東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、「うたわれるもの」という神アニメを全話視聴して
涙が止まらなくなった萃夢想天です。アレは文字通りの"神"アニメやでぇ……。

皆様もご興味を持たれた方はぜひご覧になってください。
そのアニメを、見るのだぞぉ! アレは、アレはいいものだぁ‼

ウィツァルネミテア参拝はこのくらいにして。
今回からあと2話ほどは、フラン様の日常パートを書いていく予定です。
まぁ知っての通り私には文才が無いので、如何ともし難く…………ハイ。


それでは、どうぞ!




第伍十七話「禁忌の妹、安寧の日々」

 

 

 

 

「わぁ~~っ!」

 

 

かなりの広さの土地を囲む柵、そして厳重な扉を越えた先にある人の集落を目にした途端、

その景色を見慣れている霊夢と鈴仙よりも先に、開口一番でフランが大声を上げた。

里の入り口にいた人々は声の発生源である彼女を見て怪訝そうな視線を向けるものの、

当の本人はそれに全く気付くことなく、ただただ純粋に初めてみる景色を楽しんでいる。

ピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを表現する彼女を流石に恥ずかしいと感じたのか、

ようやく霊夢と鈴仙の二人は人里を見て歓喜する少女に落ち着くよう声をかけた。

 

 

「あのね、気持ちは分かるけど静かにしてなさいよ? アンタが吸血鬼だって里の人たちに

バレたらどうなるか分かってんの? お願いだからお昼食べ終わるまで静かにしててよね」

 

「?」

 

「確かにはしゃぎ過ぎだとは思うけど、それでどうして霊夢に不利になるのよ」

 

「なるに決まってるでしょ⁉ ただでさえ少ない参拝客から賽銭もらえなくなるじゃない‼」

 

「…………これで神社の巫女なんだから、世の中どうかしてるよねぇホント」

 

「なんか言った?」

 

「何でもないです」

 

「?」

 

 

天真爛漫にして純真無垢たるフランには、霊夢と鈴仙が何故言い争い始めたのかが、

分からなかったのだが、それでも自分が浮かれたことが発端だということは理解した。

妙に威圧的になった霊夢とその人から目を逸らして距離を開けた鈴仙の二人の間に戻り、

今度は大人しくしているというアピールも込めて、二人の服の裾を掴んだ。

フランの行動に気付いた二人は言い争いを止め、溜め息混じりに目的地へと歩を進める。

 

 

「それにしても、鬼の姉妹が人里で料理をねぇ」

 

「アンタまだそれ言ってんの? 大丈夫だって言ってるでしょうが」

 

「霊夢基準で大丈夫とか言われてもさ…………」

 

「この博麗の巫女のありがたい厚意を無下にするようなこと、しないわよね?」

 

「どう転んでも無事じゃ済まなそう…………ハァ、永遠亭に帰りたい」

 

「フランでさえこうして外に出てるっていうのに。アンタんとこの姫の出不精でも

うつされたんじゃないの? それとも何? 竹林から出たら死ぬ病とかでもかかった?」

 

「あのねぇ………師匠がいるのに病気になんてなるわけないでしょう!」

 

「そ、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど。まぁいいか」

 

お昼時が近いということもあってか、人里の大通りはまさに盛況の一言に尽きた。

道行く人々の顔に満ちるのは、活気と笑顔。辺りには元気な笑い声も響いている。

あまりに多くの人でごった返す道を見やり、霊夢と鈴仙は今頃になって失態だと気付く。

 

 

「あー、そっか。忘れてたけど流石にこのままだと無理か」

 

「?」

 

「だよね。私もうっかりしてた………普段は変装までしてきてたんだっけ」

 

 

そう、二人が気付いたこととは、人里の人間たちから向けられている視線の事だった。

この幻想郷に於いて、人間という種族はあまりに脆弱であり貧弱であり、最弱なのだ。

実を言えば単純な腕力ですら人間にも劣る低俗な妖怪もいるにはいるのだが、人間に

とって里の外に広がる世界は魑魅魍魎跋扈する地獄変であることに他ならない。

だからこそ少しでも人ならざると疑わしき者がいれば、即座に迫害を受けることとなる。

そうして里を追いやられた半人半妖がいれば、上手く人の世に溶け込んで共に日々を過ごす

賢い妖怪などもいるにはいる。しかし最近になっても、妖怪への弾圧は止むことは無い。

 

そして妖怪でなくとも、人でないものであれば当然迫害の対象となる。

今まさに鈴仙はともかくとして、背中に歪な翼をあしらうフランはその対象となりつつあった。

 

「あちゃー、やらかしたわ。どーしようかしら」

 

「どうするも何も、取り敢えず人の少ないほうに行くしか」

 

「馬鹿言いなさいよ。これだけの人に見られてから人の少ないほうに行けば、当然何かを

企んでいるって疑いをかけられるに決まってるじゃない! 少しは頭使いなさいよ!」

 

「なっ! そ、それを言うならそもそも霊夢が頭を使ってればこんな事態には陥ってないわよ!」

 

「へー。アンタ私に喧嘩売ろうってんだ。この博麗の巫女に、えぇ?」

 

「こんな時ばっかり強さを誇張してからにぃ~!」

 

事態が悪化している最中にも関わらず、霊夢と鈴仙は責任を擦り付けあっている。

そんな二人を下から見上げていたフランは、頼れる者がおらず周囲を怖々と見回し始め、

自分たちの目の前で少しずつ数を増していく人混みが分かれ始めているのを見つけた。

何事かと目を見開いて人混みを割きながらこちらに近づいてくる者を見やり、息を呑んだ。

 

「一体何事でしょうか」

 

「こ、これは稗田様! いえ、あの、博麗の巫女様のそばにいるアレが…………」

 

「また巫女さんが不気味なのを連れてきてんですよ」

 

「霊夢さんが?」

 

 

大勢の人だかりの中から姿を現したのは、フランとほとんど同じ背丈の麗しい少女だった。

フランには分からないことだったが、その立ち振る舞いには気品に満ち溢れるもので、

周囲にいた人々はその凜とした佇まいと彼女の正体を知っているが故に道を譲ったのだ。

ざわつく里の人々の様子にようやく気付いた霊夢と鈴仙は、現れた少女の名を呼ぶ。

 

 

「あら? アンタ、阿求じゃない。どうしたのよこんなところで」

 

「こんなところでとはご挨拶ですね。わざわざお迎えに上がったのに」

 

「は? お迎え?」

 

「はい。お迎えです」

 

 

霊夢に名を呼ばれた少女、人里の最高権威者の家系で当主を務める阿求がそれに応じ、

自らは三人を迎えに上がったのだと公衆の面前で告げるのだが、霊夢らは困惑する。

 

 

「お迎えなんて頼んでないけど」

「ふふふ、霊夢さんってば物忘れが激しいんですねぇ」

 

「あ"んですって?」

 

「あらあら、今日はせっかく『吸血鬼の館からご友人を招き入れるから、里の方々が

悪い誤解をしないように迎えを頼むわね』と、先日仰っていたではないですか」

 

「え? 本当なの?」

 

「…………そう、だったかしらね?」

 

 

冷や汗を流しながらあいまいな答えを返す霊夢だったが、もちろん身に覚えなどない。

当然霊夢が知らないことを鈴仙が知っているはずも無く、二人はさらに困惑に陥る。

しかし二人の間にいたフランだけは目の前の阿求の考えを読み取り、彼女が自分たちを

助けようとしてくれているのだと推理し、その考えに乗ろうと賭けにでた。

 

 

「今日は色々とお世話になるわ。よろしくお願いね?」

 

「…………うふふ、こちらこそ。さぁ、立ち話もなんですし、邸宅にご案内しましょう」

 

「ありがたいわ。さぁ霊夢、鈴仙も、行きましょう」

 

「「あ………ハイ」」

 

 

フランの賭けは成功したようで、先を行く阿求の背についていくようにして二人を呼ぶ。

自分たちの知らないところで何が起こったのかと目を何度も瞬かせている霊夢と鈴仙は、

とりあえず里の人々の訝しむような視線から逃れようと、フランについていく事にした。

 

人混みから無事に抜け出してしばらく歩き続けた後、先を行く阿求が振り返る。

そこでようやくフランの顔をまじまじと見つめ、何かに満足したように何度か頷く。

耐え切れなくなった霊夢が何が起きたのかの説明を求めようと口を開くより数瞬速く、

阿求が言葉を口にした。

 

 

「ここまでくれば良いでしょう。危ないところでしたね、フランさん」

 

「………やっぱりあなた、私の事を知ってるのね」

 

「ええ。ああ、紹介が遅れました。私の名は稗田 阿求と申します」

 

「私の名前はフランドール・スカーレット。フランで良いわ」

 

「知っていますよ。貴女の事はほとんど全てね」

 

 

怪しげに微笑む阿求を見て、フランの中に初めて警戒心が生まれる。

それもそのはず、フランは紅魔館の地下に幽閉されていたため、その存在を知る者など

紅魔館の外には数えるほどにしかいない。加えてここは人の暮らす里である。

人間の中でも特別視されていたようでもある彼女に警戒心を強めるのは、当然と言える。

しかしながら阿求はまるでフランを警戒している様子は無く、むしろ興味津々とも取れる

ような表情で見つめ続けていた。しかしそこで霊夢が口を挟む。

 

 

「ちょっと阿求、さっきのはどういうつもり?」

 

「どういうつもり、とは?」

 

「私あんな約束した覚えないんだけど?」

 

「でしょうね。私も聞いてません」

 

「はぁ?」

 

何を言ってるんだと顔で語る霊夢に、阿求はクスリと微笑みを返して語る。

 

 

「あのままではあらぬ疑いをかけられ、博麗の巫女としての信用を大幅に下げることに

なっていたでしょう。そうならないよう、私が気を利かせて話しかけたんです」

 

「…………それは、まぁ、助かったわ」

 

「ええ。これで貸し一つですね」

 

「な、何よその笑みは」

 

「何でもありませんよ。うふふふふ」

 

 

どこかしら陰りのある笑顔をたたえて微笑む阿求に怯み、霊夢は無言で引き笑いを浮かべる。

霊夢を黙らせた阿求はそのまま視線を再びフランへと向けて、今度は優しく語り掛けた。

 

 

「ありがとうございます。私の作戦に乗っていただいて」

 

「やっぱりあなたは私たちを助けようとしてくれていたのね!」

 

「ええ、もちろん。私が貴女たちを見捨てる理由が見当たりませんもの。

霊夢さんは巫女としてもちろんのこと、そちらの方は薬売りとして何度も稗田本邸に

何度も足を運ばれていますし、フランさんに至っては少々遠いご縁がありますもの」

 

「「ご縁?」」

 

 

フランと阿求の会話の中に出た言葉を聞き、霊夢と鈴仙が思わず言葉を繰り返す。

地下牢に閉じ込められていたフランと、人里の由緒正しい御良家当主にどんな縁があるか

気になっての事だろうと、聡明な阿求は即座に悟り、少々自慢げに言葉を紡いだ。

 

 

「実はフランさんの執事、十六夜 紅夜さんに先日お話をお伺いしたことがあったので、

その時に貴女のことも少しだけ聞かせていただいたんですよ。そういう意味のご縁です」

 

「紅夜に会ったの⁉ どこで⁉」

 

「え? 三日前のことですが、何か?」

 

「三日前…………それじゃあ違うわ」

 

「…………何か、あったんですか?」

 

 

阿求が愛しい執事の名を口にした途端、フランが目の色を変えて喰い気味に尋ね始める。

様子の変化に気付いた阿求は冷静になり、何が起きたのかを真剣な表情になって聞いた。

彼女らの後ろで沈黙を貫いてきた二人だったが、口を閉ざしてしまったフランの代わりにと

鈴仙が一歩前に歩み出し、そこから先を阿求に語った。

 

 

___________玉兎説明中

 

 

「………そうですか。あの人が、お亡くなりになるなんて」

 

「三日前と言うと、ちょうど彼が死んだ日になります」

 

「何という皮肉でしょうね。私が彼の行く末を知りたいと望んだその日に、なんて。

私には疫病神にでも憑りつかれていたりするのでしょうか。気が、重くなりますね」

 

「アンタが責任感じる必要なんてないでしょ」

 

「分かってはいるのですが、こればかりはどうも。本当に惜しい人を亡くしました」

 

 

鈴仙が事情を説明し、阿求は数日前に天狗の新聞記者と共に邸宅を訪れたあの青年を

思い出して、心の底から本当に彼の死を悼み、死後の冥福を心中で祈った。

そして自分以上に悲しんでいるだろうフランに視線を戻し、わずかに驚きに身を震わせる。

 

人柄の良いあの青年から伝え聞いた吸血鬼の妹君と、目の前の少女とが一致しないのだ。

その瞳には確かに悲しみが宿っているけれど、それ以上の希望の光も湛えている。

彼が嘘を吐いたのかと一瞬疑ったが、そんな事をする人ではないと内心で一蹴し、

あの時と今とで彼女の中で何かが変わり、成長させたのだと理解して自然と笑顔になった。

 

 

「ですが、フランさんはまだ諦めていないのでしょう?」

 

「えっ⁉」

 

「目を見れば分かります。純粋で、どこまでも彼だけを映すその瞳。

まるで親を追う子か、あるいは兄を探す妹のような、幼さゆえの決意が見えます」

 

「…………アンタ、すごいのね」

 

「はい、私はすごいんですよ?」

 

鈴仙から聞いたのは、自分と別れた後に彼が死んでしまったということだったが、

恐らくその後に大っぴらには話せない『何か』が起こり、そのために地下にいたはずの

フランが外に踏み出し、博麗の巫女と竹林の薬売りを共にして歩き回っているのだろう。

そこまでを聡い阿求は理解し、これ以上は自分の踏み込む領域ではないと判断して、

彼女らの目的の達成と初めての外での旅路の無事を祈り、彼女らを送り出すことにした。

 

 

「お引き止めしてしまってすみませんでした。では、私はこれで」

 

「ええ、こっちこそ悪かったわね」

 

「はい。霊夢さん、貸し一つですよ?」

 

「うっ…………分かったわよ」

 

「ふふ、では薬売りさん、そしてフランさん。どうか、お達者で」

 

「あきゅうも、ありがとう!」

 

 

最後にもう一度霊夢に釘を刺して満足した阿求は、フランたちに別れを告げる。

去り際にフランがお礼の言葉を述べてくれたが、それに応じることはしなかった。

背を向けて歩き出した阿求に、それでもまだ少女が心からの礼句をかけ続ける。

その優しさだけで充分と、彼女はそのまま本宅である稗田邸へと歩き出していった。

 

助けてくれた阿求が去り、三人は改めて目的地である食事処を探そうと歩を進め、

霊夢の記憶を頼りにして徐々に人の気の少ない方へと通りや路地を曲がっていく。

それからしばらく歩き続けて数分後、彼女らはやっと目的地に到着した。

 

 

「ここよここ! 良かったー、やってるみたいだわ」

 

「うぅ、とうとう着いちゃった………」

 

「アンタはホントに情けない奴ね。行くわよフラン」

 

「うん!」

 

「あ、ちょっ………んもー!」

 

 

ここまできてもなお嫌がる素振りを見せる鈴仙にいよいよ呆れ顔になった霊夢は、

横にいたフランに声をかけ、二人で一緒に目の前で居を構える店の暖簾をくぐる。

置いてけぼりにされてはたまらないと、鈴仙も慌てて二人の後を追うように入り、

思っていたよりもこじんまりとしていた店内の空気に、親近感を覚える。

 

既に何人か先客がいたようで、まばらに空いている席があるようだったが、

ちょうど三人並んで座れる席を霊夢が見つけ、フランと鈴仙がその横へと座った。

そこは幻想郷では珍しい、店の厨房が丸見えになる席で、外食そのものが初めての

フランは無論のこと、店内の物珍しさに霊夢と鈴仙までもがそわそわし始めた。

彼女らが座ってすぐ、厨房で動き回っていた人影が三人の前に現れて声を上げる。

 

 

「いらっしゃいませっ! ようこそ、食事処『鬼灯(ほおずき)亭』へ!」

 

「………………しゃいませ」

 

 

元気ハツラツに響いた声のすぐ後に、小さくか細い声も蚊が鳴くように聞こえてきた。

声の主を見ようと顔を上げた三人は、ほぼ同じタイミングで二人の頭部に目を向ける。

 

そこには、紛う事なき"鬼"の証たる角が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、霊夢さんじゃないですか! 本当に来てくれたんですね!」

 

「まぁね。あとコレ、本当に一品無料にしてくれるんでしょうね?」

 

「それは勿論! この券は使い切りですが、使えば一品無料となります!」

 

「本当ならいいわ。ハイ、じゃあ六枚」

「お! いきなり大盤振る舞いですか? 流石は博麗の巫女!」

 

「お、おだてても何も出ないわよ…………」

 

 

厨房と席の間で、何とも霊夢らしいと言える会話が繰り広げられているが、

そこに鈴仙とフランは混ざらない。というより、話題そのものが無いのだ。

そんな二人を差し置いて、厨房で串を火で炙る少女と霊夢は話を続ける。

 

「それにしても、私はてっきり夜に呑みに来るもんだと思ってました」

 

「あー、私もそのつもりだったんだけど、この二人が来ちゃってね」

 

「おや、ご友人ですか?」

 

「友人っていうより…………まぁ、厄介事の種って感じかしら」

 

それはまた、と苦笑いを浮かべる少女は慣れた手つきで串を次々に回して返す。

串に刺した獣肉や味付けした野菜に満遍なく火が通るようにと、彼女が心がけて

いるための作業なのだが、それは例え世間話の最中であろうと怠らない。

仕事をしながらも話せる少女はそのまま、鈴仙とフランの方を向いて話しかけた。

 

 

「それで、そちらさんは?」

 

「あっ、いや、私は…………竹林の薬売りをやっている者で」

 

「へー! あの永遠亭の? そりゃすごい!」

 

「え? い、いや、私なんて大してすごくなんかないですって!」

 

「いやいや、竹林のお医者様って何でも治せる方だってお客さんに聞きましたよ。

そんなすごい人から薬売りを任されてるだなんて、やっぱりすごい人ですよぉ!」

 

「そ、そう、でしょうか? そうですか?」

 

「そりゃもう!」

 

 

鈴仙との会話をしながらでも、焼き目の付き具合や火の通り加減は見逃さない。

そうして少女が串を調理し終えた頃には、既に鈴仙がすっかりその気になっていた。

店に入った時から警戒心を剥き出しにしていた彼女をここまで落とし込むなんて、

すさまじい客商売の腕だと霊夢は感心してしまう。

 

焼き上がった串を皿に盛り、出来上がった品を先程から一言も発さないでずっと

客席の間を行ったり来たりしていたもう一人の少女に「出来た!」と伝える。

するとすぐにもう一人の少女が皿を手にして、焼き串を注文していた先客へと

運び、そのまま何事も無かったかのようにまた右往左往し始めた。

そんな彼女らを見て、霊夢はあることに気付く。

 

 

「ん、ねぇ。もしかしてアンタたち、二人でお店切り盛りしてるの?」

 

「え? あ、はい! そうですよ!」

「へー! 私なんかよりよっぽどすごいじゃないですか!」

 

 

霊夢の質問に厨房でもう別の品を作り始めている少女が答え、その快活な返答に

さきほど褒められまくってすっかり気を良くした鈴仙も乗りかかって同意する。

そんな中でずっと黙っていたフランが、三人の会話の中に入り込んだ。

 

 

「ねぇ、あなたの名前は?」

 

「はい? 私ですか? 私は、『埴見(はなみ) 稲苹(いなほ)』って言いまして!」

 

「いなほ? いなほって言うのね! 私はフランドール。フランで良いわ!」

 

「フランちゃんですか! 可愛い名前ですね! 見た目にピッタリですよ!」

 

「いなほもかわいいわ!」

 

そうですかねぇ、と軽く否定するような物言いをする稲苹だったが、

その手は一切止まることなく動き続け、フランとの会話の内にもう葉菜の和え物が

皿の中で出来上がっていて、先程と同じ工程で客の下へと運ばれていった。

あまりに息の合った連携に三人は舌を巻くが、フランは重ねて尋ねた。

 

 

「ねぇいなほ、あの子はいなほの妹なの?」

 

「そうです。私の妹の朱火(あけび)って言うんですけど………話すのが苦手でして」

 

「そうなんだ。あけびは私と一緒ね!」

 

「えっ…………い、一緒?」

 

 

姉の稲苹と話していたフランが急に妹の朱火に自らと一緒だと告げ、その予想外の

言葉に朱火は動転し、思わず固まって動かなくなってしまった。

フラン以外の四人が言葉の意味を理解できずにいると、当人がその解を口にした。

 

 

「だって、あけびも私も妹だもの!」

 

「あ………うん。そう、だね」

 

「一緒ね、あけび!」

 

「う、うん。い、一緒なの、かな?」

 

明るく笑うフランとは対照的に、ごにょごにょとどもりながら話す朱火。

そんな二人を見て姉の稲苹と連れの二人は笑い出し、そこに朗らかな空気が生まれた。

 

 

『ごちそーさん』

 

『お代置いとくよぃ』

 

「あ、はい! 毎度ありがとうございました!」

 

「……………ました」

 

 

それから十数分後、先客が全員食事を終えて店を後にしていき、店内に残ったのは

霊夢たち三人と店を切り盛りする二人の姉妹だけとなった。

 

しばらく骨休めだ、と背伸びした稲苹はそのすぐ後で、良い機会だとほくそ笑み、

妹を引っ張って霊夢たちの方へと歩いて移動し、三人の前で挨拶を始めた。

 

 

「改めまして、姉の埴見 稲苹です!」

 

「…………妹の、あ、朱火、です」

 

そうして並んだ二人を見れば、実に対照的であることがハッキリと分かる。

 

火種によって熱を放つが如き赤銅色の髪をうなじの少し上の辺りで一総にまとめ、

(ひたい)の(当人から見て)右側に、"く"の字に上を向いた角を生やしている。

上半身は動きやすいようにだろうか、元は長かっただろう袖は引き千切られるように

無くなっており、少々くすんだ草色の帯を腰に巻き、袴のように見える作りをした

濃い赤紫色のドレスともども下半身をすっぽりと包み隠している。

丁寧に切りそろえられた前髪の下で開くのは、髪とは正反対の澄んだような青の瞳。

可憐な見た目にして根気快活な片角の少女こそ、姉の埴見 稲苹である。

 

ところが、隣に並ぶもう一人の少女は、実に真逆であった。

 

輝きを放つ銅器が時を経たが如き青銅色の髪を、雑にだが適度な長さで切った短髪。

その前髪から突き出るようにして、額の左側に上向きに曲がった角を生やしている。

上半身と下半身は統一された着物で、決して汚いわけではないにしろあまり目立たぬ

色合いに染まった布地故か、彼女を印象をあまり飾らせるものではなくなっている。

胸の部分や袖口の辺りに、白地で"三つ巴紋"と呼ばれる模様がところどころに描かれて

いるだけで、あとは目立った装飾品や目を引く鮮やかさなどは見受けられない。

正面を見ていても視線を遮るほどの前髪からのぞくのは、燃え盛るような赤の瞳。

 

素凡な見た目にして寡黙静動な片角の少女こそ、妹の埴見 朱火なのであった。

絵に描いたように対照的な二人を前にして、霊夢と鈴仙は言葉も出ない。

しかしことこういう場合において空気を読まないフランは、臆せずに声をかける。

 

 

「二人ともよろしくね!」

 

「はい! よろしくね、フランちゃん!」

「あ、え、うぅ……………よ、よろしく」

「うん!」

 

 

フランに声をかけられた二人は、それぞれ印象的な返答を返し、

彼女らの答えを聞いたフランは喜びと言う花が開花したような笑みを浮かべた。

 

あまりに人懐っこく愛らしい笑みに、その場にいる者の視線を釘付けにする。

ところがその笑みが直後に揺らぎ、今度は恥じらいを織り交ぜた儚い顔へと変わった。

消極的な朱火を除く三人がどうかしたのかと尋ねる前に、フランは心中を語った。

 

 

「あ、あのね。私____________二人とお友達になりたいの!」

 

「と、友達、ですか?」

 

「…………な、なんで、私たち、と?」

 

フランのあまりに突然な告白に一同はたじろぎ、姉妹はそのわけを尋ねる。

するとフランは悲しげな表情を浮かばせ、溢れんばかりの思いの丈をぶつけた。

 

 

「だって、だって私、こうしてお外に出るの初めてだったから!

お友達がいなくて…………だから私、お友達がほしいの! 初めてのお友達が!」

 

「フラン…………」

 

フランの独白を聞き、霊夢と鈴仙の瞳にもわずかな憐憫が浮かび上がった。

特に霊夢は彼女の事情をある程度は知っているため、同情も共感もできてしまった。

鈴仙はその辺りの話に詳しくはなかったが、今回の旅でフランという一人の少女を

知り、彼女の秘めたる思いの強さを感じていたため、同情も共感もできたのだ。

 

フランが勇気を出して言った言葉を受けた鬼の姉妹は、顔をしかめて口を開く。

 

 

「お気持ちは、嬉しいんだけど…………」

「わ、私たちは、鬼、だから」

 

「フランちゃんも人間じゃなさそうだけど、きっと深く関わらない方がいいよ」

 

「ず、ずっとずっと、そ、そうだったから。だから、無理だよ」

 

姉妹の口から出たやんわりとした拒絶の言葉を、フランは受け入れなかった。

地下に閉じ込められていたフランは当然知らないが、鬼とは、最強の種であった。

数多くある妖怪の中でもその力はまさしく別格。その名を戴く者は多くあれども、

頭から角を生やし、酒を湯水の如く飲み干す彼女らは純粋たる鬼なのだった。

鬼の名は、ある時は恐るべきものの名として。

ある時は忌み嫌われるべきものの名として。

またある時は他が及ばぬ力を持つものの名として、謳われてきた。

荒ぶる神と称えられ、悪しき化生(けしょう)と打ち払われ、人はその力を恐れた。

万物を砕く力を持ち、万能を越える術を操り、妖はその名を忌み嫌う。

強過ぎるが故に何者からも逸脱し、居場所を失った哀れなる存在。

強過ぎたが故に何者をも恐怖させ、居場所を奪われた悲しき存在。

 

例えそれが子供の鬼であろうとも、比類なき力の権化には変わりない。

それを知っているからこそ、彼女たちは自分たちの悲惨たる宿命に巻き込ませまいと

フランを庇うために友と呼び合う好機を、自ら手放そうとしたのだ。

しかし悲しき運命を背負っているのは、彼女もまた同じであった。

 

この世に生まれ落ち、最初に触れたのは親の温もりではなく地下の冷たい檻。

時が経つと共にすり減り、小さく消えかけていく心を無くさないようにするため、

彼女は自らの心を"壊す"ことによって狂気の渦に自身を沈めたのだ。

 

だからこそ惹かれ合ったのか。彼女の姉に言わせればこれも、運命なのか。

 

 

「いなほ、あけび」

 

 

だからこそフランは、負けず折れず屈せず、二人を見据えて微笑む。

 

 

「私と、お友達になって?」

 

 

狂気に飲まれ全てを壊していた少女が、初めて誰かに手を差し伸べた。

差し伸べられた幼く白い小さな手を、鬼の姉妹は、拒むことはできなかった。

 

フランの手を取り、二人は泣きそうな顔のまま微笑みをたたえて言った。

 

 

「「喜んで‼」」

 

 

こうしてフランは、生まれて初めて『友達』と笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、ごちそうさまでした!」

 

「久々に満腹感を味わったわ………いや、満足満足」

 

 

フランが初めての友達を得てから三十分ほど経過した今、三人は昼食を終えて

味わった食事の美味しさと空腹を満たされた幸福感に酔いしれていた。

席の上で緩んだ顔を見せる三人を見て、フランの新しい友達は笑みを浮かべる。

 

 

「それだけ喜んでもらえれば、私たちも満足です!」

 

「…………ふ、フランちゃん。お、美味しかった?」

 

「うん! とっても美味しかったわ! ありがとう!」

 

 

幼い吸血鬼の曇りのない笑顔を見て、鬼の姉妹も満足げに頷き合う。

そうして食後の余韻に充分浸った後、店を出ようと三人は同時に立ち上がる。

そのまま店を出ようとして一度止まり、振り返った霊夢が不安げに姉妹を見つめて言った。

 

「あのさ、本当にいいの? お代いらないって」

 

「はい! お代以上のもの、いただきましたから!」

「…………ゆ、友情。お、鬼は恩と、義と、情に応えます」

 

「ですので、今日はお代は結構です! 無料券もお返ししますよ!」

 

「そ、そう? なんかこっちが逆に申し訳なくなってくるわ」

「確かに…………フラン、行こうか」

 

「うん!」

 

 

入店時に渡した無料券を返された霊夢は、かえって居心地の悪さを感じてしまい、

鈴仙も申し訳の無さに頭が上がらなくなりそうになってきたために退出を促す。

二人に急かされたフランは店を出たものの、名残惜しさに何度か振り返る。

そして三回目に振り返った時、稲苹と朱火が店から出てきて三人を見送ってくれた。

姿を見せた友達に、フランは一度言ってみたかった言葉を思い出し、声高に叫ぶ。

 

 

「いなほー! あけびー! またねー‼」

 

「フランちゃーん! また来てねー!」

 

「ま、待ってる、から! い、いつでもっ!」

 

フランの言葉を受けて、稲苹と朱火の二人も同様に友への言葉を返す。

生まれて初めて交わした、友達との再会の約束。

その言葉を覚えている限り、どれだけ遠くにいても友と自分はつながっている。

心の中に温かいつながりを感じ、フランは満腹感とは別の満足を感じた。

いつまでも互いに手を振り続ける彼女らを見やる霊夢と鈴仙は、三人の特別な時間を

せめて邪魔建てしないでおこうと考え、フランに合わせて歩みを遅らせてやる。

こうして昼が過ぎ、フランはまた新たな成長の一歩を踏み出した。

 

 

牢獄の世界から解き放たれ、最も欲しかった、友達を作ったことによって。

 

 

そしてまた、彼女の一日が胸いっぱいの幸せと共に幕を下ろした。

 

 





いかがだったでしょうか?

今回登場させた二人は、もちろん私のオリジナルキャラクターです。
私は絵心が無いので、どなたか描いては下さりませんかねぇ………(チラ見

ずいぶんと長くなりましたねぇ、話数も文字数も。
こんな作品でも読んでいただいているので、感謝感激であります。


それでは次回、東方紅緑譚


第五十七話「禁忌の妹、平穏な日和」

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