東方紅緑譚   作:萃夢想天

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皆さん、お久しぶりです。

もうコレ何回も言ってる気がするんですけれど、
最近になってやることが増えてき始めて忙しくなりました。
ええ、ハイ、要するに投稿の不規則性が強まるって話です。
こちらの話を早く書きたいと思っていても時間が取れなかったりして
七難八苦に四苦八苦、占めて二十七苦状態なわけでして。

そんな個人的な都合に酌を取る必要も無かったわけで
それでは、どうぞ!


第参十九話「紅き夜、永遠に潜む竹林の薬師」

 

 

 

 

幻想の地を暖かく照らしていた太陽が、山々の陰に、地平線に沈んでいく。

それはつまり、人間が暮らすのに支障の無い時間帯が終わりを告げ、同時に月の放つ魔性の力に

()てられて活発になる妖怪の時間が始まることを告げるものでもあった。

もちろん人里という安全地帯に住まう人々も例外でなく、日が沈み切る前には既に人々の姿は

路地裏どころか大通りにすら影も形も見受けられなかった。

 

そんな暗くなりゆく幻想郷の空を、昼間でも見えないほどの速度で飛行する者がいる。

夜空になりかけた今の空に溶け込むかのような純黒の燕尾服を血で紅く染め上げて気を失った

十六夜 紅夜と、その彼をしっかりと抱きかかえて速度を上げる鴉天狗の射命丸 文だった。

 

意識のない紅夜は先程から流れ出る血が止まらずに文の着ている服に容赦無く血シミを作るが

当の文はお構いなしにどんどん速度を上げて暗い空を駆けていく。

雨や普通の水よりも粘度が高く、なおかつ少し生暖かいベットリとした感触の血液が今もなお

文の服にかかり、それが浸透して彼女の身体までもを汚していくが、それでも彼女は空を往く。

その表情は焦りや不安などの感情が入り混じり、何を思っているのか見た目では判断不能な

ほどに大きく歪んでしまっている。

話しかければ殺しにかかって来そうなほど切迫したような雰囲気の彼女は、

紅夜を抱えたまま飛びつつ、時折小さく独り言のように彼を励ましていた。

 

 

「絶対に死んじゃだめですよ、紅夜さん‼」

 

星々が輝きを放ち始める空の下、文の切なる懇願が空しく風に乗って消えていった。

何故こんな事になってしまったのか。

事の発端はほんの数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、文が紅夜からデートの誘いを受けたことから始まった。

デートと言うのは文から見たうえでの話だが、実は紅夜からしても意図は同じで

本来の職務である紅魔館地下室で暮らすフランドールの従者兼執事という肩書きを

一時的に取り払って、半日以上文と行動を共にするという計画を立てていたのだから。

そしてそれは見事に達成され、お互いが紅魔館の門前で別れようとした時だった。

突然何の前触れも無く紅夜が吐血し、全身を痙攣させながら意識を投げ出したのだ。

驚いた文はすぐに紅魔館の住人にこの事を伝えようとしたのだが、想像以上に出血の

度合いが酷く、一刻も早い治療が必要だと考え、彼を抱えて飛び去ったのだった。

 

こうなるまでの経緯を頭の中で思い返しながら、文は暗くなった空を最速で駆ける。

本来ならば風圧で紅夜の身体が八つ裂きになるほどの速度であるにも関わらず、

彼女は自分の能力を応用して音の速度に並ぶほどの速度での飛行を可能にしている。

 

射命丸 文は、『風を操る程度の能力』を保有している。

能力については、読んで字の如しであるために詳しい説明は省くが、

今彼女は自分の前に傘状の風のプロテクターのような壁を生成して風圧を防いでいる。

故に紅夜も文自身も風圧で身体をバラバラにされずに済んでいるのだが、

ほぼ日常化した行程の仕組みなど頭のどこにもないまま、文はある場所へと向かう。

 

 

「血が、血が全然止まらない…………………急がないと!」

 

 

自身の服も身体も染め上げていく血の感触に焦りを募らせながら文は速度を上げ、

人里を越えた先にある目的地がわずかに見えてきたことに大きく安堵した。

そのまま速度を少しずつ下げて目的地の目の前に着地して声を荒げる。

 

 

「もしもし、『妹紅(もこう)』さん! 今すぐ永遠亭までの案内をお願いしたいんです‼」

 

 

鬱蒼(うっそう)と空高くどこまでも伸び続けている若竹の密林の入り口。

ほんのわずかな気流の変化ですら大きくなびいて小さく薄い葉を散らせゆく様は、

とうに暗くなった今の空模様と相まって不気味で切なく、陰鬱に怪しい様相を呈している。

そんな人の寄り付かなそうな場所に、ポツンと寂しく一軒家が建てられていた。

文の尋ねたその藁葺(わらぶ)きの屋根に堅い木材であしらえた木造建築の家には明かりが

灯っており、彼女の大きな声に呼応するように少々雑に横引きの扉が開け放たれて

中から少女が現れた。

 

 

「うるさいっつの、案内ならしてや…………………オイ、何だソイツ⁉」

 

 

古びた家屋から出てきたのは、どこか勝ち気で男勝りな口調の少女。

 

真冬の寒空に降り積もる粉雪を編み込んだように色素の抜け落ちた長い白髪で、

その毛先に無数の小さな紅白色のリボンを、そして後頭部に大きな同一のものを

髪留めの要領で括り付けている。

上半身は女性用の長袖のワイシャツに近い薄地の服を着ていて、下半身は赤いもんぺの

ようなズボンをサスペンダーで吊り上げていて、そこには所々に護符が貼られている。

静けさと粗雑さを併せ持った雰囲気を醸し出す彼女は、『藤原(ふじわらの) 妹紅』

 

顔見知りである文の抱える明らかな重症患者を見て妹紅は目に見えて焦りだす。

そんな彼女をなだめるように文は彼女を呼び出した時より大きな声で話を切り出した。

 

 

「すぐに永遠亭まで案内を! 早くしないと紅夜さんが死んじゃいます‼」

 

「紅夜ってこの前の異変の首謀者じゃ……………てかそんな奴が何で」

 

「話は後回しです‼ 血が全然止まらなくって、早くしないと‼」

 

「あ、ああ。分かった、行こう!」

 

 

焦る妹紅を文は大声であしらい、すぐに本来の目的地へと案内させた。

そもそも、何故急いでいるのに彼女に道案内などを頼まなければならないのか。

それは目的地である『永遠亭』が建てられた場所、『迷いの竹林』に問題があるからだ。

 

迷いの竹林とは、その場所に生える竹の生長速度が異常であるが故に一度通った場所でも

竹の長さや位置、最悪の場合地形そのものまでもが変動するせいで道が分からなくなるという

不可思議極まりない現象が発生することが理由で名付けられた土地である。

 

しかし彼女、妹紅はこの竹林に居を構え、竹の生長速度や傾向などを把握しきって

一度も迷うことなく永遠亭へと辿り着く術を身につけたことから、今回のように竹林の中の

永遠亭までの護衛や道案内としての用心棒として人々に貢献してきたのだ。

そんな彼女の先導の元、文は大事に紅夜を抱えて夜風の吹き抜ける竹林を駆けた。

 

 

「あとどの位かかりますかね⁉」

 

「あとちょいだよ、あとちょい!」

 

「だからそれがどの位かって聞いてるんです‼」

 

「あーもー知らないって‼ 着くには着くし、出来るだけ早くしてんだから‼」

 

「分かってますけど、とにかく急いでください!」

 

「注文の多いヤツめ、後で催促料金取ってやるからなぁ!」

 

 

二人は夜になってより先が見えにくくなった竹林を右に左に駆け巡る。

その道中で悪戯好きの妖精や月明りで活発化した下等妖怪の妨害にもあったが、

幻想郷ではトップクラスの実力を誇る二人の前では大した足止めには成りえなかった。

そうして二人は夜空の竹林の中を凄まじい速さで駆け抜け、ついに目的地に辿り着いた。

 

 

「ホラ、な! そんなにかかんなかったろ‼」

 

「そんなのより早く彼を診てもらわないと‼」

 

「お、おう。分かってたさ、そんくらい……………おーいヤブ医者ぁー‼」

 

 

文と妹紅が辿り着いたのは、竹林の奥部に住まう『姫』の為の隠れ家。

そして人里に暮らす人々の生命線である『医療行為』を施す診療所でもあった。

和風蕭々(しょうしょう)な風体の日本家屋の名は、永遠亭。

 

永遠の中を生き、死の流れに近付けない、いと尊く哀れな姫君の屋敷。

そのような崇高な場所で妹紅が真っ先に発したのは、まさかの軽口。

軽率かつ粗悪極まりない侮辱の言葉を投げ打って数秒、永遠亭の扉が開かれて

中から現れたのは、怒りに両肩と長い両耳(・・・・)を震わせた長髪の少女だった。

 

「誰がヤブ医者ですって⁉ 座薬ブチ込んでやるから大人しくしなさい‼」

 

「落ち着けおうどん。あ、間違えた、『優曇華(うどんげ)』だっけ?」

 

「私の事はそこまで言わなきゃ怒らないけど、師匠の名を汚すのは許さないわよ‼」

 

「へーへー、んな事より急患だ。早くアイツんとこ連れてってやれよ」

 

「え? 急患って………………嘘、何その出血量⁉」

 

 

文の抱きかかえる紅夜の出血量に驚いているのは、この永遠亭の住人の一人。

 

腰よりも下の足にすら届きうるほどの薄紫色の長髪に、血潮の如く赤く輝く瞳。

上半身と下半身はそれぞれ整った、いわゆる外の世界の女子高生のような制服を

着込み、尻と腰のちょうど真ん中辺りからはまんまるもこもこの尻尾が顔を覗かせ、

さらには頭頂部に一番目を引くバニーガールのようなタレ耳がくっついている。

日本家屋には似つかわしくないファンシーな彼女の名前は非常に長く、

鈴仙(れいせん) 優曇華院 イナバ』という。

外見も名前も印象に残りやすい彼女は文の抱きかかえる紅夜を見てすぐに

適切な手術が必要だと判断したのか、即座に顔を真面目なものに切り替えて

文を患者ごと中に招き入れて手術室へと連れ込んだ。

 

「……………っは~、しっかし疲れたわ」

 

 

道案内を依頼してきた文を目的地へと無事送り届けた妹紅は疲労を口にする。

準備運動もなしに全速力に近い速度で走らされた彼女は今頃になって疲れを実感し、

額に掻いた汗を腕で拭ってふぅと一息ついて愚痴りだした。

 

 

「そもそも、なんで紅夜とかいう奴があんな血まみれだったんだ?

それにどうしてそんな奴を文が連れてきたんだ? 普通紅魔館の連中じゃないか?」

 

 

さっきは文の気迫と切迫した状況に気圧されて浮かんでこなかった疑問が冷静に

なった途端に溢れ出し、それら全てが愚痴となって大挙して押し寄せてきた。

しかし、妹紅は一気に浮かんできた疑問を一つずつ手に取って吟味するような性格ではない。

すぐに考える事を止めた彼女は帰りの道案内の為に永遠亭の外で待つことにした。

だが、座り込んだそばから新たに浮かんだ疑問については、暇潰しに少し考える事にした。

 

 

(何でアイツが紅夜って奴の為に泣きそうになってたんだ……………分かんね)

 

 

そして結局、彼女は考える事を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠亭の内部に入った文は、鈴仙の案内の元に手術室まで紅夜を運んだ。

手術台にここまで運んだ彼を乗せた文は、そのまま別の部屋まで案内され、

そこで待っているようにとお達しを食らった。

当人としては納得がいかなかったものの、その道の職人に任せた方がいいだろうと

半ば割り切って考え、大人しく部屋で待つことにした。

 

「お願いします、『永琳(えいりん)』さん……………貴女だけが便りです!」

 

 

自分に出来るのは祈ることだけ、そう信じて文は人知れず祈る。

 

 

 

文が部屋で紅夜の無事を祈っている中、手術室には鈴仙と彼女の呼んだ

もう一人の人物の二人がおり、手術を開始しようとしていた。

鈴仙が呼び出したのは、この永遠亭の実質的な(おさ)であり、幻想郷きっての薬剤師。

そして、今彼女の横にいる鈴仙の師匠であり、彼女を『ある場所』から匿った才女。

 

水晶や銀鉱石を艶やかに織り込んだような三つ編みの長髪に、赤と青のツートンカラーの

ナース帽を頭に被り、同じく服も上半身と下半身で逆の配色のロングスカートを着込んでいる。

よく見るとその服には至る所に星座のような模様が刺繍で簡素に描かれている。

 

手術台に冷徹なまなざしを向けている女性の名は、『八意(やごころ) 永琳』

 

元々は高度な文明を誇る月の民であるが、とある事情によって地上に隠れ住むこととなった

彼女は、こうして持ち前の医学知識を用いて診療所を開いて人間と接しているのだった。

 

そんな彼女は、手術台の上に載せられた紅夜を一通り診察して、口を開く。

 

 

「____________ウドンゲ、この子を連れてきたのって?」

 

「え? えっと、文です。あのホラ、新聞記者の鴉天狗の」

 

「ああ、あの天狗。へぇ、随分とふざけたもの持ってきたものね」

 

「ふざけたもの、ですか?」

 

「そう、ふざけたものよ。私を神か何かだとでも思ってるのかしら」

 

「神って、けっこうそこら中にいますけど……………」

 

「それもそうだけど。どんな願いでも聞き届けてくれる便利で都合のいい神様よ」

 

「便利で都合のいい神様、ですか」

 

「ええ……………さてウドンゲ、今からあの天狗をここに呼んできなさい」

 

「ここにですか?」

「ここよ、ホラ早くして」

 

「はーい」

 

 

永琳は鈴仙に文を呼ぶように命じ、一人だけとなった手術室で小声で呟く。

 

 

「……………残酷ね。貴方もそう思わないかしら、都合のいい神様?」

 

 

自分以外に誰も聞く者のいない手術室で、永琳の言葉だけが反響した。

 

 

 

その後、鈴仙が言いつけ通りに文を連れて手術室へと戻ってきた。

しかし、連れてこられた文の表情を見た永琳の方が驚く結果となった。

永琳はこの幻想郷に来てからそれなりの時間を過ごし、接した全てを診ていたが

未だかつて何の関わりも持たない相手に対してこれほど心配そうな表情をする存在を

見たことが無かったのだ。

 

「あの! 永琳さん、紅夜さんの………………紅夜さんの容体の方は⁉」

 

「えっ? あ、そうね。容体ね」

 

 

今にも倒れそうな顔色で手術台の上にいる患者の事を尋ねてくる顔見知りに

若干戸惑ってしまい、永琳は普段では出さないような声を思わず出してしまう。

そんな醜態を恥じて隠すように咳払いをしてから、真面目な顔を繕って話す。

 

 

「容体は、ハッキリ言えば最悪よ」

 

「さ、最悪ですか……………」

 

「ええ、最悪。正直、どうして貴女がこんなの持ってきたのか正気を疑ったわ」

「そんな言い方! で、でも治りますよね? 良くなりますよね⁉」

 

「……………………………」

 

 

一言目で出した"最悪"というワードだけで文の表情が深刻な青色へと変わった。

それだけでも永琳からすれば驚きなのに、さらに彼を心配するような言葉が一番

最初に出てきたことに永琳はもはや興味すら沸いてくるほどに驚愕した。

だが今は仕事の時間であり、彼女は自分の仕事に誇りは持っている。

故に自分自身の感情を即座に頭の片隅に追いやり、今すべきことを優先させた。

 

 

「……………最初に言っておくけれど、私は"薬剤師"であって"医者"ではないわ」

 

「は、ハイ」

 

「それで、私は貴女が望んでいる彼の治療を無償で行える、都合のいい神でもない」

 

「あの、治療費なら私がお支払いします!」

 

「……………本当に、ますます不思議でならないわ」

 

「え、え?」

 

「気にしないで。それで、彼の事だけど…………諦めなさい」

 

 

診断の結果がいくら残酷であっても、事実であるならば告げなければならない。

それが彼女の、八意 永琳の仕事に対する誇りと熱意の表れであった。

だが、それは吉報を望んでいた文にとっての絶望的な死刑宣告と同義でもある。

 

「あ、諦めるって、どういう事ですか…………?」

 

「そのままの意味よ。彼は助からないし、助けられる方法も無い」

 

「師匠がそんな事言うなんて…………………」

 

「あのねウドンゲ、さっきも言ったけど私は誰の願いも叶える都合のいい神じゃ

ないの。むしろ死の概念から抜けてる分、逆に神に嫌われてる節があるわよ」

 

「は、はぁ」

 

「だから、何でもかんでも私に任せれば上手くいくって先入観は嫌いなのよ。

それに、誰しもそうだけれど、下手な希望はかえって絶望を助長させるの」

 

 

今までに溜まった鬱憤すらも吐き出すかのような永琳の叱責に文と鈴仙は固まる。

特に文は先程まで待っていた部屋で無責任に、しかも本人が知らぬ場所で勝手に

祈りを、希望を託してしまっていた事を思い出して自分を恥じていた。

それすらも看破しながらも、永琳は文にキチンとした話をし始める。

 

 

「ま、事前に済ませる話はこれくらいでいいかしら。

さてと、それじゃ診断結果を簡潔に伝えておくわね」

 

「………………………」

 

「貴女が黙っていてもコッチは仕事だから話すわよ。

まず私が彼を諦めろと言った理由、それは彼の身体にあるの」

 

「………………身体?」

 

「そう、身体。あの子の身体は、ハッキリ言って普通じゃない。

明らかに人の手がそれこそ数えきれないほど加えられた痕跡があるの」

 

「人の手がってつまり、改造ですか?」

 

「そうよウドンゲ。月の高度な科学力をもってしても絶対に行わない下劣な行為、

言ってみれば彼は身体の約九割方を人間の手で改造された改造人間ね」

 

「紅夜さんが⁉」

 

「ええ、しかも下劣で最悪な手を使う割には徹底して手が込んでる。

身体の構造そのものを変えずに人類を超えた力を発揮させるには、

人の中を流れる血液すらも改造する必要があるのも気付いて、実行してる」

 

「血液まで………………そんな事って」

 

 

永琳の話を聞いて、文はもはや意識を手放しかけていた。

隣にいる鈴仙も予想を越えた話の内容に驚きを隠せないでいる。

少しだけ話の難度を下げるべきかと考えた永琳は、間をおいてから話を再開する。

 

 

「まず頭部。人間の身体で全ての行動を司っている脳は相当改造されてる。

本来人間の脳は常に全力を出せないように力を抑制する安全装置のような機能が

働いているんだけど、彼の場合は意図的にその機能を弱められているわ。

要するに、身体がどうなろうと構わずに動かし続けるための自主的な暴走装置よ」

 

「い、一体誰がそんな事を‼」

 

「私がそこまで知ってると思うの? いくら何でも高望みし過ぎよ。

話を戻すけど、次は身体ね。身体の方はハッキリ言って一番絶望的ね。

なにせ、肋骨に僥骨(・・・・・)が数本折れてるし(・・・・・・・・)、大腿骨にもヒビが入ってる。

そして肝心の臓器だけど、胃や腸の一部が切除されていて、すい臓が破裂してたわ」

 

「え⁉」

 

「し、師匠! そんな状態で生きてられる人間なんて‼」

「そう、普通なら考えられない。死んでてもおかしくないの。

もしかしたら何かの能力でも使って延命してたのかもしれないけど」

 

「………………方向を、操る」

 

「何か言った?」

 

「あ、いえ! 話を続けてください」

 

真っ青を通り越して病的なまでの白い顔になった文を逆に心配する永琳と鈴仙

だったが、彼女に促されてそのまま話の流れを戻した。

 

 

「とにかく、今言った点からしても彼の回復は見込めないのよ。

何せ、治療しようにも良くなる部分がどこにもないんだからね」

 

「……………………」

 

「師匠……………」

 

「望みは限りなく無いに等しい。

理由を教えてあげましょうか?」

 

「……………………はい」

 

「彼自身の身体の傷を癒し、治すことは別に出来ないわけじゃないわ」

 

「えっ‼ ホントなんですか⁉」

「落ち着きなさい。身体の傷は治せても、縮まった寿命は治せない。

つまり、いくら器を元通りにしても、一度失った中身は戻ってこないってこと」

 

「………………本当に、もう」

 

「ええ、残念だけど。彼は死ぬ、しかも後数日以内に」

 

 

幻想郷において最も医学に精通した者からの宣告に、文は絶句した。

嘘だと叫びたかった。冗談だと笑い飛ばしてやりたかった。

でも出来ない。自分の服にシミを作った彼の血が、それを物語っている。

だとしたら、残された時間の中で自分が彼に出来る事はあるのだろうか。

祈りや希望を他人に圧しつけて勝手に希望を擦り付け、勝手に絶望するのではなく

自分自身として。今日一日を共に過ごし、彼の笑顔を一番間近で見た女として。

本気で彼を救いたいと文は内心で強く決意していた。

 

「…………で、もうすぐ死ぬこの子を貴女はどうしたいの?」

 

「わ、私は………………彼の為に何かをしてあげたいです」

 

「何か、ねぇ。まあいいわ、ウドンゲ。空いてる部屋に彼を運んで」

 

「ハイ、師匠」

 

「それから文、貴女も彼の近くにいてやりなさい」

 

「は、ハイ!」

 

 

最後に文に対して意味深な質問を投げかけた永琳は鈴仙に命じて紅夜を収容して

他の部屋で様子を見させることにし、文の同伴も許可した。

本来なら患者との過度な接触は禁物なのだが、これだけは永琳の興味だった。

ネタの為なら東奔西走、風と共に生きる妖怪の山の御大将。

カメラと手帳を片手に、今日も今日とて騒ぎながら取材祭り。

 

そんな認識をしていた相手が、一人の人間の為になぜそこまでするのか。

興味は尽きない。医学と言う科学に携わる身として、研究せずにいられなかった。

半ば衝動のような感情を理性で押さえながら、永琳は文の同伴を許したのだった。

 

 

「さて、死人は完全に専門外だから面倒よねぇ………………あ。

死ぬ前だったらいくらでも方法はあるけど、どうしようかしら」

 

 

また一人になった手術室の中で永琳が呟きながら薬の小瓶を持ち上げる。

一つ、また一つと持ち替えては棚に置き、そして新たに別の薬を取り出して戻す。

そんな工程を繰り返した彼女はついに、目当ての薬品の小瓶を見つけた。

つまんだ小瓶を持ち上げて中身をじっくりと見つめ、堅めの口調でまた呟く。

 

 

「二度と死ねなくなってもいいのなら、彼を生かす術はある」

 

小さく呟いた永琳は、【蓬莱の薬】と書かれた小瓶を棚にしまった。

 

 

 

 

 

 










いかがだったでしょうか?

早く次の話が書きたくて仕方ないです。
ではでは今回はこれにて失礼いたします。

あ、それと最近風邪をひいて、二日で治りました!


それでは次回、東方紅緑譚

第参十九話「紅き夜、愛してと言えなくて」

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