東方紅緑譚   作:萃夢想天

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先週は更新できなくてすみませんでした。
色々と予定が詰まってきてしまいまして、ハイ。

実は一昨日は私の誕生日だったんですよ。
でも極少人数で祝っただけなんですけどね。

そんなことよりも今回は文と紅夜のデート回になります。
まあそれでも新キャラを登場させるにはさせますが。


それでは、どうぞ!


第参十六話「紅き夜、願い果たして」

 

今の時間帯、太陽は朝日としてこの幻想郷の大地に降り注いでいる。

朝というには遅く、昼というには早いこの時間帯ではそれらはとても心地良く感じる。

そう、まるで僕を内側から洗浄してくれるかのような_____________

 

 

(___________なんて感じてる場合じゃないだろ‼)

 

 

と、自分で自分の心情にツッコミをいれてみる。

入れてみたところで現状がどうにもならないことは分かってはいたけど。

 

紅魔館の門前に居た美鈴さんと別れ、射命丸さんと連れ立ってもう十数分が経つ。

最初は良かった。お互いの距離感が不明だから会話が無くてもさほど問題無い。

でも既に出立した紅魔館が見えなくなるほど離れているにも関わらず二人に会話が無い。

そう、沈黙。今の僕と射命丸さんの間には沈黙しかなかった。

 

 

(マズイ、いやかなりマズイぞこれは……………)

 

 

人間と妖怪、使用人と記者、考えれば溝と思える要素はあるにはある。

だとしても二人きりのこの状況で、しかも相手からの振りも全くないとすると。

考えられる答えは自ずと見えてくる。

 

 

(脈無し、と捉えていいんだろうな………………泣きたくなってきた)

 

 

今日はお嬢様のお世話という僕のすべき仕事を放棄してまで得た最後のチャンスなのに

それを無駄にしてしまったと言うのか………………もはや情けないとしか言えないな。

 

自分の不甲斐無さを呪いながら横目で隣にいる女性の様子をうかがう。

彼女________射命丸さんは真っ直ぐ前を見つめている。

やや足取りはぎこちなく、顔は正面を向いていながらも少々僕とは反対方向を向いている。

僕の隣からは離れないものの、決して一定距離からは近付こうとはしない。

つまり、何をどう考えても、これはもうどうしようもなく。

 

 

(脈は、無い)

 

 

自由の無い世界で生きてきて、僕を生かしてくれた姉を失った。

訳も分からず連れてこられた世界で、失った姉を再び見つけられた。

姉の居場所には僕が憎んだ吸血鬼が暮らしていて、姉を配下にしていた。

吸血鬼の館で出会った少女に何かを感じ、彼女に生涯の忠誠を誓った。

それら全ては、ほんの二週間ばかりの出来事だった。

怒った。泣いた。笑った。

それら全ての感情は、今まで演技でしかしてこなかったものだった。

なのにこの幻想郷に来てからたった二週間で、僕の人生は大きく覆った。

そして初めて、生まれて初めて姉以外の女性に何かを感じた。

今までは任務としてたくさんの女性と出会ったし、何人も殺してきた。

でもそれらを思い返しても、僕の中には何の感情も湧き上がってこない。

だが彼女は、射命丸さんだけは違う。

彼女の事を考えているだけで、何というか、こう、胸が熱くなってくる。

いや、実際に熱くなってたんだろう。顔が赤くなったこともある。

それらを思い返して、ふと目頭が熱くなってきた。

 

 

「あ、紅夜さん! そろそろ人里が見えますよ!」

 

 

眼をギュッとつぶって涙をこらえていると、射命丸さんがそう告げた。

潤んだ瞳を見開いて先を見つめると、見覚えのある策に囲まれた里が見えた。

この中に入っていったのがたった二週間前なのに、遠い昔のように思える。

 

「そうですね、では行きましょうか」

 

「ハイ!」

 

 

射命丸さんにバレないように涙を拭き取り、彼女をエスコートする。

屈託の無い笑顔を向けられてまた顔が熱くなったが、今回はすぐに収まった。

だって、彼女は僕に対して取材のネタ以上の感情を持っていないのだから。

変に意識しているコッチがバカみたく思えて、滑稽に思えて嫌になる。

そんな人としての黒い部分を押し隠して、僕と射命丸さんは人里ヘと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里、そこは読んで字の如く『人の住み、集う里』だ。

僕が二週間前に来た時はほんの一部しか見た事は無かったが、改めて見ると広い。

多くの木造建築が建ち並び、それらに比類するかのように人の姿も多く見られる。

僕はあまり日本の事に詳しくは無いが、おそらく現代日本の水準からみれば相当に古いだろう。

引き戸に障子、張りガラスに瓦屋根。しかも基本構造が接いだ木材ときた。

それに合わせているかのように人々の姿も現代日本に比べると古風なものに見える。

Tシャツやジーンズを履いている人間を全く見ない代わりに、着物や類する物が多い。

そんな純和風とでも言える風景が、今まさに僕の目の前で活気づいているのだ。

 

正直に言うと、今の僕はかなりワクワクしている。

 

行き交う人々の声、視界に必ずと言っていいほど映る出店。

僕がこの人里を訪れた時は夕暮れ前だったからか、今のような活気は無かった。

しかし今の時間帯であれば、これほど多くの人でごった返しているものなんだと分かった。

あまりに新鮮な光景に立ち止まっていると、射命丸さんが不思議そうに問いかけてきた。

 

 

「あの、紅夜さん? どうかなさいました?」

 

「あ、ええ。いやその、僕は人里に来たのは二回目でして………………」

 

「あー、なるほど。外の世界との雰囲気の違いに慣れない、と?」

 

「いえ、そうではなく…………何と言うべきか迷いますね」

 

 

答えに迷っている僕の言葉に射命丸さんは小首を傾げる。

その仕草がまたどうしようもなく彼女の魅力を助長させて手に負えなくなっている。

もしもこれ以上にまだ彼女への好感度が上がるとするならば、もう直視出来なくなる。

慌てて彼女から目を離して改めて周囲を見回す。

すると、どうも妙な違和感を感じた。

 

 

「……………………見られてる?」

 

「紅夜さん? 今度は何か?」

 

「いえ、その……………先程から里の皆様に見られているような気がして」

 

 

苦笑しながら射命丸さんに返事をしたが、これは決して『気のせい』なんかじゃない。

明らかに里の人間は僕の方を時々(うかが)うようにして覗き込んでいる。

離れた場所では何やらヒソヒソと話し声まで聞こえるが、視線はこちらを捉えたまま。

どうやら僕についての陰口か何からしいが、生憎僕は里に危害なんて加えた覚えは無い。

ならば何が原因なのか気になった僕は、持ち前の改造された肉体能力を駆使して聞き耳を立てた。

 

『___________ホラ、あの子よあの子!』

 

『___________ああ、アレが新聞に載ってた例の?』

 

『___________そうそう! 吸血鬼のところの使用人よ!』

 

『___________嫌だわ、そんな危ないのが何でここに?』

 

「………………そういう事か」

 

 

数十m先にいる主婦方の立ち話を聞かせてもらって理由がやっと分かった。

僕が紅魔館の執事になったことがどうやら里の人々に知れ渡っているらしい。

『新聞』という言葉が出た辺り、おそらく射命丸さんの書いた新聞で間違いないだろう。

確かに人間からしてみれば吸血鬼なんて恐怖の対象でしかない。

圧倒的なまでの身体能力に人知を超える魔法の力、さらに人の血液を搾り尽くす悪魔。

それほどの存在に見初められて配下になっている人間を見れば普通の反応なのだろう。

だから僕は里の人たちの視線や口から漏れる誹謗を甘んじて受け入れる事にした。

結論付けた僕は射命丸さんに声をかけ、そのまま里の中心部へと足を進めた。

 

しばらく進んでもやはりと言うか、人々の視線が止むことは無かった。

むしろ人通りの多くなっている里の中心部に来て悪化しているようにも思える。

そうすると流石の射命丸さんも気付いて僕に小さく耳打ちしてきた。

 

 

「紅夜さん、やはり先程言っていた視線の件ですがあながち間違いでは…………」

 

「ええ、分かっていますよ。原因も含めてですけれど、仕方ないので無視します」

 

「え? 原因もって、紅夜さん⁉」

 

 

驚いて小声ではなくなっている射命丸さんを見て僕は再度苦笑する。

だって仕方が無いじゃないか。原因は彼女の書いた僕の記事なんだから。

記事を書いて多くの人々に知らせるのが彼女の仕事である以上、邪魔立ては出来ない。

困惑している射命丸さんを後ろにしながら前に進もうとした瞬間、

前方から歩いてくる人物を見て僕はすぐさま立ち止まった。

急に歩みが止まった僕を背後からいぶかしむように見つめる射命丸さんを余所に、

僕はこちらの存在に気付いて顔色を変えたその人物に開口一番で告げた。

 

「先日は申し訳ありませんでした_____________上白沢 慧音さん」

 

 

僕の視線は真っ直ぐに、その先に居る長髪の女性へと向かっている。

そう、僕がこの幻想郷に来て一番最初に暖かく接してくれた人里の女性だ。

里の男性陣からも随分と慕われているらしいが、今の彼女の周囲に男性はいない。

当の彼女は僕の存在に気付いた時から眉を吊り上げてこちらに向かって来ていた。

互いの距離がほとんど無くなった今、僕は再度眼前の彼女に謝罪する。

 

 

「改めて、非礼を詫びます。上白沢さん」

 

「………………本当の名は、十六夜 紅夜、と言うそうじゃないか」

 

「本当の名、と言うのは語弊がありますが間違ってもいません」

 

「そうか……………姉のためにあの館に行って、それでどうしてお前まで」

「僕が望んだからです。吸血鬼に喰われるくらいならいっそ、と」

 

視線を決して下げずに、彼女の眼を真っ直ぐに見つめて謝罪した。

僕の言葉を聞いてもなお、彼女の吊り上がった眉と眼は元に戻らない。

それもそうだろう。何せ助けた少年がその日の内に行方をくらませた挙句に

吸血鬼の下僕となって幻想郷に【異変】という混乱を招いたのだから。

そんな風に考えていると、眼前の彼女は疲れたようにため息をついてから笑った。

 

 

「全く君は喰えない…………いや、読めない人間だよ、本当に」

 

「ほめ言葉としてお受け取りします、上白沢さん」

 

「……………会った時は『慧音さん』と呼んでいたのに、他人行儀になったものだ」

 

「あの時は貴女を利用するために近付いた。ですが今は僕もこの幻想郷で生きる

住人の一人として、改めてちゃんとしたお付き合いをせねばならないと思った次第です」

 

「私を利用、か。大して役になど立たなかったろう?」

 

「ご謙遜を。貴女のおかげで姉の事も、そして紅魔館の事も知ることが出来ました。

貴女がいなければ姉と再会することも、今の主人に仕える事も出来なかったはずです」

 

「…………………そうか」

 

 

上白沢さんが僕の瞳をまるで何かを調べるようにして覗き込む。

しかしそれも数秒程度で終わり、以前にも見た知的で優しい笑顔が浮かび上がった。

 

 

「分かった、歓迎しよう。ようこそ人の暮らす里へ!」

 

「ありがとうございます。そして、感謝致します」

 

「よせ、そういう態度はどうも慣れないんだ私は。

そんな事よりも「慧音さん、次は私が話してもよろしいでしょうか?」………おっと」

 

 

上白沢さんが僕に次いで何かを話そうとした時、彼女の後ろにいた人物が口を開いた。

随分と小柄な体躯のようで、先程までいることすら気が付かないほどだった。

 

若草色の長着に袖口に花の模様があしらわれた黄色の着物、そして朱色のスカート。

髪は紫がかった(つや)やかな黒色のおかっぱ頭で、花の髪飾りがよく映えている。

また着物の胴部はあちこちに可愛らしい花柄が敷き詰められていて、少女の可憐さを物語る。

今まで道行く人々を見てもこれほどの着物を着た人は見なかった。

つまりはこの人里でもかなりの家柄を持った人物なのだろうと分析してみる。

すると背後からの声に済まなそうにして上白沢さんが軽く頭を下げて横にずれた。

 

 

「済まないな稗田(ひえだの)、知り合いに合ったものだからつい」

 

「…………………彼は確か、紅魔館に新たにやって来た十六夜 紅夜さんですね」

 

「ええ。彼は一度この人里に来ていまして、そこで少々」

 

「………なるほど。では私も少しお話をしてみてもいいでしょうか?」

 

「勿論だとも。ああ済まない、紹介しよう。彼女は『稗田 阿求(あきゅう)』と言ってね。

この人里で古くから続く由緒正しい稗田家の九代目当主の人間だ」

 

「ご紹介に預かった、稗田 阿求と申します」

 

「これはご丁寧に。僕はご存知かと思いますが、十六夜 紅夜です」

 

互いに軽い会釈をして自らの口から名前を相手に告げる。

やはりと言うか、分析通りにこの辺りの名家の人物だったのか。

佇まいも淑やかで物腰も柔らかい、何と言うか気品溢れる美しさとでも言うべきか。

お嬢様やレミリア様のものとはまた違う、別な何かを彼女からは感じられた。

洋風と和風の違いなのか悩んでいると、稗田さんから声をかけられた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁。もしよろしければ、私が里を案内しましょうか?」

 

「え、よろしいんですか?」

 

「そちらに問題が無ければ、私は一向に構いませんよ」

 

「それはありがたい。僕はここの地理には詳しくなかったので。

あ……………射命丸さんはどうですか。もしよろしければご一緒に」

 

「も、勿論です! 私もご一緒させていただきます‼」

 

「それは良かった!」

 

稗田さんからのまさかのお誘いに喜びながらも射命丸さんに声をかける。

正直、今日は彼女とここを散策しようと思っていたが、脈が無いようだからどうするか

迷っていたけれどこうなると都合がいい。

名家の人物と里の人望厚い上白沢さんが二人そろって僕と並び歩くとなれば、

周囲からこちらを覗き見ている人達の印象も多少は良くなるだろう。

それにお嬢様や紅魔館の事も考えると、人との間にある溝も無暗(むやみ)に広げられない。

考えをまとめながら歩を進めようとすると、上白沢さんが慌て始めた。

 

 

「だ、だが稗田、今日の編纂(へんさん)はどうするんだ?

これから『彼女』に会って書き溜めている歴書を回収しに行くんだろう?」

 

「…………ですが、たまには良い息抜きではありませんか」

 

「だからって、あなたが人里の案内など!

それくらいの事は私がしておきます。あなたはあなたの仕事を!」

 

「……………貴女もお屋敷のみんなと同じことを言うのですね。

それが正しい事も分かってはいるのですが、やはりどうも気に入りません。

私だってお出かけすることくらいあるんですし、これもそれの延長線上だと思えば」

 

「稗田家の者に見つかってしまえばそれまでなんですよ?

いくら私でも、歴史の深いあなたの家のしきたりに介入できるほどの力は無い!」

 

「おじい様や家の者はどうとでもなると思いますよ。

最近この辺りに恐ろしい大妖怪がうろついているという話を聞きましたし、

何より彼のお話を『書き残す』こともまた、私の仕事なのですから」

 

 

自分よりも体の大きい上白沢さんに対して怖気づくことなく稗田さんは話す。

何やら子供の真摯な言葉にたじろぐ大人の様な構図になってしまっているが、

あの上白沢さんが慌てふためくほどに、稗田さんの家の力は凄いのだろうか。

それにしても、僕の事を『書き残す』と言うのはどういう事なのか気になる。

そう思った僕は彼女たちの言い争いに割って入って話を遮った。

 

 

「でしたら稗田さん、僕らも貴女の用事に付き合ってもよろしいでしょうか?」

 

「え?」

 

「こ、紅夜さん?」

 

「いえ、僕のせいで貴女にご迷惑がかかるのでしたら、それに見合う何かをせねばと。

それに先程『書き溜めている歴書』とおっしゃっていましたよね?

でしたらそれなりの重量になるでしょうし、荷物運びにでもお使いください」

 

「……………私は貴方を客人としてもてなすつもりだったんですが」

 

「僕は一介の人間であり、吸血鬼の従順たる下僕。人権などありませんよ。

そんな僕に優しくしてくださった貴女のご厚意にお応えしたいのです」

 

「…………分かりました。ではお手伝いを頼みます」

 

「稗田、本当にいいのか?」

 

「ええ。少なくとも彼は私の家の事情を知りえないでしょうし、

私の目を見て一人の人間として優しく接してくれようとしています。

稗田の人間だからではなく、純粋に受けた恩義を返そうとして…………」

 

僕の言葉を聞き終えた稗田さんは僕の望んだ通りの答えを出してくれた。

おそらく彼女も僕の思惑に気付いているでしょう。その上で乗ってくれている。

改めて心の内でしっかりとお礼を述べてから、再び彼女と話す。

 

 

「では参りましょう、稗田さん」

 

「……………私の事は気軽に阿求と呼んでください。

せっかく里の案内をしているのに、お役目から離れられなくなってしまいます」

 

「稗田?」

 

「あらら、ついうっかり口が滑ってしまいした。

彼女が私の事をお屋敷の者に告げ口しない間に先を急ぎましょう」

 

「そうですね。でしたら僕の事も紅夜とお呼びくださって結構です」

 

二人で笑顔を浮かべながら互いの巡らせた策を確認する。

幼い見た目からは想像も出来ないほど、彼女は恐ろしく知恵が回る。

上白沢さんにあんな言い方をしたのは間違いなくこの後の出方を予期しているため。

彼女があれほど取り乱す相手の放った牽制だ、これが効かないわけがない。

 

 

「……………稗田、あなたは分かっていてそういう態度を」

 

「何の事でしょう?」

 

「……………………分かった。私はたった今忙しくなったから失礼させてもらう」

 

「そうですか。それではごきげんよう」

 

「ああ、ごきげんよう」

 

 

すると僕と阿求さんの予想通りに動いた上白沢さんが大股で歩き去っていった。

肩で風を切るようにして歩く辺り、それなりに腹が立っているのだろう。

これほどまでに彼女を巧みに誘導した当の阿求さんは何食わぬ顔で歩き出した。

僕と射命丸さんは彼女に追従するような形で後に続いていく。

だが今度は口数の少なくなっていた射命丸さんが話しかけてきた。

 

 

「あの、紅夜さん。先程のお話なんですが……………」

 

「え? さっきですか?」

 

「ハイ、あの……………慧音さんに何やらお世話になったとかで」

 

「ああ、その事ですか。確かに一飯の恩義はありますよ。

この幻想郷に来て初めて人里に入って良くしてくださったんです」

 

「そうだったんですか…………そういえば、"利用して"とか何とかも」

 

「…………この幻想郷について何も知らなかった僕はまず情報を欲しました。

人里に入って上白沢さんと出会い、有力な情報を得る事が出来たんです。

その時に少し自分の事について嘘をついたことが利用した事に当てはまります」

 

「なるほど………………そういうことでしたか」

 

「興味深いですね。私もそのお話、もっと聞きたいです」

 

 

僕が射命丸さんと話していると前から阿求さんが話に混ざって来た。

正直に言って自分の事を話すのはあまり得意じゃないから困った。

なにせ、僕という人間が生まれたのはついこの間なんだから。

でも家の事情を押し測ってまで僕に良くしてくれている阿求さんの要求を無下に

突っぱねる事は出来そうにも無い。僕は仕方なく話すことにした。

 

 

「阿求さんまで………………そうですね、何から話せばいいのやら」

 

「む……………」

 

「ん、どうかなさいました?」

 

「い、いえ別に。続けてください!」

 

「…………?」

 

 

僕が話題に困っていると、隣の射命丸さんが妙な声を漏らした。

首を動かして見てみると慌てて何でも無いような素振りで話を促してきた。

ただ、ほんのわずかな一瞬、彼女の頬が不満げに膨らんでいるのが見えた。

いったい何が不満だったのだろうか、上白沢さんの話題を変えたから…………では無い。

どこに彼女が不満を抱く要素があったのか分からない。いや、実は間違っているとか?

結局考えても分からなかったために、ひとまず振られた話題の方へと意識を戻した。

 

「んー、すみません。適当な話題が見当たりませんでした」

 

「あら、それは残念です。ですがもっと面白いものが見れたので満足です」

 

「え?」

 

「いえいえ、こちらの話なのでお気になさらず。

しかしあの記事は本当だったんですねぇ、私も驚きを隠せません。

『最速のブン屋、男に激突! 恋の弾幕は回避不可能か⁉』ですって」

 

「ごふっ‼⁉」

 

「え、何ですって?」

 

 

阿求さんの口走った言葉に理解が追いつく前に射命丸さんが盛大にむせ始めた。

どうしたのかと聞こうかと思えば、それよりも速く彼女が阿求さんに迫っていた。

 

「あ、あの! そそ、それはいったいどういう⁉」

 

「それ、とは?」

 

「で、ですからさっきの! 先程の見出しのような口ぶりは‼」

 

「ああ、その事でしたか。いえ、実は先日貴女の新聞とは別の新聞がお屋敷に

届きましてね。その新聞の一面にさっきの見出しが大きく書かれていたんですよ。

確かあの新聞は………………『花菓子(かかし)念報』という新聞でしたね」

 

「アイツか! 人の想いを何だと__________許さないッ‼」

 

 

阿求さんから何か重要なことでも聞いたのか、一瞬で射命丸さんの顔色が変わった。

さっきまで隣にいた時の柔和で明るい笑顔でも、不満げに頬を膨らめた顔でもない。

怒り。まさしくその言葉以外の感情が消えた怒髪天の如き修羅の形相だった。

やはり彼女も妖怪なのか、そう再認識させられるほどの恐怖が感じられた。

だがそんな状態の彼女よりも、もっと恐ろしい人物がこの場にいる。

 

 

「こういう場合、『おお、怖い怖い』と言うべきなんですかね?」

 

 

そう、射命丸さんを激怒させてなお笑っている元凶の阿求さんだ。

自分の発言で他人を憤怒の頂点へと誘ったというのにあの晴れやかで屈託の無い笑顔。

先程の上白沢さんの件といい、まさかとは思ったけどこの人はもしや_________

 

 

(サディスト! 間違いない、ドのつくS(サディスト)だ‼)

 

 

怒りに燃え上がる(比喩では無い)射命丸さんの前で微笑み続ける阿求さん。

少女ともいうべき外見の裏になんて黒いものを隠しているんだろうか。

都合がいいと言ったが撤回するべきかと思えてくるほどに内心で震え上がる。

何より当の本人が楽しんでいるというのが一番タチが悪くて始末に負えない。

すると僕の中で評価がガラリと変わってしまった阿求さんが再び口を開いた。

 

 

「はー、楽しませてもらえました。最近仕事続きで色々と不自由でして。

こうしてイジリやすい方がわざわざ自分から会いに来てくれるのは助かります」

 

「そ、そうですか。(ヤバい、僕この人苦手だ)」

 

「ええ。あ、そうこうしていたら着いちゃいましたね。

紅夜さん、貴方のお話は私の仕事のついでということでもよろしいですか?」

「え、ええ。構いませんが」

 

「それは良かった。では貴方がたも一緒にどうぞ。

このお店は私の友人が経営しているので、ぜひ紹介したいのです」

「ご、ご友人が……………(Sの友人ってつまり、M(マゾヒスト)?)」

 

「……………羽を()いで地獄の釜底に投げ込んでやるあの鳥公がぁ……………」

 

 

僕らの前を歩いていた阿求さんが振り返り、左手で目的地の店を指し示す。

どうも彼女の友人が経営しているらしいんだが、大丈夫なんだろうか。

それにさっきから隣でブツブツと物騒なことを呟いている射命丸さんもヤバそうだ。

平穏な一日になるはずだったのにどうしてこうなったのかと嘆きつつ、店を見やる。

するとそこはどうにも、僕が見たことがあるような店だった。

 

 

「あれ………………このお店、どこかで」

 

「おや、紅夜さんはご存知でしたか? なら話は早いですね、どうぞ」

「あ、いや、知っているというほどでは。でもどこかで………………………あ」

 

 

自分の中にある幻想郷に来てからの記憶を掘り起こして数秒、ふと思い出す。

そう、確かに僕はあの日このお店に来ていた。いや、無断で入り込んだが正しいか。

阿求(ドエス)さんのご友人の経営するお店という点でも入りにくかったのに、

より一層入りにくくなってしまった僕は冷や汗を垂れ流す。

僕の変化に気付いたのか、不思議そうな顔で阿求さんが見つめてきた。

 

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「いえ、あの、えっと………………そうですね。行きましょうか」

 

 

腹を括ろう。仕方ない、こうなったら後には引けない。

僕は自分自身をそうして言い包め、動きたがらない足を無理やり動かす。

眼前でしっかりと地面に柱を打ち立てて構えている、古めかしい本屋へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃ_____________あ、阿求じゃない!」

 

「久しぶりね『小鈴(こすず)』、昨日遣いをよこした件だけど」

 

「ああ、アレね。分かってるわ、奥の方にちゃんとしまってあるから」

「そう、ならすぐにここへ持ってきてくれるかしら?」

「はーい………………でも、その前に一つ質問していい?」

 

「何かしら?」

 

「うん、えっと、その人__________何で土下座してるの?」

 

 

店に入ってまず一歩目、左足をのばして店内の木製の床の強度を確かめる。

続いて二歩目、右足を左足に追従させて直立不動の構えをとる。

そして歩行のリズムを崩さぬままに素早く膝を曲げて目線を下へと下ろす。

そこから両手をそろえて前に突き出し、温もりも無くただ堅い木の板に添える。

後は床に添えた手の少し手前に自らの頭部を差し出して準備はオーケー。

残る工程はただ一つ、この店の経営者であろう人物に聞こえる声での謝罪文。

小さく息を吐いて体の中の酸素を絞り出し、次いで軽く息を吸い込んで溜める。

ここまでは完璧な出来だ。さあ、最後まで完璧をやり通して貫こう。

僕の中で渦巻いている、誠意の気持ちを声にして。

 

 

「この度は貴店の所有物を勝手に持ち出し、誠に申し訳ありませんでした‼」

 

 

臆面も無く通路にまで聞こえるであろう声量で、僕は人生最大の謝罪をした。

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?
いや、その、自分では上手く書けなかったように思えます。
本当ならこのまま小鈴ちゃんの紹介まで行きたかったんですが。

それと来週もまた、この作品の更新が出来ません。
理由は単純にして明快、忙しくなったいるからです。
ですがその分しっかりとした作品を構成していけたらいいなと!
切に思っています(イヤ本当にどうやったらちゃんと書けるんでしょう)


それでは次回、東方紅緑譚


第参十六話「紅き夜、祈り支えて」

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