東方紅緑譚   作:萃夢想天

32 / 99
どうも皆様、お久しぶりでございます。
最近ようやく悩みの種が解消できたのですが、
その代償だと言わんばかりに風邪をひきました。

…………………私が何をしたっていうんだよもう(´;ω;`)


それでは、どうぞ!


第参十話「動かない大図書館、埃被った恋心」

 

この紅魔館に彼、十六夜 紅夜がやって来て執事となってから二日目。

彼は少しずつこの世界での暮らしに慣れてきているようだった。

"ようだった"と言うのは、実際に私が目撃している回数が少ないからだ。

でも、彼は何かあるとすぐにこの場所に来て、時間をつぶして戻っていく。

その行動に特に意味は無いと思うが、日に日に頻度が増してきているような気もする。

実際に今も、私の隣で分厚い古書を手に取って静かに読んでいるのだから。

 

 

「………………まだ居る気?」

 

 

私は少し不機嫌そうな声で隣の彼に語り掛ける。

本当に機嫌が悪い訳ではないが、隣に誰かがいるのにどうも違和感を感じてしまうのだ。

その違和感から口調が荒くなってしまったのか、などと自分を客観的に分析してみる。

すると隣の彼は読んでいた本から目線を上げて、私の顔をしっかりと見つめて口を開いた。

 

「すみません、ご迷惑だったでしょうか?」

 

「別に迷惑ではないけど。ただ、あなたももう自分の仕事があるでしょう?」

 

「ええ、まあ。ですがお嬢様はもうすぐお眠りになりますので」

 

 

彼の言うお嬢様、この館の当主たるレミィの妹、フランドール・スカーレットの話題が

出てきた瞬間に、彼の顔が分かりやすく緩やかに形を変えて微笑みの形相になる。

レミィは自分の執事にしたかったらしいけど、実際は妹様の執事になってしまった。

この件に関しては、私も美鈴も本当に驚いた。

妹様は495年もの間、紅魔館の地下深くに作られた地下牢に幽閉されていたためか

その精神に異常が発生し、『狂気』となって彼女の体を徐々に(むしば)んでいった。

彼女の『狂気』は本当に厄介で、彼女の持つ吸血鬼の潜在能力を飛躍的に高めさせた。

結果、妹様はいつの間にかレミィですら抑えられないほどの力を発現させ、暴れ回った。

私達が魔法で地下牢にトラップを仕掛けたりして、今まではどうにか解き放たれずに済んでいた。

しかし一年半くらい前だっただろうか、レミィが幻想郷にやって来て『異変』を起こしたのだ。

幻想郷を守護する役割の博麗の巫女や、普通の魔法使いとの弾幕ごっこに敗北してしまって

空を紅い霧で覆い尽くした『紅霧異変』は、文字通り雲散霧消してしまったのだが。

 

 

「………………そう」

 

「ハイ。あの、パチュリーさ__________ま」

 

「"さん"でもいいけど。呼びやすい呼び方でいいから」

 

「分かりました、パチュリーさん。それで、コレは何て読むんでしょうか」

 

「…………『Ris.zimks.apptel.qwop』………『唯一絶対にして不可侵の物質は己である』ね」

 

「ありがとうございます」

 

 

読めない文字を素直に聞いてきて、目を輝かせている彼を横目で見つめる。

この目を昔に見たことがある。いつだったか、どうにも思い出せない。

それにしても、彼と妹様は本当に意外なほどピッタリな関係となっていた。

出会ってたった三日しか経っていないというのに、まるで昔からの主従のようだった。

 

 

(あの異変の時に彼がいたら、結果は変わっていたかもしれないわね)

 

 

首謀者であるレミィが博麗の巫女に倒され、私達ももう戦える状態で無くなったあの時。

普通の魔法使い___________魔理沙のせいで地下にいた妹様が解き放たれて遊びを始めた。

吸血鬼としても超級の力と能力を持った彼女と、魔理沙との戦いは正直見ていられなかった。

魔法使いとしての魔理沙はまだまだ未熟で、明らかに勝てるとは思えない戦力差があった。

それでも彼女は諦めず、遂にレミィですら抑えられなかった妹様を打ち破ったのだった。

以降レミィは妹様を地下牢から解放した。無論、紅魔館外には決して出さなかったが。

そんな孤独な妹様と、外の世界で孤独だったという彼は、レミィのいうような『運命』に

よって出会う事が約束されていたのだろうか…………………案外納得がいった気がした。

 

 

「では、ここの文は?」

 

「……『Csixs.mlmwa.hitevz.llto』………『己と同等の対価とは、相当量の血である』ね」

 

「そうするとこちらは、『支払うのは代価であり、享受するものは己である』ですか?」

 

「ん、少し違う。ここは『支払うのは等価であり、享受するものは対価である』よ」

 

「……………なるほど、ありがとうございます」

 

再び彼が読めない部分を尋ねてきて、それに応える。

先程からこの工程を何度か繰り返している為に、私が本を読む時間は減っている。

普段の私ならこういった自分の時間を無駄にする行為は許容出来ない筈なのだが、

何故か彼の純粋に知識を得ようとする姿勢を感じるたびに、喜びが沸いてくる。

人里に半人半獣の教師がいると聞いたが、教え子を持つのはこんな感覚なのだろうか。

そんなガラにもないことを考えながら、彼の読んでいる本の背表紙を見つめた。

 

 

「…………ちょっとあなた、ソレ魔導書(グリモワール)じゃない!」

 

「ええ、前に気になったので読もうと思ったらこあさんに止められてしまって。

ですがお願いしたら、人でも読めるように内容を制限した複写版を貸してくれて」

「……………あの子は何をしてるの」

 

「そんなにいけない事だったんですか?」

 

「………魔法や魔導を探求するというのは、生半可な事ではないのよ。

それこそ、『人間を止める』覚悟すら必要になるくらいなんだから」

 

「そ、そうだったんですか」

 

「これ以上は読むのを止めておきなさい。南の本棚になら人間用の魔法書が

いくつかあったはずだから、そっちを読んでおいた方が安全よ」

 

「………そうしておいた方が、良さそうですね」

 

 

隣の彼が顔を少し歪めて、手にしていた本をそっと閉じる。

そのまま立ち上がって私の言った場所へゆっくり歩いていく。

しかし、まさか小悪魔が私に無断で本を………魔導書を制限付きでも貸すなんて。

最初の頃は人質に取られたから怖いってビクビクしてたくせに、いつの間に。

そんな風に考えている自分に、少し戸惑った。

 

(これじゃまるで、私が彼とこあの交友関係を知りたがっているみたいじゃない)

我ながらおかしな事を考えているものだと、自分で自分を嘲笑する。

しかし、どうしても気になってしまうのだ。理由を考えても浮かんでこない。

彼が私に無邪気に質問してくることを、どこか待ち望んでいるような気がする。

次に彼が本を持ってきたとして、もしもまた自分に質問をしてきたとして、

私はそれに応える事で、何か得をするのだろうか。

 

 

「………………集中できない」

 

 

そこまで考えてから、その先を考えるのを放棄した。

魔法という分野では秀でている私でも、二つの事を同時に思案する機能は無い。

頭の奥で考える事を放棄した自分を悔やんでいる、そんな別の自分がいる気がした。

あくまで気がするだけであって、本当にそうであるとは言い切れない。

魔法を研究する者として結果が出せない事を悔やんでいるのだろうか。

それとも、彼の事を考える時間をつぶした事を悔やんでいるのだろうか。

前者であるのならば問題は無い、普段通りの自分だと言い張れるのだから。

しかしもしも、もしも後者であるのならば______________________________

 

 

「パチュリー様? どうかしましたか?」

 

突然、背後に現れた小悪魔の声で意識を戻される。

少し普段より早い速度で首を動かして、声のする方を見つめる。

そこには見慣れた朱いロングヘアーの小悪魔がいた。

キョトンとした顔で見つめてくる彼女に、急に苛立ってきた。

 

 

「…………別に。何でもないわ」

 

「え、ほ、ホントですか?」

 

「何よ」

 

「な、何でもありません!」

 

「そう。なら丁度いいし、紅茶を持ってきて」

 

「分かりました!」

 

 

顔をこわばらせて、小悪魔が小走りで図書館を足早に去っていく。

そんな彼女の背を見つめながら、パチュリーは何故か優越感に浸るのであった。

 

 

「な、何で! 何であんなに怒ってらっしゃったんでしょうか⁉」

 

紅魔館の全面と同じような赤色の絨毯が敷かれた長い廊下を足早に行く小悪魔。

半泣きになりながら、周囲の妖精メイドに不審者を見るような目で見られながら、

命令された紅茶を淹れるために、小悪魔は急いで給仕室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミィに仕える紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜の弟である彼が来てから二週間。

既に紅魔館内のほとんどの者が、彼を同じ住人として認めつつあった。

______________________ただ、一人のみを覗いては。

 

 

「脱いだ服はそこに起きなさい。あなたはそこで立ってて」

 

大図書館の木製の扉を押し開けて中に入って、本をどかしてスペースを作る。

今日はこの紅魔館の当主が再び異変を起こそうと宣言した重要な日であるにも関わらず、

自分は今、数日かけて作った魔法陣そっちのけで別の小型の魔法陣を展開している。

理由は一つ、私が前から勘付いていた『ある事』の後処理をするためだった。

 

「………は……………い……」

 

 

自分の背後から、普段の彼からは想像もつかないほど弱々しい声が聞こえてくる。

いや、実際本当に弱っている。外傷が無いにも関わらず、彼の体は血塗れだった。

今もなお彼の口の端からは、泡を作りながら血液が吹きこぼれている。

フラフラとおぼつかない足取りで、私が指差した場所へ彼は歩いて向かっていく。

そんな彼の姿を見て、何故だか胸の奥辺りがざわつくような、不思議な感覚に包まれた。

 

 

「それにしても、これからって時に…………つくづく不運なのね」

 

「………………そうで、しょうか………ゴッ、オォ!」

 

「本の上に血は吐かないでね」

 

妙な感覚を知覚しながら、治癒を司る呪文の記録された魔導書を幾つか棚から取り出す。

魔導書を開いて、魔法陣の描かれたページを開いたまま魔力を開放して魔法を発動する。

鮮やかな緑色の光が魔法陣の中から飛び出して、彼の体に張り付いて吸収されていった。

外傷がないから分かりにくいが、彼の体の傷をゆっくりではあるが確実に治癒させている。

早くも効果が表れたのか、心なしか彼の表情が先程よりも和らいだような気がした。

 

「ありが………とう……………ござ、います…………」

 

「しゃべらないで休みなさい。これからが本番だから」

 

「はい…………………すみません」

 

「いいのよ」

 

 

わずかな、本当にわずかな言葉のやり取り。

会話と呼べるかどうか怪しいほどの、わずかな時間の共有。

ただそれだけであるはずなのに、私も彼と同じように表情が和らいだ。

彼の体の傷が癒えていくごとに、奇妙な安心感を覚えた。

 

 

「さて、あと五分くらいで治まるわ。それまで安静にしてなさい」

 

「本当に、ありがとう、ございます」

 

「………………こんな医者紛いなこと、次はしないから」

 

「感謝します、パチュリーさん」

 

「もういいから。今は回復に専念しなさい」

 

 

彼の事をいつまでも見つめている訳にもいかないので、本に視線を落とす。

それでも胸の奥に広がる不思議な安心感は、すぐに消えはしなかった。

魔導書を読むのに無駄な雑念は消したいのに、この感情だけは消したくなかった。

それが何を意味するのか、今の自分にはよく分からない。

 

「………………ふぅ」

 

「終わったようね」

 

 

魔導書のページに適当に目を通していたら、五分ほど経って彼が息を吐いた。

その顔は普段通りで、先程までの死にそうな陰りなど、どこにも見当たらない。

彼が元通りになったことに、安心している自分がいる事を客観的に確認する。

そこでふと、私はある事に気付いた。

目の前の彼と、私の間にある物理的な距離が狭まっていることに。

魔理沙のようにズカズカと人の触れなくていいような部分にまで踏み込んでくるような

不躾な態度をとっている訳ではない。むしろその逆で、彼は中々に紳士的な男だった。

自分は他人と必要以上に慣れ合うような性格ではないと思っていた。いや、今もそうだ。

だが、何故か彼に対してわざと距離を離そうという気は起こらなかった。

 

 

「……けほっ、ゲホッ……………」

 

「どうかされましたか、パチュリーさん?」

 

「……ケホッ………ただの、喘息よ」

 

「喘息ですか、確かお薬は…………コレでしたね?」

 

「ゲホッ、あなたまた、ケホッ………使ったわね、能力」

 

「ええ、使いました。背に腹は代えられませんから」

 

目の前の彼の事を考えていたら、定期的に来る喘息の発作を忘れていた。

図書館の自分の机の引き出しの中に入れてある発作止めの服薬を取りに行こうとすると、

彼が能力を使って、瞬時に机の中から手のひらの上に薬を瞬間移動させて持ってきた。

私はその行動を不快に思い、彼を言及する。

 

 

「あなたね………能力を多用したらどうなるか」

 

「理解してますよ。ですが、僕は今までくだらない事の為にこの力を使ってきました。

そして今、十六夜 紅夜となった僕は、自分以外の誰かの為にこの力を使いたいのです。

利己的行為ではなく、無償の奉仕を。自分の為ではなく、自分の忠義を捧げる方の為に」

 

「だったら、妹様に使いなさい。それが執事の務めでしょ」

 

「いえ。パチュリーさんや美鈴さんがいなければ、今の僕はありませんから。

この紅魔館にいる全ての住人は、僕が全てを捧げるべき対象であることに変わりありません」

 

「……………頑固者」

 

「褒め言葉として受け取ります」

 

 

私は彼の口にした想いを受け止め、彼の手から薬を受け取った。

水が無くても飲めるようにされている『迷いの竹林の薬剤師』特製の喘息発作抑止薬を飲む。

少しスッキリした感覚が体に広がり、喉の調子を確かめながら彼との会話を続ける。

 

 

「そう言えばパチュリーさん、この前紅魔館に来ていたあの女性は誰ですか?」

 

「この前……………ああ、もしかして鴉天狗の事かしら」

 

「カラステング? カラスは分かりますが、テングとは?」

 

「妖怪の一種よ。それがどうかしたの?」

 

「え、ええ。その、まぁ」

 

「?」

 

突然鴉天狗のブン屋について聞いてきた彼の様子の変化に微妙な感情を抱く。

どうやら彼が外の世界にいた頃は、そのような名前を聞いたことが無いようだった。

むしろそれが当然なのだろう、忘れ去られたからこそこの地にいるのだから。

だが彼があのブン屋に対して向けているであろう感情は、憐れみとは少し違う。

なんとなくだが、そんな気がした。

 

 

「とにかく、あの人__________天狗について良ければ、詳しく聞きたいなと」

「………………どうして?」

「え?」

 

「どうして聞きたがるのかって聞いてるの」

 

「それは…………」

 

 

私からの問いかけに目をそらして顔を赤らめる彼。

その態度を見て、何故だか私の胸には苛立ちに似た何かを感じた。

 

「それは、その、何と言いますか…………」

 

「何なのよ」

 

「あの女性が空を優雅に飛び回っている姿が、その、非常に美しくて」

 

「………………………………」

 

「黒い羽根や髪の色なのに、まるで輝いているかのような………」

 

「………………………………」

 

「何より、あの笑顔。元気という言葉をそのまま形にしたかのような」

 

彼が思い出すかのように上を見上げながら呟いている姿を見て、無性に苛立つ。

原因が全く分からない自分の急激な感情の変化に、自分自身が一番驚いている。

それでもなお彼の夢見心地のような顔を見て、勝手に私の口が動き始める。

 

 

「そんな事無いわよ。元気というよりも陰気な連中よ、妖怪なんて」

 

「そうでしょうか?」

「そうよ。それにアイツらは新聞を個人で書き上げて売りに出しているけど、

その内容のほとんどが偽の情報だし、何より妖怪の山という場所を管理していて

それだけでいい気になっている文字通りの『お山の大将』みたいな能天気達よ」

「………………ままならないものですね」

 

「仕方の無い事ね。弱い生き物というのは他者との共生があって初めて(おご)れるの。

元から頭の悪い妖精や、それなりに学習能力がある人間の方が、よっぽどマシな生物よ」

 

「そんなものですか」

 

彼の瞳が悲しい現実を目の当たりにしたように微かに揺らめく。

私はその目を見て、同じように、いや彼以上に悲しいような気分になった。

先程から、彼に振り回されているような気もするが気にしない事にした。

しかし、何故自分はこうもムキになって鴉天狗をけなしたのだろうか。

別に、自分は彼女ら天狗についてそこまで詳しく知っている訳ではない。

むしろ、こと妖怪に関していえば、魔理沙らの方がより詳しく知っている。

なのに何故自分は彼女らを馬鹿にしているのか、自分はそんな性格はしていないのに。

 

 

「それよりも、もう無駄なことで能力は乱用しないように」

 

無理矢理にでも話題を変えようとして、行き着いたのは先程の彼の行動について。

彼は自分の現状を本当に理解できているのだろうか、そこを確認しようとする。

 

 

「分かっています。ご心配に感謝しますよ」

 

「心配だなんてしてないわ。私は無駄なことは嫌いなだけよ」

 

「そうですか…………それでも嬉しいですよ。

僕の人生で誰かに気をかけられたのは、指折り数えるほどもありませんでしたから。

本当に心の底から嬉しいです。はぁ…………満ち足りた気分です、生きていて良かった」

 

 

________________良かった、なんて言わないで。まだ終わってないじゃない。

 

 

本当は彼にそう言ってやりたかった。

でも、喉元まで出かかっていたその言葉は、遂に私の口から出ることはなかった。

そしてそのまま、二度とその言葉を掛ける機会は失われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中に差し掛かり、既に月も西に沈もうとしている頃。

魔導書を開いてページをめくっていたいた手を止めて、内容を凝視する。

先程まで彼の事が頭から離れなかったというのに、それらは一気に吹き飛んだ。

いや、本当に吹き飛んだわけではなく、実際はほんの少し薄れただけだった。

目を普段の二倍は見開いて、そのページに記載されている内容を熟読する。

 

 

「…………………この方法なら、もしかしたら」

 

 

魔導書を手にした両手が、微かに震えてしまっている。

怖いのだろうか、それとも、嬉しいのだろうか。

この儀式で彼を失うかもしれないのが、怖いのだろうか。

この儀式で彼が生き永らえる可能性が、嬉しいのだろうか。

あるいは、そのどちらもなのだろうか。

 

 

「……………やるしか、ないわね」

 

 

決意を胸に秘め、魔導書を手にして立ち上がる。

今は彼に対して抱いているこの感情は、無視しておこう。

この思いはきっと、私という存在を困惑させるであろうから。

それでもいつか、この感覚と向き合う日が来るのだろう。

その日その時、彼に胸を張って、この想いを伝えるために。

 

 

「この魔法は初めてね。それでも、必ず成功させてみせる」

 

 

何故なら自分は、紅魔館の大図書館に住まう魔女なのだから。

この幻想郷において、自分に比類する魔法使いは存在しないのだから。

だからこそ、この儀式は必ず成功させる。

 

 

「…………………紅夜」

 

 

パチュリーの背後の窓、その外で、月が西の大地に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短くなってしまいましたが、これで回想編は終了です。
今回で紅夜達のパートで書けなかった部分を補填出来ました。

実を言うと、私はパチュリーというキャラが好きではなかったんです。

なんというかその、私の好みから外れていたのでw

しかしこうして彼女の視点で物語を見つめなおすと、中々に面白いです。
正直、自分でびっくりするほど執筆がはかどりました。
来週からはまた、縁のパートに戻ります。


それでは次回、東方紅緑譚


第参十話「緑の道、古道具屋と正体」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。