東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、迫りくる寒波にお腹が耐えられるか不安な萃夢想天です。
暑いよりも寒いほうが我慢ならない私にとって、冬はまさに地獄の季節。
正直に言って夏場よりもお外に出たくないです。お部屋にこもりたいです。
ですがそうも言ってられないのが現実。はぁ、幼き日々に戻りたいなぁ……。

個人的な憧憬に現実逃避するのはここまで。

おそらくこの次の話でフランのパートが終わり(の予定)です。
自分で書いていてなんですが、フランちゃん可愛すぎませんかね?
もう俺ロリコンでいいやと何度叫びそうになったか(保育士


それでは、どうぞ!





第伍十八話「禁忌の妹、平穏な日和」

 

 

 

 

霊夢の気紛れと諸々の事情によって赴いた人里の食事処『鬼灯亭』を営む鬼の姉妹、

姉の埴見 稲苹と埴見 朱火の二人と晴れて"友達"となったフランは、その目を開いて起き上がる。

彼女の小さな瞳が収める視界の先では、いつもと変わらない朝日が幻想郷を照らしていた。

 

ここは博麗神社の床の間。そこで布団から静かに抜け出たフランは可愛らしく背伸びする。

 

彼女は昨日、495年の人生の中で初めて紅魔館の外で"友達"をつくり、友好を深めた。

それは彼女にとって文字通りの初体験であり、筆舌に尽くしがたい喜びの経験でもあった。

あれからフランたちは人里を出て神社へと帰宅し、霊夢に言われた事を全て鈴仙と共に

こなし続け、他に行く場所が無いことを理由にしてまた博麗神社で眠りについたのだった。

昨日の出来事を寝起きの頭で思い起こしながら、フランは霊夢に言われた事を完遂させる。

まずは起床後の布団の片づけ。横にいる鈴仙を起こさぬように静かにたたんで隅に運んだ

フランはその後、極力音をたてないように注意しながら(ふすま)を開けて台所へ向かう。

次にしておくように言われたのは、朝食作りを円滑にするための火おこしと水汲み。

いつもなら火打石とおがくずで火種を作り、薪で囲んで火を起こしているのだがフランは

そのやり方を知らないため、持ち前の魔力で小さな火種を作って集めた薪にそっと乗せた。

そして順調に大きくなる火を薪ごと(かまど)へ放り込み、安定するまでを確認してから

神社の端の方にある井戸まで飛んでいき、教わったやり方で地下水を専用の桶へと汲み上げる。

本当は鈴仙の程度の能力がなければ火に焼かれていたのだが、幸いにして境内の隅に設置された

井戸の方まで朝日は届かないらしく、昇りゆく太陽を怖々と見つめつつフランは台所へ戻った。

 

「ふぅ~」

 

言われていた仕事の全てをやり遂げたフランは、もう一度火の様子を見てから額の汗を拭う。

外見的にも幼く、精神的にも経験が浅い彼女がこんなことをする理由は、たった一つしかない。

することを終えて暇を持て余すフランの背後から足音が聞こえ、その発生源が声をかける。

 

 

「あらフラン、ご苦労様」

 

「うん! おふとんも火も水汲みも全部終わったわ、霊夢!」

 

「ええ、助かるわ」

 

 

いつもはリボンで結っている髪を伸ばしたままの巫女が、フランに労いの言葉をかけるが、

そもそも幼い彼女が朝早くから家事の手伝いをさせられているのは巫女が元凶である。

それは昨日、昼食から帰宅した時に霊夢に言われた言葉が発端だった。

 

 

「賽銭もしないでただ飯くらって寝床も借りようなんて、虫が良すぎるわよあんたら」

 

 

憤慨する霊夢に逆らえるはずもなく、かといってお布施になるほどの資金の持ち合わせも無い

鈴仙は、仕方なく巫女である霊夢の言いなりになることで一宿一飯の恩を返すことにした。

しかし相手は現実主義者の霊夢である。一人働いて二人養えという条件を、飲むはずもない。

するとフランが自分も鈴仙と一緒に手伝うと自ら宣言し、半ば奴隷のように働くことになった。

だが問題はここからだった。霊夢は知っているように、フランは言葉通りのお嬢様暮らしで

生活の知恵や家事のやり方など知るはずもなく、ましてやらせたとしてもすぐ根を上げると

内心で考えていた霊夢だったが、その考えは彼女に家事のやり方を教えた直後に覆ることとなる。

 

一言で表すならば、完璧。そう、フランは教えたそばから完璧にこなしていくのだ。

 

初めは境内の落ち葉掃きという簡単なものだったが、持ち前のやる気と未知への好奇心からか

一時間も経たぬ内に仕事を終わらせてしまった。霊夢もこれは簡単過ぎたと考え、今度は彼女を

台所に立たせて夕食の用意を手伝わせたのだが、ここでも彼女は三回ほどの助言で学び終えた。

最初は驚愕した二人だったが、フランの底知れぬ吸収力と応用力に目を付けた霊夢はフランに

次々と仕事を与えて行き、三人が眠る頃には一人暮らしをしても問題無いほどに家事を習得した。

 

フランからしてみれば、生まれて初めて経験する家事に興味と意欲を見せただけなのだが、

やらせた霊夢にしてみれば、言ったことを数回で覚えきって応用できる才能に驚くほかない。

結局のところフランにやらせた方が早く終わると霊夢に断言され、女として心に深い傷を負った

鈴仙は、ほぼ全ての家事を捌き切ったフランよりも先に不貞腐れて眠りについてしまった。

そんな彼女を見て流石に悪いと思ったのか、霊夢はフランにも早く寝るように告げたのだ。

 

 

「あ、明日起きたら布団の片付けと水汲みやっといて。あ、あと火おこしも」

 

 

ちゃっかりと自分が面倒な作業を、幼いフランにさりげなく押し付けながら。

 

 

「あ~あ、お腹空いちゃった」

 

「今から作るから、お茶入れて待ってなさい」

 

「うん!」

 

 

腹部をさすりながらまさしく子供のように呟くフランの言葉に意識をそちらへと戻し、

霊夢はやることをやった彼女にご褒美を上げるような気持ちで、朝食作りを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢に叩き起こされた鈴仙を加えて三人でとった朝食から、数時間が経過した頃。

東の地平線からのんびりと昇っていた朝日は既に、ほぼ空の真南へ差し掛かろうとしていた。

博麗神社は幻想郷の最東端かつ小高い山の上に建てられているという立地上、幻想郷のほぼ

全てを一望できるのだが、そこから見える景色はフランの心に大きな波紋を生じさせている。

吹き抜ける暖かい春風に、(吸血鬼にとっては危険だが)柔らかな日差しは大地に降り注ぎ、

地下牢と紅魔館の中という狭い世界しか知らなかった彼女に、それらは輝いているように見えた。

眼下に見下ろすその先には先日行ったばかりの人里があり、そこで今も店の準備をしているだろう

友達のことを思い、自分は既にこの広大で壮大な世界の一部なのだとフランは実感する。

ちなみに現在、フランはもう霊夢に言われた仕事を全て完璧に終えてしまったのでする事が無く、

ただ自分の思うがままに世界へと思いを馳せていた。そして、ここにいるはずの愛しい彼の事も。

そうして境内から一望できる幻想郷を晴れやかな笑顔で眺めていたフランに、巫女服に着替えた

霊夢が後ろから声をかけてきた。

 

 

「ねぇフラン、私ちょっと用事が出来たから出かけてくるわ」

 

「え? お出かけするの?」

 

「ちょっとね。もしお昼に間に合わなかったら、鈴仙と二人でなんか作って食べてなさい」

 

「うん、分かったわ!」

 

「あんたはお利口さんね。どっかの姉とは大違いだわ」

 

「お姉様がどうかしたの?」

 

「何でもない。じゃ、行ってくるわねー」

 

 

どうやら霊夢はこれからどこかへと出掛けるようで、その事を伝えに来たらしい。

その背を見送る前にほんの少し会話を通してフランは、霊夢の用事とやらの見当をつける。

おそらく彼女の用事と言うのは、そういう事だろう。手持無沙汰なフランは聡明な思考の下に

答えを導き出し、それでも敢えてぼかした内容を伝えた霊夢の意図もくみ取って無言を貫いた。

そうしている内に霊夢は境内から能力を使って空に浮き上がり、フランが予想していた通りの

方角へ向かって一路進み始める。するとそこへ、ちょうど母屋の拭き掃除をさせられていた

鈴仙がやってきて空を見上げ、霊夢がどこへ行ったのかをフランに尋ねてきた。

 

「どこ行くんだろ………フランは何か知ってる?」

 

「うん。多分だけどね」

 

「じゃあ、どこ?」

 

「………………紅魔館」

 

 

南の空高く輝く太陽の光から逃れるようにして建てられた、血染めの館の名を口にする。

普段は深い霧を発生させる大きな湖に全貌を隠しているのだが、そこまでの道のりなどを

知っている人物であれば濃霧の中でも道が分かる。霊夢は特に紅魔館と関わりの深い人物なので

幻想郷のどこにいても空を飛んで赴くことができるだろう、とフランは内心で考えている。

加えて彼女は、自分の姉のお気に入りなのだ。まず歓迎されないことは無いはずだ。

そう思いながらフランは、もはや見えなくなるまでに離れた巫女の行く先を案じだした。

 

 

「………お姉様……………みんな」

 

 

一体今頃何をしているのだろうか。そんな思いが彼女の幼い胸の内に膨らんでいった。

 

 

「ん、んん…………?」

 

 

フランが不安げに北西の空を見つめているその後ろで、鈴仙は何かを感じ取っていた。

現在二人は博麗神社の外におり、彼女らの背後には整備もされず無駄に長いだけの参道が

続いているはずなのだが、どうやらそこをわざわざ上ってきてる者がいるようだった。

けれど、この博麗神社は日頃妖怪の溜まり場になっているせいか、魍魎の巣窟ではないかと

人里に暮らす人々に恐れられているため、そこに参拝に来る酔狂人などいるはずもない。

ならばこんなところに来るような者は限られてくるが、何故長ったらしい参道をしっかりと

上ってまでここへ来るのかが鈴仙には分からなかった。分からないが、警戒だけは怠らない。

臆病とまで言われるほどの生来の警戒心の強さが、やってくる相手に警鐘を鳴らし続ける。

 

 

「誰か、来る」

 

 

これほどまでに警戒して相手が人間だったら笑い話だが、今の鈴仙にとってはむしろ、

笑い話で済んでくれる方がよっぽどマシだと思えるほどのプレッシャーを感じていた。

ゆっくりとだが着実に近付いてくる相手に対し、先手を打てるように攻撃の姿勢をとる。

鈴仙の異常なまでの警戒に気付いたフランもまた、彼女の横に並んで迫る相手を待つ。

 

そしてついに、威圧感を放ち続けている相手が、参道を登り切って境内に踏み入った。

 

 

「ぁ、ああ…………あなたは!」

 

「?」

 

 

先手を打とうと構えていたはずの鈴仙が、相手を見るなり顔面蒼白となって震えだす。

そんな彼女の様子を見上げるようにして眺めるフランには、何が起こったのかが分からず、

ただどうしたらいいのかという困惑のみが彼女の脳裏を占めていた。

すると二人の前に現れた人物が、見た目に反して厳かな口調と態度で言葉を口にした。

 

 

「初めまして、フランドール・スカーレット。私の名は、四季 映姫 ヤマザナドゥです」

 

 

二人の視線の先にいたのは、地獄の法の番人たる、閻魔大王だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランと鈴仙の前に映姫が姿を見せたちょうどそこ頃、霊夢は空を普通に飛んでいた。

用事と言っていた割には急いでいるという速度でもなく、かといって停滞しているわけでもない。

それほどまでの遅さを維持しながら、霊夢はかんかんと照らす太陽の光をその背中に受けていた。

 

 

「あ~、ぎりっぎりだったわね。はー、危なかったわー」

 

 

そして当の霊夢はと言うと、まるで何かから逃れて安全圏に避難したかのような言葉を呟き、

何度か不安そうに後ろを__________正確には博麗神社のある方角を見つめて安堵していた。

 

実はあの時、彼女は母屋の茶の間で淹れた茶を飲んでゆっくりと過ごしていたのだが、

急に「遠くへ避難しなければ」と彼女の勘が告げたため、それに従って飛び出したのだ。

彼女は、自分が普段だらけていると周囲に思われているのを自覚していたし、何よりもそれを

いちいち否定することもしてこなかった。口を出す時間があるなら寝ていた方が楽だし得だ、と。

しかしフランに出立を告げて逃げ出した直後に、自身のそういった態度を酷く嫌って説教を

押し付けてくる厄介な人物がいた事を思い出し、やはり逃げて良かったと心から安心した。

 

 

「最近は里の方にも顔を見せないって聞いたそばからこれか。私が何したってのよ」

 

彼女は閻魔大王として説教するのが心身へ擦り込まれたせいか、たまの休暇でこの世へと

羽休めに来た時でも素行不良な者を見れば説教せずにはいられないという、職業病患者(ワーカホリック)であった。

以前人里で夜中に鳥の妖怪が開店する飲み屋台で魔理沙と一緒に飲んだくれていた時には、

『博麗の巫女たる者が何たる様であるか!』と、怒号を皮切りに三時間の説教を受けた。

これ以来霊夢も夜遅くの外出と晩酌を避けるのと同時に、映姫を避けるようになったのだ。

 

 

「あーヤダヤダ! 思い出すだけで説教されてる気分になってきた」

 

 

当時の記憶を思い返した霊夢は途中で再生を止め、逃げおおせた現実を大事に享受する。

とりあえず逃げ切れればそれで良し。このまま彼女が帰るまでどこかで時間を稼がねば。

急いで飛び出したために目的地を決めていなかったことに今更気付き、霊夢は悠々と空を

飛行しながらどこに行けば一番時間を浪費できるかを思案する。だが数秒で答えは出た。

 

 

「そうだ、うちにフランが居ることレミリアに一応伝えとこうかしら」

 

 

二日間を共に過ごしたフランの事が頭に浮かび、その事について保護責任者であるはずの

姉に伝えるべきかと考えた彼女は、同時に聞きたいことも思い浮かんだのでそう決めた。

幸いにもここから真っ直ぐに進めば目的の人物が居る建物がある為、霊夢はその事実に

会いに行く人物がよく口にしていた『運命』という言葉を思い出し、首を横に振った。

 

 

「まさかね…………まぁ、だとしても構わないけど」

 

 

頭に浮かんだ単語について深く考えることを放棄して、霊夢は目的地を目指す。

 

一度行く気になれば大した遠い距離ではなかったようで、紅白の巫女は視界の先に

濃霧に包まれた真紅色の洋館を捉え、その門前まで速度を上げて進み続けた。

石畳の橋から先にある、赤い悪魔が住まう館。霊夢にとっては馴染みすらある紅魔館の

その門前には、やはりと言うべきか、想定していた人物が想定外の状態で立っていた。

 

 

「あら? どうしたのよ、あんたが起きてるなんて珍しいわね」

 

「………霊夢さんと言うか、皆さん私に対して不名誉な誤解を抱かれてませんか?」

 

滴る血のような色合いの鉄門の前に立っていたのは、この紅魔館が誇る門番の美鈴だった。

この場所に彼女が居ることは想定していた霊夢だったが、起きていたのは想定外でしかない。

いつもここに来る時は大概寝ている印象しかないため、目が開いていることに素直に驚いた。

そしてその事を的確に探り当てられた霊夢は内心で焦りつつも、表面上は取り繕って話す。

 

 

「そ、そんなことは無いと思うけどね………」

 

「本当ですか? 私がこうやっているだけで皆さん『驚いた』って顔するんですよ。

現に霊夢さんもさっきまでそうでしたからね。隠しきれてはいなかったようですが」

 

「うっ………」

 

 

あっさりと言い当てられた霊夢だったが、そこでいつも通りの彼女に戻る。

 

 

「だから何だってのよ。確かに驚いたわよ、だってあんたいつも寝てるんだもん」

 

「いきなり開き直らないで下さいよ、子供じゃないんですから」

 

「妖怪のあんたが年齢どうこう言うんじゃない!」

 

「横暴にもほどがありますよー」

 

 

急に素に戻った霊夢の不遜っぷりに、今度は美鈴がたじろぐ羽目になった。

ああ言えばこう言う、という状況を数回繰り返した後で、やっと二人は本題に入る。

 

 

「それで、本日はどのようなご用件ですか?」

 

「な、何よ急に。そんな真面目に門番みたいなことして」

 

「門番なんですけどね、私」

 

「知ってるわよ。別に、大した用じゃなくてね。レミリアに会いたいんだけど」

 

「…………あー、すみませんけどそれは今無理です」

 

 

そこまでしてやっと本題に入った霊夢だったが、目論見が早くも崩れ去った。

ここに来てフランの事を色々と話していれば、時間が稼げるだろうという彼女の

密かな企みは、まさかの始める前から開始不可能と言う大失態に終わることとなった。

しかし何故できないのかが気になる。霊夢はそれを素直に聞くことにした。

 

 

「なんでダメなのよ」

 

「お嬢様は今、お休みの時間ですので。私室で睡眠中かと」

 

「あー、そっか。まだ完全に昼型になってないんだっけ」

 

「むしろなれちゃったら吸血鬼としてどーなのかって思いますけどね」

 

「それは、まぁ、確かに」

 

 

この館の主人、レミリアは吸血鬼である。即ち、活動時間帯が人間とは真逆なのだ。

ごく普通の常識を失念していた霊夢は、レミリアが何回か昼に活動して夜に眠るという

昼夜逆転を試みていることを知っていたので、その記憶が表層化していたらしい。

だが霊夢とてここで帰るわけにはいかない事情がある。何としても時間を稼ぐのだ。

怠けることに高い意識を持つ彼女だからこその思考で、次なる一手を思考して言葉にする。

 

 

「あー、だったらパチュリーでいいわ。図書館にいるんでしょ?」

 

「…………申し訳ないんですけど、パチュリー様も体調が優れないので面会謝絶でして」

 

「面会謝絶って、そんな大袈裟な」

 

「持ち前の喘息もあるんですが、それ以上に精神的に疲弊してらしたので」

 

「魔女が精神的に、ねぇ。なんか今日は随分と嫌われてるみたいね」

 

「今日に限ってという訳ではありませんよ? ただ、少し色々あったんで………」

 

この館のもう一人の重要人物である魔女の名を告げても、望んだ答えは得られなかった。

しかしこの問いをしたことによって、今紅魔館で何が起きているのかが部外者である

霊夢にも容易に想像が可能となった。いや、何が起こったのかが正しいかもしれない。

 

 

(…………いなくなったフランの執事の話、よね)

 

 

二日前に自分の暮らす博麗神社にやって来た、奇妙な四人組の事を思い出した彼女は、

その後で聞いた色々な事情をもとにして脳裏に浮かび上がった話を当てはめる。

 

以前に起きた異変の首謀者として相対したフランの執事こと、十六夜 紅夜という少年。

彼は突如として謎の死を遂げたらしいのだが、紅魔館の主たちの魔術か何かでなんと

蘇ったのだという。しかし彼の様子がおかしくなり、行方をくらましてしまったとの事だ。

 

紅魔館の面々が意気消沈し、代わりに門番が真面目になっている理由がようやくつながり、

霊夢は自分の考察力の高さを自尊するでもなく、ただ彼女らの思いを黙って胸にしまった。

 

 

「…………ま、色々あったんなら仕方ないわね」

 

「小悪魔もパチュリー様の看病に付きっきりでして」

 

「でしょうね。はぁ、ならいいわ。この際あんたでも話しちゃえば同じよね」

 

「話すって、何をです?」

 

 

どうやらパチュリーが芳しくないことは本当らしいと、美鈴の声色と表情から推察した

霊夢は一度大きなため息を吐き、仕方ないとばかりに美鈴に事を伝えることにした。

 

 

「フランの事よ。今うちに来てて、仕方ないから面倒見てるわ」

 

「えっ⁉ 妹様が、博麗神社に⁉」

 

「何があったか知らないけど、鈴仙と幽香と聖をお供に従えて二日前にね」

 

「は………なん、えぇ?」

 

「普通はそういう反応をするでしょうね。私もそうだったもの」

 

 

唖然。まさにその一言に尽きるとしか言いようのない表情になってしまった美鈴を、

自分も体験したから気持ちは分かると何度か頷いてみせる霊夢の二人。

彼女らの間に何とも言えない沈黙が流れて数瞬の後、美鈴はぎこちない笑みで応える。

 

 

「は、ははは。まぁ、お嬢様の妹様ですから、何やっても不思議じゃないです」

 

「そう? 私は驚いたわよ。大妖怪と宗教一派の頭を引き連れてうちに来たのよ?

最初は殴り込みかと思ったくらいなんだから」

 

「………お話の通りの面子だと、実際にそう思えてきますね」

「でしょ? あー、話が逸れたわね。とにかく、うちでフランは預かってるから

特に心配はしなくていいわ。何ならあんたが今から引き取りに来る?」

 

幻想郷最強の一角として名高い大妖怪と尼僧の二人を連れた主君の妹の姿を想像し、

もう勝てる気がしませんね、と笑い飛ばす門番へ、霊夢は逸れた話題を本筋に戻した。

霊夢の話を聞いた美鈴は、主君に使える忠臣としてどうすべきかを素早く思考する。

門番である自分が行くべきか、それとも別の方法を模索するか、彼女は一瞬の内に

幾つもの答えを編み出したものの、結局行きついた答えは、霊夢に読まれていた。

 

 

「いえ、私は門番ですから」

 

「だと思った。それで、どうする? 私が送り返せばいいのかしら?」

 

 

霊夢が自分の考えを先読みしていた事に驚く美鈴だったが、次いで語られた巫女の

言葉を聞いて、自分以上に適任の人物を向かわせるべきだと思い至る。

 

 

「あー、それだったら私が咲夜さんに伝えておきますので。迎えに行かせます」

「迎えに行かせるって、あんたの方が立場は下なんじゃないの?」

「普段は色々言われてますけど、お嬢様の側近と門番という違いがあるだけで、

特に目立った上下関係はありませんよ? それこそ、同じ主をいただく同僚です」

 

「へー、なんか意外だわ」

 

「そうですかね? まぁ、咲夜さんが帰ってきたらちゃんと伝えておきます」

 

「…………ん? 帰ったら?」

 

 

美鈴の口からこの館に暮らす最後の一人の名前が出たところで、霊夢はどこかしら

妙な違和感のようなものを感じ、意図せず門番の言葉の一句を繰り返し発音する。

霊夢の抱いた疑問に気付いたらしい美鈴は、あぁ、と前置きを置いてから語りだした。

 

 

「咲夜さんは人里にお買い物をしに行くと嘘をついて出掛けました」

 

「ん? 何よ、嘘をついてって」

 

「あ、いや。確かに里へお買い物をしに行ったには行ったんでしょうけど、

本当は別の事をしに行ったのが見え見えだったので、ついそういう表現を」

「買い物が嘘なら、何しに行ったのよ」

 

「…………まぁ、妹様と紅夜君を探しに行ったんでしょうねぇ」

 

 

美鈴の口から語られた言葉に、今度は霊夢が唖然とする番だった。

紅魔館の住人が主体で再び引き起こした異変を解決した後の祝いの宴が終わってから

しばらく後で、魔理沙が「咲夜は弟を嫌っている」とぼやいていたのを耳にしたのだが、

今の美鈴の言葉からすればまるで真逆の態度ではないかと、霊夢の頭は混乱し始める。

 

「あ、もし帰りに里に寄るんだったら、ご自分で伝えてくれてもいいですよ」

 

「………帰ってきたら、あんたが伝えるから別にいいでしょ?」

 

「それもそうなんですけど、今の咲夜さんは必死なんです。今まで見た事ないくらいに。

だからどうか、お願いします。妹様と同じように紅夜君の事も、どうか……………」

 

 

美鈴が締めくくりの言葉と共に深々と頭を下げてきた。その姿に、一切の曇りは無い。

彼女がたった今話していた咲夜と同じように、自身もまた必死なのだと混乱しかけた頭の

霊夢をしても確信させる。それほどまでの説得力が、美鈴の全身からあふれ出ていた。

 

少し悩むような顔になるも、結局のところ霊夢も人間だったりする。

いくら他人に無関心だとかだらけているとか言われていても、懇願を無下にはできない。

それが博麗の巫女としての彼女であり、博麗 霊夢という少女の人間性でもあるのだ。

 

 

「あーハイハイ、分かったから。もし会ったら伝えておくわ」

 

「それはありがたいですねー。もしたまたま偶然ばったり(・・・・・・・・・・・・)会ったら、お願いします」

「ったく。それってもうほぼ『行け』って言ってるのと変わんないじゃない!」

 

「そんなこと言ってませんよ」

 

「態度でバレバレだっつーの。それじゃ」

 

「はーい」

 

結局最後は自分が折れることになり、霊夢は渋々人里へ赴くことを決めさせられた。

なんだか誘導されたようで悔しくもあるのだけど、彼女としては咲夜を探すことで本当の

目的でもある時間稼ぎにはちょうどいいか、くらいには打診しているのも事実だったが。

門の前でにこやかに手を振る門番を一睨みしてから、霊夢は再び能力で空へと舞い上がり、

目指す人里への方向を頭の中の地図に描き出し、進路をとって普通の速度で駆けて行った。

来訪した客人の出立を笑顔で見送った美鈴の表情は、誰もいなくなったことで無へ変わる。

無表情になった彼女が考えることは二つ。主人の妹とその執事が、無事にここに帰ること。

そしてもう一つが、同僚のメイド長の心がこれ以上痛まなくさせるにはどうするのか、である。

 

「これで咲夜さんも、少しは安心してくれますかねぇ」

 

 

いつでも毅然として凛々しく、何においても完璧な従者。それこそが彼女の知る咲夜だが、

今の彼女はその像とはかけ離れて見えるほどに弱々しく、か細い存在になってしまっていた。

主人の力で蘇った、外の世界での過去の記憶。それが彼女を苦しめている原因であり根幹。

しかしそれは自分ではどうにもできない。どうにかしてはいけないものでもあった。

 

思い出は思い出に、人の思いは人の中に。

 

守ることを自らの使命と誇る彼女は、それでもやはり優しい心の持ち主であった。

 

 

「………好きなんですよね、私は。紅夜君も、紅夜君が尊敬する咲夜さんも」

 

 

人前では見せることの無い本心も、近くに誰もいない今だからこそ、独り言で済まされる。

それでも美鈴の心の中で音が漏れるほどに脈打っているこの感情は、雄弁に語っていた。

自覚はあるし、自身も認めている。ただ、それを口にすることは今はできない。

自分はただ、この思いを『守る』のみ。この思いを伝えられる日が来る、その時まで。

 

「今日は咲夜さんの帰りが遅くなるかもですねぇ。晩御飯どーしよ」

 

 

あっけらかんとしながらも朗らかに笑う彼女は、常に愛しい誰かを案じるのだった。

 

 






いかがだったでしょうか?

何故か美鈴が出てくると、彼女の心情を書きたくなるんですよね。
おかしいなぁ、彼女はヒロイン候補でもなんでもないはずなのになぁ。

それと、今回は若干タイトル詐欺になりかけてしまいましたね。
フランちゃんのターンなのにどうしてこうも出番が書けないのか。


それでは次回、東方紅緑譚


第五十八話「禁忌の妹、愛を謳う」

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