変身願望ブルゥス   作:アルファるふぁ/保利滝良

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清仁がもはや狂人
それとも、こうまでさせた現代社会がおかしいのか
もはや誰にもわかりません
作者ですらわかりません


戦闘欲求

 

志田清仁は知っている

学校で勉強するよりもアルバイトで金を稼ぐ方が簡単で有意義なことを知っている

同じ苦労の度合いでも、学校では金を払わねばならず、仕事では金を貰えるのだ

だが悲しいかな、その辛い辛い勉強をして高校やら大学やらに進学せねば、その貰える給料もごくわずか

自分一人で生きていくことすらままならない額しか受け取れない

清仁は、そんな社会が心から嫌いだった

なんだこの生き地獄は

 

 

 

 

 

 

 

休日のバイト帰りに自転車を漕いでいたらなにか妙な気配を感じた

カラッと乾いた青空を背に都市部へむかえば、肥満体系の男がビクビクと辺りを見回しながら歩いていた

ビルの屋上からそれを見下ろしていた黒い異形は、その男に向かって飛び降りた

「うわあああああああ!!!」

目の前に現れた怪人に、男は尻餅をついて悲鳴をあげた

「なんだ?」

「うわっ何あれ!」

「ちょっと、いきなりなんだ」

「うわ~不気味~」

今日はいつもとは違い、周りに大勢の人間がいた

他の怪人に警戒されたり、警察やマスコミに探られたり、一般人が巻き込まれたり、政府が危機感を抱いて排除しにかかる可能性を考慮して、いつもは人気を気にして戦いを始めたが、今日ばかりはそうもいかない

あのアイドルを殺して以来、清仁は十日間近く他の怪人に出会っていない

怪人と戦いたがるのは欲望と同じだ

程度の差はあるだろうが、間が空けば空くほど欲求は高まってくる

今の清仁は十日間食事を抜いたのと同じ状態だ

我慢など、できなかった

拳を振り上げる

固く握り締められたパンチは、人間のものとは一線を画する威力を持つ

それが人の体に突き刺されば、一体どうなるか

「ひぃ、ひぃ!」

肥えた男がその姿を変える

変身前と似通った、膨らんだ体型の怪人だ

水玉模様が身体中にあった

尻餅をついた状態から立ち上がった水玉の怪人は、しかし膝を伸ばしきった瞬間に顔面に拳を埋めた

黒い怪人が敵の顔の中心にある拳を、押すように振り抜く

たちまち太った怪人は数メートル吹っ飛び、アスファルトの上を滑った

殴られた顔を抑えながら、太った怪人はもう一度立ち上がる

『くぅ、ううぅ・・・死にたくない・・・』

清仁の目の前で、敵は膝を震えさせていた

恐怖しているのだろうか

知ったことではなかった

足を前へ

前へ出した足とは別の足を前へ

交互に、迅速に繰り返す

人とは思えぬ速度で走る異形

すぐさま殺し合う二人の距離は縮んだ

清仁が敵の下腹を蹴り上げる

硬いものがぶつかり合う音がした

だが清仁は違和感を覚えた

水玉の異形の腹部が、やけに強固なのだ

振り上げた足が掴まれる

真上へ体が振り上げられた

視界一杯の青空を楽しむ暇もなく、黒い異形は地面に叩きつけられた

うつ伏せの体を地面を突いて回転させると、敵の背中が見えた

真後ろへ放り投げたのだろう

もしも水玉の異形が清仁の片足を掴んで離さず、何回も地面に叩きつけていたら、清仁は大きなダメージを食らっただろう

だが敵はそれをしなかった

たった一度の反撃しかできなかった

跳ねるように立ち上がり、振り向いた敵の横面に拳を振る

パンチが吸い込まれるように飛ぶ

殴られた衝撃で、殴った手とは別の方を向く水玉の怪人

しかし、そっちの方からも拳が迫った

時間差で両手が水玉の異形の顔面を打ち据える

敵も拳を振ったが、清仁はそれを片手で弾いた

水玉の異形の拳は、黒い怪人には届かない

そして、清仁は奇妙な構えを取った

折り畳んだ腕を、相手の胸の前に置く

上を向いた拳は、ロケットのようにも見えた

そう、ロケットの如くアッパーカットが振るわれた

『ぐえっ』

顎に突き刺さった拳

水玉の怪人は三度倒れ込んだ

黒い怪人の片手から、孫の手状の器官が伸びる

その先端が、あっという間にスパークした

落雷もかくやという稲光が、黒い怪人の片手の器官から発生する

清仁は、その帯電した爪を、敵の腹と胸の甲羅の間に突っ込んだ

そのまま引っ掛け、走り出す

引きずられる水玉の異形

走りながら、爪の先から水玉の怪人に電流が流し込まれる

それも、AEDとは比べ物にならない電圧が流し込まれる

AEDは生命を助けるが、ブロークンサンダーは生命を奪う

走りながら、引きずられながら、幾度も、続け様に

『ギャあああああっああああああッ!!!』

雷を叩き込み、叩き込まれる

清仁がたどり着いたのは、川

コンクリートに川辺を埋められた、とても大きな川だ

水玉の異形を爪に引っ掛けたまま、腕を振った

水玉の異形は手足をバタつかせながら空中を泳ぎ、頭から水へ落ちた

その瞬間、爆発音と共に水面が奇妙に膨れ上がった

白い水柱が黒い怪人の視界を塞ぎ、無数の水滴が黒い怪人の体を叩いた

局所的な雨を身に受けながら、清仁は振り向いた

そこら中野次馬だらけだった

これは、もう隠し立ては不可能だろう

だが面倒なのは御免だった

清仁も川へ飛び込んだ

川は昨日の大雨で見事に濁っていた

黒い異形を見つけ出すのは困難だろう

川の底を泳ぎながら清仁は思案した

やはり少々無茶だったか

だが、またあの感覚を手に入れることができた

戦闘の欲求を満たしたときの、あの快感を覚えた

それに比べればこの程度、問題にもならない

この腐りきった現代社会の中で、一番彩りのある時間だった

 





コイツ高校二年生です
いやマジで

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