という訳で、いよいよ魔法界突入。まずはわかば勢の話から。
魔法界へようこそ その1
【第5話】
ファーストイエロー・マジックワールド
[001]
魔法界に、かつて暗黒の時代が訪れた。
悪を超えた悪、闇を超えた闇を司る邪悪なる魔法使いは、その圧倒的な力と恐怖を以って人々を虐げた。
今では暗黒の時代は既に幕を降ろした。闇の帝王は己の力を過信し、己の魂を引き裂き過ぎたが故に、自滅と呼ぶべき自業自得の最期を迎えた。
在りし日の手記に、一族の象徴たる指輪に、湿原の蛇のロケットに、谷間の穴熊の杯に、谷川の鷲の髪飾に、闇を表す大蛇に、己の魂を割いた男に残された魂は、遂に最期の時を迎えた。
それは自滅以外の何物でも無く、劣化した魂が砕け散るのは自然の摂理。如何なる魔法を以ってしても、魂の時間は、止められなかった。
[002]
「お、おい! 何か光ってるぜ!」
「やったか!? 成功か!?」
崩れかかった小さな石小屋で謎の儀式を行う二人の少年が居た。彼等の視線の先には、赤く光る大きな円陣があった。
「成功じゃないのか!?」
「やったぜ! これで一安心だ!」
「でも、何を転送してくるんだろう?」
「さあな、でも珍しい物だと良いな」
「ああ、特にマグル製品だと良いな」
「そりゃ良い。ママは兎も角、パパには絶対怒られないな!」
「若しくは、マグルそのものとか」
「ああ、そりゃあ面倒過ぎる。御免だぜ」
「だな」
「! おい! なんか回転しだしたぞ!」
赤い円陣は、段々と加速しながら時計回りに回転を始めた。
そして、円陣は下へ向かって赤い光を放出し始めた。
「来るぞ! 来るぞ!」
「来たぞ! 来たぞ!」
二人もまた、期待で目を光らせる。
そして、一呼吸置いた後――。
「痛っ!?」
光の中から現れたのは、東洋人をイメージする黒髪ロングの髪にクローバーの髪飾りを付けた、自分達より二つ年下のような少女であった。
「痛いですわ……あら? 貴方方、何方様?」
少女は、如何にもマイペースな風に、そう尋ねた。
「そりゃこっちの台詞だぜ」
「そいつはこっちの疑問だ」
[003]
「若葉ちゃ――ん!? 痛っ!? え!? なに!? ここは一体!?――ぐぅっ!?」
「ぐあっ!? はっ! 何だここは……死んでない……死んでないぞ! やった! 二次元だ! 辿り着いたぜオアシスに! ――ぐあっ!?」
「ぐえっ……あ、柴さん。クッションになってくれるなんて気が効くっすね」
円陣が再び光ったかと思うと、円陣から立て続けに3人の少女が現れた。橙色の髪を持つ少女、三つ編みで眼鏡を掛けた少女、桃色の髪を持つ少女――。
「あら、皆さんお揃いで」
「お揃いでじゃないよ若葉ちゃん! 何であんな危ないこと何の躊躇も無くやっちゃうの!? 馬鹿なの!?」
「馬鹿!? そこまで言われる謂れはありませんよ!? ――だって、気になったので……」
「気になったからって軽率に動いちゃ駄目だよ若葉ちゃん! どんな教育を受けて育ったの!?」
「モエちゃん言い過ぎっすよ……」
混乱の余り、キャラが崩壊しまくっている萌子を宥める真魚。
一方、直は平静を――。
「ほら、やっぱり二次元へのゲートだったんだよ! 私の言った通りだ! さあ、攻略するぞ!」
――保っているとは言い辛いが、まあ、これがいつもの直なので、別に問題無い。
さて、この状況に置いてけぼりを一番食らっているのは、彼女達を呼び寄せた張本人である所の彼等なのだが。
「おい、ジョージよ。どうする」
「どうするって言われても……どうする?」
「僕に聞くなよ」
「僕にも聞くなよ」
「もう一回、さっきのやるか?」
「駄目だ、もう材料が無い」
「これは良くない……良くないぞ……」
「ああ……確実にママに大目玉を食らうね」
「隠さねえと」
「ああ、隠さなきゃ」
狼狽える二人が選んだのは、証拠隠滅の道であった。尤も、これが効果があるかどうかは、彼等は十分に分かっていたが――。
「やあ、そこの麗しき乙女達よ」
「やあ、そこの美しき乙女達よ」
息はこれ以上ない程にばっちりであった。ハモりが素晴らしい。
「その――勝手な事言って悪いと思うけど、暫くこの小屋の中でじっとしててくれるかい?」
「頼むぜ」
「嫌っす」
「何故ですか?」
「理由を言え」
「貴方達誰なの!?」
「……」「……」
初対面の相手にいきなりこんな事を言っても通じる訳は無く、皆一様に申し出を断るのみ。まあ、至極当たり前の事であるが。
「僕はフレッド――フレッド・ウィーズリーだ。こっちはジョージだ、宜しく」
「ウィーズリーブラザーズさ」
「はあ……私は小橋若葉です」
「名乗っちゃうの!? ええ……わ、私は時田萌子……」
「じゃあノリに乗って、まおは黒川真魚って言うっす! まおって呼んでねー」
「私は真柴直だ」
「ワカバ、モエコ、マオ、ナオか。よし、覚えたぜ!」
「珍しい名前だな。なんか東洋の名前みたいだ」
「そうかな? 私から見れば、えっと……フレッドさんとジョージさん? の方が、変わった名前だなって思うな」
「そうだな。私達の名前が東洋みたいって言うなら、貴方らの名前は西洋の名前みたいだ」
「ええ、私もそう思いました――ですが、ここは日本でしょう?」
「日本?」
「あの極東の?」
フレッドとジョージは不思議そうな反応をする。
「おいおい、何言ってんだ、ここは日本じゃないぜ」
「そうだ、ここはそんな奇天烈な国じゃない」
「……またまたあ、嘘は良くないっすよ二人ともー。こうしてまお達は日本語喋ってるのに話せている訳だし、ここは誰がどう見ても日本っすよ」
「日本語だって? 僕達は英語を喋ってるんだが?」
「え? いや、日本語じゃん」
「違うさ、僕達は日本語なんて喋れない――だってここ、イギリスだぜ?」
[004]
訳の分からない不思議現象――片方が日本語で、もう一方は英語で喋っているのにも関わらず会話が成立するという、奇妙な事が起っている訳だが――当然、その事実を知った彼等彼女達は再び困惑の嵐に叩き込まれたが、それについての疑問は、一先ずお預けとなった。
「フレッド、ジョージ? 箒で飛ぶのは結構だけど、夕飯の支度の手伝いをし――」
困惑の嵐は、別の巨大な嵐によって、打ち消された。
「げぇ!?」
「Oh my gawd」
「…………」
場に気まず過ぎる沈黙が流れる。事情を一切合切何も知らない四人でさえ、緊張してしまう程の空間が錬成された。
「…………」
誰も喋らない。四人は何が何だか分からないため喋れない。兄弟は状況が状況なため、下手な事を喋れない。新たに現れたふくよかな女性は、喋る言葉を探している。
沈黙を破ったのは、その女性。
「貴方達、これはどういうこと?」
有無を言わさぬ程のドスが効いた口調で、兄弟に問い詰める。
「言い訳を聞きましょうか」
「ち、違うんだママ! これは事故だったんだ!」
「そう、事故さ! 魔法が暴走しちまって!」
「ほんの遊び心だったんだぜ!」
「そうさ! 僕達も想定外さ!」
「ただ僕達は皆を楽しませようとしただけだってのに……畜生!」
「くそ、どうしてこんな事に……!」
必死に弁解する双子。彼等にしては珍しく、嘘八百という訳では無い。嘘が混じっていないとは言ってないが。
「僕達は無実だ!」
「そう! 僕達は無罪だ!」
「そう、じゃあこの子達は誰?」
「すいません、ついつい召喚してしまいました!」
「すいません、出来心で呼び寄せてしまいました!」
こればっかりは誤魔化してもどうにもならないと思ったのか、彼等にしてはあっさりと罪を認めた。
「この……馬鹿息子どもがアァーッ!!」
双子と真魚は嫌な気配を感じて咄嗟に耳を塞いだが、爆心地の近くに居た若葉、萌子、直は、その大声に耳をやられ、失神した。予期せぬ爆音は予め分かっているものよりも遥かに大きく聞こえるもの。致し方無い。
「とうとうやってしまったのですねアンタ達はッ!! 前々から何か怪しい動きをしていたと思えば、人様に迷惑を掛けるだなんて――恥というものを知りなさい!! ああ、パーシーやチャーリー、ビルはこんな事を起こさなかったのに……!!」
「ご、御免よママ、直ぐ如何にかするから」
「どうやって?」
「…………」
「…………」
「アンタ達というものは全くッ!! こんな事を知ったらお父様が何と仰るか!! のうのうと夕飯を食べられると思わないことですね、二人ともッ!!!」
双子の母親らしき女性の怒りは止まることを知らず、声もどんどん大きくなっていく。天井知らずの怒りのボルテージは、どんどん上昇していく。双子は、最早何も言えなかった。
そんな中で彼女を宥められるのは、そう、被害者という立場の真魚だけである。
「あのう、その辺にしてあげて下さい」
「貴女は黙っていなさい!!!」
「はい、すいません」
無理だった。
その後も説教は続き、父親らしき男性が現れ、彼もまた説教の被害に遭いながらも何とか仲裁するまで、その嵐は決して止まなかったという。
[005]
「本ッ当に御免なさい!!」
もう何回目になるか分からない謝罪が家中に響く。
「うちの馬鹿息子どもが迷惑を……もう、何と言えば良いのか……」
「いえ、お気遣いなく……少し驚きましたが、別に怒ってはおりませんので。どうぞ、お顔をあげて下さい。そう何度も頭を下げられては、こちらが申し訳無くなりますわ」
卒なく返す若葉。世間知らずとは言うものの、スラスラと冷静に返す辺り、やはりお嬢様の面目躍如と言えよう。
「寧ろ感謝するのは私達の方ですわ。何処から来たのかも分からない様な不審人物である私達に、こうして良くして頂いているのですからね」
「いえ、そんな……こんなの当然のことです。うちの息子達の不始末なのですから」
彼女達は今、ウィーズリー家にお邪魔して夕食を頂いている。食卓に並んでいるのはシチュー。量が多いとは言えなかったが、その味は日本人である彼女達にとっても、とても美味なものであった。
「それどころかこんな事しか出来ず……本当に御免なさいね」
「謝らないで下さい、お母様。謝罪の意であれば、このシチューだけで十分以上ですわ。そうですよね、皆さん」
「えー? これだけってのはキツいっすよー」
「もう少し量が欲しいところだな」
「真魚ちゃん柴さん空気読もうよ!? いえ、十分です! はい! この二人がアレなだけというか、私にとってはこれくらいで十分、いえ、ちょうど良いというか!」
空気を読まない二人。必死に萌子がフォローする。が、そこまでフォローになってない。
「……申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ、本当に……」
最早彼女達二人はただひたすらに謝るモードとなっていた。こうなればもう放っておいた方が良いというのは、その場の誰もが察した。
「それにしても、素敵な家ですね」
周りを見回しながら萌子が言う。
彼女達が見たのは居間だけだが、そこだけでも彼女達が今まで見た事も聞いた事もないような不思議な物だらけだった。
例えば一つ紹介すると、壁に掛けられている大きな柱時計。この時計には金色の8本の針が付いており、その一つ一つに家族の名前が書いてある。本来時計というものは時間を知る為のものであるが、この時計は数字の代わりに『家』『学校』など、場所が書かれてある。誰が何処に居るのかを知る為の道具である。
時計一つとってもこの変わり様。日本かイギリスかは兎も角、ここが自分達の常識が通じないであろう場所であるということを、彼女達は思い知った。
「本当っすよー。こんな時……計見た事無いしね」
「まあ、ここは二次元だからな。何でもアリなんだろう」
「正直この不思議な状況を見ると二次元論もあながち間違いじゃないかもしれないと思うけれど、それでも柴さん、黙ってて」
辛辣な真魚。
「――あー」
彼女達の対角に座る男が口を開く。
「その、何だ――もううちの家内から聞き飽きたとは思うが、本当に申し訳無い、心から謝罪しよう」
「いいえ! そんな! べ、別に聞き飽きてなんか!」
「釈明するとこそこかよ」
「その、良くしてくれてとても嬉しいですし、その、何というか――」
「謝罪とかは別にどうでもいいんで、まお達をもとの場所に返すことは出来ないんすか?」
流れをぶった切り、実質1番重要なことに話をシフトチェンジさせる真魚。
「……それは……」
「出来ないということか」
言葉を引き継いで直が言う。ほんの少しの失望と少し多めの喜色を滲ませて。
「いや、絶対に不可能という訳ではない――筈だ。フレッドとジョージがとった方法では逆に送り返す事は出来ないというだけであって、探せばきっと、あれの反対呪文はある筈だ」
「探せば……どれ位で見つかるのでしょうか?」
「……まだ、何の見込みも無い。まずは、あの魔法を解析せねば」
「……その間、b私達どうしようか?」
「ど、どっかで野宿でもする?」
「駄目だ、私達は料理スキルが高くない――私達っていうか私と若葉と真魚だけど――となると、どこかホテルか何かに泊まるしかないな」
「お金あるの?」
「無い」
「だよね」
「じゃあどうする?」
「ああ、それなら――」
「ところで気になったんすけどー」
真魚が口を挟む。そして、再び核心に触れるような疑問を投げ掛ける。
「さっき言ってた『魔法』とか『反対呪文』とかって、何?」
「え? あ、そういえば……」
「言ってたな、そんなこと」
「うん、何それ? 何かのメタファーっすか?」
残りの2人も、その疑問に気付き始める。困惑しだす。
が、それ以上に面食らった顔をしているのが、先程まで話していた男。
「……君達、魔法を知らないのかい?」
「あ、はい。魔法って――」
「君達は、魔女ではないのかい?」
男の喋りが熱を帯びてくる。
「魔女? 何だそりゃ――」
「つまり君達は!」
男――即ち、このウィーズリー家の家主、ウィリアム・アーサー・ウィーズリーは立ち上がり、先程までの沈んだ表情が嘘であるかのように、それはそれはとてもにこやかな表情でこう言った。
「つまり君達は、『マグル』なのかい!?」
この言葉を4人が理解出来なかった事が、その疑問の答えを如実に表していた。
[006]
この台詞を皮切りに、彼女達4人はこの世界――魔法界を知る事になる。彼女達の摩訶不思議な物語は、今、幕を開けた。
なんと中途半端な終わり方なのでしょうか。
それは兎も角、如何でしたでしょうか。次回は、ごちうさ勢の話を予定しております。彼女達は果たしてどこへ送られるのか? お楽しみに。
尚、過度な期待は、決してしないように。