東方紅緑譚   作:萃夢想天

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今回は少し遅れての投稿となりました。
それと水曜日に、この作品を無事完結させることが出来た後に
書き始める予定の東方×学園モノの作品を投稿してみました。
良ければそちらも読んでくださると嬉しいです。

何故これが終わってないのに書いたのかって?
気分ですよ気分。全部気分って奴の仕業なんだ。


ですがこれからこの紅き夜編は面白くなっていきます



それでは、どうぞ!


第参十八話「紅き夜、想い伝えて」

 

 

 

「これはまた、随分と威厳のあるお屋敷ですね……………」

 

 

日が昇って久しい昼もすがらなこの時刻、僕らは目的地に到着していた。

ほんの十数分前まで滞在していた古本屋の『鈴奈庵』を出立した僕と射命丸さんとを連れ立って

歩いていた阿求さんが立ち止まって振り返り、僕らを見ながら紹介してくれた建物。

 

それこそがこの場所、人里の中心部分に位置する通称『稗田邸』だ。

 

家の前には日本特有の製法で作られた塀に、木製の柵と扉が真っ先に目に飛び込んでくる。

そしてそれら以上に目を引くのは、付近のある家々よりも抜き出た建築技術の明確な差。

僕は元々日本の文化にそれほど詳しくは無いが、これほどの家を作るのにはかなりの月日と

労力、加えて財力も必要になってくるはずだろう。

それら諸々を考慮して考えると、改めて阿求さんの家の力を実感して緊張してくる。

こう言うと失礼かもしれないが、付近の一般的な一軒家を見ると庶民的で安心する。

逆に外から見ても分かるほど精巧に作られたこの邸宅を見ると、どうも落ち着かない。

まるで、僕の暮らす紅魔館をそのまま日本家屋版にしたかのような風格が漂う。

思いがけず歩みが止まった僕に、阿求さんは不思議そうな視線を送ってくる。

 

 

「どうかされましかた?」

 

「あ、いえ、別に。ただ予想していたよりも豪勢な住宅だったもので」

 

「初めて見る方は誰もがそのような感想を抱くものなんですね」

 

「そうでしょう。何より、僕はこの幻想郷の文化にすらあまり馴染めていませんし」

 

「それも原因の一環、ですか?」

 

「そういう事にしておいてください」

 

 

僕から目を逸らした阿求さんはそのまま見事な純日本家屋の扉へと歩いていく。

重厚そうな木製の扉を彼女が2回軽くノックすると、即座にその扉が開きかける。

そこから一人の女性が顔を覗かせて来訪者を確認し、顔色を変えてまた引っ込んだ。

数舜の暇の後、まさしく重い物を引きずるような音を立てて木製の扉が完全に開いた。

 

「「「御帰りなさいませ、九代目様」」」

 

「ええ、ただいま」

 

「おぉ……………これは」

 

「いつ見てもこの光景は壮観ですねぇ」

 

 

開ききった扉の先には、庭園から本宅へと続く石畳の両脇にズラリと整列した従者達。

女性は少々色合いが薄めの着物を、男性は呼び方は分からないが日本風の服を着ている。

そんな者達が、加えてその全てが大人だというのに、阿求さんに深々と頭を下げていた。

彼女はやはり、レミリア様に負けず劣らずの家柄とカリスマをお持ちのようだ。

その証拠に、威厳と風格を同時に見せつけてきた光景の中を阿求さんは平然と歩み行く。

僕と射命丸さんは彼女に促されるまで、その場を動けずに固まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「九代目様は今、御召し物を変えております故。こちらで少々お待ちくださいませ」

 

「どうも」

 

「お邪魔させていただきまーす!」

 

 

お手伝いさんの一人に案内された先にある和風な一室で待つように言われた僕らは

阿求さんが戻ってくるまでの間、大人しくその部屋で待つことにした。

まず入って感じたのは、普段僕が暮らしている紅魔館との文化の違いの差だった。

横開きの障子という薄く軽い木と髪で出来た扉に、漂ってくる血とは無縁の仄かな花香。

洋館とは明らかに違う畳という何かの植物を乾燥させて編み込んだ独特な床を踏みしめ、

閉じられていた部屋が解放された事でこもっていた独特の匂いと温もりが体に伝わる。

 

正直に言ってしまえば、紅魔館とはまた違った意味で好感が持てる場所だ。

 

 

「やはり洋館とは違って、"ざぶとん"に座ってくつろぐんですね……………」

 

「紅夜さんはやっぱり、椅子の方がしっくりくるんですか?」

 

「ええ、まあ。ですが、こういった日本の文化は新しくて面白いです」

 

「そうですか!」

 

 

部屋に入って木製で何かの塗料を塗られた机と、そこの下に敷いてあるほとんど平らな

クッション、日本でいう座布団に座り込んで射命丸さんと日本文化について談笑する。

彼女はやはり自分の暮らす国のことで好評を得たのが嬉しいのか、笑顔で話をしてくる。

というか、この幻想郷は一応日本語が通っているようだけど、本当に日本なんだろうか。

今更ながらに思った疑問だけど、まあこの際気にすることは無いと疑念を一蹴した。

 

その後も射命丸さんと取り留めの無い話を続けて、数十分が経った。

僕らの部屋の障子の前に人影が現れ、薄いそれの向こう側から話しかけてきた。

 

「お待たせして申し訳ありません。稗田 阿求です」

 

「あ、えっと…………………ど、どうぞ?」

 

「紅夜さん、こう言うんですよ。どうぞお入りください」

 

「失礼致します」

 

 

スッと静かに障子が開いて、廊下から着物を着た阿求さんが入って来た。

でもどうしてだろうか、彼女の着ている服装が帰って来た時と変わってないように見える。

そう思って対面した位置に座っている射命丸さんへと視線を動かすと、彼女もまた僕と

同じことを思っているのか、不思議そうに首を小さくかしげていた。

僕ら二人の視線に気付いた阿求さんは、振り袖を摘まんで着物をよりハッキリと見せてきた。

 

 

「コレですか? コレはお客様が来た時の対談用の着物なんです」

 

「ほぉ……………一目見ただけでは分かりませんが、何か違いがあるんですね?」

 

「いえ、ありませんけど?」

 

「………………そ、そうですか」

 

「ふふっ、冗談はこの位で。それでは本題に移りましょうか」

 

ヒラヒラと振り袖もろとも手を振って笑みを隠した彼女が長方形の机の端、

座布団が一枚だけ置かれた偉い人物の座る場所へと歩いて座った。

そのまま袖と着物の胸元から筆と紙束を取り出して机上に置き並べる。

彼女の言う本題とは、僕の事を彼女が聞き出して記載するという事。

正直僕なんかの事を聞いて何がいいのかは分からないけど、それが慣習だというなら

この幻想郷に来たばかりの僕が従うのは当然の通りだと自分に言い聞かせる。

 

 

「あのー、私も今取材中なので情報を同様に頂いても?」

 

「私は構いませんけど、紅夜さんはどうします?」

 

「僕も構いませんよ、射命丸さん」

 

「ありがとうございます! それでは早速‼」

 

 

僕と阿求さんの許可を得た射命丸さんは目にも留まらぬ速さで懐から

愛用のネタ帖を取り出して、同じく筆も右手に握って準備し始めた。

そんな彼女を一瞥してから、阿求さんが僕への質問を先に切り出した。

 

 

「それではまず、貴方の人間性についてお聞きしましょうか」

 

「人間性、ですか」

 

「お答えしにくい質問だとは分かっています」

 

「いえ、その…………少々気を悪くされるかと思うので」

 

「………………大丈夫、私はあくまで記すことが目的です。

貴方の事を根掘り葉掘り聞きだして糾弾するつもりでは無いので」

 

「それはまぁ、そうでしょうけど」

 

「ですから安心して全てを話してください。

私は歴史を記す事が生涯の使命、それを全うしたいのです」

 

「…………生涯の、使命?」

 

「それについては私からお話ししましょう。

よろしいですかね、阿求さん?」

 

阿求さんの語った言葉の一端が気になった僕に射命丸さんが応えてくれた。

 

「彼女、というよりこの稗田家には特殊な事情がありまして。

この家の創始者である『稗田 阿礼』という人物が全ての始まりでした」

 

「稗田家の特殊な事情、ですか」

 

「ハイ、彼はこの幻想郷と言う土地に流れ着いてから、妖怪と人間の関係を

どうにか改善あるいは明確にする方法は無いかと模索し始めたんです。

そうして辿り着いたのが、『妖怪の事を記した妖魔図鑑』を書き記す事」

 

「妖怪の事を記した図鑑…………」

 

「当時からこの里はあったんですが、妖怪との確固とした線引きがなされておらず

夜になる度に人が攫われたり喰われたりするのがほとんど日常化していたんですよ」

 

「なるほど」

 

「ですから初代稗田方は、里を襲う妖怪の特徴や、知りえればその弱点なども事細かに

書き記していき、人里の安寧に一役買った、いわば救里主と言うべき存在となったんです」

 

「だから人里ではかなりの力がお有りなんですか」

 

「ええ、まぁ」

 

「続けますが、特殊な事情というのはここからが寧ろ本番でして。

稗田家の人間は里の平和に貢献したと言う理由で人間からは大変好かれましたが、

逆にそれまで自由に人を襲えた妖怪達からは激しく疎まれ忌み嫌われてしまって、

とうとう初代稗田方は徒党を組んだ低俗妖怪の手によって殺害されてしまうのです」

 

「…………………………」

 

「ですが彼は死の直前、ある儀式を自分の肉体に施していたのです。

その儀式というのは、分かりやすく掻い摘んでしまえば、『転生』の儀式です」

 

「転生、ですか? それはつまり、生き返るという事で……………?」

 

「少し違います。生き返るのは『復活』や『蘇生』という括りになりますが、

彼女らの行っている『転生』とは、生前の、というよりは前世とも言うべき自分の

記憶を保有したまま新たな肉体、全く別の人間へと生まれ変わることを言います」

 

「それはまた、かなり特殊な事情ですね」

 

「ええ。そして彼ら稗田の家系はこれを代ごとに行っているのです。

つまり阿求さんは、稗田家の九代目転生者ということになりますね」

 

「……………話の内容が凄すぎて感覚が麻痺しそうです」

 

 

射命丸さんが教えてくれた阿求さんの家の話は、想像以上に壮絶だった。

この幻想郷には妖怪や神々など様々な種族が存在するし、不思議な事もよくある。

だけどまさか人間の中でもこれほど特異な事もあるんだなぁと独り考え込んだ。

すると一応の説明が終わったのか、射命丸さんが阿求さんに軽く会釈して口を閉じた。

 

 

「さて、私の方の話も終わったみたいですし、よろしいですか?」

 

「え、ええ。分かりました」

 

「私もお聞かせ願えますかね!」

 

 

そしてそこから、阿求さんの質問を皮切りに小一時間ほど質疑応答が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らが稗田邸に訪れてから約三時間ほど経って、阿求さんはようやく質問を終えた。

書く手を止めて筆を()き、僕の方へしっかりと向き直って会釈する。

 

 

「貴方について充分聞かせていただきました。

他にも色々と聞きたいことはありますが、それはまた別の日にいたしましょう」

 

「分かりました。ですが、お昼までご馳走になってしまうとは」

 

「私は最初から昼食を振る舞うつもりでしたよ?

と言うより、この家に来て何かをねだらない人物なんてそうそういませんもの」

 

「そうなんですか?」

 

「有り体に言ってしまえば、裕福な家ですから」

 

「その一言で納得しました」

 

 

彼女が言うべきではない一言に僕は苦笑いで応じ、ゆっくりと立ち上がる。

それに続いて射命丸さんと阿求さんも立ち上がって障子を開けて廊下に出る。

廊下ですれ違った人に阿求さんが「お帰りです」と一言告げた瞬間に、

お屋敷の中が慌ただしくなり、人がどんどん玄関の方へと集まっていくのが見えた。

だが一番最初に来た時の光景を思い出し、何の為に集まるのか大体理解した。

そして帰るために玄関まで来た瞬間、その理解が予想通りだったことを目視する。

 

 

「「「どうか御気を付けて、行ってらっしゃいませ」」」

 

「こちらの方々がお帰りです」

 

「「「本日は誠に有難うございました、またのお越しを」」」

 

「……………何だか恐縮してしまいますね」

 

「ですね」

 

「さあ紅夜さん、どうぞこちらまで」

 

 

大勢の人達が頭を下げている道の真ん中を阿求さんの後ろについて堂々と歩く。

普段の僕の生活では決して味わえない体験に、どこか言葉に出来ない不思議な気分になった。

それほどの距離があるわけではないのに妙に緊張し、行きよりも帰りの方が長く感じられた。

僕らがその道を通り終えて、阿求さんが扉の前で待機していた人に目配せをする。

途端に扉が開かれ、僕らはそれを通り抜けて家の前の通りに出た。

そこで初めて振り返った阿求さんと目が合い、自然と委縮してしまう。

 

 

「……………紅夜さん」

 

僕の目を見つめたまま、阿求さんが話しかけてきた。

いきなりで驚いたがすぐに平静を装って彼女からの問いかけにも冷静に応じる。

 

 

「ハイ、何でしょう?」

 

「今回は私の家への訪問、並びに幻想郷縁起の収録のご協力に深く感謝致します」

 

「いえいえ、大層な事はしておりませんよ」

 

「…………それと、先ほどさせていただいた貴方への様々な質問ですが」

 

「…………………ええ、それが何か?」

 

 

彼女の言葉を聞いて僕はあくまで飄々とした態度を取り続ける。

そんな僕を見てどう思ったのか、阿求さんが同じ質問を再び口にした。

 

「貴方への質問で、先程仰られた事は全て嘘偽りの無い真実、ですよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「…………………そうですか。では、『人を殺めたことがある』というのも?」

 

「ええ、その通りですよ。私は人間を殺したことがあります。

それも一度や二度じゃない、僕は任務の為に数百人の命を奪いました」

 

「……………それは育った環境の影響で? それとも貴方自身の意思で?」

 

「さぁ、今となっては本当にどちらだったのか分からない。

ですが、僕はこの幻想郷に来てお嬢様やレミリア様達と出会う事が出来て、

根本的な何かが完全に変わったように思えてなりません」

 

「……………人を殺めたことを後悔していると?」

 

「いえ、違います。別に殺人に後悔を抱いているわけでは。

ですけど、でも、何故か『これ以上無闇には殺したくない』とは思えるように

なりました。それが良いことか悪いことかは分かりませんけどね」

 

 

僕が改めて口にした『殺人』という過去に射命丸さんが閉口する。

やはり妖怪から見ても、人が人を殺めるという行為は受け入れがたい物なのだろうか。

だとしても僕がしたことは今更無かったことにはならないし、消したいとも思わない。

ただそれでも、昔の自分に戻りたいと思ったことは幻想郷に来て一度も無い。

その言葉をどう解釈したのか、阿求さんはふっと優しい笑みを浮かべて優しく語り掛ける。

 

 

「それは良いことですよ。間違いありません」

 

「……………そういう事にしておきましょう」

 

 

今までの彼女とはまた違った面を見せられて、僕は少し照れくさくなった。

ここまでの道中で阿求さんという人間をそれなりに分析したつもりだったけれど、

まだまだ分析不足だったようだ。それにしても、どうして彼女は微笑んだのだろう。

そう考えていると、黙っていた射命丸さんが突然横槍を入れてきた。

 

 

「あああ、あの! もうそろそろ良いんじゃないですかね⁉」

 

「え?」

 

「で、ですから! もう次の場所に向かってもいい頃合いでは⁉」

 

「え、あ、ハイ」

 

「それでは行きましょう! 時は金なりと言いますからね‼」

 

「あ、ちょっと! 射命丸さん!」

 

「紅夜さん、彼女の言う通りです。元々貴方を連れてきたのは私のワガママ。

これ以上貴方のお時間を取らせてしまうのは、私としても本意ではありません。

ですが、それにしても________________」

 

 

グイグイと燕尾服の裾を射命丸さんに引っ張られて行く中、阿求さんの呟きが聞こえた。

ムキになって引っ張る彼女のせいで阿求さんの言葉の最後の方がよく聞こえなかったが、

特に大事なことでもなかったのか、彼女は僕らを見送るとすぐに邸宅へと戻っていった。

でもやっぱり、阿求さんが最後に呟いた言葉が気になる僕はしばらく射命丸さんによって

人里の大通りをズルズルと引きずられたままの恰好を見られ、視線を集めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが、それにしても鴉天狗の心をどうやって射止めたのか。

人間と妖怪との新しい交流の仕方を模索するという意味で、貴方達には是非上手くいって

ほしいものです。では、次に来る時は二人のお子さんを同伴させてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稗田邸でお昼をご馳走になってから数時間後に解放された僕と射命丸さんは、

わずかに陽が傾いてきた時間帯になってから再び人里をぶらつき始めた。

射命丸さんおすすめの団子屋で一休みしたり、呉服屋で着物を試着してみたり。

彼女に連れられるまま人里のあらゆる場所を巡り巡って、再び数時間が経過した。

陽はすでにオレンジと白をかき混ぜたような燃える灼熱色に染まり、僕達二人の紅魔館への

帰り道を鮮やかに、小奇麗に、そして物悲しく彩っていた。

人気(ひとけ)の全くない薄暗くなった整備されていない森の小脇の道を、行きがけよりも

少し距離を縮めて並び歩く僕らの影が、夕日で随分と増長しているのが分かる。

 

 

「今日は一日お付き合い頂いて、本当にありがとうございました」

 

もはや小鳥がさえずる時間をとうに超え、夜になろうとする夕暮れの中で彼女に伝える。

僕の心からの感謝の気持ち、本心からくるお礼の言葉に彼女は笑顔で答えてくれた。

 

 

「いえ、私こそ今日はその、色々と取り乱してしまって……………」

 

「ああ、アレですか。まあ人それぞれですから、射命丸さんにも色々お有りでしょう?」

 

「そう言って頂けると助かります……………」

 

 

夕暮れの中で分かりにくいが、普段よりも顔を若干赤らめて恥ずかしそうに語る。

そんな彼女の姿を内心ではずっと見ていたいと思いながらも単調に歩を進め行く。

振り返ればもう人里を囲む柵すら見えないくらい進んだ今、僕らの別れが近いことを告げていた。

自然と会話が途切れ途切れになってしまう。でもそれは彼女も同じようだった。

先程から視線は下を向いてばかりで、何かを話そうとしてもすぐに断念してしまう。

何かを伝えたいのか、それとも帰るタイミングを計っているのか。

もし後者ならば、それは僕の方から切り出すべきなんだろうと頭では理解している。

それでも僕はせめて、せめて紅魔館の門前までは一緒にいてほしいと自分勝手な考えを隠して

何も言わずに彼女と横並びで歩いていた。

 

そして、ついに僕の帰るべき場所へと辿り着いてしまった。

 

夕日が霧の湖に反射して二つの光源を得た、血よりも紅く不気味に映える吸血鬼の館。

ほんの半日離れていただけだというのに、この光景に早くも懐かしさを抱くようになっていた。

二人で石造りの橋を渡って、美鈴さんが門番をしている紅魔館の門前で立ち止まる。

名残惜しさを感じながら、僕はゆっくりと振り返って一歩後ろで止まった射命丸さんを見やる。

 

「改めて、本日は本当にありがとうございました」

 

「あ……………い、いえ! 私の方こそいい取材が出来ましたよ!」

 

「…………それは良かった」

 

 

取材、その言葉がやけに僕の心に反響した。

今日半日の事が全て取材であるならば、そこに彼女の感情は含まれていないのか。

団子屋でおいしいと評判の団子を食べた時に見せた笑みも、帰り道で見た寂し気な表情も、

それら全てが取材のために必要な演技だったのか。

彼女の言葉を真に受けて、僕はやはり自分の気持ちに正直になれずにいた。

感情を押し殺したまま、僕は彼女に別れを告げる。

 

 

「いい新聞が書けるといいですね。僕も発行されたら必ず読みますよ」

 

「は、はい! その時は真っ先に紅魔館にお届けしますね‼」

 

「………………ハイ、それでは。またのお越しを」

 

笑顔を繕って彼女との別れを惜しんでいる自分を押し殺す。

感情的にならないように努めたせいか、最後の言葉が少し突き放すようになってしまった。

でもこれでいい。彼女と会えるのもこれで最後になるだろうから。

初恋に続いて失恋も出来た。人生との終了としては中々に悪くないステータスだろう。

そう思って彼女の返事を聞かないまま、塀に寄りかかって爆睡している美鈴さんを起こそうと

した直後、僕の体に凄まじい衝撃と悪寒が迸った。

 

 

「________________ゴッ、ォブッ」

 

「紅夜さん?」

 

「カッ、アッ……………ガハァ‼」

 

「紅夜さん⁉」

 

 

全身を駆け巡る激痛と込み上げてくる嫌悪感が同時に頭部に集中するような感覚に見舞われ、

もはや立つことすら出来なくなって力なく石造りの地面へと重力に従って倒れこむ。

僕の様子の変化に気付いた射命丸さんの叫ぶような声が聞こえるが、それどころじゃない。

声すら出ない。出てくるのは獣のようなうめきと嘔吐され続ける粘着性の高い血液の塊だけ。

ビシャビシャと血だまりを広げていく中で、僕の意識はそのままブラックアウトした。

 

気を失う最後の瞬間、僕は自分の体が持ち上げられる感覚を味わった。

だがそれすらも、本当に起こったことなのか判別がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……………そんな事って‼」

 

「気をしっかり持ちなさい、咲夜。コレは紛うことなき現実なのよ」

 

「あぁ……………そんな、そんな‼」

 

「もうすぐ最後になるわ、紅夜の短い運命が尽きる日が近付いている。

だからお前に教えたのよ咲夜。あの子がお前に固執する理由の、その全てを」

 

「あ、ああ…………………………」

 

「私はこの事に関して自分から関わるつもりは毛頭無いけど、お前がこの事実を知って

どうするのかはお前の自由にするといいわ。紅夜に伝えるのも、このまま隠すのもね」

 

「……………………………」

「それと忠告、すぐに結論を出したほうが良いわよ。

さっきも言ったけれど、紅夜の終わりはもうすぐそこまで来ているの」

 

「‼」

 

「フフフ、随分と怖い顔になったわね咲夜。

少なくとも従者が自分の主人に対して見せる顔では無いわ」

 

「……………お嬢様、あの子は今どこに⁉」

 

「さぁ? 今頃人里であの鴉天狗と遊び呆けているんじゃないかしら?

貴重な一日をどうしてあんなのと過ごそうと思ったのかは分からないけど」

 

「人里でございますか………………お嬢様、私は!」

 

「フフ、急用が出来たって言うんでしょう?

それなら丁度良いわ、紅茶の予備の茶葉を今すぐ買ってきてほしかったところよ。

だから…………………行きなさい咲夜、これは命令よ」

 

「……………承りました、お嬢様‼」

 

「ええ、あともう一つだけ言い忘れたのだけれど。

この買い物、今夜中に終えればいくら遅くなってもかまわないわ。

たっぷり時間をかけて茶葉を探して持ち帰りなさい、良いわね?」

 

「ハイ!」

 

「…………………………………行ったわね」

 

「ええ、それよりもパチェ、見つかったの?」

 

「………一応は。でもまだ魔法陣の術式が組み終わっていない」

 

「出来るだけ早くして。紅夜が戻った時にすぐ始められるように」

「言われなくてもやる。それよりも、いいの? 咲夜に教えちゃって」

 

「いずれはと思っていたんだけど、どうせなら今が一番いいかと思っただけよ」

 

「……………でも、本当にこれで良かったのかしら」

 

「今更何よ? 紅夜を生き返らせる方法(・・・・・・・・)を見つけたのはパチェなのよ?」

 

「分かってる。でも、紅夜がそれを望んでなかったら?」

「…………愚問ね、あの子は絶対に、何が何でも生きようとするはずだわ」

 

「……………どうして?」

 

「そうするために、あえて今咲夜に紅夜といた頃の記憶と運命(・・・・・・・・・・・・)を見せてあげたんだから」

 

「……………自分の求めていたものを、エサとして釣るため?」

 

「聞こえが悪いわね、生きる希望を作ってあげただけよ」

 

「……………見解の相違ね。じゃあ、私は魔法陣の構築に戻るわ」

 

「ええ、せいぜい頑張って頂戴」

 

「分かってる。私の作る魔法陣の出来次第で運命が大きく変わるんでしょう?」

 

「そうよ。パチェの魔法陣、『魔人転生』の儀式陣の完成度によって紅夜のこれからの

運命が大きく変わることになる。ここが山場よ、絶対に乗り切るわ」

 

「分かった。後は咲夜が紅夜を連れて帰るのを待つだけね」

 

「…………遅くなってもかまわないわ。でも咲夜、必ず連れ戻しなさい」

 

 

 

 

 

「お前の血の繋がらない肉親を、『魔人』として蘇らせるために」

 

 






投稿が遅れたのは気分って奴の仕業なんだ。
という言い訳を決めながら書き上げた今回、いかがでしたか?

本当なら阿求邸での紅夜君尋問タイムはもっとしっかりと
取る予定だったんですが、最後の部分を入れるために割愛しました。
最後の会話での意味深な言葉の数々、そして紅夜の運命は‼


次回、東方紅緑譚


第参十八話「紅き夜、永遠に潜む竹林の薬師」

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