東方紅緑譚   作:萃夢想天

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特に言う事は無いので
さっさと本編へ!

それでは、どうぞ!


第十七話「紅き夜、主無き玉座」

 

常に霧の立ち込める湖の中央に佇む血よりも赤い色合いの洋館。

その一階ロビーから東に伸びている廊下を進んだ先にあるヴワル大図書館の中で

異変の解決と成就を賭けて、弾幕ごっこが繰りひろげられていた。

まず最初に動き出したのは、銀色に輝く髪の少年、十六夜 紅夜だった。

両手の指の隙間にナイフを挟み込み、腕を素早く振るって投擲する。

放たれたナイフの切先には紅白の巫女衣装の少女、博麗 霊夢が立っていた。

彼女は特に焦る様子も無くただ淡々とした表情で、自分の周囲に陰陽玉を召還し

そこから弾幕を放って紅夜のナイフを相殺していった。

そのまま互いに決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。

紅夜はこのままでは(らち)が明かないと考え、先にスペルを宣言した。

 

 

「くっ………仕方ない、裂符【サウザンドリッパー】‼」

 

「来ました霊夢さん! 反射する(・・・・)スペルカードです!」

 

「ホントにしてきたわね、咲夜(アイツ)の弟らしいじゃないの」

 

 

紅夜の発動させたスペルによって一定空間内にあるナイフが、壁や天井などに当たって

反射して縦横無尽に動き回り、敵対象を様々な角度から襲う弾幕と化した。

 

「まあでもいくら反射って言っても、角度さえ分かれば後は勘で避けられるのよっ!」

 

だが霊夢はその無数のナイフの雨を、まるでどこにナイフが来るのか先読み

しているかのように回避したり弾幕で相殺したりと、完全にスペルを攻略していた。

紅夜は初見であるはずの自分のスペルを簡単にいなされている事実に

心の奥底では苛立ち、焦っていた。

 

 

「それでも、鬱陶(うっとう)しいことには変わりないけどね」

 

そう言ってナイフの嵐の中を掻い潜りながら、段々と紅夜のいる場所へ近づいていく霊夢。

そのままナイフの隙間を縫うようにして陰陽玉から弾幕を放ち、それが紅夜の横へ逸れた。

 

 

(冗談じゃないぞ! アレを勘で避けられるのか⁉)

 

 

紅夜は自分の放ったナイフを能力を駆使して反射させているが、急にナイフの軌道を

変えて別の角度に変更しても、眉一つ動かさずに対応してみせる霊夢の動きを見て確信した。

その直後、今度は霊夢の方から仕掛けていった。

 

 

「コレで一掃するわ、夢符【封魔陣】‼」

 

「何ッ⁉ (ここでスペル宣言だと⁉)」

 

 

紅夜は自分のスペルの範囲内であるにも関わらず、スペルを宣言した霊夢に驚愕した。

だがその瞬間、彼は自分の足元から光が漏れだしてきていることに気付いた。

段々と大きく激しくなっていく光に身の危険を感じて、咄嗟に近くの本棚の後ろへ飛び込んだ。

直後、先程まで紅夜のいた場所から巨大な光の柱が下から上へと突き上げていった。

 

 

「ああ、惜しい!」

 

「………新聞屋、あなた何でここに居るのかしら」

 

「え? いや実は霊夢さんに連れてこられ_____て‼⁉」

 

「ん?どうしたのかしら?」

 

「い、いえ別に………(す、凄い睨まれましたが何か怒らせたりしましたっけ⁉)」

 

「………………ふん」

 

 

図書館の隅の方で何故か機嫌が悪くなっているパチュリーと文を横目にしながら、

対衝撃用の魔法で加工された本棚の裏で、霊夢のスペルカードの発動時間が無くなるまで

息を潜め、紅夜は状況を打開するために脳をフル回転させる。

だがいつまでも隠れているわけにもいかないと腹をくくって、小さく息を吸った。

そして燕尾服の袖の裏側に忍ばせていたナイフを2本だけ手に持って、自分のいる場所とは

正反対の位置へ向けて勢いをつけて投擲した。

 

「当て損ねたかしら…………『ヒュンッ‼』っと、そこね!」

 

弾幕を放つのを止めて少し宙に浮きながら見失った紅夜を探していた霊夢の眼前に、

彼の投げたのであろうナイフが飛んでいくのが見えた。

そのナイフの軌道から、投げられた場所を特定して弾幕をその本棚に浴びせる。

だが、そこに紅夜はいなかった。

 

「…………何処に……『ヒュンッ‼』ッ! そっちか!」

 

霊夢は自分の背後から何かが来ると勘で感じ取り、それに従って飛びずさる。

すると先程まで自分のいた場所には、2本のナイフが突き刺さっていた。

 

「おや、当て損ねましたか………いやぁ実に惜しかった」

 

「アンタ、中々イイ性格してるじゃない」

 

「それほどでも。それよりもこれでお互い一対一ですね」

 

「はあ? 今更それが何だって言うのよ」

 

 

霊夢に対して不敵に意趣返しをしながらゆっくりと歩み寄っていく。

紅夜の動きの一挙一動に警戒していた霊夢だったが、彼は足元に刺さっていたナイフを

直接抜き取って再び自分の手に収めただけだった。

 

 

「いえ、そうではなく。僕も貴女も一回ずつスペルカードを消費した。

その回数のことですよ、ですが僕は残すところあと5回しかありませんので」

 

「………そういうこと相手に言うかしら、普通?」

 

「言いませんね、普通。でも僕はあくまで公平(フェア)にいきたいのです。

かつての僕とは違う…………フランお嬢様の下僕となった今の僕として、主の名に恥じぬよう」

 

「なるほど、やっぱアンタは咲夜の弟ね。そういうとこそっくりよ」

 

 

有難うございますと紅夜がうっすら微笑んで軽く頭を下げる。

突然の行動に霊夢は少し戸惑ったが、すぐにいつもの調子に戻った。

 

「では、公平である事の証明として改めて自己紹介をば。

僕の名は十六夜 紅夜。フランドールお嬢様に生涯の忠誠を誓いました。

そして既にご存知とは思いますが、僕の程度の能力は________『方向を操る』能力です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________『方向を操る程度の能力』解説。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完璧で無辻な執事、十六夜 紅夜の能力は文字通りの能力である。

分かりやすく彼の弾幕のナイフを例に挙げて解説しよう。

例えば彼の裂符【サウザンドリッパー】は、自身の投げたナイフの投擲された方向を操って

避けられたとしても『対象の今いる方向』へとナイフを移動させるスペルである。

紅魔館内でフランの要望に応えて物質を移動させたのも、

その移動させたい物質が『今ある方向』を能力で変更して移動させたのだ。

彼は普段の移動にも自分の能力を使って、今自分のいる方向と自分の行きたい方向を

入れ替える事によってあたかも『時を止めて瞬間移動』しているかのようにしているのだ。

 

また今回の『異変』の核心である『月と太陽の異常』については

パチュリーの魔法による援助もあって、天体の進む方向すら変更できるようになった。

太陽は通常通りに進むのに対して、月は進む方向を逆に設定していたからだ。

だから昼過ぎにも関わらずに、沈んでいた月が浮き上がってきていたのだ。

 

 

だが、この能力にはデメリットも存在する。

 

例えば彼の能力によっての移動についてだが、この移動方法には制限がある。

彼の移動は『あらかじめ中心点を設定しなければならない』ということだ。

つまり、彼の移動はコンパスが円を描くかのようになっているのだ。

中心点を設定して、そこから自分のいる位置と他の場所を回転させて入れ替える。

それが彼の能力のデメリットの内の一つ。

更に彼は『直線状で運動エネルギーを保有し続ける物質』の方向は変えられない。

その物質に一番近いのは、霧雨 魔理沙の恋符【マスタースパーク】である。

常に押し出す力が働き続けている物質は、方向を変えられないのだ。

簡潔に言えば、彼は『点』の方向を変えられても『面』の方向は変える事が出来ない。

 

 

そして彼の能力最大のデメリットは、『使用する度に寿命を削る』ことである。

 

 

彼はこの能力を他の幻想郷の住民達のように、自発的に自分のものとした訳ではない。

かつて彼がいた施設での人体実験の結果、偶発的に会得した能力だった。

だがその能力は常人では脳に負担が掛かり過ぎて耐えられない程のものだったが、

それをコントロールするために、全身にかなり無茶な改造を施したのであった。

その為、一日に度を越した回数分能力を発動させると、脳の負担が一気に肥大化する。

そして、全身にその負担が強制反映(フィードバック)され、ダメージを受ける。

 

最後になったが、彼の能力は三つの分類全てに該当する。

かつてレミリアが言ったように、彼の能力はとても汎用性が高く分類が難しい。

自身強化系であれば、自分のいる方向を移動させ瞬間的に移動が出来る。

空間操作系であれば、範囲内の物質を任意の場所や方向へ移動が出来る。

概念干渉系であれば、流れが存在する概念の方向を操ったりも出来るのだ。

 

 

 

未だに未知の部分もあるこの能力は、現時点で解説はコレ以上不可能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり当たってたのね、私の勘に間違いは無かったわ」

 

「………やはり博麗の巫女の勘とやらは恐ろしい」

 

「当然よ。……それで、他にはもう無いわけ?」

 

「ええ、これで最後です………本当に、最後です」

 

 

紅夜は一瞬顔を歪ませたが、すぐに元の飄々とした表情に戻った。

会話が聞こえていた文は霊夢の言葉に「え?」と声をこぼしたが、霊夢には届かなかった。

パチュリーはただいつものように無表情なジト目で紅夜達を見ていた。

紅夜はそのまま燕尾服のボタンに手をかけて、一個ずつ丁寧に外していった。

霊夢はその行動をただ黙って見ていただけだったが、不思議に思っていた。

大して時間もかけずに燕尾服のボタンを全て外し終えて、そのまま服を脱ぎ捨てた。

すると服の内側に忍ばせていた相当の量のナイフが音を立てて図書館の床に落ちていった。

あまりの多さに少しだけ驚いたのか、霊夢はちいさくうわっと呟いた。

 

「どんだけ仕込んでたのよ、咲夜もコレ位いれてんの?」

 

「いえ、流石に姉さんでもここまでは…………多分」

 

 

紅夜は受け答えしながらも腰の周りなどにも隠していたナイフを全て外していく。

やがて全て出し切ったのか、ナイフが落ちる音は聞こえなくなっていた。

上半身の白い平凡なシャツが丸見えな紅夜は、肩を回したり腕をクロスさせたりと軽めの

柔軟運動をし始め、すぐに体が温まったのか両腕をダランとぶら下げた。

 

 

「さて、これで準備は完了です」

 

「準備、ねぇ………何?残りのスペルを使い切る前に倒すとか言いたいわけ?」

 

「……そうですね、僕は後5回のスペルで貴女を必ず倒します___________なんて

そんな三流な台詞は言いませんよ。どうせ残りの5つの内、2つは見られてますし」

 

んー、と背伸びをして背骨を小気味良く鳴らし大きく息を吐いた紅夜は、

先程とは打って変わって真剣な面持ちで霊夢と正面から向き合った。

 

 

「貴女相手に小細工が通用しないことはよく分かりましたので、こちらも本気で

やらざるを得なくなりました……………………コレで終わらせましょう、博麗の巫女!」

 

 

そう大声で語った紅夜は、両腕を体の前でクロスさせて少し上半身を折り曲げる。

ゆっくりと体勢を戻しながらクロスさせた両腕を広げていき、指を大きく広げた。

そして顔を真上へと向けた彼は、最後にして最強のスペルを宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狩人【CRIMSON NIGHT】‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く、少し鉄のような匂いの混じった埃臭いその場所で

彼女はただただ待っていた。自分に忠誠を誓った愛おしい彼のことを。

彼女はただただ待っていた。

気の遠くなるような時間の中から、救い出してくれた素敵な王子様を。

 

彼女はただただ待っていた。

自分に欲する物全てを差し上げると言った、誰よりも信頼できる(しもべ)を。

 

彼女は、ただただ待っていた。

 

 

自分に、自分の目に映る灰色の世界に光をもたらしたその少年を。

自分と、自分のいた場所に共感し、共鳴した哀れで優しい少年を。

 

 

「紅夜…………………こうや………」

 

 

 

ただただ名前を呼んで待ち続けた。

いつもすぐにやってきてくれる、自分の居場所を。

どんな時でも自分の事を見ていてくれる揺り籠を。

 

 

 

 

 

 

 

座るべき玉座を失った王女(フラン)は、一体どこにその腰を下ろすのか………

 

 




これからは多分日曜日投稿になるかと。
それとご意見ご感想、お待ちしております!

それでは次回、東方紅緑譚


第十八話「紅き夜、月は東に陽は西に」

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