東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、ストレスで胃が爆裂しかけている萃夢想天です。

先週投稿できなくて申し訳ありません。書いてはいたんですが、
途中で再起動がかかって全て白紙に帰ってしまいまして、ハイ。
少しはタイミングと言うものを理解していただきたいものですな。

これ以上書くとTAKE3を書く羽目になるかもしれないので、
愚痴はこのくらいにしておきましょうか。


それでは、どうぞ!





第伍十九話「禁忌の妹、愛を謳う」

 

幻想郷の中で過ぎていく、昨日と変わらずのどかで穏やかな時間の中で、

風は人の肌や髪を優しく撫でては吹き抜けていく。それは、まさにそよ風であった。

誰しもが自分が生きる今日を見つめている中、それどころではない人物がそこにはいた。

薄紫色の長髪をくねらせ、長い兎耳をわなわなと震わせている、鈴仙・優曇華院・イナバ。

彼女は今まさに、自分の目の前に現れたたった一人の人物を前に、恐れすくんでいる。

迷いの竹林の最奥で悠久を生きる罪人、もとい仕える姫と仰ぐ師にすらも、これほどまでの

強い感情を抱いたことは無い。後悔や恐怖、あらゆる心情が鈴仙の心を壊さんとしていた。

 

鈴仙をそれほどまでに恐怖せしめる相手は、博麗神社の鳥居をくぐって歩み寄る。

 

静々と、されど堂々と踏み出される一歩ごとに、鈴仙は瞳を涙で潤ませていった。

文字通り脱兎の如く逃げ出したい。しかし、それを仮に実行したとしても逃げおおせるほど

現れた人物は甘くないし、何より自らの仕える姫の勅命に背くことにもなってしまう。

忠義と本能という相反する二つの感情の板挟みに、鈴仙が耐え切れなくなったその瞬間、

彼女のすぐ脇にいた金髪の幼子、フランは迫る人物に対して警戒も何もなく声をかけた。

 

 

「しき? えいき? やまざな? どうして私の名前を知ってるの?」

 

 

495年という歳月を地下牢で孤独に過ごしてきた彼女からすれば、たった今やってきた

四季 映姫 ヤマザナドゥがどのような人物かなど、分かるはずもなかった。

しかし鈴仙からしてみれば、目の前にいるのが地獄の裁定者であるのにそれを知らないのが

相手にどう思われるのかなど、想像できるはずもなく、さらに身を強張らせていく。

ところが、鈴仙が危惧していたようなことは起こらず、ただ言葉の受け答えが始まった。

 

 

「私は輪廻転生の大任を預かる閻魔大王です。知らぬことなど、あまりありませんよ。

そして、何故私が貴女の名前を知っているのかについて、お答えしましょう。それは」

 

「それは?」

 

「私が、十六夜 紅夜と直接会い、話をしてきたからです」

 

「えっ⁉」

 

 

映姫の発した一言に、フランは当然として、鈴仙までもが恐怖を忘れて目を驚愕に見開く。

それも当たり前のことだ。鈴仙の本来の任務は、フランに同行して十六夜 紅夜という

全身改造され尽くした人間を、忠を尽くす姫君のもとへ連行することなのだから。

その標的ともいえる人物が、地獄の閻魔大王と直接面会している。この言葉の意味が

分からないほど、鈴仙はバカではなかった。だが、それでも状況が把握できない。

 

彼女が知っているのは、標的が自分の隣にいるフランに仕える執事だったという事と、

外の世界からやってきたという事、そして全身に非道な改造が施されていた事だけだ。

それ以外の事はほとんど知らない。しかし、彼を連れて来いと言ったのは、あの姫である。

単なる器量好しというだけで気にいるほどの方ではない。それだけは間違いないだろう。

だとすれば、間違いなく(けが)れている。月の民が毛嫌う、罪の穢れに満ちている。

おそらく姫君はそこを気に入ったのではないか、そう考えると案外としっくりくる。

 

ここまで考えた鈴仙は、歩みを止めた映姫に一つ質問をしてみようと勇気を奮った。

 

 

「あ、あの! その、十六夜 紅夜という人間に、どのような………?」

 

しかし、彼女が言えたのはそこまでだった。以降は、声が震えて音にもならずに消えて、

妙なところで区切ったことにより注意をこちらに向けられてしまい、最初に来た時より

さらに体を縮こませねばならなくなってしまった。それだけ、閻魔を恐れているのだ。

 

けれど閻魔である映姫からしたら、勝手に怯えられても困るだけなのだが。

 

 

「紅夜に会ったの⁉ どこ、どこなの⁉」

 

「フランドール・スカーレット、まずは落ち着いて私の話を聞いてください」

 

「ねぇ、紅夜は‼」

 

「………立ち話では済まなそうですね。では、あちらの母屋で腰を落ち着かせてから

今回のお話をさせてもらう事にしましょう。幸い、何故か霊夢は外出中のようですし」

 

 

愛しい人の話題を出された途端に態度を一変させたフランを、映姫はたしなめようとする。

が、結局落ち着く気配が見えないため、仕方なく話題を一度切って場所の変更を提案し、

落ち着きがなくなったフランに代わって鈴仙が無言の首肯を繰り返し、三人は移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合いの場を境内から博麗神社の母屋の卓袱台へと移した三人は、

それぞれ円形の机を取り囲むようにして腰を下ろし、息を小さく吐き終えた。

今三人の前には、ほんのりと香る湯気を上げている湯呑が置かれている。

中身は当然の如く薄くなった緑茶だが、それは博麗神社なのだから誰も何も言わない。

けれど彼女ら、というより鈴仙と映姫が口を出したくなったのは、茶を入れた人物に

ついてだった。それは無論ながら二人のどちらかでも、この場にいない霊夢でもない。

この茶を淹れたのは、フランだった。悠久を地下で孤独に過ごした、あのフランだ。

手際よく急須から茶の香り立つ湯を注ぐ仕草を見せられて、驚くのも無理はなかろう。

特に映姫の驚きは鈴仙以上だった。彼女は、フランがそういう事ができる人物だとは

知らなかったし、知らされてもいないからだ。ならば、あの少年も知らないはずだ。

 

おずおずと湯呑に手を出し、中で揺れる茶湯を平静を装いつつも喉へと流し込む。

そして映姫は再び驚く。不味かったからではない、むしろその逆だったのだから。

 

 

「…………これは、一体?」

 

「あ、あの、閻魔様? 何かありましたでしょうか……?」

 

「いえ、何かあったというほどでは。ですが、話すことが増えましたね」

 

「?」

 

 

恐る恐る話しかけてくる鈴仙に対応しつつ、自分の対面に位置する場所に座る

フランを見つめ、首をかしげる。少年を介して知った通りの人物に間違いはない。

そのはずなのに、得た情報には無い行動と技術を有している。映姫は話を切り出した。

 

 

「いいお茶をありがとうございます。茶葉は普通ですが、淹れ方が素晴らしい」

 

「?」

 

「ほ、ほめられてるのよ、フラン!」

 

「そーなの? ありがとう!」

 

「いえ。さて、私も一息つけましたし、改めてお話をさせていただきましょう。

一番最初に話しておくべきなのは、やはり十六夜 紅夜のことでしょうかね」

 

 

ここにきてようやく本来の議題に入れた、と職業病患者の映姫はホッと息をつく。

自分の立てた筋道通りに事が運ばないと頭がむず痒くなる、と地獄の法廷裏で

愚痴を飛ばしている彼女は、これから話すことを綿密に組み立ててから話しだす。

 

 

「私は三途の川で彼に会い、罪を清算させるために一度だけ復活を許可しました。

彼の肉体が魔人の魂に奪われ、幻想郷のどこかでその力を好きに使っていると

報告を受けたからです。彼自身の故意ではないにしろ、罪は贖うものなのです」

 

「?」

 

「フランは分かんないよね………えっと、あの人は今、悪い人に体を乗っ取られて、

どこかで暴れてるかもしれないってこと。で、いいんでしょうか?」

 

「はい、概ねは」

 

 

鈴仙の補足もあってか、映姫の伝えたいことは大まかではあるが二人に伝わった。

これでここへ赴いた理由の一つが達成された、と映姫は心中で印鑑を押す。

続いて残った話を語ろうと口を開きかけた彼女は、ふと気になったことを先に語る。

 

 

「それと、貴女もそんなにかしこまらなくてもいいですよ。

今の私は地獄の閻魔大王ではなく、四季 映姫一個人の用向きで来てますので」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ええ、個人的に彼に色々と頼まれまして。そのついでに彼の主君であった彼女にも

差し出がましいとは思いつつも、報告はしておいてもいいだろうと考えたので」

 

「そうですか………ん、フラン?」

 

鈴仙は想像していたような事が起こらないと分かって安心し、目の前に映姫がいる

にも関わらず、胸を撫で下ろす。そこでようやく周りを見れるほどに落ち着いた彼女は、

隣で話を聞いていたフランが黙して顔を伏せていることに気づき、声をかけた。

呼びかけに応じて顔を上げたフラン。その瞳に普段の輝きは無く、深く淀んでいた。

異変に気付いた鈴仙は、そのまま眉根を釣り上げて表情を鬼気迫るものへと歪めていく

フランに、正気に戻るよう声を大にしてその小さな肩を揺さぶる。

 

 

「ちょっとフラン! ねぇ、聞いてる? ねえってば!」

 

「フランドールさん? どうかしましたか?」

 

「………………紅夜は、ドコ?」

 

 

しかし、二人の瞳に映るフランの顔は既に漆黒の決意に満ち溢れたものとなっていた。

無数の昼と夜を過ごし、永遠とも知れぬ孤独をただ生きてきた、幼子のような吸血鬼。

そんな彼女の丸く小さな瞳が、日々の平穏を謳歌する輝きを亡くした瞳が言外に告げる。

 

邪魔をすれば(こわ)す。誰であろうが何であろうが有象無象となるまで(ころ)す。

 

見た目からして幼げなフランの迫力は、彼女より5年長く生きている姉にも匹敵するだろう。

無言の圧力を一身に受けながら、されどもたじろがない映姫は冷静なまま問いに答える。

 

 

「残念ながら、お答えできません」

 

「ッ‼ オマエモメチャクチャニ」

 

「ですがそれは、彼のためなのです。十六夜 紅夜の、最後の罪滅ぼしのため」

 

幽閉され続けたことで心が裂けて壊れ、その歪みから生じた"禁忌"がフランの体で

能力を発動させようとするが、続けて放たれた映姫の言葉により、それは断念された。

ピタリと動きを止めたフランを見つめながら、映姫はさらに語る。

 

 

「話しておきましょう。彼はこの五日間、自分の事を忘れてしまっていました。

分かりやすく言えば、記憶喪失という状態だったのですが、ここまではいいですか?」

 

「____________________」

 

 

平静に、そして淡々と告げられた言葉を理解したフランは、一瞬で殺気を放散させた。

というよりも、意識を保てなくなったという方が正しいのかもしれない。

 

最愛の人が記憶を失っている。それはつまり、主人である自分を忘れたという事だ。

そこに思考が行き着いた瞬間、フランの目からは輝きどころか、殺気や生気までもが

立ちどころに消え失せていった。代わりに溢れだしたのは、喉奥から漏れる嗚咽と涙。

過ぎた年月と比べて幼過ぎる彼女にとって、映姫の言葉は心に深々と突き刺さった。

 

否定しようにも思考がまとまらず、嗚咽に塞がれて声すらまともに出せなくなる。

彼女の思考回路が焼き切れそうになった瞬間、映姫が見かねて言葉を足早に紡いだ。

 

 

「で、ですが、今はもう自分を取り戻しています。全て、思い出したんです。

そこで私は彼に再度清算の機会を与え、そのまま今に至るというわけなのですが」

 

「…………紅夜、こうや」

 

「えと、あの、つまり?」

 

「フランドールさん、彼は必ず帰ってきますよ。閻魔大王の言葉に嘘はありません」

 

「___________ホント?」

 

「ええ、必ず。彼に説教をされた私が言うのです、間違いありませんよ」

 

 

最後の言葉を言い終わるのと同時に、それまで固めていた表情を微笑みに変える。

映姫の穏やかなその笑みを見れば、信用するには充分だと言外にも理解できた。

この場にいなくとも重ねられた彼との『約束』を聞き、フランは涙を拭ぎ払う。

彼は絶対に帰ってくる。だって、いつでもそばにいると彼は誓ったから。

彼は絶対に約束を守る。だって、ずっと一緒にいようと彼が言ったから。

 

ただの人間の少年。しかしフランにとって彼は、495年の鎖を断ち切る白銀の王子。

永遠の忠誠をこの身に誓い、いつまでも傍らにあり続けると紅い瞳に刻み付けられた。

既に彼と結んだ『約束』を、二度も破ってしまった。次は、三度目は、もうない。

泣かない約束を交わした彼が、必ず帰ると約束した。なら自分にできることは一つ。

 

 

「_______紅夜を信じてる。私は、紅夜を待ってる!」

 

「そう言うと思っていました。フランドール・スカーレット、貴女は"白"ですね」

 

 

涙声ではあるものの、先程とは違う決意に満ちたフランの声が博麗神社に響く。

そして映姫は、彼女の言葉を予期していたような口ぶりで、改めて微笑んだ。

普段行っている裁判で口走る、自分の中にある審判の判決を笑顔で宣告して、

湯呑に残っていた茶を一滴残らず飲み切ると、映姫は立ち上がって母屋を出た。

突然の行動に驚きながらも後を追う形で残った二人も外に出る。

 

意外と時間が経っていたようで、東の空で散歩していた太陽は、今や南の空の頂上で

激しく自己主張するように光を放っていた。その眩しさにフランと鈴仙は顔をしかめる。

先に出た映姫はもう、神社の鳥居の真下まで歩いて行ってしまっていたが、そこで

くるりと向き直り、思い残しが無いようにと独り呟いてから再び笑顔になって語りだす。

 

 

「あ、そうだ。言い忘れていましたが、フランドール・スカーレット。

貴女に判決を言い渡しましょう。先程は"白"と言いましたが、それはあくまで心の話」

 

「なに? 何のこと?」

 

「判決、貴女は"黒"です。このままでは永い生を終えた後で、同じく長い地獄の旅路が

待ち受けることとなるでしょう。ですから、そうならぬように特別に助言をしてあげます」

 

「?」

 

「貴女が罪を償うには、十六夜 紅夜を信じ、彼に信じられる主人に成長する他ない。

確かに少しは成長しているようですが、このままでは彼が戻ってもまた迷惑をかけて

しまうだけの日々に逆戻りです。そうならないよう、貴女は主人として成長しなさい」

 

では、と最後に軽く会釈と別れの挨拶を済ませた映姫は、背を向けて参道を下りていく。

その小さな背中と彼女の言葉を心に焼き付けたフランは、無言のままでも意味を理解した。

今の自分は紅夜に迷惑をかけてばかりで、甘えてばかりいた。思い返してもその通りだ。

けれどそのままでいたらダメなのだ。それでは結局、愛しい彼に仕えられる価値は無い。

映姫が言いたいのはそういう事なのだろうと、フランは真剣な顔つきで両手を握り締めた。

 

過去の自分は、他人に何かをしてもらうことが常だった。だから失い続けたのだ。

今度は絶対に手放さない。手放したくない、見捨てられたくない。だから変わらなければ。

彼の無事を伝えてくれた彼女が言ったように、停滞したままではいちゃいけないと気づいた。

紅魔館という限られた狭い世界にいたころでは知ることもなかった広い世界に、私は居る。

あの紅色の牢獄では得られなかったものも、様々な彩りが溢れるこの世界なら、手に入る。

変わろう。学ぼう。知ろう。

 

全ては、あの愛しい彼に相応しい自分になるために。

 

 

「頑張るわ、紅夜!」

 

 

傍観者となっていた鈴仙が後ろにいることを知覚しながら、フランは明るく宣言する。

世界は広い。今のフランが思っている以上に広い。そこは、色々なもので満ちている。

程度の能力を使えばあらゆる万物を粉砕できる彼女にとって、そこは有象無象でしかない。

しかしそれは過去の話。彼の存在を、ひいては自分自身の成長に意義を見出せなかった

昔の自分の戯言だ。今のフランには、眼下に広がる幻想の世界は、何より輝いて見えていた。

 

 

「待ってるからーー‼」

 

 

広い広い空に向かって、フランは高らかに告げる。それは、まさに自分との『約束』。

人知れず交わされたその誓いを胸に、今日から新しく生き方を見つけた少女は笑う。

 

幻想郷の中で、昨日と変わらずのどかで穏やかな時が過ぎてゆく。

けれどその過ぎゆく時の生き方は、日に日に、刻一刻と、瞬きの速度で変わり続ける。

人には人の、妖には妖の、それぞれにはそれぞれの中に流れる時間がある。

時間は不変、そして絶対。故に何者も変えられない。しかし、その中身は変えられる。

 

大きく息を吸い込んだフランは、自分が一つ成長したことに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は変わることなく流れゆき、いつしか頃は茜空。

昼を過ぎて西の山々の向こう側へと沈んでいく太陽は、東から代わりとばかりに

浮かんできている月に対抗するように、その黄金色の輝きをさらに増していく。

 

時刻は夕暮れ。幻想郷に生きる人間たちが、自分たちの活動時間の終了を自覚し、

妖怪たちが跳梁跋扈する逢魔ヶ時が近いことを恐れ始めるちょうどその頃だった。

 

 

「流石にここまで時間つぶせば、アレも帰ってるわよね?」

 

紅魔館の門番と話し終えて人里へ向かった霊夢が、人里の重たい門扉をくぐり出てきた。

妖怪に襲われるどころか神に殴られても平気でいる彼女がこの時間帯に出歩こうと、

里に住む人々は何も言わないし、言えない。そも彼女は博麗の巫女であるのだから。

自分が考えつく限りの場所を巡ってきた霊夢は、昼前に神社にやってきた人物が流石に

もう帰ってる頃だろうと見計らって出てきたのだが、それはあまりにもできた偶然だった。

 

 

「あ、咲夜。アンタこんなとこにまで来てたのね」

 

「………霊夢? 悪いけど今は忙しいの。それじゃ」

 

 

人里の木柵が見えなくなる辺りまで飛んで帰宅しようとしていた霊夢の視界に、見覚えの

ある西洋の給仕服に身を包んだ少女が映り込んだ。これ見よがしに声をかけてみると、

当の本人からは殺気にほど近い敵意を盛り込んだ鋭い視線を向けられる。けれど刺すような

その視線すらも、博麗の巫女である霊夢には効果は無かった。

 

銀髪の従者、咲夜はいきなりやってきた人物が顔見知りの霊夢だった事に安堵しつつも、

自分のしていることを中断させられたことに対する苛立ちが勝り、敵意を剥き出しにする。

普段の彼女らしからぬ余裕のない対応に、霊夢はつまらなそうな表情になって呟いた。

 

 

「探し物? 困るわね、勝手に動き回る探し物なんて。面倒くさいったらありゃしない」

 

「…………何ですって?」

 

「ふーん、聞いてた通りみたいね。それで、どうなのよ。弟は見つかった?」

 

 

興味も関心もほとんど感じられない態度で尋ねる彼女に、咲夜は表情を一層険しくする。

少し前までは苛立ちを含んだ敵意の視線を投げかけていたが、今は純粋な殺気を帯びていて、

相手が誰であろうと容赦はしない殺戮者の風体と化していた。だが霊夢はそんな雰囲気すら

気にかけることもなく返答を待つ。しばらくして、咲夜は口数少なくポツリと返した。

 

 

「………いえ。でも、あなたには関係のない話よ」

 

「でしょうね。私もさっきまでは関係なかったはずなんだけどね」

 

「何が言いたいのよ。私は時間を無駄にしたくないの、言いたい事があるなら______」

 

「アンタんとこの門番に頼まれちゃったのよ。フランと一緒に執事もよろしくって」

 

何でもないような口調で語られた言葉に、咲夜はわずかながらに動揺して表情を変えた。

聡明な彼女は、今の霊夢の一言で様々な情報を入手できた。少なくとも三つは。

一つは、霊夢が紅魔館へと赴いたこと。これは門番こと美鈴の名が出たことで間違いはない。

一つは、フランが博麗神社にいること。行方が知れなかった彼女の名が無関係であるはずの

巫女の口から出てきた以上、拾われたか偶然出会ったかで世話になっているには違いない。

そして最後は、咲夜の弟である紅夜についての現状を知ってしまっているということだ。

弟の身に起きたことを知っているのは、自分たちと鴉天狗の文、そして永遠亭のごく少数。

しかしそれについてどこまで知っているかは不明にしても、目の前の巫女は確実に知っている。

________敵だ。私とあの子の、敵だ。

 

バックステップの要領で距離を取った咲夜は、懐から一瞬で数本の銀製ナイフを取り出して、

夕焼けを紅く反射するその全ての切っ先を敵に向け、怒号とともに渦巻く感情をぶちまけた。

 

 

「霊夢、妹様の保護は感謝するわ。でも、あの子には近付くな! あの子は私の、弟よ‼」

 

「………えらい変わりようね、ホント。でさぁ、なんでアンタ怒ってるの?」

 

「殺す‼ 巫女だろうが関係ない、あの子の為ならお前でも殺してやる‼」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでいきなりそうなるのかって聞いてんの!」

 

「あの子は私が守る! 今度こそ、私の手で‼ だから霊夢、その邪魔をするなら………」

 

 

叩きつけられる殺気と鋭い眼差しから放たれる殺意を受け、霊夢はようやく焦りだす。

ただ単に話を聞こうと思って声をかけただけでこの有り様だ。会話すら成り立たない。

そこでふと思考を整理する。目の前で殺意の波動を発している咲夜を前に、一度冷静になり、

とにかく話すべきことを話して丸く収めようと考え、大きく息をついてから語り直した。

 

 

「あのねぇ、誰が邪魔するって言ったのよ。私はただ、あの門番にアンタを手伝ってくれって

頼まれただけよ。それを勝手に勘違いして。殺す? やれるもんならやってみなさいよ」

 

「…………霊夢、質問に答えなさい」

 

「質問する奴の態度じゃないけど、なによ?」

 

「………あの子を探すことで、あなたは得をするの?」

 

「さぁね。でも、一人の人間として、博麗の巫女として、無視はできないってだけかしら」

 

 

不遜な態度で問いかけに即答する霊夢。その対応を見て、咲夜は小さくだが驚く。

咲夜が知る限り、霊夢は役職柄人を助けることはあっても、自分から厄介事に首を突っ込む

ほどお人好しではなかった。少なくとも、利益を必ず求めるような性格だと考えていたのだが。

しかし目の前にいる霊夢にはそれが当てはまらない。金銭目的でも食料目当てでも無いようで、

それでいて無関係な話に自分から関わりに来て、自分の弟を助けようとしてくれている。

 

どう考えても裏がありそうな、怪しい話だった。

 

もちろん咲夜は分かっていた。あの霊夢がそんなことを無償でするはずがないと。

けれど今の彼女にとっては、たった一人の人手でも足りなかったのだ。どこの誰でもいい、

弟を見つけてくれるのなら、助けてくれるのなら。今の咲夜は文字通り冷静ではなかった。

 

 

「その言葉、どこまで信用していいのかしら」

 

「しなくてもいい。でも、代わりに私も一つ聞いていいかしら?」

 

「………答えられる範囲なら」

 

「そう。じゃ、アンタはなんで急に弟に執着するようになったのよ」

 

「それは…………」

 

 

咲夜の顔に陰りがさし、表情が曇りだす。その様子を、霊夢はただ見つめ続ける。

 

ハッキリ言えば、今回の霊夢の行動意欲は好奇心が3割、美鈴の頼みで2割だった。

そして残る5割を占めるのは、神社に居候している少女の思いを受けた哀れみの感情。

初めてフランが博麗神社で寝泊まりしたあの日から、ずっと寝言で彼の名を呼ぶのだ。

吸血鬼と人間。咲夜とレミリアのような、特殊な関係なのだろと気にも留めなかったが、

幼い少女の閉じた眼から涙が零れ落ちるのを見た霊夢は、ほんのわずかに興味を抱いた。

 

この二人は少し違う。主人と下僕とは、どこか違うように感じる。

 

これも博麗の巫女の勘なのか、それともただの思い違いなのか、霊夢には分からない。

およそ恋など体験したことが無い彼女には、人を想い想われることを知らなかった。

だからこの機会に聞いておこうと考えた。フランに愛される、あの少年の姉に。

以前とは真逆の態度を取り出した咲夜も、おそらくそういう感情を知っているのではないか、

そう思い至ったからこその問いであった。

 

 

「…………それは」

 

「それは?」

 

「私が、私があの子の事を、思い出したから」

 

「思い出した? どういう事?」

 

「………………」

 

 

しかし予想に反して、咲夜から返ってきた答えは予想外のものだった。

言葉の意味が理解できない霊夢は、そこから続く言葉を無言で待ち続ける。

その間にも顔色を暗くしつつある咲夜も、しばらくして意を決したように呟く。

 

 

「私とあの子は、外の世界で一緒に育ったの。地上の地獄とも呼べる場所でね」

 

「外の世界の事は詳しく知らないけど、まぁ、色々あったのね」

 

「ええ。そこで初めてあの子と出会った。だから、本当の姉弟ではないのよ」

 

「…………だったら、なんで姉さんって呼ばれてんのよ」

 

「それは、私があの子を騙して、勝手に利用していたから………」

 

俯きながら語る咲夜。彼女の独白は、そこから数秒置いて続けられた。

 

 

「生き地獄の中で孤独を味わった私は、死にかけてたあの子に安らぎを求めた。

自分が満足するための道具として近付いて、親交を深めて、私はあの子を弟に作り替えたの。

それもしばらくの間だけ。すぐに飽きた私は、あの子を見捨ててこの世界に来た」

 

「…………………」

 

「お嬢様に名を与えられて、別の人間になった。その時に昔の記憶は封じられたらしいわ。

新しい人生をお嬢様の狗として生きていくのは、充実していた。世界が色づいて見えた」

 

「…………………」

 

「そして、あの子がこの世界にやって来た。見捨てた挙句に存在すら忘れた、(わたし)に会いに。

記憶を封じられていた私は、あの子を遠ざけた。記憶が無くても、後ろめたさはあったのよ」

 

「…………………」

「今になって思えば、あの子は自分を見捨てて消えた私に、復讐するために来たのかもね。

それも当然だわ、勝手に利用して勝手に失望して勝手に捨てた私を、許せるはずないもの。

でもあの子、死んだときにどんな顔してたと思う? 笑顔だったのよ、とても穏やかな」

 

「………なら、許されたんじゃない?」

 

 

懺悔にも似た長い独白を聞き終えた霊夢は、咲夜の心に言い聞かせるような声色で答えた。

だが当の本人は首を振ってそれを否定し、山々の下に沈んでいく夕焼けを潤んだ瞳で見つめ、

過ちを悔いる罪人のような面持ちでか弱く反論する。

 

「そんな訳ない、あの子は恨んでるわ。この非道で非情で最低な、姉と呼べない他人(わたし)を」

 

「だったらどうして、アンタは自分を恨んでる相手を探してるのよ」

 

「………あの子に、罰してもらう為よ。それがあの子への罪滅ぼしになるんだから」

「何よそれ。アンタまさか、恨まれてるから何されてもいいって思ってるの?」

 

「………当然よ。小さかったあの子の心を弄んで、捨てて、見殺しにした。そんな私の事を

恨んでないわけが無いじゃない‼ 憎んでるに決まってる、だから私は‼」

 

「殺されても文句は言えない、って?」

打って変わって冷ややかな視線を投げかける霊夢の言葉に、喉を詰まらせながら頷く。

咲夜の表情は強張り、それが決して本当に望んでいることではないと如実に語っていた。

どうあがいても本心を語らない咲夜の頑固さに呆れ、霊夢は溜息を吐いて語り始める。

 

 

「アンタがどう思いこもうと勝手だけど、それが正しいことなのかは別よ。

殺されたいんならそう言えばいいじゃない。今までと同じように、自分勝手にね」

 

「ッ‼」

「望んでないんでしょ、そんな事。アンタはアイツに会って、どうしたいのよ?

謝りたいの? 殺してほしいの? それとも、本当の姉弟になりたいの?」

 

「_________っ」

 

「素直じゃないのよアンタら。フランを見習ったらどう? 真面目で素直で助かってるわ。

勝手に思い込んでる姉と勝手に諦めてる弟、変なところだけ似てるのよね、ホントに」

 

 

次々と核心を突いていく霊夢の言葉に、咲夜は隠していた本心を無理やり剥き出しに

されたような敗北感と屈辱、そしてありがたみを感じていた。

しかしその反面、まるで自分より彼を知っている風な言葉に、苛立ちを募らせてもいた。

「お前にあの子の何が分かる」と怒鳴ってやりたくなったが、それを何とか抑え込み、

目の前で呆れ顔のまま腕を組んであーだこーだ言っている霊夢に、それとなく尋ねてみる。

 

 

「随分な言葉ね。あの子の事をどれだけ知ってるのかしら?」

「アンタの思い込みが激しすぎるだけ。本当に恨み言の一つでも聞いたことあるの?」

 

「そ、それは………でもあの子はきっと!」

 

「自分を憎んでる? フランの話を聞く限りだと、九分九厘有り得なさそうだったけど」

 

「妹様の、お話を?」

 

「アンタよりもずっと近くにいたんだし、色々詳しいに決まってんじゃない。

そのフランが言ってたんだから、間違いは無いでしょ。何なら確かめてみる?」

 

霊夢の言葉、というよりも提案に咲夜は息を呑む。しかし、その首を縦には振らなかった。

 

「妹様は、その、何と仰っていたの………?」

 

「知ってどうするの」

 

「それを聞いてどうするの?」

 

「………ま、いいか。二日前くらいだったかしら、フランが寂しそうに言ってたわ。

『紅夜が、自分は姉さんに嫌われてしまった。姉さんにとって自分は不要な存在だから、

目障りに思ってるんだろう。それでも、どう思われていても僕は姉さんが好きなんだ』

そう言ってた、ってね。信じるも信じないも、アンタの勝手よ。好きにしなさい」

 

皮肉げに話をしめた霊夢は、呆れ顔をほんの少し柔らかくして、最後に一言呟く。

 

 

「でも、本当にアイツの事を考えてやるなら、向き合って話し合うべきじゃない?」

 

 

言うべきことを言ったと、霊夢は空を見上げて今の時刻の大まかな予想を立てる。

既に日は没し、東の空からは淡い光を放ちながら、半ばくぼんだ月が浮かんできていた。

そう言えば時間つぶしを優先させて昼食を取っていなかったと気付き、霊夢の腹部から

ゴロゴロと不機嫌そうな音が鳴り出す。今は夜、いつもなら夕食と洒落込んでいるのにと

再び溜め息をついて、そこでようやく、改めて咲夜を見やった。

 

 

「___________」

 

泣いていた。あの十六夜 咲夜が、二つの瞳から絶え間なく雫を流し続けていた。

 

小さく開いている口からは言葉は聞こえず、開いている瞳も焦点が定まっていない。

けれど今の彼女は、先程話していた時より落ち着いているように感じられた。

 

再び霊夢が暗い夜空へと視線を向けた直後、前方から声をかけられた。

 

 

「霊夢…………一つ、いいかしら」

 

「何よ」

 

「あなたのことは信用してないし、するつもりはないわ。けど………」

 

「ハッキリ言えば?」

 

「…………紅夜を、助けてくれる?」

 

「そう言ってるじゃない」

 

 

視線は変わらず中空に向けられている。だが、その言葉に嘘も偽りも感じられない。

ぶっきらぼうに、ありのままに、されど揺るがぬ返答に、咲夜は微笑みを浮かべる。

 

 

「なら、お願い………あの子を助けて」

 

「分かったわ」

 

「あの子の為なら、私も、何でもするから! だから!」

「分かったって言ってんでしょうが、しつこいわね」

 

 

ようやく隠していた本音を語った咲夜に、今更遅いとばかりに霊夢が吠える。

そんな二人は視線を重ね、互いの言葉に嘘は無いという事を無言で確認し合った。

 

夜も深まりだし、霊夢はそろそろ帰らねばならないと打ち明けて空に浮かび上がる。

黒一色の夜空に紅白が舞い上がるのを見上げ、咲夜は涙を拭って再度嘆願した。

 

 

「妹様と弟を、よろしくお願いします」

 

「はいはい、分かってるってば」

 

 

右手をひらひらと振り、もう充分だとうんざりした顔を咲夜に向ける。

しかし直後に表情を変え、思い出したと言わんばかりに話題を切り出す。

 

 

「あと、今回の事が全部終わって、元通りになったらさ」

 

「何かしら?」

 

「人里への買い物に、フランも連れて行ってやりなさい。物覚え良いから」

 

「お嬢様がお許しになるとは思えないけど」

 

「だったらこう言ってやりなさい。『人里に新しく友達ができたから会いに行く』って」

 

「え? それって」

「本当の事よ。人里に新しくできた食亭の双子と仲良くなって、友達になったわ」

 

「…………そう。分かった、伝えておくわ」

 

 

霊夢の話に素直な驚きを見せた咲夜だったが、直後の言葉に顔色を変える。

 

 

「それと、フランと一緒に弟も連れてきなさい。いいわね?」

 

「え、それは、だって、いきなりは」

 

「姉弟が一緒に買い物行って何がまずいのよ。別に好いた惚れたの間柄じゃないんだし」

 

「…………………」

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

「え、ええ。分かったわ。その、が、頑張ってみます……」

 

 

急にしどろもどろになって顔を赤く染める咲夜を、怪訝そうに見つめた霊夢だったが、

本格的に胃袋が空腹を訴え始めたので、話はこれまでと打ち切って空に飛び出した。

 

一人残された咲夜は人前で、しかも霊夢に泣き顔や赤ら顔を見られてしまったことの

羞恥に今更ながら身悶え、しばらくしてから立ち直り、歩みを紅魔館へと向けた。

一歩ごとに夜風が肌を撫で、髪に触れていく。様々な感情が入り乱れたばかりの彼女に

とってはいい清涼剤となったが、今はまるで別のことで頭を悩ませていた。

 

 

(全てが元通りになったら、紅夜が帰ってきたら、そうしたら………)

 

頭の中で膨らんでいくのは、帰ってきた弟との、甘く蕩けそうなほど濃密な妄想(ねがい)ばかり。

 

朝目覚めれば彼の顔が横にあり、共に仰ぐ主人に今日も仕えられる喜びを口ずさむ。

二人で作った食事を取り、広大な館も二人で一緒に掃除し、空いた時間を楽しむ。

いつでも、どんな時でも二人で一緒にいる。思い描くだけで胸を埋め尽くすほどの、幸せ。

 

(食事も、掃除も、洗濯もずっと一緒に。も、もちろんお風呂も寝るのも………)

 

すぐそばに弟の顔がある。そう考えただけで頬が緩み、口は弓なりに曲がってしまう。

あの瞳が自分を見つめ、あの声が自分の鼓膜を震わせ、あの唇が自分の唇に重なって。

 

 

(___________あぁ)

 

 

そこまで妄想(ねがい)が膨らんだ時、咲夜は進めていた歩を止めて空を見上げる。

しかしその瞳が見つめているのは、満天の星空でも、吸い込まれそうな暗闇でもない。

 

咲夜の見つめる先には、ここにいないはずの、見たこともないはずの彼の笑顔があった。

 

 

(そう、なのね。私はずっと、いえ、きっとあの時から………)

 

 

幻覚だ。そんな事は分かり切っている。彼はこの場にいないのだから。

幻影だ。そんな事は分かり切っている。彼はこの場にいないのだから。

 

それでも咲夜の見つめる先、その瞳の中には、彼の笑顔が映り込んでいた。

 

(これがきっと、本当の__________"愛")

 

 

それ以外には何も映らない。視界の中にあるものは、悉く何も見えていない。

今の咲夜に見えているのは、この世でただ一人の弟であり、愛した男だけだった。

 

彼を想えば胸が高鳴る。

彼を考えれば心が躍る。

彼を感じれば肢体が震える。

 

心を埋め尽くすその感情を、欲してやまなかったそれを、咲夜は"愛"と名付けた。

 

 

(私の弟。紅夜。一人だけ。ああ、もう何も、考えられない………)

 

 

仕えるべき姉妹(あるじ)がいて、礼節を尽くす主人の友がいて、同じ主人をいただく同僚がいて。

そこに同じ志を持つ弟が、全身を喜びの快感に染め上げる愛しい彼がいてくれたら。

そう思うだけで、咲夜は満ち足りる。他にもう何もいらないと思わせるほどに。

この身は主人の所有物であり、主人の意思によって活動を許される駒に過ぎない。

もちろんそれは理解しているし、それが臣下として誉れであることも分かっている。

けれど今の彼女にとっての喜びは、何よりたった一人の少年に必要とされることだった。

 

求められるままに全てを差し出す。この体、この命。髪の毛一本から血の一滴まで。

主人の所有物であるはずのものを明け渡す。それはつまり、彼を主人と認めること。

不敬であることは重々承知、反逆であると思われても仕方ない。でも捧げたい(・・・・・・)

 

 

「いけないこと………なのに、すごく…………いい」

 

全身を掻き抱くようにして指や手でなぞる。伝わる感触が、自分の体であることを確認し、

それが一体誰のものであるか、一体誰に所有してほしいのかを、従者たる彼女は考える。

 

しばらく思考の海に潜り続けた咲夜は、立ち止まってから実に30分後に館に帰参した。

 

 




いかがだったでしょうか?

若干タイトル詐欺になりかけていないこともないですが、
これにてフランちゃんパートは終了と相成るでしょう。

さぁ、次回からはやっと主人公のパートに移りますよ!
ようやくこの章にも終わりが見えてきました、いやぁ、長ぇ長ぇ。
早いところもう一人の主人公にも日の目を拝ませてやりたく思います。


それでは次回、東方紅緑譚


第五十九話「紅き夜、妖怪の山を駆ける」


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