東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも近頃、私のPCがまた反抗期に入ったようで
先日も他の作品を投稿しようとしたら全部消えましてね。

来年に向けて忙しくなってくるというのに全く…………。
ですがこれからも精進して頑張ろうと思います。

そしてこの作品は基本金曜に書いて土曜に投稿するので
今年の投稿はこれにて終了となります。
来年からもこの作品をよろしくお願いいたします。


それでは、どうぞ!


第参十参話「緑の道、ムカシアソビノ影」

太陽が燦然と輝く昼を過ぎようとした頃、妖怪の山の玄武の沢という池にある河童の工房、

通称「にとハウス」には、現在四人と数に数えるのが難しい存在が一つあった。

一人は命蓮寺から霖之助を引き連れて縁をここまで持ってきた、賢将ことナズーリン。

そしてここ妖怪の山である人物を探していた、白狼天狗の椛と鴉天狗の文。

元々この玄武の沢で暮らしていた幻想郷で科学を生き甲斐とする、河童のにとり。

最後に、ナズーリンによってこの工房まで運ばれた八雲 縁。

 

ナズーリンが文と椛を連れて再び工房の中に戻ってくると、縁は作業台に乗せられていた。

縁を作業台に乗せた人物は言うまでもないが、その人物は満面の笑みを顔に浮かべながら

両手にナズーリンには用途の分からない工具をギッシリを持って何やら作業している。

随分とご機嫌なようで、鼻歌交じりに凄まじい速度で縁の全身に工具を当てている彼女の

後ろ姿を見ると欲しかったものをもらった子供の姿を三人に連想させた。

だが椛は縁の姿を確認すると即座に敵意を剥き出しにして飛びかかろうとする。

それを横で見ていた文は困ったような顔をしながらやんわりとそれを防いだ。

 

 

「落ち着きなさいよ犬っころ。"待て"もろくに出来ないの?」

 

「文さん、今はそんな冗談を聞いてやれる心境じゃないんです」

 

「だからこそよ椛。そんな冗談を流せる冷静さが、今のアンタには欠けているの」

 

 

文の遠回しではあるが自分を気遣うような発言に面食らって椛は大人しくなる。

椛の腰辺りから生えている白狼の尻尾がわずかに下がったのを人知れず確認した文は

内心で胸を撫で下ろし、やれやれと呟いてから椛に向き直った。

 

 

「…………………」

 

「分かればよろしい」

 

 

頭では理解出来ていても心では我慢ならない。

そんな表情をしている椛に皮肉の言葉をかけた文はナズーリンの方を向いて

申し訳なさそうにしながら軽い謝罪をした。

 

 

「あやや、隣で躾のなってない犬が吠えてすみません」

 

「私は別に何も。だが君のその態度が私にはどうも奇妙に思える。

君達は同僚なのか? それとも友人なのか? はたまた互いを嫌う知人かな?」

 

 

文の言葉を聞いて下がっていた尻尾を再びいきり立たせた椛の横でナズーリンが問う。

彼女の言葉に二人して顔を見合わせ、椛はハッキリと、文ははぐらかしながら答える。

 

 

「面倒な知人です」

 

「可愛い親友ですよ~?」

 

「………………当たらずとも遠からず、ってところかな」

 

二人して噛み合わない回答をしたことにナズーリンもまた苦笑で返す。

そんな漫才じみたことをしている三人の目の前で、にとりがようやく作業を止めた。

コトリ、と音を立てて工具が置かれるのを待っていたかのように文が話しかける。

 

 

「にとりさん、終わりましたか?」

 

「あれ? 何で天狗がここにいるのさ…………あ、あなたが入れたんだね」

 

「もしかして招いてはいけなかったのかな?」

 

「ああ、いや、そうじゃないけどね。それでそっちの要件は何?

また集会に連れてかれて『怪しげで汚らわしい科学を捨てろ』って上役達に

どやされなきゃいけないの? いい加減嫌になってきたんだけど」

 

「そうじゃなくてですね。今回はあなたの直したソレの事で少し」

 

 

話しながらにとりの後ろで作業台の上に横たわっている縁に視線を向けながら

文がそのまま用件を伝えた。

 

 

「単刀直入に言いますが、そこにいる八雲 縁でしたっけ?

ソイツを我々山の上の天狗が身柄を拘束させてもらいますよって話をしに

来たわけでして。正確に言えば白狼天狗が拿捕(だほ)し、我々が取り調べですが」

 

「え、コイツを持ってくの⁉」

 

 

文の話を聞き終えたにとりは顔色を変えて縁を抱きかかえるような姿勢をとった。

にとりの態度に不信感を覚えた椛は一歩踏み出して威嚇する。

二人の行動を見ていた文はわずかに眼を鋭く細めて、にとりに改めて問いかける。

 

 

「ええ、そうですよ。何か問題でもあるんですか?」

 

「い、いや…………問題とは言わないけどさ………せめて五日! いや三日待ってよ!」

 

「ほほう、何故です?」

 

「じ、実はさ…………この人、いや機械か。コイツは凄い性能を持ってるんだ‼

全身の氷を溶かしてから頭部に埋め込まれたユニットを解凍して保護機能を

クリアリングしたら自分でリブートしたんだ。自分で機能を一時休眠させるなんて

それだけでも充分に凄いんだけどね、コイツにはまだまだ未知の機能が奥底に

眠らされているに違いないんだ‼ だから…………その解析が終わるまで、ね?」

 

 

にとりの専門知識満載の説明を聞いたナズーリンはわずかに混乱していた。

だが逆に文と椛は先程よりもさらに冷ややかな眼でにとりを睨みつける。

二人の凍てつくような視線ににとりは怯えるが、それでもくってかかる。

 

 

「自分でもわがままなこと言ってるって自覚はあるよ!

でも、コレはもしかしたら世紀の、河童の文化を大きく博進させる可能性を秘めた

技術かもしれないんだ! だから、だから頼むよ…………あと三日だけ‼」

 

「……………………………」

 

 

本当に心の底から言っているようだとナズーリンは感心する。

しかしここまで言っても恐らく彼女らには届かないだろうとも考察した。

現に文も椛もさっきとほぼ同じ角度の鋭い眼でにとりを射貫いている。

だが次に出てきた言葉で、状況がわずかに変わった。

 

 

「文、お前なら分かってくれるよね?

絶好のネタとシャッターチャンスが目の前にあるのに、それを逃すわけ無いよね⁉」

 

 

にとりの苦し紛れな、だが確実に効果のある言葉が文の耳に響いた。

職種は違えど、手に付けた職に誇りを重んじる彼女ならば分かってくれる。

淡い希望と高い勝率が同居したような表情のにとりを椛は睨む。

だが意外にも椛では無く、文がにとりの言葉に反応した。

 

 

「……………確かに気持ちは分かりますよ、気持ちはね。

でも私達はこの妖怪の山で縦社会を構築し、重んじる天狗の一族。

逆らえぬ上からの厳命に加えて同じ山の白狼天狗の中から負傷者が出るような案件の

最中にどれだけ破格の好条件を突き付けられても、新聞なんて一号も書きませんよ」

 

「………………文」

 

「そんながっかりした顔は止めてくださいよ、河童ともあろうものが。

それに気持ちは分かりますからね。多少の温情は掛けたくもなります」

 

「文さん‼」

 

「はいはい、吠えない吠えない。

こうして厄介な見張りもいることですし、してあげられることはほぼ無いです。

でも、そうですね………………我々が容疑者の発見した時刻を誤魔化す事くらいなら」

 

そう言って茶目っ気たっぷりに文がニッコリと笑う。

文の言葉を聞いたにとりは先程とは真逆の表情になって感謝を述べる。

 

 

「ありがとう‼ ほ、本当にいいの⁉」

 

「ええ、何とかなりますよ…………多分」

 

「でも椛が黙ってないんじゃ……………」

 

「ご心配なく、切り札で多少融通を聞かせることは出来ますから」

 

今度は文が先程とは真逆の悪代官の嘲笑のような表情でケタケタ笑う。

真後ろにいるために表情までは見えていない椛は激昂して吠える。

 

 

「ふざけないでください‼ 融通なんて誰が聞きますか‼」

 

 

怒髪天を衝く勢いで怒鳴る椛に向き直り、文は嘲るような笑みを浮かべる。

そのままどう聞いても相手を侮辱しているようにしか聞こえない口調で語る。

 

「あんれぇ? いいんですか~~~そんな事言っちゃってま~~この子は!」

「う、な、何ですか⁉」

 

「あやや、いいんですかねぇ本当に~~?

知ってるんですよ私~~、四日前の哨戒の時に相方の子と一緒になって

こっそり人里で買い込んだあられ菓子をつまみながら優雅に将棋など________」

 

「わああぁぁぁあぁぁぁっ‼⁉」

 

 

文がまさに下衆の如き嘲笑(ほほえ)みを浮かべながら椛の行動を暴露した。

それを聞いた椛は先程とは違った感情の悲鳴を上げながら文に詰め寄る。

 

 

「な、な、なんで知ってるんですか⁉ ちゃんと千里眼で確認してたのに‼」

 

 

動揺をありありと浮かべながら椛が口にしたのは、自分の能力。

 

彼女、犬走 椛は『千里先まで見通す程度の能力』を持っている。

まさしく読んで字の如く千里(今でいう4000km)先まで眼で見ることが出来る。

しかし常時発動しているわけではなく、あくまで本人の意思によって発動される。

椛はこの能力を活用して山の哨戒任務では他の追随を許さない功績を上げていた。

けれど近頃は山に侵入する人間などほぼいなくなった為に、暇を持て余していたのだ。

思わぬところで自分のさぼりを暴露された事に動揺する椛を見てにとりは面食らう。

彼女はその雰囲気と性格もあって、仕事には私情を挟まない生真面目な者だと認識

していたのだが、実のところは違うようだと勝手な認識をまた勝手に改めていた。

椛の動揺を見てさらに上機嫌になったのか、文は素に戻って淡々と告げた。

 

 

「へー、ホントにしてたんですか。意外でしたね~~まさか椛が職務怠慢だなどと」

 

「………………え?」

 

「いや~~言ってみるもんですね~、出任せもまた時として有効活用せり!」

 

「………………………え?」

 

「いやーありがとうございました椛。これでまたあなたを脅す材料が増えましたよ」

 

 

親指を立ててわざとらしい舌を出した笑顔を見て、椛は今のが茶番だったことに

ようやく気付き、今度は動揺から一転して羞恥と怒気を混ぜた表情で文を睨む。

コロコロと変わる椛の表情を文とにとりは面白おかしく見物しているすぐ横で

ジト目になって今までの展開を傍観していたナズーリンがようやく口を開いた。

 

 

「それで、彼はどうなるんだね?」

 

 

それまで黙っていた人物からの真面目な質問を受けて三人はようやく素に戻った。

恥じるように顔を赤くしていた椛が上目遣いで文の方を向いて発言を促す。

彼女からの行動に応えるように文がナズーリンを正面にとらえて言葉を綴る。

 

 

「えっと、そうですね……………一先ず今日は保留としますか。

にとりさん、三日は流石に待てませんがあと一日半から二日までなら何とか。

それまでにやりたいことを済ませてくださいよ。本当なら今すぐ押収のところを

私が切り札を切ってまでこの子を抑えて黙認させているんですからね」

 

「うん、うん! 分かったよ、ありがとうね盟友‼」

 

「…………それだと私、人間になっちゃいませんか?」

 

「そうだっけ? ま、どっちも大切な友人だってことに変わりはないさ‼」

 

「好意的に受け取っておきましょうかね、ではまた後日。椛、行くわよ」

 

「………………いつか絶対頭下げさせてやる」

 

「何か言いましたか椛?」

 

「特に何も」

 

 

ナズーリンとにとりに別れを告げてから文は椛を連れて工房を後にする。

二人を見送ってから縁に抱き着いて「工業革命~♪」と頬擦りしている

にとりに対して、ナズーリンは気になっていた事を聞いてみた。

 

 

「時間が無いところすまないが、少し尋ねてもいいかい?」

「ん? まだ何かあるの?」

 

「実は、ここに一緒に来た香霖堂の店主に鑑定してもらったんだが、

その八雲 縁はどうも戦闘を想定して製造されたらしいんだ。

今しがた機械部分を軽く触ってみて、それについてはどう思うかな?」

 

 

ナズーリンの気がかり、それはこの縁の存在理由だった。

霖之助から聞いたことはほぼ間違いは無いにしても、それでも信じられないのだ。

専門家が直に触れてみてどう思うかが気になったナズーリンは尋ねてみた。

自分が頬擦りしている機械を持ってきた相手からの不思議な質問に対して

にとりは技術者からの観点を交えて至って真面目に答えた。

 

 

「うん、確かにその通りだと思うよ。

まだ全部を調べたわけじゃないから一概にも肯定出来ないけどさ。

それでもこの技術は土木作業やら商売やらとはかけ離れた構造をしてる。

道具の使い方が分かるさっきの人が言ってたんなら、ほぼ間違いないね」

 

「そうか…………………」

 

 

ナズーリンは自分の考えが当たってしまった事を少し恐れた。

それほどの人物__________機械を本気で相手取って勝ち目があるだろうか。

しかも彼はあのスキマ妖怪の所有物ときた。間違いなく怒りを買うはずだ。

幻想郷の管理を担う存在と、それの保護・防衛の為に作られたという彼。

もしもこれらが自分達の脅威となってしまったら、その時は________________

 

 

(_____________私の責任だが、この身一つでどうにかなる訳が無い)

 

 

あのスキマ妖怪の怒りと力が命蓮寺に向けられるようなことにでもなったら、

自分はどう償えばいいのか、とナズーリンは先の可能性に対して胃を痛める。

そんな状態のナズーリンを見ながら、にとりが言葉を続けた。

 

 

「でも、おかしなところもあるんだ」

 

「………ん? 何がおかしいんだ?」

 

「いや、こっちは技術的な面でのおかしなところなんだけどね。

どこをどう探しても、肝心の動力源が見つからないんだよ…………」

 

「動力源?」

 

「そうなんだよ。そこがどうにも納得いかなくてね…………。

一応身体の中身が機械なのかとも考えてソナー使ったんだけど、

反応は間違いなく人間の肉体のものでさ、不思議だよね」

 

腕を組みながらにとりが考え事をするように唸る。

それでも納得のいく考えが浮かばなかったのか、それよりもと一声上げてから

ナズーリンに今後の事を尋ねた。

 

 

「それで、さ。この機械の事なんだけども」

 

「ああ、そうだね。確かにこのままだと私の思うようにはいかなくなる。

しかし部外者の私がこの山の問題にむやみやたらと首を突っ込むのもね」

 

「だよね………………うーん、どうしよ?」

 

「そうだな…………私は修理を依頼しに来たわけだし、彼がこの場で本当に天狗を

攻撃していたのだとしたら下手に庇い立てするわけにもいかない。

しかしもしも彼が裁判のような場に出されたら、この場で発覚した事実を

証言することを約束してくれるとありがたいな」

 

 

ナズーリンからの提案に、にとりの頭上には疑問符が浮かんだ。

その態度を見たナズーリンはふむと一呼吸置いてから語り出す。

 

 

「ここで私が君に教えたことと彼を解析して発覚した事実。

この二つを裁判などの機会があったら君の口から証言してほしいんだ。

何故かと言えば、その方が我々にも君達妖怪の山にも損が無いからさ。

もし本当に彼が天狗を攻撃した犯人であるのであれば仕方ないが、

彼が発見されたのは今朝の命蓮寺参道で、しかも全身氷漬け状態だ」

 

「距離的に言えば、可能とは言いにくいよね」

 

 

にとりの漏らした言葉に、ナズーリンが頷く。

 

「ああ。だが彼が私や君のように『程度の能力』を保有している可能性もある。

どんな能力かまでは不明だが、それが距離の問題を解決出来得るようなもので

あれば、時刻などの証言も無意味となってしまうがね」

 

「…………でも、何でそこまでしてこの人の肩を持つの?」

 

 

ナズーリンの言葉を聞いていたにとりが今度は問いかける。

にとりからの質問を聞いたナズーリンは考える間もなく即座に答えた。

 

 

「彼について何かあれば、きっとスキマ妖怪の怒りを買ってしまうだろう。

それは我々も、そして君らも望んでいることではあるまい?

ならばそれを回避するために出来るだけ状況を好転させる…………で、どうかな」

 

 

なるほど、とにとりが大きく頷いてナズーリンも話を終える。

そんな彼女の頭の片隅には、先に帰らせた船長___________村紗の心配があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって日差しが身体に温もりを与える屋外。

香霖堂の店主に手伝ってもらうから、君は先に帰っていてくれと言われた村紗は

独り手ぶらで行きよりも遥かに早い時間で命蓮寺に帰ってきていた。

先に帰ってもやる事が無いと思った彼女だが、先程ナズーリンと店主に任せてきた

彼を解凍するために湯浴み場(今のお風呂)に張ったお湯の事を思い出した。

さっそくお湯の処理をして暇な時間はブラブラしようと決めた村紗は命蓮寺の扉を

開いて境内まで足を運ぶ。

そこで彼女は、違和感を覚えた。

 

 

(……………………何、この妖気?)

 

 

寺社の内に充満する、異常なほどに濃密な妖気を感じ取った彼女は即座に警戒態勢をとる。

周囲を注意深く見回しながら、どこからともなく巨大な船の(いかり)を取り出して構える。

彼女、村紗 水蜜は厳密に言ってしまえば妖怪ではなく『舟幽霊』である。

一応妖怪としての括りに入ってはいるが、幽霊にも片足を突っ込んでいる種族だ。

元々舟幽霊とは、水難事故を引き起こす地縛霊とされているが幻想郷にその常識は通用しない。

そんな彼女の能力は、『水難事故を引き起こす程度の能力』という。

名前を聞く限りは幽霊らしく恐ろしい、妖怪らしく極悪非道な能力であると思われがちだが

彼女はかつてこの幻想郷で起きた異変の過程で力を弱め、精々水を被って酷い目に遭う程度の

生易しいものとなっているのだった。

(水場が付近に無い………………でもスペルを使えば)

 

 

彼女の能力はあくまでも水難事故を引き起こすだけであって、水が無ければ意味が無い。

だが村紗は普段から手にしている水の湧き出る柄杓(ひしゃく)を使ってすぐに水場を生み出す

ことが可能なため、その点についてはほとんど問題が無かった。

 

「…………………ん、アレ? 響子⁉」

 

 

しかし問題は別にあった。境内の隅で隠されるようにして倒れている幽谷(かそだに)響子(きょうこ)だった。

構えていた錨を降ろして即座に駆け寄って意識の有無を確認するが、反応は返らなかった。

一体何があったのか、どうして倒れているのか。

聞きたいことがいくつも浮かんだが、それを聞くことはついぞ叶わなかった。

妖怪でもあり幽霊でもある村紗が敏感に感じ取った、先程と同じ異常なほど濃密な妖気。

それの中心部__________妖気の根源が自分に向かって近づいてくるのを肌で感じる。

そして村紗の目が、ソレを捉えた。

 

 

 

 

___________________影が歩いてくる

 

 

 

 

 

まず最初に村紗が抱いた印象がそれだった。

ゆらりゆらりと意識無く歩く幽霊のような足取りで、影が近づいてくる。

境内には形が不揃いだが丸石が敷き詰められているのに、足音が一切聞こえてこない。

しかし確かに近づいてくる、村紗は眼と感覚を以ってそれを実感していた。

 

 

「止まれ! お前は何者だ‼」

 

村紗は響子を巻き込まないようにその場を跳躍して離れる。

相手もそれに乗ってきたのか村紗を新月の夜を凝縮したかのような漆黒の身体の頭部に

怪しく不気味に光る二つの瞳が捉え、感情の読めないソレが睨みつける。

恐らく妖怪だろう、と村紗は推測するが正体は分からない。

一度目の注意勧告では止まらない相手を見据えて、もう一度だけ村紗が大声で警告する。

 

 

「次で最後だ、止まれ‼」

 

 

村紗の声を聞いた相手は、まるで時間と止めたかのようにピタリと停止する。

あまりに自然な不自然さに強烈な違和感を感じたが、それどころでは無いと一蹴した。

まずはどうするべきか。何が目的か、何をしたのか、何故響子を狙ったのか。

必死に考えているうちに村紗は相手が停止していることを忘れるところだった。

 

「さっきの質問に答えな。お前は何者で、ここで何をしている⁉」

 

 

先程と同じように牽制と目的の把握を兼ねた大声を張り上げる。

しかし相手の反応は皆無で先程と同様にその場で静止して動かない。

無言の返答に苛立った村紗は手にした柄杓で眼前に水場を作って能力を発動させる。

派手な音を立てて巻き上がった水が意思を持っているかのように相手に向かっていく。

 

「……………………………」

 

 

だが、村紗の目論見は外れ水は重力に従って地面に広がり吸収される。

それでもなお静止し続ける相手を見て、村紗はついさっき感じた違和感を思い出した。

 

 

(あの光ってるのが眼なら……………何故こちらを見ていない?)

 

 

違和感を探るために相手を観察した村紗は、相手の眼が自分を見ていない事に気付く。

自分よりもわずかに下、地面よりも少し上の曖昧で判別の付かない部分に視線が

向けられているようだが、いつからそこを見ていたのかを何故かハッキリ思い出せない。

 

 

(一体何の妖怪なんだろ……………でも、かなり危険なのは確か‼)

 

 

眼前の相手を"敵"と見据えた村紗は相手に悟られないようにスペルカードを取り出す。

ゆっくりと焦らないように慎重さを重視した動きを優先した結果、それは成功した。

そのまま相手に隙が生まれたら、瞬間叩き込んで意識を奪い、ひっ捕らえる。

頭の中で流れを考えた村紗の耳に、微かに、だが確かに聞こえてくる音があった。

 

 

「………………よっ…………つ……………いつ…………つ…………」

 

 

風に流されて本当に小さな声のような音が聞こえてきた。

最初は単なる幻聴だと思っていた村紗は、眼前の相手のいる方から聞こえてきていると

確信し、それが数を数える声だと理解するのには少し時間がかかった。

その間にも、微かな音は続く。

 

 

「…………むっ………………つ……………なな………………つ………」

 

 

四つ、五つ、六つ、七つ。

相手は下を向いて先程からゆっくりと数を数えている。

村紗がその事に気付いた頃には、その数は終わりを迎えようとしていた。

 

 

「………………やっ…………つ…………ここ……………のつ…………」

 

 

いつから数えていたのか、何故数を数えているのか。

村紗の頭には疑問が浮かんだが、妖怪か幽霊か、あるいはその両方か。

あの数が『十』を迎えたら、何かとんでもなく不味い事が起こると勘が告げている。

理性で考えるよりも早く、村紗の身体は相手に向かって動いていた。

 

 

「それを止めろッ‼‼」

 

 

おおよそ少女の外見をした彼女が持つには不自然すぎるほど巨大な錨を手にして、

おおよそ少女の外見をした彼女が出すには不自然すぎるほどの速度で距離を詰め、

おおよそ少女の外見をした彼女がするには不気味すぎるほど羅刹の如き顔をして。

 

 

「湊符【ファントムシップハーバー】‼」

 

 

手にした錨は人間を超えた力で投擲され、それが村紗を中心に円状に分裂し

360度死角無しの驚異的な弾幕となって相手に向けて降り注いだ。

コイツを、コイツが数を『十』まで数えるのを止めなければ。

理屈ではなく感覚で感じ取った危機を回避するために放った一撃。

村紗は弾幕を放った直後に再び跳躍し、響子を抱きかかえて後退しようとした。

 

 

「…………………………(とお)

 

 

しかし、現実がそれを許さなかった。

今度は微かにではなくハッキリと耳に届いた相手の声と思わしき音。

仕留めきれなかったと悔やみながら追撃を回避するために村紗は振り返る。

 

「ど、どこに消えた⁉」

 

 

ところが振り返った先にあったのは、見慣れた命蓮寺の風景だった。

咄嗟に周囲を見回すが、不気味な影も形も無く、まるで化かされた気分になった。

逃げたのか、とそうであればいいような希望的観測を含んだ呟きを漏らす。

張り詰めた空気をどこかへ飛ばそうと下を向いて息を吐こうとしたその時。

ようやく村紗は違和感の正体に気付いた。

 

 

____________自分の影の中に、何かいる‼

 

 

 

「しまっ__________________」

 

 

影ごと自分を持っていかれる。

村紗は急に薄くなった意識の底でそれを確かに感じていた。

あとほんの数秒で自分は考えることも出来なくなる。

このままでは不味い。このままだとせっかく目覚めた『あの人』もコイツに。

 

 

「_______________南無三ッ‼‼」

 

 

もしも幻想郷に願いを聞き届ける神がいたとすれば、間違いなく村紗を見ていただろう。

命蓮寺の境内に、地震が起きたのかと錯覚するほどの振動が発生する。

その振動の影響か否か、どこからか先程村紗が会敵していた相手が姿を現した。

村紗の前に現れた時のように、おぼつかない足取りでゆらりゆらりと動き出す。

ちょうど相手から村紗を庇うような位置に、村紗の待ち望んだ彼女がやって来た。

 

 

「ひ、(ひじり)…………アイツ、ヤバい。影だ、影を盗られる……」

 

 

すがるように現れた女性の服の裾を掴んで必死に警告する村紗。

だがその女性は村紗に対して、まるで聖母の如き慈愛の眼差しと笑みを向けた。

一点の淀みの無い笑顔に安心したのか、それとも先の攻防で体力を消耗したのか。

あるいはその両方が原因なのか、村紗は糸が切れたように眠ってしまった。

村紗を自分と共にここに入って来た薄桃色の雲を纏った女性に任せて前を向く。

彼女の眼前には、先程とは違ってグネグネと激しく波打つ影の塊がいた。

動くソレに対して女性はただ一言、丁寧かつ厳かな口調で告げる。

 

 

 

(うつ)ろう魑魅魍魎(ちみもうりょう)の具現、その一片よ。

其方(そなた)の行いは、我が(まなこ)に徳と映らず(ごう)を観た!

誠に悪辣(あくらつ)不敬癇許(ふけいかんきょ)である‼ いざ、南無三‼‼」

 

 

御仏の来光を宿した法巻を手に、聖 白蓮(びゃくれん)が空に浮かび上がった。

 





そろそろ緑の道も佳境に差し掛かりましたね。
今回は時間も取れたのでじっくりと書くことが出来ましたが………。

なんといくかその、戦闘描写が恐ろしく下手ですね。


何だか自分はこういうのが向いていないんじゃないかと本気で
へこんできました………………文才をサンタに頼めば良かった。



それでは次回、東方紅緑譚


第参十参話「緑の道、巡り結がる」

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