ゴールデン*ラビットガールズ!   作:ルヴァンシュ

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 長らくお待たせしました。ひたすら前フリだけで構成された雑談回です。


新入生歓迎の宴 Part.2

【第65話】

 

[041] 新入生歓迎の宴 Part.2 

 

 

 

〈Gryffindor table〉

 

 

「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ!!!」

「落ち着けよココア……」

 

 呆れたように、というか呆れてそう言いながら、心愛のカップにミルクを注ぐ理世。心愛は注がれるや否や、即座にそれを飲み干した。

 

「だっ"て"チ"ノ"ち"ゃ"ん"た''ち"がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

「しょうがないだろ……今更何言ったってどうしようもないんだから、落ち着けって」

「そうだよ! それに、私が居るじゃん!」

「うわあああああああんマヤちゃあああああああん!!!」 

 

 心愛は麻耶に抱き付いた。

 

「ははは、甘えん坊な姉……だな――ちょ、ココア、くるっ、くるし――!!」

「ココアー!? ストップ! ストップだ! 止めろ! それはホールドじゃあなくて、ただのCQCだ!」

 

 抱き付いたというか、絡み付いたのかもしれない。或いは締め付けた。

 無意識に麻耶を三途の川へと追い込む心愛を止める理世。こちらもまたCQC。ただし、こちらは心愛のような偶然発動したものではなく、軍人仕込みの"本物"である。

 

「はっ!? わ、私は何を!?」

「おっ、気が付いたか!」

「う、うん! 気が! 付いた! 付いたから! ぐあっ! 痛い間接がぁっ!」

「悪かったな。でもマヤの為だ」

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……ありがとうリゼ……」

「支障ない」

 

 本物に偽物が勝利する道理は殆どない。例に漏れず、見事に勝利。心愛は苦しみによって正気に戻ったのであった。

 まあ一番苦しんだのは麻耶なのだが。

 

「ぐっ……もふもふさえも満足に出来ないなんて……! こんなお姉ちゃんだったら、チノちゃん達が来ないのは必然だよ……っ!」

「いや、組分けってそういうのじゃないからな」

「うわあああぁぁぁぁぁん!!! チノちゃあああぁぁぁぁん!!! メグちゃあああぁぁぁぁん!!!」

「ぐわぁーっ!? やめろー! やめろー!」

「ええい、止めろココアー!」

 

 悲しみの余り再び暴走。そして再び麻耶は走馬灯を見、理世はCQCを極めた。

 

 と、その時。

 パシャリ!

 

「「「!?」」」

 

 突如聞こえたカメラのシャッター音と眩い閃光。理世は即座に左手で心愛と麻耶を伏せさせ、右手に杖を構えてカメラの主に向けた。なんたる反応速度!

 

「何者だ! 許可なく写真を撮るとは、怪しいヤツめ!」

「ぎゃっ!――あ、あの、僕」

「動くな! カメラを置いて両手を挙げろ! そして三歩下がってから名を名乗れ!」

「は、はいっ!!」

 

 カメラの主は少年だった。その顔には見覚えがある。確か、今年度の新入生だ。少年は言われた通りにカメラを床に置き、両手を挙げ、三歩下がって名乗った。

 

「は、初めまして! グリフィンドール新入生の、コリン・クリービーです!」

「コリン。そうか、私はお前の一つ年上、つまり今年度の第二学年生、グリフィンドールの天々座理世だ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 奇抜な自己紹介もあったものだが、しかし危険な相手ではないと見たのか、理世は杖を下げた。だが仕舞いはしない。彼女は油断ならぬ少女であった。

 

「さて、さっきの行動の意図を聞かせてもらおうか? 理由によっては……」

「ひいっ!?」

 

「もう、リゼちゃん! 新入生を怖がらせちゃダメだよ! 入学早々トラウマを植え付けるなんて、リゼちゃんってばリゼちゃんなんだから!」

「おい、リゼちゃんって悪口だったのか!?」

「リゼはダメだなあ! ここは私たちが新入生に対する接し方のお手本ってヤツを見せてやるよ!」

「お前も新入生だろうが!」

 

 復帰した心愛と麻耶。腕を組みながら理世の前でコリンに向かって立ち塞がる。ポーズはなんとなく年上感があるからやっているだけで、深い意味はないようだ。

 

「コリン君、私は君より一つ年上、つまりお姉ちゃんである、保登心愛って言うんだよ! ココアお姉ちゃんって呼んでね!」

「見境なさすぎるだろ!?」

 

「コリン! 私はお前と同学年だけど上級生と知り合いな頭一つ先に行ってる条河麻耶だ! マジカルマスターマヤと呼びたまえ!」

「野望が大き過ぎる! というか名乗るには早いわ!」

 

「は、はい! コリン・クリービーです! ココアお、お姉さん! マジカルマスター? マヤ!」

「お前もお前で呼ぶのかよ!!」

 

 理世のツッコミが冴え渡る。ボケとツッコミを一手に担う貴重な逸材、それが天々座理世。

 戸惑われたものの、一応言った通りに読んでもらえたので満足したようで、二人は会心の笑みを浮かべた。そしてそのまま席に座り、心愛はスクランブルエッグを、麻耶はフライドポテトを皿に盛った。

 

「お前ら何しに出てきたんだよ!? ……えっと、コリン」

 

 一通りツッコミを終え、理世は再びコリンに向き直った。流石にもう杖は仕舞ったようである。

 

「それで、さっきは何で私たちの写真なんか撮ったんだ? いや、別に撮られるだけなら構わないのだけれど、それを何に使うかによっては、お前のカメラを没収しなきゃならなくなる」

「ぼ、没収だけは止めて下さい!」

 

 コリンは懇願するような目で理世を見た。

 

「僕、いろいろ変なことが出来たんですけれど、ホグワーツから手紙が来るまではそれが魔法なんて知らなくて――僕のパパとママはマグルで、やっぱり魔法なんて知らなくて――だ、だから僕、写真をたくさん撮ってパパとママに送ってあげたくて、それで」

「ああ、なるほどそういう――そうか。分かったよ。そういうことなら、それでいいんだ。威嚇して悪かったな」

「い、いえ! こちらこそ、勝手に撮ってすみませんでした……」

「いいさ。ただまあ、あんまりこういう場面は恥ずかしいから撮るのをやめてくれると嬉しいんだけど」

「え!? じゃ、じゃあ僕は何を撮ればいいんですか!? 平凡な写真を撮れというんですか!?」

「……ああ、そういうタイプなのか、お前は」

 

 理世は肩を竦めた。すぐ近くでスクランブルエッグを食べている心愛を同類を見るような目でちらりと見たが、心愛は全く気付かず笑顔であった。

 

 

「あのねジニー。僕は一応戸籍上はお前の兄だからお前たちを訴えることについてはなんとかギリギリ我慢しているのだけれど、しかし今回のような暴挙に公の場ででるのは余りにも無思慮と言わざるをえない。お前らもだフレッド、ジョージ。元はと言えばお前たちがジニーを煽ったからこのような事になったのだし、そもそも兄を盾に使うというそのグリフィンドールにあるまじき不遜さは決して許されて然るべきものではない――聞いてるのか、三人とも!」

 

「ああ聞いてるよパーシー。5回くらい聞いた」

「ああ聞いてるぜパーシー。もう5周目だぜ」

「ええ聞いてるわパーシー。嫌でも覚えるほどに」

 

 宴の席でパーシー・ウィーズリーの説教が轟く。パーシーは本来第六学年なので双子やジニーとは離れた席である筈なのだが、何故わざわざこんな所で説教をしているのか? それはほんの少しだけ時間を遡れば明らかとなる。

 

 組分けの儀――ジニー・ウィーズリーの番になった際、双子が彼女を囃し立てて煽り、鉄拳制裁を食らいかけたが見事(パーシー)を使って回避したのは記憶に新しいであろう。パーシーの、何度壊されたかも分からぬ眼鏡がまた壊されたというのも言うまでもあるまい。

 

 しかしながらパーシーは意思なき盾ではなく人間である。しかも説教好きな面倒臭いタイプの人間である。クソ真面目が服を着て眼鏡を着けて歩いているような奴である。当然、そのような暴挙に出た三人が看過される訳もなかった。

 

 パーシーは殴られた後、暫く気絶していた。女子の細腕如きで、などと侮るなかれ。下手人はかの筋骨隆々なドラゴン使いチャーリー・ウィーズリー、バスケットボール大のブラッジャーを軽々と打ち飛ばすビーターであるフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの実の妹である。まさかそんな彼女が兄たちの才能を受け継いでいない訳があるまい。勿論挙げた兄たちとは比較にならぬが、同世代の女子の中では恐らくトップの腕力を誇るだろう。

 

 さて、そこで今回である。ジニーの右フックは、残念な事に手加減が一切無かった。それをモロに食らって、果たして耐え切れる? しかも相手は頭脳にパラメータを全振りして耐久力は他の兄弟と比べれば紙並みのパーシーである。耐えきれる筈もなかろう。実際、耐え切れなかった。盾としては余りにもお粗末であったと言わざるを得ない。

 という訳で無様にも気絶したのだが――しかし双子は愚かな事に、パーシーをその場に放置してしまったのだ。どうやらパーシーを放置しておけば後々どうなるかを考える余裕は無かったらしい。

 そしてパーシーは目覚め、愚弟と愚妹を視界に捉えるなり、ガミガミと説教を始めたのであった。閑話休題。

 

「全く、お前たちのような奴らがどうしてグリフィンドールに入れたのか理解に苦しむよ。自分の息子、娘がこんなに無思慮であると知ったら、母さんがどれだけ嘆くことか――」

「その心配は的外れだぜパーシー」

「喜ばしい事にママは俺たちのことをよく知ってるんだ」

「もう嘆き尽くされてるから今更嘆かれることなんて何もないわ」

「お前らそれでいいのか!? もうちょっとこう、誇りみたいなのはないのか!?」

 

「悪いが僕たちはお前の眼鏡みたいに埃を被ってないんだ」

「新しい時代を生きる古臭くないクールな俺たちだぜ」

「兄さんみたいに埃を鼻に掛ける(proud)つもりはないものね」

「「「HAHAHAHAHA !!!!!」」」

「やかましい!!!」

 

 

「ウィーズリー・ブラザーズ、初めからとばしてマスね!」

「とばしてるどころかメンバー一人増えてるもんね」

 

 カレンとアリス。双方スパゲッティを食べている。カレンは良くあるミートソーススパゲッティだが、アリスは――。

 

「アリスー」

「何? カレン」

「……それって本当に美味しいんデスか?」

 

 カレンが疑問を持ったのはアリスが食べているもの。

 そう、何を隠そう、アリスが現在食べているのは、スパゲッティに和風だしで味付けしその上から納豆を掛けるという、日本人以外には凡そ考えつかないであろう謎のスパゲッティだった。

 

「美味しいに決まってるじゃない! カレンも食べてみる? 美味しいよ!」

「ノ、No !! わ、私は結構デス! アリスが食べるといいデスよ!」

「そう? あげないよ?」

「寧ろこっちからお断りデス……」

 

 納豆スパゲッティ。マグルの世界にある食材で簡単に作れるものなので、一度作ってみては如何だろうか。

 閑話休題。

 

「これ食べさせたら、シノたちも元気になるかな?」

「シノたちが元気になるには納豆じゃなくって、金髪を混ぜ込んだ方が効果ありそうな気がしマスけどね」

 

 アリスとカレンは隣に座る三人の金髪同盟員を見た。

 

「「「……………………」」」

「「…………」」

 

 負のオーラを放ちながらスコーンを齧るのは、大宮忍、松原穂乃花、小橋若葉。ルーナがグリフィンドールに来なかったことが相当堪えているらしい。とは言え、ルーナと同居している忍と穂乃花は、ラブグッド家がレイブンクローを崇拝しているということを知っているので、この展開はある程度予想出来た筈なのだが……。

 

「ねえカレン、どうすればいいと思う?」

「関わらないのがベストと思うんデスが」

「でも、放っておけないよ!」

「放っておくのも勇気って、ツバサが言ってマシタ。ね、ツバサ!」

 

 カレンは少し離れた場所に座る少女に声を掛けた。勝木翼――最近密かにブームになりつつある漫画『暗黒勇者』の作者である。ペンネームはウイング・V。

 

「ん? ……言ったっけ、そんなこと」

「あれ? ツバサじゃなかったデス?」

「いや、ちょっと待って。忘れているだけかもしれない。今から私の記憶領域にアクセス(リコレクション・リコレクト)するから待って」

「分かったデース!」

 

「いや何が分かったの!? まあ文法的には無茶苦茶だけど英語だからまだ分かるけども!」

「思い出すって言ってるデス」

「いや普通に思い出すでいいよね!? なんで態々横文字使ったの!? なんでちょっと言葉遊び入ってるの!? しかもルビだけでもうなんかアレなのに、日本語表記の時点でもう訳わからないんだけど!?」

「アリス、なんだかヨーコみたいデスよ」

「誰だってそうなるよ!! ここでツッコまない人なんて誰もいないからね!? ヨーコじゃなくてもツッコむからね!?」

 

 忍の事さえ絡まなければ比較的アリスは常識人なのだ。そして常識人であるということは、このボケだらけの現状で貴重なツッコミ役を担うことになるということに他ならないのである。

 

「あばばばばば……す、凄い。あんな勢いあるツッコミ、私には逆立ちしても出来ません……っ!」

「これそんな感動することなの!?」

「四コマ漫画はギャグありきですから……でも、私ギャグのセンスがありませんし、やおいまっしぐら……」

 

 ここで言うやおいとは、山なし落ちなし意味なしのこと。決して腐った方の意味ではない。断じて。

 

「そう言えば、カオスも漫画描いてるんだっけ?」

「はい。拙いも拙い、目の毒にしかならないような漫画ですけど……」

「何故そこまで卑下するの……?」

 

 萌田薫子、通称及びペンネーム『かおす』は萌え系四コマ漫画家。こちらの世界に来てからは翼と同じく、漫画を出版しようと売り込んだりしているのだが、如何せん売れない。雑誌掲載も狙えない。

 そもそもここは日本ではなく、漫画文化が元々根付いていないイギリスである。それも20世紀。こんな状況の中でじわじわ売れている暗黒勇者がおかしいだけで、薫子のような現状が当たり前なのであった。

 

「大丈夫だよ! きっとイギリスには漫画文化が無いから、カオスの漫画は売れないんだよ! 日本に居た時とは事情も違うでしょ?」

「日本に居た時は……あばっ……」

「え、何どうしたの」

「日本でも……」

「あっ」

「…………」

「…………」

 

 気まずい空気が流れた。

 

「……ん、思い出した」

「今このタイミング!?」

 

 翼が記憶領域アクセス(リコレクション・リコレクト)から帰還(リブート)

 

「やっぱり私そんなこと言ってないや」

「結局そんなオチなの!? じゃあ何でこんな長い間考えてたの!?」

 

「デスよね! 言われてみれば、これ即興で考えたような気がしマス!」

「もう、カレンったら!! 紛らわしいにも程があるよ!!」

 

「ふふ……これこそ正に、山なし落ちなし意味なし……ですねっ!」

「いやドヤ顔で言うようなことじゃないから!!」

 

 

「…………」

「……どうした? みき。何か暗い顔して」

「えっ!? か、顔に出てましたか?」

「出てた出てた。如何にもなんか悩んでるってかんじの顔してた」

「そんなに……?」

 

 こちらは直樹美紀と恵比須沢胡桃。隣で繰り広げられる騒ぎを静観している。

 胡桃がテーブル越しに美紀の顔を覗き込んだ。美紀はその視線から逃れるように顔を横向けた。

 

「実は、その……」

「なんだよ」

「……くるみ先輩と、理世との件で少し考え事を」

「…………」

 

 美紀は馬車に乗って以降今に至るまで、殆どずっとこの件について思いを巡らせていた。翼との会話は彼女の心情を変えたのだ。

 

 美紀が言った。

 

「くるみ先輩。理世と、ちゃんと話し合った方が良いんじゃないでしょうか? いつまでも険悪な関係で居るのは、やっぱり良くないと思うんです」

「…………」

「ちゃんと話せば、理世も分かってくれる筈ですし……胡桃先輩だって、いつまでもこんな状態が続くのは、疲れるでしょう」

「…………」

 

 胡桃は顔を横向けた。その視線の先には、由紀、コリン、麻耶、心愛――そして、理世。

 

「……でも」

 

 胡桃は言う。

 

「まだちゃんと整理がついてないんだよ……そりゃあ、あいつは悪くないさ。あくまでも軍の人の娘であって、あいつ自体が軍人って訳じゃない――でも、あいつ自身はあの災厄を知らずにのうのうと暮らしていたのかと思うと、こう……」

「くるみ先輩……」

「馬鹿馬鹿しいって分かってるけどさ――どうしても、そういう感情が先行してしまうんだ」

 

 嘗て彼女たちが経験した未曾有の災厄――巡ヶ丘学院高等学校での彼女たちの生活を知る者は、今この場には四人しか居ない。当事者しか知らない。

 

「……でも、本当にそんなことありえるのでしょうか?」

「そんなこと?」

「理世があのことを知らないなんて――というか、仮に理世が知らないのは出自が原因としても、心愛たちは?」

「……えっと」

 

 胡桃は腕を組んだ。

 

「……理世と友達だったから、保護されてた……とか?」

「……でも、そうなると理世、心愛、紗路、千夜以外の人は? 確かアリスや翼が彼女たちと出会ったのはこっちに来てからの筈」

「ん……ん?」

「おかしいと思いませんか?」

 

 美紀は考えながら喋る。自説を纏めつつ、隙間を埋めつつつtttworld

 

「あれだけの規模の事件を知らないなんて、いくら何でも無理がありすぎる。もしもあのパンデミックが日本全国で発生していたとすれば、どれだけ情報を封鎖しても知らないなんて事はない筈なんです」

 worldworld

「ってことは……」

 

 胡桃は眉根を寄せながら問うた。

 

 worldworldworld

「つまりお前は、こう言いたいのか? あの災厄は、巡ヶ丘市内だけで起こったことだって」

 worldworldworldw……

「その可能性が、高いかと」

 

 胡桃は再び理世たちの方を見た。それにつられて美紀も見る。

 

「ねーコリン! 私の写真、もっと撮ってー!」

「い、いえ! もう結構です! もう十分撮影させて頂きましたから!」

「そう言わずにー。ほら、先輩命令! ゆき先輩の命令だから! 私先輩だから!」

「先輩を強調しすぎだろ! というか、我儘を言うんじゃない! コリンも困ってるだろ」

「むー」

 

「そんなに撮って欲しいなら、お姉ちゃんが一杯撮ってあげるよ! いつでもどこでもどんな時でも撮ってあげるよ!」

「じゃあココアお姉ちゃんに撮ってもらうもん! コリンの意地悪!」

「意地悪!?」

「どっちが後輩だか分かったもんじゃないね! ははは!」

「私が先輩だもん!」

「私はお姉ちゃんだもん!」

「由紀が先輩なのは間違いないが、ココア、お前は姉じゃない」

 

 コリンに写真をせがむ由紀と、それを宥める理世。胡桃は思わず噴き出した。美紀も苦笑する。

 

「ゆきのやつ見てるとさ、こういうこと考えるのが馬鹿らしくなってくるよな」

「そうですね」

「……そうかー。成る程なー。そりゃ知らなくても無理ないかもな。そうだとしたら、あんなパンデミックが発生してるって情報は、外部には知らされてなかったのかもな」

「……かもしれませんね。そうなると、完全に見捨てられていたことになるのであまり考えたくはありませんが……」

「理世でも、別に自衛隊とかに所属してた訳じゃないんだろうし――まあ、知らなくても無理ないか」

 

 胡桃はカボチャジュースを飲んだ。

 

「……じゃあ」

「……かと言って……いや正直な話、何をどう切り出して仲直りすればいいのか、全然分からないんだよ。多分そうなったら、あいつにこのことを話さなくちゃならなくなると思うから」

 

 胡桃はツインテールの先っぽを弄りながら言う。

 

「タイミングが全く掴めないんだ。それに……まだあいつの事を信用できるほど、私はあいつを知らない」

「…………」

 

 信用。

 美紀は翼との会話を思い出した。

 

「……まだ一年ちょっとの付き合いですし、信用出来ないのも無理ありませんよ」

「こんな話、信じてくれるのかって話だしな。知らないふりをしている訳じゃあないのなら、だけど」

「ふりと言うか、私たちみたいに引き摺っていないなら、ですね」

「引き摺っ…………確かに」

 

 とは言うがしかし、あれ程の異常現象を体験してパッと切り替えることが出来るというのは相当な精神力が必要な訳で。由紀も悠里も切り替えているように見えて、実際は違う。

 

「――まあ何にせよ、今年は機会探しって所ですか? くるみ先輩」

「……そうだな。さっさとスネイプが何かやらかしてくれることを祈るとしよう」

「はは、私たちにとばっちりが来るのでやめてほしいですが」

 

 魔法薬学教授、セブルス・スネイプの暴挙に全力で抗うという一点において、胡桃と理世は協力関係を築いている。その時にさり気なく謝れたらいいな、と思う胡桃であったが、しかしその機会が訪れるということは、誰かがスネイプから何らかのいびりを受けるということに他ならないので、矛盾するけれどもそんな機会が訪れることがないように祈らざるを得ないのであった。

 

 

 

〈Ravenclaw table〉

 

 

「ねぇ、あんたたちはしわしわ角スノーカックを知ってる?」

「「…………?」」

 

 所変わり、こちらはレイブンクローテーブル。前回の歓迎の宴では描写を省かれた鷲の寮だが、今回はやっと登場である。それはそれとして。

 ルーナ・ラブグッドが、近くに居るマンディ・ブロックルハースト、サリー-アン・パークスに話し掛けた。二人は顔を見合わし、首を傾げた。

 

「ふぅん」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっ、それだけ?」

 

 暫く会話が停止したが、マンディが漸く喋った。

 

「いやあの、今の質問の意図は? しわしわ角スノーカックなんて、寡聞にして聞いたことがないのだけれど」

「へえ。そうなんだね」

「ええ」

「…………」

「……えっ、ちょ」

 

 マンディはサリーの方を向いた。サリーは何事もなかったかのような顔でイワシゼリーを食べている。

 

「ねえサリー、助けて」

「なにを……?」

「この状況をよ! というか、何あんた平然とゼリー食ってる訳!? こんな不思議人類の相手を私だけに任せないでくれるかしら!?」

 

「不思議人類って言えば、改造人間って今どれくらいの普及率なのかな」

「あんたはあんたで何言ってんの!?」

「パパ言ってたもン。魔法族の何パーセントかは、産まれる前に改造が施された改造人間なんだって」

「はあ?」

 

 マンディは馬鹿馬鹿しいと言うように大袈裟な身振りで首を振り、杖型キャンディを口に含んだ。

 

「何よそれ。如何にもクィブラーがネタにしそうな話だけど――クィブラー」

 

 キャンディをしゃぶりながら、マンディはルーナを凝視する。クィブラーという単語から、とある姓を連想したのだ。

 

「何? 私の髪に何か付いてるの? じゃあ取らないでいいよ」

「いや、別に何も付いてないし付いてたとしても取る気はないんだけど――ラブグッド。そう言えば、ザ・クィブラーの編集長の姓も確か、ラブグッドだったかしら」

「そうだよ? ゼノフィリウス・ラブグッド。私のパパ」

「……はあ。成る程」

 

 マンディは納得したように頷くと、途端に一切の興味を失くしたようにルーナから視線を外した。キャンディが噛み砕かれる。

 

「オーケーオーケー。理解したわ。あんたの言葉の信憑性について」

「?」

「ああ、もういいわよ。喋ってくれなくて。というか喋らなくて。オカルトには興味ないの。悪いけれど、その辺について喋りたいなら他を当たりなさい。私は取り合う気ないから」

 

 マンディがひらひらと手を振った。ルーナはそれを夢見るような表情で――つまりいつも通りの表情で見た。そして、

 

「そう。あんたにはアンテナが無いんだね。分かった」

 

 と言い、テーブルの上に置かれてあるゼリーを手に取った。そして何事もなかったように、それを食べた。マンディはそれを奇異なものを見る目で見た。サリーの目からは、特になんの感情も感じられない。

 マンディが意味深に呟いた。

 

「……ルーナ、ね」

 

 二人はその後、会話を交わすことは一切無かったという――少なくとも、今年度一杯は。

 

 

「ああシノブ様……あんなに落ち込んでいらっしゃるわ! でも、私程度の金髪では慰めることが出来ない――ああ、どうすれば!!」

「取り敢えずその頭が痛くなるようなこと言うのやめよっかー?」

 

 忍の丁度対角線上に座るのは、忍を崇拝する金髪少女、モラグ・マクドゥガル。それを冷ややかに流すのは、同じくレイブンクローのリサ・ターピン。

 

「あんたさぁ、あの……何だっけ、シノビだっけ? に、ちょっ」

「 シ ノ ブ よ ? 」

「……シノブにちょっと、傾倒しすぎじゃない? 口を開けばシノブ様シノブ様――もううんざりうんざり」

「おっと、これは穏やかじゃないわね」

 

 モラグはフォークを左手に持ち替え、右手に杖を握ってリサを睨んだ。少し怯むリサ。

 

「幾らリサと言っても、私の信仰を邪魔するのであれば、容赦なくこのフォークで目玉突き刺すわよ」

「やめて?」

「或いはこの杖で鼓膜をぶっ貫いてやるわ」

「やめてやめて!?」

 

 冗談っぽく片付けようとしたいリサだが、残念なことにモラグの目は本気の目。フォークも杖も、既にさっき宣言した通りの攻撃が出来るように構えられている。冷や汗が垂れてきた。

 

「待って待ってよ、何があんたをそうさせたの? 私とあんたはライアーシスターズって事で、絶対誰にも靡かないんじゃなかったの?」

「知らないわね、そんな唐突な設定」

「嘘つけー!!」

 

 リサは汗を拭った。

 

「そもそもあんた、本来はあのマグル生まれを利用するのが目的だっ」

「 シ ノ ブ 」

「……シノブを利用するのが目的だったんじゃなかったっけー? 何逆に取り込まれてんの」

 

 左様、このモラグ・マクドゥガル、本来は大宮忍を利用する為に近寄ったのだ。

 モラグと忍の関係は前章で少し触れた通り、雪の中で黄昏ていたモラグを忍が発見し、金髪同盟にスカウトしたことが発端となっている。だが、そもそもモラグは何故雪の中で黄昏ていたのか?

 

 モラグの目的は、大宮忍という魔法界についてまだ何も知らぬマグル生まれの魔法使いを利用することにあった。純血であるモラグは、完全にマグルを下に見ていた。マグルなら御しやすいと思った。そんな奴でもとりあえず侍らせておけば、将来的にホグワーツにおける上位カーストに食い込めると思っていたのだ。

 しかし結果はご存知の通り、逆に忍に取り込まれてしまったというのが現状である。ああ悲しいかな(本人にとっては結局そんなことはないのだが)モラグはホグワーツにおいて最初の忍信者となってしまったのであった。

 

「分かってないわね。シノブと金髪を愛でることこそ人類の悲願だというのに……ああ、私の幼馴染みがこんなに愚かで悲しい存在だったとは思いもしなかったわ」

「私からは貴女の方が愚かで悲しい存在に見えるんだけどー?」

 

 リサは大きく溜め息を吐いた。

 

「まあいいわ――今年で貴女のその目を目覚めさせてあげる」

「もう目覚めているのだけど? これ以上目覚めているのに更に目覚めるって、何? 今が夢だとでも?」

「そうよ。今の貴女は夢見てるのー」

 

 モラグの両手を降ろすため両手を上から押さえたリサ。だが全く下がらない。

 

「……今年は私も動くからねー。何せ如何にも取り込めそうな奴がグリフィンドールに居るし」

 

 リサが一瞬後ろを向いた。そいつは満足そうな顔でスクランブルエッグを食べている。

 それにつられてモラグもグリフィンドールテーブルに目をやった。ああシノブ様、アリス、今日も麗しゅう! 目を輝かせるモラグ。

 

「…………はぁ」

 

 それを見て、もう何を言っても無駄だろうと悟ったのか、リサは溜息を吐いてテーブルに肘を置き、手の甲に顎を乗せた。すっかり変貌を遂げてしまった親友に対する嘆きの意を込め、もう一度深い溜息を吐いた。

 

 

「おい!」

「…………」

「おい! 聞いてるのか? 返事しろ」

「…………」

「いや聞こえてるだろ! 返事しろよ!」

 

 レイブンクローテーブルに響き渡る(レイブンクローテーブルは他のテーブルより比較的静か。もう予習に集中している生徒が多いのである)怒号。声の主は銀髪三つ編み眼鏡少女、ミーガン・ジョーンズ。こんなんでも学年トップ(から二番目)の成績を誇る秀才である。

 

「……もしかしてだけど、それ僕に言ってる?」

 

 うんざりというように気怠げに顔を上げたのは、ゴールデン・ブラウニッシュ・ブロンドの髪をオールバックにした少年、アンソニー・ゴールドスタイン。学年トップの成績を誇る天才である。

 

「お前以外に私が話し掛ける相手が居ると思っているのか? 馬鹿だなお前」

「僕以外に話し掛ける相手が未だ居ないとか、どんなぼっちだよ。五月蝿いから静かにしろ」

 

「はっ! 学年トップの天才様は勉強する必要なんてありませんって? 自惚れるなよ! じきに私が抜かす」

「何ぬかしてんだと返してやるよ。お前今僕の何を見てその発言をするに至ったんだよ。訳わかんねえ」

 

「ほう? 分からんか? お前にも分からないことがあるのだな、はっ!」

「分からないんじゃない、分かりたくないんだ。分かって狂人の仲間入りしたくないんだよ」

 

「私だって狂人の仲間入りなんてごめんだね!」

「じゃあもうお前死ねよ。既に狂人の仲間入りしてんだから死ねよ」

 

「お前よくそんな軽々しく死ねよとか言えるな!? はっ、天才様も蓋を開けてみればこんなものよ、嗚呼レイブンクローの恥以外の何物でもないわ!」

「お前がレイブンクロー最大の恥だ。まず声のボリューム下げろ、他の奴らの迷惑なんだよそして黙れ」

 

「お前の耳が遠いから、出したくもないのにこんな大声出してるんだが!? 無視しやがって!」

「お前の話を聞きたくないから無視したんだよ、それくらい分かれ」

 

 アンソニーはチップバティ(フライドポテトを挟んだサンドイッチみたいなもの)を中央の皿から一つ掴み、齧った。

 

「その余裕! 食ってる余裕だよ! 他の奴らを見ろ、殆どが勉学に勤しんでる中で、よくのうのうとしていられるな!? 理解に苦しむ!」

「お前はいったい何発のブーメランを隠し持ってるんだよ、理解に苦しむ。お前もだ、お前も僕に話し掛けてる暇があるんだったらさっさと勉強しろようざってえ」

 

「おやお優しいことで! 目下の私を心配する余裕があるか!? そいつは虎視眈々とお前の首を狙っているというのに!」

「じゃあさっさと自分の首を斬り落とせ。『首無し狩』に参加して永遠に僕の前にその姿を見せるな」

 

「ほう? 怖いか? 私にトップに立たれることがそんなに怖いか!」

「お前の首を断つ話をしてんだよ。なんだよその訳分かんねえポジティブシンキング。なんでお前みたいな奴が学年二位なのか理解に苦しむ」

 

「苦しめ苦しめ! 何なら『磔の呪い』でも掛けてやろうか? はっはっは!」

「ああ掛けてほしいね。さっさと掛けて『アズカバン』に投獄されろ」

 

「掛けてほしいだと!? お、お前そんな趣味が……気持ち悪い、近寄るな!!」

「気持ち悪いのはお前だし近寄ってんのもお前だ。人の話聞けよ。都合の良いことしか聞けねえのかよ」

 

「はあ? そんな訳無かろうが! 私を馬鹿にするのも大概にしろよ天才!!」

「馬鹿にしてるんじゃなくて馬鹿なんだよお前は。ふざけんのも大概にしろ秀才」

 

「はっ! わざわざ秀才と呼んでくれるとはありがとうございますよ天才様! 自分より勲階が低い相手にわざわざ!!」

「……もうそろそろマジでうざくなってきたから止めろ。何回同じような話繰り返してんだよ。誰が得するんだこの会話」

 

「私だってしたくない!! 私の所為にするな!!」

「誰が何と言うまでもなく盤上一致でお前の所為だよ……」

 

 似たような会話がループする謎の空間に居る二人。アンソニーと言えど、そろそろ本気で苛立ってきたところで、

 

「やあ、何話してるんだい?」

「っ!?」

 

 突然ミーガンの背後から女の声がした。不意を突かれ、彼女は慌てて声のした方を振り返った。

 そこにいたのは、桃色の髪の少女。左目が前髪で隠れており、片手には灰色表紙のペーパーバック。レイブンクローの三年生【稜河原りせ】である。

 

「なんだリセか……おどかすな」

「あはは、ごめんごめん。別にそんなつもりはなかったんだけどね――楽しそうに話し込んでたものだから、ついね」

「はあ!? 楽しそうにだと!? おいおいリセ、貴様の眼と神経を私は疑う」

「おや。眼を疑われちゃあ困るな。眼が正常に働かないと、本が読めないじゃないか」

 

 りせは肩を竦めて首を振った。

 

「まだまだ読んでない本が沢山あるっていうのに眼に異常がある所為で読めなくなったら、死んでも死に切れない。図書館に憑くゴーストになるだろうね――トイレに住む亡霊【嘆きのマートル】のように」

「あれはそういう理由で憑いてるんじゃ」

「知ってるよ。勿論ね。場所に憑くゴーストの一例として挙げただけさ」

 

 そう言うとりせは踵を返して歩き出す。

 

「どこ行くんだ? まだ宴は終わってないだろう」

「宴を楽しみたいのは山々なんだけどね――生憎こういう時間も有効に使っていかないと、在籍中に全ての本を読めそうにないのさ」

「ふん、全ての本か……読む価値のある本だけ読んでおけば、それで良かろうに」

「読む価値のない本なんて1冊たりとも存在しないよ」

 

 ましてや、この魔法界には特にね――そう言い残すと、りせは大広間から静かに出て行った。

 

「……相変わらず変な先輩だな、あいつは」

「変かどうかは兎も角、あの人の姿勢には見習うべきものがあると思うけどね、僕は」

「あ?」

 

 アンソニーが言った。

 

「ああいう、何かを頭ごなしに否定しない姿勢ってのは、大半のレイブンクロー生が持っていないものだ。どんなものからでも知識を得ようとする、初めから決め付けないその姿勢――特にお前には絶対ないものだろう?」

「はぁ!? それはなんだ!? 私を馬鹿にしてるのか!? 上等だ表出ろ」

 

「図星かよ……いやまあお前のことなんて知ったこっちゃないけどさ、ミーガン、その性格本当どうにかしろよ。だから友達出来ねえんじゃないのか?」

「友達なんざ要らん! 友達? なんだそれは! はっ!」

 

「……じゃあそんな訳だから」

「どんな訳だ? あ? 逃げるのか? おい逃げるのか? 腰抜けめ」

「煽りの程度が低過ぎる……」

 

 ――こんな聞いていて苛々してくるような会話が長々とひっきりなしに発生しているという環境でありながら、学年トップレベルの成績優秀者だらけのレイブンクローという集団の異常っぷりがよくお分かりになられたであろう。元凶たるこの二人が成績ダブルトップという点も含めて。

 

 

 

〈Hufflepuff table〉

 

 

「改めまして。チノちゃん、メグちゃん、ようこそ! 私のハッフルパフへ!」 

 

 はてさてこちらはハッフルパフテーブル。宇治松千夜がにこにこと笑いながら新入生である香風智乃と奈津恵の皿にピザやらフィッシュアンドチップスやらを盛っている。

 

「いやあんたのじゃないから。どうしてそんな自信満々に所有宣言出来るのよ」

 

 ミルクティーを飲みながら桐間紗路が言う。

 

「あんたはうちの寮の支配者かっての」

「今はまだ違うわよ? でもいつかは私物化してみせるわ」

「やめなさいよ! 何訳の分からない野望を抱いてんのよ!」

「くるしゅうない、表を上げい! って、全校生徒に向かって言ってみたいわ」

「王様ゲームで我慢しときなさいよ……」

 

 千夜は野心家なのであった。まあこの辺りは普通に冗談なのだが。この思考が本心からのものであったとするならば、千夜はもう一つ隣の寮に入る筈だ。

 

「……あ、あの、千夜さん。もう結構です。そんなに入れてくれなくても」

「わ、私たちじゃ食べ切れないよ〜」

 

 智乃と恵が、紗路をからかいながらもよそう手を全く止めない千夜を慌てて静止した。千夜は一瞬キョトンとした顔をし、そして納得いったように笑みを取り戻してから椅子に座った。

 

「あら。ごめんなさい、余りにもシャロちゃんが欲しいところにツッコミを入れてくるからついヒートアップしちゃって……すっかり忘れてたわ」

「私たち忘れられちゃった!?」

「冗談よ♪」

「ふえぇ!? そ、そっかあ〜。良かった〜」

「というのも冗談よ♪」

「ええぇぇっ!?」

「これもまたまた冗談♫」

「う、うわあぁぁ……えっと、今のが冗談ってことは、えっと、えっと〜!」

「メグさん落ち着いてください! 真に受けすぎです!」

「もう、千夜ぁ!!」

「ふふ、メグちゃん可愛い〜♬」

 

 あたふたとする恵を見てにこにこと楽しそうに微笑む千夜。呆れる紗路。

 端から見ればただ新入生をいびっている性格の悪い上級生にしか見えないが、しかし性質の悪いことに千夜にそんなつもりは一切ない。寧ろ慣れない環境に方り込まれたが故の緊張を解そうとさえ思っている。悪意は全く含有されていない。

 

「千夜さんはどこに居ても千夜さんですね……何故だか安心しました」

 

 少々呆れつつもこのノリには慣れているので安心感さえ覚えてしまった智乃。よそってもらったピザをぱくり。

 と、その時!

 

「…………ふふっ」

 

 千夜の目が煌めいた。

 

「ぐふっ!?」

 

 すると、突如智乃が口元を押さえて咳き込んだ。何事かと恵が目を丸くする。

 

「か、辛いっ!? イ、イギリスのピザってこんなに辛いんですか……」

「ふふふ……違うわよ、チノちゃん」

「え!?」

 

 千夜はそう言うとにこやかに、小さな小瓶を取り出した。小瓶には『悪霊の火よりも熱くなる』との宣伝文句が書かれていた。

 

「これぞ、殺人級香辛料『悪竜の火』――ピザの何切れかに振りかけたの」

「なっ……!?」

「何やってんの千夜ぁ!!?」

「ふふ……さあ、スリルを楽しみましょう♪」

 

 千夜は(傍迷惑なこと極まりないが)宣言し、ピザを一切れ取り、それを食べた。

 

「ぐうっ……!!」

「「「…………」」」

 

 と同時に、テーブルに突っ伏した。こういう時に何故か自滅してしまうのが、宇治松千夜なのであった。

 

「ざまあみなさいよ」

「シャロちゃん……少しは哀れみの言葉とかないの?」

「まあ、ある意味哀れね。というか、なんで自分で振りかけておいて自滅するのよ」

「だって……私だって、参加したかったのよ!」

「同情の欠片も湧いてこないわ!!」

 

 涙交じりに訴える千夜に対する紗路の反論。自業自得なのであった。

 

 

 同じ頃、

 

「こ、香辛料……百味ビーンズ……」

「うぅっ、頭がぁ……っ!」

「あ、ぁぁぁぁぁ…………」

 

 隣の席から聞こえてきた悪夢のワードにトラウマを刺激された小路綾、猪熊陽子、恋塚小夢。頭を抱えて俯いた。

 

「相当参ってるらしいわね……」

「そんなに過酷だったの……? 百味ビーンズロシアンルーレットって」

「そうね……思い出したくもないわね……」

 

 大袈裟ともとれる三人の反応に困惑した様子の若狭悠里。訊ねられた色川琉姫は、しかし思い当たる節があった。悠里はあの時参加していなかったが、琉姫は参加し、しっかり被害に遭っていたのであった。

 百味ビーンズロシアンルーレットと呼ばれるあの悪名高き悪夢の一部始終はPart.1で描かれている。気になる方は是非一読あれ。魔法界の闇を垣間見ることが出来る。色々な意味で。

 

「私だけ知らないなんて、なんだか仲間外れにされたみたいで、ちょっと寂しいわね」

「いやいや、あれは体験しない方がいいぞ」

「本当駄目。あれは本当、駄目」

「寧ろ体験していないりーちゃんが羨ましいわ」

 

 直、香奈、琉姫の三者が口を揃えてこき下ろす。まあ、血液味やら腐った卵味やらオートミール味を食べさせられた身としては当然の反応である。

 

「そんなに言われると……余計やってみたくあるわね。ロシアンルーレット――ね、こゆめちゃん」

「思わない!! 全然思わないよ!?」

 

 悠里の言葉を全力で否定する小夢。世界第2位(マグル基準)の辛さを味わったのだ、無理もない。

 

「ゆ、悠里は知らないからそんなこと軽々しく言えるのよ……やってみたら分かるわ。あのゲームの恐ろしさを……」

 

 身震いしながら綾が言う。こちらは世界第3位(ノーマジ基準)の辛さを味わった。

 

「う……そ、そこまで言われると……」

 

 怖いもの見たさにも限界がある。元々とある事象が関わらなければリスキーな行動はしないのが悠里、流石に萎縮する。

 

「くぅ……でも、いつか絶対にリベンジしてやるんだ! あんなままじゃ終われねーよー!」

 

 無謀と勇気は違う。そして陽子は無謀だった。大食いキャラが食べ物関連のトラウマを抱くなど言語道断であると闘志を燃やす陽子――世界第1位(白人(シロ)基準)の辛さを味わっておきながらまた奮起するというのは、ある意味尊敬に値するメンタルなのかもしれないが。

 

「でも陽子、またあんなのに当たったら……」

「それこそ望むところだよ! リベンジなんだからな」

「陽子、それ一人でやってよね」

「なんで? またみんなでやろーぜ!」

「嫌よっ!!」

「マジか」

 

 語気を強めて拒絶する綾。しかし悠里は、

 

「……や、やっぱり……私だけ仲間はずれは、ちょっと嫌ね。それに、こゆめちゃんの姉として、それ(百味ビーンズ)がどんなものなのか知らなくちゃ」

「おお! 流石りー! 意外とノリ良いなあ!」

「いやりーちゃん私のお姉ちゃんじゃないよね!?」

「! あ、あら。そうだったかしら? なんならりーねー、って呼んでくれてもいいのよ?」

「いや、普通にりーちゃんでいいよ」

「そう」

 

 突然の姉宣言に戸惑う小夢。心愛にでもあてられたのだろうか?

 

「ははは、悠里って大概のことは何でも出来るのに、冗談は下手なんだな」

「ふ、ふふ……」

 

 直が茶化す。曖昧に笑う悠里。

 

「ようし! じゃあ今夜だ! ロシアンルーレットに再挑戦だ! いいよな!」

「こ、今夜!? も、もしかしてだけどそれって強制参加? だったりしないわよね!?」

「いや、流石に強制はしないよ」

「よ、よね」

 

 胸をなでおろす琉姫。

 

「でも陽子、やるはいいけど」

「あ、良いんだ」

「し、仕方なく容認するのよ! 悠里もやりたいって言ってたし! 勘違いしないでよね――そもそも百味ビーンズはどうするの?」

 

 ツンデレ気味に綾が聞いた。

 

「んー、そこなんだよなあ」

「目処立ってなかったのね……」

 

「百味ビーンズなら、私持ってるよ〜」

「え!?」

 

 少し遠くの席で百味ビーンズの箱を振る恵。

 

「マジで!? 貰っていいの!?」

「いいよ〜。ね、チノちゃん」

「そうですね……私たちは間違いなくもう食べませんからね」

 

 思い出したくないものを思い出したような暗い声でチノが言う。

 カットされたが、ホグワーツ特急内で智乃、恵、麻耶は百味ビーンズを体験済みである。その際引いた味は記載しないが、三人とも痛い目を見たとだけ記述しておこう。

 

「話は聞いたわ。またロシアンルーレットやるのね! 私も全面協力するわよ!」

「千夜!」

「シャロちゃんと一緒にね!」

「なんでぇ!?」

 

 先程のピザゲームの仕掛け人が、まさかこんな愉快そうなことに絡んでこない筈もなく――紗路は完全にただ唐突に巻き込まれただけなのだが。

 

「よっしゃあ! それじゃ、やる奴は私の部屋に集合なー! あはは!」

「やれやれ……」

 

 

「どしたの? モエコ」

「あ、スーザンちゃん」

「スーザンでいいから」

 

 同じくハッフルパフテーブル。テーブルに並ぶ豪勢な料理をまじまじと見ながら顎に手を当てている時田萌子にスーザン・ボーンズが不思議そうに言った。

 

「何か考え事?」

「うん……これだけの料理を作るのに、どれだけ時間が掛かるのかな、って」

「はー。まあ確かにだね。こんな量作るなんて、私だったら一週間以上は掛かっちゃうなあ。いやそもそもこれ程のクオリティで作れない訳だけど」

「仕込みとか、いつからやるんだろう」

「これだけの量だし、一週間じゃきかないよね――モエコは料理人になりたいの?」

「ん、そういう訳じゃなくって」

 

 萌子は大広間の扉に目をやった。スーザンもそれにつられて見る。

 

「こんな大仕事をこなす屋敷しもべ妖精さんって、凄いなあって思ったの」

「ほー。……言われてみればそうだね。なんか当たり前過ぎて特に何も思わなかったけど」

 

 厚切りベーコンサンドを一切れ皿から掴み、食べた。

 

「当たり前?」

「うん。ほら、屋敷しもべ妖精が重労働をするって普通のこと(・・・・・)じゃない? だからあんまり、あれらの苦労とか考えたことなかったなあって」

「ふ、普通のことって……いやいや普通じゃないよ! 重労働が普通!? そんなの幾ら何でもおかしいよ!」

「きゅ、急にどうしたのモエコ!?」

「あっ、ご、ごめんね!?」

 

 突然のヒートアップに驚くスーザン。萌子自身も自分の昂りに驚いた。

 

「そ、そういう文化……なのかな。魔法界って」

「どういうこと?」

「うーんと」

 

 萌子は顎に人差し指を当てて考える。

 

「なんだかね、私思うの。屋敷しもべ妖精さんたちって、ちゃんとよく扱ってもらってるのかなあって」

「…………?」

 

 ピンとこない様子のスーザン。萌子は続ける。

 

「いや、だってね? 私前に厨房に入ったことあるんだけど、そこではみんな、服を着てなかったんだよね――いや、裸って訳じゃないんだけど……余り物の布切れを適当に着てたっていうか……」

 

 萌子はベーコンサンドをじっと見つめ、言う。

 

「……もうちょっと、待遇を良くしてもらったらいいのにな、って」

「あー……なるほど」

 

 スーザンは腕を組み頷いた。

 

「えっとね、モエコ……屋敷しもべ妖精にとって、衣服を貰ったりするのは凄く不名誉なことなの」

「えっ!?」

「屋敷しもべ妖精って、名前の通り、誰かに仕えて働くことを生き甲斐にしてるらしくてね。でも、衣服を貰うってことは、ご主人様からの解雇通知と同じことなんだって。もう働くな、みたいな」

「ええっ!?」

 

 萌子は驚愕に目を見開き、暫くわなわなと震えた後、頭を抱えた。

 

「あ、ああ、あああ……」

「えっ、何その反応……ま、まさか、服とかそういうの、あげちゃったの!?」

「そ、そうじゃないよ! でも、うん、それやるつもりだった……あ、危なかったぁ」

「えぇ……いや本当に危なかったね」

「まさか、あの子たちがそんな文化の中に生きていたなんて……い、異文化交流の難しさを思い知ったよ」

 

 異文化交流というのなら、この会話自体がある意味異文化交流だったりするのだけれども。

 

「うん……やらなくて正解だよ。屋敷しもべ妖精の中には解雇されて、そのショックで心臓発作を起こした子もいるって話だし……い、いやまあ大袈裟なただの噂話だと思うけど」

「し、しんぞうほっさ……」

 

 萌子の心臓がばくばくと音を立てる――危なかった。自分は一人(一体?)或いは大勢の命を奪ってしまっていたのかもしれなかっただなんて――萌子は思った。

 まさしく余計なお世話。これからはもう少し相手の文化を知った上で行動しようと、萌子は深く反省したそうな。

 

 とは言え。

 

(…………本当にそうなのかな?)

 

 と、多少ながら疑念が残らなかったかと言えば、そんなことはなく――。

 

 

 

〈Slytherin table〉

 

 

「いやあ、誇り高きスリザリンに入寮出来るとはなんと誉ある栄誉! おっと、同じ意味の言葉を並べてしまったかな? 頭痛が痛い、みたいな!? きゃっはっは! きゃっははは!」

「…………」

 

 こちらはスリザリンテーブル。テンションが全く真逆なグリース姉妹――テンションの高い方が妹のアフルディーナで、低い方がメルジーナ。

 

「テンション高いっすね、ディーナちゃん」

 

 黒川真魚が少し引き気味で言う。

 

「ジーナちゃんと全っ然違ってビックリっすよ。似た者姉妹じゃないんすねー」

「きゃっははは! やめて下さいよマオせんぱあい! こんな姉と私を一緒にしないで欲しいですね! 似てない似てないなあんにも似てない! こんな姉!」

「そんなに嫌なんすか……?」

「嫌ですよあったりまえでしょ!? こんなくっらい女と姉妹だなんて、自殺もんですよお!」

「いや自殺もんって……そこまで言わなくてもいいんじゃないんすか?」

「マオせんぱあい、そんな風にこの愚姉を庇わなくていいんですよお? こんな馬鹿に同情心なんていりませんって! 心遣いの無駄遣いってやつです」

 

 きゃはは、と、アフルディーナは笑う。嘲り笑いながらナイフでメルジーナを指した。突然刃物を向けられ、びくりとする真魚。

 

「悪い子にはちゃんと躾しなくちゃならないんです、良い子になるまでねえ」

「……お前の"良い子"の基準なんて」

「あ? なんか言ってる?」

「……別に」

「ふん、反抗的な女」

 

 アフルディーナはレアのステーキにナイフを突き刺した。

 ざくざくと。

 

「そんなんだからお母様によく思われてないってのが分かんない訳? ……ねぇ? 困った姉なんですよこいつは。だからあんまり付き合わない方がいいですよお、マオせんぱあい」

「いやいや……まあ、家でのジーナちゃんがどんなかんじなのかは知らないっすけども、私から見れば普通に良い子っすよ? なんでスリザリンなのか分かんないくらいに」

「嗚呼お優しいせんぱい!! 良かったなお前、ここまで私が言っても庇ってくれる奴がいて! 普通ならここでお前のことなんて見限るよ? よっぽど上手く立ち回ったんだなあ! でなければお前がこんなお優しいお方とお知り合いになれる訳ねえもんな!!」

「…………」

 

 メルジーナは芝居掛かったアフルディーナの煽りを無視してフォークを手に取った。それがアフルディーナの癇に障ったようで、

 

「ちょっと! 妹様の仰ることを無視し申し上げるおつもりですかあ、おねえさま? 嫌なことがあったら無視するとか、嗚呼嘆かわしきは我が愚姉! きゃっははー!」

 

 けらけら笑いながらステーキを一枚平らげたアフルディーナ。ナイフで皿の端をカチンと叩くと、再び皿の上にレアのステーキが現れた。裏で頑張るしもべ妖精。

 

 すると、いい加減我慢ならなくなったのか、むっとした表情で真魚が言った。

 

「……あのっすね〜……ちょっとさっきから聞いてれば、ジーナちゃんに無茶苦茶言い過ぎじゃない? 仲が悪いのは気分悪くなる程に伝わってきたっすけども! ジーナちゃんの何が気に食わないんすか、ディーナちゃんは!」

「は? ……けらけらけらけら」

 

 アフルディーナは露骨に嫌そうに顔を歪め、真魚の方を向いた。今まで以上に作り物っぽい笑い声を出しつつ。

 

「あのですねぇ、マオせんぱあい。この愚姉の肩をもとうとするの、やめてくれませんかねえ? こっちとしても面白くないし、何よりそれをされるとお母様にとっても非常に困るのですけれど」

「お母様って……いや、そう言われても!」

「お母様の言うことは、絶対! 絶対!! 絶対!!!」

「っ…………」

 

 苛立ったように"絶対"を連呼しつつ、肘でテーブルを叩くアフルディーナ。怯む真魚。

 

「お母様の邪魔だけはさせませんよ、せんぱい。まあ別に私もことを荒らげる気はさらっさらありませんし、取り敢えずここ(ホグワーツ)では自重しますけれどもねえ――あんまり私たちのことに口を突っ込むのは是非とも是非是非、止め申し上げて欲しいですねえ」

「……詮索する気はないっすよ、勿論……ディーナちゃんが、その態度を改めるならって条件だけど」

「その態度? どの態度でしょう?」

「ジーナちゃんに対する態度っすよ!!」

「あーそれ? ちっ、うz……はいはい! 分かりました分かりましたよ! このアフルディーナちゃんは分かりました! 我が敬愛すべきせんぱいの言うことはちゃあんと聴きますよお! やれやれ、困ったせんぱいだ……」

 

 芝居掛かった、心にも思っていないであろうことが誰の目にも分かるような口調でアフルディーナが言った。

 

「はいはいごめんごめん駄姉。続きはまた今度……つーかまあ、態々こんなところでお前と絡む必要そもそもないんだし。要所要所で虐めればいいだけだし! ちえっ!!」

 

 アフルディーナはレアのステーキを、ナイフで切らずにそのまま噛み齧った。口の端から垂れた肉汁は赤みがかっており、その苛立たしげな様子がそう見せるのか、まるで血が滴っているかのように見えた。

 

「あー冷めた冷めた超冷めたー! 席変える! もー、もー、もー!!」

 

 ぐちゃぐちゃとステーキを一気に食べ切ったアフルディーナは、そんな子供染みたことを言いながら、さっきまでステーキの乗っていた皿とフォークを持って立ち去った。

 

 少し唖然として――真魚とメルジーナは顔を見合わした。

 

「……えっと……その、マオ」

「き、気にしてないっすよー。ま、まあ、個性的な妹ちゃんっすね!」

「……ありがとう」

 

 友人の妹の真実にぶっちゃけドン引きしながらも、気を遣わせまいとする真魚。メルジーナは力ない笑みを返すのみで――。

 

 

「やっほー。新入生ちゃん」

 

 二人組――というか双子の少女は、ぬらりと声のした方を向いた。青い眼をしたブロンドヘアの少女たち。見掛け上は眼の色の濃淡以外に外見上の違いはない――フローラ・カローとヘスティア・カローだ。

 そこに居たのは皿とフォークを持った銀髪少女。邪悪さがありありと滲み出た笑みを浮かべているのは、同じく新入生、アフルディーナ・グリース。

 カロー姉妹は一瞬眉を上げたが、すぐにそっぽを向いた。

 

「ちょいとちょいとお二人さあん!! そりゃあないよー! べっつに私たち知らない仲じゃあないんだしさあ! ねね、お隣いいかな?」

「……何の用」

 

 不機嫌そうな声でフローラが言った。アンティークドールのように可愛らしい姿に似つかわしいハスキーボイスだが、どこか空虚さを感じさせる。

 

「我々は暇じゃあないのだ」

「そう言わないでよヘスティアちゃあん!」

「我はフローラである」

「あれ? そうだっけ? あっそ、まあどっちがどっちだろおとどうでもいいや――暇じゃないっつったって、別に今からなんかするってえ訳じゃあないんでしょー?」

 

 よいしょ、と、問答無用でフローラの隣に座るアフルディーナ。姉妹が眉をひそめる。

 アフルディーナが皿を置く。すると一瞬の瞬きのうちにまたもやレアのステーキが。

 

「……あたいたちに絡まないでくれる? グリース――あたいたち、別にあんたと仲良くしたいわけじゃないのよ」

「んもー、そう言わないでよフローラちゃあん」

「ヘスティア」

「Sorry!!! ……お前ら、前会った時より随分と見分けつくようになったねえ? 何かあった?」

「「別に」」

「あっそ。やれやれ、愛想のないこと!」

 

 真顔でステーキをフォークでざくざくと刺すアフルディーナ。それを不快そうに睨むカロー姉妹。

 

「アミカスおじちゃんとアレクトおばちゃん、元気? 不元気?」

 

 ステーキを刺しながらアフルディーナが訊いた。

 

「……まあ元気よ。ぐーたらしてやがるのを元気と表現するならだけれど」

「きゃはははは!!! きゃはは!! そう!! きゃっはははは!!! あーごはん美味しい」

「ヘスティア、こいつ殴って良いか」

「殴っていいわ」

「ごめんなさいマジ本当申し訳ない謝りますすみませんでした」

「「死ね」」

「お前ら辛辣すぎない?」

 

 穴だらけのステーキをフォークの先で弄びながらアフルディーナが呆れたように言った。しかしながら真に呆れられているのは彼女の方であることは誰の目にも明らかであろう。

 

「仕方あるまい。お前のところの母親と違って、こっちはロクでなしデブなんだから」

「きゃははははっ! お母様への賛辞は有り難く受け取っておくわー! ええそうよそうそう、私のお母様は仕事熱心なんだから! きゃはっ!」

 

 けらけらと笑うアフルディーナ。ぐずぐずになったステーキを口の中に次から次へと放り込む。

 

「……で?」

「んん?」

 

 肉を頬張ったまま、とぼけているかのように――というかとぼけて首を傾げるアフルディーナ。

 

「もう一度だけ言ってやる――何の用だ」

 

 それを見て、苛立ち気味にフローラが言った。

 

「んもー、そんな怖い顔するなよな、きゃっははー……」

 

 もぐもぐと肉を食らう銀髪少女。食べ尽くし、赤い汁まで啜り、舐め切ってから、漸く彼女は言った。

 

「私の邪魔はしないでよね」

「「…………」」

「絶対にしないでよね――手助けも、協力も、何もかも不要だから。お前らが何考えてるのかは興味ないから知らないけれど、いい? 少なくとも今年は、何もするなよ」

 

 ぎろり、と。

 髪と同じく銀色の双眼が姉妹を睨む。姉妹は表情一つ変えず、その目を見つめ返した。

 

「……うん! 以上! 私が言いたいのはこれだけですっ! 質問はある?」

「「ない」」

 

 声のトーンが明るくなり、おどけるようなことを言ってみたものの、姉妹の反応はこれ以上なく淡白。さらに追い討ちをかけるように、

 

「ないから消えろ」

「帰って」

「やだよぉぅ、座る場所ないもーん!」

「じゃあ地べたにでも座っているがいい」

「お前らそんなに私が嫌なのかい」

「「ウザい」」

「…………」

 

 アフルディーナは冷めきった顔で、ケチャップをチューブ飲みした。それをやはり不快そうに姉妹が見つめていたのは言うまでもない。

 

 

「ふん……どいつもこいつも下級生に振り回されて、純血としての誇りはないのかねぇ」

 

 気取ったような声で呟くのは、お馴染みの金髪少年ことドラコ・マルフォイ。彼を警護するように取り囲む取り巻き共は、トロール並みの知能でお馴染みグレゴリー・ゴイルとビンセント・クラッブ、パグ犬めいた顔のパンジー・パーキンソン。

 

「僕ならあんな連中に遅れをとることはないね。間違いない、断言しよう――数分足らずで僕の足元に跪くようになる」

「きゃー! さっすがドラコ! 数分と言わず数秒で十分だわっ! きゃー! ……まあそもそも私が近付けさせないんだけど」

「数秒? はっはっは! おいパーキンソン、そう言うなよな。そんなの言うまでもなく当たり前のことなのは僕自身分かってるさ。でも一応あいつらは新入生だし? ほんの少しだけ余裕をもたせた言い方をしただけさ」

「きゃー! さっすがドラコ!!」

 

 ドラコはワイングラスを掲げ、クラッブの前へと突き出した。クラッブはニヤついた顔でグラスに紅茶をぶちまけた。

 

「熱っ!!!」

「ドラコー!!?」

 

 そう、注いだのではない。ぶちまけたのだ――紅茶を淹れる際、容器から必要以上にドバドバと紅茶が溢れ落ち、ドラコのローブをべちゃべちゃに濡らした。

 

「お、おいコラクラッブ!! お前、お、お前、紅茶を淹れることさえも出来ないのか!? お前トロールでもそれくらい出来……ないけども!! もう比喩とかじゃなくてマジにトロールなんじゃないのかお前!?」

「へへへへ」

「何ニヤついてんだ!!?」

 

 ドラコは舌打ちして紅茶を飲んだ(一応グラスに入ったっちゃあ入っていた)。そして濡れたローブを嫌そうに脱いだ。

 

「お前マジお前……あーもうどうしてくれるんだい、これ……皺一つなかったんだぞ! それが一日目でぇ!! 父上が知ったらどう思うか……つーか、父上に言うぞ!!」

「へへへへ」

「何がおかしい!? おいゴイル、お前何か言ってやれ!」

「…………」

「言えよ!! 全くお前らときたら……おいパーキンソン!」

「!?」

 

 突如呼びかけると、ドラコはパンジーに向かって濡れたローブを投げた。慌ててそれをキャッチするパンジー。

 

「洗っとけ。完璧に! 一切のほつれも許さないぞ! 僕に付きまとうのなら、それくらいの役にはたてよな、パーキンソン!」

「っ! ド、ド、ドド、ドラコの、ふ、服を? わ、わ、私が? 洗う?」

「そうだよお前だよ」

「きゃーーーっ!!! 光栄!! 光栄よドラコ!! ええ勿論よ、全身全霊を賭けて洗わせて頂くわっ!! うふふ、ドラコの服ドラコの服ドラコの服ー!!!」

「うるさいぞお前……」

 

 若干引き気味のドラコ。何か色々面倒そうだし、やっぱりしもべ妖精どもにやらせるべきだったかなあ、なんて思ったりしていた。

 

「ねえ、これ着てもいいかしら!? 濡れちゃってもいい!?」

「気持ち悪いことを言うな気持ち悪い!」

「駄目!? せ、せめて、繊維の一本だけでもお恵みを……!」

「ほつれさせんな、って言っただろうが!!」

 

 溜め息を吐き、ドラコは自分で紅茶を淹れた。どうせゴイルにやらせたところで似たような結果になるのは目に見えているのだ。

 

 鼻息と吐息を荒くするパンジーを後悔しながら目の端に捉え、紅茶を見た目だけは優雅に飲むドラコが思うことはただ一つ。

 

(僕の周りにまともな奴はいないのか)

 




 待たせたな!(約一カ月以上)
 いやもう本当、情けない限りです。まさかこんなに時間がかかってしまうとは……せめて月に三話は投稿する予定だったのに、どうしてこうなった。

 それはそれとしてそんな訳で、久々の投稿はひたすら雑談しているだけの回でした。そして漸くレイブンクロー勢がまともに登場。今まではロクにキャラ設定が固まっていませんでしたからね。今でも設定が固まっていないキャラを大勢抱えている寮なのです……。

 次回更新は、出来る限り近いうちに――とは言え、多分次は日本勢の話を更新しますので、ホグワーツの方は今しばらくお待ちください。

 

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