東方紅緑譚   作:萃夢想天

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皆様、お久しぶりです。


今日は体育祭だったので、疲れました。
私? 綱引きの最後尾で陣取ってましたよ。
………………まぁ結局、全戦全敗でしたが。


それでは、どうぞ!


第弐十壱話「紅き夜、宴に興ずる」

 

既に日は落ち、夜も更けて間もない頃に僕は目が覚めた。

僕の部屋として充てられたこの部屋の窓にも、半分に裂けた月が顔を覗かせている。

薄い月明かりに照らされて、部屋の中にいる僕とこあさんの顔がハッキリと見えた。

僕が身体を起こしてベッドから降りようとすると、体の節々が悲鳴を上げ始めた。

腹部を押さえながら起き、こあさんの肩を借りて部屋を後にする。

 

「すみません、看病だけでなくこんな事まで………」

 

「良いんです。私はこんな事しか、出来ませんから」

 

 

僕の体に痛みを極力与えないようにゆっくり歩いてくれるこあさん。

夜の暗さでカーペットの赤色も目立たない廊下を、一歩一歩進んでいく。

辺りを見回しながら、昼間ここで起こった事を一つずつ思い返す。

まず最初に霧雨 魔理沙が館に踏み入り、それを自分が返り打ちにした事。

その後能力乱用の発作が表れ、パチュリーさんとこあさんに励まされた事。

そして、異変解決者である博麗の巫女こと博麗 霊夢と図書館で決闘した事。

この幻想郷にやって来てまだ二週間と三日しか経っていないのに、これほどまでに

濃密で色鮮やかで、喧噪の絶えない楽しい日常を過ごしていることに驚いた。

今までの自分の過ごした『人生』とも言えない時間の流れの中にいた僕にとっては、

毎日が新鮮で、毎日が刺激的で、毎日が_____________とても愛おしい。

 

 

(本当に、この世界に来て良かった。僕はここで初めて、僕として生まれたんだ)

 

 

かつてあれほど憎んでいた吸血鬼の存在も、今では何の憎悪も嫌悪も沸きはしない。

むしろ、心から彼女らに隷属し、自分の全てを捧げたいとすら思えるほどだ。

僕はこの不思議な世界に来て本当に変わってしまったが、それを不快には思わない。

 

 

「紅夜さん、紅夜さん! もう着きましたよ‼」

 

「え? あ、ハイ。ありがとうございます」

 

「どうかしたんですか?」

 

 

僕が自分の内面の変化を冷静に感受していると、こあさんが僕に話しかけてきた。

どうやら既に、宴会の開かれている大広間の前まで着いてしまっていたようだ。

僕の様子に違和感を抱いたのか、こあさんが僕の顔色をうかがってきた。

 

 

「いえ、少し………ここに来てから今日までの事を思い返していたんです」

 

「えっ⁉」

 

「どうかしましたか?」

 

「いえっ‼ 別にっ⁉」

 

僕が素直に聞かれた事に応えたら、こあさんは顔を髪よりも朱く染めた。

こあさんは僕の追求にも特に明言せず、ただ顔を背けてあわあわしていた。

内心で可愛いと思いながらも彼女の肩から手を放し、大広間の扉に手を当てた。

そのまま中に入ると、思ってたよりも大勢の視線を受けて少したじろいだ。

それでもレミリア様の要望に応えるために前に進むと、見慣れた異形の翼が見えた。

僕の目がそれを捉えた途端、僕の足は痛みなどお構いなしに歩みを速めた。

宴会に集まっていた方々は僕を知っているのか、顔を見ると少し距離を取り始めたが

今の僕にとっては障害物にしかなり得ないものが勝手に道から外れるのはありがたい。

 

 

「お嬢様! フランお嬢様‼」

 

 

僕は公衆の面前であるにも関わらず、ホールに行き渡る声で主人を呼んだ。

すると向こうも僕に気付いたのか、振り返ってキョロキョロと辺りを見回して僕を探す。

やっと僕を見つけたのか彼女の表情が一気に明るくなり、僕めがけて走りだした。

 

 

「紅夜ぁ! 気が付いたのね‼」

 

「お嬢様! …………この度は、申し訳ありませんでした」

 

 

そして僕とお嬢様との距離がゼロになり、数時間ぶりの邂逅を果たした。

お嬢様の抱擁と同時に、血と湿り気を含んだ独特の匂いが僕の鼻孔をくすぐる。

彼女の幼児のような柔肌から伝わる確かな体温を感じ、僕は目の奥が熱くなった。

だがそれよりもまず僕の口から出た言葉は、『約束』を破ってしまった事への謝罪だった。

僕の言葉を聞いたお嬢様は、既にその鋭くも儚げな双眸から涙を流しつつおっしゃった。

 

 

「何の事? なんで紅夜が謝るの?」

 

「なんでって…………だって、それは」

 

「いいの。私は紅夜が何ともないならそれで、充分だから……」

 

 

目元を潤ませながらも笑顔を向けるフランお嬢様を、僕は何も言わずに抱きしめた。

いや、何も言えなかった。口を開けば、情けない嗚咽がこぼれてしまうと分かっていたから。

顔を伏せてお嬢様の小さな身体を抱きしめる腕にだけ、ただただ力を込めて立ち尽くす。

今流れているこの時間が、今の僕にとっては何よりも大切に思えた。

 

 

「__________んッんん!」

 

「あ、お姉様」

 

「あ、レミリア様。十六夜 紅夜、ただいま馳せ参じました」

 

「二人して何してるのよ! 周り見なさいよ、完全に固まってるじゃない‼」

 

 

気が付くと、フランお嬢様の後ろにレミリア様がいらっしゃっていた。

何やら凄い剣幕で僕らを叱りつけているようだ。

僕とお嬢様が言われたように周囲を見渡すと、かなりの人達が僕達を見つめていた。

それを見て僕は状況を把握し、フランお嬢様の面目を考えて抱擁を解こうとした。

 

 

「紅夜ぁ………まだぁ、抱っこぉ……」

 

「_______________かしこまりました」

 

抱擁を解いた僕にお嬢様は抗いようのないほど可愛らしい声でおねだりなされた。

当然のようにお嬢様の右脇に左腕を通し、腰を落として右腕で両足を束ねながら持ち上げる。

いわゆる、お姫様抱っこの状態で立ち上がり、レミリア様の方へと向き直る。

 

 

「何がかしこまりましたよ、今すぐフランを下ろしなさい!」

 

「嫌で________それは出来ません、レミリア様」

 

「アンタ今、『嫌です』って言いかけなかったかしら?」

 

「気のせいではないでしょうか?」

 

 

フランお嬢様のお気に入りの体勢での抱っこにケチを付け始めるレミリア様。

一体何がご不満なのだろうか、全く以て理解できませんね……。

レミリア様は続けて何かを言おうとしていたが、お嬢様の幸せそうな表情を見てうなだれた。

 

「もういいわ………紅魔館のメンツなんて、それこそ今さらよね」

 

「そうよレミィ、何事も諦めが肝心なのよ」

 

「………パチェ、随分紅夜の肩を持つようなことを言うわね。何かあったの?」

 

「……別に、何も無いわよ。私はいつも通り」

 

「そう? ならいいのだけど」

 

 

しばらくすぐ後ろで読書をしていたパチュリーさんと何かを話した後、帰っていった。

僕はお嬢様を抱っこしながらホール内で少し開けた場所へと向かった。

そこにはあまり人の影は無く、落ち着いて過ごせると考えたからだったが間違いだった。

集団から抜けた途端、見覚えのある顔ぶれが僕らの周りにやって来た。

 

「………貴女方は、どうしてこちらに?」

 

 

僕らの前に現れたのは、どれも特徴的な服装の少女達だった。

片手に一升枡(いっしょうます)を持ちながらもう片方の手で枝豆を鷲掴みにした霧雨 魔理沙。

右手に焼き鳥の盛られた皿を持って左手でソレを頬張っている紅白の巫女服の博麗 霊夢。

両手でしっかりとカメラを構えながら口に見た事の無い干物のような物を咥えている射命丸 文。

この三人には見覚えがあった為、そこまで警戒はしなかったが…………残りの二人が問題だった。

 

 

「はぇ~、この人が咲夜さんの弟さんですか! 予想以上にイケメンですね‼」

 

「い、イケメン? よく分からないけど、この男があの咲夜の弟なのね………」

 

 

僕の顔を食い入るようにしてジロジロと見つめている緑色の長髪の女性と、

僕を姉さんと比べ品定めするように見ている薄い金色の短髪で赤いカチューシャをした女性。

見ず知らずの二人に好き勝手言われるのは、どうも腑に落ちない。

 

 

「僕の話聞いてます? なんでこちらに来たんですか?」

 

「別に。どこで酒盛りしようと私の勝手でしょう」

 

「その通りだぜ! それより紅夜って言ったか? 今すぐ弾幕ごっこしようぜ‼」

 

「魔理沙さん、私の取材が終わった後にしてくれませんかそれ」

 

「弟さん、咲夜さんって昔はどんな感じの人だったんですか?」

 

「確かにそれも気になるけど、今はそうじゃないでしょう?」

 

全員が全員、僕の言葉に耳を貸す気は無いようだ。

ひとまずフランお嬢様を下ろして、前にいる五人に話をしようと試みる。

少し頬を膨らませながらぐずるお嬢様を謝りながら下ろして、改めて五人に向き直る。

 

 

「まず、魔理沙さん。僕はしばらく弾幕ごっこをしません。

次いで射命丸さん、そちらのお二人の事を僕は知りませんのでよければ紹介を……」

 

「ああ、ハイ。分かりました(アレ? なんでこの人に対して無警戒なんだろ………私)」

 

「いえいえ文さん、自己紹介ぐらい自分でしますよ。ね?『アリス』さん?」

 

「そうね、それくらいは自分でするわ」

 

 

アリスと緑髪の少女から呼ばれた金髪の人は、一歩歩み出て自己紹介をした。

 

 

「私は『アリス・マーガトロイド』よ。たまに人里で人形劇をしている人形遣いなの」

 

「人形遣い……ですか? 初めて聞く名前ですね。改めて、十六夜 紅夜です」

 

「礼儀正しいわね。素直な良い子じゃない、この子が本当に異変の首謀者?」

 

「らしいですよアリスさん。あ、私は東風谷(こちや) 早苗って言います」

 

「アリスさんに早苗さんですね、覚えました」

 

二人の名前と顔を把握した僕を、裏切者を見るような目で魔理沙さんが怒鳴った。

 

 

「おい、何で弾幕ごっこしないんだ‼ しようぜ、な⁉ 今すぐしようぜ‼」

 

「いやあの、流石に勘弁願いたいですよ。疲れてますし」

 

「そんなん関係ねぇ! この霧雨 魔理沙が負けたまま勝ち逃げさせると思ったか⁉」

 

「それこそ僕には関係無いですし、折角の宴の席に弾幕ごっこは………」

 

「うっ………でもよ、このままじゃこのモヤモヤしたモンをどこにぶつけりゃいいんだ⁉」

 

「いやだから知りませんて」

 

 

帽子越しに頭を掻き毟るような仕草で苛立ちを露わにしている魔理沙さんはほっといて、

次は霊夢さんにでも気になっていることを聞いてみましょうかね。

 

 

「あの、霊夢さん。少しよろしいでしょうか?」

 

「なんか敬語使われるとムズムズするわ。特にアンタにされると余計に」

 

「随分な言われようで………ですが聞きたい事が一つ。そちらの早苗さんは弟子か何かで?」

 

「…………はぁ?アンタ何言ってんの?」

 

 

僕の質問を聞くや否や、呆れたような表情で僕の真意を問いただしてくる霊夢さん。

僕は自分の言葉をもっと分かりやすく簡潔に言いなおすことにした。

 

 

「えっと、すみません。お二人の服装がどことなく似ていたもので」

 

「全く! 似て! 無いと‼ 思うけど⁉」

 

 

僕が二人の服装が少し似てると示唆すると、霊夢さんが凄まじい形相で否定してきた。

あまりに必死なほど切迫した表情だったので、それ以上は深く言わないことにした。

すると早苗と名乗った少女が、目を輝かせながら僕に詰め寄って来た。

 

 

「そうですか⁉ やっぱり似てきましたか! いやぁ実は最近やたら霊夢さんとの距離感が

縮まっているように感じていたんですが、アレは気のせいではなかったんですね‼」

 

「気のせい以外の何物でもないわ」

 

「またまたそんな事言っちゃって、霊夢さんってばぁ~~」

 

「ホント、ウザいわぁコイツ………(アンタねぇ、いい加減にしなさいよ)」

 

「あの霊夢さん、おそらく本心と建前が入れ替わってます」

 

 

霊夢さんの割とマジな口調にも臆することなくちょっかいを出しに行く早苗さん。

あの人もあの人で、霊夢さんにそこまで言わせたら敵無しなんじゃないかとも思えてしまう。

そんな取り留めの無い普通な話をしばらくしていくと、随分時間が経ったようだった。

ふつふつと宴の席から人が去っていき、気付けば数えるほどしかいなくなってしまっていた。

するとその影響で彼女らも遠慮をする必要が無いと判断したのか、一気に酔いがまわったようだ。

段々と互いに対する接し方が荒くなっていき、とうとう恐れていた事態がおきてしまった。

 

 

「んだよぉ、やんのかれいむぅ!」

 

「じょーとーじゃない、かかってひなはいよぉ‼」

 

「ちょっと魔理沙、何してるのよもう!」

 

「あるぇ~? ありすさん、まだ酔ってませんねぇ? だめですよそんな事しちゃぁ」

 

「あ、あの? 皆さん⁉」

 

 

先ほどまで少し離れた場所で二人飲んでいた霊夢さんと魔理沙さんが互いに睨み合っている。

それを諫めようとしていたアリスさんも、酔っぱらった早苗さんに捕まっている。

早いとこどうにかしようと思っていると、僕は丁度困っている文さんを視界の端に捕らえた。

 

 

「射命丸さん、先程まで取材がどうこう言っていたようだけど」

 

「え? ああ、ハイ確かに。 でも、こんな状態じゃ……」

 

「大丈夫ですよ、こうすれば…………ハイ、これで良し!」

 

 

僕が射命丸さんの懸念に気付き、先にそちらを対処することにした。

右手の指を折り曲げ、親指の付け根の部分にぶつけてパチンと甲高い音を出す。

すると一瞬だけ小さくキィンと響いて、あとは何も起きなかった。

 

「さて、これでひとまずは安心ですが…………テラスに、行きますよ」

 

「え? ああ、ハイ」

 

「あ、ちょっと文⁉ 落ち着きなさいよ魔理沙ぁ‼」

 

 

あっちはあっちで凄いことになっているようだ。

僕は彼女達の___________というかアリスさんを置いてテラスに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それで先ほどの取材とは?」

 

 

夜風が心地良い紅魔館2階テラスで、僕と射命丸さんは二人っきりになった。

………………だからって何かをするわけでもなく、僕は早く取材を終わらせたいだけですが。

射命丸さんは僕の言葉を聞くや否や、どこからかペンを取り出して書く準備を終えた。

 

 

「そうですね、取材と言っても多少物事を聞くだけですよ」

 

「まぁ、それぐらいなら………」

 

「それは重畳‼ それでは早速_____________」

 

 

 

___________執事取材中

 

 

 

 

「ははぁ…………いろいろありがとうございますね」

 

「そんなに役に立ちそうな事は言ってないと思いますが?」

 

「いえいえ、私達からすれば、見た事の無い宝の宝庫ですよ」

 

 

僕はさきほどから射命丸さんに依頼されていて、何度も僕の事を語った。

このテラスでも、彼女の言葉は酔い明けの薬より頭に響くものだった。

外の……僕の元居た世界の話は、そんなにも貴重なものなのだろう。

 

 

「とにかく、次で最後の質問にしておきます」

 

「おきます、とは?」

 

「今全部聞こうとしても話さない事も多々あるでしょう?」

 

「………………どうでしょうか?」

 

 

先ほどから楽し気にこの射命丸さんと話しているように見えるのだろう。

どうも話しながらも、彼女は違和感を感じているのだろうか。

 

 

「まぁいずれ聞き出しますよ。そんなことよりも!」

 

「最後の質問でしたね、どうぞ」

 

「どうも、それでは紅夜さん。_______好きな女性の好みは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__________________貴女です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうですか。私…………………え?」

 

 




本当はもっとまとめるつもりでしたが
すみません、睡魔には勝てなかったよ………。

次回で紅夜編は一度終わりにして
その次からは縁編の『緑の道』を書いて行こうかと。


それでは次回、東方紅緑譚



第二十壱話「紅き夜、宴も闌、大団円」

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