東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆さん、お久しぶりです。
この作品の投稿だけは安定しそうになってきました。
毎回毎回この宣言が揺らいで信憑性がほぼ皆無なんですが、
まぁ「そーなのかー」程度に思っておいてくだされば幸いです!

これ以上話すことは何もないので早く先へ進みましょう。


それでは、どうぞ!




第四十四話「禁忌の妹、あの日の約束」

 

 

 

 

こうなることは、少なくとも分かっていた。

ここへと帰る道中で理解していたはずなのに、いざその時になってしまうとなると

足が一歩も前に出ないし、口が思うように動かなくなる。

それなのに目と耳だけは正常に働くから厄介極まりない。

見たくないのに、聞きたくないのに。

慰めてあげたいのに、どうにかしてあげたいのに。

自分の身体なのにどうしてこうも自由に動かないのか。

 

十六夜 咲夜はただ、目の前で泣き崩れる自身の主人の妹に対して心中で詫びるしかなかった。

 

 

「紅夜ぁ、こうやぁ! イヤ、死んじゃ、ヤダよぉ‼」

 

 

生まれたばかりの赤子のように人目もはばからず泣き叫びながら、自らの足元に置かれた

黒塗りの棺に寄りかかってひたすらに一人の少年の名前を呼び続けている金髪の少女は、

もう十分以上もこの様子のまま変わることは無いままだった。

彼女、『フランドール・スカーレット』がこのようになってしまったのには理由がある。

 

それは、とてもとても悲しい、一人の少年との別れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一日お休みする⁉ イヤよそんなの! 絶対イヤ‼」

 

「お嬢様………どうかご理解願えませんでしょうか?」

 

「イーヤ! 紅夜が私から離れるなんて絶対ダメだもん‼」

 

とある日の朝早く、フランことフランドールは自身の従者からの懇願に対して憤怒していた。

なんでも従者である少年、『十六夜 紅夜』が、丸一日自分への従事を休んで休暇を取り、

彼女らの住む紅魔館から外出する予定なのだったという。けれど当の主人たるフランはその

少年の休暇願いを受諾することがどうしても出来なかった。

 

「ですがお嬢様、そこを何とか認めてくださいませんか?」

 

「ダメダメダメ‼ ぜーったいダメ‼」

 

「…………どうしてもですか?」

 

「どうしても! 紅夜がいなくなるなんて寂しいよぉ………」

 

「お嬢様…………」

 

 

目元に涙を浮かべながら語る主人を前にしても少年は折れる気配を見せない。

普段ならもうとっくに意見を曲げて自分を甘えさせてくれているはずなのに、とフランが

計算高い偽りの泣き顔を浮かべる裏で考えつつ、いつもの彼とは違う違和感に気付いた。

 

 

「お嬢様、どうか。どうか今日一日だけのワガママをお許しください」

 

「紅夜…………どうして?」

 

「それは、その、申し訳ありませんが言えないのです」

 

「私の命令なのに?」

 

「そっ! それでも、言えないです。心苦しいのですが」

 

「うーー‼」

 

 

珍しく自分の言うことを聞かない少年に対してついにフランは拗ねた。

頬を目いっぱい膨らませて「怒ってるんだぞ」というあざといアピールを露骨に

押し出していくのだが、それでも従者の少年は申し訳なさそうに謝罪しつつ懇願する。

 

 

「お嬢様、どうか今日だけは」

 

「もーー! どーして今日一日もいなくなっちゃうの‼

今日って何か特別な日⁉ 違うでしょ‼ なのになんでー‼」

 

「_________最期、かもしれないので」

 

「何⁉ なんて言ったの‼」

 

「い、いえ。別に何も。とにかくもうレミリア様にはお話を通してありまして

キチンと許可を得ております。ですから今日は姉さんが代わりに」

 

 

それまでは嫌々ながらも話は聞いていたフランだったのだが、彼の口から出てきた

自らの姉の名前を耳にした瞬間、緩やかに縮んでいた堪忍袋の緒がついに切れてしまった。

 

 

「んもーー‼ もういいわ、紅夜なんか大ッ嫌い! どこにでも行けばいいわ‼」

 

 

溜まりに溜まった鬱憤を晴らすが如く溢れ出る感情の奔流に身を任せた暴言が

フランの未発達な体躯に見合った小さな口から発せられ、少年に向けられた。

生い立ちの事情故に我慢が出来ないのだと理解している少年ですら彼女の言葉に動揺し、

大きく後ろへと後退してしまう。少年を否定する言葉を言い放った当のフランは今度こそ

ヘソを曲げてしまって彼から目をそらし、ベッドに頭からダイブして唸り始めた。

自分の主人から一応の許可、というよりかは拒否を言い渡された少年は顔前面に絶望と

悲嘆の色を浮かべながらも涙をこぼさないように慎重に一礼してから部屋を後にした。

 

 

「し、失礼しま、した。それでは、ま、また後ほど…………!」

 

 

フランの住まう地下牢の重たげな鉄格子の扉を閉めて姿を消した少年。

彼の歩いて行く後ろ姿をベッドのシーツからのぞかせた瞳で確認した彼女は途端に心の

底から沸き起こって来る不安に苛まれオロオロし始めるが、何とか堪えた。

それ以前の彼女であったならもう癇癪を起して部屋どころか紅魔館全体を瓦礫の山へと

変貌させてしまっていたかもしれないが、あの少年との出会いを経てから変わったのだ。

今までその手に触れたものを破壊することしか知らなかった彼女の手に触れ、握り返してくれた

優しくて逞しくて、繊細でどこか儚げで、それでいて自分に温もりを与えてくれた恩人である

あの少年のおかげでフランは、というよりこの紅魔館の住人は皆変わることが出来たのだ。

 

そのことを思い返したフランはまだ若干拗ねた証である頬のふくらみを残しながらも、

出て行ってしまった少年に対して謝罪する決意を暗い地下牢で独り決意した。

 

 

「帰ってきたらゴメンナサイって言って仲直りしなきゃ………」

 

 

フランという少女にとって、彼はもはや無くてはならない存在になっていた。

出会ったのはたった二週間と少し前程度の短い期間ではあったけれど、彼との出会いはまさに

運命的なものであったのだろうと姉の影を脳裏にチラつかせながらも彼女は考えていた。

それまでの自分の世界を破壊し、新たに自分と共に世界を歩むと宣言してくれた少年。

彼以外に自分を救ってくれる存在などいなかった。まさに自分の、自分だけの王子様。

困った時も寂しい時も悲しい時も楽しい時も、ずっとずっと傍にいてくれる従者兼執事。

 

だからこそ失いたくない、何があったとしても。

 

 

「…………早く帰って来てね、紅夜」

 

 

本当なら彼が出ていく前にかけるはずだった言葉を人知れず呟く。

当然だがこの場に彼女以外に人は居らず、彼女の言葉を返す者もいない。

だからだろうか、フランはいつも以上に不安な気持ちになってしまったのだが、

今日一日を我慢して、明日はずっと一緒にいようと未来を想像して心中に生まれた

不安を払拭して少しでも気分を明るくしようとひたすらに時を過ごした。

 

 

そして、その日の夜深く。

 

結果的に言えば彼は彼女の元へは帰って来た。

 

瞳も口も堅く閉ざし、言葉はおろか息すら吐くことも無い。

 

ひどく冷たい、氷のような身体になって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は現在、霧の湖に浮かぶ一滴の血溜まりが如く紅い紅魔館の大図書館。

 

普段ならば静粛な雰囲気と古書が持つ独特のカビ臭さが入り混じった場所なのだが、

今は膨大な魔力と見る者を魅了、あるいは震撼させるほどの巨大かつ複雑な魔法陣があり、

その中心となる点には物言わぬ骸となり果てた紅夜の入れられた棺が鎮座している。

 

待機を震撼させるほどの魔法を展開している大図書館の住人兼管理者である魔女こと

『パチュリー・ノーレッジ』はもちろん、この紅魔館の当主であるレミリアもまた

今の彼女と同様に額に汗を浮かばせ、垂れる一滴でさえも拭うことをせず眼前を見据える。

そんな二人を後ろから見つめているのは、門番である美鈴と司書の小悪魔に、もう二人。

魔法陣の中心にいる少年の姉であった咲夜と、少年が全てを捧げた主のフランドールだった。

 

 

「__________パチェ、まだかしら?」

 

「…………まだ、あともう少し」

 

「そう。出来れば急いでほしいわね」

 

「分かってるし、既にやってる」

 

「そ、そう」

 

「集中してレミィ、これに全てがかかってるんでしょう?」

 

「…………そうね。まだ油断していい時ではなかったわ」

 

「大丈夫。私の魔法にレミィの魔力があれば、ほぼ問題ない」

 

 

静かに佇む棺の少し手前で両手を魔法陣にかざしているパチュリーとレミリアは互いに

分かり辛い激励を交わしてお互いを励まし、さらに作業の効率を伸ばそうと試みている。

そんな二人の奮闘もいざ知らず、後ろでただ茫然と立ち尽くして涙を流し続けているフランは

自分の真横で自分ほどではないにしろ不安げな表情をしている咲夜の顔を覗き見た。

いつもフランが見る咲夜の顔はそこには無く、あるのはただただ何かに怯える少女のそれのみ。

今度は美鈴と小悪魔の方を見つめるものの、そちらは咲夜とは真逆で何か確信めいた決意を

感じさせる瞳で展開されている魔法陣を一心不乱に見つめているのみだった。

 

彼女らにあって咲夜や自分には無いもの、それはおそらく__________信じる心。

 

フランに次いでこの館で彼と交友が深いのは美鈴か小悪魔あたりだということは彼女自身も

把握してはいたけれど、ここまで深いつながりになっていたとは思いもよらなかった。

主人である自分は知らなかったのに、何故彼女らは彼について色々知っていたのだろうか。

もしかしたら彼は自分にだけは教えずに他の皆にだけは様々な話をしていたのだろうか。

今までのように自分だけを仲間外れにして、置き去りにして、忘れ去っていく。

 

 

「紅夜…………」

 

 

それだけは嫌だ、と幼いながらにフランは必死になって泣くのを我慢した。

彼が自分に忠誠を尽くすと誓ってくれたあの日からずっと、彼が口にしていた言葉を

フランは今この時になってようやく理解することが出来たのかもしれない。

 

 

『お嬢様はいずれ、レミリア様の隣に立って館を守らねばなりません』

 

『ですからお嬢様、これから僕が言うことをキチンと守ってくださいよ?』

 

『まずは_____________何があっても涙を他人に見せてはいけません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の身体がまだ暖かく、口が動き、表情が豊かだったついこの前の事。

フランがレミリアの言葉に激怒して夕食の席を飛び出してしまったことがあった。

その時も彼は誰よりも早く自分の元にやって来て、ずっとそばについていてくれたのだが、

いつもなら自分を甘えさせてくれるはずの彼が珍しく彼女を非難したのだった。

 

 

「いけませんよお嬢様、あの程度の事で腹を立ててしまわれては」

 

「紅夜までお姉様の味方するの⁉ 紅夜は私の従者なのよ‼」

 

「存じております。ですがこれはお嬢様のためでもあるんです」

 

「私の………?」

 

「ハイ。ですからまず、僕の話を聞いてくださいませんか?」

 

 

普段とは違う彼からの話題の振りに戸惑いながらも首を縦に振って承諾したフランは

彼が促すままに細く見えても鍛え上げられてガッシリした太ももの上に飛び乗って、

同じくほっそりとしていながらも異常な膂力を誇る両腕に抱きしめてもらいながら、

話を聞く姿勢を整え、少年の話を聞き入れる。

 

 

「ではお嬢様。まず初めに質問がございます」

 

「質問?」

 

「ええ、そうです。それでは一つ目、お嬢様は淑女(レディー)の嗜みを心得ておりますか?」

 

「えっ?」

 

「…………では二つ目、お嬢様はどんな事が起こっても冷静でいられますか?」

 

「どんな事が起こってもって、どういう事?」

 

「…………それでは最後に、これが一番重要な質問です」

 

「?」

 

「お嬢様は例え__________僕が死んでしまったとしても泣かずにいられますか?」

 

 

それまで彼が口にしてきた質問の中で最後に飛び出してきた言葉の内容にフランは驚愕し、

思わず自分の頭の上にあった彼の顔面に勢いで頭突きをかましてしまった。

 

 

「おぉッ⁉」

 

「あっ、ご、ゴメン紅夜」

 

「い、いえお気になさらず。それよりお嬢様、さっきの質問の答えを」

 

「無理よ! 紅夜が死んでも泣かないなんて出来ない‼

それよりそれってどういう事よ! 紅夜、死んじゃうの⁉」

 

「…………それは、もしものお話ですよ」

 

 

鼻頭を押さえながら語る少年の表情は、ひどく作り物めいた笑顔だった。

しかし人間そのものをあまりよく知らなかったフランには、それが本当の笑顔か否かなど

識別出来るはずも無く、彼の隠しきれていなかった微かな違和感に気付けなかった。

 

 

「ですが僕は人間で、お嬢様は吸血鬼。種族がそもそも違うんです。

それは寿命が違うということなので、どうしても僕は先に死んでしまいます」

 

「イヤ…………そんなのイヤ!」

 

「お嬢様、今は僕の話を聞いてください。

とにかく、これからは何があっても人前では弱さを見せてはいけません」

 

「どうして?」

 

「お嬢様はレミリア様と同じ………いえ、それ以上の吸血鬼なのです。

そんな貴女が他人に弱点と言えるような部分を見せてはいけないのです。

これからはレミリア様と手を取り合ってこの紅魔館を守らなければ」

 

「何で? どうしてお姉様と?」

 

「…………お嬢様、いいですか?

この幻想郷では吸血鬼は人間に恐れられていますが、それは別に構いません。

ですがもし、もしも人間にこの屋敷が攻められる様なことになってしまえば、

間違いなくレミリア様とそのほかの皆さんは貴女を守るために必死になる」

 

「…………お姉様が?」

 

「信じられませんか? でもこれは多分事実ですよ。

その時が来れば分かりますが、出来ればそんな時は来てほしくはないです」

 

「ねえ紅夜、今日は何か変よ?」

 

「変、ですか?」

 

 

彼の話の内容や口ぶりからようやく違和感を、というより彼らしくない雰囲気を

感じ取ったフランは少々怯えたような表情になって彼に問いかける。

自らの主からの問いかけにどこかギクシャクしたような素振りを見せつつも

冷静にふるまってあまり間を置かずに返答した。

 

 

「まぁ今日のところはこれくらいにしておきましょう。

ですがお嬢様、さっきの僕の言葉は忘れないでいてくださいね?」

 

「え、う、うん。分かった」

 

「ええ、『約束』ですよ?」

 

「うん、『約束』ね!」

 

 

彼の温もりを直に伝えてくれる両足の上で身じろぎ、彼の小指と自分の小指を絡ませ、

いわゆる『ゆびきりげんまん』をして二人の間に小さな約束事を取り付けた。

この時のフランは正直、彼の話についてはほとんど理解してはいなかった。

ただ最後の、『彼の死』についてだけが鮮明に記憶に残り、それが恐怖となって刻まれる。

それでもこの時に彼と交わした『約束』は、絶対に守ろうとは子供ながらに決意していた。

 

綺麗な夕暮れが紅魔館の窓辺を照らすその日、彼女は最愛の彼と『泣かない約束』をした。

そしてその約束が、果たされる日が望まない形でやって来てしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(約束…………紅夜との約束、破っちゃった)

 

 

今も目元や両頬に残る涙の痕を指で確かめるように撫でながら内心で呟く。

かつて彼と交わした約束を忘れ、多くの人の目の前で泣き叫んでしまったのだ。

もしも彼がその現場を見ていたら、いったいどんな顔をしただろう。

 

約束を破ったことを怒ったのだろうか。

それとも仕方ないと笑って慰めてくれるだろうか。

 

心の平静を保つために色々と考えたが、どれもしっくりくることは無かった。

何しろ答えである彼自身が既に、息絶えた遺体となってしまったのだから。

今や彼の前で何をしようが返って来るのは無機質で無感情な死人の蒼白な顔のみ。

 

 

(でも紅夜、安心して? 私もう、もう…………泣かないから!)

 

 

ゴウゴウと空気を震わせながら魔力が渦を成す大図書館の中心で眠る少年に、

フランは改めて自分の決意を、約束を果たす自らの意思を彼の亡骸に誓う。

その表情にはもう先程のように赤子のように泣きじゃくる幼さも無ければ、

彼のいない未来を想像して絶望していた恐怖の形相も無くなっていた。

今の彼女は、彼との約束を果たすという『約束』を抱いている。

 

自分に温もりを与えてくれた、最愛の少年に抱いた想いと共に。

 

 

(だから紅夜、もう約束破ったりしないから!

これからは紅夜の言うことちゃんと聞くから………帰って来て‼)

 

 

両眼を見開いて眼前で行われている儀式を一瞬たりとも見逃すまいとするフランの

熱意が奮闘している二人に伝わったのか、それとも二つの世界に捨てられた少年を

憐れんだ『都合のいい神様』とやらにフランの願いが聞き届けられたのか。

紅魔館の住人の目の前で、ついにパチュリーとレミリアの魔法が完成の時を迎えた。

 

 

「ハァ………ハァ………パ、パチェ!」

 

「レミィ…………お疲れ様、これなら多分」

 

「「成功ね」」

 

 

大図書館を覆い尽くさんばかりの魔法陣の中に魔力の渦が注入されていき、

ついにそれらが一つに合わさって荘厳で巨大な『儀式』として昇華された。

中央に置かれていた紅夜が入れられている棺を基準点として展開されていた

魔法陣が徐々に収束していき、ついにそれが光る球体となって棺の中に染み込み、

一瞬の閃光と共に術式が完了したことを術者である二人に告げた。

 

 

「…………ふぅ、持てる魔力の大半を使ってしまったけれど、

これでほぼ確実に紅夜の『転生』の儀式は成功したわよね?」

 

「………ええ。失敗なら魔法陣が砕けるか、転生で呼びこんだ魂が出現しない」

 

「パチュリー様、これで紅夜君が生き返るんですね⁉」

 

「そうね。私の、というより私とレミィの魔法が正しく機能すればだけどね」

 

「絶対大丈夫ですよ! ね、咲夜さん‼」

 

「…………お嬢様、パチュリー様。私は今の感情を表現しきれません。

お二人になんと声をおかけしたらよろしいのかすら計りかねています」

 

 

振り返ったレミリアとパチュリーの視線を一身に浴びながらも咲夜は歩み出て

二人に対して今の彼女が出せる最大級の労いの言葉を掛けようとした。

 

 

「ですが…………どうか、どうか紅夜の命をお繋ぎください‼」

 

「フッ………自分に素直になったお前も、中々悪くないわよ」

「大丈夫よ咲夜。もうここまで来たらあなたの心配も必要ないと思う。

魔力も無事充填出来たし、術式の正しい発動も確認出来た」

 

「おっ、お姉様! こ、紅夜は………?」

 

「…………すぐに目を覚ますわ、安心なさい」

 

 

待ちきれないとばかりに咲夜に続いてフランも状況を尋ねてみるが、

彼女の姉たるレミリアが息を整えて普段と同じ麗然とした態度で呟くのを聞き、

自らも信じて待つことが当然なのだと言い聞かせるように押し黙った。

 

二人の発動させた『魔人転生』の魔術は役目を終え、展開されていた補助目的の

魔法陣も音も無く掻き消えていく中、本来の目的であり最も重要な部分でもある

中央の棺は、しばらく待っても物音一つすら立てずにその場に変わらず鎮座している。

ところが、術の発動を終えてから優に五分を超えた頃に変化が現れ始めた。

待つことがじれったくなったレミリアが術の成功を確かめるためと言って紅夜の入った

棺の前まで歩いて行き、その中をゆっくりと慎重になって覗き込んでみる。

 

 

「……………………」

 

「お、お嬢様?」

 

「お姉様! 紅夜は、どうなの⁉」

 

 

いち早く紅夜の状態を確認しに行ったレミリアに従者の咲夜と妹のフランが

尋ねたのだが、当のレミリアはひどく浮かない顔をして表情を歪ませている。

そんな彼女の表情から何かを読み取れたのか、美鈴がすぐさま気を察知し始めた。

ところが彼女の能力を発動させて気を探ろうとした直後に、事は動いた。

 

 

「あ、ひ、棺が動いてます!」

 

 

美鈴の言葉をその場の誰もが確認しようとした瞬間。

鎮座していた棺の蓋がゴトゴトと音を立ててゆっくりと開かれ、

中にいた人物がその見慣れた表情を今か今かと待ち望んでいる人へ向ける。

 

 

_________ところが

 

 

 

「お嬢様、パチュリー様! 急いでそこを離れてください!

ソイツは紅夜君じゃありません、全く別の気を持つ何かです‼」

 

 

緊迫した美鈴の一言で場にいる誰もを震撼させ、視線を釘付けにする。

吸血鬼の姉妹も、大図書館の魔女とその司書も、門番も従者も誰もかれもが

ただ一点、中央に置かれた棺の中から現れるその相手を睨みつけていた。

 

そして、とうとう中から美鈴が警戒した何者かが姿を見せた。

 

 

深みを増した夜の闇ですらも飲み込もうとするかの如き漆黒の短髪(・・・・・)に、

水平から大きく上へと浮き上がった(まなじり)、その下に輝く蒼青色(コバルトブルー)の瞳。

彼を見つめる姉であるはずの人物とは大きく異なる浅黒く焼けた褐色の肌(・・・・・・・・・・・・・・・・)や、

身体のあちこちから顔をのぞかせている明らかに異常なほど隆起した全身の筋肉。

 

そして何より、両側頭部から生える様に突き出た2本の、巻き角(シープホーン)

 

そこにいるはずのない何者かが、そこにいたはずの少年の顔を持つ何者かが、

誰もが帰りを待っていた少年の声とはまるで異なる野太く狡猾な声で呟いた。

 

 

「__________身体、身体か⁉ これが、俺様の身体か‼ ハハハッ‼」

 

 

棺から現れたのは、そこにいたはずの少年ではないナニカだった。

 

 












いかがだったでしょうか?
死んでしまった紅夜に想い募らせる紅魔の住人たちを待っていたのは、
決して甘くは無い、それどころかどこまでも残虐で無慈悲な悪夢だった。

果たして紅魔館の住人はどうなるのか‼
紅夜は一体、どうなってしまったのか⁉

次回をどうか、心待ちにしていただけると嬉しいです。
ご意見ご感想、いつでもお待ちしております!


それでは次回、東方紅緑譚


第四十四話「名もなき魔人、夜に裂く」

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