変身願望ブルゥス   作:アルファるふぁ/保利滝良

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敵を求めて三千里

 

空を見上げる

夜中に出てきた時は暗天が広がっていたが、現在空はすっかり明るい

夜明けが終わったことがわかった

寒さに体を震わせる

歩き始めてもう三時間はする

既に東京への県境は越えていて、視線を巡らせれば高層ビルがいくつも見えた

ここが東京

日本の首都である

二十三区のどこだろうと考えた

だが、すぐにやめた

清仁には、慣れない土地の一部分の名前を覚えられるほどの記憶力はない

今来た道すら覚えきれていないのだ

わかろうはずもない

歩道のガードレールが朝日を反射する

枯れ落ちた木の葉は風に巻かれてダンスする

季節は冬だ

指先と爪先はかじかみ、吐く息は白い

歩く道には、沢山の他人

疲れたような虚ろな目で歩いている

今来た道すら覚えていない

つまり、もう帰れない

いずれ野垂れ死ぬのが決まっていた

だが、怪人と戦えぬまま狂い死ぬよりかは良い

そのために、わざわざこんなところに来たのだ

歩きながら深呼吸一つ

最早足は凝り固まっており、木の棒のように突っ張っている

このまま進んでも脚部を駄目にするだけである

どこか休める場所はないかと視線を巡らす

が、大方の飲食店はこんな朝早くから営業していないようで、かすれた鉄色のシャッターが塞いでいる

コンビニでは休めない

その他の店には、そもそも入る気がない

「・・・んっ?」

ふと振り向くと、営業中を示す看板が見えた

気付かず通りすぎてしまったらしい

「・・・ふむ」

ラーメン屋だ

錆びた扉が目につくが、鼻につくスープの香りは悪くない

財布の中は諭吉で満杯だ、このような店なら痛くも痒くもないだろう

意を決して、清仁は扉を開けた

 

 

 

 

 

ガラガラと入り口を閉じると、出迎えたのは想像以上の賑やかさだった

見回すと、何人か見たことのある顔がある

芸能人だ

「いらっしゃい」

しゃがれ声が来店の挨拶をしてくれる

白い調理衣と調理帽

ラーメン屋の親父らしい服装だった

「朝から・・・芸能人・・・?」

ボソボソと呟く清仁

調理師が声をかける

「自慢じゃないですがテレビで『穴場の名店』と広められちまいましてね、朝からやってっから行列に並びたがらないお客様も来るんです」

威圧的な声で疑問を全て答えられてしまう

酸いも甘いも嘗めたのであろう険しい表情に気圧されて、清仁はメニューを開いた

「醤油ひとつ」

「あい、毎度」

ラーメンは十数分後に出てきた

朝からはキツい分量ではあったが、寒い季節に冷えた体によく沁みる

コクのあるスープを飲み干した後、清仁は代金を払って出た

 

 

 

 

 

ラーメン屋から出た後、清仁は振り向いた

いた

チャーシューを頬張るサラリーマン

向こうもこちらを見た

だが、清仁も相手も少し待った

最後の晩餐ならぬ、最期の朝食だ

青空を見上げて清仁はラーメン臭い呼吸を吐いた

歩いた甲斐は、あっただろうか

そう思った直後、サラリーマンが店の戸を開けた

 


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