東方紅緑譚   作:萃夢想天

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『オーバーロード』が面白い。
そんな事を考えながらにこの作品を書いています。
いわゆる、強くてニューゲームな風体は個人的に嫌いだったのですが
あのアニメを見て少し考え方が変わってきそうです。
まぁ東方が一番だけどねッ!


それと今回は少々残酷な描写を導入しました。
一応タグは入れてましたが、注意として書き入れておきます。
それでは、どうぞ!


第弐十話「紅き夜、異変の真相」

 

 

 

 

 

暗転する視界、ゆっくりと時間が流れていくような感覚。

身体の周囲に集めていた紅い霧が、能力の解除によって雲散霧消していく。

随分と遠くで誰かの話し声が聞こえる気がするが、確認する術は無い。

 

(_______あぁ、そうか。僕は、負けたのか……………)

 

 

(もや)がかかったように愚鈍な思考の中で僕が辿り着いた答えは、

僕が最も考えたくなかった最悪の結末をはじき出していた。

目は本当にうっすらとしか開けられず、周りの状況の把握が出来そうもない。

ただ、誰かの叫ぶような大声の主と普通の音程でありながらも毅然とした意志を

感じさせる声の主とが、言い争っているように思える。

僕は沈みかけている意識を総動員させてその声を何とか聞き取ろうとしたが、

どうも博麗の巫女との弾幕ごっこで無茶をし過ぎたのか、無理だった。

 

 

(僕は………………何も出来なかったのか)

 

僕の心の中には、失敗しても何かをやり遂げたようとした事への充実感も

全力を出し切った後で身体中に広がるような爽快感も虚脱感も、何もなかった。

あるのはただ、あの方に対しての…………懺悔だけ。

 

「申し訳…………あり……ません。お、じょうさ、ま………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女が異変を解決したその少し後で、ヴワル大図書館の扉が音を立てて開いた。

未だに図書館の床に倒れている異変の首謀者の姿をカメラに収めていた文は、その音のした

方向へカメラを構えながら振り向くと、そこには予期していなかった人物の姿があった。

 

 

「あ、あやっ⁉ 霊夢さん霊夢さん‼」

 

「ん? ……………あら、こんなところで何してるのよ、フラン」

 

「魔理沙と弾幕ごっこしてたけど、もう終わったからこっちの様子を見に来たの」

 

 

右手で図書館の扉を開けながら左手に構えた不可思議な形状の杖のような物を

クルクルと楽しそうに回している、金髪をサイドポニーに結わえた吸血鬼が立っていた。

フランはそのまま愉快そうに歩きながら図書館の中へと入ってくる。

支えである彼女が移動したため、扉はまた同じように音を立てながら閉まっていく。

だが霊夢は扉が閉まりきる直前に、廊下で倒れて痙攣している白黒帽子を視界に収めた。

 

「なるほどね。あのバカ………大人しくしてろって言ったじゃないの」

 

「ま、魔理沙さん? 何であの人がここに?」

 

「多分、妖精並みの頭脳で考え抜いた結果の行動なんでしょ」

 

 

霊夢がひとしきり魔理沙の事を小馬鹿にしたところで、視線をフランに向けた。

そのフランは霊夢の視線には気付かずに、図書館の乱雑さに大層驚いているようだった。

魔導書の敷き詰められた床を踏まないようにしながら、パチュリーがフランに歩み寄る。

 

「妹様………いえ、フラン。どうして地下牢(おへや)から出てきたの?」

「だって、紅夜が私を呼んでたんだもん」

 

「紅夜が? ………そう、そうなの。なら丁度良いわ、向こうを見てみなさい」

 

「?」

 

 

パチュリーがフランと話して何かに気付いたような反応を見せ、

そのまま図書館のほぼ中央にあたる場所を指さし、フランの視線を誘導した。

フランがパチュリーが指さした方向を無邪気に見つめた直後、表情が一変した。

 

「紅夜…………? 紅夜! 紅夜⁉」

 

「………ごめんなさい。私は止めたのだけど、紅夜は聞かなかったの」

 

「ああ、紅夜‼ 紅夜ぁ………………………………」

 

 

紅夜が倒れているのを視認した直後、その場所へと目にも留まらぬ速度で移動した

フランは、うつ伏せになっていた紅夜を仰向けにして目を閉じた彼の顔に手を掛ける。

その手で彼の頬を、温もりを確かめるように何度も何度も撫で始める。

霊夢と文は目の前の光景にただ唖然とするだけだったが、事情を知っているパチュリーは

僅かに眉をひそめながら見守っていた。

 

 

「________ねぇ、パチェ? 誰が『私の』紅夜にこんな事したの?」

 

「霊夢………いえ、博麗の巫女よ。異変解決のために彼と戦ったの」

 

「そう。わかったわ………………紅夜、待っててね。私が霊夢を(たお)すからね」

 

「フラン……………」

 

 

そう呟いたフランがゆっくりと霊夢に視線を向けて一点に捉える。

フランの視線を浴びた霊夢は飄々としていたが、内心は穏やかではなかった。

言葉の通りに霊夢と対峙しようとフランが立ち上がろうとした時、彼女の姿勢が崩れた。

その場の全員がフランの足元に視線を向けると、彼女の足を倒れている彼が掴んでいた。

 

 

「申し訳…………あり……ません。お、じょうさ、ま……………」

 

「「‼」」

 

「アイツ、まだ意識があったの? しぶと過ぎるわよ」

 

「あややややや!」

 

 

か細く消えそうな声で謝罪の言葉を述べる彼を見て、フランとパチュリーは驚愕し

霊夢は彼の尋常ならざる頑丈さに舌打ちし、文はひたすら顔を引き攣らせていた。

その言葉を残したまま、フランの足から手を離さないまま、彼は気を失い再び倒れた。

彼が掴んでいる自分の足を見つめていたフランは、彼の手を優しく引き離して床に置く。

途端にフランはわなわなと身体を震わせ、カッと目を見開き怒号を発した。

 

 

「よ……くも…………、博麗の巫女ぉぉおぉぉぉぉぉ‼‼」

 

全身から噴き出す負の感情を止めどなく溢れさせ敵意をむき出しにするフランに対して、

霊夢もまた冷静な表情で相対し、手加減出来る相手ではないことを改めて認識した。

息を荒く吐き出しながら霊夢に殺意の籠もった視線を浴びせるフランは、自分の後ろで

倒れている彼へ向けての想いをひたすらに吐露していった。

 

 

「わ、私の! 私の紅夜にこんな事して! ただで済むと思うなぁ‼

ああ紅夜、紅夜紅夜紅夜紅夜紅夜紅夜紅夜紅夜紅夜コウヤこうやぁ‼」

 

「…………………………狂ってる」

 

手を自分の頬に当てながら爪をたて、ヒステリックに叫びだしたフランの豹変ぶりに

文はカメラを閉まってはるか後方へと音速で飛びずさり、霊夢はお祓い棒を軽く振った。

 

 

「私の紅夜を………人間なんて簡単に潰して、バラバラにしてぇ……殺してやるぅぅ‼」

 

「………………一体どうしたのよ。普段よりも更に凶悪になってるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を失った僕は、夢を見ていた。

ほんの二週間前の出来事……………僕の『人生』が始まった日の事を。

 

「試験内容が半日いるだけ? 僕をバカにしているのか?」

 

「そんな口を叩くのは、あの子に粉々にされなかった時にしなさい」

 

「何………?」

 

「とにかく、今からスタートよ。せいぜい肉片にならないことを祈りなさいな」

 

 

重く冷たい鉄製の格子戸が閉められ、レミリアとかいう吸血鬼が帰っていく。

僕はいなくなった彼女を一瞥した後、暗闇に飲まれそうな部屋を一望した。

 

 

(しかし、本当に暗いな。だが、この部屋にいるだけで合格とはどういう事だ……?)

 

 

僕はあの吸血鬼の言っていた言葉の意味を思い返していたが、理解は出来なかった。

とにかくまずはこの部屋の間取りや、どこに何があるのかを完全に把握するのが

何よりも先決だと考えた僕は、壁に手を付きながら前へと進んでいった。

 

 

「__________だれ?」

 

「ッ‼ (しまった。そう言えばあの吸血鬼、妹がいるとか言っていたんだった!)」

闇の奥深くから突然声を掛けられて動揺した僕だったが、すぐに相手の正体を

探り当ていつでも攻撃を仕掛けられるように懐からナイフを取り出して逆手に構えた。

僕に声を掛けたレミリアの妹であろう人物が、暗闇の中から姿を現した。

 

「ねぇ、あなたはだれなの?」

 

「…………僕は、僕は誰でもない。名前が無いんだ」

 

「なまえがないの? どうして?」

 

 

煌びやかな金髪のサイドポニーに結わえた髪型の少女が僕の目の前に現れた。

僕の自己紹介に疑問を抱いたのだろう、その少女は無邪気に尋ねてくる。

だが僕は一切油断はしていなかった、何故ならこの少女もまた吸血鬼だからだ。

身体の前で組んだ腕の中に可愛らしいクマのぬいぐるみを抱いていた少女は、

僕を遠目からジロジロと観察した後、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

「どうしてだっていいだろう? 君には関係無いんだから」

 

「でもきになるわ。それに、あなた人間でしょ? どうしてここにいるの?」

 

「何だ、聞いていないのかい? 僕は君の姉のレミリアに言われてここに来たのに」

 

「…………お姉様に?」

 

 

少し話を続けた後、僕が彼女の姉の名を口にした途端に少女の口調が変わった。

先程とは違って、射殺すような視線で僕を見つめる少女の態度に少し恐怖を覚えた。

 

「なーんだ、じゃあ名前は聞かなくてもいいわ。お姉様のなら要らないもの(・・・・・・)

 

「何だと?」

 

 

僕が少女の言葉の真意を問いただそうとした直後、彼女が腕に力を込め始めた。

ミチミチと不快な音を立てながら内側の綿が膨れ上がって不格好な形になったぬいぐるみを

何か不気味な印象を抱かせる笑みを浮かべながら更に力を強めてクマを抱きしめる。

やがて限界が訪れバァン‼と小さな爆弾が爆ぜるような音と共に、四散したクマの頭部から

吹き飛んできた中の綿が僕の立っている場所まで転がってきて、小さく揺れた。

 

「ほーら見て? あなたもすぐにこのお人形みたいにしてあげる…………きっと面白いわ。

さぁ遊びましょ、大事に大事に遊んであげるから楽しく愉快に遊びましょう………フフフ♪」

 

「………生憎、人形遊びは趣味じゃなくてね。遠慮願いたいんだけど」

 

「フランと遊びたくないの? ならやっぱりそんなお人形は欲しくないわ。

でもフランは良い子だから、キチンと(おかたづけ)してあげる。

このぬいぐるみみたいに、キレイさっぱり何もかも…………だから、ホラ」

 

狂気的な微笑みを浮かべて僕に歩み寄ってくる少女から明らかな殺気を感じた僕は、

すぐさま距離を取って僕の能力が最も有効な射程距離へと移動した。

フランと名乗った少女は、うっすら笑いながら頭の吹き飛んだぬいぐるみを投げ捨て

背中の羽根とも思えない奇妙な形状の翼をはためかせて一気に跳躍した。

彼女の予想をはるかに上回る速度に、僕は目が追いつかなかった。

 

 

「アハハハハハハハハ‼」

 

「くっそ! 速過ぎる‼」

 

あっという間に壁際まで追い込まれた僕は、一直線に突っ込んでくる少女めがけて

手にしていたナイフを投擲したが、強靭な腕力によって弾かれてしまった。

即座に回避に専念することにした僕は、眼前まで少女を引き付けてから真横へと跳んだ。

するとやはりと言うべきか、彼女は凄まじい速度で僕のいた壁に衝突した。

とりあえず壁に叩きつけられて圧殺されなかった事を喜びながら、もう一度ナイフを投げる。

 

「キャハハハハ……………キュッとしてぇ、ドカーーン‼」

 

少女が楽しげに言葉を呟いた直後、僕の投げたナイフが粉々になった。

その光景に僕は驚きを隠すことが出来ず、再び同じ行動を繰り返した。

またもナイフを投擲するも、少女は不気味に笑いながら同じようにナイフを砕いた。

 

(直接触れもせずに……………吸血鬼特有の能力か? それとも彼女固有の?)

 

 

目の前で起こった現象にとりあえずの仮説を立てて、対策を考える。

おそらく先程の現象は、彼女個人の保有する特殊な能力によるものだろうと思う。

吸血鬼特有の能力は、身体を霧状にしたりコウモリに変化させ分散したり、

眼を直視させた者かもしくは血液を摂取した相手を絶対の支配下に置くというものだ。

今のように、手も触れずに飛来する物質を粉々に破壊するようなものではないはず。

そう分析した僕は、すぐさまその場を離れて部屋の中を駆け始めた。

 

 

「どこにいるの~? かくれんぼかな~? ウフフフ、アッハハハハハ‼」

 

瞳を乱々と輝かせながら手当たり次第にこの世界でいう弾幕を放つ少女。

僕は被弾しないように細心の注意を払いながら、先程弾かれたナイフを拾い上げ

そのナイフを天井に向けて投擲し、彼女の注意を逸らした。

 

 

「どこどこ~~?」

 

「(上を向いて足元がおろそか……………今だ‼)ここですよ‼」

 

 

真上を見上げて見回している吸血鬼の喉元めがけて能力を発動させてナイフを突き立てる。

白く細い首筋に深々と鈍色のナイフが突き刺さった。

 

 

「ァアアァァァーーーーッッ‼‼」

 

「まだまだ!」

 

 

着ている衣服と同じような色の血液を喉から噴き出して悶絶する少女に向かって、

さらに攻撃を加えにいこうとナイフを新たに取り出して走りだす。

血飛沫を上げて苦しんでいる少女の白いナイトキャップをめがけて、

僕は逆手に構えたナイフの切先を向けて跳躍し、脳天へと力いっぱい振り下ろした。

 

「アアアアアッ……………カッ、ゲ………アァ」

 

「まだ死なないよな、念には念をッ!」

 

 

______ザクザクザクッ‼

 

深々と突き立てたナイフを一度引き抜き、また力を込めて突き刺す。

引き抜いた拍子に血が噴き出してナイトキャップを真っ赤に染めたが、お構いなしに

何度も何度も刺突し、また何度も何度も引き抜き血のシャワーを全身に浴びる。

少女はもう悲鳴を上げてはいなかったが、未だに両足で立っている。

つまりまだこの少女は死んではいない、絶命してはいない。

僕は相手が誰だろうが関係無く殺すための訓練を受けてきたが、ここまでしてまだ

相手が死ぬ気配を見せないというのは初めての体験だった。

 

 

「……………13、14、15、16、17。まだ死なないのか、この『化け物』め」

 

「____________________ッ‼‼」

 

 

僕が17回目の刺突を数えた直後、ナイフが突き刺さったままの少女の頭部が

ビクンと跳ねて、その躍動が両腕や両足にまで及んでミシミシと筋繊維がうなり始める。

直感的にマズイと判断した僕は、すぐさま能力を発動させて彼女とは反対の位置へと飛んだ。

飛んだ直後に先程までいた場所へと視線を戻すと、吸血鬼がただ笑って立っていた。

少女が頭に刺さったナイフを躊躇無く自ら引き抜き、こびり付いた血を舐めとる。

 

 

(自分の血を舐めとる………? 馬鹿な、そんなのただの自殺行為のはず…………)

 

 

僕の知っている吸血鬼というのは、他者の血液を摂取して生き得る種族。

そして基本的に吸血鬼とは、人間の血を吸ってその精力を糧としているのだが、

飢えをしのぐために自らの血を啜った吸血鬼は自分で自分を支配してしまい、

物言わぬ傀儡となって何もすることが出来ずに干からびて死ぬことになる………はずなんだが。

 

 

「散らかしちゃいけないわぁ…………お片付けなんだからぁ! アッハハハ‼」

 

「…………本当に化け物だな」

 

 

血をキレイに舐めとったナイフを投げ捨て、ゴキゴキと首の関節を鳴らす。

その首をよく見ると血で汚れてはいるものの、傷口は完全に塞がっていた。

 

「今度は鬼ごっこぉ? ウフフフ…………キュッとしてぇ、ドッカーーン‼‼」

 

「くッ‼」

 

 

少女がまた楽しそうに叫びながら右手を大きく開いて握ると、僕が懐にしまっていた

残り数本のナイフが全て粉々の破片となって服の裾からこぼれおちていく。

僕の手持ちの武器を完全に破壊されて、打てる手がかなり減ってしまったことに

少しばかり動揺したが、その動揺を悟られないように毅然と少女に向き直る。

 

 

「あれれぇ……? おっかしいな、そこに集まってたのに(・・・・・・・)……」

 

「?」

 

集まっていた………? 一体どういう事だろうか。

彼女の紅く濁ったような瞳が、心底不思議そうに僕の服から落ちていく破片を

見つめているのを見て、僕は一つの考えに到達した。

 

 

(___________物質の『何か』を目で見て捉えている?)

 

 

そう考えなければ辻褄が合わないだろう。

だが問題なのはその『何か』とは何なのか、という事だ。

物質の重心? いや、それならピンポイントでナイフを破壊は出来ないだろう。

物質の硬度? それも違う、それならこの部屋の壁などが先に壊されるだろう。

何が正解なのかは分からない、ならば_____________

 

 

「_________証明する、それが最善の策‼」

「アハハ、来た来たァ♪」

 

 

僕にはまだ手は残っている、さっき忍ばせておいた秘策が。

能力を発動させて瞬時に移動して、『あるもの』を手に取り再び能力で少女の

背後に忍び寄り、足でバランスを崩させてから左手で頭部を押さえ床に叩き伏せる。

 

「まずは眼を__________貰うぞ!」

 

「グゥ! アァアアアァァァァァーーーーーーーッッ‼‼⁉」

 

 

少女に馬乗りになって身動きを一瞬だけでも封じたところで、目を狙ってナイフを刺す。

一度に狙えるのは片方だけ、つまりは残りの眼で僕を狙われる可能性があるが構わない。

もう片方の目を手で押さえてふさぎ、ナイフは少女の腹部に突き刺し床に縫い付ける。

能力で少女から距離を取った僕は、改めて突き刺したナイフと少女を観察した。

 

 

「ァアア! なん、で‼ ナイフがァァッ‼⁉」

 

「最初に君の気を逸らすために天井へ投げたナイフが、そのままだったんでね」

 

 

そう、僕がさっき取りに言ったのは天井に刺さったままになっていたナイフだった。

今も彼女の腹部を貫き服を溢れ出る血で染めさせているナイフを、少女が握り素手で砕く。

そのまま立ち上がった少女は穴の開いた左目を押さえながらも僕だけを見つめる。

 

 

「ウフフ………こんなに楽しいのは初めて、あなたの事気に入っちゃったぁ」

 

「それはどうも。それなら僕を見逃してここに時間まで置いてくれないか?」

「それはダメぇ………気に入っちゃったからぁ、壊したいの! グチャグチャにぃ‼」

 

 

少女が目や腹部から血をボタボタと垂れ流しながら発狂したように叫ぶ。

僕はその姿を見て、当初に立てた予定通りに事が運んでいるようで内心ホッとした。

少女がかがんで両手をぶらつかせながら、こちらに近づいてくる。

すぐに能力でこの場を離れようとした直後、僕の全身に激痛が奔った。

 

 

「ぐあああああぁぁーーーーッ‼‼」

 

「…………?」

 

 

全身の皮膚を剥がされ、神経に直接電流を流されているかのような感覚に襲われる。

目の前がブラックアウトして何も見えなくなり、意識が一瞬だけ僕の身体から出て行った。

身動きを取ることすら自分の身体を崩していくような状態のまま、一分か一時間か

不明だがかなり時間が経ったように感じた僕は、目をゆっくり見開き、そして絶望した。

 

 

「あ、ああ……………」

 

「えへへへぇ………つ~かま~えた~♪」

 

 

頭部をガシッと掴まれて、無理やり立ち上がらせられた僕の顔を見て笑う少女。

今もなお続く激痛の中で絶対的な恐怖に捕まった僕は、案外冷静に現状を把握していた。

 

 

(これは……駄目だな。体も動かないし、ナイフも尽きた……………勝てなかった)

 

自然と僕の双眸から涙が零れ落ちていた。

演技以外で涙を流したのは、一体何時振りのことだろうか。

僕の顔から流れる涙を見て興味を持ったのか、少女が僕に尋ねてくる。

 

 

「泣いてるの………? 何で? 悲しいの?」

 

「………ああ、悲しいね。ガハッ! …………もう終わりだと、思うと」

 

「やっぱり! 悲しいと泣くのね。私もね、悲しい時は涙が出るの」

 

「…………?」

 

 

そう言った少女の左目は既に再生して元に戻っていたが、その目から流れていたのは

先程貫いた際に溢れ出た深紅色の血ではなく、透き通った透明の涙だった。

 

 

「泣いて、るのか………お前も?」

 

「泣いてる? 私、泣いてるの? 何で……………何が悲しいの?」

 

「………さぁ。僕には、ゴフッ! ………分からないよ」

 

 

少女は自分の涙を自覚した途端、火が付いたように泣き始めた。

僕を掴んでいる手を放して自分の顔に当て、必死に涙を拭いている。

僕は暗い部屋の冷たい床に倒れたが、そこだけは暖かかった…………少女の零した涙で。

その場所に落ちた涙が僕の頬を濡らすが、とても優しくて癒される温もりがあった。

 

(何故泣く………? 吸血鬼が人の死を悼むとでも言いたいのか……?)

 

 

声を上げて泣きじゃくる彼女を、下から見上げていた僕は思い出した。

薄暗い部屋で独り、誰もいない独房でひたすら姉さんの帰りを待っていた過去の自分を。

今の彼女のように手で顔を覆い、目をこすって涙を拭きながらも泣くのを止めなかった。

そんな彼女と過去の自分が重なって見えた瞬間、今まで僕の中にあった殺意が消えた。

 

 

(同じだ…………僕と。あの日の僕と、この子は同じなんだ……………姉さん!)

 

 

気が付くと、僕も床の上で這いつくばりながら泣いていた。

すぐ横に吸血鬼がいるにも関わらず、僕は大粒の涙を流しながら泣き続けていた。

しばらくして少女が僕の涙に気付き、しゃがんで僕の顔を同じような泣き顔で覗き込む。

 

 

「ぐすっ…………あなたも、悲しいの? 私と同じ?」

 

「………ああ、僕は悲しい。姉さんと、姉さんに……………逢いたかった……ッ‼」

 

「姉、さん? あなたにもお姉様がいるの……?」

 

 

僕の言葉に耳を傾けた少女が、涙を拭きながら僕の横に腰を下ろした。

あれほどまでに狂気的な笑みを浮かべていた吸血鬼と、今僕の横に座る少女が同一の

人物であるとは思えないほどに柔らかな表情で僕の話の続きを待っている。

痛む体をゆっくり起こしながら、少女の期待に応えるように僕は姉さんの事を話した。

 

 

「ああ。僕の姉さんは………この館の、メイド長の女性だ」

 

「もしかして、咲夜のこと? 咲夜があなたのお姉様なの?」

 

やはり彼女も姉さんの事を知っていたようで、僕の話に驚いている。

彼女の疑問に小さく頷いて肯定し、またゆっくりと痛みに耐えつつ話を続ける。

 

 

「前は、だけどね。今はもう僕の事を覚えてないみたいだ」

 

「そうなの?お姉様なのに忘れられちゃったの?…………私も同じなの」

 

「……君も?」

 

 

止まりかけていた涙を再び目元に浮かべながら、少女は俯いて表情に影を落とす。

姉に忘れられているという話だったが、僕が思い返してもそんな事はなかったはずだが……。

僕がレミリアの事を思い出していると、少女が嗚咽を漏らしながら語りだした。

 

 

「うん。お姉様は私をここに閉じ込めて、一度も逢いに来てくれなかったの」

 

「だから、君の事を忘れてしまったと?」

 

「…………うん。今はもう咲夜も小悪魔もパチェも来てくれなくなって、美鈴はたまに来て

くれたけど、門番の仕事があるからってすぐにいっちゃうの。私、嫌われてるの」

 

 

そう言ってまたグスグスと泣き始めた少女を、僕はただ憐みの目で見ていた。

もはや彼女を殺すべき対象とは認識出来ない、この子はただの女の子にしか見えなかった。

何と声をかけていいのか分からない僕は、ただそのこぼれる涙を無抵抗で受け入れた。

 

「でも、今は魔理沙と霊夢のおかげでここから出てもいいって。でも絶対にお屋敷の

外にだけは出てはダメってあの時パチェが言ってたの。だから魔理沙達が来てくれるまで

このお部屋で一人で待ってるって決めたの………私は全部壊しちゃうから、何もかも全部」

 

「…………あの能力のことか」

「うん。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』っていうの。

この右手でキュッとしてドカーンってすると、全部壊しちゃうんだ……」

 

「なるほど」

 

 

だから僕の投擲したナイフが全て破壊されたのか、触れることもせずに。

しかし、どんな物質でも破壊出来るっていうのは場合によっては考え物だな………。

きっとこの子も望んで得た力ではないはずだろう、なのに幽閉された、か。

 

 

「それは……………辛かっただろうな」

 

「え……⁉」

 

「君の手が触れる物は全て壊れる、だから今まで誰も君の手を握った人はいないんだろう?

誰かと一緒に居られない事の辛さは、僕も知ってる……………だから辛かったろう、君も」

 

「…………ッ!」

 

 

驚いた顔で僕を見つめていた少女は、次いで顔を辛げに歪めた。

僕の話を聞いて涙がまた溢れそうになったのだろうか、膝に顔をうずめて肩を震わせる。

そんな彼女を見て僕は…………とても愛おしく思った。

 

 

「君、名前は?」

「ぐすっ…………フラン、フランドール」

 

「フラン…………か、いい名前だね。フラン、聞いてくれるかな」

 

「うぅ……何?」

 

 

僕の目をまっすぐに見つめる彼女の瞳は、他者を屈服させ隷属させるようなものではなく、

ただ純粋に相手に愛情を訴えかける幼子の瞳と、全く違いが無かった。

僕は何の疑いもなく耳を傾けてくれたフランに、今しがた固めた決意を言葉にした。

 

 

「ねぇフラン。僕は今日、姉さんを取り戻しにここへ来たんだ。

でも………それは多分、叶わないと思う。僕の体はボロボロだから、長くはもたないと思う。

だから今決めた、僕はこの館で働くよ。姉さんと一緒に居られるなら吸血鬼の住処で暮らす

事になっても構わない。………でも、一つだけ我慢出来ない事があってね」

 

「……………………?」

 

「このままだと、僕は君のお姉さんに忠誠を誓う事になるんだ。

でも、僕は君のことを知ってそれがより嫌になった。僕はあの人には仕えたくない………。

だから、僕がもしここで働くことが決まったら……………僕は君に仕えたい、君の側に居たい」

 

「え?」

 

 

僕の言葉を聞いたフランは、瞬きを繰り返している。

よほど驚いているのか、言葉が出てこないのか、泣くのも止めて固まってしまった。

反応が無いので、僕は勝手ながら話を進めさせてもらった。

 

「言い方を変えるよ、僕が君の側にいてあげる。君の手を握ってあげる。

ずっとずっといつまでも…………………だから僕に忠誠を誓わせてくれないかな?」

 

 

話しているうちに痛みの引いてきた体を起こして、フランの涙を指で掬う。

しっとりと暖かい彼女の涙を拭いた直後、フランの目が煌々と光を放った。

 

 

「_______嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ‼‼」

 

 

フランの瞳が僕の顔から腹部へと移動し、彼女の右手がわなわなと震えて握られる。

その瞬間、僕の体内からグチュンッ‼ っと柔らかい何かが握り潰されたような音が響いた。

 

 

「______ッッ‼⁉」

 

「みんな、みんな私を置いて行っちゃうんだ! みんなみんなみんな‼

お前もどうせ口だけだ! 吸血鬼と暮らせる人間なんていないって霊夢が言ってた‼

だからお前も………あなたも……………咲夜も、他のみんなも………………」

 

 

下腹部、腹筋の少し上で音が聞こえた。しかも背骨に痛みがジンジンとつながった。

つまりは消化器官の内のどれか…………………おそらくは腎臓、いや、すい臓辺りだろう。

僕はすぐさま能力を発動させて『痛覚が脳へ送る信号の方向』をいじって痛みを不感にした。

人間の体の情報は脳が電気信号を受け取る事で初めて把握することが出来るから、その信号

そのものを遮断してしまえば痛みを感じること自体は発生しなくなる、単なる気休めだ。

傷が癒えるわけじゃない、後で病院に行かないと死ぬだろうな。

でも、その前に再び暴れだした彼女を宥める方が先だ。

 

 

「だ、い、じょ…………ぶ。ぼくは、そばに…………いる、から」

 

「_______ッ‼」

 

 

僕のか細くなった声を聞き取ったフランは、泣きながら僕を見つめる。

狂気的な笑みを浮かべながら、その瞳からは涙が溢れ出てしまっていた。

僕は握り拳のままになっている彼女の右手をゆっくりと両手で包み込んだ。

僕の取った行動に驚いたのか、ビクンと身を怯ませた彼女を諭すように呟く。

 

 

「その、れいむとい、う人を………ぼくがたおし、て……証明しま、すよ……………。

フランのそばに………いつまでも、いてあげ、るか、ら………だからぼく、っが‼

ぜったい……………そのひとに勝っ………て、ずっと、いっしょにいよ……う」

 

「う、ううぅ………………うんっ」

 

 

フランが左手で涙を拭きながら、右手で僕の左手をそっと握る。

僕も彼女の小さくて暖かい手のひらの感触を確かめるように、優しく握りかえす。

多分、僕はほとんど力を込められてはいないだろう。

それでも、この手だけは離さないと心に決めた。

触れる物全てを壊す手であると知っても、いずれ壊されてしまうと分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………う、うぅん……」

 

 

目が覚めた僕が最初に見たのは、あの日と同じ真っ赤な天井だった。

起き上がろうとすると、やはり体に痛みが奔ってうまく起き上がれなかった。

大人しく寝ていようと思った矢先、二回のノックの後で扉が開いて誰かが入ってきた。

顔だけ動かして見てみると、水入りの洗面器とタオルを持ったこあさんだった。

もしかして看病してくれていたのだろうか、だとしたら本物よりも天使だぞ。

僕が起きていることに気付いたこあさんは、隣に置いてあった椅子に腰かけて

異変がどうなったのかを教えてくれた。

 

「そうですか、僕は負けてしまったんですか…………」

 

「お役にたてなくてごめんなさい!」

 

「いえいえ、こうして看病してくださったんですから」

 

「こんな事しか出来ませんから……それよりも紅夜さん!」

「はい、なんでしょうか?」

 

「実は今、紅魔館のホールで宴会を催しているんです」

 

「は?宴会?」

 

 

驚いた僕に、こあさんはこの幻想郷では異変を解決するたびに宴会を開くのが常識で

その会場もまたどこで行っても構わないというとんでもない非常識を教えてくれた。

そしてレミリア様から僕の目が覚め次第、その宴会に加わらせるようにとの事らしい。

 

 

「私も無理だと言ったんですが…………これは命令だから、と」

「全く、無茶苦茶な主の姉を持ったものですね………でも、だからこそ面白い」

 

「紅夜さん?笑ってるんですか?」

 

 

気が付くと僕は笑っていた。

僕の心の中には今、ただただ充実感と爽快感で満たされていた。

生まれて初めてこんなに笑った。こんなに、満たされた。

これも、僕がお嬢様にお仕えすると決めたあの日の決断があってこそだろう。

本当に、フランお嬢様にお仕えすると決めて良かった。心底そう思う。

 

「ええ。こんなに楽しいのは生まれて初めてです!」

 

 

夜空に浮かんだ半月が窓の向こうから僕らを覗き込み、笑っている気がした。

 

 

 

 

 





という訳で長くなりましたが、
十六夜紅夜とフランの主従の回想及び
新・紅魔異変の章はこれにて無事完結となりました!


長かったな~本当に、いや長かった。
8時に書き始めて今翌日の午前3時過ぎ………ハハハ。


とにかく、この後もうしばらく紅夜のターンが続きます。
平和なパートでしばらく羽を休めたい……なんつってね。



それでは次回、東方紅緑譚


第二十話「紅き夜、宴に興ずる」

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