東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも、萃夢想天です!

最近なんだか同じような日々を淡々と過ごしているので何と言いますか、
「これで本当にいいのか?」感がハンパじゃないんですが、良いんでしょうか?
とにかく、息災(でもない)日々を過ごさせていただいておりますが、
読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか?

恒例のあいさつはここまでにして、さっそく本編に移りましょう!


それでは、どうぞ!





第四十七話「名も無き魔人、旧地獄街道を往く」

 

 

 

 

静々と、川の流れる音以外の音が存在しない幽玄の世界を少女が歩く。

幼くも大人びても見える妙齢の少女の歩む一歩一歩に周囲を飛び回っていた半透明の人魂

らしき物体たちが、まるで恐れおののいているかのように散り散りになってしまっていた。

その威風堂々たる姿もさることながら、僕は少女の口にした言葉が気になった。

 

 

「え、閻魔………それはもしや先程小町さんが言っていた」

 

「はい。その閻魔が私です」

 

 

話しかけた直後に足を止めた少女が僕の言葉に平然とした態度で答える。

その表情は精巧に作られた彫像のように固まっているがちゃんと血は通っているようだし、

何より呼吸による肩部の上下運動も服越しだから視認しにくいけどあるように見える。

つまり生きている。彼女は、この亡者のみが存在するべき世界に、生きているのだ。

 

 

「もしよろしければ、三つほど質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 

目の前にいる少女はこの場において明らかに異常な存在であると確認出来た以上は、

何とかして彼女を遠ざけたいと思うけれど、僕に残された選択はあまりにも少ない。

その少ない選択肢の中から比較的安全に事が運ぶようなものを選んで行動に移してみる。

僕からの問いかけに対して少女がどういう態度を示してくるか、これがこの後の僕の

行動や決断を左右するであろうことは明白だった。

そして、少女の口が緩やかに開き、言葉を発する。

 

 

「貴方からの問いかけには応じませんよ、十六夜 紅夜」

 

「ッ……………それは、何故です?」

 

 

少女の僕に対する態度は、明確な拒絶だった。

悪い方の予想へと進路が進んでいると頭の中で軌道修正を試みるも旗色が悪く、

おまけに現状に対する情報の少なさも災いしているようだと痛感させられた。

少女は僕の後ろにある積み上げたばかりの石塔をチラリとうかがい、

何か思案するような表情にほんの一瞬だが変わり、言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「私は言ったはずです。貴方にはまだ、生者の世界でしなければならない事が

残っているのだと。私はそれを直接告げるためにここまで参上したわけです」

 

「閻魔である貴女が直々に、ですか? それはまた御大層な用事なのですね」

 

「軽口は慎みなさい、十六夜 紅夜。貴方は本来ならば黒、地獄行きは確定なのです。

既に定められている判決を歪めるのは甚だ遺憾なのですが、緊急事態故の処置として

今回のみ特例を発令することになったので、私が直接来ざるを得なかったのですよ」

 

「……………聞けば聞くほど物騒な話のようですね」

 

 

冷や汗を背中に浮かべながら、凄まじい威圧感を放ってくる少女の言葉に警戒する。

しかしまぁ、分かっていた事とは言え僕は地獄行きが確定していたんですねぇ。

そりゃ外の世界では人を何百人も殺めてきた過去がありますから仕方がないとは

思っていましたけど、面と向かって閻魔様に直接言われると辛いものがありますね。

それにしても、『生者の世界でまだやるべきこと』とは、一体何なんでしょうか。

 

 

「当然です。閻魔たる私には裁かれる魂の生前の行い、その罪の重さが分かりますから

今更何をどう取り繕おうとしても無駄でしかありません。故に弁明は無意味ですよ」

 

「弁明なんてとんでもない。僕は自分が罪人だと理解してますからね」

 

 

一定の距離を保ったままこちらに近付いてこない少女に警戒心を抱きつつも、

先程の会話に出てきた言葉に答え、こちらには敵意がないことを明らかにする。

少女は僕の言葉に反応してまたほんの一瞬だけ表情を変え、すぐに元の状態に戻して

再び話を再開した。

 

 

「自身が罪深き業の魂であると理解できているのなら説教は今回は省きましょう。

それでは罪人、十六夜 紅夜。今から貴方には再び生者の世界に戻ってもらいます」

 

 

______________は?

 

僕は死後の世界という奇想天外摩訶不思議な状況に放り出されているせいでどうやら

聴覚や言語理解能力に支障をきたしているらしい。むしろそうとしか思えない。

でなければ今彼女が口にした言葉の意味が理解できないのは僕自身の理解力が劣って

いるなどという酷く不名誉な烙印を押されてしまうだろう。

一度頭の中をスッキリさせるために深呼吸をし、少女にもう一度言うように促す。

 

 

「あ、あの? すみませんがよく聞き取れなかったのでもう一度仰っていただけます?」

 

「はい? まあいいでしょう。そういう事ならもう一度だけ言います。

これから貴方には再び生者の世界に戻って、あることをしてもらいます」

 

「…………………」

 

 

全く同じ言葉を二回通り聞いても、全く以て意味が理解できないのは何故だ。

少なくとも、僕の頭が不出来だからというわけではないのは確かなはず。

あの施設で生きる上で、身体能力の他にも様々な知識や言語などの頭脳面でも無理やり

鍛えさせられたから並の人間なんかよりは明晰な脳の構造になっている、はずなんだけど。

 

先程と変わらないリアクションで固まっている僕の様子を知ってか知らずか、

緑髪の少女は持っていた妙な形状の棒の先端を僕に突き付けて厳かに告げる。

 

 

「十六夜 紅夜、すぐに現世へと戻り、自らの肉体を取り戻しなさい‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れ去られし者たちの流れ着く最後の楽園、その名は幻想郷。

 

そこには多種多様な種が互いの領域を尊重しつつ見張り合うように縄張りを構え、

それぞれが暮らし良い文化や土地を作り上げて日々を徒然と暮らしている。

 

人、妖怪、幽霊、神に至るまで、それらは同じ空の下で同じ歳月を分かちているが、

決して深く交じり合うことはない。その守られるべき一線は暗黙の了解として幻想郷の

大地に根を下ろす者たちは理解し合っているからだ。

 

しかし、その均衡を撃ち破らんとするものもいないわけではない。

そして近頃幻想郷に起きた【醒夜異変】からわずか二週間足らずで、ソレはこの地にやってきた。

 

「……………ここか」

 

 

夜の帳が下りてから久しい幻想郷の丑三つ時の、とある場所。

そこに現れた一人の男は眼下に広がる途方もないほど巨大で深い闇の縦穴を見下ろす。

 

深みを増した夜の闇ですらも飲み込もうとするかの如き漆黒の短髪に、

水平から大きく上へと浮き上がった眦、その下に輝く蒼青色の瞳。

本来の姿であれば透き通った白色であるはずの肌は今や浅黒い褐色へと変わり果て、

その全身も異常なまでに隆起した筋肉によって元の状態からはかけ離れた様相を呈している。

 

彼はほんの少し前まで、十六夜 紅夜と呼ばれる少年の体だった存在。

しかし今やその肉体は変貌を遂げ、新たな魂を宿して幻想の大地を闊歩していた。

 

 

「間違いねぇ。この穴の底から血と強ぇ奴の匂いを感じる…………滾るなぁオイ」

 

彼は自らの足元にポッカリと大口を開けている巨大な縦穴を見下ろしながら呟き、

普段から粗野であくどいように見えた表情をより歪め、邪悪にすら染まった笑顔を見せる。

周囲は月や星々の明かりを遮るほどに生い茂った木々に囲まれているために様子はうかがえず、

仮に誰かがこの場を見ていたとしても彼にとっては意識を向けるほどのことでも無いようだ。

どこまでも深く、どこまでも暗い大穴の淵に立ち、彼は一歩を踏み出す。

当然その先に足場は無く、重力の法則に従って彼の肉体は穴の中へと落下し始めた。

 

 

「ハッハッハッハッハッハッハァッ‼‼」

 

 

高笑いを大穴全体に響かせるように張り上げながら、彼は自然落下に身をゆだねる。

不気味な残響だけを地上の夜空に残して、彼の姿は幻想郷の大地の底へと消えたいった。

 

そもそも何故彼がこの場所へ来たのか、それには明確な目的があったのだ。

彼はほんの数十分前に吸血鬼の住まう紅魔館から脱走したばかりであり、

この幻想郷についての知識がほぼ皆無であるため、しばらく周囲をぶらついたのだが、

魔人でありながら器である少年の持つ常人離れした嗅覚も合わさってどこかから漂う

『強者の匂い』を感知し、その匂いの元を辿り辿って移動してきたのだ。

ありとあらゆる種が混在する幻想郷で強き者が集い暮らす、暗天の地下世界へと。

 

 

「感じる、感じるぞ! 気配がどんどん濃くなってくのが分かるッ!

たまんねぇなぁこの感覚! さぁ、退屈しのぎに皆殺しといくか‼」

 

 

大穴へと飛び込んでからわずか十秒も経たぬ内に月や星々の明かりは遠ざかり、

物言わぬ岩々や肌にまとわりつくような湿気を放つ苔などが四方を囲む暗闇の底に

どこまでもどこまでも落下し続ける彼は、地上にいた時から自身の感覚に訴えかけてきた

強大な気配が徐々に近付いて来るのを感じて高ぶりを抑えられずに咆哮する。

 

落下し始めてから一分ほど経過した頃、彼は大穴の奥で何かが蠢くのを視認した。

ここは一切の明かりが無い完全な暗闇なのだが、改造人間である紅夜の肉体と魔人の魂を

併せ持つ今の彼にとっては、単なる暗がりなど光源が無くとも容易く視界を確保できる。

全身に風を浴び続けながらも目を見開き、暗闇の中を自由自在に蠢く存在を視界に収めた。

 

 

「あぁ? 随分と淀んだ気配してんなぁ。あの女…………人じゃねぇな?」

 

 

彼が視認したそれは、あまり見慣れない服装をして壁面を這って移動する(・・・・・・・・・・)少女だった。

物音一つ立てずに素早く壁を動くその姿は、まるで糸を操り世を生き抜く蜘蛛に見える。

やがて蠢く少女のすぐそばまで落下していた彼はその場で姿勢を正し、両手の手のひらを

自分の足音へと向けた。すると、どういうわけか彼の体は滞空したまま動きを止めた。

 

 

「おや? お兄さんも人じゃなかったんだねぇ、自殺者かと思ったのに」

 

「…………テメェも強いらしいが、まだ底から気配が感じられる。誰だテメェ」

 

「へぇ、もしかしてお兄さん自分から進んで落ちてきたの? 面白い人だね!」

 

「ベラベラとやかましい女だな、俺が聞きたいことを応えりゃそれでいんだよ」

 

「ありゃりゃ、ただの荒くれ者か。でもその方が地底に来るにはお似合いか」

 

 

頭を下にして足を空に向けた逆さまの格好で話しかけてくる少女に彼は苛立つ。

乱暴な口調の彼を荒くれ者だと揶揄した少女はどこからともなく銀糸を飛ばして

周囲に壁面に逸れを張り巡らせて彼の頭上を塞ぎ、退路を断ってしまった。

得意げな顔になった少女は笑みを浮かべながらゆっくりと糸を伝って彼に近付く。

 

 

「でもぉ、ただの荒くれ者ってだけじゃ地底で生き残れないかなぁ~」

 

「…………何のマネだ、女」

 

「しいて言うなら蜘蛛のマネ、ってところかな? まあ蜘蛛なんだけどさ」

 

「ハッ、訳の分からんことを。この糸はアレか? 俺様を逃がさんためか?」

 

「そーだよ。いくら人じゃないっていっても、逃げられたら癪でしょ?」

 

「知るか」

 

「余裕だねぇ。でも、いつまでそんな綽々でいられるだろうね?」

 

「…………っつーかよ、何でテメェは俺様に勝つ前提で話進めてんだ」

 

「え?」

 

 

無数に張られた糸を伝いながら男に近付く少女がふとその動きを止めて彼を見る。

大穴の中で滞空している彼の顔は暗がりでよくは分からないが、怒りに染まって

酷く歪んでいるように見えた。それを裏付けるように彼の周囲の空間に変化が生じる。

空気の流れが一方向しか存在しないはずの穴の中に風が突如巻き起こって糸を揺らし、

その上を移動していた少女は振り落とされないように糸にしがみついて男を見据える。

 

「わっ、わわっ! なにこれ⁉」

 

「こんな穴の途中で時間を浪費してられるかってんだ、失せろ女!」

 

「何で風がいきなり…………うわっ⁉」

 

「巣が張りたけりゃ外で張れ! あばよ虫けらァ‼」

 

 

男は下に向けていた手のひらを少女に向けて、そこからその手を真上へと掲げる。

すると少女の体は突然宙に浮き始め、身動きが取れなくなってしまった少女は

手のひらを上へと掲げられた動作に合わせるかのように穴の上へと浮き上がっていった。

可愛らしい悲鳴を上げながら穴の入り口の方へと吹き飛ばされていく少女に一瞥も

くれずに彼はただ一点、自身の足元から感じる強者の気配のみを見つめて笑う。

 

 

「邪魔が入ったが、まあいい。お楽しみはこれからだもんなぁ‼」

 

 

男は穴の底を目指すべく、再び自身を重力に従わせ自由落下に身を任せる。

すぐに落ちてきた時と同じ速度に到達し、風が彼の浅く焼けた肌を激しくぶつかる。

どんどん速度を増しながら落ちていく彼は気配が近づいてくるのを明敏に感じ取り、

猟奇的な笑みをその顔にたたえながら闇の底へと落下していく。

 

魑魅魍魎跋扈する幻想の地の底へ、魔界から召喚された彼が降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十六夜 紅夜の肉体を魔人が乗っ取って姿を消してから数分後、

彼と時を同じくして紅魔館から姿を消した人物がもう一人いた。

 

夜の闇にひと際映える黄金色の髪を可愛らしいサイドポニーに結わえ、

その上から幼い身長を補うかのように大きな純白のナイトキャップを被り、

赤いワンピースに白のドレスを合わせた服を白のリボンで着こなす少女。

 

彼女は姿を消した少年の主、フランドール・スカーレット。

 

枯れ果てて歪な形状に折れ曲がった木の枝にシャンデリアのパーツがぶら下がった

ような外見の翼を背部にあしらう彼女は、その翼をはためかせながら幻想郷の暗く

美しい夜空の中を生まれて初めて自由気ままに飛び回っていた。

 

「お空ってこんなにキレイで涼しかったのね! こんなに広かったのね‼」

 

フランはこれまでの長い生涯の中で初めて自身が暮らす紅魔館から外に出て、

その先に広がる広大な世界を自分自身の目や肌や感覚で感じ取っていた。

彼女は元々姉であり紅魔館の当主でもあるレミリア・スカーレットの命令で

館の地下深くにある牢獄に生まれてから実に495年間も幽閉されていたために、

自分の部屋であった地下牢と館の内部から見える景色しか知らずに生きてきたのだ。

 

これまでずっと窓からしか眺めたことのない、本当にあるのかすら不明な外の世界。

今彼女はこの世に生を受けて初めて外の世界にある全てを感じ取ることが出来ていた。

 

しかし、彼女が外へ出てきたのは自由に空を飛び回るためではない。

 

 

「そうだ、早く紅夜を探さなきゃ!」

 

 

そう、彼女が閉じ込められていた館を飛び出した理由は、自分の執事を探すため。

 

十六夜 紅夜という、この世で唯一ただ一人自分の存在に触れてくれた優しい少年で、

それまでは自身の手が触れれば全てを壊してしまうという災厄のような存在だった

自分を生まれて初めて認め、慰め、そばにいてくれると誓ってくれた王子様とも

呼べる愛しくてたまらない初めての従者だったのだが、彼はその誓いを破ってしまい、

物言わぬ冷たい棺に入れられて自分の元へ帰ってきたのだ。

 

彼が死んだと聞かされた時は取り乱し、他人の目も構わずに泣き叫んだ。

しかしそれでは駄目だと、生前の彼との約束を思い出して何とか彼の死から立ち直る

ことが出来たのだが、その直後に事件は起こった。

 

 

(お姉様とパチェは二人で紅夜を生き返らせようとしてた………私のために)

 

 

彼がどうしてもと懇願したので仕方なく暇を出したその日に、彼は帰らぬ人となった。

自分が知らないところで何があったのかは見当もつかないが、それでも自分以外の館の

住人たちは黒塗りの棺に入れられた紅夜を見ても冷静なままで作業を開始していた。

きっと彼女たちは彼を復活させることにためらいが無く、また成功すると信じて行動

していたがために冷静でいられたんだろうとフランは今になって気が付く。

姉のレミリアも、パチュリーも、美鈴も、咲夜も、司書の小悪魔でさえも信じていた。

だからこそ彼女たちは復活の儀式の失敗であれほどショックを受けていたのだろう。

 

今まで自分を閉じ込めていた彼女たちは突如現れた紅夜の姿をした別のナニカに対し

すぐに敵対心を向けて攻撃を仕掛けたものの、即座に返り打ちにあって逃げられた。

その時フランは、フランだけは動くことが出来た。故に外へ逃げたナニカの後を独り

追いかけるために外へ飛び出すことが出来たのだ。

 

必ず紅夜を連れ戻す。今度は誰の手も借りず、自分の手で彼を取り戻す。

 

人からすれば目も眩むほどの時を生きる幼い吸血鬼の少女は拙い誓いを胸に抱き、

解放された喜びを味わいながらも広大な夜の世界の中から愛しい少年を探し出す。

 

 

「絶対見つける! ずっと一緒って約束したもん!」

 

 

ほんの数週間前にやってきた彼のために自分は勇気を出して未知の世界に踏み出す。

以前であれば夢にすら思い描くことは無かったであろう状況に、勇気が湧き上がってくる。

たった一人で誰もいない地下牢で、無意味に時を重ねる昔の自分には戻りたくない。

いつも二人で誰も来ない地下牢で、無償の愛を誓い合う今の自分を必ず取り戻す。

 

それもこれも全て、たった一人の心優しい、大好きな彼のために。

 

 

「紅夜の血の匂いがする! …………こっちから匂ってくるわ!」

 

 

改めて自分のすべきことを決意したフランは空を飛ぶ最中に漂ってきた血の匂いに

気付き、それが探し求めている彼の匂いだと感覚で理解してすぐにそちらに進路を変える。

流石は夜を統べる吸血鬼の血族と言うべきか、フランはそこいらで陽気に飛び回る妖精や

並み居る雑魚妖怪程度では視認すら困難な速度にまで達しながら愛しい匂いを辿っていく。

ぐんぐんと速度を上げながら匂いを辿る彼女の暗闇に特化した眼は目的地を捉えた。

 

 

「あそこだ! あそこから紅夜の血の匂いがする!」

 

 

そう言って速度を落としたフランが降りたとうとしている場所は、迷いの竹林。

夜の闇を引き裂きながらやって来た吸血鬼の少女は生まれて初めて見る竹林の風情に

感動を覚えながらも、それどころではないと気を引き締めて風に流されてくる彼の匂いを

追い求めて闇夜に黙する迷いの竹林へと無遠慮に押し入った。

 

明らかにこの場に似つかわしくない風体の少女が竹林に降り立ったちょうどその時、

やって来たフランを竹林の奥から監視するかの如く見つめる一つの小さな影がいた。

人影はその赤い瞳を輝かせ、どこかで見たような珍客をどうもてなすかを考えあぐねる。

 

 

「なーんか見覚えがありそうなのが来たウサ…………お師匠様に報告するべきウサね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___________いよっとぉ‼」

 

 

一方その頃、紅夜の肉体に宿った魔人はついに大穴の底まで辿り着き、

眼前に広がる地底世界をその瞳に焼き付けて高笑いを浮かべていた。

 

「あぁ~、たまんねぇなぁホントによぉ! これだよこれ!

この感覚が無きゃ生きてるとは言えねぇな………………あン?」

 

 

着地した場所から歩き出して間もなく、煌々と光り輝く地底の都市を見つけて

より顔つきを邪悪に歪めた魔人だったが、すぐにその表情は冷静なものに変わった。

 

明るくにぎわっている地底都市へと続く道には橋が架けられており、その手前には

露出した岩肌の上にどっかりと座り込んで無数の酒瓶に囲まれた女性の姿があった。

ただの飲んだくれ程度なら無視しようかと魔人が考えて歩を進めようとした次の瞬間、

唐突に周囲の岩盤に亀裂が走って砕け始め、地割れとなって魔人に襲い掛かった。

 

 

「ッ‼」

 

 

唐突な意識の外側である足場の異常に驚きつつもすぐさま飛び上がって後方に着地した

魔人は、たった今起こった出来事を引き起こした張本人を眼前で酒を飲み続けている

女であると断定して体勢を立て直しつつ警戒心を露わにする。

 

「随分と舐めたマネしてくれんじゃねぇか、あぁ?」

「舐めたマネ、か」

 

 

距離を置いた魔人の前で持っていた特大の盃を地面に丁寧に置いてから女は立ち上がる。

座っていた時は分からなかったが、並の男では並びえないほどそびえたつような身長で

腰を低く落とした魔人をより高い視点から見下ろしつつ女は吐き捨てる。

 

 

「そうかいそうかい、今のがお前にとっちゃ舐めてることになるわけかい。

こりゃ悪いことしたね。私はたまたま暇潰しに遊び相手を探してただけでね」

 

「ほぉ? 遊び相手が欲しかったのか、そりゃ奇遇だな。俺様もだ」

 

「おや? お前もかい、それはちょうど良かったよ……………さて」

 

 

気前のいいような軽い口調で女は腕をぐるぐると回して肩をもみほぐし、

上腕二頭筋の辺りを二、三度ばかり叩いてパンパンと小気味良い音を鳴らす。

好戦的な笑みを整った顔に浮かべながら、女は魔人に語り掛けた。

 

 

「お前が上から降りてきた『力の塊』だってのは分かってんだ、とっととやろうや‼」

「建前なんざ知ったことか! 一番強い気配は、お前から感じるぜオイ‼」

 

 

互いを敵とみなした二人は威嚇の意味合いも込めて眼前の相手に猛々しく吠える。

女は地下に差し込むわずかな光を編み込んだように薄く長い金色の髪を激しく揺らし、

男は古今東西あらゆる闇を凝縮したかの如き漆黒の短髪や浅黒い肌を逆立てて応える。

額からは地底から天を突かん勢いで生える赤く長い角に、鮮やかな黄色の星の形。

紅蓮に沸き立つ地獄の業火を思い起こさせるように爛々と輝く攻撃的な赤い瞳を見開き、

両手首と両足首にはそれぞれ罪人を拘束するのに用いるはずの鋼色の錠と鎖がはめられて

彼女の一挙手一投足に合わせて右に左に波打つように揺れ動いては金属特有の音をかき鳴らす。

 

「私の名は、『星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)』! ここ旧地獄跡に暮らす【鬼】の頭だ‼」

 

「俺様は【魔人】! 好きに呼びゃいいが、今から死ぬテメェには関係ねぇよな‼」

 

幻想郷の大地の下、かつて地獄があった場所。

 

奈落へと堕ちた者共が跋扈するこの地獄変で、【鬼】と【魔人】が激突する。

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

本当ならもう少し地底メンバーとお話させてあげたかったんですが、
書くのが遅いうえに他に色々目移りしすぎてさらに作業が遅くなり…………。

ですが、ついに私の書きたかったシナリオまで進められました!
ここからは最終章まで一気に駆け足で駆け抜けますよ!


それでは次回、東方紅緑譚


第四十七話「禁忌の妹、初めての朝」

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