東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、お久しぶりです。

先週は投稿出来なくてすみませんでした!
実は五月八日に東京で開催された東方関連のビックイベントこと
「第十三回博麗神社例大祭」に参加するために投稿を休ませていただきました。

楽しかったです、ハイ‼
色々なグッズやフィギュア、無論同人誌も買い漁れて大満足でしたよ。
それと日頃から仲良くしてくれている後輩たちとも初顔合わせできて
全身の筋肉疲労の代償も受け入れられるほど充実した休日になりました。

例大祭で得た東方への熱意を再チャージしつつ、また定期更新に戻ります!


それでは、どうぞ!




第四十六話「紅き夜、三途の死神と語らう」

 

「……………………?」

 

 

目が覚めた、という表現は正しいのだろうか。

少なくとも僕は今、目の前に広がる形容しがたい未知の土地の情景が見えている。

 

対岸の輪郭すら見えないほど霧が濃く、なおかつ同じように向こう側が見えないほど広い川幅。

決して濁っているというわけではないのにこの川の水は不透明で、川底がまるで見えてこない。

川辺の岸には若々しい緑などはまるで見当たらず、あるのは形や大きさが様々な丸い石のみで、

ところどころにそれらが重ねられて塔のようになっているのがちらほらと見える。

 

そして僕が一番気になっているのは、川辺に浮いている白いふわふわとした物体だ。

そもそも目を凝らして見てみるとどうも半透明のようで、重力に縛られない浮き方をしている

時点でこの浮遊物がれっきとした『物体』であるのかどうかですら皆目見当がつかない。

あまりにも日常からかけ離れた幻想的な風景を見て、僕はわずかに思考が停止していた。

僕の周囲をふわふわと飛び交う白い浮遊物を見続けて数分、僕はようやく状況の整理を考えた。

 

 

(確か僕は、さっきまで永遠亭という医療施設の和室で横になっていて、それから…………)

 

 

アゴに指を押し当てて考えているポーズをとりながら自分の頭の中にあるついさっきまでの

記憶を掘り起こしてみるも、目の前の状況に至るまでの経緯がすっぽりと抜け落ちているらしく、

少なくとも一番記憶に新しい場所と現在いる場所とは全く以て結びつかないことしか分からない。

本当にここは、どこなんだろうか。

 

 

「……………情報が、足りないな」

 

 

即座に僕が一番にするべき事、必要な事を頭の中に思い浮かべて整頓して声に出す。

まず今の僕に必要不可欠なのは、現在に至るまでに起こったことなどを含めた情報だ。

ここは一体どこなのか、何故自分はこんなところにいるのか、あの浮遊物は何なのか。

考え始めればキリがないが、何よりもまず僕が知りたい事は他にある。

 

それは、僕の身に何が起こったのか、という事だ。

 

視線を足元に送ってみれば、足が見当たらない。

これは冗談でもなければ比喩でもない、ありのままの事実のようだ。

もちろん驚いて飛び上がりそうになったけれど、そもそも飛び上がるための足がないの

だから跳躍できるわけも無く、ただその場で驚愕による衝撃を受けただけにとどまった。

続いて足元から少しだけ視線を上に戻してみると、別の違和感に気が付いた。

それは、今自分が身に着けている衣服が自分の記憶の中にある服と一致しないということだ。

僕は永遠亭に運び込まれ、そこで診療を受けて横になっていた時も多分執事の正装をしていた

はずなのだが、現在僕は日本人が着るイメージが強い着物のような服を着ている。

 

(燕尾服、どこにいったんだろうか。あの服、結構自信作だったのに……………)

 

 

完全手製の執事の正装が紛失している事に少なからずショックを受けながらも、

とりあえずは自分が置かれている現状についての情報を手早く集めることが先決だと

割り切って、周囲の探索を始めることにした。

 

 

「…………………なるほど、そういう事か」

 

 

探索を始めてから体感時間でおおよそ十五分ほど経過した頃、僕は一つの仮説に行き着いた。

 

 

「ここは多分、死者の魂が行き着く場所、なんだろうか」

 

 

そう、僕が考えた予測からすればここは、恐らく死んだ者の流れ着く場所だということ。

突拍子も無い事を言っているように思えるけど、それにはちゃんとした根拠がある。

根拠というのは、どうもさっきから人のように見える物体がちらほらと現れ始めたからだ。

人のように見えるというのも、さっきの浮遊物と同じで若干体が半透明になっているからで、

しかも着ている服が自分の着ている純白の着物とほぼ酷似しているのだから、間違いないだろう。

 

 

「死者の行き着く場所がここなら、僕は……………」

 

 

もしもこの場所が僕の仮説通りの場所だとすれば、必然的に僕は死んだということになる。

死ぬという事がどういう事なのかはよく知っていたけれど、まさか死後の世界が実在したとは。

 

「本当に死んだんだろうか、僕は」

 

 

死後の世界という不確定な要素の追及よりも、そちらの是非の方が僕は気になる。

仮にもしも本当に僕が死んでしまったのだとすれば、今頃紅魔館はどうなっているだろうか。

真っ先に浮かんでくるのは、やっぱり僕が忠誠を誓った彼女、フランドールお嬢様の事だった。

 

本当に死んだのだとすれば、あのお方は今頃どうされているのだろう。

僕の死の一報を聞いて悲しんでおられるのだろうか、泣いてくださるのだろうか。

それとも、人の死を大して思わずに忘れてしまわれるか、僕を見限って新しい執事を雇用するか。

美鈴さんは多分、悲しんでくれるだろうとは思う。

なんだかんだで日常的に組み手をしたり、花壇の水やりをしたりと交流はあったから。

こあさんも恐らく悲しんでくれるだろう。彼女とはそれなりに仲がいいつもりだし。

パチュリーさんは悲しむってことは無いだろうな、でも勿体ないとは思ってくれるかも。

一応僕が死んでも生き返らせるための方法を大図書館にこもって探してくれていたんだし。

レミリア様は、ガッカリなされるだろうかな。こんな早く死ぬなんて期待外れだ、とか言って。

 

紅魔館の面々の反応を頭の中で思い描く中、最後まで反応が分からない人物が一人いた。

 

「姉、さん……………僕の事、最期まで思い出してくれなかったな」

 

 

胸の中に残るわずかな後悔と未練。フランお嬢様と同時に頭に浮かんだのが姉さんだった。

紅魔館のメイド長は、きっと僕みたいな新参者のためには涙一つ流すことすらないのだろう。

公私を混同しないのがそもそも従者の前提だし、何より今の彼女は僕のことを忘れている。

忘れているというよりは、レミリア様の力でほぼ別人になっているという方が正しいかもしれない

けど、それでもやっぱり最期の瞬間だけは姉さんに、今の僕の名前を呼んでほしかった。

 

十六夜 紅夜(じぶんのおとうと)』だと、認めてもらいたかった。

 

 

「………今さら、もうどうにもならないけどね。本当に死んだなら、だけどさ。

それよりも今はどうするべきかを考えないといけないよなぁ」

 

 

少しばかり悲しい気分になりかけたので切り替えるためにも目の前の現実に目を向けて、

とりあえず今はどうするべきなのかを最優先に考えて行動する事にし、再度探索を始めた。

 

どこまでも続く先の見えない川辺を歩き続けて数十分、僕はあるものを見つけた。

あるもの、というよりはようやく出会えた人物、と言った方が正しい気がする。

川から少し離れた場所に石が積み重なって出来たような小さな坂に寝そべって目を閉じている

色鮮やかな和服を着こなしている赤髪の女性を発見し、僕はすぐに声をかけようと近付いた。

 

 

「あの、すみません」

 

「ん~?」

 

女性は僕の呼びかけに応じはしたものの、目も閉じたままで体勢も変わらず、

明らかにキチンと意思を疎通させる気がないのだと目に見えて理解出来た。

 

「渡舟かい? それならもうちょっとだけ待っていておくれ。

あと三十分くらい昼寝したらちゃーんとお仕事するからさぁ」

 

 

続けて女性の口から発せられた言葉を聞いて、僕は脱力感を味わった。

死んでいる自分が脱力なんてするのか、といった定番の考察も投げ打って女性を見つめる。

しかし彼女は未だに体勢を変えずに川の音を聞きながら心地良さそうに寝そべったままだ。

 

 

(ちゃんと要件を伝えたほうがいいのかな? でもいきなり現れて「あのー、僕って

死んでしまったみたいなんですけど、どうすればいいですか?」なんて聞けないしなぁ)

 

 

素直に話を切り出せば変人扱い待ったなし、そんな展開だけはまさに死んでも勘弁だ。

仕方なくさっきよりも少しだけ声を大きくして再度寝たままの女性に声をかけることにした。

 

 

「いや、あのですね。僕の話を聞いてもらえますか?」

 

「話? 悪いけどあたいは話す方が好きだからねぇ。

話を聞かしてやりたいなら、その辺の魂相手に話せばいいさ」

 

取り付く島もない、ここは川だけど。

なんて無駄にうまい事言ってる場合じゃない、本当にどうすればいいんだ。

一応会話はしてくれてるけど僕は別に世間話がしたいんじゃなくてちゃんとした現状の

説明をしてくれるのを求めているんだ。だからこそ周囲でふらふらしている白い着物を着た

半透明の人たちよりも貴女を選んで話しかけてるって言うのに、これじゃ意味がまるでない。

ここまできたらもう意地だ、その気になるまで徹底的にやってやる。

 

 

「…………ですから、僕の話をですね!」

 

「あ~~もぅ! 分かった分かった、話を聞けばいいんだね⁉」

 

 

三度目の正直とはよく言ったもので、二度目よりも声を荒げてみてうまくいった。

それまで寝そべっていた女性は半ば苛立ったような口調と共に跳ね起きながら目を開けて

視線を声のする方向、つまり僕のいる方へと向けてくれた。

ようやくまともに話す気になってくれてほっとしたのもつかの間、

女性は目を三回ほどパチパチとまばたきした後に驚愕の表情を浮かべて叫んだ。

 

 

「あんた、吸血鬼んとこの従者じゃないか! 人が長居できる場所じゃあないとは思って

たけど、とうとうお迎えが来ちまったんだねぇ! は~、まあそんなこともあるって!」

 

「え、え? あの、僕の事をご存知なんですか?」

 

「ん? ご存知も何も、ちょっと前の宴会で肴を馳走になったじゃないか!

今さらどうしたってんだい? まさか死んで記憶があべこべになっちまったとか?」

 

「前の宴会……………肴?」

 

「そうさ…………ん? でもお前さん、ちょっと見ないうちに顔つきが変わったねぇ。

随分と、なんというか、こう…………男みたいになっちまったようだよ」

 

「男、みたい?」

 

 

やっと会話が始まったと思いきや早速違和感というズレに衝突してしまった。

どうもさっきから話の内容、というか目の前の女性の言動が噛み合っていない気がする。

それに最後の「男みたい」ってのは、まるで僕が男じゃないように見えたとでも…………あ。

 

 

「あの、もしかして貴女、僕と姉さんを間違えてはいませんか?」

 

「はぇ? 姉さん?」

 

「ハイ。あの、申し遅れましたが僕の名前は、十六夜 紅夜といいます」

 

「はー、へー……………ん? ってーと、つまり?」

 

「僕は姉さん、十六夜 咲夜の弟です…………一応」

 

「弟⁉」

 

先の会話から感じた違和感の正体を突き止めて、僕は女性の勘違いに気付いて正す。

つまりこの人は(寝起きだったからかどうかはともかく)、僕と姉さんを間違えて

話を進めていたのだろう。でなきゃあそこまで不自然な会話になんてなりはしない。

僕が男で、しかも姉さんの弟だという事実を知った女性は目を丸く見開いて、

それから僕の頭の上から今は無いけど足のあった辺りまで何度か見回しながら

やっと納得がいったように明るい表情を浮かべて申し訳なさそうにはにかんだ。

 

 

「いやー悪かったねぇ、あの従者にお前さんみたいな弟がいたなんてさぁ」

 

「知らないのも無理はありません。僕は最近幻想郷に移住してきたので」

 

「はー、そうだったのかい。そいつは残念だったね、外の世界から来たのにこっちの

世界で死んじまって三途の川に流れついてきちまうなんてさぁ」

 

「残念、というほどではありませんよ。後悔こそあれ、僕は満足してましたし」

 

「………へぇ。お前さん、随分珍しい感じの人間だね」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。普通なら死んだ事を自覚しないのがほとんどだし、よしんば自覚したとしても

声張り上げて喚き散らすもんさ。生き返りたいとか、地獄に行きたくないとかね」

 

「なるほど。ならここは本当に死者が来るべき場所で間違いないんですか」

 

「なんだ、まずそこからだったのかい。そうさ、ここは幻想郷の【三途の川】だよ。

限りある命尽きた亡者たちがやって来て、魂の裁判をかける閻魔様の御元へと向かう

渡舟に乗るための待機場所みたいなもんさ。んで、あたいがその渡舟の船頭ってわけさ」

 

「…………そんな大事な役目の貴女が、さっきまで何をしてたんですか?」

 

「何も」

 

「してませんでしたよね。いいんですか、それで」

 

「いいも何も、仕方ないじゃないか。渡舟に乗っけてあげられるのは、『六文銭』を持って

ここまで来れた、功徳ある死人の魂だけなんだからさ」

 

「ろくもんせん? それは何ですか?」

 

彼女の謝罪からここの場所についての話を聞きだしている途中で聞き覚えの無い単語が

出てきたので素直に分からないと聞き返すと、女性は軽く驚いたような顔で僕を見つめた。

 

「お前さん六文銭も知らないのかい? 驚いたねぇ、ホントに外から来たばっかりかい」

 

「ええ、まぁ。それに日本の文化にはそこまで詳しくはないので」

 

「なんだって?」

 

「ああ、お気になさらず。それで、それはどういったものなんですか?」

 

「ん、おお、そうだったね。六文銭って言うのはコレの事さ」

 

 

そう言いながら女性は着ている和服の帯横に手を突っ込んでしばらくまさぐり、

紐で口を閉じてある、いわゆる巾着(きんちゃく)袋を取り出してその中身を見せてくれた。

袋の中に入っていたのは、中心に四角い穴の空いた銅貨のようなものだけだった。

中にあった無数のそれらのうち一つを指でつまんで僕に見えやすいように見せて女性は語る。

 

 

「コイツが一つで一文銭。六文銭っていうのは、これが六つ合わせた合計の金額さ。

魂ってのは命があふれる現世に生まれ続ける分だけこの死者の世にも流れ出るもんでね、

そいつらをキチンと閻魔様の法廷まで導くにはあたいら『死神』の動員は避けられない。

でも死神の数にも限りがあるし、延々と続く魂の流転に歯止めをかけるなんて出来ない」

 

「だからこそ、この三途の川である程度留めておく必要がある、と?」

 

「お、察しはいいみたいだね。そうだよ、この三途の川からしか閻魔様の御元まで行ける

手段がほぼ無いから、ここで裁くに値する魂以外は待ちぼうけを喰わせてやらないと

無数の魂が裁きを受けずにあっちこっち好き放題に行っちまいかねないからねぇ。

そのために唯一の移動手段であるこの渡舟を有料にしてやることで、すんなりとは閻魔様の

ところへ行けなくなって、ここで六文銭が貯まるのを待たなきゃならんって寸法さ」

 

「なんというか、死後の世界も管理統制が必要なんですね」

 

「あー、まあ言いたいことは分からんでもないよ。ここに来る大体の魂はみんなそろって

同じようなこと言ったりするからね。『思ってたのと違う』って、よく言われるよ」

 

「ええ、その通りかと。それに先程、貴女は自分の事を『死神』だと言いましたよね?」

 

「ん? ああ、言ったよ。あたいは死神の小野塚 小町というもんさ。

まだ名前の方は言ってなかったよね?」

 

「そうですね。小野塚さんですか、和風なお名前で素敵ですね」

 

「はは! 死者が死神を口説くもんじゃないよ!」

 

「素直に思ったことを口にしただけですよ」

 

「お前さん、本当に面白い奴だねぇ。生きてた頃に会ってみたかったよ」

 

「それは、まぁ……………」

 

「ん? なんだい、どーした?」

 

「い、いえ! 何でもありません。それよりその、先程の六文銭の事ですが」

 

 

赤い髪の死神、小野塚さんの何気ない一言で少し思い当たることを思い出して気分が

盛り下がってしまったので、気分と一緒に逸れ始めた話題も転換しようと考えた僕は

ついさっき話題に上がってからずっと気になっていることがあったのでそれを尋ねてみた。

 

 

「六文銭がどうした?」

 

「僕はその、こちらの世界のお金を持っていないので…………」

 

「ああ、そういう事かい。心配しなくても、ここのは違うんだよ」

 

「違う?」

 

「ああ。死んだ人間が生きてた頃の金をこっちにまで持ってこれる訳がないさ。

生きてた頃に稼いだお金と、ここで必要になる六文銭とは関係は無いんだよ」

 

「えっ? それじゃ」

 

「そう急かすんじゃないよ。あたいはあんまり急ぐってのが得意じゃなくってね」

 

僕との話を途中で一度区切って、小野塚さんは僕が話しかけるまで寝そべっていた

緩やかな坂に再び腰かけて息をつき、僕に横へ座るように促してきた。

呼びかけに応じて彼女の横にゆっくりと腰を下ろす。足が膝より少し下あたりから

丸ごと無くなっているのにどうやったのかとかは、もう今さらって感じだから気にしない。

横に座った僕を見て微笑みながら小野塚さんは有言実行するように落ち着いて語りだした。

 

 

「いいかい? どんな命にだって、生きてるうえで犯した罪ってものがある。

対してこれも同じように、生きてるうえで積んできた功徳、ようは善行があるのさ。

その二つの差し引きによって魂を善か悪かのいずれかに裁くのが閻魔様のお仕事だ。

んで、その善行ってところが六文銭と関わりがあってね」

 

「善行と、ですか」

 

「ああ。その魂が生きている間に積んできた善行が多ければ多いほど白になる。

まあ現世でいう極楽浄土の方に行きやすくなる訳だが、ここに目を付けたのさ。

『その魂の善行に感謝した、他の魂の感謝の念の多さを通行料とすればどうか』ってね」

 

「…………つまりそれは」

 

「生きてるうちに他人にどれだけ感謝される行いをしたか、その結果が六文銭さ。

死に逝く者の魂が無事に閻魔様の御元まで辿り着き、無事浄土まで清められるように。

いわばその魂のした行いに感謝した人たちからのお礼の気持ちってことなのさ」

 

「なるほど。感謝の気持ち、ですか」

 

「そうさ。つまり、それをここに来た時にどれだけ持っているかでその魂の行いが

大体把握できちまうってことでもある。六文全部持ってたら人を愛し、愛された魂。

逆に全くの無一文だったら、人と関わらず、誰にも感謝される行いをしなかった魂だとか」

 

 

この三途の川、および死後の世界のルールに軽く触れながら何でもないように話していた

小野塚さんの口調が最後の部分だけやたら強調するように発せられたような気がした。

実際気のせいだったのかもしれない。でも、僕にとっては生前の行動を咎められているかの

ように感じられて、無性に心がざわついた。

ところが、何を思ったか小野塚さんが急に小さく笑い出しながら僕に微笑みかけてきた。

どうしたのかと聞こうとするよりも先に、彼女の方が口を開いて訳を話してくれた。

 

 

「いや、別にあたいはお前さんに悔い改めろって言ってるわけじゃないのさ。

死んだ魂が今さら悔い改めても遅いどころかもう手遅れさね。そうじゃなくってさ、

確かお前さんは最近こっちに来たとかなんとか言ってたっけ?」

 

「え、ええ。そうですけど、それが何か?」

 

「ふふっ。喪服の、というより着物の構造を知らないんだね。

お前さんの着物の左腕の裾の中、探ってごらんよ」

 

「裾の中________________あっ」

 

 

相変わらず微笑みを浮かべたままの小野塚さんから視線を外して自分の着物の裾に

言われたとおりに手を差し込んで探ってみる。すると何かが指先に触れた。

すぐにそれを掴んで裾から引っ張り出してみると、正体は平凡な巾着袋だった。

それだけなら特に驚きはしなかったのだが、閉じられた口元を開いて中を覗いてみると、

そこには僕が所持しているにはあまりに不自然な、銅色の四文銭が入っていたのだ。

 

 

「これは、四つも…………なんで」

 

「なーんだ、やっぱりお前さんは良い奴だったんじゃないか。

少なくともこれで四人くらいに感謝されてたってことが分かったろ?

何を思ってしょげてたのか知らないけどさ、お前さんはもっと胸張っていいんだよ」

 

 

小野塚さんの優しい声色での呟きに、僕は応えることが出来なかった。

少しでも声を出そうとすれば、きっと情けない涙混じりの声になってしまうだろう。

今まで自分がしてきた行いは、決して人に感謝されるようなものではなかったはずだ。

なのに手元には感謝の思い(よんもんせん)があり、その独特の重量を何度も握って確かめる。

僕がこの世界に来て出会った人々の中に、僕に感謝してくれた人がいる。

そう考えただけで胸の中がぐんぐん熱くなっていき、破裂しそうなほど鼓動は高まる。

外の世界では何の感情も抱かずに人を殺し、返り血を浴び続けてきたこんな罪深い魂に

感謝を込めて死後の無事を祈ってくれた人が、この世界にはいるんだと実感させられた。

一体どんな人なんだろう。そう考え、僕なんかに感謝してくれた人の事を思い描いてみる。

付き合いが最も多かったのは、紛れも無く僕の主であるフランドールお嬢様だろう。

あの御方が僕なんかに感謝してくれていると考えただけでも、至上の幸福を感じられる。

そう考えてみると、異変を起こす直前にレミリア様が僕を呼び出して感謝していると言って

頭を下げられたこともあったけど、あれがもし本心だとすればそれもカウントされるのか。

すると残る二人が気になるところだけど、多分一人は美鈴さんで残る片方はあの人だろう。

 

(本居さんの古本屋で本を探していた、確か名前は、雲居さんだったかな。

あの人の本探しを手伝った時にかなりお礼を言われてたから、そうだと思うけど)

 

 

占めて総計四人分。これで計算は完璧にあったことになる。

でも、もはや誰が感謝してくれたのかという疑問は今の僕には些細な事だった。

生きていてようやく、他人に感謝されるほどの行いが出来たという事実だけで充分なのだ。

小野塚さんの言う通り、こんな僕でも文字通りに十六夜紅夜にな(生まれ変わ)ることが出来た、

それだけで充分だし、それが何より嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、二人の会話は止まって川の音だけが静寂と共に流れ去っていく。

うつむいたまま何もしゃべらなくなった僕を横目で見つめつつ、小野塚さんも黙り込む。

お互いに座り込んだまま沈黙を守り、どれだけの時間が経ったのか分からなくなった頃に、

急に小野塚さんが立ち上がって川辺の方まで速足で歩いて行ってしまった。

どうしたのだろうと気になった僕は彼女に着いていき、川辺まで移動した。

そこには、渡舟が三途の川の流れに合わせて出来た波に揺られるすぐそばで二人の小さな

子供のように見える魂が立ち尽くす姿があり、小野塚さんは彼らを見てここに来たようだった。

二人の子供は仲良く手をつないだままこちらに振り返り、僕ら二人を見上げるように見つめる。

小野塚さんはいつの間にか肩に担いでいた不可思議な形状の大鎌を見せながら話しかけた。

 

 

「どうしたんだい? 言っとくけど、三途の川に入ろうとするんじゃないよ。

ここの川の水は地獄の刑罰を受けた亡者たちの罪や穢れをたくさん含んでるから重たくて、

一度沈んじまったら死神だろうと河童だろうと二度と戻ってこれなくなるからね」

 

『『‼‼』』

 

小野塚さんの言葉を聞いた二人の子供は元々青白かった顔を真っ青に染めて震え上がり、

川の波間から跳ねて飛んでくる水飛沫すらも怖がるように大きく後退して縮こまった。

そんな子供たちの様子を見てカラカラと笑い出した小野塚さん。案外意地悪な人だな。

顔つきをガラリと変えて朗らかな表情を浮かべた彼女は子供たちに近寄って彼らの頭を

撫でるように手を置きながら、今度は優しく話しかけた。

 

 

「ごめんよお前さんたち、そんなに怖がるとは思わなかったからさ。

大丈夫だよ、渡舟の上でも大人しくしてれば滅多な事じゃ落ちやしないから」

 

 

だからそんなに怖がらなくても大丈夫さ、と続けて小野塚さんが子供たちをあやすのを見て、

僕の頭の中には子供を保護して育てるという保育園の保育士さんのような情景が浮かんできた。

小野塚さんの言葉に頷いた二人は顔を見合わせてからバツが悪そうに彼女を見つめて手を出す。

後ろからのぞき込んで見てみると、彼らの手にはそれぞれ四文銭がばらついて乗せられていた。

 

 

「ああ、早いとこ渡舟に乗りたかったんだね。ええと……………ありゃ~。

二人で八文は無理だ。どっちか一人が六文で乗って、もう一人が二文で居残りになっちまうよ」

 

『『……………』』

 

「う~~ん、そんな顔されても決まり事だからとしかあたいには言えないんだよ。

厳しいようだけど、『地獄の沙汰も金次第』とは言うもんさ。済まないね」

 

『『……………』』

 

「分かっておくれよ。人も死神も閻魔様も、みんな苦労してるのさ。

もしお前さんたちが良ければ、もう二文貯まるまで賽の河原で石積み功徳して待つかい?」

 

 

二人の子供が悲しげな表情を浮かべるのを目ざとく察した小野塚さんはすぐに彼らに

とって一番後腐れが無くなるであろう方法を模索して提案し、彼らは二人そろって思案する。

多分この二人は兄弟か、あるいは相当仲の良かった友達同士なんだろう。どういった経緯で

死んでしまったのかまでは分からないけど、死んでもなお離れたくないという気持ちは分かる。

僕にもそう思える人がいるからなのか、それとも二人に僕と姉さんを重ねたからなのだろうか、

気が付けば僕は悩ましげに思案している二人に、そっと自分の四文銭を差し出していた。

 

 

「これで十二文。二人そろって舟に乗れますよ」

『『!!』』

 

「…………もしかして、『貰っていいの⁉』って言いたいんですか? 構いませんよ」

「ちょ、ちょっとお前さん! 何考えてんだい‼」

 

 

僕が差し出した四文銭を子供たちが手を出して受け取ろうとした時、

横合いから先程とはまるで真逆の表情になった小野塚さんが割って入ってきた。

「何って、この子たちが二人そろって舟に乗れる方法を考えたんですよ」

 

「だからって自分の貰った大切な文銭を渡しちまう奴があるかい⁉」

 

「いますよ、ここに」

「そんなの見りゃ分かるよ‼」

 

「でしたら」

 

「確かにこの子らは可哀想だと思うし、お前さんの気持ちも分からん訳じゃないさ!

だけどね、その四文銭をお前さんに渡してくれた人らの気持ちはどうする気だい‼」

 

「……………それは」

 

 

ついさっきまで僕に優しく接してくれた時とは違って、凄まじい剣幕で怒鳴る彼女の

言葉に僕だけでなくそばにいた二人の子供までもが身を縮ませて怯える。

小野塚さんの言い分は勿論理解しているし、それはその通りなのだとも分かっている。

けれど、そうだとしても僕はこれ以上、自分のためだけに生きることはしたくない。

 

_________たとえ、もう死んでしまっているとしてもね。

 

 

「小野塚さん、僕は外の世界では自分のためだけに生きてきました」

 

「…………?」

 

「僕が生きるためなら何でもやりました。他人の物も、財産も、命でさえも奪って」

 

「何…………?」

「そんな僕に感謝してくれる人がこんなにもいるんですよ、この幻想郷には!

僕がしようとしてるのはそんな方々の感謝の気持ちを踏みにじる行為だとは百も承知、

それでも僕は、こんな僕にすら感謝してくれる方たちならば、分かってくれると思います‼」

 

「物は言いようさ。そんなの方便に過ぎないよ」

 

「方便でも何でも構いません。こんな僕に感謝される方々なら、もし同じ状況になったとしても

きっと同じことをすると思いますし、ここでこうしなかったらその方たちにむしろ軽蔑されます」

 

「…………………」

 

「だって、罪だらけの僕とこんな幼い二人が同価値だなんて、考えられませんからね」

 

二人の子供を挟んでの僕と小野塚さんとのやり取りがここで途切れて場が静まり返る。

言いたいことを言い切った僕と話を最後まで聞いてくれた彼女の視線が交差し、伝わり合う。

表情こそさっきまでと変わらない剣幕だけど、交わった視線だけは優しい彼女のものだった。

きっと彼女も僕の意図は分かっていたんだと思う。それでいて、僕を試したんじゃないだろうか。

理由とかは分からないにしろ、何故だかそう思えて仕方なかった。

 

僕が話を終えてほんの数秒の後に小野塚さんは小さなため息をついてやっと笑顔を見せた。

 

 

「本当に面白い人間だよ、お前さんは。いいだろう! その漢気を買ってやろうじゃないか!」

 

「それじゃあ、いいんですね?」

「ああ、こうも男伊達を通されちゃあ敵わないよ。ほらお前さんたち、このお兄さんが

足りない分を分けてくださるそうだ。ちゃーんとお礼を言うんだよ」

 

『『!!』』

「…………ええ、どういたしまして」

 

 

小野塚さんの先導で二人はそろって僕に頭を下げて礼を述べたようだ。

ようだというのも、先程から彼らの声はまるで聞こえてはこないから推測でしかないので、

本当にそう言っているのかは分からない。でも、彼らの屈託の無い笑顔を見れば馬鹿でも分かる。

 

きっと彼らは、『ありがとう』と言ってくれたんだ。

 

死後の世界であっても僕は自分に立てた誓いは決して破らない、故に自分一人だけのために

なるような行為は絶対にしない。その結果が苦難の道に通じていたとしても構いはしない。

外の世界で、十六夜 紅夜になる前まで僕はどれほどの数に人たちを苦しめ、奪ってきただろうと

考えれば当然の報いになるだろう。だから、彼らの純粋な感謝の言葉は僕には勿体ないほどだ。

 

 

「しかしまぁ、あたいは長いこと船頭やってるけど、お前さんが初めてだよ。

自分のためにある文銭を足りないからって見ず知らずの他人にくれてやる奴なんてさ」

 

「でしょうね。でも、不思議と良い気分です!」

「そりゃ何よりだ! でもお前さん、本当に良かったのかい?

このままだと六文銭が貯まるまでずっと賽の河原で石積み功徳しなきゃならないよ?」

 

「さっきも言ってたその石積み功徳って、何なんですか?」

 

「文字通りの事をするだけさ。この三途の川の河原は『(さい)の河原』と呼ばれていてね、

逝く舟と魂の無事を祈って河原にある石を積んで小さな塔を建てるのさ」

 

「それをすると六文銭が貯まるんですか?」

 

「ああ。無事を祈ってもらった魂が閻魔様の法廷で裁きを受け、無事に浄土へ行くことが

出来たら、その祈りに対しての感謝を賽の河原に建てられた石塔に伝えるのさ」

「なるほど、その感謝の念が積もり積もって六文銭になると」

 

「そういう事さ。でも、浄土へ行ける魂は少ないうえに感謝の念は肉体を持つ生者と違って

魂のままの状態だと希薄で脆いもんなんだよ。だからかなりの時間をかけなきゃならない」

 

「あぁ、そういう事ですか。上手い具合に出来てますね~」

 

「感心してる場合じゃないよ。取り消すなら今の内だけど、どうする?」

 

「ここまで啖呵切っておいて今さら引けませんし、引くつもりもありませんよ」

「……………本当にかっこいいよ。お前さんみたいな男がなんで早く死んじまうかね」

 

 

改めて確認してきた小野塚さんの優しさに僕は頑として主張を変えずに川辺に立つ。

小野塚さんの船頭する舟に乗り込んだ二人の子供を見送るために笑顔を浮かべて手を振り、

さっき教えてもらったようにこれからの魂の無事を祈りながら、河原の石を幾つか積んでみた。

舟の上に礼儀正しく座り込んでいる二人は僕の方を見てしきりに何かを叫んでいるけれど、

霊体だからなのかやはり聞こえないため、彼らが僕に対して何を言ってるのかは分からない。

それでもやっぱり、彼らは僕に感謝の言葉を伝えているのだろうとハッキリと理解出来る。

 

だってこんなにも清々しい気持ちになれたのだから。

 

 

「それじゃあ小野塚さん、彼らを無事に送ってあげてくださいね」

 

「任せとくれ。それと、あたいのことは小町でいいからね、色男!」

 

「…………それじゃあ僕の事も紅夜で構いませんよ、小町さん」

 

「分かったよ。そいじゃ一丁、張り切ってお仕事しようかね‼」

 

「お気を付けて!」

 

笑い合いながら小野塚さん、もとい、小町さんと二人の子供を乗せた渡舟が川辺から

波に揺られて少しずつ離れていき、どんどん川の向こう側へと進んでいくのを見送った。

それにしても、あの死神の大鎌って舟のオール代わりに使う物なんだな…………流石幻想郷。

 

 

「さて、と」

 

 

川の向こう側へと小さくなっていった小町さんたちを見送ってやることが無くなり、

手持無沙汰になってしまった。とりあえずはさっきの子供たちの無事を祈って石塔を

もう二、三個ほど建てておこうかと考えて、手頃な石を見繕って振り返った直後。

 

 

「__________その必要はありませんよ、十六夜 紅夜」

先程まで川の方を見ていた僕が振り返った先に、見知らぬ少女が立っていた。

ただ、少女という割には身長があり、女性という割には身長がない微妙な感覚があり、

キリッと上向きに吊り上がった眉や目尻から、凛とした雰囲気を醸し出していてより

一層外見と実際の年齢との見分けのつかなさに拍車をかけているようだった。

一応僕よりも身長が低いから少女と仮定する事にして、少女はそのままゆっくりと

こちらに近付いてきながら再び口を開いて自分で区切った話を続ける。

 

「貴方にはまだ、生者の世界でしなければならない事が残っています」

 

 

僕との距離が数mにまで近付いてからようやく足を止め、少女が僕を見据える。

身長的な問題から僕の方が見下ろしているはずなのに、どうしてか彼女の方が

僕を見下ろしているような錯覚を感じてしまい、無意識に少女に警戒心を抱く。

すると僕の対応が気に入らなかったのか、少女は目を鋭く光らせて言い放った。

 

 

白一色の長袖の上に深い群青色のシャツを着て、腰からは紫紺色のスカートに

黒のニーソックスを映えさせる着こなしを見せる苔色の短髪を流した少女。

頭部には煌びやかな金の装飾と赤い紐で結わえたリボンを付けた帽子を被って、

右手には何やら普通の物とは違う文字と、大きく書かれた"罪"が描かれている

長方形の先端に三角形がくっついたような形状の棒らしきものを握りしめている。

 

周囲に漂う魂たちが一斉に霧散する中に、威厳堂々と佇むその姿。

まさしく罪深き業を背負いしあまねく魂を裁き、導き、救済せし唯一の存在。

 

 

「申し遅れました。私は『四季(しき) 映姫(えいき)・ヤマザナドゥ』、【閻魔】です」

 

 






いかがだったでしょうか?
前回投稿出来なかった分、今回は張り切らせていただきました‼

いやー、こまっちゃんかわいいよこまっちゃん(ハスハス)
先週の例大祭でも小町のフィギュア買っちゃったんですよ。
だから余計にイマジネーションがあふれたと言いますか。

正ヒロインは文でいくはずだったのに、どこで間違えたかな?


それと前回の第四十四話でのパチュリーのセリフにミスがあったので
修正させていただきました。気付いて指摘してくれた方に感謝です。


それでは次回、東方紅緑譚


第四十六話「名も無き魔人、旧地獄街道を往く」

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