東方紅緑譚   作:萃夢想天

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お待たせしてしまって申し訳無いのです。
ですが、この謝句書くのも四度目なのです。
PCのご機嫌が行方不明でまさかのテイク4なのです。

最近艦これにハマって、電(いなずま)がお気に入りなのです。
ドーモ、クチクカン=サン。テイトクデス!

最初の挨拶が迷走してきたところで始めましょう。
これ以上のテイクアップは御免被りたいので。


それでは、どうぞ!





第四十壱話「紅き夜、さよならも言えなくて」

 

 

結界によって断絶された幻想郷に、夜の帳が下りる。

それはこの幻想の世界で生きる者なら誰しもが知っている、常識が変わる時間。

人里に住まう人間たちは皆、自らの帰るべき家へと帰ってヒッソリと息を潜める。

何故なら彼らは、夜が自分達の常識が通じない世界に変貌すると知っているから。

例えどれだけ酒を飲むのが好きな人間でも、決して夜通しで酒を飲むことはしない。

夜になると人間が出歩いてはいけない、その規則を破るとどうなるか知っているから。

 

しかしそんな夜の中を、人間の少女が、たった一人で息を乱して走っている。

自身の着ている服が汚れるのも厭わないと言うように、全速力で両足で大地を蹴る。

月と星の小さな明かりに照らされて映し出されたのは、銀糸の如き髪を三つ編みにした

奉仕の心を大前提とした職種の人間が着用する服の少女、十六夜 咲夜の姿だった。

 

 

「紅夜、お願い…………どうか無事でいて‼」

 

 

咲夜はその額や首筋に珠のような大粒の汗を幾つも流しながらもそれを拭う暇すら惜しむかの

如く腕を振り、足を必死にまわして、普段の彼女からは想像出来ない姿で疾走していた。

自らが仕える主人が見たら仰天するであろう必死さの裏には他人に話せない理由があり、

またその理由のために彼女は人の出歩かない夜の世界に繰り出したのだった。

ただ、何も彼女は目的もなく走っているわけではなく、自分の本来の暮らす場所である紅一面の

紅魔館から発って既に十数分が経過しようとしていた時、彼女は目的地に辿り着いた。

 

 

「ここに…………いるはず」

 

 

全力疾走しきった彼女が息を整えながら見上げたのは、巨大な木々がうっそうと生い茂って

風に触れるたびに獣の呻き声のような音が聞こえてくる、不気味な雰囲気の漂っている霊山。

いわゆる『妖怪の山』と呼称される人ならざる怪異極まるモノたちの集い住まう魍魎の巣の前で

咲夜はいつも以上に目つきを鋭く尖らせ、眼前にそびえたつ圧倒的な自然の産物を見据える。

そしてそのまま息を整えてすぐに一歩目を踏み出し___________歩みを止めた。

 

 

「…………………………」

 

 

せっかくここまで来て何故彼女は歩みを止めてしまったのか。

それは並の人間では察することすら出来ない、彼女のような闘争が日常茶飯事となった人種の者

だけが感じられる気配、すなわち殺気が放たれているのを肌で感じとったからである。

一歩目を踏み出してから次の動作を行わない彼女の前に、三人の人影が舞い降りて告げた。

 

 

「___________人の子よ、このような夜に何用だ?」

 

「……………貴方達に話す言葉は何も無いわ」

 

「ほほぅ、言うではないか小娘が!

神通力も妖術すらも持たぬ人風情が生意気に‼」

 

「落ち着け地丹坊、袈淀坊もだ。

人間よ、ここが人の立ち入りを禁ずる妖怪の山であることは知っていような?」

 

「話すことは、無いと言ったのよ」

 

「…………そうか、我々山を守る天狗に対してその口の聞き様か。

ならば人の子よ、掟を破った愚か者として今ここで__________処す‼」

 

「そうこなくてはな堂陽斎!

さぁ名も知れぬ愚か者、神妙に阿鼻獄縄につけぃ‼」

 

「…………本来は地獄の縄ではなく普通の荒縄につけるのだがな。

今現在、この妖怪の山には侵入者の報を受けて(・・・・・・・・・)厳戒態勢が布かれている。

河童の娘と白狼の子らを襲った侵入者を拿捕すべく儂ら鴉天狗も哨戒にあたっておったのだが、

関係があろうと無かろうと、今この山に近づこうものならその命、散らしてくれようぞ‼」

 

 

咲夜の前に現れたのは闇に紛れるように黒い翼を羽ばたかせる天狗の面を付けた三人の男達。

彼らはそれぞれ六根(修験者用の棒状の獲物)を振り回して自分達のリーチの活かせる範囲まで

近付き、やがて一斉に三方向から飛び掛かるようにして咲夜の眼前にまで迫る。

しかし咲夜は至って冷静に息を整え、両手を顔の横にゆっくりと移動させて目を見開いて呟く。

 

 

「私は『退きなさい』とも『邪魔しないで』とも言わないわ」

 

眼前に漆黒の殺意をばら撒く天狗達を迫らせながらも咲夜はそう告げ、ただ一度だけ目を閉じ。

 

 

「_______________『消えなさい』、告げるとしたらそれだけよ」

 

 

再び目を開けると同時にナイフで三人の全身を刺し、彼らの背後に既に回って口を閉じていた。

三人の天狗は自分達の身に何が起こったのかまるで理解も把握も出来てはいなかったが、

それでも彼らはただ一つだけ咲夜に対して知れたことがあった。

 

それは、彼女の全身から香る、拭うこと叶わぬ"血の匂い"。

 

空中から音を立てて地面に同時に落下した三人の天狗は、知らぬ間に自分達を通り過ぎて山へと

立ち入ろうとする銀髪の人間の小娘に対して、全く同じにそう思いながら意識を手放した。

 

「…………取りあえずはこれでいいかしら。

それと、気付かれてないとでも思ってるならすぐに嶮山にしてやるわよ」

 

 

先程のようにいつの間にかその両手の指の間に銀製のナイフをびっしりと装備して呟いた咲夜の

前に、音も無く山の木々の間を縫うようにして一人の白狼天狗の少女が姿を現した。

 

 

「貴女、確か文とよく一緒にいる………………」

 

「私を文さ___________山の裏切り者と一緒にしないでもらおうか。

それに貴様、今哨戒中の鴉天狗達を『時を止めて』ナイフで刺したな?」

 

「あら、流石に私の能力は知ってるのね。

なら話が早くて助かるわ……………死にたくなければ文の居所を吐きなさい」

 

 

再び足を止めた咲夜の前に現れたのは、白狼天狗の犬走 椛であった。

自身の身の丈の半分はあろう大剣を右手で振りかざしている彼女はそのままゆっくりと近付き、

咲夜の後ろで倒れて動かない三人の天狗を横目で少しだけ見つめてから向き直る。

だがその時には既に咲夜の姿はどこにも無く、焦る椛の首筋にはナイフが添えられていた。

 

 

「___________なっ、貴様⁉」

 

「二度も同じことを言うのは時間の無駄って言うのよ、いくら時間を止められてもね。

さぁ、早く吐きなさい。嫌なら嫌で構わないわ、その時は殺すだけだもの」

 

「…………何故だ、何故あいつを?」

 

「理由なんて今はどうでもいい、早く話しなさい。

貴女を殺すのにだって時間がかかるのにそれ以上もかけるのは全くの無駄よ!」

 

「……………私の知っているお前は、吸血鬼に仕える人間という居場所に誇りを持っていた。

例え種族は違っても、大君に己が全てを捧ぐ覚悟については同感出来てはいたんだが、

今のお前からはそれが全く感じられない」

「黙りなさい」

 

「今のお前はまるで、何かを失う事を恐れているように見える」

 

「黙りなさいと言ったでしょう。それとも、死にたいの?」

 

「……………………………知らない」

「え?」

 

「聞こえなかったか? でも私は二度も言わないぞ。

二度も同じことを言うのは時間の無駄、と言うんだろ?」

 

「くっ‼」

 

「私が知っているのは、今朝がた妙に浮かれながら山から吸血鬼の館の方まで

いつも以上の速度で突っ走っていったことぐらいだ。後は何も知らない」

 

 

首筋に月明かりを反射して鋭い光を放つナイフを押し当てられながらも毅然とした態度で

そう言い放った椛に、咲夜は何も言い返すことが出来ずにナイフを戻して押し黙る。

しばらくの間そうして二人の間に沈黙が流れたのだが、不意に咲夜が椛の眼前から姿を

消し、以降音も影も無く椛の視界の届く距離内には現れなかった。

張りつめていた緊張の糸を敵の姿が消えたことで気が緩み、誰もいない夜空に語り掛ける。

 

 

「一体、今どこで何してるんですか……………文さん」

 

 

悲しげに呟いた彼女の言葉は、誰にも届かないまま夜の闇に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の風に立ち並ぶ竹林の葉がそよぎ、微かな音を連ならせる。

それによって枝から離れた細長い葉がゆらゆらと風に流され、妹紅の前に舞い落ちた。

地面に落ちてもなお風で飛ばされそうに揺れる葉を見つめている妹紅はある人物を待って

『迷いの竹林』と呼ばれる竹林に夜もすがら立っているのだ。

そのままの状態で待つこと数十分、彼女の寄りかかっている建物の横開きの戸が開いて

中から待っていた人物が姿を見せた。

 

 

「よぉ、遅かったじゃんか」

 

「……………………………」

 

 

妹紅が顔も見ずに声をかけた相手はそのまま彼女のわきを通り過ぎて竹林へと歩を進めていく。

しかし人を惑わす竹林の案内を任されている身としてはそれを見過ごせるはずも無く、

無言のまま立ち去ろうとする黒髪の少女に慌てて再度声をかける。

 

 

「おい待てって! つーか帰るのか? あの男はどうすんだよ」

 

「………………ほっといてください」

 

「は? お、おいどうしたんだよ」

 

「…………いいんです、一人で帰れますから」

 

「そうじゃなくてよ、だからさっきの男は___________」

 

 

妹紅は眼前の鴉天狗の少女、射命丸 文に対して投げかけようとした言葉を飲み込む。

出かかった言葉を頭の中で反芻し、目の前で明らかに普段とは違う態度を見せている彼女を

見比べて、自分の口にしようとした言葉が最悪の想像を通過したと考えたからだった。

自分を呼び止めてから何も話さなくなった妹紅をほんの一瞬だけ一瞥しただけで何も言わず

文はそのまま彼女と竹林の中にひっそりと建つ永遠亭に背を向けて歩き去ってしまった。

 

案内を頼んでおいて自ら帰りのそれを身勝手に断ってしまった文は帰路につきながら

黙って行ってしまった事への謝罪を軽く胸の内で告げながらも、全く別の事を考えていた。

今の彼女の頭の中にあるのは、先程永遠亭の一室で聞いた"彼の話"の一部始終。

話を聞いてしまった今でも、文は彼の話した全てが嘘であってほしいと切に願っていた。

しかし彼の話を思い出していく中で"ある一言"に辿り着いた彼女は竹林の中で立ち止まり、

しばらくの間立ち尽くして何かブツブツと呟いてから俯いていた自身の顔を大きく見上げさせ

暗く染まった幻想郷の空を熱の籠った視線で睨みつける。

 

 

「今からでも、遅くはないはず‼」

 

 

風で竹の葉が揺らめく竹林の道中で顔を上げた文の表情に先程までの陰りは一切見当たらず、

逆にふつふつと湧き上がる覚悟を宿したような決意溢れる別人のような表情になっていた。

文は目元にいつの間にか浮かんでいた涙を拭い去り、固めた決意を表すように声を荒げる。

 

 

「すぐ探せば間に合うかもしれない…………いえ、見つけ出すわ‼」

 

 

誰に告げるでもなく文は大声を上げてそのまま上空へと飛び上がって竹林を抜け出し、

彼女が誇りとする幻想郷最速の速さを用いて目的地へと一路邁進していった。

 

 

この幻想の世界で最速の名を冠する彼女にとっては、千里など瞬きに等しい距離であろう。

まさにそう裏付けるが如く永遠亭のある迷いの竹林から目的地である吸血鬼の住む紅い館、

紅魔館まではわずか数分で辿り着くことが出来た。

文はその速度のまま石橋に着地し、眼前にそびえる館の前にある重たげな鉄扉へ目を向ける。

そして自分の向けた視線の先に人影があることを確認し、その人物のいる場所へと歩き出して

目前まで迫ったところで慎重に声をかけた。

 

 

「夜分遅くに失礼します。少し聞きたいことがあるんですがよろしいですか、美鈴さん」

 

「本当に夜更けに失礼ですね~、それで? 何の御用ですか?」

 

 

懇切丁寧な口調で頼み込もうとする文に対し、慇懃無礼な口調で返してきたのは門番の美鈴。

普段の彼女からは想像もしていなかった切り返しに若干驚きながらも文は話を続ける。

 

「え、ええ。実は咲夜さんの事を探しているんですが、今いらっしゃいますか?」

 

「あー、咲夜さんですか。今ちょうど出払っちゃってるんですよね」

 

「そ、そうですか……………」

 

「いやー間が悪くってすみませんね。

何でも『天狗に連れ去られた弟さんを助けに行く』とか何とか言ってまして」

 

「え⁉」

 

「ホラ、夜だから見えにくくなってますけどそこにシミがあるの見えます?

夕方くらいに発見したんですけど、うちの従業員の血溜まりがあったんですよ。

それを見た咲夜さんが血相を変えて出ていったきり未だ帰ってこないんです」

 

「…………………」

 

 

もはや口調から敵意すら感じられる美鈴の言葉に文は警戒心を露わにし、

両足に力を込めていつでもこの場から離脱できるよう体勢を整えてから、

改めて美鈴に向かっていく姿勢で言葉をつなげた。

 

 

「美鈴さん、言いたいことがあるならはっきり言ってくれて構いませんよ」

 

「え、いいんですか? それじゃお言葉に甘えまして」

 

「……………………………」

 

「どうして紅夜君に攻撃したのか、私が知りたいのはそれだけです」

 

「攻撃なんて‼」

 

「してない、とでも言える立場だと思ってます?

半日行動を共にして、別れ際にお互いが行方不明になり、

あまつさえ二人が最後に分かれた場所には尋常ではない量の血痕がある」

 

「………………………」

 

「ここまでの状況証拠がありながら、まだ反論できますか?」

 

一気に口調を強めた美鈴の一言に押し黙ってしまった文。

そんな状態の文を身長差的にも上から見下ろすようにして迫る美鈴だが、

不意に彼女がうっすらと微笑み、そしてついには声を上げて笑い出した。

何が起きているのか理解できない文だけが現状に置いて行かれた構図になっている

門の前で、二人はしばし微妙な空気に包まれた。

やがてひとしきり笑い飛ばした後で美鈴が文に打って変わって優しく語り掛ける。

 

 

「いや~すみません、意外と本気にしたもんだからつい!」

 

「え……………えっ?」

 

「まあつまり、私は別に怒ってなんていませんのでご安心を!

あー、でも咲夜さんの事については本当なんですけどね」

 

「はぁ……………え、咲夜さんの事って⁉」

 

「だから、紅夜君の事を心配して飛び出していったって事ですよ」

 

笑い飛ばすように語られた美鈴の言葉に文だけは顔をこわばらせて意味を反芻する。

目の前にいる美鈴は冗談だと笑い話で済ませてくれているようだが、肝心の咲夜が

本気にしているとなると話は変わってくる。

一気に場の空気が急変したことに文だけが気付き、ふと気配を感じて振り返る。

そして次の瞬間、文の視界を覆い尽くすほどのナイフの群れが彼女に迫っていた。

 

「ッ‼」

 

「あちゃ~、またスゴい時に帰ってきましたね、咲夜さん」

 

「……………これはどういうことかしら、美鈴」

 

「どういう事も何も、こういう事ですかね?」

 

「…………後で遺言だけは聞いてあげる。でも今は何よりこっちよ」

 

「咲夜さん! 良かった、会えて! 私の話を聞いてください‼」

 

「話? 私の弟の血をあれほど流させた事に理由でもあるって言うの⁉

一体どんな理由ならあの子を傷つけることが出来るって言うのよ‼」

 

「咲夜さん…………?」

 

「私が貴女に聞きたいのはたった一つだけよ。

今あの子は、紅夜はどこにいるのか…………………早く答えなさい‼」

 

 

ナイフの軍勢を持ち前の速度で辛くも回避しきった文の前に、ナイフを両手にそろえて構える

紅魔館のメイド長こと十六夜 咲夜が敵意をむき出しにしながら現れた。

明らかに敵対している彼女を見据えながら文は少しずつ彼女と距離を詰めて何とか

話し合いに持ち込もうと画策する。

 

 

「…………咲夜さん、まずは私の話を落ち着いて聞いてください」

 

「話を聞いてください、ね。いいわ、どんな言い訳があるのか聞いてあげようじゃない」

 

「………………美鈴さんもいいですか?」

 

「構いませんよー」

 

 

お互いの戦闘体勢を解いてもらってから文は初めて安堵し、ふぅと息を吐き出す。

その間も咲夜は苛立ちや焦りといった感情を隠そうとしないまま文の前に立ち、

美鈴もまた底抜けしたような笑顔のままで文が話し始めるのを待った。

しばらく間を溜めて、絶好のタイミングだと確信した瞬間に文が口を開く。

 

 

「まず紅夜さんの事ですが、今は永遠亭にいます」

 

「永遠亭…………あの子がそこにいるって保証は?」

 

「私はつい先ほどまでそこにいました。

あの時ここで紅夜さんと別れようとした時、唐突に紅夜さんが苦しみ始めたんです。

そしてみるみるうちに血溜まりが広がって、彼は完全に意識を手放してしまいました。

危険な状態だと察した私はすぐさま彼を永遠亭まで運び込んだんです」

 

「………………………」

 

「嘘は言ってないと思いますよ咲夜さん」

「判断するのは私よ。それで、あの子は?」

 

「……………その前に咲夜さん、一ついいですか?」

 

「聞いているのはこっちなのだけれど?」

 

「………………あなたは紅夜さんの事を良く思ってないんじゃなかったんですか」

 

「ッ‼」

 

 

質問を質問で返した文の言葉に咲夜が目に見えて動揺し、表情を歪める。

そんな二人を一歩下がった立ち位置で美鈴は見つめ、話には口を出さずにいた。

しばしの静寂の後、文からの問いかけに咲夜が唇を噛み締めるように答えた。

 

 

「____________そうよ。いえ、そうだったわ」

 

「やはりそうですよね。目を覚ました紅夜さんから聞いたんです。

この幻想郷に来てから起こった色々な出来事の中でも咲夜さん、

あなたとの思い出だけが形に残らないままで残念だったと」

 

「………………山の新聞屋が偉そうに、姉弟間の問題に口を出せるの⁉」

 

「姉弟も何も、血がつながって無いんでしょう‼」

 

「ど、どうして…………どうしてその事まで」

 

「紅夜さんが、教えてくれました」

 

「咲夜さん、話だけでも聞いてあげていいんじゃないですかね?」

 

「……………判断するのは私だって言ったでしょ‼」

「でも他人の話を聞いてあげなかったから、彼の事をしっかりと理解してあげないから

今こんな事になっちゃってるんでしょう?」

 

「それは……………………」

 

 

今まで口を閉ざしていた美鈴の核心を突く一言に咲夜は俯いて黙り込んでしまう。

文との会話の中で自分がどれだけ彼の事を心配している『つもり』だったのか、

塗装が剥げたような、剥き出しの自分を支えられなくなっていく感覚に見まわれ、

咲夜は覇気も闘気も完全に失せた表情で文を見つめて半泣きになって呟く。

 

 

「お、教えて。私はあの子に何をしてあげられるの……………?」

 

「咲夜さん、今すぐ永遠亭に向かってください。

今ならまだきっと、きっと間に合うはずですから‼」

 

「…………咲夜さん、今夜はお嬢様達の事は私が何とかしますので。

だからあなたは自分のしたいことを悔いのないようにやり遂げるべきです」

 

「美鈴…………」

 

 

涙ぐみながらに呟いた咲夜の言葉に文は自身も祈るような気持ちで答え、

二人の後ろにいた美鈴が咲夜の中にあった最後の心残りを取り払い、

彼女に後悔しないようにと励ましの言葉を投げかけ、背中を送り出そうとした。

文と美鈴の言葉を聞き、咲夜は二人に背を向けて一目散に駆け出していった。

紅い館の門前で残された二人は見つめ合い、どちらからでもなく話を続ける。

 

 

「容体はどうでした?」

 

「あ……………えっと、その」

 

「私は彼の身体の事なら知ってますんで話しても問題無いですよ」

 

「えっ、知ってたんですか?

でも紅夜さんはあなたも知らないだろうって」

「ほとんど毎日組手してましたからね、私と彼は。

それに私の能力は相手の持つ『気を探る』事が出来るんですよ?

彼の身体が既に限界間近だったって事もお見通しだったんです」

 

「そうでしたか………………永琳さん曰く、もう救う手立ては無いそうです」

 

「やっぱりそうなっちゃいますよね」

 

「そうなっちゃうって、美鈴さんはそれで諦められるんですか⁉」

 

「出来ませんよ。私の仕事は主人を守ることともう一つ、

私の後ろにある紅魔館の、そこに住まう全ての住人の安全を守る事ですからね。

彼の事も守りたいに決まってるじゃないですか」

 

「だったら!」

「…………既に助からない命なんですよ。

それなら逆に、その次の事を考えるべきじゃないかなーと」

「その、次?」

「今から言うことは新聞に載せたりしたらダメですよ?

実はパチュリー様が図書館でとある魔法陣の構築作業を行っていまして。

その魔法陣さえ完成すれば、紅夜君の命をどうにかすることが出来るそうなんです」

 

「ホントですか⁉」

 

「あくまで可能性があるってだけらしいですけどね。

それにどんな魔法かなんて聞かれても困りますよ、専門外なので」

 

「そ、そうですか!

紅夜さんは助かるかもしれないんですね…………………」

 

 

紅魔館のすぐ隣にある霧深い湖の水面に夜空高く煌々と輝く月の光が映し出され、

門の前で語らう二人の目にもその反射された光が映り込む。

美鈴の目にはその光が優しく穏やかに見えたのだが、文は逆にその光が残虐なものに見えた。

先程まで彼の話題で必死になっていた彼女だったが突然何かを思い出したようにハッと

顔を下に向けて俯き、そのままフラフラと逃げ出すように歩き去ろうとする。

 

 

「あれ、どうかしたんですかー?」

 

 

様子が急変したことに気付いた美鈴が声をかけるも、文は反応することなく歩き出し、

やがて美鈴の目が暗闇のせいで文を捉えきれなくなった直後に、彼女は夜空に飛び去った。

美鈴に何も言わずに飛び去っていった文は空を来た時ほどではにしても尋常ならざる速度で

飛行しつつも、目の端に浮かんだ大粒のしずくを拭うことなく一人呟く。

 

「今更彼が助かるかもしれないとしても、もう私には関係無いじゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は彼に_______________利用されてただけなのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹林に生える竹の一本一本が、まるで予期せぬ事態の襲来に怯えるように

ざわざわと大きな音を立てながら揺れ動き、小さな葉を風に乗せて散らしていく。

そんな情景を見ることが出来る永遠亭の一室に今、外の状況を把握することすら

困難になってしまっている一人の少年がいた。

 

少年は布団の中で横になり、ピクリとも動かない。

否、彼は動かないのではなく、動けなかった。

全身に走る激痛、脳裏に浮かぶ様々な記憶、感覚の麻痺した呼吸器官。

彼の肉体はもはや生命維持すら困難を極めるほどに衰弱しきっており、

刻一刻とその血液を送り出す臓器の停止する時が迫っていた。

 

 

「__________『生命は定められた時の中にこそあるべし』とは、よく言ったものね」

 

 

そして今にも命の灯が掻き消されようとしている少年のそばには、

腰より下にまで伸びる長い長い黒髪をあそばせた見目麗しい少女が鎮座していた。

少女は少年に何かを語って聞かせるが、少年はその言葉に答える気力すら無く、

ただただ掠れ、小さくなっていく自分の呼吸の音を聞くことしか出来なくなっていた。

 

 

「__________何か言い残す言葉はあるかしら?」

 

 

返答が返ってこないことを確認しながらも少女は少年にそう語り掛ける。

すると今度は言葉にしっかり反応を示し、閉じかけていた(まぶた)をうっすらと開いて

目をゆっくりと動かして少女を捉え、震える唇から微かな声を絞り出して答えた。

 

 

「………………こ、の……………幻想きょ……………あった」

 

「__________『この幻想郷で出会った』、次は?」

 

「…………ぼ…………かか、わっ……………べて……………とに」

 

「__________『僕と関わった全ての人に』、それで?」

 

「………………あり、が…………と………………ざい…………す」

 

「__________それだけでいいの?」

 

「……………………………」

 

「__________そう、分かったわ」

 

 

ゆっくりと、か細く、少年はこの世に自分の存在を残そうと力を振り絞り、

名前も姿すらもはっきりと見えていない少女に最期の言葉を託そうと口を開く。

もしかしたら今際の際に見た幻覚だったのかもしれない、と薄れていく意識の

どこかで客観的に分析しながらも、その幻覚の少女にしか、今は頼れなかった。

自分の伝えたい事の全てを吐き出した少年の口は半開きのまま動かなくなり、

一瞬だが上向きに、微笑んだような形に曲がった直後に閉ざされ、静止した。

少年の目も口も、何もかもが静止したことを確認した少女はしばらく

彼の真横に居座りながら窓の外に映る竹林越しの月夜を見上げていたが、

やがて何を思ったのか立ち上がり、部屋の横開きの扉に手をかけて開く。

横たわって動かなくなった少年に顔を向けないまま、背中越しに少女は告げる。

 

 

「___________さよならは、言わなくてよかったのね?」

 

 

そう告げた彼女の言葉に誰も答えることは無く、

少女もその後は何も言うことなく扉を閉め、どこかへ歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










やっと書けたと思ったらすごく酷い締まり方になってた。
前はもっと、もう少し上手く書けてたはずなんだけど。

やっぱり忙しさにかまけて執筆を怠るとこうなるんですね。
じっくりと反省を自分自身に言いつけておきます。

この作品もあと少しで最終章だっていうのにこの文才、
涙無しには語れませんぜ本当に。
他の方の作品を参考にしようにもレベルが違い過ぎてまぁ
こちらも涙無しには(以下略


次回はなるべく早く投稿したいです。というかします。


それでは次回、東方紅緑譚


第四十壱話「瀟洒な従者、時の針は無慈悲に進む」

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