主君の言葉に異を唱える事は私にはできず、おそらく

彼もまた、主君の姉君であるお嬢様の言葉に背く真似はしない。こうなるとやはり不可能だ。

 

「仕方ない、時間を止めて壁も家具も全部綺麗に掃除しましょう」

 

 

彼の部屋でしか殺害できないのなら、そこで生じた汚れを拭き取るのは私の役目に他ならない。

そうすれば死骸の処理も一緒にやれるだろうし、これなら一石二鳥でちょうどいいだろう。

いや、ともすれば一石三鳥になるかもしれない。彼の自室に入ることなんて一度もなかったし、

これはいい機会だ。姉と弟の親睦を深めるために、いっそ今日から同じ部屋で暮らせばいい。

 

「はぁぁ…………愉しみだわ……♡」

 

 

歩みを進めるのと同時進行で、頭の中での計画も着実に進行していっている。

失敗などするはずもない。彼のために動く以上、失敗なんてできるわけがない。

確実にあの女を殺して、確実に死骸を処理して、確実に彼の身の安全を確保する。

 

今の私は、彼しか見えていない。

私の足が一歩を踏み出すごとに、頭の中にある計画の完成もまた、一歩ずつ近づいている。

全ては彼のため。彼を守るためだけに私は、この手とこのナイフを、紅色に染め上げるのだ。

「紅夜、待っててね。姉さん、頑張るから」

 

 

右手に万力のような力を込めて、赤い滴を垂らす銀製のナイフの柄を握り締めつつ呟く。

漏れ出す愉悦、昂る快感、荒ぶる情動。

それら全てが、今の私を突き動かすものであり、今の私を支えるものだった。

 

 

「もう大丈夫よ。これからは姉さんが、ずっと一緒だから」

 

 

熱に浮かされたように、誰もいない虚空に笑みと言葉を向ける私は、彼しか見えていない。

 

 

「文を殺せば、しばらく大丈夫ね。さあ、急がないと」

 

 

だから、私は気付かなかった。

 

 

「紅夜に近付く奴は、全部姉さんが殺すわ」

 

 

そう、この時の私は気付けなかった。

 

 

「________何言ってるの、姉さん……⁉」

 

 

背後で私の独り言を聞いていた、大好きな彼がいたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_________こう、や?」

 

 

ゆっくりとこちらに振り返り、色白を超えて蒼白となった顔を向ける姉さんを見て、

僕は今しがた耳に入れてしまった彼女の独り言が、聞かれてはまずいことだったと悟る。

けれど無視は出来ない。姉さんの言葉の中に、「殺す」という聞き逃せない単語がいくつも

並んでいた上に、そこに彼女の、文さんの名前まで出てきたとなれば、言及せざるを得ない。

 

僕の存在に今気づいたと言わんばかりの反応を見せる姉さんに、驚愕の表情のまま詰め寄る。

 

 

「今のはどういう事? 僕には、文さんを殺すって聞こえたんだけど?」

 

「え、あ、それは」

 

「それは、何?」

 

「それは………あの女が紅夜を騙してるから、私が殺さなきゃって」

 

「どういう事だよ⁉ 文さんが僕を騙すって、何を証拠にそんな事を‼」

 

どうにも様子がおかしい。姉さんと数回言葉を交えただけで、僕はそう確信した。

普段の姉さんであれば、毅然とした態度で立ち振る舞うし、少なくとも安易に何かを決めつける

ような愚考はしないはずだ。なのに目の前にいる姉さんは、どうも挙動が不審すぎる。

一瞬偽物かとも考えたけど、変身能力を持つ者がいたとしても、文さんが僕を騙すだなんて

訳の分からない嘘を吐く必要性は感じられない。やはり本物だが、それでもどこかおかしい。

 

口調が荒くなってしまった僕の問いに、彼女は恐る恐るといった感じでやんわり答える。

 

 

「証拠なんてないけど、でも………あの女がいるから、紅夜は、紅夜は」

 

「僕が、何なの?」

 

「あ、あのね、紅夜。私は、紅夜のために、あの女を殺して」

 

「だからそこが分からないんだよ! どうして僕のために文さんを殺すなんて言うのさ‼」

「それは、え、あ、ああ………なんで、どうして?」

 

支離滅裂すぎて、姉さんの意図が読めない。でも、これが僕から見ても演技には見えない。

完全に本心で言っているようにしか思えない。だとしても、あの姉さんがこんな状態になる

理由も分からない。何故かしきりに「僕のため」だとか、「文さんを殺す」ことに対して

こだわりを持っているようだけど、どう考えてもその二つが繋がる要素が見つからない。

しかし現にこうして姉さんは異常な行動を取っているわけだし、何かあったのは間違いない。

しかもよく見れば、彼女の頬は返り血でも浴びたような赤い斑点模様がこびりついていて、

おまけに右手に持っているナイフにも同様の色合いの液体が、滴るほどに付着している。

さっき妖精メイドの一人が通りすがりに泣きついてきて、現場に行ってみれば血の海と化して

いたことに驚いたけど、もしかしなくてもその犯人は彼女だろう。状況がそれを物語っている。

問題は、何が彼女をそんな凶行に走らせたのかだ。それを解決しないことには始まらない。

 

とにかくここは冷静になるべきだと考え、今の姉さんにも伝わるようになだめつつ語る。

 

 

「分かったよ、言えない理由があるんだね。でも、殺すのは止めてくれないかな?」

 

「どうして? あの女がいると、紅夜が守れない………」

 

「自分の身くらいは、自分で守れるよ」

 

「だ、ダメ! 紅夜は私が、守らなきゃ、いけないのに」

 

「姉さん?」

 

「紅夜は、私が守るの! 他の奴は要らない‼ 私だけ、私だけが必要なのよ‼」

 

「…………姉、さん」

 

 

まさかこんな日が来るとは、思ってもみなかった。あの姉さんが、こんな風になるなんて。

しかしこれはチャンスだ。今の姉さんの言葉から、どうにも僕を守ることに関して過剰な

反応を示しているのは明らか。ならばここは、申し訳ないけどそれを利用させてもらおう。

 

原因を突き止めなきゃいけない。姉さんがこんな状態に陥ってしまった、その原因を。

姉さんには言いたくないと心が重くなるけど、ここは彼女のためにも言うしかない。

 

 

「________要らないよ」

 

「えっ…………?」

 

「聞こえなかった? 要らないって言ったんだよ。自分一人の面倒は見れるつもりさ」

 

「いや、そんなのダメ、ダメ! 紅夜、私が守ってあげるから、ね?」

 

「それが要らないって言ったんだよ。何もできない子供じゃないんだから」

 

「なんで…………どうして⁉」

 

「今の姉さんはおかしいよ。レミリア様には僕から言っておくから、しばらく永遠亭で

身体を診てもらった方がいいと思う。大丈夫、御見舞くらいは行ってあげるよ」

 

「あ…………ああ………」

 

 

先程とは打って変わって、突き放すような言葉とともに、身を翻して来た道を戻る。

何やら呟きのような、言葉にならないような声が聞こえてくるけど、努めて無視した。

僕に対して異常なまでの執着があるように思えたから、逆にこちらから彼女と距離を開けると

いう趣旨の言葉を投げかければ、必ず何かアクションを起こすと踏んだからこその策だ。

 

ゆっくりと、普段より少し遅めの歩調で廊下を進んでいく。

しかしこの僕の行動は、歩き出してから五秒も経たぬ内に強制的に停止させられた。

 

端的に言えば、背後から姉さんに抱き着かれたのだ。

 

 

「ねえ、さん?」

 

 

何かしらの行動を起こすとは予想していたけど、こんなことをするとは予測できなかった。

自分で仕掛けておいて自分で驚かされるという、何とも滑稽な事をしでかした僕だけど、

それ以上に驚かされる羽目になるのは、ここからだった。

 

 

「紅夜………私を、わたしを捨てないで‼ お願い、おねがいします‼

貴方に捨てられたら、私は、わたしはもう…………なにも………………」

 

 

それまで、【完全で瀟洒な従者】の名に相応しい姿しか見たことがなかった僕はこの時、

外の世界での事を思い返しても一度も見たことがなかった、姉さんの泣き顔を見てしまった。

目からは滝のように涙が零れ落ち、表情筋もまさに泣き顔といった感じに隆起していて、

いつもの状態が美しすぎる分だけ、今がより酷いという意味で際立っているように感じる。

 

無論、そんな事は口に出せない僕は、困惑気味にだが背中越しに彼女の頭に手を置いた。

ハッとして僕の背を見上げる姉さんに、僕は右手を置いたままの姿勢で、優しく語り掛ける。

 

 

「酷いこと言ってゴメンね、姉さん。大丈夫、僕は姉さんを捨てたりしないよ」

「ほんとう……? わたしを、すてたり、しない………?」

 

「絶対にしない。僕が姉さんを捨てるわけないじゃない」

 

「でも、いま、いらないって……」

 

「嘘だよ姉さん、全部嘘さ。だから、ね? 何をどうしたのか、全部話してくれる?」

 

肩越しに後ろを見つめながら、柔和な笑みを浮かべて問いかける。

するとようやく安心したのか、姉さんが抱擁(拘束)を解いて無言で首肯を繰り返した。

それでもまだ何かあるのか、僕の燕尾服の裾をナイフを捨てて空いた右手でギュっと握り、

僕の歩行に合わせてトボトボといった感じで着いてくる。いよいよ本当に重体だな。

血と涙が入り混じった顔であまり出歩かせるのも悪いと思い、近くにあった給仕室で

とりあえず顔や手などを洗ってもらい、ひとまず落ち着かせるために彼女の部屋へ向かった。

 

ここから先は、あまりにも時間がかかりすぎたために、僕自身もよく覚えてはいない。

けど、確かな事が一つある。それは、彼女が僕を思い出し、大事に想ってくれていた事だ。

一晩を掛けてしまったけれど、姉さんとまた昔みたいに、いや、昔以上に話す事ができた

だけでも幸せを感じた。そのせいか、僕は姉さんが泣き疲れて眠るのを確認するのと同時に

睡魔に誘われてしまったらしく、気が付けば朝になってしまっていた。

 

これで僕に残された猶予は、一週間と五日間。悠長にしてはいられない。

 

けど、もう一つやることが増えた。

 

姉さんをここまで精神的に追い込んだのが、もし仮に外部の存在だったならば。

 

その時は、そいつを見つけ出して必ず殺してやる。

 

 

姉さんにはもう二度と、あんな涙は流させない。

 

 

新たな違いを胸に刻み、僕は帰って来て二日目の朝を迎えた。

 

 

 

 












いかがだったでしょうか?

いやぁ、ホント、マジで、ドン引きするほどの内容になりましたわ。
文字数もそうですが、よくもまぁこんなことになったと………(呆然
しかし今回のことで明らかになったのは、作者である私が重度の
ヤンデレ好きということですね。ああ、心が病むんじゃ^~

それと今回の最後ですが、省いてしまってすみませんでした!
できればこの省略部分は、番外編の方でいつか乗せようかなと考えている
次第でございまして。どうか気長にお待ちいただければなと、ハイ。

あ、あと余談ですが、今回のタイトル「哀し愛される日」は
「あいしあいされるひ」という読み方となっております。哀しいねバナ(略


それでは次回、東方紅緑譚


第六十八話「紅き夜、魔人と語らう」


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