東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、エナジードリンクが恋人の萃夢想天です。

先週は投稿できなくて誠に申し訳ありませんでした。
理由はまぁお察しの通りの体調不良です。本当にすみません。

そして今回もまたPCが反抗期に突入いたしまして、
(梅雨時だからかな?)上手く作動してくれないのです。
これ以上機嫌を悪くされないうちに早く書き上げちゃいましょう。

それでは、どうぞ!






第伍十話「名も無き夜、心さとり」

 

 

 

気が付いたらそこにいた、という表現が正しいのかどうかは分からないけれど

僕こと十六夜 紅夜は気が付いたら今まで見たこともない場所で見知らぬ誰かと戦っていた。

自分の目の前には腹部に痛々しい風穴を開けられている角の生えた金髪の大柄な女性がいる。

そこから周囲に目を向けてみればそこに青空も夜空も無く、ただ無骨な岩肌まみれの殺風景な

世界が暗がりの奥にまで広がっていて、視線を下に向けてもそれは変わることはなかった。

まるで地獄というものが本当にあるのならこうだ、と言わんばかりの光景に思わず閉口する。

しかし実際、つい先ほどまで自分がいた場所のことを思い出して妙に納得できてしまったが、

話の流れからしてそれはないだろうと考え直し、改めて今のこの現状の分析に集中しようとする。

 

(確か僕は……………そう、あの人に『生き返れ』って言われて)

 

 

何故自分がこんなところにいるのかを究明するため、僕は少しだけ記憶を遡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十六夜 紅夜、すぐに現世へと戻り、自らの肉体を取り戻しなさい‼」

 

 

静寂と幻想的な風景の中を淡々と流れ続ける常世と現世の境目、三途の川のそのほとりにて。

僕の目の前で手にした棒状のものを突き付けながら、『四季 映姫』という自称閻魔の少女が

身長的には下から、内容的には上からの目線でそう言い放ってきた。

しかしながら僕は幻想郷に来て日は浅く、非常識な言動などにはまだ耐性がほとんどない。

故に緑髪の少女、四季さんの言葉を幻想郷式のジョークかなにかだと笑い飛ばそうとした。

 

 

「は、はぁ…………」

 

 

笑い飛ばそうとした___________が、笑えるはずもない。

 

冷静に考えてみてほしい。僕はつい先ほどようやく死後の世界という非常識な状況をどうにか

して受け入れたばかりだというのに、そこからさらに『現世へ戻れ』ときたものだ。

現世というのは即ち命が生まれ、生き、死んでいく普通の世界のことなのは流石に分かる。

けどその世界へ戻れというのはつまり、『生き返れ』って言ってるのと同義なんじゃないか?

 

死んだ命は元には戻らない。それは外の世界でもこの幻想郷でも変わらぬ自然の摂理のはずだ。

なのに眼前の四季さんはそれを当たり前のように覆す発言をしているから、理解が出来ない。

 

 

「む? 何ですかその生返事は。これは貴方に課せられた罰であり数少ない償いの機会なのです」

 

「え、ああ、ハイ」

 

「本来ならば貴方の罪は償いきれるほどのものではないのですが、今度ばかりは特例として

貴方に機会を与えるとともに、故意無き罪への『不始末』を処理する任を課さなければならず、

それを伝えるために私がわざわざ法廷からここまではるばるやって来たというわけです」

 

「……………なるほど」

 

「本当に理解できたのですか?」

 

「いえ、全く」

 

 

しきりに真剣な顔つきで話してくれていた四季さんの眉がわずかにピクリと吊り上がる。

ほんの一瞬だったが怒りを露わにしたのだろうけど、こればっかりは仕方がない。

今の話を聞いて「ハイ、委細承知いたしました」なんて、たとえ嘘でも言えやしない。

 

彼女の口から出てきた言葉の内容で僕がかろうじて理解できた事柄は二つほど。

一つは僕が生前に犯してきた罪は非常に重く、本来ならば償いきれるものではないということ。

もう一つは今回の話をしにわざわざ遠くから僕の元までやって来たらしいということだけ。

それ以外の事はまるで分からなかった。言葉は通じていたけど言葉の意味が理解できなかった。

キッパリと言い切った僕が何か考えているのかを表情から読んだのか、四季さんが小さく

コホンとわざとらしい咳を折り込んで再び話を再開しようとする。

どうでもいいけど、威厳ある大人ならともかく彼女のような少女がやっても…………ねぇ?

 

 

「今何か余計なことを考えていませんでしたか?」

 

「いえ何も」

 

「………閻魔を前に嘘はつけませんよ。罪は重くなるばかりですね」

 

「とんだ横暴ですねぇ。それで、具体的に僕は何をすれば?」

 

「話をすり替えましたか…………まあいいでしょう、時間も惜しいですし」

 

「全く以ってその通りで。先程の話では、暗に『生き返れ』と言われているように

聞こえたんですが実際に僕は何をどうしたらいいのかまるで不明瞭なんですが」

 

「おや、分かっていないなどと言っておきながらちゃんと分かっているじゃないですか。

暗にも何も、最初からそう言っているではないですか。ほら、早く準備なさい」

 

「じゅ、準備って…………その蘇生というか復活というか、そこが分からないんですが」

 

「?」

 

「いやあの、僕は外の世界から来たばかりなのでこちらのやり方が分からないんです。

その、あるんですか? 死者を閻魔の権限で生き返らせる方法とか、やり方とかが」

 

「ああ、なるほど。まずはそこの説明をするべきでした。

分からないのなら初めからそう言いなさい。貴方はそこまで頭は悪くないでしょう?」

 

………………おお、生まれて初めて少女を殴りたいと思った。

 

先程までは大人ぶった行動や言動に可愛らしさすら感じていたのにこの始末だ。

今度は自分の眉と頬の筋肉がピクピクと痙攣しているのを自覚しつつ、隠さずに

眼前で腕を組みながらぶつぶつと話している四季さんに見せつけてやろうとした。

けど当のご本人は自分の話に夢中でまるで人の話など聞いてはいないようだったので

早々に反撃は諦めて大人しく恭順し、今を乗り切ろうとやるせない誓いを立てる。

しばらく黙っているとようやく独り話が終わったようで、とにかくと話に区切りをつけて

改めて僕に向き直って懐から何かを取り出して、見せつけるように差し出してきた。

 

 

「コレは?」

 

「これぞ地獄の宝珠、『通行証』と呼ばれる霊験あらたかなる霊力の宿った玉です」

 

「ツーコーショー?」

 

 

四季さんが差し出してきたのは、通行証と呼ばれる手のひら大サイズの琥珀石だった。

しかも単なる琥珀ではなく、内部には気泡も晶石もない、純度100%の完全鉱石であり、

外の世界で売り流せば間違いなくマニアの間で戦争が起こるほどの超レアな代物に見えた。

かつて暗殺者(吸血鬼ハンター兼)として育成されてきた僕は当然、幅広く様々な知識を

強制的に学ばされた。特に、女性を着飾る宝石や芸術の類は専門職の人間の知識量にさえ

負けずとも劣らないほどの量を無理やり詰め込まれたため、今回のこの鉱石の自己鑑定も

その時に培った知識から量ったものだ。それにしても、地獄にこれほどの財宝があるとは。

 

通行証と呼ばれる琥珀石を見てから文字通りに目の色を変えた僕の態度に何を感じたのか、

大して張るほどもない胸を張りながら僕に手にした通行証とやらの説明をし始めた。

 

 

「この通行証は元々は十七人からなる閻魔大王達の力の結晶として無数にある地獄の中でも

特に重い罪を犯した者しか(おく)られない『無間(むげん)地獄』と呼ばれる地獄の最下層に位置する

場所に安置されていました。それを今回は特例中の特例として通行証内に宿っている力の

一部のみをお借りして、貴方を生き返らせようということになったのです」

 

「随分と壮大なお話ですね」

 

「本来であれば有り得ない話ですからね。まあ今回貴方に預けるこの通行証も本物では

ありません。これはいわゆる偽造品と言える物ですからね。力も本来の三割程度かと」

 

「それを言うなら偽造品ではなく、模倣品では?」

 

「地獄の閻魔大王十七人分の力が込められた秘石を模倣出来る者がいるとでも?」

 

「あぁ、そういう意味で偽造品ですか。納得がいきました」

 

「では話を続けます。本物の通行証の在り処はというと、実はハッキリしていません」

 

「え? 大事なものなのにですか?」

 

「そ、それを言われると弱いですが、地獄の強大な力を一部とはいえ貸し与えるのですから

何も教えずにただ命じるだけとは不公平ですからね。話せるところまでは話しましょう」

 

 

そこまで話してから四季さんは少し歩いた先にある川岸に腰を下ろせるほどの大きな石が

あるのを見つけ、そこで座って話そうと僕に促してきた。正直今の僕には歩くべき足が

無いのだから立ち話も疲れないのだけど、長くなるというから仕方なく彼女に従った。

二つの大きな石にそれぞれ腰を下ろした僕らは首を動かして向かい合い、話を再開させた。

 

 

「先程も言いましたが、本来の通行証は貴方のいた外の世界にあるらしいのです。

らしいというのは、外の世界の閻魔にも所在が分からないからだそうですけど」

「へー、僕がいた外の世界にも地獄とか死後の世界とか、あったんですね」

 

「ええ。大体はここと大差はありませんけどね。話を戻しますよ?

外の世界で作られた通行証は最初に言ったように地獄の最下層にて安置されていたはず

だったのですが、ある日を境に通行証が姿を消してしまっていたのです」

 

「理由というか、原因は?」

 

「原因は不明、ということにされていますが心当たりはあります。

通行証が紛失したその日に、地獄から同じく姿を消した者がいたのです。

それこそが通行証を作り上げた十七人の閻魔大王の一人、名を『イサビ』と言います」

 

「イサビ…………というか、閻魔大王は地獄を出れるんですか?」

 

「ええ、出れますよ。閻魔といっても職務ですから、当然休暇も出ますので」

 

「へ、へぇ~」

 

「思ってたのと違う、ですか?」

 

「…………まぁ、ハイ」

 

「気持ちは分からなくもないですよ。私も休暇は一度も取ったことありませんし」

 

「そうですか…………それでその、肝心の通行証の話は?」

 

「ああ、そうでした! 関係ない話に時間を割くのは勿体ないですね。

通行証と共に姿を消したイサビはその後、外の世界のどこかで人知れずひっそりと

暮らしているとの連絡が入ったため、彼が通行証を持ち出した容疑は晴れたのです」

 

「え?」

 

「通行証は文字通り、現世と冥府を限定的に開通させる能力を持つ強大な秘石です。

それほどの物を盗んでおきながら何の行動も起こさないというのは不自然だろうと

上が判断し、捜索も打ち切られ、地獄の一大騒動はなりを潜めたのですよ」

 

「いくら何でも甘過ぎやしませんか? 他の閻魔大王たちは」

 

「私もそう思いましたが、当時の私にはそんな権限は無かったので。

そして本物の通行証は依然行方が知れず、仕方なく偽造品を残った閻魔大王の力で

一から作り上げようと採決が取られ、可決したためこうして作り直されたのです」

 

 

長く話していた四季さんの口がようやく閉ざされ、僕も話を聞く姿勢を大きく崩す。

まさかこんな手のひら大の石ころのためにこんな長話を聞かされる羽目になるなんて

数分前の僕にとっては思ってもみませんでしたが、それにしても本当に長かった。

しかし聞いた話は地獄にとっては最高機密レベルに相当するような話ではないのだろうか。

地獄の一番ヤバいところにあるべき秘石が無くなり、それと同時期に閻魔の一人も行方が

分からなくなり、仕方ないから代用品で誤魔化すことにしたって、ざるにも程がある。

それにしても幻想郷、ひいては死後の世界も本当に世知辛い世の中になっているらしい。

小町さんが言っていたように、生前も死後も大した違いなんてないのかもしれないなぁ。

 

 

「さて、ここまで話したのならもう充分でしょう。さあ、これを」

 

「え、ああ、えっと………」

 

「話の本筋を忘れないでください。貴方は今からこの通行証の力で現世にある自分の

肉体に強制送還されます。そこで起こっている厄介事を片付けるのが貴方の仕事です」

 

「はぁ…………あの、厄介事って何ですか? そこをはぐらかされると困るんですが」

 

「私は言っても構わないのですが、貴方は傷つくかもしれませんよ?」

 

 

通行証とそれにまつわる昔話を無関係な身でありながら聞かされた僕は既に四季さんの

話の大部分を聞き逃すほど集中力を摩耗させられていたけれど、彼女が最後に呟いた

言葉が引っかかり、枯渇しかけていた集中力をどうにか引き延ばして次の言葉を待った。

 

 

「…………分かりました。それほどの覚悟があるのならば止めることはしません。

厄介事というのは、紅魔館の魔女が貴方の肉体に施した魔術の失敗についてです」

 

「失敗…………パチュリーさんが⁉」

 

 

淡々とした表情で四季さんが語った言葉の意味を、僕は上手く理解できないでいた。

あのパチュリーさんが魔術の行使に失敗するだなんて考えたこともなかったからだ。

常に大図書館で知識を詰め込んでいる彼女が僕のために時間を費やして見つけてくれた

復活の大魔術、それの内容までは教えてくれなかったけど、あの人が失敗するなんて。

明らかに動揺する僕とは対称的に四季さんは動じることなくさらに続ける。

 

 

「その失敗が原因で、貴方の肉体には魔人の魂が宿ってしまっています。

結果、現世で活動するための器を手に入れた魔人が幻想郷で暴れ始めたのです。

今の時間帯は夜なので人里には目が向かないはずですが、このまま放置しておけば

いずれ人里どころか幻想郷中のあらゆる生命が脅かされることになるのです」

 

「それはまた…………責任重大ですね」

 

「状況が分かったようで何よりです。それでは、今一度すべき事を確認しますね。

貴方はこれより現世へと戻り、将来的に脅威と成り得る魔人の魂を処理すること」

 

「…………………」

 

「いいですね? そのために通行証を持たせたのですから、そのつもりで。

偽造品とはいえ途方もない力を宿していることに変わりはありませんからね。

この大きさでも地獄の最下層と現世をつなぎ、行き来する力があるんですから」

 

「行き来、ね。なるほど、そういうことですか」

 

「ええ、そういうことです。では、健闘を」

 

 

含みのある言い方で通行証の能力を再度繰り返し、僕に通行証を手渡す。

四季さんは軽く会釈をしたと思ったら腰を浮かせて立ち上がり黙々と歩きだして行き、

三途の川の下流方向へ行ってしまった。その場に残ったのは僕と人魂がほんのわずか。

たったの数十分足らずで見慣れてしまった光景も、いざ見れなくなると名残惜しい。

 

 

「なんて、そんなこと言ってる場合じゃないんでしたね」

 

 

右手に琥珀石を握りしめて自分の意識をそこに強く集中させてみる。

本当なら四季さんに通行証の使い方を聞いておくべきだったのだけど、

聞く前に四季さんは帰ってしまったし、それに何より、こうするべきだと感じた。

 

 

(まるでこの通行証が、導いてくれているかのようだ)

 

 

初めて手にしたものでありながらも使い方が頭の中に流れ込んでくるかのような

錯覚とも呼べる感覚に陥り、どんどん意識が薄らいでいき、僕の意識は闇に沈む。

 

 

お嬢様のためにある僕の身体を勝手に使う、見知らぬ魔人への怒りと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッソがァァァア‼ なんで、テメェが、ここに‼」

 

通行証の力で意識が途絶えて数秒もたたぬ内に重力によって肉体が地面に

引っ張られる感覚を感じ、自分が魂だけの存在でなくなったことを認識させる。

そして今、僕は魔人の魂に占拠されている自分の肉体の内側に戻ってきていた。

 

普段とは違って、どこかぼんやりとした五感で今の状況を確認しようとするも

身体の中に耳障りに響く騒音に近い声に意識を乱されてしまう。

ともあれまずは魔人に乗っ取られている自分の肉体をどうにかして取り戻すのが

先決だと判断し、やり方も分からないままにとりあえず抵抗してみることにした。

すると突然鼓膜ではなく脳内に直接響くような声が僕の頭の中に流れ込んできた。

 

 

『十六夜 紅夜、聞こえますか?』

 

『その声…………四季さんですか?』

 

『ハイ、四季 映姫です。どうやら元の肉体には戻れたようですね』

 

 

頭の中で語り掛けてきたのはついさっき(?)別れたばかりの四季さんだった。

おかげさまでね、と若干の皮肉を交えた返答をすると彼女は少し固い口調になって

話を続けてきた。

 

 

『ならばすぐに魔人の魂を通行証の力であの世へと転送しなさい』

 

『やっぱり方法はそれでしたか』

 

『分かっているのなら早くやりなさい』

 

『…………それなんですが、通行証がどこにも見当たらないんですが』

 

『問題ありません。今の貴方は言ってみれば思念体のようなものになっています。

ですので通行証は肉体ではなく精神である貴方を憑代としてそこにありますから

貴方は強く念じればそれでいいのです。通行証を使った時と同様に』

 

『ああ、なるほど』

 

 

お堅い話をある程度しっかり聞き終えてからふと気になったことがある。

今更ながら、彼女はどうやって僕と会話しているんだろうかと不思議でならない。

ここはおそらく現世のはずだし、彼女は本来の仕事の方へと戻っていったはずなのに

距離的に無理があるこの交信はどんな方法でやり取りが出来ているんだろうか。

 

まぁでも今はそんなことを気にしている場合ではない。

通行証の使い方も分かったし、使うべき相手が間近にいるなら躊躇う事はない。

僕は先程の彼女の話を信じてここにあるはずの通行証に強く念じてみた。

 

 

「ぐッ⁉ おおおォォ‼ テメェ、クソ‼ クソがァァァァアアア‼‼」

 

『………どうやら上手くいってるみたいですね』

 

 

念じた途端に響く騒音がよりやかましくなってきた。本当に粗雑な声だ。

自分の身体を好き勝手に使われた挙句こんなみっともない声をあげられるだなんて、

とんでもない恥辱もいいところだと内心で嘆きつつ、さっさと終わらせようと念じ続ける。

 

『早く消えてください。この身体はそもそもお嬢様のためのものです』

 

「アァァアアアァ‼‼ ざッけんなクソがァァ‼」

 

『粋がっても無駄ですよ、さぁ早く。パチュリーさんの汚点は、消えろ!』

「ガアアアァァァアァァアアアァァア‼‼」

 

 

まさに瀕死の飢獣の如き咆哮をあげながら悶絶する魔人に苛立ちを募らせる。

他人の肉体を自分勝手に好き放題使い回したツケがきたんだ、早く死んでくれよと

心の中で暴言を浴びせかけるも、通行証の力であっても時間はかかるらしい。

それでも少しずつ身体の自由が利くようになってきたような気がするし、

遠くぼやけていた感覚もほんのわずかだけど元に戻ってきているように思える。

あともう一押しすれば完全にこの魔人の魂を地獄へと葬り去ってやることが出来ると

確信し、通行証に念じている力をさらに引き上げようと集中する。

 

ところが、僕の人生はいつもいつも肝心な時に邪魔が入るようになっているようだ。

 

 

「その力は地獄の‼ それだけは使わせんぞ‼」

 

 

一つの肉体の中で相反する二つの魂のせめぎ合い、それは絶対的な外部への隙。

通行証の発動に集中するあまり、完全に自分の肉体の外側の事は忘れてしまっていた。

空気を振るわせるほどの怒気に満ちた声に反応して視線を向けた先にあったのは、

一瞬巨大な壁に見紛うばかりの大きさに見える、金髪の大柄な女性の右拳だった。

 

 

「遊びは終いだ‼ 四天王奥義【三歩必殺】‼‼‼」

 

 

まさしく鬼神の如き形相をたたえた女性の右拳が僕と魔人の肉体に突き刺さり、

それと同時に彼女を中心とした途方もない数と量の純白色の弾幕が弾け飛んだ。

痛覚がショートするほどの痛みを脳に送り込んでいるはずなのにまるで腹部にも弾幕を

受けている全身の至るところにも痛みはまるで感じなかった。

 

『なんだ、ただのこけおど_________し?』

 

「ゴ………ガッ、ア…………」

 

 

女性の振るった拳(スぺカ?)が不発に終わったらしいと思い込んだその直後、

通行証を使ってここに来た時とは少し違う、一気に意識が引きずりこまれていくような

感覚に見舞われていき、こけおどしの五文字を言いきるか否かで僕らは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、と言うには少々時間が遅すぎますが」

「ッ⁉」

 

少し冷たい印象を抱かせる幼い女の子のような声が聞こえて目が覚めた。

 

 

「どうですか? 具合の方は」

 

「……………?」

 

 

飛び起きてみると、そこには予想通りに小さな女の子が座っていた。

 

「いきなり起きては体に障りますよ」

 

「……………?」

 

 

何やら気遣うような口ぶりで淡々と語る少女だけど、どうも違和感がある。

 

 

「違和感、ですか?」

 

「?」

 

アレ? 今、声に出して言ってたのかな。

 

 

「いえ、声には出していませんよ。私が『読んだ』だけですから」

 

 

読んだ、だけ? も、もしかして君、心が読めるの⁉

 

 

「ハイ、読めます。随分驚いていますね、久々な感じがします」

 

 

久々って…………ていうかその、チューブにつながってる目玉は何なの?

 

 

「コレですか? これは…………他人の事を聞くのなら、まずは名乗るべきでは?」

 

確かにこの子の言葉は正論だ。仕方ない、まずは名前でも____________?

 

 

「どうかしましたか? まずは名前でも聞かせてくれるのでは?」

 

「………………」

 

 

名前、名前……………名前が、分からない。

 

 

「名前が分からない?」

 

自分の名前、分からない。全く思い出せない! 何で? 何で⁉

 

 

「…………まずは落ち着いてください」

 

「自分の名前が分からないのに落ち着けるわけないだろ⁉」

 

 

激情に任せて声を出した直後に、今までにない激痛に身を襲われた。

尋常じゃないほどの痛みに目の前がぐにゃりと歪んだように見える。

引くことのない痛みに顔をしかめ、顎に噴き出した汗が流れ伝っていく。

 

 

「だからいきなり起きては体に障ると………今は寝ていた方がいいです」

 

 

女の子に諭されて再びベッドに背中を預ける。

身体を横にするとほんの少しだけ痛みが和らいだように感じた。

今更だけど、何でベッドで眠っていたんだろうか?

 

 

「その疑問については、次に貴方が目覚めたら話します」

 

 

またしても心を読んだのか、女の子が立ち上がりながら僕に語った。

そして体の向きを変えて歩き出し、足音がどんどん遠ざかっていった。

やけにはっきり聞こえる足音を聞き流していると、その足音が不意に止まった。

 

 

「せっかくですので、今の内に名前だけでも教えておきましょう」

 

 

振り返ってこちらを向きながら語っているらしい彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

「私の名前は『古明地(こめいぢ) さとり』、覚えておいて」

 

 

去り際に自分の名前を告げて、女の子は扉を開けて部屋から立ち去った。

不思議な雰囲気をまとった奇妙な格好をした幼げな女の子、古明地 さとり。

 

 

これが僕と、さとり様との出会いだった。

 

 

 





いかがだったでしょうか(白目)

日曜日までには片付けるってあれほど、あれほど……………‼
ま、まぁ更新出来なくなるよりかはマシだよね、よね‼

さて、本編はいかがだったでしょうか。
主人公ハプニングの定番中の定番、記憶喪失です!
正直コレは当初の予定には無かったんですが、この作品を読んでくれている
仲の良い後輩の一人から「ぜひ」と頼まれたんで採用してみました。

さて、次回はいよいよ記念すべき第五十話目と相成りました!
これからも御話を書き進めていきますので、鈍足更新に稚拙文才ながらも、
応援のほど、なにとぞお願い申し上げます!


それでは次回、東方紅緑譚


第五十話「名も無き夜、新しい人生」


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