変身願望ブルゥス   作:アルファるふぁ/保利滝良

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壊れた物は何だったか

 

知事と会い、帰宅し、昼寝をし、風呂に入り、晩飯を食べ、自慰をしてから眠る

 

次の日、清仁はファストフード店にいた

大して理由などない

いつも読んでいる作家の最新作が発売されたので本屋に立ち寄ったついでだ

昼食がまだだったので、テラスのあるハンバーガーショップで好きなだけ食うことにした

「ハンバーガー、ホットドッグ、フィッシュサンド、シーザーサラダ、コーンスープ、ホワイトポタージュ、オレンジジュース、ポテトM、苺ショートをそれぞれ一つずつ下さい・・・あ、ついでにテリヤキバーガーとソースハムカツサンドをテイクアウトで」

「はっ、ひゃい・・・かしこまりました!」

新人さんらしき店員に万札を突き出しながらそうのたまった目付きの悪い男性客は、他の人間から見たらどうなのだろう

そう思いながら、黒髪の男子高校生はトレイ二つを持ってテラスの空いたテーブルへ腰を降ろした

こう沢山注文したら、運ぶだけでもちょっとした労働だ

「いただきます」

まずジュースのカップに口を付けようとした

そのとき、一人の女性客と目が合った

「あっ」

「ん?」

清仁の背中から冷や汗が垂れる

まずい、一番食いっぷりを見られたくない人間だ

藤野美奈

志田清仁の想い人である

「志田くんじゃん、偶然だね!」

「あぁ、藤野さん・・・こ、こんにちは」

「こんにちは!」

まずい、明らかに山盛りのファストフードに視線が行っている

同性でもドン引きモノなのに、異性が見たらどう感じるだろう

少なくともそんな男と恋愛したくは無いだろう

清仁は思わずあたふたした

「えっとこれは・・・」

何か言い訳を考えようとしたそのとき、弱った獣の唸り声のようなサウンドが響いた

藤野の顔が真っ赤になった

「えっと、これは・・・」

今度は藤野がどもった

見れば、彼女のテーブルには何も置いていない

椅子の隣にはくたびれたスポーツバッグとラケット袋があり、部活帰りなのを感じさせる

逆に言えばそれ以外の荷物が、財布すら見当たらなかった

清仁は察した

「良かったらこれ、一緒に食べます?」

藤野美奈の顔に笑みが咲いた

「いいの?」

「はい、藤野さんが良ければ」

「ホントにっ!?ありがとう!なんかごめんね」

向こうの席から隣に座ってきた藤野

風に乗ってふわりと、嗅いだことのない匂いが清仁の鼻孔を撫でた

それは、同年代の女子の香りだった

「どれ食べていい?」

「好きなのをどうぞ、何でもいいですよ」

そう言われて跳ねるように喜んだ藤野の様子を見て、清仁の心臓はバクバク鳴った

「じゃあこれ!いただきまーすっ」

ハンバーガーの包み紙を捲りながら、好きな人がホットドッグの包み紙を捲るのを見る

清仁はささやかな幸せを感じた

もふもふとホットドッグにかぶり付く藤野を見ながら、清仁もハンバーガーを食べた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!来た!」

「えっ?」

藤野は唐突に大声を出した

驚きながらも、清仁が藤野の見ている方向へ振り向く

一台の小型車があった

窓から青年が顔を出している

「リョーくん遅いよ~!」

藤野はその青年に、気安く話しかけた

年上に、くん付けの、愛称呼びだ

清仁は察した

察してしまった

「あ、志田くんありがとうね!ごちそう様!」

「あ、ええ、どうも・・・」

ぎこちない笑顔を向けて、そう返した

爽やかな笑みを残して、藤野美奈は去った

車の中で、二人の男女が手を組んでいるのを、清仁は見た

ああ、そうか

兄弟という可能性も、これで潰えた

「・・・あぁ」

こうして、志田清仁の青い春は完全に砕けて消えた

あっさりと、消えた

淡い想いは、泡のように破れた

「そうか・・・そうだもんな」

わかっていた

わかっていたではないか

男は安い尻の女を捕らえるのに必死だ

女はとっとと純潔を散らすのに躍起だ

人間、そんなものだと

それがこの世の性常識だと

わかっていたはずなのに

「・・・何もないもんだなぁ」

悲しさも、怒りも、悔しさも、痛みもない

ただ、何も残らない

恋や愛もない

惚れた腫れたもない

志田清仁には何もない

隣のファストフードの山を見た

食う気には、なれなかった

 

 

 

 

 

 

帰り際、あの感覚が甦る

異形の者が近付いている

丁度良かった

清仁はそう思った

 

 

 

 

 

 

 

 


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